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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

プレトニョフ ロシアンプログラム

 東フィルの定期公演で、オペラシティへ行きました。久しぶりのプレトニョフ。チャイコフスキーとハチャトゥリアンという、だいぶ雰囲気の違う、、というか正反対の作曲家のプログラム。

 「葬送行進曲の調子で」始まる“スラヴ行進曲は、まさにお葬式の重さを肩に感じるような序盤。やがて、勇壮な凱旋のメロディになるのですが、全体に重厚なイメージ。続いてのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35。ヴァイオリンは台湾生まれの若手“ユーチン・ツェン”つい最近、クルレンツィスとコパチンスカヤで聴いたばかりの曲ですが、これは、その時とは対極にある演奏。どっしりとして、古典的。言い方を変えると、やや退屈。グァルネリの音色は高音に伸びるのではなく、中低音を膨らませて聴かせるので、ヴィオラの協奏曲のようでした。ただ、もともと、それほどチャイコフスキー大好きというわけではない僕(家内は大好き)は、車の中などで、聴くことはないのですが、このユーチン・ツェンの音色なら、車のJBLのスピーカーを鳴らすのも悪く無いなと思いました。

 そして、後半はハチャトゥリアン。バレエ曲の「スパルタクス」のアダージョは、実に美しい。僕は2012年にボリショイバレエが来日した時に、全幕公演のチケットを取っていたのですが、体調を崩して行けなかったんですよねー。それが思い出されて、今更ながら悔しく思いました。

 でもって、最後は18本のトランペット(うち15本は、2階正面に位置します)が出てくる「交響曲第3番」。いやー、すごかったですね。ハチャメチャトゥリアンとでも言いましょうか。。。隣の家内は耳鳴りがしてきたと言っていました。僕は、それほどびっくりはしませんでしたが、この曲、どこが良いのかと言われても答えようがありません。ストラヴィンスキーの春の祭典とラヴェルのボレロの後半の不協和音の部分をくっつけたような感じ。一度は聴いておくのはいいかなという感じです。

 それにしても、このものすごい音の音楽を指揮するプレトニョフの動きは本当にミニマムなもので、静かな動きです。バッティストーニが振ったら指揮台がひっくり返りそうなのに。

東フィルの定期公演2018-2019分は、今日で終わりです。来年から席が少しだけ真ん中に寄ります。

次は、新国立のウェルテルです。

チャイコフスキー スラヴ行進曲変ロ短調op.31  
チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35  
ヴァイオリン、ユーチン・ツェン
ソロアンコール:タレガ アルハンブラ宮殿の思い出  
ハチャトゥリアン スパルタクス より アダージョ  
ハチャトゥリアン 交響曲第3番ハ長調 交響詩曲  
  オルガン、石丸由佳
アンコール:ハチャトゥリアン 仮面舞踏会 より ワルツ

指揮:ミハイル・プレトニョフ  
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ドン・ジョヴァンニ 新国立研修所公演

 土曜日は、新国立劇場研修所修了公演の中日に行ってきました。この日は、卒業となる第19期生ではなく、20期、21期の歌手を中心にした若手のキャスティングでした。中劇場での公演でしたが、ここは大好きです。器が小さいので、どこに座ってもA席!ちょっとシートが堅くてお尻が痛くなりますが、新国立の大劇場とは全然違う臨場感があります。修了公演ということもあって、生徒の家族や、先輩も来ていて何か華やかな雰囲気でした。

まずは、最初に伝えたいのが、演出、特に舞台美術の巧みさです。決してお金をかけているわけではなく、中央の廻り舞台に乗っている階段と高いアーチと見晴台のようなものが構成されているだけなのですが、これが、場面とともに、少しずつ廻って行きます。そこに、また、素晴らしい照明の効果で、舞台が屋外に見えたり、ジョヴァンニの邸宅に見えたりするのです。まるで、エッシャーのだまし絵を見ているような感じ。演出の粟国さんの才能が遺憾なく発揮されていました。

歌手陣では、タイトルロールの20期、野町知弘が、その明るく張りのある中音で魅了してくれました。彼は演技も素晴らしく、まさしくジョヴァンニになりきっている様子で、余裕たっぷり。そして、もう一人出色だったのが、ツェルリーナの21期の井口侑奏(ゆかな)。実に可愛らしく、色気のある歌いで、このスブレット役(侍女役)を完璧にこなしていました。今すぐにも、フィガロのスザンナでも出来そうです。これからが楽しみですね。

 あとの歌手陣は、まだ歌うのが精一杯という感じで、声の表情や演技までに充分な気を遣うことができていないようでしたが、ドンナ・アンナの和田悠花や、ドン・オッターヴィオの濱松孝行は、これから声を作り込んでいけば、素晴らしい歌手になることを予想させました。

 とにかく、この日、一日のために、相当量の練習をこなして来ただろうだけあって、完成度が高い。金曜と日曜の19期中心の修了公演もチケットを取っておけばと悔やみました。この研修所公演はチケット、すぐに完売になってしまうのですね。

ところで、2月の後半、モロッコに旅行に行って来ました。11日間でオペラ公演は無し。オペラ無しの旅行は出張を除けば10数年ぶりだと思います。なかなかエキゾチックで不思議な風景がたくさんあり、時間の流れもゆっくりしていて良かったです。カサブランカにはオペラハウスが建築中でした。こけら落としは、「アフリカの女」だったりして。また、行ってみたいところです。

さて、今月は、東フィルでプレトニョフのチャイコフスキー&ハチャトリアンと新国立のウェルテルです。

クルレンツィス & コパチンスカヤ

いや、凄い物を聴いてしまいました!クルレンツィスとムジカエテルナは、デビュー作の「フィガロの結婚」から、ほとんどのCD録音は聴いていますが、やっぱり「生」は違う。心臓をわしづかみにされたような感覚でした。

まずは、コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲ニ短調作品35。クラシックという概念を超えて、JAZZのフィドルとのライブセッションのような、不思議な鋭い緊張感があります。チャイコフスキーの叙情感は徹底的に削減され、音楽の神経シナプスを浮き彫りにしたような演奏。とは言っても神経質な感じではないのです。ピアニシモの音の小ささがすごい。耳鳴りが残っているのかと思うような弱音。そこから悪魔が地底から飛び出して来るような強音。ヴァイオリンとオーケストラの融合感はキュビズムの絵画のように、抽象的な印象の塊になっています。コパチンスカヤは、演奏の時に、靴を脱いで裸足です。床に無造作に置かれた真っ赤な靴が、脱ぎ捨てた日常感のようでした。コパチンスカヤという名前、フィギュアのスケーターみたいですが、今回は4回転アクセル跳んでましたね。

ソロ・アンコールの3曲、知らない曲ばかりでしたが、これも凄かったです。ミヨー、リゲティ、ホルヘ・サンチェス・チョンという、フランス、ハンガリー、ヴェネズエラの現代作曲家の短編を、それぞれ、クラリネット、もう一台のヴァイオリン、そしてコパチンスカヤ自身の声(叫び声)とデュオして、強い炭酸のアルコールカクテルのように、振る舞ってくれました。

そして、休憩を挟んでの交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」。この作品の初演で指揮をして、9日後に亡くなったチャイコフスキーの状況を表すように、生と死との間を行き来するような、鬼気迫る演奏でした。クルレンツィスは、オケから音を引き出すというよりは、オケの音楽の塊の中に存在し、音を自分の体の筋肉で動かし、振り回しているという感じ。ここでも弱音と強音の対比は凄まじい。管楽器であれほどの弱音を出すのはさぞ難しいだろうと思います。昨日の公演後のパーティーで、クルレンツィスはパーティで、「この曲を連日演奏してくれと頼まれることがあるけれど、とても無理。毎日生きたり死んだりしていられない」と語ったと聴きましたが、そうでしょうね。聴いているほうも、曲が終わってもしばらくは立ち上がれないほど消耗しました。

今日の公演、行く前から素晴らしいだろうとは思っていましたが、その予想を更に突き抜けました。これなら、あと2公演のチケットも取っておくべきだったと今になって後悔。9月のルツェルン音楽祭では、4日連続でフィガロ、バルトリとのリサイタル、ドン・ジョヴァンニ、コジ・ファン・トゥッテをやるというものすごい公演があるのですが、行きたくなりますね。

ところで、今週は2度Bunkamuraに来ました。金曜の夜に、「クマのプーさん展」のオープニングレセプションがありまして、これに出品されている絵画は、すべて英国のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の所蔵品なのですが、僕は、V&Aの日本でのライセンスセールスエージェントをしているので、出席したという訳です。クルレンツィスのパンフレットの間に、プーさんの展覧会の案内が入っていましたが、ちょっと公演の後に行くには、カフェかなんかで相当心を落ち着けてから行かなければならなかったでしょう。

次のコンサートは、15日金曜日の東フィル定期公演、ミョンフン指揮のマーラー交響曲第9番です。

魔法使いの弟子、バッティ

ちょっと前になりますが、1月25日の東フィルの定期公演の感想です。

第122回東京オペラシティ定期シリーズ
指揮:アンドレア・バッティストーニ
デュカス/交響詩『魔法使いの弟子』
ザンドナーイ/『白雪姫』
リムスキー=コルサコフ/交響組曲『シェエラザード』

いやぁ、バッティを堪能したプログラムでした。今回は、童話をテーマにした3つの曲構成。まず、「魔法使いの弟子」は、ディズニーの1940年のアニメーション映画「ファンタジア」で有名です。僕も小学校の低学年の時に、父親に連れられて、鎌倉の由比ヶ浜にあった“文化座(?)”というかまぼこ形の映画館で見た記憶がありますが、音楽の強烈なイメージが今でも脳の深いところに記憶されています。この時の指揮者は、レオポルド・ストコフスキーでした。バッティの指揮も、まさに映画が目の前で上映されているかのような迫力があります。今まで指揮してきた、ファランドールや展覧会の絵とも共通性のある、立体的で彫刻的な音の構成(あるいは攻勢)。息をつく暇も無いという感じです。指揮棒の先から7色の光りが出ているよう。

そして、コルサコフのシェエラザードですが、これはバレエで良く聴いています。もともとはバレエ曲ではありませんが、1910年にミハイル・フォーキンが振り付けたのですね。最近では、去年の世界バレエAプログラムで、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの鉄板コンビで踊られていますが、その際にオーケストラで演奏されています。しかし、なかなか全曲を聴くことは少なく、今回はその美しいメロディを堪能しました。ヴァイオリンが引っ張る部分が多く、コンサートマスターの三浦章宏さんの出番が多かったのも嬉しかったです。

コルサコフを聴くと、ストラヴィンスキーもバッティで聴きたくなりますね。春の祭典、やってくれないでしょうか?

