プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

バッティストーニの「春の祭典」

 久しぶりのブログです。19日金曜日の東京フィルハーモニー交響楽団オペラシティ定期公演第109回に行ってきました。バッティストーニは3月のラフマニノフ、チャイコフスキー以来です。

 まず、最初はヴェルディの歌劇オテロ第3幕からの「舞曲」。これは珍しいです。オテロ初演の1887年後にパリで初演された際に、当地のグランドオペラの趣向に合わせて3幕目の後半を改訂し、「舞曲」を入れたのだそうです。残念ながら、僕はこの「舞曲」の入ったパリ版を聴いたことがありませんでした。DVDにもなっている有名なスカラ座の2001年シーズンの、ムーティー指揮、ドミンゴ、フリットリ、ヌッチの公演は、このパリ版のはずですが、「舞曲」はそっくりはずされています。今度の9月の演奏会形式の「オテロ」では、この舞曲が入るのでしょうか?楽しみですね。

 という訳で初めて聴いたこの曲。ちょっと「マクベス」の舞曲にも似た妖艶でエキゾチックな雰囲気があって、スパイスが効いています。初めての曲なのに、素直に入ってくるメロディーの美しさと華やかさが、バッティストーニに盛り上げられたオケによって(オケが揺れ動いてました!)、序々にテンポが上がっていきます。いや、素晴らしいですね。これだけ、音楽がスタートしたとたんに、自分の感性でコンサートホールを劇的に支配するのは、バッティストーニならではだと思います。

 2曲目は、ザンドナーイの、これも珍しい曲、歌劇「ジュリエッタとロミオ」の舞曲。そう、今日は舞曲だけで構成されたコンサートなんですね。プログラムによれば、この曲はアンコールの定番だったそう。ロミオが馬を駆ってジュリエッタのもとに急ぐというシーンの音楽だそうです。メロディの雰囲気は全然違いますが、「ギョーム・テル」の序曲のようなイメージがありました。とにかく飛ばすこと飛ばすこと!バッティストーニ祭りになって、前半が終わりました。

 後半は、お目当ての「春の祭典」。バッティストーニはこの曲がよほど好きらしいですね。プログラムに2回に分けて、〜「春の祭典」によせて〜という文章を寄稿しています。かなり論理的で、且つ熱のこもった文章。翻訳の井内美香さんも苦労したのではないかと推測します。僕は、去年、ピエール・ブーレーズが亡くなった時に、彼のゆったりとした「春の祭典」と、同じ頃にリリースされた、テオドール・クルレンツィスの神経質とも言える、切れ味するどい「春の祭典」をだいぶ聴き込みましたが、いや、全然違いますね。。。当たり前のことですが。冒頭でオケの奥の方から響いて来る、ゆっくりとしたテンポのファゴットからして異質な感じ。前半は大地の上を春の妖精、、というか「幼虫」がうごめいているような不思議な迫力がありました。緩急の付け方もはっきりしていて、この演奏では踊れないな、と思いましたが、ストラヴィンスキーの現代性が、バッティストーニによって壮大なドラマになり、ステージから滝のように音楽が客席に打ち付けて来る感じ。凄かったです。

 4年前にはゲルギエフの指揮でマリインスキーバレエの、踊る「四季の祭典」も聴きましたが、この曲、指揮者によって本当に表情が変わります。また、前から3列目で生の音を聴くのが、CDをスピーカーで聴くのとこれほどに違う曲もないのでは、とも思いました。

 しかし、バッティストーニは曲の重要なエッセンスをつかみ取って、実にわかりやすく、爆発的に、、、まるでロック音楽のように聴かせますね。

 僕は、このところ、村上春樹の本を最新のものから戻るようにして、再読しているのですが、ちょうど、この前「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読み終えたばかり。この小説のバックグラウンドミュージックとして、「ハルサイ」はぴったりだと思いました。一角獣が住み「壁」にかこまれた緑の多い町に春がが来る。。。そんなイメージですね。

 あと、アンコールの「八木節」(外山雄三作曲「管弦楽のためのラプソディー」)は、実にエンターテインでした。楽しみました!


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セビリャの理髪師、藤原歌劇団

4月30日のテアトロ・ジーリオ・ショウワでの藤原歌劇団本公演、「セビリャの理髪師」に行ってきました。今年は、2月のミンコフスキの公演に続いて2回目のセビリャです。昨年も日生劇場の公演に行っているので、世界的なロッシーニブームに僕も影響されていると言えそうです。

 今回の公演は、29日、30日の2日間、2つの違ったキャストで行われましたが、30日は若手中心のBキャスト。ロジーナの丹呉由利子がプリマデビュー、伯爵に黄木透が藤原でのデビューと、話題には事欠きません。

 まず、良かったのは主役級の歌手3人の声質が素晴らしく、且つ声がきちんとコントロールされていたこと。若い人にありがちな、声質だけに頼って声を振り回すことがないのです。これは、ベルカントのなんたるかを皆さんが、とても良く(僕なんかより、もちろん)勉強されて練習をしているからだと思います。黄木の声は甘く、まろやかなレッジェーロで、聴くものをとろけさせるものがありました。カーテンコールでは、”Bravo”に混じって、前のほうの席からは“キャー!”という女性の歓声も!おそらくはミュージカルのファンの方々でしょうが、こういうのもなかなか良いものです。(ロサンジェルスオペラの観衆みたい!)前日の公演で大アリアが聴けたということでしたので、期待をしていましたが、なかなか、なかなか、素晴らしい大アリアを歌ってくれました。音程がちょっと不安定になるところもありましたが、多くのテノールがスキップしてしまうこのアリアを立派に歌ってくれて大満足。新国立劇場での公演も、昨年末の公演で初めてマキシム・ミロノフが大アリアを歌いました。これがあるとないとでは、最後のフィナーレの感動が随分と違います。

 そして、フィガロ役の押川浩士、Bravissimo! 最初の登場のカヴァティーナで実力を見せました。軽く、しかし声の色を充分に出して、早口で観客をわしづかみにします。アジリタもすごい。伯爵との二重唱も若い頃のヌッチのフィガロを彷彿とさせる声の使い方。彼はミュージカルでも活躍しているとのこと、演技も俳優並でした。今回、舞台を一番締めていたのは押川さんだったと思います。フィガロという役は、フランスの18世紀の劇作家、ボーマルシェの3部作(セビリャの理髪師、フィガロの結婚、罪ある母)中で生まれた役柄で、明るく、機敏で、なにより幸せ感いっぱいな男なんですが、押川はこれを見事に表現していました。今月新国立で見た“フィガロの結婚”は、ブログにも書きましたが、フィガロにそういう感じが全く無かった。ここらへん、演出が、ボーマルシェの作品の流れをちょっと考えればフィガロの役作りをどうすれば良いか解ると思うのですがね。。あれはちょっと残念でした。
 
 で、もって本公演に戻ると、ロジーナ役の丹呉由利子、彼女も美声です。聴くたびにうまくなってきています。今回も、声の表現力、表情が素晴らしい。1幕目の“Una voce poco fa”も良かったですが、2幕目の、ドン・アロンゾ(実はコンテ)との歌の稽古で、ロジーナが歌う、アリア” Contro un cor che accende amore”(愛に燃える心に対して) は、ブッファでありながら、切なく燃える彼女の心を本当に良く表していました。

 歌手陣は、バルトロの田中大揮も、バジーリオの上野裕之、ベルタの吉田郁恵もとても良かったです。歌も素晴らしかったですが、皆、演技のうまいこと。これは、相当の練習をしているからこそ出来たのだと思います。演出の松本重孝は藤原ではもうおなじみですが、今回のセヴィリアはブッファのブッファたるところ、王道を示してくれました。

 最後に指揮ですが、序曲から、かなり“上品”で、テンポが遅い感じがしました。丹念に計算されて音の効果を狙っているのですが、全体にレガートに過ぎる感じがして、ブッファの楽しさを出し切れていないイメージがありました。最後のフィナーレは良かったですが、最初からあのくらいの明るさ、跳んでいる感じを出して欲しかったというのが本音。そして、オケですが、プログラムに“テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ”とだけあり、詳細は書かれていません。これは、学生(大学院生と大学生)を中心にした“あの”オケですよね。いつもながら、このオケには感動させられます。この日も、一度も「おや?」と思うような音を出さずに、指揮の示す音楽を美しく奏でていました。本当にこれも練習の賜ですね。

 何度も同じことをこのブログに書きましたが、テアトロ・ジーリオ・ショウワは大好きな劇場です。ここで、若い優秀な人の公演を聴くと1週間くらい、気分が良いです。今回もとても満足でした。

指揮:佐藤正浩
演出:松本重孝

ロジーナ:丹呉 由利子
アルマヴィーヴァ伯爵:黄木 透
フィガロ:押川 浩士
バルトロ:田中 大揮
ドン・バジーリオ:上野 裕之
ベルタ:吉田 郁恵
フィオレッロ:田村 洋貴
隊長:小田桐 貴樹
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合唱:藤原歌劇団合唱部

フィガロの結婚@新国立劇場

 このプロダクションもだいぶ見た感じがします。アンドレア・ホモキの演出は2000年代初頭にドイツで流行った、「段ボール演出」の最たるもの。音楽の邪魔をしないし、シンプルで良いのですが、さすがにもう飽きて来ました。そろそろ新しい演出が欲しいところ。同じ低コストのフィガロ演出でも、テアトロ・ジーリオ・ショウワのマルコ・ガンディーニの演出などは、とても洒落て新しい感じがします。

 この日良かったのは、何と言ってもコンテ(伯爵)を歌ったピエトロ・スパニョーリ。日本ではあまり知られていませんし、僕も初めて聴きましたが、別格という感じでした。美声で声量もあるのに、6割の力で歌っている感じの余裕感と表現力の豊かさ。そして特にレチタティーヴォでの表現力には唸らされました。素晴らしい! コンテの下心、いやらしさが、おかしいほどに出ていました。演技も余裕でしているので、動きが華麗で、まさしく貴族に見えます。3幕目始めの「私がため息をついている間に」のアリア。いつもはブッファの中に紛れ込んでしまったセリアっぽいアリアということで、あまり感激しなかったのですが、このスパニョーリのアリアは、いやはや、本当にBravo!! 素晴らしいコンテ歌いでした。知らず知らずのうちに、コンテを中心にこのオペラを聴いていました。
 
 そして、ケルビーノを歌ったスロヴァキア生まれのヤナ・クルコヴァも出色の出来でした。ケルビーノとしてはやや甘すぎて、中性的な声ではないのですが、深みと軽みを歌い分けて聴かせます。「恋とはどんなもの」では、このオペラ中、彼女だけがベルカントしていました。素敵でした。演技もユーモラスで、この人もBrava!

