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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ニューイヤー・バレエ@新国立劇場

今年の“初芝居”は、新国立劇場での“ニューイヤー・バレエ”、1月12日の公演になりました。新春らしく、客席には着物の方も多く華やかな気分になりました。車で行っていなければ、シャンパンで乾杯するところなのですが。。。

この日は、バランシンの”セレナーデ”(チャイコフスキー)で始まり、”ライモンダ”と”海賊”のパ・ド・ドゥ。休憩が入って、日本初演の”DGV” (Danse a Grande Vitesse)という構成でした。セレナーデは総勢26名のダンサーで演じられる作品です。一糸乱れぬ群舞が美しく、手先の演技がとても繊細で、あたかも希望を手に入れるかのような動きが素晴らしかったです。音楽は、数年前までテレビのでテンプスタッフ(だったと思います)のCMでかかっていたもの。ちょっとそのイメージが強すぎた感じはありますが、約20分ほど、チャイコフスキーの世界に浸らせてもらいました。衣装も半透明の長いスカートが美しかったです。

パ・ド・ドゥ2つは、両方ともマリウス・プティバ版。“ライモンダ”は新国立の看板スター、プリンシパルの福岡雄大と小野絢子、この二人は舞台に立っただけで、存在感をグッと感じさせますね。この日に気がつきましたが、小野さんは、藤原歌劇団のソプラノのスター、砂田涼子さんに良く似ています。“海賊”は新鋭のファースト・ソリスト木村優里、ソリストの速見渉悟。二人ともフェッテが鋭くて芯が通っていて素晴らしい。近い未来のプリンシパルでしょう。

“DGV”はヨーロッパの高速鉄道のTGVをもじった「超高速ダンス」という意味だそうです。ダンス自体はそれほど”高速“というわけではありませんが、音楽は金管楽器と打楽器を主体とした、非常に印象深いものでした。東京交響楽団を指揮するマーティン・イェーツもきびきびした音作りで良かったと思います。

ニューイヤーということで、もう少しガラ公演っぽくなるのではと思っていたのですが、中編2作をはさんで、パ・ド・ドゥが2つ。客席に比べて舞台はやや地味だったか?でも、満足しました。今年は初めて新国立のバレエの方もシーズンチケットを買いました。次は5月のドン・キホーテです。楽しみ。
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2020年あけましておめでとうございます。

ちょっと遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いを致します。

今年の初観劇は、テレビでのNHKニューイヤーオペラでした。今年は良かったですねー。序盤は、ナブッコ、セビリア、椿姫からお馴染みのナンバーばかりで、「ヒットパレード」になるのかと不安な気分になりましたが、中盤、後半はテーマで構成された充実した内容になっていました。特にルサルカや、シモン・ボッカネグラ、ファウストなどのマイナーなオペラからの選曲は嬉しかったです。歌手では運命の力のアリアを歌った中村恵理さん、いつもながら迫力と繊細さが高いレベルで昇華していました。フィエスコを歌った妻屋さん、上江さんをタイトルロールにしてシモン・ボッカネグラを全幕やってほしくなりました。バッティストーニの指揮も歌手をグングンひっぱていく力があって最高でした。これほど素晴らしいのだったら、来年はチケット取って会場で聴いてもいいかなと思います。でも、即完売なんでしょうね。

さて、個人的に、今年前半に行こうと思っている公演を列記してみます。何かのご参考になれば幸いです。

1月:ニューイヤーバレエ(新国立)
1月:東フィル定期公演バッティストーニ指揮、ラフマニノフ、ベルリオーズ他(オペラシティ)
1月:ラ・ボエーム、僕の大好きなマチャイゼ出演!(新国立)
2月:セヴィリアの理髪師(新国立)
2月:東フィル定期公演ミョンフン指揮カルメン演奏会形式(歌手が豪華です!必聴!)
3月:シッラ、ヘンデルのオペラをビオンディ指揮エーロパガランテで。メッセニアの神託の再現なるか!超期待です。(神奈川音楽堂)
3月:中村恵理リサイタル(横須賀芸術劇場)
4月:ジュリオ・チェーザレ(新国立)
4月:東フィル定期公演佐渡裕指揮バーンスタイン(オペラシティ)
4月:サムソンとデリラ二期会公演(文化会館)
5月:ドン・キホーテ バレエ(新国立)
5-6月:ワルキューレ カウフマン主演!(パリオペラ座)
5-6月:MAYERLINGバレエ-マクミラン版(パリオペラ座)
5-6月:オルフェ/ベルリオーズ(ノイマイヤー演出バレエ付き)(ザルツブルグ)
5-6月:ドン・パスクァーレ バルトリ出演(ザルツブルグ)
5-6月:ガラ・コンサート (ザルツブルグ)
5-6月:海賊 、ベリーニ(パレルモマッシモ劇場)
6月:ノルマ、ランカトーレ(パレルモマッシモ劇場来日)
6月:ナブッコ、バッティストーニ(パレルモマッシモ劇場来日)
6月:東フィル定期公演プレトニョフ チャイコフスキー(オペラシティ)
6月:マイスタージンガー(新国立)