ラ・トラヴィアータ藤原本公演

1月27日、藤原歌劇団の本公演、“ラ・トラヴィアータ”に行ってきました。トラヴィアータ、良く行きますね。多分20回以上見ていると思います。もっとも、この演目は世界で一番上演回数が多いのだそうで、2位が魔笛、以下、カルメン、ラ・ボエーム、トスカ、フィガロの結婚と続きます。

今回は、海外からのゲストの歌手はおらず、おもに藤原の看板歌手(上江さんを除く)でトリプルキャストを組んでの3日間。僕は、上江さんのジェルモン狙いで最終日に行きましたが、絶対“当たり”でした。何度も書いていますが、最近、中低音の表現力と艶が素晴らしくなってきた彼のジェルモン、昨年12月にMETで聴いた、クイン・ケルシーのジェルモンよりも良かったと思います。特に、1幕2場でヴィオレッタとのやりとりは圧巻。もともと美しいピアニシモで情感を出しながら、曲が進むに従って、だんだんとヴィオレッタと二重唱になっていくところ、グッと来ました。もちろん、光岡さんのヴィオレッタもBrava!!でした。レッジェーロな声で装飾技術も優れた歌い方、何より美しい水滴のような透き通った声が圧巻でした。そして、3幕目の「道を踏み外した女」のアリアは、彼女の素晴らしさが結晶になって、本当に聴き応えがありました。短くカットされることもなかったですし。それにしても二期会のスターである上江さんが藤原で歌うというのは珍しいこと。これから何か起こるのでしょうか?ともあれ、観客にとっては豪華なキャスティングになっていました。

アルフレードの中井亮一さんも、若々しく、甘く、良かったのですが、上記二人に比べるとちょっと物足りない。1幕2場で冒頭のカヴァレッタ2連発、もう少し強い表現力が欲しかったです。

あと、特筆すべきは、脇役の歌手が総じて良かったこと。フローラの丹呉由利子さん、いかにも自信を持っている女主人という感じで、夜会の主催者として、きっちり歌ってくれました。フローラの夜会がビシッとしないと、2つの夜会がオペラに出てくる意味がなくなってしまうんですね。ロード・オブ・ザ・リングのTwo Towersみたいなものでしょうか?

粟國さんの新演出もなかなか良かったです。額縁に入った大きな絵を使ったのは、1幕目では、原作の始めの、ヴィオレッタの死後のオークションを彷彿とさせますし、途中から額の中で舞踏会で踊る人々が見えるのも新鮮でした。2幕目以降も、額の中にストーリーのバックグラウンドを見せて、3幕目では、弱ったヴィオレッタの後ろの額はやぶれて、絵もなくなってしまっている。(おそらく売ってしまった。。)色々と想像できるところが、押しつけがましくなくて、とても好感が持てました。粟國さんがプログラムで言っているように、彼の演出は、歌手に歌いにくいポジションや体勢を取らせることがないのも、大好きです。藤原の伝統でもありますね。

そう言えば、新国立劇場の2019-2020シーズンの演目が発表になりましたね。なかなか魅力的。今年は少し多めに行こうと思います。

指揮:佐藤正浩
演出:粟國 淳
ヴィオレッタ:光岡暁恵
アルフレード:中井亮一
ジェルモン:上江隼人
フローラ:丹呉由利子
ガストン:松浦 健
ドビニー:田島達也
グランヴィル:坂本伸司
アンニーナ:牧野真由美
ジュゼッペ:有本康人
使者:相沢 創
召使:市川宥一郎
合唱:藤原歌劇団合唱部
バレエ:竹内菜那子、渡邊峻郁
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団








ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ

遅くなりましたが、本年もどうぞ、よろしくお願いを致します。

今年の“聴き始め”は、毎年恒例、ジャパンアーツの「ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ、ニューイヤー・コンサート」でした。場所はオペラシティ。

まあ、お正月のシャンパンのようなものなので、粗を探したり、真面目にレポートしたりするものではないと思います。とにかく楽しかった!小編成の室内楽的オーケストラなので、迫力には欠けますが、その分、繊細で美しい音を聴かせてくれます。今回は、バレエと声楽付き。

特に良かったのが、バス・バリトンの平野和。前にアイーダのエジプト王で聴いているようですが、あまり印象に残っていません。ところが、この日は凄かった。圧倒的な声量と下から上まで実になめらかに輝くような声が出て来ます。バス・バリトンだが、全くモゴモゴしない。素晴らしいです。さすが、ウィーン国立音大を主席で出て、フォルクスオーパーの専属歌手として10年間契約して、主役級で歌っているだけあります。背が高くイケメンですから、日本でももっと出てくれればファンが増えると思います。

バレエが入ったのも、豪華で良かったですね。年末年始のコンサート色々とありますが、うちはこれで決まりです。

次は藤原の「ラ・トラヴィアータ」です。

【第1部】
ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲

ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル「浮気心」…□

ヨハン・シュトラウスⅡ:貴歌劇「ジプシー男爵」より《読み書きは苦手》…●

ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィーンの森の物語」

ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」より《田舎娘を演じる時は》…○

カール・ミヒャエル・ツィーラー:ワルツ「いらっしゃいませ」…□

ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ

ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「ウィーン気質」から二重唱《これがなくちゃあ許せない》…○●

【第2部】
ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」

ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル「狩り」…□

カール・ミレッカー:喜歌劇「乞食学生」より《肩に口づけしただけだった》…●

ヨハン・シュトラウスⅡ:皇帝円舞曲

フランツ・レハール:喜歌劇「ジュディッタ」より《熱き口づけ》…○

フランツ・レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」より《唇は語らずとも》…○●

ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」…□


ソプラノ:アネッテ・リーピナ … ○ 
バス・バリトン:平野和 … ●

本年のベスト10

遅くなりましたが、本年のベスト公演(観劇した45公演中)10作を挙げます。1,2位が海外になりましたが、国内公演が7作と充実していました。

1 オルフェオとエウリディーチェ 2018/2/28 スカラ座
オケが上下する舞台に乗っているという驚き。フローレスは神の声かという素晴らしさ。この公演がDVDになるという情報が今飛び込んできました!

2 シモン・ボッカネグラ 2018/3/1 スカラ座
ヌッチは絶好調、サルトリ、ベロセルスキーも素晴らしかった。ミョンフンの指揮も良かったがやや叙情的過ぎたか?演出はだるい。

3 コルチャックリサイタル    2018/3/15 オペラシティ
後半のロッシーニ素晴らしかったです

4 三部作           2018/9/8    二期会 新国立劇場 
ミキエレットの演出素晴らしい、指揮、歌手とも最高

5 La Traviata        2018/12/7    MET
フローレス、ダムラウ、ケルシーの歌手陣が素晴らしい。指揮の新MET監督ヤニック・ネゼ・セガンも良かった。ただ、フローラや公爵陣の脇役が弱かった

6 ファルスタッフ       2018/12/15 新国立
今年の新国立で最高の公演

7 東フィルチョンミョンフン、フィデリオ 2018/5/8 サントリー
ミョンフンの指揮良かった、レオノーラのマヌエル・ウール素晴らしい!

8 イル・トロヴァトーレ(バーリ歌劇場、フリットリ) 2018/6/22 東京文化会館
フリットリ降板!しかし、男声3人が素晴らしい

9 世界バレエBプロ 2018/8/8 東京文化会館

10 ラ・トラヴィアータ 2018/10/14 藤沢市民会館
中村恵理素晴らしい,、他の歌手と格が違う

真珠採り@MET

 さて、土曜日のオペラダブルヘッダー、後半は「真珠採り」です。このペニー・ウールコックの演出は、昨年にカマレナ、マチャイゼでLAオペラで見ています。ライブビューイングでも見ているので、もうお馴染みという感じですが、いつも序曲のところ、海中を模した緞帳全体を、真珠採りの二人が泳いで上下に動くのはどうやっているのかと思います。この演出も細部は少しづつ変わっているようで、今回は、漁村の舞台装置に魚網がありませんでした。もともとやや混み入り過ぎている感じのある舞台なので、変えているのかもしれません。

 まず、特記したいのは、今回、指揮者のエマニュエル・ヴィヨームの締まった指揮です。LAでのグラント・ガーションの指揮は、コンロンの流れを汲む「開放型」の指揮で、実にグランドオペラの雰囲気が良く出たゴージャスでミュージカルのような感じでしたが、ヴィヨームは、全体に音をコンパクトにしていて、塊感がありました。どちらが良いとは言えないのですが、指揮者によって随分違うものだと思いました。(当たり前ですが)

 カマレナはLAでは、今ひとつ調子が出なかったようで、高音で声が割れたりしていましたが、今回は面目躍如。素晴らしい!フローレスよりもう少し軽い感じで、鼻の奥深いところから柔らかい声が出て来ます。ズルガとの二重唱「聖堂の奥深く」も、「ナディールのロマンス」も、本当に聴き応えがありました。

 レイラ役のアマンダ・ウッドバリーは初めて聴きましたが、軽めのコロラトゥーラという、マチャイゼとは全く違うタイプ。装飾歌唱はとてもうまいのですが、完全にベルカントタイプで、やや役との違和感がありました。これ、好みの問題ですね。ズルガのエリオット、ヌーラバッドのアチェートも悪くはなかったのですが、ズルガは本当は他の日に出ているクヴィエチェンで聴きたかったというのが本音。

 しかし、2日で3本のオペラは、やや重かったです。三部作で寝てしまうという醜態を演じてしまいましたので、今後はスケジュールをもう少し考えようと思います。でも、METは毎日色々な違う演目をやるので、ついつい欲張ってしまいますよね。ABTのくるみ割り人形のバレエも隣でやっているんですから。(ところで、ABTのスターだった、パロマ・ヘレーラ、コロン劇場の芸術監督になっていました!)