スザンナ役の中村恵理も素晴らしい声でした。ただ、スザンヌとしては声がやや立派になりすぎてしまって、スブレット感があまり出ていなかったのが少し残念。コンテッサが口述で恋文を書かせる場面の二重唱などは、口元を見ていないとどちらが歌っているかわからないほど、声の分類から見ると、二人がかぶってしまっていました。次に歌う時はコンテッサかもしれません。

 それよりももっと残念だったのは、当初、マルクス・ウェルヴァが歌う予定だったフィガロを歌ったアダム・パルカです。声質はとても良いのですが、重い声を持てあましているように、ずっと一本調子。ブッファの感じが全然出ていません。スザンヌと若い愛し合う二人という感じが無いのです。演技もあまりうまくなく、だいたい、スザンヌの方をあまり見ている感じがしない。スザンナから“フィガレット(フィガロちゃん)と呼ばれているんだから、それなりに甘い雰囲気ださないとだめですねぇ。(ちなみに、フィガロはスザンナのことをスザネッタとやはり愛称で呼んでいます。)そういうわけで、彼が出て来ると正直、ちょっと退屈なんです。この日の公演が、随分と長く感じてしまった原因でもある、と言ったらかわいそうですかね。この日彼はカーテンコールも含めてBravoが全くなかったです。

 中村以外の日本人の歌手陣もとても良かったです。マルッチェリーナの竹本節子は、ぴったりのはまり役!実に楽しい雰囲気を出してくれていました。バルバリーナの吉原圭子、バルトロの久保田真澄も良かったなぁ。僕の好きな糸賀修平は、もっと歌う役を付けてほしかったです。

 そして、指揮のコンスタンティン・トリンクス。1幕目はかなりひどかったですね。全く歌手と合わない。半音くらい先を行ってしまっていました。初日ということを考えても、ちょっとお粗末。2幕目以降はだんだんと良くなってはいましたが、何か音がもったりした感じです。そして、どういうフィガロの音楽を作りたいかがわからない。最近は、フィガロも積極的に「意思表示」をする指揮が多く、そのすべてが素晴らしいわけではありませんが、一昨年のテアトロ・ジーリオ・ショウワのムーハイ・タン、同じくハンガリーオペラ来日でフィガロを振ったバラージュ・コチャールなどは、序曲からフィナーレまで、明確な自分の「フィガロ設計図」を持っていました。その指揮者の意志が演出と歌手とに伝わって、両者の「フィガロの結婚」の公演は本当に素晴らしかったです。トリンクスは、2008年の新国立のドン・ジョヴァンニでも、大味で音が大きかったのだけが印象に残っています。帰りの車で、クルレンツィスのフィガロを聞きながら帰りましたが、ますますそんな思いを強くしました。やっぱり、オペラは「指揮者」が最重要要素ですね。

なにか、今日のブログ、ネガティブコメントが多くなってしまいましたが、スパニョーリ、クルコヴァ、中村、それからアガ・ミコライも素晴らしかったです。やはり、最近の新国立のレベルが上がったので、こちらの望むレベルも上がってしまっていると思います。初日18:30と少し早い始まりでしたが、ほぼ満席。スパニョーリを聴くだけでも、充分お釣りが来るだけの価値があります!!

さて、次の観劇はGWの藤原の「セヴィリアの理髪師」です。

指揮:コンスタンティン・トリンクス
演出:アンドレアス・ホモキ
美術:フランク・フィリップ・シュレスマン
衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
照明:フランク・エヴァン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

アルマヴィーヴァ伯爵:ピエトロ・スパニョーリ
伯爵夫人:アガ・ミコライ
フィガロ:アダム・パルカ
スザンナ:中村恵理
ケルビーノ:ヤナ・クルコヴァ
マルチェッリーナ:竹本節子
バルトロ:久保田真澄
バジリオ:小山陽二郎
ドン・クルツィオ:糸賀修平
アントーニオ:晴 雅彦
バルバリーナ:吉原圭子
二人の娘:岩本麻里、小林昌代
合唱:新国立劇場合唱団

 

ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル

 4月19日のオペラシティのリサイタルに行ってきました。デセイを聴くのは久しぶり!(CDではしょっちゅう聴いていますが)至福の2時間を過ごしました。デセイの声は、オペラを歌っていたころに比べると、高音が丸くなった感じがしますが、これは「衰えた」というよりも、リートやポップスも歌って「声質が変わった」というべきだと思います。口から声が出ているというよりは、デセイの頭の周りに直径1mくらいの空気の球ができて、そこから声が響いてくる感じ。(なんか昔の球形スピーカーみたいですね。ビクターのGB-1?)実にまろやかです。しかし、表現力が素晴らしい!シューベルトのリートの落ち着いた響きや、初めて聴くプフィッナーの歌曲「古い歌」のユーモラスな表現、ショーソンからドビュッシーに至る、フランス歌曲ならではの洒落たメロディライン。声量を抑えた分、繊細なイメージを声に託して歌うデセイのなんと魅力的なこと。

 ピアノのフィリップ・カサールとのデュオももう5年くらいになりますかね。CDも一緒に3枚出しています。息もぴったり合っています。水の流れの音のように、舞台の上に音符を広げて行きます。若い頃のバレンボイムみたいですね。ドビュッシーの2曲、素晴らしかったです。デセイとのユーモアのある掛け合いも最高。そして、パミーナのアリアの最初のところでは、モーツァルトのピアノ協奏曲23番の出だしの部分を使うという、なんと洒落た仕掛けでしょう。バレエの“ル・パルク”が始まるのかと思ってしまいました。

 この日は、デセイの52歳の誕生日。ハッピーバースデイを聴衆が歌って、花束とケーキを舞台に持ち込みます。そして、4曲のアンコールのサービス。僕の大好きなドリーブが2曲もあって嬉しかったです。アンコール1曲目の「カディスの娘たち」が始まった時は興奮しました。

 今まで聴いたデセイ、いつも咳をしていました。ちょっと癖のような感じですが、明らかに風邪っぽいこともありました。この日も途中少し咳をしていましたが、喉の調子は絶好調だったと思います。また、オペラに戻らないかなぁと思ってしまいます。「マスネ」や「連隊の娘」聴きたいですよねー。

・モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』より
・スザンナのアリア「とうとうその時が来た〜恋人よ、早くここへ」 
シューベルト:
・ひめごと D719 
・若き尼 D828 
・ミニョンの歌 D877 
・ズライカⅠ D720 
・糸を紡ぐグレートヒェン D118 
・モーツァルト:歌劇『魔笛』よりパミーナのアリア「愛の喜びは消え」 
・プフィッツナー:歌曲集《古い歌》op.33 
休憩
・ショーソン:終わりなき歌 op.37 
・ビゼー:別れを告げるアラビアの女主人 
ドビュッシー(ピアノ・ソロ):
・亜麻色の髪の乙女 
・水の精 
ドビュッシー:
・未練 
・死化粧 
・グノー:歌劇『ファウスト』より宝石の歌「何と美しいこの姿」 

アンコール曲

・ドリーブ:カディスの娘たち
・R.シュトラウス:僕の頭上に広げておくれ op.19-2
・ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』第3幕より
・ドリーブ:歌劇『ラクメ』より「美しい夢をくださったあなた」

新国立劇場 オテロ

 久々のブログになってしまいしたが、4月12日の新国立劇場の「オテロ」に行ってきました。ヴェルディのオペラは久しぶりで、昨年10月のマリインスキーの「ドン・カルロ」以来です。「オテロ」はさらに久しぶりで2013年のフェニーチェ歌劇場来日の時以来。あの時は、ミョンフン、クンデに感激して2日行きましたっけ。