2019年観劇ベスト10

 2019年もあと僅かになり、個人的にはもう観劇の予定はないので、今年の僕的ベスト10を挙げてみようと思います。今年の観劇回数は34回と、かなり少なくなってしまいましたので、皆さんの頭の中にある“ベスト”演目が漏れてしまっていることもあるかと思います。

1位:フローレス来日コンサート (オペラシティ)

2位:クルレンツィス&コパチンスカヤ (オーチャードホール)

3位:フェスティヴァル・ヴェルディ ガラ (パルマ王立劇場)

4位:ウエルテル (新国立劇場)

5位:ルイーザ・ミッレル (パルマ フランチェスコ協会)

6位:トゥーランドット (新国立劇場)

7位:二人のフォスカリ (パルマ王立劇場)

8位:東フィル バッティストーニ (オペラシティ)

9位:ラ・トラヴィアータ 藤原本公演 (文化会館)

10位:フィレンツェの悲劇、ジャンニ・スキッキ (新国立劇場)

番外:トッキーニョ リサイタル (リスボンチボリ劇場)

フローレスのコンサートは、直近の観劇だったので、印象が強いということもありますが、それを差し引いても素晴らしいものでした。彼の声を聴ける時代にいて幸せです。クルレンツィスのチャイコフスキープログラムも感動ものでしたが、やはり彼はオペラで聴きたいです。3位のパルマでのヴェルディ・ガラは、その後すぐに発表されたレオ・ヌッチの引退の声明で、期せずして彼の公式な最後の公演になってしまいました。もう77歳になりますし、ここ数年、いつ引退してもおかしくないと思い、彼の公演を追いかけて来ましたので、しかたないと思います。有終の美を飾ったとも思います。しかし、それでも彼の後を継ぐようなヴェルディバリトンが見当たらないことも考えると寂しい限りです。もう、僕の大好きな“シモン・ボッカネグラ”を“ヌッチで聴くこともできない!

あとは、番外にある、“トッキーニョ”のリサイタル。これはブログにはアップしていませんが、彼はブラジルでボサノバとMPB(ブラジルのポップス:ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)の王様のような人です。もう50年以上のファンで、一度聞きたいと思っていましたが、日本に来ないのです。ブラジルは遠いし、治安が悪そうだと思っていたら、リスボンで毎年のようにリサイタルをしていることを知り、たまたま、フェスティヴァル・ヴェルディと同じ時期だったので、脚を伸ばしました。2日連続で聴きに行きましたが、ホント良かったです。ただ、ポルトガル語のおしゃべりが多くて、それが全く解らずに残念。

来年の前半で楽しみなのは、1月の新国立でマチャイゼが歌う“ラ・ボエーム”、3月の神奈川音楽堂でのヘンデルのオペラ“シッラ”でしょうか?特に後者はめったに聴けません。6月には、ヨーロッパに行きます。ザルツブルグの音楽祭中心に聴いてきます。

最近、投稿の回数が少なくなってしまっていますが、どうぞ、来年もお付き合いください。

 

フローレス来日!

 12月10日、オペラシティで行われたファン・ディエゴ・フローレスの公演に行って来ました。生のフローレスを聴くのは3回目、過去2回は海外でした。スカラ座の“オルフェオとエウリディーチェ”、METでの“ラ・トラヴィアータ”、両方とも本当に素晴らしかったので、今回の来日公演は期待をしていましたが、期待をはるかに超えたパフォーマンスでした。