もっと頻繁にMETに来たいと思いますが、フライト、ホテル、滞在費のどれもが、ミラノやウィーンに比べるとだいぶ高いのが壁になります。次に来られるのはいつでしょうか?

Conductor: Emmanuel Villaume
Production: Penny Woolcock
Zurga: Alexander Birch Elliott
Nadir: Javier Camarena
Leila: Amanda woodbury
Nourabad: Raymond Aceto

ファルスタッフ@新国立劇場

 12月15日の楽日に、ファルスタッフを見に行ってきました。すでに、絶賛とも言える評判が各所から入っていたので期待していましたが、まさに絶品の公演でした。

 まず挙げたいのが、カルロ・リッツィの指揮。僕がリッツィ大好きということもありますが、素晴らしかったですね。序曲からして、切れがとても良く、やや早めですが、一音一音が真珠の粒のように、浮き上がってくる感じ。この人のヴェルディは他には、シモン・ボッカネグラを聴いていますが、とにかく濁りの無い音、クリーンな音です。ファルスタッフで、音楽だけでこれほど魅了されたのは、初めてではないかと思います。

 冒頭、発表があったように、アリーチェ役のエヴァ・メイが風邪気味であるとのことでした。しかし、それなりに、実にうまくまとめていました。この役は、舞台での存在感が絶対的に必要なのですが、まさに、美しい立ち姿と優雅な振る舞いでそれを実現していました。ただ、どうやらオペラは引退を表明しているようなので、それは残念です。デセイもそうでしたが、早すぎる引退ですよね。

 そして、クイックリー夫人のシュコーザ、ナンネッタの幸田浩子、メグの鳥木弥生の4人のアンサンブルが実に良かったです。これだけでうっとりですね。

 一方の男声陣、女声に比べてやや軽い感じがありましたが、それでもフォードのオリヴィエーリ、健闘していました。フォードの実年齢はどのくらいでしょうか?30代そこそこと考えればぴったりきますね。ロベルト・カンディアのタイトルロールも、ちょっと「清純」すぎるかなという感じがありましたが、これは、2013年の来日公演で2度も聴いたスカラ座のマエストリのイメージが僕のアタマにいまだに残っているのもありますね。あのどっしりとしたファルスタッフ、サイトウキネンでの、哀れっぽいクイン・ケルシーのファルスタッフ、そして、今回のまだ若さの残る初老のファルスタッフと役作りで分けられていると思うようにします。

 ジョナサン・ミラーの演出、特に舞台美術は、何度見ても良く出来ていると感心します。最短の時間で場面転換し、音楽の途切れを生じさせません。

 今回のファルスタッフは、今年の新国立の演目の中では最高だったのではないでしょうか?

指揮:カルロ・リッツィ
演出:ジョナサン・ミラー

ファルスタッフ:ロベルト・デ・カンディア
フォード:マッティア・オリヴィエーリ
フェントン:村上公太
医師カイウス:青地英幸
バルドルフォ:糸賀修平
ピストーラ:妻屋秀和
フォード夫人アリーチェ:エヴァ・メイ
ナンネッタ:幸田浩子
クイックリー夫人:エンケレイダ・シュコーザ
ページ夫人メグ:鳥木弥生
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

三部作@MET

 金曜日の夜にトラヴィアータを見て、翌日土曜日は昼からプッチーニの「三部作」、これが4時半に終わって、8時半からはビゼーの「真珠採り」という、ちょっとした強行軍の「三部見」です。もっとゆっくり滞在したいのですが、宿泊費、食費がNYはブエノスアイレスの3-4倍するので、1週間特に目的も無く滞在して、オペラは1つだけ見るという贅沢な旅行はNYでは無理なんです。なにせ、オペラの間にリンカーンセンター内のレストランでワイン飲んだって、グラスで15ドル(1700円)くらいしますから。(ちなみに、LAなど西海岸はもっと安いですが)

 さて、この日は、昼食は食べられないと思って、朝をアッパーウェストのデリで、たくさん朝ご飯食べました。(これがまた美味しいのです。)しかし、これが大失敗で、12時半から始まった三部作の最初の「外套」後半と「修道女アンジェリカ」の前半、満腹感とまだ残っていた時差ボケのせいで、なんと寝てしまいました。海外でもう何十作もオペラを見ていますが、着いた日に劇場に直行しても、どんなに時差ボケがあっても、海外の公演では一度も寝たことがなかったのに、いやはや大失敗。また、もったいない、、、。

 そんなわけで、このブログもちょっと不完全なものになりますが、まずは、指揮者のベルトラン・ド・ビリーの素晴らしさを挙げたいです。彼は、9月に東京で二期会の「三部作」も振っていて、その時も素晴らしかったのですが、この日は、より抑揚があって、盛り上げる振り方をしていました。言い換えれば、初心者でもわかりやすい指揮を、このちょっとオタクっぽいオペラに与えたとも言えそうです。この日、初めて感じましたが、「外套」は、なんかラヴェルっぽいですね。プッチーニにしては、有名なアリアは三部作のすべてでも「私のお父さん」くらいしかありませんが、外套の序奏などは、本当に秀逸で、映画音楽などの現代の音楽にも通じると思います。ゆらぐ船と、ゆらぐ心と、これから起こる悲劇をゆっくりと予感させます。

 二期会の演出とは違い、クラシックな演出はMETらしいものでした。「外套」では、ジョルジェッタの名前を冠した貨物船が、川が運河に横付けされて荷下ろしの最中、最初は赤が基本だった照明が、場面が変わるにしたがい、グレーや緑に変わります。これが油絵の絵画を見るように美しい。ただ、個人的には、二期会の時のミキエレットの不安感を強く押し出す、コンテナが斜めにならんだ舞台のほうが新鮮でした。この演目は、あくまでも心理劇なので、登場人物の心理を表すには、船も波止場も変えてしまって良いと思いますし、そのほうが、屈折した心理面を表せると思います。

 ミケーレを歌ったガグニーゼ。日本でも2015年の新国立の「ファルスタッフ」のタイトルロールで聴いていますが、とても良かったです。この人は、どちらかというと低めのヴァリトンで、中低音部での演劇性が素晴らしいです。ルイージのアルバレス、日本でもおなじみですが、ミケーレの心をかき乱す役柄をうまく演じていました。出色だったのは、ジョルジェッタのアンバー・ワーグナー。初めて聴きましたが、声量があり、音程が正確で、それでいながら、感情を声の中に流し込むような感じが素晴らしい。どちらかというと、3人ともヴェリズモを極めた感じの歌い方で、とてもバランスが良かったです。

 修道女アンジェリカは、一番寝てしまったので、あまり書けません。演出はここでもクラシックで、芝生のある修道院の中庭ですべてが進行します。最後は、ミキエレットのように、子供が生きていたという救いの無いものではなく、普通にアンジェリカが亡くなる時に子供が現れるというものでしたが、ミキエレット版を見ると、やや物足りなく感じました。それと、タイトルロールのオポライス、いつも思うのですが、上手いです。綺麗です。そつがありません。ですが、外套のワーグナーのように、歌の中に感情を入れ込んでいるという感じが無いのです。何か空虚な感じがするのは僕だけでしょうか?

 そして、ジャンニ・スキッキ。これは目覚めてしっかり見ました。それだからではありませんが、ずっと起きていて見ていた家内に言わせても、三作の中で、一番、こなれていて、良く出来ていたと思います。とにかくテンポが良く、多くの演技が要求される演出も、実にスムースでした。ドミンゴのスキッキが出てくるところでは、明治座の新派のように、演奏中でも拍手が起こるなど、METならではというところもありましたが、決してお行儀が悪いわけではないので、そういうものだと受け止めれば良いように思います。今まで、何度も見ている演目ですが、一番良かったと思います。


CONDUCTOR
Bertrand de Billy
Giorgetta
Amber Wagner
Luigi
Marcelo Álvarez
Michele
George Gagnidze

ラ・トラヴィアータ@MET

 12月のあたまに1週間、ブエノスアイレスに滞在し、温暖な気候を満喫して、日光を浴びて日焼けした後に、いきなり零下2度のニューヨークに入るというのはけっこう気合いを入れないと、この歳になるとぎっくり腰になったりする可能性が高いのです。なので、この区間の移動の12時間だけは、ぜいたくをしてビジネスクラスを取っていたのですが、UAの夜行便が機材故障のためにキャンセル!いきなり、アルゼンチン航空のエコノミークラスになってしまいました。このシートの狭いこと。今時、エコノミークラスとは言え、こんな狭いシートがあるのかと思うようなものでしたが、なんとかぎっくり腰にもならずJFKに到着しました。今年は3月のミラノ、パリでも零下の日々を体験していたので、ダウンコートなど、装備は充分。しかし、それでも寒いものは寒いですね。それにしても、今年は3回しか海外へ出ていないのに、そのうち2回で、帰りの便がキャンセルになるというのは、確率66%。ロスバゲはなかったですが、けっこう呪われているのではないかと思ってしまいます。

 さて、ブエノスアイレスのコロン劇場は「ついで」に行ったのですが、NYのMETのほうは狙い撃ちです。2日間で3演目です。

 まず、最初はマイケル・マイヤーの新演出、ディアゴ・フローレスのMETでの初役で話題の、“ラ・トラヴィアータ”、なんと言ってもこれです。もちろん、フリットリがノルマを歌うのがどうか?というのと同じように、フローレスがアルフレードを歌うのには異論も多くあるのは事実ですが、僕はYouTubeで5年くらい前に、フローレスが2幕1場のカバレッタを歌っているのを聴いた時から、いつかは全幕で聴きたいものだと思っていました。

2012年モスクワでの “O mio rimoroso”
https://www.youtube.com/watch?v=LfZqrgvDdYo

ちなみに、こちらは今回の公演の”O mio rimoroso”
https://www.metopera.org/season/2018-19-season/la-traviata/