 この日の新国の公演、素晴らしかったです。まず、何が素晴らしかったかというと、「ヴェルディが素晴らしい!」と言いたい!1871年の「アイーダ」の時に、既に58歳だったヴェルディ、1873年に「レクイエム」を書いていますが、オペラとしての次作のオテロが初演されたのは1887年、74歳の時だったのですから、60歳代にはオペラは何も書いていないことになります。その間、イタリアではワーグナーの作品が続々と上演されており、特に、アイーダのイメージモデルになった、ヴェルディの愛人テレーザ・シュトルツ(ソプラノ)の前の夫で指揮者のアンジェロ・マリアーニは、ヴェルディへの当てつけのように、1867年のドン・カルロのイタリア初演を最後に、ワーグナーのローエングリンやタンホイザーのイタリア初演を指揮し、大成功をしています。ヴェルディはこれらの公演を聴きに行ったようです。ワーグナーにかなわない、と思ったわけではないでしょうが、同じ土俵に乗ろうとしなかったのだと思います。

 このヴェルディに再び火を付けたのは、詩人、作曲家のアリーゴ・ボーイト。長年の対立を経て、協力関係に至る史実は、ドラマのようで感動的です。ここらへんのことは、今回の公演のプログラムの加藤浩子氏の素晴らしい解説にも書かれています。

 そんなことを考えながら新国立まで車で行きました。もう公演が始まる前から僕はヴェルディ感いっぱいでした。加藤氏が書かれているように、ヴェルディのオペラは「一瞬のうちに襟首を掴まれてドラマのなかに投げ込まれる快感があると思うが、『オテロ』はその緊張感が2時間余にわたって続く、奇跡的なオペラ」です。番号オペラから脱し、序曲も、序奏もなくいきなり嵐の音楽で始まる一幕目。カリニャーニの指揮は、大音量で勢い良く始まるのですが、ややハウリング気味か?2009年の新国立でのフリッツァの指揮でも感じたのですが、この最初の音をトスカニーニのように鋭く研ぎ澄まされた雷のように出すのは難しいのでしょうか?なんとはなく音が散らかって聞こえるのです。その点では、2013年のフェニーチェ歌劇団来日の時のミョンフン、ちょっと古いですが2003年のスカラ来日の時のムーティは、音が刀のようになっていました。

 指揮、歌手とも、1幕目は安全運転という感じ。タイトルロールのカルロ・ヴェントレは中音の弱音で音程がやや定まらず、デズデモーナのファルノッキアも中音がはっきりしませんでした。

 ところが、休憩後の3幕目、4幕目は素晴らしかったです。指揮はグングンと歌唱をひっぱり、落とすところは落として歌唱を浮き上がらせます。楽器の音が明確になり、音楽が全体として塊感が強くなって、引っ張り込まれます。3幕目は全体が、ヤーゴの奸計が進んで行く幕で、音楽もそれを表していて、全幕中、最も長く、最も聞き応えがある(と個人的に思っている)ところです。感情に振り回されるオテロを歌うヴェントレも1,2幕とは打って変わって、中音から高音まで輝きのある声になりました。今回の主演級3人の中では、一番情感が歌に表れていたと思います。個人的には、あまりにも単純にデズモデーナへの疑惑に取り憑かれてしまうオテロには、僕の心は同調できませんが、ヴェントレは歌唱と演技でその悩みの苦しさを見事に表現していました。ファルノッキアも中低音が明瞭になり、高音は1,2幕目よりも伸びが出ました。その分ヴィヴラートもかかりましたが。スピントですが、鋼のような声ではなく、シルキーな歌声。柳の歌からアヴェ・マリアは良かったですね〜。ちなみに、ヴェルディがこの「オテロ」をボーイトと作ったイタリアの小さな村のサンターガータの邸宅には、本当に柳の木が何本もあるのです。2013年にヴェルディ生誕200年の時に、ここを訪れ、痛く感激した覚えがあります。

 繰り返しますが、休憩後の3幕と4幕目は、まるでサッカーのハーフタイムに監督と選手が気合いを入れた効果が出たかのように、良くなりました。初日はどうだったのでしょうか?

 歌手に戻りまして、イアーゴを歌った、ブルガリア生まれのウラディーミル・ストヤノフ。何かで昔聴いていてますが残念ながら思い出せません。暗めで高めのヴァリトンなのですが、イアーゴというのは、歌手自身が、相当に性格付けをはっきりとさせなくてはおもしろくないと思います。今までにヌッチ、フロンターリ、ガッロ(3回!)で聴いていますが、それぞれに、かなりはっきりとした毒々しい性格付けをして、歌唱と演技をしていました。そこらへんが、ストヤノフの場合希薄な感じを受けました。原作では28歳の役柄ということなので、それにはヌッチなどよりもずっと近いと思うのですが、「謀略を巡らせる悪い人」という感じがしなかったのは僕だけでしょうか?3幕目では、音楽が実に"ヤーゴ的”(ヤーゴの悪魔のトリルなども出てくる)なのですが、肝心のヤーゴがちょっと素直過ぎる感じが否めませんでした。

 日本人歌手陣もなかなか豪華でした。出番は少なかったのですが、最後のところのエミーリアの清水華澄さんは良かったなぁ。

 このオペラを聴く時には、1幕目、2幕目は字幕を見ますが、3幕目以降はあまり見ないようにしています。さっきも書きましたが、オテロの単純さが、あまりにも現実的ではなく、デズモデーナを殺すだけの必然性が感じられないのです。ですので、ここはそういう理屈は抜きにして、悩み抜くオテロの歌唱と演技、哀れなデズモデーナの美しい歌声に集中します。

 演出は、新国立ではもう何回目かになるマルトーネのもの。何トンもの水を使うのが美しいです。僕は好きですね、この演出。ちょっとキリコの絵のような感じがあり、まわりを石の建物で囲まれた水場と寝室は、そこからどこにも逃れられないオテロ、デズモデーナ、イアーゴの立場を際立させていると思います。

 色々と書きましたが、ヴェルディの傑作オペラを充分に堪能させてくれる、水準をはるかに超えた出来でした。ここ数年、新国立のオペラの水準は格段に上がっているので、さらに「もっと」と思ってしまうことはありますが。

 この次の中村理恵さんの「フィガロの結婚」も楽しみですね。

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イタリア、パルマ近くのサンターガータのヴェルディ邸の柳

【指揮】パオロ・カリニャーニ
【演出】マリオ・マルトーネ

【オテロ】カルロ・ヴェントレ
【デズデーモナ】セレーナ・ファルノッキア
【イアーゴ】ウラディーミル・ストヤノフ
【ロドヴィーコ】妻屋秀和
【カッシオ】与儀 巧
【エミーリア】清水華澄
【ロデリーゴ】村上敏明
【モンターノ】伊藤貴之
【伝令】タン・ジュンボ

【合唱指揮】三澤洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】世田谷ジュニア合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

中村恵理B→Cソプラノリサイタル

 3月21日、オペラシティのリサイタルホールに初めて行きました。ソプラノの中村恵理のリサイタル。”B→C”と銘打っていますが、これは「バッハからコンテンポラリーまで」という意味です。250席のホールは、サントリーのブルーローズよりまだ小さく、木の内装は暖かい感じです。

 この日はピアニストで作曲家の英国人リチャード・ワイルズの伴奏で、バッハからワイルズ迄の小品15曲の構成で、中村自身が「今回の公演は、私の音楽史の中で嵐の章になる。」と言っているように、斬新で精力的なプログラムでした。

 僕と家内は、中村恵理が新国立の研修生だったころから、その声に魅了されていました。この日も、ふくよかで深みがあり、そして強く、しかし良くコントロールされた美しい声を堪能しました。最初の3曲は、ロベルト・シューマンの妻、クララ・シューマンの美しい歌曲。そして次はフェリックス・メンデルスゾーンの姉のファニーの2曲と、この日は女性作曲家の作品を多く取り上げていました。この5曲、繊細でキラキラしていて、中村の高音が輝いていました。本当、ため息ものです。

 そして、バッハのカンタータに続き、“C”の現代作品に移ります。グバイドゥーリナ、ショスタコーヴィッチと吠えるような声の曲が続いたあとの”天人五衰“は、三島由紀夫の詩にワイルズが中村恵理のために曲を付けたもの。日本語の歌曲です。絵画展に例えれば、洋画が並ぶ中に金箔を使った日本画が一枚入ったような感じです。静寂を感じさせる、それは美しい歌唱でした。この日の曲の構成は、おそらく中村とワイルズが考えたものでしょうが、15曲がストーリーを持って連なるように注意深く並べられていました。 

 休憩後の7曲は印象派のイメージ(時代的にも)を持つ、これも女性作曲家のリリー・ブランジェの2作品がみずみずしく、中村の声も弾みます。そしてユーモラスなルトスワフスキの寓話をもとにした2曲。2番目のアントレの前のソルベみたいですね。そして、ワイルズの力作、未発表のオペラ“分裂と征服”から1曲。20世紀初頭に英国で参政権を求めて声を上げた女性たちの生き様を描いたもの。力強い叫びが英語で響きます。最後の言葉は”How funny!”。

 ラストの歌はヴェルディの “E strano/そはかの人か….花から花へ“。正直、それまでの流れの中から、急にクラシックなヴェルディのメロディにどのようにつながるのかと思いましたが、スタッカートを使ったピアノと無伴奏の部分を多くしたりして、見事にヴェルディを現代音楽につなげました。まるで、グレン・グールドがヴェルディを弾いているようでした。中村の歌唱は最高潮に達します。強く、そしてふくよか。聴き応えがありました。終わるとBrava, Braviの嵐。

 実に内容のある、素晴らしいリサイタルでした。前日の”ルチア“に染まっていた頭がリセットされました。中村理恵は4月の新国立の”フィガロの結婚“でスザンナを歌います。これも楽しみですね。

