プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

東フィルフレンチプログラム

しばらく、ブログをアップしていませんでした。その間に樫本大進のリサイタルとミュージカル”エヴィータ”に行って来たのですが、サボってしまいました。

それで、7月18日の東フィル定期公演にオペラシティまで行って来ました。ラヴェルとドビュッシー。なんか夏の夜に聞くには良いです。だいたい、僕は印象派好きだし。。。

この日のお目当ては、何と言っても東フィルを初めて指揮するスイスイタリアンの27歳のイケメン、ロレンツォ・ヴィオッティ!なかなか良かったですよ。バッティストーニの下の世代になりますね。最初のラヴェルの「道化師の朝の歌」スタッカートが強めで、もともとエネルギーに溢れたこの曲を更に持ち上げていました。ただ、ラヴェルの持つキラキラ感はやや弱く、水彩画というよりは油絵の印象。少しねっとりとした重みを感じます。ただ、それが曲にコアな部分を与えていて、単に耳障りの良いラヴェルではなく、聴衆に向かい合うことを求めるラヴェルに仕立ててくれています。

そして続くのは、ラヴェルの珍しい協奏曲。ピアノは小山実稚恵。同じラヴェルでも、道化師から20年以上経って作曲されたこの曲は、キュビズムのような感じ。ガーシュインを思わせるところもあり、ちょっとジャズっぽい。ヴィオッティは小山のバックで美しくキャンバスを彩っていましたが、ピアノの音色はラヴェルにはやや重い感じか..... ピアノソロのアンコールはドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」。美しく叙情的なこの演目のほうが小山のピアノがぴったりでした。

後半は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と交響詩「海」。後者は、生で聴くのは初めて。牧神のほうは、ちょっと安全運転という感じで、曲の色が弱くしか感じられませんでした。それでも、オケを立体的に塊感のある音にまとめていたので、気持ち良く聴けました。「海」は実に良かった。道化師同様に、エネルギーをフルに注入した結果、波や風が頬をなぜるような迫真感がありました。

東フィルも、また若くて良い指揮者を連れて来ましたね!

指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
ピアノ:小山実稚恵
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

ラヴェル/道化師の朝の歌
ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調
ドビュッシー/牧神の午後ヘの前奏曲
ドビュッシー/交響詩 『海』(管弦楽のための交響的素描)
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イル・トロヴァトーレ バーリ歌劇場

来日した(初?)、イタリアバーリ歌劇場の「イル・トロヴァトーレ」初日(6/22)に行ってきました。家を出る前にネットのサイトをチェックしてびっくり、唖然。レオノーラ役のバルバラ・フリットリが気管支炎のために降板!これは残念。あの甘い美声でレオノーラが聴けるのが、この公演の最大の楽しみだったのに〜。

それでも、公演全体としては素晴らしいパフォーマンスで大満足でした。男声3人が素晴らしかった。シモン・ボッカネグラのパオロ、ピエトロ以上に脇役だけど、重要なのが、ルーナ伯爵の家臣、フェルランド。1幕目は地の底から響くようなティンパニに続く、短い序奏を経て、いきなり歌い始める彼の独壇場なのですが、アレッサンドロ・スピーナが、バスとしては、実にくっきりと発音が聞こえる透明な声で場を締めます。モゴモゴしないバスっていいですね。フルラネットほど軽くはないのですが、重々しすぎなくて、「家臣」という役にぴったりでした。カーテンコールでも脇役とは思えない拍手をもらっていました。

そして、マンリーコを歌ったフランチェスコ・メーリ。今までに聴いた彼の役では、ローマ歌劇場来日の際の、シモン・ボッカネグラのガブリエーレがとても印象に残っていますが、この日は、マンリーコの悲劇性を明るく艶のある声をコントロールして表現力豊かに歌ってくれました。声の強弱とか、感情のトップに持って行くところが、実にヴェルディっぽい!今、ヴェルディを歌うテノールとしては最高でしょうね。イタリアのテノールとしてもフローレスとタイプは違いますが、ならんで2大(?)テノールだと思います。3幕目の「ああ、愛しい人よ」、「見よ、恐ろしい炎を」は圧巻。声量がたっぷりあるのですが、それを否応無しに聞かせるという感じがしません。ただ、最後のハイCは上げなくても良かったかなと個人的には思います。(とは言っても上げなかったのは聞いたことがないですけど)そして、ルーナ伯爵のアルベルト・ガザーレも素晴らしかったですね。この人も明るい声で、実にイタリアっぽいです。もう少し表現力が出てくればもっと良いと思いますが、これだけの男声2人が揃ったイル・トロヴァトーレは聴いたことがありません。

やはり、残念だったのは、フリットリの代役のスヴェトラ・ヴァレンシア。バーリでは良く歌っているようですが、今回の代役は急遽決まったようで、相当に緊張していたようです。登場してすぐは、声もかすれ気味で声量も乏しく、どうなることかと思いましたが、序々に良くなってきました。4幕目の長いアリアでは、随分調子が出て来ていたと思いますが、、カーテンコールでも拍手が少なく、ちょっと可哀そう。良く頑張ったと思います。僕はフリットリは、シモン・ボッカネグラのアメーリアでは数回聴いているのですが、他の役では聴いていません。今回は残念でした。ただ、イタリアではそろそろキャリアも終わりかけているとも言われています。今年後半から来年は、なんとノルマに挑戦します。たまたま11月に家内とアルゼンチンに行くので、その時にコロン歌劇場で彼女のノルマのチケットを取りました。降板しないでね。。

それで、この日の公演をスーパーなものにしていた立役者は、指揮者のジャンパオロ・ビサンティでしょう。実に格調があります。それでいて堅くなく、静かな中に情感が水面から飛びだそうと渦巻いている。盛り上がるところでは、歌手の声量と同じレベルまで上がって、音楽が一体化する至福の時が訪れました。知的で優雅。実に聴き応えがありました。

この公演の3日前、ビサンティとガザーレの歌唱付き講演会を、イタリア文化会館アニェッリホールで聞いたのですが、とても面白かったです。ガザーレのサービス精神は旺盛で、ピアノに合わせて自分のパートだけでなく、マンリーコやアズチェーナのパートまで歌ってくれました。これも、ヴェルディ協会の主催でした。会員無料は嬉しいです。

おそらく、今日(6/24)、そして来週の琵琶湖での公演は、もっと良くなると思います。当日券もあるのでは?是非、行って頂きたい公演です。

指揮:ジャンパオロ・ビサンティ
演出:ジョセフ・フランコニ・リー
管弦楽:バーリ歌劇場管弦楽団
合唱:バーリ歌劇場合唱団

マンリーコ フランチェスコ・メーリ
レオノーラ スヴェトラ・ヴァシレヴァ
ルーナ伯爵 アルベルト・ガザーレ
アズチェーナ ミリヤーナ・ニコリッチ
フェルランド アレッサンドロ・スピーナ
イネス エリザベッタ・ファッリス

フィデリオ@新国立劇場

ここ数週間、オペラファンの間では、随分話題になっている「フィデリオ」の最終日、新国立劇場まで行ってきました。

 まずは、カタリーナ・ワーグナーの新制作の演出について書かないわけにはいかないでしょう。もう、色々なブログで語られていますので、内容をご存じの方は多いと思いますが、カタリーナは2幕目以降最後までのあらすじをすっかり変えてしまっています。レオノーレに助けられてフロレスタンとハッピーーエンドで終わるところを、この二人ともが刑務所長のドン・ピッツァロに刺殺されてしまい、開放されるべき全囚人も、結局牢の中に戻されるという、暗い結末なのです。初日のカーテンコールではカタリーナに拍手とブーイングが入り乱れたとのこと。ブーイングも彼女にとっては勲章でしょうから、さぞかし満足したことだと思います。

 僕は、と言えば、予想していたほどのインパクトは受けませんでした。もともとの台本のハッピーエンドに無理があると思っていたので、こういう読み替えもありかなと思いました。しかし、3階建ての凝りに凝ったな舞台を作り、大がかりな読み替えをするという労力、そして新制作ということで費用も馬鹿にならないでしょう。それだけのことをしてくれたのに対しては、正直「無駄なこと」をしたなぁと思わざるをえません。バイエルン歌劇場のタンホイザー(カステルッチ演出)の時は、演出の趣旨を理解しようとして頭をひねったり、醜悪な死体の意味がわかりかねて腹が立ったり、色々と神経を刺激されたのですが、このフィデリオは、刺激がないのです。つまり「だるい」のです。腹も立たないし、解釈にもある程度ついていけるのだけど、下手すると「眠くなる」演出でした。

 その大きな理由の一つが、重要な読み替えの殆どの部分が、第二幕途中に入れられた「レオノーレ序曲第三番」が長々と演奏される間にパントマイムで行われたことにあります。演奏と歌手の動きは良くあっているのですが、このやり方なら、どんなに下手な演出家でも、好き勝手に演出できます。台詞のあるところを、演出で読み替えるというのが、演出家の腕の見せ所だと思います。ミキエレットの美術館編の「ランスへの旅」、コンビチュニーのミクロの決死圏風「マイスタージンガー」、グラハム・ヴィック(この人は好きではないが)のEUとスイスの問題を取り上げた「ウィリアム・テル」などは、オペラ本編自体の中で「読み替え」をしています。これに対して、カタリーナは、重要な読み替え部分を、「レオノーレ第三番」の追加演奏の間にほとんどやってしまったわけで、言ってみればカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲の間に、トゥリッドゥは怖じ気づいてどこかに逃げてしまい、最後に死んだのは替え玉だった、と読み替えるのと同じようなものです。