 フローレスと言えば、ペーザロでデビューしてその後も長いこと出演していたので、ロッシーニ歌いというイメージがありますが、この日の曲目にはロッシーニは1曲もなく、ベッリーニに始まり、ドニゼッティ、ヴェルディ、レハール、マスネ、ビゼー、プッチーニと、時代を追って、ベルカントからヴェリズモ方面に上ってくるメニューになっていました。彼の声は、全く滞りの無い精密機器が見事にチューニングされたような、「完璧な声」と言えるでしょう。低音から高音まで、一声目でまったくブレなく音程が決まります。ハイC(3点C)でも持ち上げるということが全然無いので、ハイCに聞こえないのです。この日のハイCは、ヴェルディの2曲、“ラ・トラヴィアータ”の“わが後悔(o mio rimorso)”とアンコール最終曲”リゴレット“の”女心の歌(la donna è mobile)”の最後で聴けました。”o mio rimorso”は最後の”lavero♫”の繰り返しを2回、空白にしてピアノに委ね、その後、スクッとハイCが立ち上がるというコンサートバージョン。背中がゾクッとしました。METで聴いた時は、ヴィオレッタがダムラウだったのですが、対するアルフレードがあんなに「知的」に見えたことはありません。だいたい、アルフレードは、軟弱か未熟成、あるいはアントニオ・ポーリのように「可哀そう」という感じになるのですが、フローレスだとインテリジェンスに溢れた美青年になってしまいます。
 先週、新国立で“ラ・トラヴィアータ”を見たばかりなので、そっちに話がいってしましましたが、この日のコンサートはベッリーニの小品から始まりました。まずは喉をならすという感じ。そして、1曲ピアノのソロが入って、ドニゼッティが2曲。”人知れぬ涙“も素晴らしかったですが、エドゥガルドの「我が祖先の墓よ」は1曲で、”ランメルモールのルチア“のオペラの世界に引き込まれてしまいました。そしてヴェルディは、トラヴィアータの前に珍しい”アッティラ“からフォレスト(だと思いました)のアリア「おお悲しいことよ!」は、初期のヴェルディの軽さをノーブルな声で表現して、これも素晴らしいものでした。
 長めの休憩の後は、レハール、マスネ、ビゼー、プッチーニと続きました。最後にプッチーニを持ってきたことで、これからこの作曲家の作品を歌っていくのかなと思わされました。7時に始まって8時45分くらいで、全曲終了。ところが、この後のアンコールが凄かったのです。海外でフローレスのリサイタルを聴いた人から、アンコールは「フローレス歌謡ショ−」みたいになると聴いていましたが、その通り。第3部が始まりました。ギターを持って登場すると、最近レコーディングして発売された新CD“ベサメ・ムーチョ〜ラテンアルバム”から4曲連続で歌いました。ギターも上手い!それもそのはず、彼は、10代の頃はもともと出身国のペルーでシンガーソングライターとして、ギター片手にライブをしていたそうです。そして、鳴り止まぬ拍手に応えて、さらにアンコールは続き、“グラナダ”、“誰も寝てはならぬ”、“女心の歌”と続きました。個人的には、フローレスにヴェリズモまで行ってほしくはないですが、プッチーニも良かったですね。ここ10年で序々に声が重くなって来ているので、歌う曲も変わってきたのだと思います。今は、声に芯があって、“誰も寝て葉ならぬ”のようなずっしりとした曲もこなします。フローレスの声をポルシェの6気筒対向エンジンの音、と言った人がいましたが、今や12気筒エンジンのようです。

 ひとつ残念だったのは、かなり空席が目立ったこと。特に1階の後方と2階が空いていました。やはり、ピアノ伴奏のリサイタルとしては高めの料金が響いたのでしょうか?これだけ素晴らしい公演なのに、ちょっと残念な気がしました。
 さて、次にフローレスを聴けるのは、どこででしょうか?“ウェルテル”なんか聴きたいですよねー。

下に曲目とアンコール曲目の手書きパネルの写真を付けます。
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・ベッリーニ:「お行き、幸せなバラよ」
  ”Vanne, o rosa fortunata” (Bellini)

・ベッリーニ:「喜ばせてあげて」
  ”Ma rendi pur contento” (Bellini)

・ベッリーニ:ラルゴと主題 ヘ短調(ピアノ・ソロ)
  Largo e Tema in Fa Minore per Pianoforte solo (Bellini)

・ドニゼッティ:オペラ《愛の妙薬》より「人知れぬ涙」
  “Una furtiva lagrima”, from L’elisir d’amore (Donizetti)

・ドニゼッティ:オペラ《ランメルモールのルチア》より
「わが祖先の墓よ……やがてこの世に別れを告げよう」
  “Tombe degli avi miei… Fra poco a me ricovero”, from Lucia di Lammermoor (Donizetti)