ソプラノ:中村恵理
ピアノ:リチャード・ワイルズ


• クララ・シューマン:《3つの歌》op.12から「彼は嵐と雨の中をやってきた」 
• クララ・シューマン:《6つの歌》op.13から「私はあなたの眼のなかに」 
• クララ・シューマン:《3つの歌》op.12から「美しさゆえに愛するのなら」 
• ファニー・メンデルスゾーン:《12の歌》op.9から「失うこと」 
• ファニー・メンデルスゾーン:《6つの歌》op.1から「朝のセレナーデ」 
• J.S.バッハ:カンタータ第57番《試練に耐えうる人は幸いなり》BWV57から
• 「俗世の命を速やかに終えて」「私は死を、死を望みます」 
• ワイルズ:《最終歌》(2016、中村恵理委嘱作品)から「エピソード ── 三島由紀夫『天人五衰』より」
• グバイドゥーリナ:《T.S.エリオットへのオマージュ》(1987)から「冷気が足元から膝に上ってく
• ショスタコーヴィチ:《アレクサンドル・ブロークの詩による7つの歌》op.127(1967)から「ガマユーン」 
• メシアン:《ミのための詩》から「恐怖」「妻」 
• リリ・ブーランジェ:《空の晴れ間》から「ベッドの裾のところに」「二本のおだまきが」 
• ルトスワフスキ:《歌の花と歌のお話》(1989~90)から「かめ」「バッタ」 
• ワイルズ:《分裂と征服》(1993)から「なんと奇妙な」
• ヴェルディ:《椿姫》から「そはかの人か…花から花へ」
• 【アンコール曲】ワイルズ:《最終歌》から「エピソード ── ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』より」 

ルチア@新国立劇場

 20日のマチネ公演に行ってきました。実は18日土曜日のチケットを取っていたのですが、大学の卒業式と重なってしまっているのに気づかず、2月になってからあわてて電話で取り直したのです。もうあまり席が残っていなくて危ないところでした。

 まずは感想ですが、「素晴らしい」という以外に言いようがありません。18日に先に聴いた家内から既に印象を聞いてはいましたが、ベルカントオペラを滅多にやらなかった新国立劇場が満を持して放った大ヒットだと思います。これで、個人的には3回目の生”ランメルモールのルチア“(ランカトーレ、デセイで聴いています)鑑賞になりますが、今回は、歌手、指揮、オケ、演出、舞台美術のすべて揃って素晴らしく、総合的には文句なくベストでした。

 今日は歌手から話をしたいと思います。何と言ってもタイトルロールを演じたオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは、”美しき清き“という表現がぴったりな声。(容姿も…)声を張り上げず、持ち上げず、すくっと高音が立ち上がります。彼女のような自然な感じのコロラトゥーラを、あまり聴いたことがありません。いつも良く聴くのはカラス、ステファノ盤で、今回の予習用に聴いていたのは2014年のミュンヘンでのダムラウ、カレヤ盤でした。ダムラウはもちろんすごいのですが、”ドラマチック”なコロラトゥーラだと思います。アジリタというほうがふさわしいか。。。それに対しペレチャッコは「行くぞ!歌うぞ!」という感じが全くせずに、自然にコロラトゥーラに入ります。弱音、微音でも綺麗にベルカントします。

一幕目、ルチアが侍女のアリーサを従えて泉のたもとで歌うアリア(カヴァティーナでしょうか?)“regnava nel silenzio(あたりは静寂に包まれて)”は、僕の大好きな曲なのですが、中音、低音でのコロラトゥーラが要求されます。主題を繰り返し歌う最初の部分の、”Qual di chi parla, muoversi, il labbro suo vedea, (まるで誰かに語りかけるかのように唇が動くのを見た。)のこところ、音が下がるところで、音程をはずしかける歌手を聴いたことがありますが、歌い始めてまもないところで、喉が温まっていないでこの難曲を歌うのは大変難しいのだと思います。しかし、ペレチャッコは軽々とこなします。もうこれで感動でした。”狂乱の場“はもちろんbravissimo!! 彼女はデヴィーアの弟子ということですが、なるほどそのシンプルにして研ぎ澄まされた清らかさを聴いて納得。新国立出演のあとに、4月にはMETでリゴレットのジルダ、5月、ボリショイでヴィオレッタ、そして6月にはベルリンで真珠取りのレイラと立て続けに主演で歌うそうです。みんな聴きたくなります。

 エドガルド役の、スペイン人、イスマエル・ジョルディもとても良かったです。歌唱の技巧的にはまだこれからだと思うのですが、感情の込め方に深みがあって引き込まれます。ペレチャッコと二人で、本当に「若いカップルの熱愛」という感じが出ていて魅力的でした。プログラムを見て気づきましたが、2002年の新国立ではエドガルドをファビオ・サルトリが歌っているんです!サルトリのエドガルドというのも良かったでしょうね。(その頃はまだ痩せていただろうし。。)

 そして、エンリーコのポーランド人バリトン、アルトゥール・ルチンスキーは浪々とした美声で、兄の権威そのものが歌っているように聞こえます。まさに適役。ライモンドの妻屋秀和も良かった。2幕目のルチアとのやりとりは緊迫感があって引きつけられました。このシーン、なんかラ・トラヴィアータの2幕1場のジェルモンとヴィオレッタのやりとりを感じました。2幕目はズンパッパもあるし、6重唱の始めの男声2重唱がカルロとロドリーゴっぽかったり、このオペラのいたるところにヴェルディが引き継いだニュアンスがありますね。ヴェルディはベッリーニ嫌い(「長〜い、長〜い曲」と切り捨てたようです。)だったようですが、ドニゼッティの系譜に連なっているなぁと感じた次第。

 このオペラでは合唱がとても重要です。序曲からいきなり合唱に入ります。新国立の合唱団はこの最初の合唱から最後まで、素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれました。引っ越し公演でも合唱がいまいちということはままあることなので、今回は、個々の歌手と併せて、合唱も最高で、つまりはベストの歌唱のキャスティングではないでしょうか?

 そして、指揮のジャンパオロ・ビザンティを褒めるのも忘れてはなりません。大きなオーケストラを鳴らすのではなく、各パートの音を精緻に且つ、くっきりと浮き出させて、歌手を押し出しながら、鳴らすところは鳴らす。そして何より品格がありました。それがこのオペラを更に魅力的なものにしていました。狂乱の場でのグラスハーモニカは、演奏者のサシャ・レッケルト独自の”ヴェロフォン”というのだそうですが、通常のグラスハーモニカの音が透明ガラスだとしたら、このヴェロフォンは磨りガラスという印象でしょうか?その音は、精神が破綻したルチアの神経シナプスから響いて来るように聞こえて、凄みもありました。

 演出はフランス人のジャン=ルイ・グリンダ。モンテカルロ歌劇場総監督のですので、同歌劇場でも来年か再来年にこのプロダクションで公演されるそうです。スコットランドの海をベースのテーマにして、場面転換の時にも紗幕にプロジェクションマッピングで荒れる海と巨大な岩を映し出すなど凝っています。1幕目の泉の場面に、狂乱したルチアの回想(?)のところでまた戻って来るなど、演出にも“読み応え”があります。僕はスコットランドを1週間掛けて旅行したことがありますが、スカイ島という島のイメージがよみがえりました。実に美しい演出。2幕目の城内の舞台も、オークのような床が舞台を引き締めていました。3幕目はやややりすぎ(ネタバレはしませんが)の感もありますが、狂乱の場をリアルに描き出していました。そして演出を支える舞台美術や衣装が実に美しいことも是非付記したいです。新国立の実力が発揮されていると思います。

 それにしても、これだけのキャストでベルカントのオペラを高いレベルで公演できることがわかったからには、この先、新国立でベルカントをもっとやってほしいです。そうですね、勝手に希望演目を上げると、ノルマ(今年藤原で先に越されますが、、、)、清教徒(この"狂乱の場”も聴きたいです。)、夢遊病の女などのベッリーニ作品。スカラ座のロビーで4人の立像の一人(他はヴェルディ、ドニゼッティ、ロッシーニです。プッチーニは何故かいません)なんですが、ベッリーニは新国立劇場主催では一回も上演されていないです。そして、ドニゼッティの女王三部作も。。。 期待しましょう!