 正直、このレベルの演出で、新国立で再演可能なんでしょうか?僕は、正直読み替え演出、好きなほうなのですが、再演される条件としては、演出の完成度の高さと、もうひとつ、「どのように理解していいのか?」という問題提起をしていることが挙げられると思います。この意味では、決して好きではなかったのですが、カステルッチのタンホイザーは、2度も見てしまいました。今回の、カタリーナ・ワーグナーの演出で理解ができないのは、最後に出て来た偽のレオノーレが、ドン・ピッツァロの情婦か何かなのか?という疑問くらいで、あとは、小学生の学芸会のように、みなわかりやすいのです。最後に悪が勝つ、というのも、「そりゃそうだろうなぁ」という感じ。安手のサスペンス映画を2度見る気がしないのと同じで、この演出を2度見る気にはなりません。ですので、ブーイングする気にもなりませんでした。

 一方、指揮とオケ、歌手は素晴らしかったと思います。飯守マエストロの最後の新国立でのパフォーマンスとして、本当に集大成!先日の、ミョンフンの情感豊かな指揮にくらべて、荘厳な、様式感のある指揮でしたが、実に満足。歌手陣では、マルツェリーネの石橋栄美、ジャキーノの鈴木准の日本人若手が望外に良かったです。もちろん、フロレスタンのグールドもレオノーレのメルベートも素晴らしかったですが、個人的にはレオノーレは、先日のミョンフン指揮東フィルで、レオノーレを歌ったマヌエラ・ウールのクールな歌い方のほうが、“フィデリオ”役には合っているような気がしました。

 マエストロミョンフンは、「フィデリオは演奏会形式でやるのがベスト」と言っていますが、今回のような演出で見せられると、まさしくそうだと思います。いや、今回のような演出でなくても、やはり“歌唱付き交響曲”というイメージが強く、音楽の力強さを感じることがベートーヴェンへのリスペクトかなと思いました。

指揮:飯守泰次郎
演出:カタリーナ・ワーグナー
管弦楽:東京交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団

【キャスト】

ドン・フェルナンド:黒田博
ドン・ピツァロ:ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
フロレスタン:ステファン・グールド
レオノーレ:リカルダ・メルベート
ロッコ:妻屋秀和
マルツェリーネ:石橋栄実
ジャキーノ:鈴木准
囚人1:片寄純也
囚人2:大沼徹

今年後半の観劇予定

4月から仕事が忙しくなってしまい、この7月で65歳になるので、もっとオペラやコンサートを見に行こう、旅行も増やそうと目論んでいたのが、ちょっと難しくなってきた感じです。仕事があるというのは良いのですが、一人でやっていると、その量が調整できないんです。無い時は全然無い、ある時はあり過ぎる、という感じになってしまいます。

というわけで、5月も先日の東フィルのフィデリオだけです。次回は新国立の同じくフィデリオです。6月以降の予定はこんな感じです。

6月
■6/19 ビザンティ&ガザーレ講演会(歌唱付き) イタリア文化会館:これはヴェルディ協会主催です。ガザーレが、ベッリーニとヴェルディの歌唱の違いを歌で表現してくれるようです。楽しみです。

■イル・トロヴァトーレ(バーリ歌劇場来日)東京文化会館:久々にフリットリが聴けます。楽しみ〜。ちなみにローマ歌劇場のほうはエコノミーチケット狙いで待っています。

7月
■樫本大進 横須賀芸術劇場:シュトラウスのソナタやるみたいです。

■ミュージカル「エビータ」 渋谷ヒカリエ:たまにはミュージカルも。。これ、最初にやった時にロンドンで見て感激しました。それからもう40年近くたっているのかなぁ。

■東フィル定期公演 ヴィオッティ ラヴェル オペラシティ

■小畑恒夫講演会 日比谷図書館:ヴェルディ協会主催です。会員無料

8月
■パリオペラ座バレエ「ドンキホーテ」 東京文化会館:ミリアム・ウルド=ブラーム/マチアス・エイマンのコンビです。

■世界バレエAプロ 東京文化会館:やっぱり両方プログラム取ってしまいました。まだ演目は発表されていませんが、オレリー・デュポンも出ます!
■世界バレエBプロ:東京文化会館

9月
■オペラ「三部作」 二期会 新国立劇場:プッチーニで一番好きなオペラです。上江隼人、樋口達哉出演!豪華ですね。
 
■本多優之コンサート:まだ場所未定ですが、親しい指揮者本多さんのコンサートです。

■ロンドンフィル、サイモンラトル指揮 サントリーホール:ラヴェル、シベリウスです。良さそう!

10月
■N響 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHKホール:カルミナブラーナ

■東フィルチョンミョンフン、ブラームス オペラシティ:今年4回目のミョンフンです。

■アイーダ(バッティストーニ) 県民会館:これだけまだチケット取ってないですね。取らなくては!久しぶりのバッティ

11月
■NDRエルプフィル ギルバート指揮 サントリーホール:NDRエルプフィル ローエングリン、マーラー、ブラームス

■東フィル、バッティストーニ オペラシティ:ロッシーニの序曲とシューベルトの「グレート」です。

12月
■ノルマ テアトロ・コロン:世界3大劇場と言われる(た?)ブエノスアイレスの劇場まで遠征します。なんとフリットリがノルマ歌うんですよ。

■真珠採り MET:その帰りに寄ります。カマレナのナディール、グヴィエチェンのズルガ、テステのヌーラバッド!

■La Traviata MET:フローレスのアルフレード、ダムラウのヴィオレッタです。今回のNY行きの目玉。しかし、まだチケット発売前です。取れるかなぁ。マイヤーの新演出というのがちょっと怖いですけどね。でも、彼のリゴレット、ラスベガス版は結構好きでした。

■三部作 MET:見に行けば今年2回目の「三部作」になりますが、Traviataとダブルヘッダーなので、体力があるかどうか?

■ファルスタッフ 新国立:12月のファルスタッフは第九より好きです。

海外で楽しみなのは、METのLa Traviata、国内では二期会の三部作でしょうか? でも、出張とかで行けなくなりそうな嫌な予感を持っています。

今日はこんなところで。

フィデリオ@サントリーホール

 いつもはオペラシティで聴く東京フィルハーモニーの定期公演ですが、今回は所用があって、サントリーホールに振り替えてもらいました。5月8日、席は中央7列目、良い席です。東フィルの定期会員になると、このような融通が利くのはとても有り難いですね。ミョンフンの指揮は、今年既に3回目、ジュピター、シモン・ボッカネグラ、そしてこのフィデリオ。10月にブラームスも聴くので、同じ指揮者を年に4回聴くということになります。こういうことは初めてかも。

ベートーヴェンが生涯ただ一作しか書かなかったオペラ「フィデリオ」、僕は食わず物嫌いで、今まで聴いたことがありませんでした。この5月、6月と東フィルと新国立で、このマイナーな演目を聴き比べできるということで、両方行くことにしました。結論として、この日のフィデリオ、素晴らしかったです。とにかく、ミョンフンの血湧き肉躍るような指揮が、決して面白みが多くてメロディアスだとは言えないフィデリオを「楽しいベートーヴェン」にしてくれました。思っていた通り、オペラを聴いているというよりも、歌付き合唱付きの交響曲を聴いている感じ。いわば「交響曲第十番」かも?「レオノーレ三番」を序曲に持ってきた考え方は、プログラムに詳しく書いてありましたが、フィデリオ初心者としては、他の序曲も聴いてみたかったと無理な希望を抱きました。マエストロミョンフンの3月のスカラ座のシモン・ボッカネグラの指揮もとても良かったのですが、この演目の場合、僕は生でも10回以上聴いているので、ミョンフンの「劇場型指揮」(ん?当たり前か。。。)が、ややtoo muchな盛り上げがあるような気がしてしまいますが、フィデリオのような交響曲的なオペラで、しかも初めて聴くという場合には、心も体も預けてしまうにはもってこいですね。ミョンフンはこのオペラを、「音楽を主体とした演奏会形式で上演する方が良い作品」と言っていますが、その意味良くわかります。筋書きは、「つかまった夫を、妻が男装して助ける」というアクション映画のような単純なもので、シモンのような味わいの深さはありません。音楽と歌、合唱で聴くべきでしょう。僕も途中から字幕を追うのをやめてしまって楽しみました。

 歌手も、素晴らしいレベルでした。特にレオノーレ(フィデリオ)のドイツ人ソプラノマヌエラ・ウールは、中音から高音まで実に自然に、話しかけるような歌い方。フィデリオの男装を意識したドライな歌い方が、最終盤でレオノーレであることを現してから、声の調子が変わるところも素晴らしかったですね。2016年の新国立のローエングリンのエルザ役でも、とても良かったのを覚えていますが、この時は情感たっぷりに歌っていて、随分違うものだと思いました。ロッコ役のバス、フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒも柔らかく太くストレートな低音は、実にドイツオペラ歌いらしく、ルネ・パーペに良く似た声。ロッコの純朴な人柄を良く表現していました。マルツェリーネ役のスペイン人ソプラノ、シルヴィア・シュヴァルツは、コロラトゥーラも出来そうな甘くて明るく響く声。レオノーレとの対比が素晴らしく、演奏会形式でもソプラノ同士で、フィデリオに恋い焦がれる様子が充分に表現出来ていました。ただ、刑務所長のピツァロを歌ったイタリア人バスのルカ・ピサローニは、どうも声が薄っぺらく、せっかくの毒のある役柄を生かせ切れていなかったような気がします。評価が難しいのはフロレスタン(夫)のペーター・ザイフェルト。巨体からは想像できないような美しいテノールが出てくるのですが、少々声が大きすぎるのと、情感がこもっていない感じがしました。地下牢のシーンで、もう少し感動させてくれるかと期待していましたが。。