・ヴェルディ:歌のないロマンツァ ヘ長調(ピアノ・ソロ)
  Romanza senza parole in Fa Maggiore per pianoforte solo (Verdi)

・ヴェルディ:オペラ《アッティラ》より「おお、悲しいことよ!でも私は生きていた」
  “Oh dolore! Ed io vivea”, from Attila (Verdi)

・ヴェルディ:オペラ《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》より
「あの人から遠く離れて…燃える心を…おお、なんたる恥辱」
  “Lunge da lei… De’miei bollenti spiriti… O mio rimorso” , from La traviata (Verdi)

・レハール:オペレッタ《微笑みの国》より「君はわが心のすべて」
  “Dein ist mein ganzes Herz”, from Das Land des Lächelns (Lehár)

・レハール:オペレッタ《パガニーニ》より「女性へのキスは喜んで」
  “Gern hab’ich die Frau’n geküsst”, from Paganini (Lehár)

・レハール:オペレッタ《ジュディッタ》より「友よ、人生は活きる価値がある」
  “Freunde, das Leben ist Lebenswert”, from Giuditta (Lehár)

・ドニゼッティ:ワルツ ハ長調(ピアノ・ソロ)
  Valzer in Do Maggiore per pianoforte (Donizetti)

・マスネ:オペラ《ウェルテル》より「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」
  “Pourquoi me réveiller”, from Werther (Massenet)

・ビゼー:オペラ《カルメン》より「お前の投げたこの花を」(花の歌)
  “La fleur que tu m’avais jetée”, from Carmen (Bizet)

・マスネ:オペラ《タイース》から 瞑想曲
  “Meditation from Thais (Massenet)

・プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》より「冷たい手を」
  “Che gelida manina”, from Labohéme (Puccini)

「椿姫」新国立劇場

 5日のマチネに行って来ました。ヴァンサン・プサールの演出のこの演目も今回でたしか3回目になるかと思います。全回見ていますが、今回は舞台美術がだいぶ変わったようです。特に1幕目のヴィオレッタの夜会のシーンでは、ブルーの床と壁が一体化して、不思議な3次元空間を作っていました。全幕を通じて鏡をうまく使い、非常に美しい舞台を構成していました。3幕目のヴィオレッタの病床の舞台は、賛否両論あるようですが、紗幕のようなカーテンがヴィオレッタと他の人々を隔てており、ここで既にヴィオレッタが亡くなっていることを明示しています。つまりカーテンの向こう側は、「この世」で、手前側のヴィオレッタのいる方は「あの世」なのです。このカーテンも美しかったです。ただ、今までよりもちょっと生地が厚くなったような気がして、多少声の通りが悪くなっていたかもしれません。いずれにしろ、ヴィオレッタはこの時点でもうこの世から去っているのです。ですからラストで立ったまま倒れずに、両手を挙げて暗転になるのだと思います。

 また、この幕でベッドの代わりをするピアノは、1幕目から舞台の中央で存在を誇示するようになっています。これも賛否両論(というよりは「否」の意見のほうが多いようですが…)あるようですが、僕はヴィオレッタのモデルになった、マリー・デュプレシ(アルフォンシーヌ・プレシ)の最愛の恋人だったフランツ・リストを暗示しているのだと思います。(リストは当時、超絶技巧ピアニストとして名を馳せていた)リストは、マリーを残して旅に発ち、結局戻ってこなかったのです。しかし、この演出が僕の考える通りだとしても、少しプサールの自己満足的な表現かもしれませんが。。。

 タイトルロールのギリシャ人ソプラノ、ミルト・パパタナシュはヴィジュアル的には、文句のないヴィオレッタです。この役でデビューをし、得意としているそうです。歌唱力もあり、感情表現も上手いのですが、やや気持ちが入りすぎていて、聴いているほうが付いていけないところがありました。アルフレードやジェルモンとの2重唱でも、テンションの違いが大きかったと思います。もっとも、これはアルフレードの場合は、ドミニク・チェネスの力不足も大きいでしょう。すぐに息が上がってしまうようで、音程もちょっと怪しい。乾杯の歌は、最初の出だしで「やらかして」いました。ジェルモンの須藤慎吾は素晴らしい歌唱で、この日最も多く拍手をもらっていました。いわゆる高めのヴェルディバリトンではなく、低めで立派に歌っていましたが、威厳がありすぎて、2幕目第一場のヴィオレッタとの2重唱も、序々に、同じメロディーを歌って徐々に感情が一体化していく、その一番の聴き所の印象が薄いのです。ジェルモンには彼なりの苦闘があると思うのですが、そういうところが余り感じられずに、むしろすっかり割り切ってしまっているという感じがしました。

 それでも、3幕目のパパタナシュのアリア「道を踏み外した女」は素晴らしい出来でしたし、二重唱の「パリを離れて」も心を打つものがありました。

 指揮のレプシッチは新国立初登場。「破綻の無い指揮」という感じで終始していましたが、二幕目、三幕目で、舞台が盛り上がるところで、オケのトーンが落ちてしまい、「おやっ?」と思うことがありました。あくまでも、歌手を浮き出させようとする主旨なのでしょうか?