(指揮)
ジャンパオロ・ビザンティ
(演出)
ジャン=ルイ・グリンダ

(キャスト)

ルチア:オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ
エドガルド:イスマエル・ジョルディ
エンリーコ:アルトゥール・ルチンスキー
ライモンド:妻屋秀和
アルトゥーロ:小原啓楼
アリーサ:小林由佳
ノルマンノ:菅野 敦
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【グラスハーモニカ】サシャ・レッケルト



 

東フィル定期公演、ラフマニノフ協奏曲2番、チャイコフスキー交響曲6番

 3月13日月曜日のオペラシティでの東京フィルハーモニー定期演奏会に行ってきました。指揮はバッティストーニ、メニューはラフマニノフとチャイコフスキーです。バッティはロシア音楽が大好きだとのこと。一昨年の大賀ホールでのチャイコフスキー交響曲第5番もとても良かったですが、今日は第6番『悲愴』。13年前に亡くなった僕の父が書斎で良く聴いていたので、馴染みのメロディーです。バッティストーニらしく、良く鳴らすこと!ちょっとロックのコンサートのようです。しかし、破綻はまったくなく、ステージの上から音の塊が、弦、金管、木管のそれぞれの位置から飛んでくるように聞こえます。僕の指定席が前方やや左側なので、そのせいもあると思うのですが、音の立体感が凄い!音が右から左へ手前から奥へ廻るようにうねります。第4楽章、特に好きですが、アダージョでの弦の音が美しい。前日に、ゲネプロを聴く機会があったので、マエストロがどのように音作りをしているのかをうかがい知ることが出来て良かったです。

 感想の順番が入れ違ってしまいましたが、この日の最初の曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。20歳の新鋭、松田華音は6歳の時にロシアへ留学、8歳でオーケストラの共演を果たしたという天才(!)ピアニストです。『かのん』という名前からして、音楽一家の育ちかと思ったらそうではないとのこと。このところ、東フィルは若手のソリストとオケの共演が続いていますが、この日のピアニストは、華麗さ、超絶技巧を前に出してアピールするという若手にありがちなスタイルとは違っていました。華奢な体躯とは裏腹に、線の太い音で、ひとつひとつの音を明確に、輪郭をはっきりと鳴らして来ます。感情的になりすぎないラフマニノフのピアノ、良かったですねー。バッティストーニもピアノを押し出すように、抑え気味の指揮、しかし、第三楽章になるとピアノとオケが一体になって滝のようにステージから音があふれ出して来ました。

 アンコールは無し。僕はテーマのはっきりした曲をじっくり聴いた後はアンコールが無いほうが好きなので、とても良かったです。

 東フィルも2016-2017シーズンは今日で最後、5月から新しいシーズンが始まります。バッティストーニの「春の祭典」、楽しみです。

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番*
チャイコフスキー/交響曲第6番『悲愴』

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ピアノ:松田華音*
東京フィルハーモニー交響楽団

オペラ座グラン・ガラ

 昨夜、3月9日のパリオペラ座来日公演、グラン・ガラの初日に行ってきました。凄かったです。感動!オペラ座のエトワール達は、毎年来日して公演をしていますが、やはり本公演は格が違いますね。今回は、ガラと言っても、パ・ド・ドゥをいくつも見せてくれるのではなく、「テーマとヴァリエーション」、「アザー・ダンス」、「ダフニスとクロエ」の三作の全編をたっぷりと見せてくれたので、満足感が強いです。

 「テーマとヴァリエーション」はバランシンの傑作です。ABTの十八番というイメージも強いですが。昨夜は先週の「ラ・シルフィード」の時のコンビ、ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマンで踊られました。この二人はもう完璧ですね。シルフィードとは違って短いチュチュで脚の美しさが際立つミリアム。静止の美しさは、頭から足までピアノ線が入っているようです。マチアスも複雑なジャンプを素晴らしい高さでこなしていました。片腕だけのリフトやキャッチも多いので、かなり体力を使うと思います。小柄な彼には負担が大きいと思うのですが、シルフィード同様に「練習しました」という感じを全く見せずに踊りきったのが凄い。この二人、これから注目していきたいです。

 「アザー・ダンス」は世界バレエなどでおなじみの演目です。2012年には、エトワールになったばかりのジョシュア・オファルトとオーレリ・デュポンで見ていますが、全編を通しで見るのは今回が初めて。ローラ・エッケが踊るはずだったんですよね、たしか。彼女の降板は残念ですが、代わりに踊ったエトワールのリュドミラ・パリエロが神々しいばかりに素晴らしかったです。造形美と言っていいのでしょうか?体全体で作られる形が本当に美しい。ショパンの音楽をそのままグラフィカルにバレエにした感じです。これはファンになりますね。相手役のジョシュア・オファルトも今や貫禄のあるエトワール。切れのある踊りを見せてくれました。この作品、男性ダンサーのソロがけっこう難しそうですが、ピルエットやフェッテも難なく決めてくれました。

 そして、この日のお目当て「ダフニスとクロエ」フレデリック・アシュトン版はYou Tubeで見たことがありますが、バンジャマン・ミルピエ版は初めてです。

 この作品の原作は、ロンゴスという古代ギリシアの作家が書いたものと言われています。エーゲ海のレスボス島を舞台とした若い二人の恋愛物語。2014年にオペラ座の芸術監督就任が決まっていたミルピエ振り付けの力作です。この初演の時の衣装は、写真を見るとカラフルなチュチュを主体にしたクラシックなものだったようですが、今回は布をまとったシンプルなものになっていました。ダニエル・ビュランが作った舞台は初演の時とだいたい同じで、黄色い太陽、地中海の青などの色が幾何学的にステンドグラスのように美しい光になっています。ダフニス役のオーレリ・デュポンは高貴で優雅、美の象徴のように舞台をコントロールします。いつも思いますが、彫刻的な彼女の存在感は凄いものがあります。彼女の恋人役のクロエは、エルヴェ・モローが踊るはずでしたが、怪我で降板。この人の怪我で降板率は5割くらいですね。現在、デュポンのパートナーとしてはこの人が最高なので、全く残念です。しかし、代わりに踊った天才的ダンサー、ジェルマン・ルーヴェも、若いクロエの愛情と焦燥、迷いを余すことなく表現していて満足でした。

 そして、ダフニスを奪おうとするドルコンを踊ったスジェのマルク・モロー、グロテスクな踊りながら、超絶技巧を駆使して主役を食う出来でした。クロエを誘惑するリュセイオン役のレオノール・ポラック、ちょっと可愛すぎるかなと思いましたが、髪をひっつめて妖艶な踊りを見せてくれました。1時間近い、結構長い演目でしたが、本当に引き込まれました。

 そして、この日特筆すべきなのは、音楽です。素晴らしいラヴェルを聴けました。シルフィードとは別の若い指揮者、マクシム・パスカルは東フィルを確かな緊張感を持って鳴らしていました。こんなに良いラヴェルは、ハーディングの「ラ・ヴァルス」を聴いて以来と言っても良いです。コンサートとしても一級でした。バレエの音楽でこれほどのレベルの指揮が際立つのは珍しいです。願わくば、このパスカルが先月のデュポンのボレロも生で指揮してくれれば良かったのになぁ、と思います。

 ともあれ、「バレエは総合芸術だ!」と思い知らされた夜でした。

2-3月のバレエ月間はこれで終わり。この週末と月曜日はバッティストーニ&東フィルのラフマニノフとチャイコフスキー。珍しくゲネプロと本番両方行きます。そしてその後はルチアです。

 それと、今日、7月の藤原歌劇団のデヴィーアの「ノルマ」と、9月の東フィル、バッティの「オテロ」のチケット取りました。「ノルマ」はこれを逃したらいつ聴けるかわからないので、デヴィーアの出る2日間両方取りました。どちらも一番高い席でも1万円台。お値打ちです。皆様も是非!

ノルマ  
 https://www.jof.or.jp/performance/nrml/1707_norma.html

オテロ  
http://tpo.or.jp/concert/20170908-01.php


グラン・ガラのキャスト
「テーマとヴァリエーション」
振付: ジョージ・バランシン
音楽: ピョートル・I.チャイコフスキー
照明: マーク・スタンリー
ミリアム・ウルド=ブラーム / マチアス・エイマン、オーレリア・ベレ、セヴリーヌ・ウェステルマン、ロール=アデライド・ブーコー、ソフィー・マイユー他

「アザー・ダンス」
振付: ジェローム・ロビンズ
音楽: フレデリック・ショパン
衣裳: サン・ロカスト
照明: ジェニファー・ティプトン
リュドミラ・パリエロ / ジョシュア・オファルト

「ダフニスとクロエ」
振付: バンジャマン・ミルピエ
音楽: モーリス・ラヴェル
装置画: ダニエル・ビュラン
ダフニス:ジェルマン・ルーヴェ / クロエ:オレリー・デュポン
ドルコン:マルク・モロー / リュセイオン:レオノール・ボラック
ブリュアクシス:フランソワ・アリュー
マリーヌ・ガニオ、エレノアール・ゲリノー、ローランス・ラフォン、エミリー・アスブン他

指揮:マクシム・パスカル
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

ユーゴ・マルシャンがエトワール昇格!

昨日、3月3日の”ラ・シルフィード”の公演でジェイムズを踊ったユーゴ・マルシャンが、公演後舞台に現れた芸術監督のオレリー・デュポンにエトワール昇格を告げられたとのことです。

http://www.nbs.or.jp/blog/news/contents/topmenu/33.html

去年のエトワール・ガラで、一番感動したのが、マルシャンとジルベールの"チャイコフスキー・パ・ド・ドウでした。マルシャン、優雅でしたねー。エトワール昇格おめでとうございます。それにしても、昨日も行けば良かったなぁ。エトワール昇格が海外で発表されるのは初めてではありませんが、日本での発表は今までになかったと思います。

東京文化会館終演後のエトワール昇格の瞬間(動画)

https://www.youtube.com/watch?v=GyPfim8Oq2Q

3月2日”ラ・シルフィード”のブログ

http://provenzailmar.blog18.fc2.com/blog-entry-618.html



オペラ座の”ラ・シルフィード“

 3月2日、昨年芸術監督に着任して一年たったオレリー・デュポン率いるパリオペラ座の来日公演の初日に、”ラ・シルフィード“を見に行ってきました。全幕ものとしては、ちょっと地味かなぁと思っていたのですが、凄かったです。感動しました。終幕のカーテンコールは10分間続きました。

 シルフィードを全幕で見るのは、昨年の新国立劇場でのブルノンヴィル版に続き、今回のラコット版で2回目。今回のほうが、パ・ド・ドゥの回数が多いように感じました。それでも、フェッテやピロエットのような派手な見せ場はなく、特にシルフィードを演じる女性ダンサーは、小技で見せる場面が多いので、全体にしっとりとした感じの舞台です。

 今回のオペラ座の来日では、目玉のエトワールのうち、マチュー・ガニオ、エルヴェ・モロー、ローラ・エッケという超目玉のキャストが怪我などで降板、来日しないことになり、随分と残念な思いをしている方は多いと思います。しかし、この日の3人の若き(でもないか..)エトワールは素晴らしかったです。特に魅了されたのは、シルフィードを踊ったミリアム・ウルド=ブラーム、小さな体で本当に宙に浮いているように踊り、“妖精感”たっぷり!「練習しました!」という感じが全く無いんですね。踊っている間の表情の変化、手の先の表現などが、余裕たっぷりです。シルフィードが魅力的でないと、浮気するジェイムズが悪者みたいに見えるのですが、これほどシルフィードが素晴らしいと、「そりゃ、こんな素敵な人が出てきたらしようがないよね。」と思うわけです。ポワントでの静止は時間が止まったようで、なんとも美しい!