 さて、この演目、演出付きで6月に新国立で聴くのが楽しみです。

指揮:チョン・ミョンフン
フロレスタン (テノール) : ペーター・ザイフェルト

レオノーレ (ソプラノ) : マヌエラ・ウール

ドン・フェルナンド (バリトン): 小森輝彦

ドン・ピツァロ (バス): ルカ・ピサローニ

ロッコ (バス): フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ

マルツェリーネ(ソプラノ):シルヴィア・シュヴァルツ

ヤッキーノ (テノール): 大槻孝志
演奏:東京フィルハーモニー
合唱: 東京オペラシンガーズ 他

新国立劇場「アイーダ」最終日

 今や、新国立劇場の看板演目となった感のある「アイーダ」、世界中の劇場でも、これだけ豪華で大仕掛けなゼッフィレリの舞台演出を見られるのは希有だと思います。毎回、「もう見なくてもいいかなぁ」と思ったりするのですが、やはりチケット買ってしまいますね。チャン・イーモウの紫禁城での「トゥーランドット」よりも、ある意味では、より現実味のある舞台装置は、まさにエジプトの宮殿そのもの。演目全編が紗幕で覆われているのは、賛否両論ありそうですが、これが幽玄な舞台を作り出しています。

 カリニャーニの指揮は、昨年の新国立の「オテロ」で聴いていて、「鳴らす」指揮者だと思っていましたが、意外なことに、今回の「アイーダ」では、まるで歌手に寄り添うようなマイルドな音作り。登場人物の感情を描写する場面(第3幕のナイル河畔のシーンなど)では、この音作りは良いと思うのですが、「アイーダ」がオペラとして持つスペクタクル感を現すには、やや物足りない。このオペラは指揮は「歌手に寄り添う」のではなく、歌手と舞台をグングン引っ張って行く力強さが必要だと思います。僕は、ベンチマークとして1979年のカラヤン、1981年のアバドの指揮を良く聴いていますが、なかなかこのレベルの「アイーダ」は最近は聴けないのでしょうか? むしろ飯守マエストロで聴いてみたかった気がします。

 歌手ではアムネリス役のエカテリーナ・セメンチュクが予想通り、群を抜いて良かったです。凝縮されて渋い輝きのある胸音が素晴らしい。中低音の使い方で、さまざまな感情をまさに思うがままに表現します。特に4幕目のラダメスを説き伏せようとする歌いは、哀願と怒りが混じって迫力充分。アムネリスがこれだけ良いと、このオペラの主役はやはりアムネリスなんだ、と思ってしまいます。今回、セメンチュクは17日の公演、喉の不調で降板しましたが、最終日のこの日は復活してくれて絶好調でした。

 タイトルロールの韓国人ソプラノのイム・セギョン、声量がたっぷりあり、パワフル。低音から高音まで一気に伸びる声は音程もしっかりしていて安心して聴けます。ただ、ややパワフルすぎて、情感の細かい表現に欠けた気がします。声と演技に、捕らわれた王女の「気品」が欲しかった感じもします。でも、この人はこれからまだどんどん伸びるような気がします。

 ラダメス役のナジミディン・マヴリャーノフは、「上手い」という印象はありますが、感動しなかったです。歌手としてのレベルは高いと思うのですが、単調で、セギョンの力強さに比べて、声量も表現力も弱いと思いました。ですので、アイーダとの絡みで、弱々しく見えて、(聞こえて)しまいました。まあ、難しい役ですよね。

 とても良かったのは、早くに降板してしまった堀内康夫に代わって出演した、アモナズロの上江隼人。今までにずいぶん聴いている歌手ですが、今回は得意の高音、ピアニシモに加えて、低音での強い表現が素晴らしかった。3幕目のナイル河畔でのアイーダとの2重唱は、終わってほしくないほど素晴らしいものでした。彼はこれで、役の幅が大きく広がると思います。一方、もう3年近くオペラで歌っていない堀内康夫。僕、大ファンなんですが、なんとか、もう一度聴かせてほしいですね。彼のシモン・ボッカネグラは、僕のオペラ鑑賞史に輝いています。

 ランフィスの妻屋秀和は、もう鉄板!この人、日本の歌手で、年間一番オペラ公演に多く出ているのではないでしょうか?一幕目の第一声がランフィスですから、素晴らしい深い低音をで始めてくれると、オペラが締まるんですよね。

 色々と言いましたが、全体として見れば、もう充分過ぎるほどに高いレベルの公演でした。これだけの公演が海外に行かないで見られるということは幸せですね。

この日は、劇場入り口にある、ヴェルディ協会のブースに休憩時間立たせて頂きました。色々な方々とお話し出来て楽しかったです。


指 揮:パオロ・カリニャーニ
演出・美術・衣裳:フランコ・ゼッフィレッリ
照 明:奥畑康夫
振 付:石井清子
アイーダ:イム・セギョン
ラダメス:ナジミディン・マヴリャーノフ
アムネリス:エカテリーナ・セメンチュク
アモナズロ:上江隼人
ランフィス:妻屋秀和
エジプト国王:久保田真澄
伝令:村上敏明
巫女:小林由佳

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


 
 

大野和士講演会&ミニコンサート

 4月14日土曜日の夜に、内幸町ホールで、ヴェルディ協会主催のマエストロ大野和士氏の講演会が行われました。僕は、協会のスタッフとしてこのイベントの準備をしていたので事前に知っていたのですが、当日のお客様へのサプライズとして、なんと、ソプラノの中村恵理さんが、バリトンの原田圭さんと一緒に出演し歌ってくれたのです。色々と理由が(大人の、、、)あって、前もって発表できなかったのですが、180名の小ホールで、大野マエストロのピアノで、今や世界的ソプラノの名花である中村恵理さんの歌を聴けるなんて、なんて贅沢でしょう。

 大野さんの語りのおもしろさには定評があり、僕もリヨン歌劇場来日の際のマエストロの講演会で、語る、弾く、歌う、寝そべる(!)の大熱演に引き込まれた思い出があります。この日も、大野さんのヴェルディ愛がステージに溢れていました。ヴェルディが同じ時代のワーグナーと違い、あくまで人間をテーマにし、その思いや悩みを音楽にしていく、その過程を「ラ・トラヴィアータ」と「リゴレット」を例に挙げて説明してくれました。

Follie…follie…delirio vano e questo(馬鹿げているわ、むなしい妄想よ、これは)の有名なフレーズを中村さんが歌ったあとに、これが、藤圭子の「新宿の女」の「馬鹿だなぁ、馬鹿だなぁ、だまされちゃって」と同じ想いと状況をあらわしていて、しかも、長調から短調に移るのも同じだというのを、これも大野さん自身が歌いながら説明されました。会場は笑いに包まれました。

リゴレットの方では、ジルダの一幕目の「私のお父さん...:という呼びかけと2幕目の同じ父への呼びかけの歌い方の違い、2幕目ではもう父の可愛いジルダではなくなっている娘の声になるという、その違いを中村さんが歌ってくれました。

その他、ジルダの八分休符のスタッカートとヴィオレッタのそれとの違いなども、わかりやすくお話しくださいました。いやぁ、おもしろかった。休憩なしの1時間50分、聴衆は魅了されました。

このイベント、ヴェルディ協会員は入場料無料です。6月19日にはイタリア会館で、バーリ歌劇場とともに来日する、指揮者ビザンティとバリトンのガザーレのトークショーがあります。これも会員無料で、多分、ガザーレさんは歌ってくれることでしょう。これを機会にヴェルディ協会入会をご検討ください。一般会員、年会費は¥10,000-です。

ヴェルディ協会ホームページ

クラウス・フロリアン・フォークト リサイタル

 東京・春・音楽祭に出演中のフォークトのリサイタルが、東京文化会館の小ホールで行われるのに気づいたのは、1週間ほど前。ほとんどチケットは売り切れでしたが、運良く2枚入手できました。2016年6月に、同じ小ホールでフォークトの「水車小屋」を聴いて、素晴らしかったのを覚えています。この日(3月26日)の演目は、ハイドン、ブラームス、マーラー、リヒャルト・シュトラウスの歌曲。こういうリサイタルでは、最初に来る曲は歌手の喉を潤わすようなものを持って来るのが常ですが、まさにハイドンはそのような曲目で、題意一曲の「すこぶる平凡な話」に代表されるような、柔らかい曲。「すこぶる平凡な曲」とは言わないですが、聴きやすい、そして多分歌いやすい、中音部を中心につかった曲目でした。フォークトのドイツ語は、とても美しく、発音もはっきりしていて、ドイツ語がわかる方ならかなり意味をくみ取れるのではと思います。素晴らしい対訳が配られていたので、内容はわかりましたが、日本語字幕があれば更に良かったと思います。

 フォークトの声は、ウィーン少年合唱団が声変わりしないで、そのままテノールになったようです。声を持ち上げる、切り替える、振り回すということが、全く、これっぽっちも無く、低音から高音まで自由自在に歌います。その中でも中音から高音にかけての声は、まるでグラスハーモニカ(よりは低い音ですが)が喉の中に入っているかのような、美しい響きです。そして、特にブラームスの歌曲で顕著でしたが、低音のピアニシモ。本当に小さな声量を見事にコントロールします。これも、650席の小ホールならでは体験できる、フォークトの妙技だと思います。ブラームスの歌曲は、実に色彩に富み、メロディアスで、今回の曲目の中でもとても楽しめました。アンコールは2曲、リヒャルト・シュトラウスの「セレナーデ」とブラームスの「日曜日の朝」。この日、一番高音が美しい曲でした。拍手喝采!