 色々とネガティブなことを書きましたが、美しい舞台と充分な水準の歌手で、楽しめた公演でした。

 なお、幕間に、1階のロビーのヴェルディ協会のブースに立っておりました。お立ち寄り頂いた皆様に感謝致します。ヴェルディ協会では、来年2月1日にサントリーホールブルーローズで「創立20周年ガラコンサート」を開催します。どうぞ、皆様お越しくださいませ。

指揮:イヴァン・レプシッチ
演出:ヴァンサン・プサール

ヴィオレッタ:ミルト・パパタナシュ
アルフレード:ドミニク・チェネス
ジェルモン:須藤慎吾
フローラ:小林由佳
アンニーナ:増田弥生
新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー管弦楽団

マリインスキー歌劇場「スペードの女王」

 11月30日の東京文化会館でのマチネに行って来ました。ゲルギエフの十八番のこの作品ですが、日本で公演されることは滅多にありません。僕も生で聴くのは初めてです。

 何よりも、チャイコフスキーの音楽が美しい!序曲はロマンチックで、かつロシアの荒々く広大な大地を感じさせる(なぜか、映画「ひまわり」を思い出してしまいます)壮大な響きが素晴らしいです。3幕目の序曲などは、ウルウルしてきました。ゲルギエフの指揮は、抑え気味ですが、弦のハーモニーを美しく浮きだたせていました。

 歌手では、リーザ役のイリーナ・チュリロワが感情が良く表されたゴージャスな声で魅了されました。3幕でのゲルマンを待っての「悲しみにも疲れ果てた」は絶品。ただ、対するゲルマンのミハイル・ヴェクアが今ひとつでした。高音を持ち上げるようなかったるさがあり、情感がこもらないフラットな歌い方、声量もチュリロワに比べて劣るので、二重唱が盛り上がりませんでした。この役を得意としていると言う、ダブルキャストで12月1日に歌うウラディミール・ガルージンを聴いてみたかったです。

 トムスキー伯爵を歌ったバリトンのウラジスラフ・スリムスキーは安定していて、歌にも演技にも余裕があり、舞台を締めていました。エレツキー公爵のロマン・プルデンコも同じくバリトンですが、ちょっと声を作っている感じ。しかし、公爵という役柄にはあった作り方(威厳のある)で悪くなかったです。

 合唱が多い作品ですが、合唱団は奥行きがあって素晴らしい歌唱でした。

 舞台美術と衣装は、クラシックとモダンを折衷したもので、非常に洒落ていて良かったと思います。ただ、演出は少しだるい。人の動きが緩慢としていて音楽に合っていない感じがしました。特にリーザが死ぬシーンは、川に飛び込むのではなく、次の場面の賭博場の中をゆっくり歩いて消えて行くのは、やや目障り。

 全体に上質なオペラを見た感じがしましたが、「長かった」と感じてしまったのは、筋書きがちょっと退屈なのですね。プログラム(¥1,500-でとても充実していました!)にも詳しく書いてありましたが、プーシキンの短編小説を伸ばして、色々と場面を加えて作られたオペラ作品とのこと。個人的にはプッチーニの「外套」のように、短編小説っぽいオペラにしてくれたほうが良かった感じがしました。ダブルビル用とか、トリプルビル用にするとか、、、、これを、今ここで言っても全くしかたないんですが。。

 ともあれ、この作品と「マゼッパ」というマイナーな作品を持ってきてくれたマリインスキー歌劇場とジャパン・アーツに大感謝です。「椿姫」ばかりの来日引っ越し公演の中で、このようなプログラムは光ります。