 結論的には、やっぱり、フローレス「良かった」ですね。成熟したアルフレード、若さをかなぐり出していない、馬鹿すぎない、しかし、情熱的で知的でさえあるアルフレードを堪能しました。2幕目の上記の “O mio rimoroso や、冒頭の“Lunge da lei per me-“のカバレッタでの燃えるような感情を、前にも言いましたが、ポルシェの完璧な6気筒水平対向エンジンのような声に乗せて歌われると、もう、グーッときてしまいます。彼のロッシーニは生で聴いたことはないのですが、ロッシーニの声としてはやや重くなりすぎてきているとのことを聞きます。しかし、アルフレードには今やぴったりだと思います。一幕目のヴィオレッタの幻想で響く遠くの声でさえ、こちらの感情を大きく揺り動かします。3幕目の「パリを離れて」のところで、アタマを一小節早く出てしまい、歌い直したのがちょっと珍しかったですが、全体に感情の歌への流し込みが素晴らしい。これは、タイトルロールのダムラウも同様です。昨年の11月に夫君のテステと来日した時に、一部は歌ってくれて、「凄いなぁ」と思ったのですが、全幕聴くと、彼女の余裕のある歌い方が、実にヴィオレッタの優雅さを出していることに気づきます。1幕目のアリアでも、充分に余裕があり、この分、感情表現に力を割いているように思えます。ともすれば、このような歌手は、感情表現がオーバーになりすぎるのですが、ここはとてもうまく押さえてあります。トラヴィアータの場合、ピークを2幕1場のヴィオレッタとアルフレードの別れ”Amami Alfredo”のところに持って来る演出、あるいは3幕目の”E tardi!(遅いわ)“から「道を踏み外した女」のところに持って来るパターン、そして、最後の”死“に持って来るパターンがあると思うのですが、今回の公演はクラシックな2幕1場のピークバージョンではないかと思います。それだけに2幕目の盛り上がり方は素晴らしかったです。期待以上だったのは、ジェルモン役のクイン・ケルシー。この人は今ひとつ声の奥行きに欠ける印象があったのですが、この日は素晴らしかったですね。ただ、正直ジェルモンは「プロヴァンスの海と土」が良ければ、すべて良しという感じはありますけども。

 指揮のヤニック・ネゼ・セガン、ついに、METの音楽監督になりましたが、レヴァインと比べて、音作りがおとなしいという感じがします。だから、ドン・カルロなどだとちょっと物足りないのですが、今日のトラヴィアータは良かったと思います。クラリネットを積極的に使って、主音節を浮き出させていました。基本的には、超一流の歌手に気持ち良く歌ってもらおうという指揮でした。

 意外だったのが、マイヤーの演出。ラスベガスバージョンのリゴレットのようになるのではという怖れと期待を持っていったのですが、しごくシンプル、クラシカルでした。全幕で、ずっとベッドを舞台中央に置いていたのは、ヴィオレッタの死を、デッカー演出の時の時計やグランヴィル医師のように、逃げられない場所と意味づけていたのでしょうか? それとも、序曲の時に既に、死の場面を出していましたので、その後の全幕はすべて回想だったということでしょうか?そこらへん、もう少し明確にしたほうがおもしろかったと思います。また、コンビチュニーのように、アルフレードの妹は2幕目、3幕目でジェルモンに連れられて登場するのもおもしろいのですが、その意味するところが、ジェルモンの画策なのか、ヴィオレッタの老いと死に対する、「若さ」の象徴なのか、いずれにしても不明瞭なところが気になりました。また、脇役が今ひとつでしたね。特に、フローラのクリスティン・シャヴェスがしまりませんでした。

 色々と言いましたが、公演としては大満足でした。僕の好きなカヴァレッタもカットされませんでしたし。ただ、今年3月にスカラ座で聴いた“オルフェオとエウリディーチェ”でのフローレスとどちらがもう一度聴きたいかというと、オルフェオですね。以前に、カウフマンでアルフレードを聴いたことがありますが、それよりも、アンドレア・シェニエで聴いた時のほうが良かったのと同じようなことです。アルフレードって、そんな役なのかもしれません。

CONDUCTOR
Yannick Nézet-Séguin
PRODUCTION
Michael Mayer

Violetta
Diana Damrau
Alfredo
Juan Diego Flórez
Germont
Quinn Kelsey





コロン歌劇場での“ノルマ”

 生まれて初めて、南米に行って来ました。アルゼンチンのブエノスアイレスは、訳あって前から行ってみたと思っていたところ。今回、同地だけで6泊7日しました。ウルグアイの古い町、コロニア・デル・サクラメントへ日帰りで行ってきたのを除けば、毎日、街をフラフラしていました。パタゴニアとかイグアスの滝とか、一般的に行く観光地はすべてやめにしました。この旅行を計画した昨年の秋に、気づいたのが、ちょうど旅行中に、テアトロ・コロンで、“ノルマ”をやるということ。しかも、タイトルロールがフリットリ!だということで、早速チケットを取りました。ただ、「本当に出るのかなぁ」とは思っていたのです。その悪い予感は的中し、フリットリは11月に入って降板、ベルリンでのファルスタッフに行ってしまいました。まあ、フリットリの喉にとっては、ノルマを歌うことは疑問でしたから、しかたがないかなぁというところです。

 テアトロ・コロンは、その大きさ、美しさから、パリのオペラ座、ミラノのスカラ座と並び、世界の三大オペラ劇場と言われています。僕たちが行った日は、ちょうどブエノスアイレスでサミット(G20)が行われている時で、前日にはコロンで、レセプションがあったので、テレビで見られた方も多いと思います。
 座席で2500,立ち席で1200という大きさは、スカラ座を大きくしのぎ、感覚的にはNYのメトロポリタンに近い大きさという感じがします。

 指揮者はイタリア人のベテラン、レナート・パルンボ。実に素晴らしい音楽を聞かせてくれました。僕は2011年のエルナーニで聴いていました。音をこねくり回すようなことをせず、(ノルマではこれを良くやられます)楽譜をなぞるような指揮。序曲はやや古楽っぽく、切れの良いものでしたが、歌がはいると、レガートが美しく、しかし、若い歌手を引っ張るようなところが、ビシッと芯のはいった演奏につながっていました。伸ばすところは伸ばし、締めるところは締めるというベッリーニの楽譜が良くわかっているという印象があります。そして演出も一本の大きな木が真ん中に立ったシンプルなものでしたが、奥行きのある舞台(20mはあります)を有効につかった立ち回りで好感が持てました。

 フリットリの代役となった、アンナ・ピロッジは、ヴェリズモ的な歌い方がこのノルマにあっていないような感じもして、それがやや気になりましたが、高音まで気持ち良くあがる美声で、感情も良く表されていて、まずは健闘したと言えると思います。アダルジーザのアナリサ・ストゥロッパは、今回の歌手陣の中で一番良く、余裕充分な中高音の発声で、何とも言えない柔らかい奥行きのある声が魅力的でした。声量が一番あったということで、ややノルマを喰ってしまった感じはあります。

 残念だったのが、ポリオーネ役のへクター・サンドバル。一幕目は完全に喉の調子が悪かったようで、高音が立ち上がりません。声量も合唱に飲み込まれるような感じ。2幕目以降立ち直りますが、完全に力不足なのは隠しようもありませんでした。

 終わってみれば、とても印象の強い“ノルマ”ではありませんでしたが、オケを中心にレベル的には高いものだったと思います。多分、2度とブエノス・アイレスを訪れる機会はないと思いますが、コロン劇場の美しさとともに、思い出に残る公演になりそうです。

1週間、温暖なアルゼンチンにいて、これから極寒のNY行きで、現地ではトリプルヘッダーでの観劇、旅の後半はちょっときつい日程です。

とても座り心地が良く、ゆったりしているコロンの椅子
ゆったりしていて、座り心地の良いコロン劇場の椅子、さながらプレミアエコノミー



DIRECTOR MUSICAL INVITADO
Renato Palumbo
DIRECTOR DE ESCENA
Anna Piozzi
NORMA, SACERDOTISA DE LOS DRUIDAS
Christina Major
POLLIONE, PROCÓNSUL ROMANO
Héctor Sandoval
ADALGISA, SACERDOTISA RIVAL DE NORMA
Annalisa Stroppa
OROVESO
Fernando Radó
CLOTILDE
Guadalupe Barrientos
FLAVIO
Santiago Burgi (2, 4, 5 y 7)


歌劇「メフィストーフェレ」

 東京フィルハーモニーの定期公演、バッティストーニ指揮の歌劇「メフィストーフェレ」に行ってきました。東フィルのオペラは、5月のミョンフン指揮の「フィデリオ」以来です。

 アリーゴ・ボイートと言えば、一般にはジュゼッペ・ヴェルディの晩年の作品、オテロやファルスタッフの台本や、シモン・ボッカネグラの改訂版の台本を書いたので知られています。それ以上に、ヴェルディの音楽的なパートナーとして、ボイートがいなければ、これらの晩年の作品は世に出てこなかっただろうとも言われています。これに比べ、彼の作曲家としての評価はやや低いものになってしまっています。これは、自作品の数が少ないことと、代表作である、この「メフィストーフェレ」も初演の1868年のスカラ座で、大失敗になってしまっていることなどから来ているのでしょう。当然、現在でも上演回数は少ないのですが、今シーズンは来週月曜日からMETでも上演されます。

 この日、まずは、バッティストーニの指揮が素晴らしかったです。先週の東フィルのロッシーニの序曲集では、やや重く、もったりした感じがあったのですが、この日は、彼らしい彫刻的、立体的な音作りがとてもうまくいって、攻め立てるところ(プロローグの合唱部分や、エピローグの最終部分の圧倒的な迫力など)と、美しい弱音でで飾る3幕目のマルゲリータのアリアや、4幕目の女声二重唱のところの、強弱の対比が素晴らしかったです。テクニックを縦横無尽に使っているのですが、それがあざとく見えない、実にシンプルで素直に聴こえて来るのがすごいですね。「ローマ三部作」などもそうですが、彼の指揮を聴いてしまうと、それがその音楽のデファクト・スタンダードのようになってしまうのです。あの強い刺激のある音が、聴くものの耳と心に素直に入って記憶されるということでしょう。

 歌手陣もなかなかのものでした。ファウストを歌ったテノールのアントネッロ・バロンビ、急病で降板したジャンルーカ・テッラノーヴァの代役だったのですが、イタリア的な明るく、そして強い声で表現力もあり、圧巻でした。タイトルロールのマルコ・スポッティも良かったのですが、バスというにはやや声が高め。バスバリトンの感じで、しかもどちらかというとノーブルな声。ドン・ジョヴァンニなども歌えそう。「悪魔」感がちょっと弱い感じがしました。1幕目では高音と中低音の切り替えがうまく行っていない感じが少ししましたが、幕が進むに連れて聴き慣れていくと、こちらも感情表現が豊かな歌唱でした。マルゲリータのマリア・テレーザ・レーヴァはまだ若いようですが、安定した音程と、豊かな声量で、マルタの清水華澄(こちらも素晴らしい)の2重唱は、全くブラーヴェでした。

 1,2幕目の音楽作りと3,4幕目のそれとが、けっこう音楽的に違っている感じがあり、後半は、イタリア歌劇の伝統的な雛形にそったアリアもあり、拍手どころも多いのですが、これは、初演版(楽譜が残っていない)が失敗したあとに、ボイートが聴衆の受けを狙って、改訂したところなのでしょうか?