 この人、2年前の世界バレエで怪我をして、直前に来日できなかったことを覚えています。だから多分、今回見るのが初めてだと思います。さきほど「若き(?)」と書いたのは、彼女、もう35歳でお子さんもいらっしゃるんですね。

 当初、ガニオとアルビッソンの公演とどちらに行こうか迷ったのですが、アルビッソンでは妖精としては大柄すぎると思い、ミリアム・ウルド=ブラームのほうを選びました。正解でした。でもアルビッソンも見に行きたいですけど......

 ジェイムズを踊ったマチアス・エイマン。去年の「オールスターガラ」で、ジリアン・マーフィーと素敵な “Who cares?”を踊ってくれましたが、クラシックを見るのは初めて。背が低いので、“王子感”にはちょっと欠けますが、キビキビしていながら優雅な動き、素晴らしいジャンプ力で、シルフィードを必死に追いかける様子が胸を打ちます。この人は今、30歳。19歳でコリフェになり、2007年にスジェ、2008年にプルミエ・ダンスール、2009年にエトワールと、凄いステップアップをしているんですね。エトワールを取った時の舞台がレンスキーだったそうですが、ちょっと見たいですね。

 そして、つい最近、昨年の12月にオレリー・デュポンによってエトワールに任命されたのが、レオノール・ポラック。27歳ですからアルビッソンよりも若い。エフィーを踊りました。役柄にぴったりという感じ。スコットランドの田舎の可愛い娘の感じが良く出ていました。そして、ジェイムズの友人、ガーンを踊ったイヴォン・ドゥモル、プログラムのダンサーの紹介にも載っていませんでしたが、素晴らしい踊りを披露してくれました。2014年にコリフェだったので、多分今はスジェ?

 今回はオーケストラで東フィルが入り、若いフランス人指揮者フェイサル・カルイが振りました。初日ということで、まだ堅い音でしたが、それでも後半はとても叙情的な盛り上がりのあるアンサンブルを聴かせてくれました。やはり生のオケが入るのは良いですね。

 シルフィードで、これほど心を動かされるとは思ってもいませんでした。しばらく席から動けませんでした。できれば、もう一回見に行きたいくらいです。

さて、あとは9日のグラン・ガラ。デュポン、楽しみなのはもちろん、デュポンとジェルマン・ルーヴェが踊る”ダフニスとクロエ“です。これも東フィルが入ります。それまで出演者に怪我の無いことを祈るばかりです。

フィリッポ・タリオーニ原案による2幕のバレエ
台本: アドルフ・ヌーリ
復元・振付: ピエール・ラコット(フィリッポ・タリオーニ原案による)
音楽: ジャン=マドレーヌ・シュナイツホーファー
装置: マリ=クレール・ミュッソン(ピエール・チチェリ版による)
衣裳: ミッシェル・フレスネ(ウージェーヌ・ラミ版による)

ラ・シルフィード:ミリアム・ウルド=ブラーム
ジェイムズ:マチアス・エイマン
エフィー:レオノール・ボラック
ガーン:イヴォン・ドゥモル
魔女マッジ:アレクシス・ルノー
エフィーの母:ニノン・ロー
パ・ド・ドゥ:エレオノール・ゲリノー / フランソワ・アリュー

火の鳥組曲他、プレトニョフ指揮東フィル

 オペラシティでの定期公演。もうすっかり自分の席も覚えて、なんだかアットホームな感じでゆったりと聴けるようになってきました。

 この日はストラヴィンスキーが2曲。1曲目の「ロシア風スケルツォ(シンフォニック版)」は初めて聴きましたが、創意に溢れた楽しい曲でした。「スケルツォ」とはイタリア語で「冗談」を意味するんだそうです。メヌエットに近いんでしょうか?テンポはあまり速いわけではありませんでした。5分ほどの演奏、「前菜」という感じですね。

 そして、舞台の構成を変えて、本日のゲスト、若干22歳の気鋭のチェリスト、アンドレイ・イオニーツァが登場。2015年のチャイコフスキー国際コンクールではチェロの部で優勝、いまやひっぱりだこの若きスターです。プロコフィエフの「チェロ協奏曲第2番ホ短調」は別名「交響的協奏曲」としてのほうが有名なようで、その名の通りどっしりとしたアンサンブルの中でチェロがオケと格闘する感じで弾き鳴らされます。いや、凄い迫力と技巧でした。でも音自体は繊細で、むしろ内省的な響きだと感じました。ソロアンコールで演奏された、バッハの無伴奏チェロソナタ3番のサラバンドを聴いたときにも、その印象を強く持ちました。いずれにしろ、これから活躍するでしょうから、楽しみな人です。

 ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」は、4年前の5月のザルツブルグの降臨祭のフェスティバルでゲルギエフ指揮マリインスキー管弦楽団で聴いて以来。その時はミハイル・フォーキンの振り付けで、それは素晴らしい舞台を見せてくれたのが、今でもまぶたに焼き付いています。「火の鳥」には三つの版が存在するとのこと。ザルツブルグで聴いたのがどれだったかは定かでありませんが、プレトニョフは、中でも比較的珍しい1945年版を愛好しているとのこと、この日もそれでした。バレエ音楽は当然のことながら、バレエがあるのとないのでは、指揮者の曲作りもだいぶ違いますね。この日のプレトニョフは軽いタッチで曲に入り、次第に重みを増し、終曲の賛歌では分厚いアンサンブルを聴かせてくれました。前日にボレロのバレエを見ていたので、「終曲の賛歌」の最後の繰り返しが、ボレロの終盤に良く似ていると感じました。

 さて、5月にはバッティストーニが「春の祭典」を振ってくれますね。最近、クルレンツィスの新作やら、昨年亡くなったピエール・ブーレーズの指揮をCDで良く聴いているので、バッティがどんな春を聴かせてくれるのか、大変楽しみです。

東京フィルハーモニー管弦楽団、オペラシティ定期シリーズ第107回
指揮:ミハイル・プレトニョフ
チェロ:アンドレイ・イオニーツァ

ストラヴィンスキー:ロシア風スケルツオ(シンフォニック版)
プロコフィエフ:交響的協奏曲(チェロ協奏曲第2番ホ短調作品125)

ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」組曲(1945年版)

オレリー・デュポンのボレロ

 この1週間は、金沢行きも含めて4公演に行ったので、ブログへのアップが追いつきませんでした。印象が薄くならないうちに木金の2公演のことを続けて書こうと思います。

「東京バレエ団ウィンター・ガラ」と銘打って、オーチャードホールで、3つの異色の作品を上演するという意欲的な企画です。しかし、僕としては何と言っても、一昨年のパリオペラ座での引退公演の、マクミランの ”マノン“以来のオレリー・デュポンです。彼女をライブで見られるのがすごい魅力で、チケットを取りました。

“ボレロ“を踊る女性ダンサーとしては、もちろんシルヴィ・ギエムがまず頭に浮かびます。次にプリセツカヤでしょうか・・これに対してデュポンが”ボレロ”を初めて踊ったのは2012年なんですね。ベジャールの死後5年たってから、ニューヨークの公演で初めて踊ったそうです。たしかに、デュポンというとキリアンの”扉は必ず“とか、ノイマイヤーの「椿姫」など、「静」のイメージが強かったですね。ですので、43歳で一旦引退したデュポンが、オペラ座の芸術監督として単身日本に帰ってきて踊るのが、ベジャールというのはとても興味深かったのです。

 冒頭の手の動きの照明があたるところから、もうデュポンの世界でした。優雅ですべるような動き。全身がライトアップされて、「あっ!」と思いました。マノンの引退公演で体を絞って、多分数キロはやせたと思うのですが、それがそのまま引き継がれていました。2014年の8月に勅使河原三郎と共演した「睡眠」の時から比べると、本当に一回り小さくなったみたいです。凄いですよね、二人のお子さんを産んで育てているのですから。

 彼女のボレロは、様式感に溢れた美しいものです。バランスが正確に保たれて、「動」を「静」の中に閉じ込めたような動き。ギエムともロマンとも違う、彼女のボレロでした。昔、見たパトリック・デュポン(同じデュポンでも血のつながりは無いらしいです)に流れとしては似ているような…..クラシックの雰囲気もあります。「素晴らしい!」としか言いようがありません。だんだんと弦に管が入って来て盛り上がってくるにしたがい、体の動きがバネの入った幹のようになってくるところ、背筋に感動が走ります。あ−、これで音楽がライブだったらいいんだけどなぁ。シャルル・デュトワの指揮を望みます。彼の指揮でボレロを踊ったダンサーはいるんだろうか。