指揮:ワレリー・ゲルギエフ

演出:アレクセイ・ステパノフ

ゲルマン:ミハイル・ヴェクア
トムスキー:ウラジスラフ・スリムスキー
エレツキー:ロマン・ブルデンゴ
チェカリンスキー:アレクサンドロ・トロフィモフ
スーリン:ユーリ・ウラソフ
チャプリツキー:アンドレイ・ゾーリン
ナルーモフ:ドミトリー・グリゴリエフ
伯爵夫人:アンナ・キクナーゼ
リーザ:イリーナ・チュリロワ
ポリーナ:ユリア・マトーチュキナ(ミロヴゾール「ダフニス」)
マーシャ:キラ・ロギノヴァ
プリレーパ(クロエ):アンナ・デニソヴァ
児童合唱:杉並児童合唱団
マリンスキー歌劇場合唱団、管弦楽団

「二人のフォスカリ」と「ルイーザ・ミレル」

 レオ・ヌッチの引退というニュースを聞いて、すっかり落胆してしまい、パルマで聴いた2つのオペラの感想を書いていませんでした。それにしても、今回聴いたGALAが最後になったのかなぁ。

「二人のフォスカリ」を生で見るの初めてです。Tutto VerdiのBlueRayでは何度も見ていたので、この演目もヌッチのイメージが出来上がっているのですが、今回は、今、人気上昇中のウラジミール・ストヤノフが老フォスカリ、日本でもお馴染みのステファン・ポップ(今も来日中のはず)がヤコポ・フォスカリでした。会場は、パルマ王立劇場。海外の劇場の中では、一番回数多く訪れているところで、きれいだし、大きさも中くらい(1500名)で丁度良く、来ている人も適度にドレッシー、適度に老若男女入り交じり、そして、バーも充実しています。(休憩が短いのですが。)

 この公演、指揮がとても良かったです。パオロ・アリバベーニという指揮者は初めてでしたが、全体にレガートで、高まるところをギューッと締めるという感じの指揮で、メリハリがついていて良かったです。歌手ではなんと言ってもストヤノフが、気品があり、老フォスカリの悲しさがそのまま声になったような表現力とあいまって、舞台を支配していました。このくらいの力量があると、ヌッチのイメージも消えますね。ステファン・ポップも非常に良かったのですが、声量がややあり過ぎて、ピアニシモを多用するストヤノフとの対比がちょっと気になりました。ヒロインのルクレツィアを歌ったマリア・カザルヴァは初めて聴きますが、終始叫びまくっていたイメージ。それと、ブレスの音がきつくて気になりました。あまり評価できません。

 演出、舞台美術は秀逸でした。舞台の奥がアーチ状の壁になっているのですが、それがすだれのような板で構成されていて、そこにモノクロ10人委員会のメンバーの顔が出たり、幾何学的な模様が出たり、単なる素通しになったりするのが、とてもシンプルで洒落ているのです。ヤコポが投獄されているところは天井から鎖が何本も下がってきて表現します。歌手の衣装は時代物ですが、舞台のほうは現代っぽい。お金はかけないが、ドイツの歌劇場みたいな、素っ気なく、かつ難解なものとは違って、好感が持てました。t05_c.jpg  フォスカリのステージ(後方の壁上部にグラフィックが出る)

 この演目、日本でついぞ上演された記憶がないのですが、まあ、あまりにも地味すぎるのでしょう。地味と言えばシモン・ボッカネグラも地味なのですが、フォスカリは地味な上に、役柄の持っている憎しみや悲しみの必然性が良くわからないのです。シモンでは、なぜ、フィエスコがシモンを憎んでいるのかが、25年前のプロローグから良くわかるのですが、フォスカリの場合はロレダーノがなぜフォスカリ一族を滅亡させるまで恨んでいたのかが明確ではありません。

 とは言え、美しいオペラでした。

翌日は、場所を変え、修復中の市内中心部にある、聖フランチェスコ教会を会場にした「ルイーザ・ミレル(ミラー)」でした。僕たちの泊まったフラットから歩いて3分、休憩時にトイレに戻れるくらいの距離で便利でした。教会の内外すべてが足場に覆われており、まったくの建築現場。ここをオペラの舞台にしてしまうなんて、すごいアイデアですね。同じ市内にある、ファルネーゼ劇場を使う手もあったと思うのですが、教会の方が視覚的にも音響的にもインパクトあります。