 全体として非常に満足な公演でした。それにしても、東フィルの定期公演で、演奏会形式とは言え、年2回もオペラを入れるというのは凄いですね。この日のチケットも3階の最前列B席でしたが、6,300円と値打ちもの。そしてほぼ満席でした。マイナーな演目は、もっと積極的に「演奏会形式」を使って上演をしてほしいと思いました。
 

東京フィルハーモニー第913回 オーチャード定期演奏会
指揮:アンドレア・バッティストーニ
メフィストーフェレ(バス):マルコ・スポッティ
ファウスト(テノール):アントネロ・バロンビ
マルゲリータ/エレーナ(ソプラノ):マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ&パンターリス(メゾソプラノ):清水華澄
ヴァグネル&ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団 他

東フィル定期公演バッティストーニ指揮「ザ・グレート」他

 久々の東京フィルハーモニー定期公演。いつもながら、満席です。今日のプログラムは、ロッシーニのオペラ序曲を3曲と、シューベルトの交響曲「ザ・グレート」。

 ロッシーニの序曲は聴き応えのあるものでした。ただ、ロッシーニは、もっと軽やかに聴きたいというのが本音。バッティは、いつもながら、音の強弱、緩急にメリハリを付けて、どちらかというと派手に鳴らしてくるのですが、なんだかちょっと粘っこくて、ヴェルディのように聞こえてしまいました。実際この指揮者はヴェルディとかロシアもののほうが良いですね。一年に何回も彼の指揮を聴いていると、やや一本調子なのが気になってきます。今の振り方だと、モーツァルトなどはまだ厳しいかなぁという気がします。

 それに比べて、シューベルトのザ・グレートは、軽快でいい感じでした。第1,第2楽章は、バッティにしては押さえた感じでしたが、第4楽章はバッティ節炸裂!特にトロンボーンが力強かったです。あまり聴くことのない、この交響曲を充分楽しみました。いつものように、アンコールは無し。繰り返しも無し。交響曲の後にアンコールが付くのが好きで無い僕には、とても良い終わりかたでした。

ロッシーニ/歌劇『アルジェのイタリア女』序曲
ロッシーニ/歌劇『チェネレントラ』序曲
ロッシーニ/歌劇『セビリアの理髪師』序曲
シューベルト/交響曲第8番『ザ・グレート』

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

 11月8日、NHK音楽祭の第三プログラムは、ハンブルグから、北ドイツ放送交響楽団が改名してNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団になってNHKホールにやってきました。今回のNHK音楽祭は、「新時代を切りひらくシェフたち」と銘打って、サイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、アラン・ギルバート、グスターボ・ドゥダメルというそうそうたる指揮者をそろえています。ドゥダメル&LAフィルハーモニック以外の3公演のチケットを取っていたのですが、10月1日のヤルヴィ&N響のカルミナ・ブラーナは、出張がはいってしまい、行けませんでした。残念。。ちなみに、この出張、ロンドンだったので、パッパーノ指揮のワルキューレをROHでやっているのを聴きに行く画策をしていたのですが、仕事が忙しくてダメ。何も聴けませんでした。海外に行ってオペラもコンサートも聴けないのは、10年ぶり以上。フライトのチケットを無駄にしているような気になります。

 さて、この日のプログラムの最初、ローエングリンの前奏曲。実に繊細で美しい。モンサルヴァート城の聖杯をイメージさせる旋律がピアニシモで演奏されると、うっとりとしてしまいます。この前奏曲は独立して演奏されることも多いのですが、困るのは、このように素晴らしい演奏をされると、続いてオペラ全体を聴きたくなってしまうことです。

 続いてはラヴェルのピアノ協奏曲、元々予定されていた、ピアニストのエレーヌ・グリモーが肩の故障で、アンナ・ヴィニツカヤに代わりました。彼女は2007年のエリザベート音楽祭で優勝しているので、まだ新進気鋭と言えるでしょう。芯がありながら、軽やかなタッチ、ややアンバランスに曲を少し崩して、表情をつけるところが新鮮です。ラヴェルが印象派でも水彩画のように捉えられています。ただ、このピアノだけでなく、全体に言えるのですが、NHKホールの音響が悪く、ピアノの音が3階まで届いていないような感じがありました。7月に東フィルでロレンツォ・ヴィオッティの指揮、小山実稚恵のピアノで、同じ演目を聴きましたが、こちらは、ちょっと重めのラヴェルで、ジャズっぽく、キュビズムのようでした。

 そして、ブラームスの交響曲第4番、NDRの十八番とも言える演目だそうですが、真面目に音楽に向き合っているという印象。第3楽章、第4楽章と盛り上がり、弦の音に深みがあって、実に素晴らしい。ブラームスは僕はとくに好きというわけではないのですが、このように「良いブラームス」は心に染みます。

さて、来週はバッティストーニウィークです。東フィルの定期公演でロッシーニと、そのあとは、アリーゴ・ボイトのオペラ「メフィストフェレ」….楽しみです。

今日の公演内容

ワーグナー/歌劇「ローエングリン」から 第1幕への前奏曲
ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調 作品83
ブラームス/交響曲第4番 ホ短調 作品98

アンコール:
ピアノソロ 
ドビュッシー:前奏曲集第一巻から 「亜麻色の髪の乙女」「ミンストレル」

オーケストラ
ブラームス:ハンガリー舞曲 第6番
成田為三(編曲 S・ガンドット):浜辺の歌

<演奏>
指揮:アラン・ギルバート
ピアノ:アンナ・ヴィニツカヤ

管弦楽:NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

アイーダ@神奈川県民ホール

10月21日のアイーダに行ってきました。アイーダを生で聴くのは7回目。ヴェルディの作品の中では、トラヴィアータ、シモン・ボッカネグラ、ドン・カルロの次に多いと思います。特に今年は、4月の新国立の公演にも行っていますので、2度目の観劇。今回は、なんと4つの劇場(札幌文化芸術劇場hitaru、神奈川県民ホール、兵庫県立芸術文化センター、iichiko総合文化センター)と3つの芸術団体(東京二期会、札幌交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団)が、共同制作をするという意欲的な公演なのですが、逆にこれだけ多くの劇場が係わると収集がつかなくなってしまうのではという危惧も。

 指揮のバッティストーニは、このオペラを大変得意としていて、プログラムにもあるように「最高にワクワクするオペラ」と言っています。この日の指揮も、歌手に寄り添うというよりは、歌手をぐんぐん引っ張って行く迫力のあるものでした。アイーダの曲のエッセンスを絞り出すような感じです。ただ若干金管の響きが強すぎて、歌手の声をかき消すところがありました。アイーダトランペットは舞台の両端で鳴らされましたが、これはとても良かった。たいてい、もっと高いところで吹かれるのですが、正面から聞くのも良いものです。また、メロディーラインを奏でる楽器のボリュームを少し上げて、歌唱や合唱とユニゾンするようにしているところが、とてもイタリアっぽい。3幕目の最後のところは、イタリア感がピークに達して感動しました。4月のカリニャーニのややマイルドな演奏は“シンフォニー”のようでしたが、バッティストーニの指揮は、彫刻刀で削ったようなシャープで歌手を鼓舞するパワフルな“オペラ音楽”でした。

 ただ、この指揮についていけた歌手とそうでない歌手がいたのも事実。良かったのは、アモナズロの上江隼人。新国立の時の同役も彼でしたが、得意の高音に加えて、中低音に凄みが出て、アモナズロになりきっていました。声の演技が素晴らしかったです。そして、西村悟の代役で、もともとの伝令の役から大抜擢されてラダメスを歌った城宏憲が、一幕目の「清きアイーダ」からびっくりするような美声を聴かせました。声を振り回さずにコントロールしているところも良かったです。若いラダメスの苦悩を良く演じていました。新国立の研修生の頃から聴いていますが、今回のチャンスを生かしましたね。今後、主役級の役も付くのではないでしょうか?ランフィスの斉木健詞も、いつもはややモゴモゴした感じがあるのですが、この日はクリアでとても良かったです。アイーダの木下美穂子も、突出してはいませんでしたが、無難に歌っていました。

 残念だったのは、アムネリスのサーニャ・アナスタシア。一幕目は、声が出ない。テンポも遅れる。ただ、まあまだ喉が温まっていないのだろうと思っていました。で2幕目に期待していたのですが、その第一声、音がはずれた!だいたい1/4音はずれてしまっていました。いきなり、頭から水をかけられたような気分になりました。その後も無理に高音を出そうとすると、まるで、コーンスピーカーの紙が破れたような籠もった声になってしまい、落ち着いてオペラを聴いていられない状態。3-4幕目ではようやく持ち直して、「ああ、これが実力なんだ」と思われる良い歌唱を聴かせましたが、前日の清水華澄がとても良かった、(僕も演奏会形式で聴いていますが素晴らしかったです。)と聞いていますので、何もこのレベルの歌手を海外から招聘する必要性があったのかと思ってしまいました。このオペラは、“アイーダ”ではなくて、“アムネリス”というタイトルにしても良いくらい、アムネリスの役は重要なのに、大変残念でした。

 そして、もうひとつ残念だったのは演出。演出はほとんど無いという感じで、一昔前の藤原のように、歌手は前を向いて両手を広げて歌うのが殆ど。これなら演奏会形式でも良いような気がしました。それを補うように、バレエは本格的。東京シティバレエ団のプリンシパルクラスが、フェッテやマネージュを繰り広げ、さながらバレエの公演のようです。バレエが好きな僕としては嬉しかったのですが、演出の無い分をすべてバレエに託したような安易さがあり、また、オペラとの調和という面でもやや疑問でした。