 ただ、今回はオーチャードホールの1階の後方のはじで、音響の悪いところだったので、テープの音楽でも生みたいに聞こえました。思わぬ状況です。

 来月もデュポンは来てくれますね。楽しみです。残念ながら、エルヴェ・モローとマチュー・ガニオ、ローラ・エッケが来られないことになってしまいましたが、デュポンはジェルマン・ルーヴェと、またラヴェルを踊ってくれます。”ダフニスとクロエ“楽しみです。

セビリアの理髪師@金沢

 フランス人指揮者(名前はロシアっぽいのですがパリ生まれ)の、ミンコフスキが金沢でセビリアを振るというので、一泊で家内と小旅行をして来ました。ミンコフスキを聴くのは初めてですが、昨年の夏にスウェーデンの小劇場、「ドロットニングホルム宮廷劇場」でドン・ジョヴァンニを振ったのが素晴らしかったと聴いていました。この日も、本当に素晴らしいオペラを聴かせてくれました。

 まずは序曲が始まって、ちょっとびっくりしたのは、全然今風でないこと。軽やかで早い感じを予想していたのですが、ゆったりとして上品。そして、クレッシェンドがあまり積極的的に聞こえてこないのです。モーツァルトを信奉するという指揮者らしく、アンサンブルを重視した美しい仕上げの序曲。このトーンはオペラ全体を支配しました。実に優雅です。聴かせどころのロジーナの””Una Voce Poco Fa (今の歌声は?)”の場面では、相当練習したんだと思いますが、ベルカントの歌唱の後を一瞬遅れて、オケがそーっとなぞっていく感じ。実に素敵でしたね!

 ミンコフスキ、人間味溢れるという感じです。歌手の歌が終わって拍手がやまないと、一旦袖に下がった歌手を手招きで呼び戻してコールにこたえさせたり、歌手の手にキスをしたり、なごみます。

 歌手がまた素晴らしい。名前を聞いたことの無い人ばかりでしたが、メゾのセレーナ・マルフィはMETのドン・ジョヴァンニでツェルリーナを歌っていたそうです。さきほどの”Una Voce〜“、久々に良いのを聴きました。アジリタは高音ではそれほどではないのですが、中音、低音部でうまく廻すのが、かっこいい!というか色っぽいんですよね。(見栄えも良さそうなんで、オペラグラス持参しなくて失敗....) そして、伯爵役のテノールのデヴィッド・ポーティロ、まだ若い(24歳)んですが、素晴らしく甘いロッシーニテノールの声です。若い頃のホセ・ブロスを思わせます。最近は復活してきたとは言え、国内ではあまり良いのを聴けない2幕目最後の「大アリア」が極上でした。ペーザロに行ったみたい!実際、彼はペーザロでもデビュー済みだそうです。フィガロのアンジェイ・フィロンチクも若い!なんと22歳でこの役は初だそうですが、貫禄さえ感じるような余裕たっぷりの歌いでした。バルトロを演じたカルロ・レポーレも、ベルタの小泉詠子も、バジーリオの後藤春馬(新国立研修所時代から応援中!)も良かったですね。

 そして、この歌手たちが、演奏会形式とは言え、ほとんどセミオペラ形式と言うような感じで、舞台を動き廻るのです。なにしろ演出家の名前(イヴァン・アレクサンダー)が出ているくらいですから、鬼ごっこはするわ、バルトロのひげ剃りにクリームは塗るわ、で舞台上もとても楽しめました。去年、マドリッドで聴いた演奏会形式の”ルイーザ・ミラー“もそうでしたが、最近のヨーロッパの演奏会形式は、「演出付き」が多いのでしょうか?日本でもオペラシティやサントリーホールなど、舞台にスペースがある劇場を使って、そういう試みを増やしてほしいものです。

 まったく、金沢で一日だけではもったいないような公演でした。

 そして、この日は金沢市街にある、イタリア好きにはチョー有名な、イタリア料理店”トラットリア・クアクア“で東京や大阪から集まったオペラ仲間と食事。実に美味しかったです。これから金沢に行く機会が増えそうです。

指揮 マルク・ミンコフスキ
アルマヴィーヴァ伯爵 デヴィッド・ポーティロ
バルトロ カルロ・レポーレ
ロジーナ セレーナ・マルフィ
フィガロ アンジェイ・フィロンチク  ほか
合唱 金沢ロッシーニ特別合唱団
管弦楽 オーケストラ・アンサンブル金沢

バッティストーニ指揮レクイエム@新宿文化センター

 いや、すごいものを聴いてしまった、というのが本音です。

 正直なところ、今回はあまり期待していませんでした。バッティの指揮でも良い時もあるし、そうでない時もある。もちろん、ヴェルレクはバッティにはぴったりだとは思っていましたが、なにしろ、この日は、何と言っても合唱団が、この日一日のために一般公募をした合唱団ですからねー、第九じゃないんだからなぁ、と思っていました。東フィルの首席指揮者なのだから、東フィルで藤原や新国立の合唱団を使って講演すれば良いのになぁと思いつつ会場に向かいました。

 結論:たしかに合唱は素人ぽかったです。ですが、バッティストーニとのこの一日だけの出会いに、全員が覚醒していました。第一曲の”レクイエム“のピアニシモの入りから、美しい!去年の7月から練習を重ねて来ただけありました。4曲目の”サンクトゥス/聖なるかな“の4部2群による合唱も素晴らしかったです。バッティがゲネプロの時に、合唱が最終曲の”リベラ・メ/救い給え”を歌っている時の逸話を、音楽評論家でこのゲネプロをに行かれたK氏がフェイスブックにこう書いています。バッティは合唱団にこう言ったそうです。「みなさん、微笑みながら歌っていますが、みなさんが楽しんでいるのはいいことだし、よくわかるのですが、笑、ここは最後の審判の光景で、地獄の口が開くような音楽なのですから、それをイメージして歌って欲しいのです。僕は必ずしも天国や地獄を信じているわけではないのですが、この曲を演奏するときには地獄を信じてやっています」。
この言葉の後で変わりましたね、合唱。(原文のまま)

 こういう、オケや合唱団の巻き込み方が凄いですね。東フィルでも、短時間でオケがバッティの音になってしまうんだそうです。

 ですので、この日は、バッティが指揮で、オケと合唱をグィグィと引っ張って行きました。彼の指揮棒は切れるナイフのように、空間と音を切り裂きます。「怒りの日」のテーマの炸裂感は、前に聴いたルイゾッティやCDで良く聴いている、ライナーやムーティ、カラヤンよりも、もっと鋭く強く、緊張感がありました。

 歌手も素晴らしかったです。ソプラノの安藤赴美子さん、「怒りの日、それは世界が灰燼に帰す日です」という言葉を、地獄の縁に手がかかって叫んでいるようでした。リベラ・メのソロ凄かったです。ルイゾッティの時のソプラノ、アルテータがそうだったのですが、ここは体全体を使ってくれて空気をふるわせるような歌声が会場を支配しました。そして、メゾの山下牧子さん、声が暖まってくるに連れて、低音から高音まで良く響き、深みのある歌を聴かせてくれました。バスの妻屋秀和さんは、もう言うことなし。テノールの村上敏明さんは、小原啓楼さんがインフルエンザのために、当日の朝、代役を依頼されたとのこと!それでも、素晴らしかったです。オペラだとやや窮屈に感じる彼の声が、レクイエムでは、宗教音楽らしい神々しさに響いて感激しました。
  
 僕自身、ベルディの26作のオペラに、ひとつ番外でくっついている、このレクイエム、何度聞いても今ひとつ入り込めなかったのですが、この日、初めて「わかった」ような気がしました。バッティストーニは今年、日本で「オテロ」も振ります。それと「春の祭典」も、、楽しみですね。

指揮:アンドレア・バッティストーニ(東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者)
独唱:安藤赴美子(ソプラノ) 山下牧子(メゾソプラノ) 村上敏明(テノール) 妻屋秀和(バス)
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新宿文化センター合唱団(合唱指導:山神健志)

 
 

新国立劇場「蝶々夫人」

 プッチーニで涙したのは初めてです。そのくらい、今回2月8日の「蝶々夫人」には感激しました。ブログアップするのが遅くなったのは、11日の土曜日にもう一度行こうと考えていたからですが、残念ながらスケジュールが合わずに断念しました。2回聴きたかったなぁ。。

 何と言っても安藤赴美子の蝶々さんが、素晴らしかったと思います。去年のセミラーミデをベルカントで美しく歌い上げてくれましたが、この日は、強い芯のある声でいながら、少女の初々しい蝶々さんから、最後の場面の鬼気迫るところまでを見事に表現してくれました。安藤の蝶々さんは、特に2幕目の「ある晴れた日に」あたりから自刃するところに向かって、心の中を占めていく悲しさをすべての歌で表現していたと思います。声の切り替え、息継ぎ、ヴィヴラートの使い方、そういった技巧のすべてが、蝶々夫人の悲しみを観客に伝えて来るのです。2009年に同じプロダクションで聴いた、ババジャニアンの上品で美しい蝶々さんも良かったのですが、安藤は”悲しみそのもの“になって舞台に存在していました。演技も素晴らしく、指の先まで使って表現をしていました。なんか、新派を見ているような感覚になってしまいました。