 今のドイツのテノールでは、カウフマンとフォークトが双璧でしょう。カウフマンが超有名になって、チケットもとても取りにくく高くなっているのに対して、フォークトは幸いなことに、まだこのような良い環境でリーズナブルな料金で聴けるのは幸せです。

 さて、次は4月の新国立劇場「アイーダ」です。

テノール:クラウス・フロリアン・フォークト
ピアノ:ルパート・バーレイ 
■ハイドン:
 すこぶる平凡な話
 満足
 どんな冷たい美人でも
 人生は夢
 乙女の問いへの答え
 小さな家
■ブラームス:
 日曜日 op.47-3
 昔の恋 op.72-1
 谷の底では
 月が明るく輝こうとしないなら
 甲斐なきセレナーデ op.84-4
■マーラー:「さすらう若人の歌」
 第1曲 彼女の婚礼の日は
 第2曲 朝の野辺を歩けば
 第3曲 私は燃えるような短剣をもって
 第4曲 二つの青い目が
■リヒャルト・シュトラウス:
 ひそかな誘い op.27-3
 憩え、わが心 op.27-1
 献呈 op.10-1
 明日には! op.27-4
 ツェチーリエ op.27-2
■アンコール
 セレナーデ リヒャルト・ストラウス
 日曜の朝 ブラームス

コルチャック テノール・リサイタル(ちょっと前の公演)

 久しぶりに東京プロムジカの公演。今年は「珠玉のベルカント・シリーズ」と銘打ってランカトーレ、メーリ、シラクーザ、デヴィーアと、ゴージャスなラインナップの公演を並べています。

コルチャックは、先日のホフマン物語でも、甘い、それでいながら様式感のある素晴らしい歌唱を聴きました。その時にも書いたように、2014年に「真珠採り」を聴いてから、何度も彼のオペラを聴いていますが、聴くたびにうまくなっている。今や、ピークに来ているのではと思います。リサイタルは、前半はロシアもので、グリンカ、チャイコフスキー、ラスマニノフなど。ここらへんは、もう安心して聴けるという感じ。そして、後半は、初めて彼のロッシーニを聴きました。これで、「ベルカント」と言えるわけです。素晴らしい!アジリタに風格があります。単にうまいというだけでなく、彼のスタイルを持っています。ドニゼッティの「愛の妙薬」から「人知れぬ涙」は、本当に甘い、甘い、でも素晴らしい音程感で、ぴしっとした感じ。良かったですね。実に満足なリサイタルでした。彼のナディールを今一回きいてみたくなりました。

東フィル定期公演、バッティと小曽根

 しばらく前の公演の感想です。

これは、おもしろい試み(と言ってはいけないのかもしれないですが)でした。1960年代にベルリンで「三羽がらす」と呼ばれていたピアニストは、マルティン・タウプマン、イエルク・デームス、フリードリッヒ・グルダですが、そのグルダが作曲した、意欲的な作品「コンチェルト・フォー・マイセルフ」に小曽根真がピアノで入り、彼の仲間のエレキベースとドラムが加わり、東フィルをバッティが振るというものでした。コンテンポラリーな音楽か、と思ったら、なんと印象派、いや、むしろロマン派に近い、美しいメロディを持った作品。しかし、時にはピアノ線を直接たたいて不協和音を出すというようなところもあって、とてもおもしろかったです。ただ、初日ということで、ベースとドラムスがかなり緊張していて、楽譜から目が離せない状態で演奏していたのが、やや残念。ジャズっぽくもう少し爆発してほしかったですね。

東京フィルハーモニー交響楽団・第116回東京オペラシティ定期シリーズ
指揮:アンドレア・バッティストーニ

グルダ:コンチェルト・フォー・マイセルフ
 ピアノ:小曽根 真
 エレクトリック・ベース:ロバート・クビスジン
 ドラムス:クラレンス・ペン

ラフマニノフ:交響曲第二番

東フィル定期公演、シベリウスとグリーグ(ちょっと前の公演)

だいぶ前の公演なのですが、2月26日のオペラシティでの、東京フィルハーモニー定期公演、プレトニョフと牛田智大の競演について、やっと書きます。

指揮:ミハイル・プレトニョフ
ピアノ:牛田智大*
シベリウス/交響詩『フィンランディア』
グリーグ/ピアノ協奏曲*
シベリウス/組曲『ペレアスとメリザンド』
シベリウス/交響曲第7番

 オールスカンジナビアプログラムですね。最初のフィンランディア、好きな曲なんですが、プレトニョフらしさがあまり出ていませんでした。なんか、ボワーっと鳴らしている感じ。曲の内面をえぐって音を出すということを期待していたのですが。。。。後の第7番がとても良かったので、ちょっと理解に苦しみました。フィンランディア、あまり練習しなかったのかなぁ。ペレアスとメリザンドはなかなか重い指揮でしたが、聴き応えありました。

 牛田智大、聴きやすいタッチのピアノを弾くという感じ。ただ、同じ若手のチョ・ソンジンの屈託の無い華やかさや、反田恭平の神経質とも思われるような技巧の繊細さに比べると、やや退屈な感じがしました。

 まあ、フィンランディアにしてもグリーグにしても、好みの問題が大きいとは思います。




絶品の「ノルマ」

 この3月末で、大学院のほうが退任になるので、授業もゼミもなくなって、だいぶ暇になるかと思っていたのですが、貧乏性なもので、空いた時間にどんどん仕事を突っ込んだり、旅行をしたりしていたら、何だか忙しくなってしまいました。そんなわけで、今まですべての観劇をブログにしていたのですが、2-3月で2つほどコンサートが漏れてしまっています。なんとか後でおっつけたいと思っていますが、とりあえず、オペラは外せないので、昨日、オーチャードホールで聴いた、二期会の「ノルマ」の感想をアップします。

 まず、今日一番に書きたいのが「指揮」です。素晴らしかったです。リッカルド・フリッツァ、新国立の2009年のオテロは、あまり印象に残らなかったのですが、昨年の「ラ・トラヴィアータ」の指揮は望外に(失礼!)に良かったのです。ピアニシモが美しく、品があって、しかし退屈でない、「静かなトラヴィアータ」でした。昨日のノルマはまさしく絶品!序曲が始まって「あっ!」と思ったのは、昨今、ノルマの序曲は古楽っぽくメリハリを付けて、楽器の響きを短くして聞かせるのがデファクト・スタンダードみたいになっているのに、フリッツァの指揮は、現代楽器をふくよかに、のびやかに鳴らします。それでいて、だぶついたところは全くなく、色に溢れたように、楽器ひとつひとつが聞き取れるような指揮でした。METでのリッツィ、一昨年のデヴィーアのノルマの時のランツィロッタの指揮も、ピリオド楽器風で、それはそれで素晴らしかったのですが、フリッツァの古き良き「ノルマ」は素晴らしい。彼は、「ラ・トラヴィアータ」の時は、1950−60年代的な演奏を排除すると言うポリシーで指揮に臨んでいましたが、ノルマでは逆ですね。けっこうへそ曲がりなのではないかとも思います。

 彼の指揮は、ノルマでも全体に低音量です。歌手もそれに合わせています。しかし、ここぞというところでは、楽器をピックアップするように浮きだたせて、音波を作ります。それもとても品格のある音波を!2幕目の序奏はずっとピアニシモが続き、ノルマの「眠っているとも」に続くのですが、ここの緊迫感が幕全体への期待を膨らませます。そして、3幕のノルマとポリオーネの2重唱「貴方は私の手中に」の序奏では、もう涙がウルウルです。ベッリーニの美しいメロディを、これだけ美しく聴かせてくれた指揮は、ノルマも6回くらい聴いていますが、滅多になかったです。僕としては、この日のMVPはマエストロ・フリッツァに捧げたいですね。多分、僕自身の好みとも合っているのでしょう。