 オペラが終わった時は、なかなかの満足感があったのですが、一夜明けてブログにすると色々と難点が気になってしまう、そんな公演でした。


指揮 アンドレア・バッティストーニ
演出 ジュリオ・チャバッティ

アイーダ 木下美穂子
ラダメス 城宏憲
アムネリス サーニャ・アナスタシア。
アモナズロ 上江隼人
ランフィス 斉木健詞
エジプト国王 清水那由太
巫女 松井敦子
伝令 菅野敦

東京シティバレエ団
東京フィルハーモニー交響楽団

 

ラ・トラヴィアータ 藤沢市民オペラ

 しばらくブログをご無沙汰してしまいました。その間にコンサートに数回行きましたが、時間もたってしまったので、割愛致します。

 それで、昨日は1ヶ月ぶりのオペラ、大好きなトラヴィアータです。中村恵理のヴィオレッタは、彼女のリサイタルやヴェルディ協会のイベントで、何曲かは聴いていて、それだけでも、ものすごく魅力的でしたしたので、全幕で聴くのを本当に楽しみにしていました。

 この日の彼女は、本当に素晴らしかったです。どちらかというと「力強い」ヴィオレッタなのですが、1幕の最初から、病気であることがわかるような歌い方。ちょっと息があがっているような雰囲気を醸し出しているのです。ヴィオレッタの人格と体調に完全にシンクロしているのですね。ヌッチは、舞台でどんな事故があっても、役柄から抜けませんが、そのような鬼気迫るものを感じる歌唱と演技でした。

 3幕目の最初の、“Dammi d’acqua un sorso”(お水を頂戴、ひとくち)というところも、はっきりした強い口調で歌うのですが、そこには、もう死の予感がたくさんこもっています。プログラムの解説にもありましたが、最期の場面で、”Ah1 io ritorno a viviere..” “Oh giola” (私はもう一度生きるの、ああ、嬉しい)というセリフが、これほどぴったり合うヴィオレッタは、トラヴィアータをかれこれ15回は舞台で聴いていますが、中村恵理をおいて他にはありません。ナタリー・デセイのヴィオレッタの最期の場面も、素晴らしいのですが、そのセリフとは裏腹に、「もう一度生きる」という感じはしません。この感じがするのは、あとはデヴィーアでしょうか?

 ですので、この日の公園、僕は、完全に中村恵理に“持って行かれた”という感じでした。中村の歌唱があまりに良すぎて、他の歌手が色あせて聞こえるという感じ。その中で、良かったのは、今まで何度聞いてもあまり感動しなかった、須藤慎吾のジェルモンでした。実直な田舎の紳士という感じを、声に無理なく自然に出していました。2幕目でちょっとベルカントしていたのもおもしろかったです。ただ、2幕目最終部の「プロヴァンスの海と土」の後、カヴァレッタを省略してしまったのは、とても残念。 “Non non udrai rimproveri, copriam d’oblio il pasato” (いいやお前に何も小言は言うまい。過去は忘れてしまおう。”と始まる、やさしいメロディで、ジェルモンが息子への愛情をオロオロしながら歌うこの部分が無いと、2幕目、3幕目での親子関係がはっきりとわからなくなってしまうのです。田舎の富豪の息子であるアルフレードが、いかに愛情を注がれて、言い換えれば甘やかされて育ってきたかというのがわかる部分です。これは1幕目2場のパリ郊外のヴィオレッタの館で、“O mio rimorso!”(おお、わが後悔)と歌うアルフレードのカヴァレッタとも呼応しています。この部分も良く省略されてしまうのですが、今回、こちらは残されていました。アルフレードは、1000ルイという大金をなんとかするためにパリに向かうのですが、アンニーナに言われるまでもなく、二人で働きもせずに、そのような豪華な暮らしをするのに、お金がどこから来ているか、考えもしないというのは、あまりにも馬鹿息子過ぎるのではないかと思うのです。その馬鹿息子ぶりが、良い意味でも悪い意味でもアルフレードの魅力なのですが、その部分を裏付けるのが、ジェルモンの2幕目最後のカヴァレッタ。やっぱり入れて欲しかったですね。ちなみに、実話でも原作の作者デュマ・フィスは、ヴィオレッタこと、マリー・デュプレシとの暮らしを維持するための金を父デュマに借りに行くと断られますが、その実、銀行での借金の保証人にはなっているのです。

 このオペラは、実話、原作、戯曲、バレエと色々な表現があるので、それを比較するのもとてもおもしろいです。

 アルフレードを歌った笛田博昭、とても良い声をしていましたし、彼の声量は中村に負けない強さを見せていましたが、ややヴェリズモっぽい、そして音程がところどころぶれることがありました。脇役ですが、男爵役の久保田真澄、アンニーナの牧野真由美、フローラの向野由美子はとても良かったです。この脇役には豪華すぎる配役と言って良いと思いますが、公演全体がグッと締まりました。

 園田隆一郎の指揮は、丁寧で、柔らかく、ピチカートでカラフルにするところなど、彼らしさが出ていましたが、この日の主役となった、中村恵理の強さにやや負けるところがあった気がします。

 岩田宗達の演出は、2013年の新国立での藤原公園、デヴィーア主演の時の演出を元にしていると思われます。あの時3幕目にしか登場しなかった、大きな斜めの台を一幕目から登場させ、使い回していましたが、限られた装置しかない舞台では、とても効果的でした。

 この公演、今年も一日限りなのですが、できれば2日続けて聴きたいものです。とにかく中村恵理に圧倒された満足な公演でした。

指揮:園田隆一郎
演出:岩田達宗
ヴィオレッタ 中村 恵理
アルフレード 笛田 博昭
ジェルモン 須藤 慎吾
フローラ 向野 由美子
ガストン子爵 井出 司
ドビニー侯爵 三浦 克次
ドゥフォール男爵 久保田 真澄
医師グランヴィル 東原 貞彦
アンニーナ 牧野 真由美
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合唱 藤原歌劇団合唱部

三部作 東京二期会

6月のバーリ歌劇場来日“イル・トロヴァトーレ”以来、シーズンオフを挟んで、久しぶりのオペラです。“三部作”は僕の大好きな作品で、かなり楽しみにしていました。“外套”、“修道女アンジェリカ”、“ジャンニ・スキッキ”の、それぞれ1時間程度、一幕物のオペラ作品が、この順序で上演されるものですが、 “ジャンニ・スキッキ”は、独立した作品として上演されることも多い作品です。実際、僕も、通しで三作品を見たのは、2008年のロサンジェルス・オペラでの一回だけです。

僕は、プッチーニの作品にはあまり思い入れがありません。特に「ラ・ボエーム」などは、最も苦手とするオペラ。「お涙頂戴」的なところが苦手というのもありますが、多くの作品で、主人公の恋愛や、悩みが幕が上がってから不自然に急に始まるというところに、「物語が悲劇を演出する“為”にこさえられている。」という感じがしてしまうのです。その点では話の筋の流れが開演前からある「トスカ」は好きなほうですね。それで、この三部作は、すべてが短い作品ということもあり、オペラの開演前に、もう既にドラマが始まっています。特に“外套”、“修道女アンジェリカ”では、かなり過酷な運命の流れがあり、この流れに終止符を打つ部分がオペラになっているのです。

今回の公演で、特筆すべきなのは、ミキエレットの演出でしょう。ミキエレットを初めてみたのは、新国立のキャンプ場を舞台とした“コジ・ファン・トゥッテ”で、この演出には、それほど感銘を受けませんでしたが、その次に2015年にアムステルダムで見た美術館の中で演じられる“ランスへの旅”は、本当に心動かされました。そして、この“三部作”。ミキエレットの演出に魔法をかけられた気分です。“外套”は、波止場のコンテナ置き場を舞台にし、次の“修道女アンジェリカ”は、そのコンテナが開いて、修道院の洗濯場と独房になります。そして、休憩後の“ジャンニ・スキッキ”では、そのコンテナがフィレンツェの館に変わるのですが、コンテナが舞台上斜めに置かれているので、舞台上手側に座っている観客からは、コンテナの間の路地になっているようなところが見られると思いますが、僕が座った下手側からだとコンテナの間は、ほとんど見えません。証明に照らされた影で歌手の動きを推測するのみ。また、コンテナの上の部分が邪魔をして、3階のL、R前方の観客からはコンテナの内部や、その中で歌う歌手の頭は見えません。このように、一見、舞台装置は不親切なように思えますが、オペラが進んで行くと、まさに実際の現場をのぞき見ているような現実感が生まれて来ます。舞台美術のヴェリズモと言うべき方法でしょうか?とても刺激的でした。そして、そのコンテナが“ジャンニ・スキッキ”の最後には、すべて閉じられて、“外套”の最初の場面に戻ります。この三部作がもともと、ダンテの「神曲」から作られているとプログラムにも説明がありますが、神曲が表すあの世には、「地獄」、「煉獄」、「天国」があり、オペラの3つの作品もそれに対応していると思うのです。ですので、「天国」に見えた“ジャンニ・スキッキ”が実際には「地獄」であり、「外套」と同じだという見方に最後に戻るのをコンテナで見せるという鋭い演出には、今風にいうと「ヤバイ!」という感じ。

その他にも、“外套”が終わって、横たわったジョルジェッタが、そのまま髪を切られて、アンジェリカとして修道院に送り込まれ、次のオペラにつながるところも秀逸です。アンジェリカの抱えた罪が、“外套”での娼婦性の罪と相まって、余計に強く印象に残ります。そして、ミケーレが落とした子供の靴をアンジェリカが拾うところも同じように、2つのオペラをつなげる大きなカギになります。

この演出によって、緻密な演技を求められた歌手陣も素晴らしかったです。“外套”のミケーレと、“ジャンニ・スキッキ”のタイトルロールを演じた上江隼人は、持ち前の中高音域の美しさに、最近は低音域の凄みを加え、しかし、明確なイタリア語の発音で、舞台を締めます。ジョルジェッタとアンジェリカの北原瑠美も、2つのオペラの心理劇的な面を、強く感じさせる歌唱と演技が素晴らしい。そして、今回、驚いたのは、どちらかとリリックな印象のあった、樋口達哉が“外套”のルイージでヴェリズモ的な強い声を聴かせてくれたことです。アンジェリカに対する公爵夫人を歌った中島郁子も、その意地悪い感じと、後半、それを後悔するような歌唱と演技に引き込まれました。通常は、アンジェリカの子供は本当に亡くなっていて、アンジェリカが服毒自殺をすると、天使の歌声と共に光りの中に現れるのですが、今回の演出では、実は亡くなってはいなかったという、やりきれない結末になっています。