 この日の指揮はロベルト・アバド。今回のフェスティヴァル・ヴェルディの総監督でもあります。彼の指揮を聴いた人からは、絶賛の声は聞いていなかったので、それほど期待していなかったのですが、なかなか良かったです。オケを強くコントロールするという感じではなく、適宜、比較的自由に泳がせておいて、要所を締める、フォスカリよりももっとゆったりとした感じで、この演目にはあっていました。安心して聴けました。ルイーザのフランチェスカ・ドット。レッジェロなしかし、良く通る声。装飾歌唱も美しく、芝居もなかなか良かったし、満足です。ロドルフォを歌ったアマディ・ラーニャ、父ミラーのフランコ・ヴァッサーロ、ウルムのガブリエレ・サゴナ、伯爵のリカルド・ザネラートと皆、水準以上の歌唱でしたが、この日はフェデリカのマルティナ・ベッリが急に降板し、代役となった歌手(アナウンスだけだったので名前を覚えていません)が、いまひとつでした。アンダーとして良く練習しているのはわかるのですが、何せ声量がなさ過ぎて、他の歌手とのやりとりが厳しかったです。

 演出は、舞台美術に関して言えば120点。教会の石壁と、そこにかけられた足場を有効に利用し、カーテンのない舞台で、幕間の舞台の変換も演出していました。なかなか、こういうのを体験する機会はないと思います。しかし、演出はラストでずっこけました。というのは、最後、死ぬのがルイーザ、ロドルフォ、ウルムの3人だけではなく、残りの出演者全員が死んでしまうのです。ロドルフォが、招待客の入っていない、フェデリカとの結婚式場のテーブルにあるワインカラフェ(20くらいある)すべてに、手に持った小瓶から毒薬を入れてしまい、最後はこのワインで全員乾杯でした。これでは、ストーリーも代わってしまいます。ボルジア家みたいですね。そこまでは、演出とても良かっただけに、ちょっと気が抜けてしまいました。

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フランチェスコ教会

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ルイーザ・ミレル カーテン(?)コール

 しかし、数年前にはその年の5月になっても、演目どころか開催も危ぶまれていたA「フェスティヴァル・ヴェルディ」、今年はすでに来年の演目が発表されていたのにはびっくりしました。強力なスポンサーが付いたのでしょうか?来年は、王立劇場で「イ・ロンバルディ」、「エルナーニ」、ブッセートで「リゴレット」、フランチェスコ教会(まだ修復中か?)で「マクベス」です。詳細は1月末に発表のようですが、期待できますね。

レオ・ヌッチ引退!

先週、パルマで聴いたばかりなのに、その後、衝撃的ニュースです。レオ・ヌッチが引退。7月にはリゴレットは歌わないと言っていたので、だんだんとレパートリーを絞って行って、最終的にはリサイタルだけにするのかなと思っていいたのです。ですが、どうも記事 を読むと、完全にリタイアのようです。いつかそういう時が来ると思っていたのですが、実際そうなると実に寂しい。ヌッチ以外にシモン・ボッカネグラを歌うバリトンは考えられないです。来年のスカラ座来日でジェルモンを歌うと発表されていましたが、現時点でNBSのホームページを見るとキャストの表示がなくなっているようです。ヌッチがいなくなると、海外まで出かけてオペラを聴こうという意気込みが半分くらいダウンしますねー。

残念

パルマ王立歌劇場の「ヴェルディ・ガラ」

しばらく、ブログをご無沙汰してしまいました。その間に新国立の「エウゲニー・オネーギン」に行きましたが、あまりぱっとしませんでした。指揮、歌手ともにまずまずというところだったのですが、演出がだるかったです。特に舞台美術。左右対称になっている幕が多く、且つ屋外のシーンが無い。2000年の舞台では、窓の外に秋の木がのぞいていたりして、詩情があったのですが、今回は、閉塞的で退屈でした。

さて、このオネーギンを見た翌日からヨーロッパに渡り、イタリア、パルマでのフェスティヴァル・ヴェルディに行って来ました。見て来たのは3演目、「ヴェルディ・ガラ」、「二人のフォスカリ」、「ルイーザ・ミラー」です。その中でも一番チケットが取りにくかったのは、10月10日、ヴェルディの誕生日だけに開催される「ヴェルディ・ガラ」。レオ・ヌッチが出るのですから当然でしょうね。

 会場はパルマ王立歌劇場。王立と言っても、パルマに王様がいるわけではないのですが、19世紀のパルマ王国の名残りです。なかなか格調高い劇場です。席数も1500と、イタリアの地方劇場としては大きなほうです。