 そして、歌手も本当に良かったです。大隅智佳子に代わって、2日続けてタイトルロールを歌った大村博美、ノルマの心情を細かくにじみ出させるような、美しい歌唱でした。”Casta Diva”はやや破綻を怖れて、8割方のパワーだったような気がしますが、静かな指揮とぴったり合っていました。ポリオーネの樋口達哉、やっと彼の持ち味が出せる役が来ましたね。ルサルカの王子じゃないでしょう!得意の高音も良かったですが、中音での感情表現が豊かで聴き応えありました。アダルジーザの富岡明子も、とても良かったのですが、役にはやや立派すぎる歌唱だったような気がします。声質がレッジェロ、リリコという感じではないのでしかたがないのですが、もう少しノルマに合わせて、彼女よりだいぶ歳も格も下だというのが、感じられる歌い方をして欲しかったです。ノルマとの二重唱や掛け合いの時に、このアンバランスがちょっと気になりました。オロヴェーゾの狩野賢一もがんばっていました。妻屋さんの次の世代として期待できますね。そして、特筆すべきなのは、二期会合唱団。少し荒いところがあるのがドルイド教徒らしくて、ノルマの合唱としては素晴らしかったです。聴き応えありました。

 セミステージ方式ということで、ステージに乗ったオケの後ろ、合唱団の前に台を設けて、そこである程度演技もつけて歌うという方式、評価が分かれそうですが、僕はとても良かったと思います。ここ数年、演奏会形式、セミステージ形式の公演を聴く機会が増えていますが、いずみホールのシモン・ボッカネグラや、テアトロ・レアル(マドリッド)でのルイーザ・ミラーなど、動きの付いた演奏会形式は、引き込まれ度が違います。藤沢市民オペラの時に、セミラーミデ役の安藤赴美子さんが、両手でこぶしを挙げて歌っているのを見ただけで、グッと来ましたから、やはりただ突っ立っているよりは、何らかの演技が少しついただけでも印象は変わります。今回はノルマはけっこう衣装も替えていましたね。

 これだけ素晴らしい内容で、2階の良い席で¥6,000−。Value for moneyですねー。残念だったのは、けっこう空いている席があったこと。二期会には、もっと宣伝してほしいですね。ポスターも無いんですよ。せっかくの箱がもったいない。

 それにしても、十二分に満足なノルマでした。昨日からずっとCD聴き返しています。(バルトリ、アントニーニ盤)

指揮: リッカルド・フリッツァ

演出: 菊池裕美子
映像: 栗山聡之
照明: 大島祐夫
合唱指揮: 佐藤 宏
舞台監督: 幸泉浩司

ポリオーネ:樋口達哉
オロヴェーゾ:狩野賢一
ノルマ:大村博美
アダルジーザ:富岡明子
クロティルデ:大賀真理子
フラーヴィオ:新海康仁

ホフマン物語 新国立劇場

 雪のミラノから戻ったら日本は暖かったです。世界の天気を見たら、パリもミラノも今週は暖かいんですねー。12度ですって…..今週に行きたかったです。

さて、まだ時差ボケもそこそこ残っている状況で、水曜日(3月7日)にオペラシティで、東フィルの定期公演、バッティストーニと小曽根真のセッション(?)を聴き、昨日3月10日に、新国立劇場で“ホフマン物語”を聴きました。先に“ホフマン物語”の感想をアップします。

 このオペラは新国立では2013年に、今回と同じフィリップ・アルローの演出で見ています。そして、2014年に大野和士が率いて来日したリヨン歌劇場でも見ているので、3回目になります。(バレエでも見ていますけど)いつも、なんとなく「長いなぁ」と思う演目でしたが、今回は惹き付けられてしまい、全くそう感じませんでした。その大きな要因は歌手陣の充実でしょう。まずは何と言ってもディミトリー・コルチャック。2014年にパルマ王立劇場で、降板したシラクーザの代役でナディールを歌ったのを皮切りに、新国立のウェルテル、マリインスキーのオネーギン、そしてこの日のホフマンと4回聴いていますが、聴く毎にどんどん上手くなっています。もちろん最初から甘い歌声は素晴らしかったのですが、ブレスがきつかったり、やや音程がふにゃふにゃしたりするところがあったのですが、この日のホフマンは、もう甘くて、しかも立派という感じで、感激しました。ルックスもいいですから、女性のファンが急増しているのも頷けます。もともとは指揮者を目指していて、現在もロシアの小劇場(どこだったか….)の主席指揮者を務めているそうです。この紹介はゲルギエフが行ったとか。ということで、彼は楽譜と台本から役柄の心情をくみ取るのがうまいのだと思います。ちなみに、先週スカラ座で聴いた、フローレスもホフマンを最近得意としているようで、こっちも聴いてみたいですね。

 そして、バスバリトンのトマス・コニエチュニーも抜群の出来だったと思います。出来が良いというか、もともとのこの人の実力はワーグナーの作品で折り紙付きなので良くて当然でしょう。リンドルフ、コッペリウス、ミラクル博士、ダペルトゥットの4役を歌い分けましたが、彼が歌うと舞台がトマス色に染まる感じ。ただ、この色があまりフランスっぽくないんですね。ワーグナー歌手なのでしかたないところですが、デセイの夫君のロラン・ナウリあたりを引っ張ってきてもらって聴きたいなという感じがちょっとしました。

 日本人歌手も大健闘でした。特に素晴らしかったのはアントニアを歌った砂川涼子。ウェルテルのソフィーの時もそう思ったのですが、今、日本のソプラノでフランスものを歌ったら最高でしょう。ちょっと鼻にかかった美しいフランス語(だと思うんです。。)が素晴らしい。出演者中、一番フランスっぽい発音じゃなかったでしょうか?演技も病のアントニアの刹那を良く出していて引き込まれました。

 とにかく全体の歌手のレベルがとても高い!多くの歌手をそろえなくてはならない点では、“ランスへの旅”に匹敵するくらいです。これだけのホフマンは海外でもなかなか聴けないと思います。

 そして、僕の大好きなのが、アルローの演出。実に洒落ています。特にアントニアの場面での斜めになった家具や、舟歌のところで、廻りながら出てくるゴンドラなど、そんなにコストをかけているとは思いませんが、抜群のイメージ作りをしています。

 印象に残らなかったのが指揮です。決して悪くはないのですが、一貫してシンプル且つ淡泊。大野和士さんの指揮などは、その重みが今も頭の中に残っていますが、このルランの指揮は、やや物足りない感じでした。

 それでも、全体としては十二分に満足。次回は、音楽監督になる大野さんに振ってもらいたいところです。

指 揮:セバスティアン・ルラン
演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
衣 裳:アンドレア・ウーマン
振 付:上田 遙
再演演出:澤田康子
舞台監督:斉藤美穂
ホフマン:ディミトリー・コルチャック
ニクラウス/ミューズ:レナ・ベルキナ
オランピア:安井陽子
アントニア:砂川涼子
ジュリエッタ:横山恵子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル/ダペルトゥット:トマス・コニエチュニー
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:青地英幸
ルーテル/クレスペル:大久保 光哉
ヘルマン:安東玄人
ナタナエル:所谷直生
スパランツァーニ:晴 雅彦
シュレーミル:森口賢ニ
アントニアの母の声/ステッラ:谷口睦美
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


あー、やっぱりシモン・ボッカネグラは素敵だ!

 さて、昨晩の“オルフェオとエウリディーチェ”の興奮も醒めやらぬまま、今日はヴェルディの名作(佳作とは言いたくない)、“シモン・ボッカネグラ”です。僕が、ヴェルディのオペラの中で一番好きなオペラ、ということは全オペラで最も好きな作品です。でも知らない方も多いでしょうね。日本では滅多に上演されませんから。それでも、最近では2014年の5月のローマ歌劇場来日公演の際に、ムーティの指揮で文化会館で上演されています。もちろん行きました!しかし、それ以外で日本で聴いたのは、大阪いずみホールでの2013年の公演だけです。あとの7回はすべて海外、ウィーン、チューリッヒ、サンフランシスコ、モデナ、MET、バルセロナそして今回のスカラ座です。で、このうち、4回のタイトルロールはレオ・ヌッチ。今回もヌッチです。ヌッチも今年76歳、まだまだ元気とは言え、聴ける時に聴いておかないと….という気持ちは強くなっています。ヌッチ自身も、先月シドニーでのリゴレットを降板した後に、「今後は海外には行かない」と弱気なことを言っているとか。(今、決まっている来日公演は大丈夫だそうです。ご安心を)そして、これはしばらく前から言っていることですが、もう、ヴェルディの父親役しか歌わないそうです。僕は、シモンの他には、ミラー、ジェルモン、ナブッコしかヌッチを聴いてないのです。フォスカリはシチリアで聴くはずが降板されてしまいました。聴きたいなぁ。

 前置きが長くなりましたが、今回の旅行の一番の目当ては、この大好きなヌッチのシモンを、これまた大好きなチョン・ミョンフンの指揮で聴くこと!指揮は期待通り、このオペラの魅力を最大限に出してくれました。序奏はやや遅めに始まり、パオロとピエトロの最初のやりとりは、不気味に静かに進んで行きます。そしてシモンが登場し、フィエスコが、“Qual cieto fato a oltraggiarmi ti traea? 「お前は私を侮辱する運命なのか?」”と歌うところから、急激に盛り上がります。ここの曲調は、「月光仮面」の主題歌に似ているなぁといつも思います。ちょっと新派みたいですね!シモンは、1857年に初演されたあとに、1881年にボイートによる改訂版で再演されていますので、ヴェルディの中期と後期の音楽がところどころに混じって見受けられます。この部分は多分中期のところでしょう。

 ミョンフンの指揮は、僕が普段聴いている、カッレガーリの指揮(Tutto Verdiに収録)に比べると、やや抑揚感が大きいという気がしましたが、そのほうが、この活劇調の作品には合っています。歌手への寄り添いかたは、見事なものでした。ローマ歌劇場来日でムーティが歌手を引っ張って行ったのとは全く違い、安心して聴いていられました。