三部作の音楽では、何と言っても「外套」の序奏、そのあと何度も繰り返される、暗い埠頭に寄せる波のような弦楽の調べが好きですが、ベルトラン・ド・ビリーの指揮は、過度にヴェリズモっぽく強弱を付けるのではなく、淡々と、しかし実に美しい音楽を構成していました。三作を統一するような、インテンポな音楽作りで、これも、演出ととても合っていました。

日本で、これだけの水準の高い三部作を、それもすこぶるリーズナブルなチケットプライスで聴けるというのは何と幸せなことでしょうか! 今年は、海外でもう一回“三部作”を聴けるかもしれません。

指揮: ベルトラン・ド・ビリー
演出: ダミアーノ・ミキエレット
演出補: エレオノーラ・グラヴァニョーラ
装置: パオロ・ファンティン
衣裳: カルラ・テーティ
照明: アレッサンドロ・カルレッティ
合唱指揮: 冨平恭平
演出助手: 菊池裕美子
舞台監督: 村田健輔
公演監督: 牧川修一
公演監督補: 大野徹也

<キャスト>
『外套』
ミケーレ : 上江隼人
ジョルジェッタ: 北原瑠美
ルイージ : 樋口達哉
フルーゴラ: 塩崎めぐみ
タルパ : 清水那由太
ティンカ : 児玉和弘
恋人たち : 新垣有希子
     新海康仁
流しの唄うたい: 高田正人

『修道女アンジェリカ』
アンジェリカ:北原瑠美
公爵夫人 : 中島郁子
修道院長 : 塩崎めぐみ
修道女長 : 西館 望
修練女長 : 谷口睦美
ジェノヴィエッファ:新垣有希子
看護係主導女: 池端 歩
修練女 オスミーナ:全 詠玉
労働修道女I ドルチーナ:栄 千賀
托鉢係修道女I :小松崎 綾
托鉢係修道女II: 梶田真未
労働修道女II: 成田伊美

『ジャンニ・スキッキ』
ジャンニ・スキッキ:上江隼人
ラウレッタ: 新垣有希子
ツィータ : 中島郁子
リヌッチョ: 新海康仁
ゲラルド : 児玉和弘
ネッラ : 小松崎 綾
ベット : 大川 博
シモーネ : 清水那由太
マルコ :  小林大祐
チェスカ : 塩崎めぐみ
スピネロッチョ: 倉本晋児
公証人アマンティオ:香月 健
ピネッリーノ: 湯澤直幹
グッチョ :寺西一真

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、NHK東京児童合唱団

世界バレエ Bプログラム

8月8日、台風が迫る中を、世界バレエのBプログラムに行って来ました。平日の6時に上野に行くというのは、仕事がある身としてはなかなか辛く、この日も開幕10分前に到着。2階L席の最前列でした。ここはB席ですが、最前列が取れれば3階、いや、4階でさえもなかなか良いシートです。オペラでも狙っていますが、最前列はなかなか取れません。Aプロに続いてラッキーでした。

この日の演目は、あきらかにAプロより、豪華なラインナップになっていました。「椿姫」のパ・ド・ドゥが2つもありますし、しばらく日本では上演されていなかった、「マノン」の沼地のパ・ド・ドゥ、そして「オネーギン」の寝室のパ・ド・ドゥ、「白鳥の湖」から黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥと、好演目が目白押しです。だいたいの人が両プロともチケットを取るでしょうが、Aプロだけ見た人(例えばデュポン目当てで)は、ちょっと残念だったかもしれません。

今回も、気になった演目をコメントしていきます。

まずは、Aプロの「ディアナとアクテシオン」で素晴らしい演技を見せてくれた、オランダ国立バレエのダニエル・カマルゴ、このBプロでは第一部の「ムニュコス」と第4部の「じゃじゃ馬ならし」で登場。正直、今回まで、知らなかったダンサーですが、出色でした。Aプロでは基礎が素晴らしいと思いましたが、Bプロの2演目では、表現力の豊かさにびっくりしました。「じゃじゃ馬ならし」はこの表現力がなければ、実にたいくつなバレエになってしまいますが、思わず舞台に引き込まれてしまうほどの演技力。エリサ・バデネスはおそらくは、もともとはシュッツガルト・バレエで一緒に踊っていたと思われます。彼女も実にコケティッシュな魅力を振りまいていました。このカマルゴ、まだ若い(20代)と思います。軸のぶれの無い回転の速さ、ジャンプ力もあり、また、パートナーの扱いも上手い。王子役も見たかったです。

オペラ座のコンビ、レオノール・ポラックとジェルマン・ルーヴェの「ソナチネ」。バランシンらしく優雅で高貴な雰囲気があります。ラヴェルの曲に合わせての比較的ゆっくりした踊り。Aプロの「くるみ割り人形」より、ずっと良かったです。ポラックは素早くポアントをすると時々脚が震えることがありましたが、この演目では実にきれいなポアントでした。しかし、オペラ座のエトワールは、フランス物、マスネとかこのラヴェルなどで踊ると余計素敵ですね。(と思うのはフランスびいきの僕だけかもしれませんが)

今回、第1部で「コッペリア」、第3部で「マノン」を踊った、アリーナ・コジョカル、もう、40歳に手が届く年齢だと思いますが、可愛い!前にも言いましたが、オペラ座のダンサーは年齢に従って、「可愛い」→「たくましい」とか「優雅」、「切れのある」などとイメージを変化させるのですが、コジョカルは、あくまで「可愛い」ですね。身長が低いこともあるのでしょう。今回、なんだか、はじめて「コジョカルいいなぁ」と思いました。今まで、このコッペリアも何度も見ているのですが。マノンの「沼地のパ・ド・ドゥ」も久しぶりです。何やら、日本での上演の権利の問題があって、それが解決したのだと聞きました。この演目は一昨年、パリのオペラ座でデュポンの引退公演で見たのが目に焼き付いていますし、その前には、マラーホフとヴィシニョーワのペアの演技も何度も見ています。ですので、どうしてもそれらの演技との比較になり、そうするとダイナミックさ(特にマノンがデグリューに投げられるところ)が足りない感じがしてしまいますが、逆に様式感がきちんとあって、安心して見ていられる、そしてやはり、「可愛い!」、というところが魅力でした。

2部では、また、タマラ・ロホが最高!完全に僕の中では、ロホ復活!です。「HETのための2つの小品」は、コンテンポラリーですが、クラシックなテクニックも多く使われており、ロホの魅力が十二分に出ています。彼女は、コジョカルとは正反対のタイプ。空気を切り裂くような清冽な踊りが魅力です。これが、前回の世界バレエでは、ノイマイヤーの振り付けとは合わなかったのですが、今回はAプロの「カルメン」もそうでしたが、新しいロホの踊りのスタイルというのを見せつけてくれました。

「椿姫」からは、第2幕の侯爵の別荘でのマルグリットとアルマンのパ・ド・ドゥ、第3幕からは「黒のパ・ド・ドゥ」と2つの魅力ある演目が見られました。ピアノの、フレデリック・ヴァイセ=クニッテルがとても良く、ショパンの調べにのった踊りが良かったです。しかし、フリーデマン・フォーゲルも38歳ですが、童顔ですね。高いリフトから首の後ろを通って抱き合う形になるところなど、ノイマイヤーってやはり天才的な振り付けをするものだと思いました。

第4部のラスト3演目は、ノイマイヤーのアダージェット、クランコのオネーギン、寝室のパ・ド・ドゥ、そしてプティバのドン・キホーテと、涎の垂れそうな演目が続きました。シムキンのマネージュも今回はすごく高く、拍手喝采。

今回は、バレエではあまり話題にならない、指揮とオーケストラも良かったと思います。演目に合わせて、軽快に、また、粘っこく、またマーラーの5番のように、静かに心の奥に響くような音楽を作り出していました。全幕のドン・キホーテも良かったのですが、こういったガラだと、ミンクス、ドリーブ、チャイコフスキーという3大バレエ作曲家の作品が聴けます。これだけでも幸せ。

休憩時に、文化会館の事業企画課のSさんと話したのですが、今では、この3年に一度の世界バレエに出演することを目的にして頑張っているダンサーがたくさんいると、そして、ここに出たことは、ダンサーの経歴にも誇れる印になるということでした。世界中探してもこんなに素晴らしいダンサーが一堂に会するイベントはありませんものね。

満足しました。多分、今年のバレエ観劇はこれでおしまいかと思います。

― 第1部 ―
「眠れる森の美女」
振付:マリウス・プティパ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
オレシア・ノヴィコワ
デヴィッド・ホールバーグ

「ムニェコス(人形)」
振付:アルベルト・メンデス
音楽:レムベルト・エグエス
ヴィエングセイ・ヴァルデス
ダニエル・カマルゴ

「ソナチネ」
振付:ジョージ・バランシン
音楽:モーリス・ラヴェル
レオノール・ボラック
ジェルマン・ルーヴェ

「オルフェウス」
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー、ハインリヒ・ビーバー、ピーター・プレグヴァド、アンディ・パートリッジ
シルヴィア・アッツォーニ
アレクサンドル・リアブコ

ローラン・プティの「コッペリア」
振付:ローラン・プティ
音楽:レオ・ドリーブ
アリーナ・コジョカル
セザール・コラレス

― 第2部 ―

「シンデレラ」
振付:ルドルフ・ヌレエフ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
ドロテ・ジルベール
マチュー・ガニオ

「HETのための2つの小品」
振付:ハンス・ファン・マーネン
音楽:エリッキ=スヴェン・トール、アルヴォ・ペルト
タマラ・ロホ
イサック・エルナンデス

「白鳥の湖」より 第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
アシュレイ・ボーダー
レオニード・サラファーノフ

「椿姫」より 第2幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:フレデリック・ショパン
アリシア・アマトリアン
フリーデマン・フォーゲル