 シャープレスを歌った甲斐栄次郎は初めて聴きましたが、情感溢れた立派なバリトンでした。安藤とのやりとりは実に聴き応えがあり、彼女に対する思いやりが、また悲しいんですよね。

 僕は、プッチーニは「三部作」以外は、どうもオペラに入り込めたことがなく、いつも客観的に聴いているので、ボエームでも蝶々夫人でも泣いたことが無いのですが、この日は駄目でした。

 指揮のフィリップ・オーギャン、数年前にウィーンで”シモン・ボッカネグラ“を聞いた時は、感心しませんでしたが、もともとヴェルディを振るタイプではないですね。この日は、歌手に合わせながらも、要所要所ではオペラをグイグイと引っ張って行く強さを見せてくれました。プッチーニの美しい旋律を見事な塊感でまとめていました。満足です。

 栗山民也の演出はもう5-6回目になると思うのですが、いまだに新鮮です。シンプルですが、空間を上手に使っていると思います。左手の天のような高さから階段を降りてくる、蝶々さんの美しいこと。ただ、着物の裾を踏まないかと心配でしたが。。最後の自刃の場面は、過去の演出とちょっと違っていたような気がしました。気のせいかもしれませんが。蝶々さんが真後ろへ倒れるところ、照明が一気に明るくなるところ、などがそうです。そして、子供が光りの道を歩いて蝶々さんの方に近づいてくるところ、まるで同じプッチーニの「修道女アンジェリカ」のラストシーンのようでした。これも新しかったのでは。

 このオペラを「国辱ものだ」と受け取る方も多いようですが、僕はあまりそうとは思いません。むしろ、ラクメを捨てたジェラルドと同じようなピンカートンが、英米人のステレオタイプ的な「いい加減男」に描かれすぎているのではないかと思うほうです。その面からすると、この日のピンカートン役のマッシは、それなりに後悔するところも真剣味があって味わい深かったです。

 新国立劇場では珍しい(初めて?)、日本人の主役でしたが、もっともっと日本人の素晴らしい才能が、この舞台で聴けることを祈っています。

指 揮:フィリップ・オーギャン
演 出:栗山民也美

蝶々夫人:安藤赴美子
ピンカートン:リッカルド・マッシ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:山下牧子
ゴロー:松浦 健
ボンゾ:島村武男
神 官:大森いちえい
ヤマドリ:吉川健一
ケート:佐藤路子
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団管弦楽東京交響楽団

ブラームス交響曲第一番、タンホイザー序曲他、東フィル定期公演

1月は、大学院の授業やゼミに加えて、卒論や課題のチェックや採点があって、なかなか観劇に行けないのです。新国立のカルメンも当日券で行こうと思いつつ、結局断念。その分、2月は5-6公演行くつもりです。

 さて、この日は、もう生活の一部になってきた、東京フィルハーモニーの定期公演でした。定期会員になって、ほんとに良かったと思います。毎回、同じシートで音楽を聴けるというのもとても贅沢。しかも一枚づつ買うチケットよりも3割ほど安いし。。。

この日は、東フィルひさびさ(だと思いますが?)に佐渡裕の指揮でした。この日の佐渡の指揮は実に充実していて、余裕があり、オケとの一体感が素晴らしかったと思います。タンホイザーの序曲も良かったのですが、僕の席(1階最前方右側)からだと、ホルンよりも弦の音が大きく聞こえてしまい、オペラの時にピットからの音を1階中央や2階から聞いた時の感じと随分違います。ちょっとロッシーニっぽいワーグナーに聞こえてしまうのです。ホルンは出だしが少し安定しませんでしたが、その後は素晴らしくろうろうと響いてくれました。ひさびさにタンホイザー序曲聴きましたが、いいですね。曲としては、マイスタージンガーに似ている部分が多いと思いますが、時代的に前に作られたタンホイザーのほうが成熟している感じがします。序曲だけだとものたりないですが、今年は5月にミュンヘンに赴き、ペトレンコの指揮、フォークトのタイトルロールで聴けるので、楽しみです。

 そして、次の曲はピアソラの小さな協奏曲。洒落た構成ですね。これが良かった!御喜美江の演奏は、オリジナルのバンドネオンではなくてアコーディオンでしたが、曲のタイトルのアンデス山脈の高峰”アコンカグア”に登る道を歩くように、冷たい風や霧を感じるような、不思議で素晴らしい音の体験をしました。ピアソラは昨今、世界でブームで、Jazzとクラシックのコラボレーションでも良く演奏されています。僕もbsの鈴木良雄のカルテットとクラシックのコントラバスの演奏や、ヨーヨーマの演奏を聴いたことがありますが、アコーディオンは初めてでした。ソロアンコールはスカルラッティのハ長調ソナタ。僕はスカルラッティ大好きでだいぶ聴いているんですが、この曲がスカルラッティとは知りませんでした。不勉強。。軽いタッチで古典的なバロックをちょっとモダンに仕立てていました。良かったなぁ。

 それで、メインはブラームスの交響曲第一番、昨年末に、パーヴォ・ヤルヴィ指揮のドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団で聴きましたが、ずいぶんと違うものです。ヤルヴィの指揮は、軽快で軽く、今風に始まって、第4楽章でだんだんと厚くなって来たのですが、佐渡の指揮は、最初からグィッ、グイッとひっぱて行かれます。それでも、僕の持っている佐渡のイメージからすると軽いかもしれません。2楽章、3楽章とテンポが上がって行きますが、過度に聴衆を刺激するような大げさなところがなく、音楽に身をゆだねていられる感じです。そして、なじみのある4楽章のアダージョ。テンポを早くしたり遅くしたり、自在にオケをあやつります。次第に大きなうねりになってきます。佐渡の指揮振りは、以前にくらべて動きも小さくなったようで、全体に引き締まった感じがします。

 いや、良い演奏会でした。2月の定期公演のプレトニョフの火の鳥も楽しみです。

ワーグナー/歌劇『タンホイザー』序曲(ドレスデン版)
ピアソラ/バンドネオン協奏曲「アコンカグア」
ブラームス/交響曲第1番ハ短調

指揮:佐渡裕

森のくまさん騒動

ここ数日、ニュースでさかんに報道されています。

<森のくまさん>替え歌CD販売中止を 歌詞翻訳者が要請

これは、やっぱり相当まずいでしょうね。著作者人格権のうちの同一性保持権を侵害しているのが明白です。それに、訳詞者の馬場祥弘氏が、改変(というか付け加え)部分も含めて、訳詞者になっているのも問題でしょう。

ユニバーサルミュージック側は、「適切な手段を経た」と言っていますので、訳詞者と本件について、何らかの著作権に係わる契約を結んでいると思われますが、いわゆる「著作人格権不行使条項」を入れていなかったのではないかと思われます。

ただ、そうであっても、発表前に訳詞者に、新たに製作した歌詞は見せて、承認をもらうことが契約書上に書かれていないわけはありませんから、契約自体していないのではないかという疑いもぬぐえません。ユニバーサルミュージックは謝罪しないで、強く出たわけですが、その根拠があれば簡単に示せるのに、示していない。今のところは、ユニバーサルミュージックの法的な貧弱さしか見えませんね。この後どうなるでしょうか?(本ブログは僕のもうひとつのブログ、「湘南人のライセンシング日記」の内容を移転しています。)

ニューイヤー・コンサート2017@サントリーホール

 もう新年恒例となった、ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラの来日公演によるニューイヤー・コンサートに今年も行ってきました。このオケは、毎年ウィーンでは、コンツェルトハウスでニューイヤーコンサートをやっている実力派で、聴き応えあります。1月7日から12日までの一週間で、西宮、横須賀で一回づつ、東京で二回のコンサートをしています。クラシックなウィーンスタイルのヴァイオリンによる指揮振りで、身振り手振りも華やかなヴィリー・ビュッヒラーがリーダーです。

 今年はシュトラウス兄弟の三男坊エドゥアルト・シュトラウスのポルカが3曲はいって、テンポも良かったです。会場には着物姿の人もちらほらいます。横須賀で聴くという手もあったのですが、やはりこの雰囲気はサントリーホールですよね。アンコール4曲入って、全17曲。途中の鍛冶屋のポルカや、速達郵便のポルカでは、芸達者な団員がユーモアたっぷりの「演出」を入れます。

 実は、毎年来ているこの公演、主催のジャパン・アーツの会員招待です。で、もう一枚を購入して夫婦で来ています。これだけでもジャパン・アーツの会員になる価値があるというもの。。

新年にはお勧めの公演です。

宝のワルツ Op.418:ヨハン・シュトラウスⅡ世
ポルカ・マズルカ『心と心を通わせて』 Op.27:エドゥアルト・シュトラウス
喜歌劇『チャルダーシュの女王』より"ハイア、山こそわが心の故郷":エメリッヒ・カールマン
ポルカ・フランセーズ「鍛冶屋」 Op.269:ヨーゼフ・シュトラウス
ワルツ「美しく青きドナウ」 Op.314:ヨハン・シュトラウスⅡ世
トリッチ・トリッチ・ポルカ Op.214:ヨハン・シュトラウスⅡ世

アンコール
ウィーンわが夢の街 :ズィーツィンスキー
ピチカート・ポルカ:ヨハン・シュトラウスⅡ世
ポルカ・シュネル「速達郵便で」:エドゥアルト・シュトラウス
ラデツキー行進曲:ヨハン・シュトラウスⅠ世



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