 この公演当日、雪で外気は低音、湿気も多かったので、ヌッチの喉の調子を心配しましたが、始まってみれば絶好調! 低音から高音まで良く出ていました。特に中高音部の感情表現はますます素晴らしく、これほどのシモンを歌える歌手は、残念ながら世界に他にはいないと思います。シモン自身のモットーは “onore(名誉)“なのですが、ヌッチの声は、このオペラの間中、ずっとonoreを感じさせてくれます。ラ・トラヴィアータのジェルモンを歌う時などは、いじわるさ、やさしさ、おろおろとした感じ、そして、それらのどれだかがわからない怪しい感じを出してくれるのですが、シモンでは全く別で、「名誉」を体全体で醸し出してくれる、という感じですね。作曲家ヴェルディが自分を一番投影しているオペラでの役柄がこのシモン・ボッカネグラなのだと思います。つまり、基本的に自由であり、平等であり、因習にとらわれずに愛する人を愛し、敵も許す、そいういうところですね。

 フィエスコのドミトリー・ベロセルスキー、このところヌッチの相手役をよく務めていますが、朗々と響く低音に魅了されました。プロローグのヌッチとのやりとりで、シモンをあくまで許さないという、頑固さ、意地悪さが、良く出ていて、この二人のやりとりに釘付けになりました。3幕目、シモンが亡くなった後を締めるのも、このフィエスコの低音ですから、この役の声が良くないと最後が駄目になっちゃうんですよね。この点でも最高でした。

 そして、さらなる贅沢とも言えるのが、パオロ役のダリボール・イエニス。日本でも新国立のセビリアなどでおなじみのバリトンですが、主役も張れる実力派。このオペラ、終わりがフィエスコなら、初めはパオロが肝心なのです。最初の“Che dicesti?....(何と言った?)” 一声が、低めいっぱいに決まらないと(野球か?)全然しまらなくなってしまいます。その後、シモンが出てくるまでが、プロローグのプロローグで、パオロとピエトロの聴かせどころです。ピエトロのエルネスト・パオリネッロもスカラ座来日の時のリゴレットで、モンテローネを歌っており、今回のシモンのバリトン、バス陣は本当に贅沢でした。

 アメーリアの婚約者で、シモンの敵役でもある、ガブリエーレ・アドルノは、これも僕の大好きなファビオ・サルトリ。今まで聴いたシモン・ボッカネグラのうち4回はアドルノをサルトリで聴いています。聴くたびに体が大きくなってきていて、今はおそらく130kgくらいはあるのではと思わせる巨体。個人的にはメーリより好きですが、ビジュアルのせいでしょうか、このアドルノ役以外ではラダメスくらいで、あまり多くの役には出ていないようですね。日本に来たこともないのでは?? 声は玉をころがすような美しいリリックなテノールで、聴き応えあります。演技は期待できないですが。。。

 ちょっと物足りなかったのが、アメーリアのクラシミラ・ストヤノヴァ。出だしが緊張していた感じで、やや堅く、2幕目以降はだいぶ良くなるのですが、声としてはやや強めで、イタリアっぽさが無い感じがしました。リヒャルト・シュトラウスを得意としているようで、ちょっとこの役には合わないかなと思いました。ここ数年は、ラッキーなことにアメーリアはバルバラ・フリットリで2回聴いてしまっているのも、この辛口評価につながったと思います。

 演出はベルリン歌劇場と共同のものですが、やや暗くて濃いグレーの壁ばかり出て来て単調な感じがしました。しかし、音楽と歌唱を邪魔しないのは良かったです。シモンの演出では前述のチュ—リッヒ歌劇場のデルモナコの演出か2014 年のパルマのガリオーネの演出が、色が美しくて好きです。やはり、舞台のジェノヴァのアドリア海のイメージが少し出て欲しいと思うのです。今回の演出ではプロローグが船着き場になってはいるのですが、あまりにも暗くて、プッチーニの“外套”の船着き場みたいな感じでした。

 この、シモン・ボッカネグラは実在の人物で、14世紀のジェノヴァ共和国の総統で、オペラの物語も歴史に則しており、ワインに毒を盛られて暗殺されています。彼の生家と墓所はジェノヴァにあるとのことで、ミラノから電車で2時間弱なので、行ってみようかとも思ったのですが、なにせ、雪で零下の気温の中を歩き回る気にならないので、やめました。

 それにしても、この旅の3つの公演、本当に満足なものでした。こんなに高水準の公演が1週間に3つも見られるというのは、欧州に年に1-2度来るくらいでは、なかなかありません。この日のカーテンコールではヌッチさん、上機嫌でみんなを引っ張って、拍手に応えていました。最前列で見ていたので、その様子が良くわかったのですが、こちらが興奮しすぎて、写真を撮るのをうっかり忘れてしまいました。残念!

 あさって日本に帰り、ホフマン物語です。あ、その前にバッティストーニと小曽根真のコンサートもある!楽しみです。

Conductor Myung-Whun Chung
Staging Federico Tiezzi
Sets Pier Paolo Bisleri
Costumes Giovanna Buzzi
Lights Marco Filibeck
CAST
Simone Leo Nucci
Amelia Krassimira Stoyanova
Jacopo Fiesco Dmitri Belosselskiy
Gabriele Adorno Fabio Sartori
Paolo Albiani Dalibor Jenis
Pietro Ernesto Panariello


 

 

オルフェオとエウリディーチェ@スカラ座

 
雪のパリを後にして、雪のミラノにやってきました。着いた日の朝は零下8度。最高気温も2度。例年の最高気温は12度くらいらしいですから、半端ではない寒さです。数十年ぶりの寒さとか、、、何もこんな時に来なくてもって地元の人は思っているでしょうけど、オペラのチケットの都合があるんで、選べないんですよね。でもって、今回は4日滞在するので、スカラ座から歩いて5分という場所にあるアパートを借りました。室内にキッチンが付いていますし、両隣にカフェとパニーニレストランがあって便利なことこの上ないです。エマニュエル2世通りの一本裏なのに、とても静かなのも気に入りました。何より、暖房がとても良く効いていて室温は常に21度!しかも、「マジ?」というくらい安い。。

 “オルフェオとエウリディーチェ”はグルックの最も有名なオペラで、1762年にウィーン宮廷劇場で初演、(ウィーン版)、そしてこれにバレエを加えたパリ版が1774年にパリオペラ座で上演されています。昨年生誕450年を迎えたモンテヴェルディよりは100年以上後の音楽家で、バロックオペラの改革者として有名です。僕はてっきりフランス人だと思っていたのですが、なんとドイツ人でした。グルックのオペラって全部フランス語では?相当フランスかぶれだったんでしょうね。それで、今回上演されたのはパリ版です。

 開幕は午後8時。イタリアの劇場の開演時刻なんていい加減だと思うでしょうが、どっこい、けっこう正確です。この日も殆ど定刻に劇場内が暗くなり、無音の中、指揮者もまだオーケストラボックスに現れないうちに幕が上がると、なんとオケはステージ上にいます!そして、座ったまま指揮棒を振り序曲に入るマリオッティ。「あれ、これ、演奏会形式だったのかな?」と思って、自分の不注意さに冷や汗かいていると、驚いたことにオケと指揮者が乗った床がどんどんせり上がり、二重舞台になったのです。歌手、合唱はオケを持ち上げている柱の間の1階で歌い始めます。舞台は1階になったり、2階になったり、更に奈落に沈んで行って、ほとんど見えない状態になったりして、あたかも天国から音が降ってくるように聞こえたり(この時、アモーレ、愛の神は2階のオケの脇で膝を組んで歌うので、効果抜群!)、あるいは地の底から響いてくるように聞こえたりします。これは演出上は、最大の効果を出しているのですが、特に地下に潜ってしまった時は、音響はやや悪くなってしまっていました。しかし、とにかく発送が新しい!インパクトがある!興奮してきた!