― 第3部 ―

「ロミオとジュリエット」より 第1幕のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
メリッサ・ハミルトン
ロベルト・ボッレ

「ジュエルズ」より "ダイヤモンド"
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
ミリアム・ウルド=ブラーム
マチアス・エイマン

「マノン」より 第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ジュール・マスネ
アリーナ・コジョカル
ヨハン・コボー

「アポロ」
振付:ジョージ・バランシン
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
サラ・ラム
フェデリコ・ボネッリ

「椿姫」より 第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:フレデリック・ショパン
アンナ・ラウデール
エドウィン・レヴァツォフ

― 第4部 ―

「じゃじゃ馬馴らし」
振付:ジョン・クランコ
音楽:ドメニコ・スカルラッティ
編曲:クルト・ハインツ・シュトルツェ
エリサ・バデネス
ダニエル・カマルゴ

「ヌレエフ」より パ・ド・ドゥ
振付:ユーリー・ポソホフ
音楽:イリヤ・デムツキー
マリーヤ・アレクサンドロワ
ウラディスラフ・ラントラートフ

「アダージェット」
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:グスタフ・マーラー
マリア・アイシュヴァルト
アレクサンドル・リアブコ

「オネーギン」より 第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・クランコ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
アレッサンドラ・フェリ
マルセロ・ゴメス

「ドン・キホーテ」
振付:マリウス・プティパ
音楽:レオン・ミンクス
マリア・コチェトコワ
ダニール・シムキン

指揮:ワレリー・オブジャニコフ、ロベルタス・セルヴェニカス  
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
ピアノ:フレデリック・ヴァイセ=クニッテル(「ソナチネ」「椿姫」)

世界バレエAプログラム

先日の“ドン・キホーテ”に続いて、第15回世界バレエのAプログラム見て来ました。堪能しました。3年に一度の世界バレエフェスティヴァル、僕は2003年から見ています。今回は、佐々木忠治さんという偉大なインプレサリオが亡くなって、その継続を心配しましたが、なんのなんの!今年も素晴らしいキャストで素晴らしいバレエを見せてくれました。前回同様の両プロ共4時間越えです。今年のAプロは、どちらかというと派手な演出のものよりもじっくり見られる演目が多くて、とても良かったです。

全作品コメントしていると20にもなるので、気になったものだけ書きます。

世界バレエで最初の演目として取り上げられることが多い、「ディアナとアクテシオン」、オランダ国立バレエのダニエル・カマルゴは若いダンサーですが、基本がきちんと出来ている感をビシバシと感じます。ジャンプも高く、動きも優雅。ティツィアーノの同名のルネッサンス期の大作品絵画を彷彿とさせる様式感もあって、今後目が離せない感じです。シュツットガルト・バレエのエリサ・バデネスもバネが良くきいた体で美しかったです。

ABTのチームが踊ったのはジゼル、第2幕のパ・ド・ドゥ。シムキンも大人になりましたね。昔はマネージュがものすごく高く、これだけで大拍手でしたが、ジゼルにこのアクロバティックな舞踏は不似合い。今回は余裕のある実に美しい手足の使い方で廻っていました。相手役のマリア・コチュトワ、上品です。ABTの名ダンサー、ジュリー・ケントを彷彿とさせます。百合の香りがするような作品になりました。

ヤーナ・サレンコの「瀕死の白鳥」、大きな動きの中に力尽きていく白鳥の悲しさを表現していてとても良かったです。ただ、どうしてもロパートキナの長い手足での劇的な演技と比較してしまいますね。

オペラ座からは3組が出ていました。レオノール・ポラックとジェルマン・ルーヴェのくるみ割り人形。これは、ルーヴェが良かったです。初めて見たのは、スジェの時(2016年)でしたが、その後、プルミエールダンスーズを飛び越えてエトワールに昇進、すぐに来日し、デュポンと「ダフニスとクロエ」を踊ってくれました。まさに天才という感じ。やや線が細いのですが、その繊細さは手足の先まで神経がはりつめていています。それに比べて、クララを踊ったレオノール・ポラック、ちょっと動きに張りがありませんでした。というか僕の好みではないのかも。可愛いことは可愛いんですがね。

オーレリ・デュポンの「・・・アンド・キャロライン」。これは見逃せなかった。一昨年のパリでのアデュー公演以来、彼女の踊りを見るのは久しぶりです。完全なコンテンポラリーで、なんか寝ている時間が長かったような感じで、彼女の魅力を出すには、演目が役不足な感じ。ここは、月並みですが、キリアンの「扉は必ず」あたりをやって欲しかったです。とは言え、彼女が見られただけでも満足。

タマラ・ロホの「カルメン」モダンとクラッシックの融合という感じですが、個人的には、今回一番良かったと思います。前回はノイマイヤーの作品を踊ったと記憶していますが、今ひとつでした。やっぱり彼女はクラシックの人かなぁと思いました。が、今回は、アロンソの振り付けを完全に自分のものにして、相手役の若いエルナンデスを引っ張っていた。グランフェッテなどの超絶技はなかったですが、新しいロホを見ました。彼女もまだデュポンと同じ年齢かと思います。頑張って欲しい!

第4部は、トリを飾るスーパーなキャスティングになっていましたが、やはりここで輝いたのはオペラ座の2組。マノンの寝室のパ・ド・ドゥを踊った、マチュー・ガニオとドロテ・ジルベール。貫禄ですね。家内が「ガニオって見るたびに格好良くなってくる」と隣でつぶやいていましたが、男から見てもそう思えます。ドロテは、昨年オペラ座で全幕の「オネーギン」のタチアナで見ていて、素晴らしかったのですが、ちょっと貫禄あり過ぎでした。でも、このマノンはぴったり。もはや、オペラ座をしょって立つという感じ。しかし、デュポンもそうですが、このドロテも、年を取るに連れて、体を絞り、筋肉体質にしているのが凄いですね。これもギエム以来のオペラ座の伝統か?

そして、フィナーレはいつも通りドン・キホーテのパ・ド・ドゥ。これは先日の全幕ものでも見ていたのですが、少し振り付けが違っていました。アティテュードでの静止が長くなっていて、見せ場がありました。そして、全幕では真っ赤な衣装だったのが、黒のチュチュに変更。僕はポラックより、このミリアム・ウルド=ブラームのほうが好きです。

それにしても休憩入れて4時間半。ワーグナーでも見ている感じですね。Bプロは8日に行くのですが、5時過ぎまで汐留で仕事があるんです。その後、車で駆けつけて間に合うかなぁ。電車で行けば大丈夫なんですが、終わるのが10時半過ぎということを考えると逗子まで車でスーッと帰りたい。素敵なバレエの後に、お酒臭い電車載りたくないですよね。

― 第1部 ―

「ディアナとアクテオン」
振付:アグリッピーナ・ワガノワ
音楽:チェーザレ・プーニ
エリサ・バデネス
ダニエル・カマルゴ

「ソナタ」
振付:ウヴェ・ショルツ
音楽:セルゲイ・ラフマニノフ
マリア・アイシュヴァルト
アレクサンドル・リアブコ

「ジゼル」より 第2幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー
音楽:アドルフ・アダン
マリア・コチェトコワ
ダニール・シムキン

「アポロ」
振付:ジョージ・バランシン
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
オレシア・ノヴィコワ
デヴィッド・ホールバーグ

「コッペリア」
振付:アルチュール・サン=レオン
音楽:レオ・ドリーブ
サラ・ラム
フェデリコ・ボネッリ

― 第2部 ―

「瀕死の白鳥」
振付:ミハイル・フォーキン
音楽:カミーユ・サン=サーンス
ヤーナ・サレンコ

「カラヴァッジオ」
振付:マウロ・ビゴンゼッティ
音楽:ブルーノ・モレッティ(クラウディオ・モンテヴェルディより)

メリッサ・ハミルトン
ロベルト・ボッレ

「くるみ割り人形」
振付:ルドルフ・ヌレエフ(マリウス・プティパ、レフ・イワーノフに基づく)
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
レオノール・ボラック
ジェルマン・ルーヴェ

「・・・アンド・キャロライン」
振付:アラン・ルシアン・オイエン
音楽:トーマス・ニューマン
オレリー・デュポン
ダニエル・プロイエット

「ファラオの娘」
振付:ピエール・ラコット(マリウス・プティパに基づく)
音楽:チェーザレ・プーニ
マリーヤ・アレクサンドロワ
ウラディスラフ・ラントラートフ

― 第3部 ―

「カルメン」
振付:アルベルト・アロンソ
音楽:ジョルジュ・ビゼー、ロディオン・シチェドリン
タマラ・ロホ
イサック・エルナンデス

「ルナ」
振付:モーリス・ベジャール
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ
エリザベット・ロス

「アンナ・カレーニナ」
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
アンナ・ラウデール
エドウィン・レヴァツォフ

「タランテラ」
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ルイス・モロー・ゴットシャルク
アシュレイ・ボーダー
レオニード・サラファーノフ

「アフター・ザ・レイン」
振付:クリストファー・ウィールドン
音楽:アルヴォ・ペルト
アレッサンドラ・フェリ
マルセロ・ゴメス

― 第4部 ―

「ドン・ジュアン」
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:クリストフ・ウィリバルド・グルック、トマス・ルイス・デ・ヴィクトリア、トマス・ルイス・デ・ヴィクトリア
シルヴィア・アッツォーニ
アレクサンドル・リアブコ

「シェエラザード・パ・ド・ドゥ」【世界初演】
振付:リアム・スカーレット
音楽:リムスキー・コルサコフ
アリーナ・コジョカル
ヨハン・コボー

「ヘルマン・シュメルマン」
振付:ウィリアム・フォーサイス
音楽:トム・ウィレムス
ポリーナ・セミオノワ
フリーデマン・フォーゲル

「マノン」より 第1幕のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ジュール・マスネ
ドロテ・ジルベール
マチュー・ガニオ

「ドン・キホーテ」
振付:マリウス・プティパ
音楽:レオン・ミンクス
ミリアム・ウルド=ブラーム
マチアス・エイマン

指揮:ワレリー・オブジャニコフ、ロベルタス・セルヴェニカス
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
チェロ:伊藤悠貴(「瀕死の白鳥」)
ピアノ:原久美子(「瀕死の白鳥」、「タランテラ」)

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