 指揮のミケーレ・マリオッティは今年39歳、31歳のバッティストーニ、35歳のルスティオーニと並んで、イタリアの若手三羽ガラスと呼ばれています。マリオッティとバッティストーニの指揮のスタイルは、正反対と言っても良いでしょう。穏やかで理論的なマリオッティと、激しく感情的なバッティストーニ…..と簡単に決めつけてはいけませんが、ちょっとそんな感じがあります。この日のマリオッティも、グルックの楽譜をなぞるように、抑制を効かせながら、音を美しく響かせることに集中していました。歌手はすべて指揮者の下か前か上で歌うので、全く姿は見えないのに、破綻はこれほどもありませんでした。現代楽器を古楽的に鳴らしているのですが、これみよがしに音を短くすることなく、自然体です。序曲からして、バロック的に弦の高い音がオケを引っ張ることがありません。調和が取れて、音楽が丸い塊になっているようなんです。大きなオケなのですが、室内楽のように聞こえます。「精霊たちの踊り」の音楽の美しいこと。後で述べますがバレエとの調和も素晴らしかったです。

 そして、なんと言ってもオルフェオを歌った、ディエゴ・フローレス。日本には来ない(現状では)ので、外に聴きに行くしかないこの歌手、やはりすごい。METでデセイと“連隊の娘”のトニオを歌っていた頃にくらべると、声はだいぶ重くなり、芯が出来ています。熟成されたという感じで、このオペラにぴったりです。海外の批評家が、「ポルシェの6気筒対抗エンジンのような」と評したのは、この批評家がポルシェ特に好きだったからでしょうが、なんか言いたいことわかりますね。メカニカル的に、全く滞りが無い美しい声。「この世のものとは思えない美声」というのは、今の彼の声でしょう。ホフマン物語も最近歌っていますし、マントヴァ公やアルフレードも歌いますね。この2月にはフランス国家功労勲章を受賞しましたから、フランス物にはこれからも力が入るでしょう。昔の軽かった声も素敵でしたが、今のほうが魅力あるなぁ。「エウリディーチェを失って」は、今まで聴いたどの歌手のものより蠱惑的でした。ちなみに、この曲はソプラノ、メゾソプラノ、カウンターテノール、バリトンでも歌われる珍しい曲です。グルックは「オペラの改革者」と言われるだけあって、過剰な装飾歌唱を廃していますが、それでもフローレスの喉から出る微妙なアジリタは心をふるわせます。エウリディーチェを歌ったクリスティアーネ・カルク。フローレスに比較されると分が悪いですが、“ペレアスとメリザンド”で名を上げただけあって、実に締まった良い声を聴かせてくれました。アムール役のソプラノ、ファトマ・セド(Fatma Said)は、カイロ生まれの20代、スカラのアカデミアを出て2016年に魔笛のパミーナでデビューしたばかりですが、他の二人よりも情感を出した歌唱と演技でまさに「愛の神」に適役でした。

 しかし、なんと言っても、このオペラの特色は、演出したホフェッシュ・シェクターによるバレエとオペラの統合でしょう。シェクターはイギリスで活躍するバレエ振付家で、ロイヤルバレエではマクミランやバランシンの作品と一緒に上演されるほどの人気です。今回の演目もROHとの共同演出になっています。シェクター自身が持つバレエカンパニーが、このオペラの一幕から三幕まで、歌手や合唱の前や後ろになり、時にはオケの後ろにもまわり、精霊の役をして踊りまくります。勅使河原三郎っぽい重心の低い現代バレエと言ったら感じが伝わるでしょうか?とにかくオペラとの一体感が半端ないです。バレエに重点を置いた演出というのは、ちょうど今、LAオペラで上演されている“オルフェオとエウリディーチェ”でも、なんとノイマイヤーが演出と振り付けを担当しているのです。こちらは、ややクラシックな「高い重心」のバレエのようです。見たいですね。バレエに重点を置いた“オルフェオとエウリディーチェ”は、今のちょっとした流行でしょうか?バレエが大好きな僕としては、この新しい芸術とも言える表現は感動ものでしたが、そうではない観客にはバレエがややtoo muchだったかもしれません。

 三幕で休憩1回を入れて2時間40分ほどで終わるこのオペラ。ここ数年で最も僕の脳にインパクトを与えて刺激してくれました。Viva Scala!!

          下はオケが2階になった2重舞台のステージ、フローレスのカーテンコール
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Conductor Michele Mariotti
Staging Hofesh Shechter and John Fulljames
Choreography Hofesh Shechter
Sets and costumes Conor Murphy
Lights Lee Curran
revived by Andrea Giretti

CAST
Orphée Juan Diego Flórez
Euridice Christiane Karg
L'Amour Fatma Said

オペラ座でオネーギン

 久しぶりにパリに行ってきました。オーレリ・デュポンのアデュー公演、ガッティのマクベス、トラヴィアータの墓参りをした3年前の5月以来。あの時は5月にしても暖かかったのですが、今回は大寒波!いきなりマイナス6度で雪のパリです!! 幸いなことは、全く積もってはいなかったので、交通機関は大丈夫だったことです。今回の旅行の本当の目当ては、ミラノスカラ座での“オルフェオとエウリディーチェ”と“シモン・ボッカネグラ”だったのですが、同じ週にパリで“オネーギン”をやっているので、見逃せないと思いチケット取りました。オペラ座の演目の中では、“椿姫”とこの“オネーギン”はオペラにもなっているので、とても興味を持って見ることが出来ます。

 しかし、オペラとは違って、バレエの場合、寸前までキャストが発表されないので、今回も当日(2/26)の朝、チケットオフィスで確認。下記がわかりました。

オネーギン:オードリック・ベザール(プルミエール・ダンスーズ)
タチアナ:ドロテ・ジルベール(エトワール)
レンスキ:ジェレミー=ルー・ケール(スジェ)
オルガ:・ミュリエル・ズスペルギー(プルミエール・ダンスーズ)

 ドロテ・ジルベールはスジェからプルミエール・ダンスーズに昇格した10年ほど前から追っかけているダンサーなので、彼女が出るのはとてもラッキーで、「やったぁ!」という感じでした。オードリック・ベザールは後で調べて解りましたが、去年のオペラ座の来日公演“エトワール・ガラ”で『クローサー』と『三人姉妹』を踊っていました。190センチを超える長身、長くて細い手足、割と“濃い”顔立ちのイケメンです。あとの二人は初めて見ます。

 オペラ座のオネーギンは“エフゲニー・オネーギン”の頭文字 “E・O”の飾り文字をあしらった紗幕で始まります。格調高いです。ジョン・クランコの晩年(1965)の振り付けは、優雅という言葉がバレエになったとしか言いようがありません。ドロテ・ジルベールはこの10年で本当に“立派”になりました。昔は、本当に“可愛らしい”という感じだったのですが、今は体つきも引き締まって、エトワールとしての貫禄が感じられます。デュポンやアルビッソンは、年齢でそんなに雰囲気が変わった感じはありませんが、ドロテは違います。ですので、この日のタチアナも後半、侯爵夫人としてオネーギンと再会する時のほうが、ドロテの今の魅力が良く出ています。体の動きの緩急にメリハリがあり、あきらかに舞台を支配する力があります。この風格あるタチアナに、ブザールも頑張ってひけを取っていないのが素晴らしい。この人脚のすねの部分が本当に細くて長い。歩くのや駆けるのがものすごく綺麗です。ですので、最後の寝室のパドッドゥで部屋から駆けだして(追い出されて)行くところが、目に焼き付きます。僕は、この場面、ルグリで何度も見ています。特にルグリとルディエールの素晴らしい演技は忘れられません。でも、この二人もその伝統をきっちり受け継いでいました。

 それに比べて、レンスキのジェレミー=ルー・ケールはちょっと物足りない。何か締まらない感じでしたね。スジェとプルミエールの差はけっこう大きいという感じがしました。1幕目の群舞は素敵でしたね。ボリショイのような正確さには欠けるかもしれませんが、パーティの場の雰囲気を充分に醸し出しています。

 このクランコの演出、もともとはオペラの音楽で振り付けようとしたとのことで、とてもオペラっぽいです。METでのカーセンの演出の“エフゲニー・オネーギン”やマイリンスキーのステパニュクの演出も、舞台作りが似ています。

 それにしても、オペラ座の豪華なロビー、緋色で座り心地の良い椅子、シャガールの天井画というものを体験して見るバレエは、他で見るバレエとは全く別の体験です。堪能しました。

 別の話ですが、今年、エトワールのエルヴェ・モローが引退です。引退公演は5月の予定で、演目も「ロミオとジュリエット」に決まっているのですが、まだ本人の出演が決まっていません。というか半ば絶望的。怪我につぐ怪我でここ数年まともに踊れていません。デュポンのアデュー公演でも結局ボッレにその相手役を譲ったんです。今回ももし5月に踊るなら、既に引退して芸術監督に就任しているデュポンが相手を務めるという噂もあったのです。僕も家内もモローの大ファン。この日バックオフィスのインフォメーションのお姉さんに家内がモローの現状を聞いていましたが、どうも駄目なようです。残念ですね。こうなると、2014年に日本でデュポンと踊った「椿姫」は奇跡のようだったんですね。

 ともあれ、雪の降るパリで、素晴らしいオネーギンを見られて幸せでした。さて、ミラノに向かいますが、向こうも雪のようです。

 
 


パーヴォ・ヤルヴィと樫本大進オールフランスプログラム

 珍しく、N響の定期公演へ行きました。と言っても2月16日のことなので、ずいぶん経ってしまったのですが……

 オールフランスプログラムという内容。目当てはもちろん、ここ数年、とても良く聴いている樫本大進のサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番!ヴァイオリン協奏曲の定番とも言える美しい旋律を持った作品ですが、樫本のは、この聴き慣れた曲を、まるで初めて聴く曲のように新鮮に響かせます。曲の「精神」がそのまま雫のように音になる感じは、彼ならでは。本当に魅せられてしまいます。ただ、いつも聴いている東フィルに比べると、オケの弦の音がやや粗い感じがしました。2階のL前方、S席だったので、東フィルの定席の前から6列目とは響きも違うのですが、それだけではない、何かオケが樫本をバックアップしていない感じがしました。一昨年、ヤルヴィがカンマーフィルハーモニーを率いて、樫本大進とベートーヴェンを横浜で演奏した時のオケとの一体感には、かなわないという感じでした。

 1曲目のデュリフレの3つの舞曲は、初めて聴きました。1927年の作曲と聞いて、現代音楽かと思ったのですが、実際は印象派の音色でした。ドビュッシーの影響も感じられますが、実に美しい、清らかな旋律。キース・ジャレットのピアノのイメージがしました。バレエ音楽ですから、これに振り付けを付けたものを見たいなぁ。

 フォーレのレクイエム、久しぶりに聴きました。好きです。ヴェルディのレクイエムも良いけれど、自分の葬式にはフォーレかモーツァルトのレクイエムにしてほしいものです。ヴェルレクでは、ちょっと間違うと地獄へ落ちそうです。

 ヤルヴィの指揮はとても良く、オケも粗さが目立たなかったのだけど、合唱が新国立などに比べて清涼感に欠けました。同じく、市原愛と、開演前に体調不良で降板したバリトンのシュエンに代わって出た甲斐栄次郎もやや物足りなかったです。二人とも少しオペラっぽい。ピエ・イェズのソプラノは、ボーイソプラのが歌うこともあるくらいなので、もっと透明感が欲しかったし、バリトンは荘厳な宗教感が欲しかったと思います。でも、充分水準以上の出来でした。

 さて、次回はオペラ座からバレエ、スカラ座からオペラ2つの報告の予定です。

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:樫本大進
ソプラノ:市原 愛
バリトン:甲斐栄次郎

デュリュフレ/3つの舞曲 作品6

サン・サーンス/ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調 作品61
フォーレ/レクイエム 作品48

東フィル定期公演シベリウス&グリーグ

 いつもはオペラシティで聴く東京フィルハーモニー交響楽団の定期公演、この日(2月23日)はサントリーホールで聴きました。音響のせいでしょうか、楽器の配置が大きく違っていておもしろかったです。1階10列目、真ん中の良席でした。

 この日は、オール北欧プログラム。なかでもグリーグのピアノ協奏曲イ短調を日本の若手ピアニストの先鋒、牛田智大が弾くのが目玉。彼のピアノは、とても柔らかく、けれん味がなく、プレトニョフの心地よく抑制された指揮とぴったり合いました。第一楽章があまりにも有名ですが、僕は第2楽章の洗練された北欧の家具のようで、白樺の林に吹く風のようなさわやかな旋律が大好きです。彼のピアノは叙情的になりすぎず、しかし曲の風景をホールいっぱいに描き出すような筆のタッチがあります。

 ただ、最近の若手ピアニスト、ちょっと神経質な反田恭平や、明るく華やかなチョ・ソンジンなどに比べると、自己主張が弱い感じがします。このグリーグ、もっとオケを引っ張るような強さが欲しかったというのが実感。世界に羽ばたいていくには、もう少しアグレッシブでも良いかと思います。

 この日圧巻だったのは、シベリウスの交響曲第7番。シベリウスの番号交響曲で最後のものですが、(第8番は破棄されて、スケッチだけが残っているようです。)楽章はひとつだけ。交響詩と呼んでもよさそうなもの。フィンランディアやタピオラに近い構成の曲です。フルートが重要な役割を持ち、複雑なメロディーの中心になったり、装飾音になったりして、曲全体の透明感を強くしています。プレトニョフの指揮は、最初のティンパニから弦の、地底から響いてくるような導入部分が、やややりすぎという感じがありましたが、以降は、曲としての塊感を強く保ち、緻密な結晶のような音を聴かせてくれて、とても満足でした。

 それに比べて、この日のコンサートの最初の交響詩「フィンランディア」は、音作りがちょっと疑問でした。大変遅いテンポだったのは、まあ良いとして、全体に音がばらけて、盛り上がるところにが、塊感がないのに、ボリュームだけ上がってしまい、雑な感じが否めませんでした。プレトニョフらしくなかったです。彼には、もっとコンパクトで内省的な、オラモのような指揮を期待していただけに残念。そして、それが第7番では出来ていたのが不思議でした。

 このブログでも何度が触れましたが、僕の好きなシベリウスは、現在ストックホルム王立フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者のサカリ・オラモというフィンランド人の指揮のもの。ハンヌ・リントゥの前にフィンランド放送交響楽団の首席指揮者も務めていましたが、日本ではあまり知られていません。彼の静かな、口数の少ない、内省的なシベリウスは素晴らしいです。僕の持っているオラモのシベリウス交響曲全集、今では廃盤で\20,000-近いプレミアムが付いていますが、別々に集めると安く買えます。是非お試しください。

アンコールのシベリウスのポルカ!初めて聴きましたが、とてもキュートで素敵でした。

 最近、北欧に行きたくなってきました。もちろん、フィンランドでシベリウスを聴きたいのですが、リントゥのはあまり……やはりオラモで聴きたいので、スウェーデンに行かないと行けませんね。。

指揮:ミハイル・プレトニョフ
ピアノ:牛田智大*
ソロアンコール:シベリウス/『もみの木』
シベリウス/交響詩『フィンランディア』
グリーグ/ピアノ協奏曲*
シベリウス/組曲『ペレアスとメリザンド』
シベリウス/交響曲第7番
アンコール:シベリウス『ポルカ』

ガラ公演、ジョン・ノイマイヤーの世界

 先週の「椿姫」に続いて、ハンブルグ・バレエ団のガラ公演に行ってきました。毎年、2月、3月、そして8月はバレエの観劇が多いんです。

このガラ公演は、普通のガラ公演、つまり、パドドゥを連ねて華やかに踊るというのとは、大分違っていました。ノイマイヤー自身がステージに現れて、自身とダンスとのかかわりを観客に向かって話し、自身の歴史を振り返りながら、ひとつひとつの演目を紹介していくという趣向です。最初の「キャンディード序曲」はこのような言葉で始まりました。(英語、字幕付き)

「ダンスが何であるかを知る前から、私もいつも踊りたがる子供だった。レコードをかけるとリビング・ルームが広いステージになり、レーナード・バーンスタインの“キャンディード序曲”を聴きながら、記憶の中の私はひたすら踊った。」

このキャンディード序曲は群舞のパートが多く、日本人の有井舞耀と菅井円加が素晴らしい踊りを見せました。

そのあと、「アイ・ガット・リズム」「くるみ割り人形」「ヴェニスに死す」「ペール・ギュント」「マタイ受難曲」「クリスマス・オラトリオⅠ-Ⅳ」「ニジンスキー」「ハムレット」「椿姫」「作品100─モーリスのために」「マーラー交響曲第3番」、と続きました。プリンシパルのシルヴィア・アッツォーニ、カーステン・ユング、ゲスト・アーティストのアリーナ・コジョカル(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)らの踊りも素晴らしいのですが、僕が特に感銘を受けたのは、やはり群舞です。特に「マタイ受難曲」(英語ではSt. Matthew Passionって言うんですね。随分イメージ違います)「クリスマス・オラトリオ」そして最後の「マーラー交響曲第3番」は本当に素晴らしかったです。僕のバレエ友達(?)のTさんが教えてくれたのですが、ノイマイヤーはこういう大きな曲に振り付けをしたダンスを、“シンフォニック・バレエ”と呼んでいるそうです。なるほど!という感じ。このカンパニーのダンサーは本当に基礎的な技術から高度な技術まで、誰もがとても高いレベルなので、群舞になっても、主役級だけが光るということがないのです。

 そして、ノイマイヤーの魅力はその振り付けが、彼自身が「愛の表現」というように、人間の感性を、見事にダンスの中の手、脚の動き、そして表情に出し尽くしていることでしょう。「あ、こういう表現があるんだ!」と、見ていてとても納得するのです。論理的な動きでもあると思います。

 今回の公演は、もちろん録音で踊られたのですが、マーラーの3番なんかは、オーケストラでやってくれたら、もうたまらない!という感じです。6月にはハンブルグでバレエのフェスティバルもあるそうです。今回の演目のうち、日本で今週末に公演のある「ニジンスキー」以外にに全幕で踊られるものもあるのでしょうか?僕はオペラでしか当地で観劇したことはありませんが、バレエも見に行きたいものです。

東フィル、ジュピター&幻想交響曲

 だいぶ前になってしまったのですが、1月24日、オペラシティでの東京フィルハーモニー定期演奏会での、チョン・ミョンフン指揮のモーツァルト交響曲第41番「ジュピター」とベルリオーズ「幻想交響曲」の感想です。

亡くなった僕の父は、モーツァルトが好きで、交響曲ではこの「ジュピター」がお気に入りだったようです。ですので、僕も小さい頃から家ではこの曲が流れることが良くあったのを覚えています。この日のミョンフンの「ジュピター」は、実に豊穣感があり、ゆったりとした大きな音楽でした。観客を包み込むようなミョンフン独特のものでした。ただ、僕の好みからすると、少し大らか過ぎるような気がしました。僕はもう少し古典的な音のほうが好みです。ただ、これは僕が最近の古楽的演奏傾向に慣れてしまっているせいもあるかもしれません。ともあれ、この日のジュピターは、これはこれで、実に気持ちの良いものでした。

 休憩後の、「幻想交響曲」はミョンフンの得意の演目、繊細さを保ちながらも劇的な音の体験を与えてくれるものでした。しかし、どちらかというと、この日の2つの楽曲では、こちらのほうが古典的か??

東フィルは、ミョンフン、プレトニョフ、バッティストーニという性格の全く違う指揮者のもとで、どんどんと成長しているように思えます。来期は、定期公演にオペラも入れて、挑戦的なプログラムで会員を魅了してくれます。

• モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調K.551『ジュピター』
• ベルリオーズ/幻想交響曲 op.14

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