 チケットを取った当初は、ヌッチと、イリーナ・ルングが共演する予定になっていましたが、ルングは降板。新進ソプラノのアナスターシア・バルトリ(チェチリア・バルトリではありません。)がステージに立ちました。彼女の最初の歌は、オテロの「柳の歌」。高音の伸びは普通という感じですが、中低音部の輝きと表現力が素晴らしい。「運命の力」のアリア「神よ平和を与えたまえ」は特に中音部が多く、聴き応えがありました。

 さて、ヌッチのほうですが、もはや77歳。レーナート・ブルゾンもこの年齢ではほとんど引退していた歳です。しかし、彼は超人ですね。この日も絶好調。「ドン・カルロ」4幕の「終わりの日は来た」、「二人のフォスカリ」1幕からの「やっと一人きりに。」など、高音のシャープさは昔のようにはありませんが、その分重みを増して、中低音部の節回しと迫力は、この年齢になってもまだ進化しているようです。彼は、6月のスカラ座の「リゴレット」の公演を最後に、この演目を封印したそうですが、それを知ってか、アンコールでは、観客から「リゴレット!リゴレット!」の歓声が。応えて歌った、「悪魔め、鬼め」は凄みを感じるものでした。ここ5年くらい、「そろそろ危ない(引退)のでは」と思い、ヌッチを追いかけていますが、この分ならまだまだ大丈夫そうです。来年のスカラ座来日でもジェルモンを歌うようですね。

アンコールの後には、フェスティヴァルで「二人のフォスカリ」のヤコポ・フィエスコを歌っているステファン・ポップが加わって「乾杯の歌」が始まり、これと同時に、大勢の劇場スタッフが観客にシャンパンを配り始め、本当に「乾杯」の歌になりました。いや、洒落ていますよね。2020年のフェスティヴァルの演目ももう発表されました。
リゴレット、マクベス、イ・ロンバルディ、エルナニだそうです。つい数年前まで、6月頃まで演目がわからずに、開催されるかも不安だったこのフェスティヴァル、スポンサーが増えたのでしょうか?ずいぶんと充実した内容になってきました。

 ヌッチは、この日の昼頃、パルマの公園内のヴェルディの銅像の前で行われた、「生誕のレセプション」にも出席していました。そして、レセプションの最後に、出席者と「ナブッコ」の「黄金の翼に乗って」を歌っていました。合唱団の一員です。すごい豪華な合唱を聴かせてもらいました。

あ、忘れてました。この日の指揮はチャンパ。僕の大好きな指揮者です。オーケストラが、エミリアのユースオーケストラでしたので、彼の力が最大限に発揮されたとは言えませんが、若い団員を実に丁寧に指揮をしていました。

追加

プラティアの最後部から聴きました。とても近い感じがします。

金箔舞う中「乾杯の歌」

金箔舞うなかで「乾杯の歌」

追加乾杯

観客も「乾杯!」







ランスへの旅 藤原歌劇団

 台風迫る新国立劇場に、ランスへの旅を聴きに行って来ました。この演目は大好きです。ロッシーニの作品の中でも一番好きだと思います。ただ、あまり上演されないので、今回の観劇も2015年の日生劇場での藤原の公演以来です。藤原歌劇団主催ですが、新国立劇場と、東京二期会も共催。最近、こういう相互乗り入れが増えてきて良いですね。

 ランスへの旅は、17人もの登場人物が出て来て、「黄金の百合亭」という温泉リゾートホテル(?)を舞台に、ドタバタを繰り広げるオペラブッファなので、そこのところを「面白くない」、「浅薄だ」という向きもあるようです。が、そこに描き出される人間関係と人物描写は素晴らしいものです。そして、音楽もどこを切り取っても、すぐに口ずさめるような美しく印象的なメロディーライン。時代も出自もちょっと違いますが、リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」に似ていますね。このオペラも僕は大好きです。

それにしても、これだけの人数の歌手をダブルキャストで揃えた藤原の実力は凄いものですね。最後の14重唱を歌うキャストだけでも計28人です。その中で、何と言ってもコリーナの光岡さん、美しい声と装飾歌唱。最後の新国王シャルル10世を讃える「即興詩」は、ハープだけをバックにみごとなものでした。そして、今回初めて聴いたフォルビル伯爵夫人の横前さん。パルマを中心に活躍しているそうですが、感情表現が素晴らしい。そして、コロラトゥーラが聴衆を天国に導くメリベーア公爵夫人の富岡さん。明るく輝くヴァリトンの上江さんのドン・アルヴァーロ。上江さんは今年、二期会から藤原に移りました。ミラノに長いこと住んでいてイタリアオペラに造詣の深い彼には、藤原のほうが出番が多いと思います。そして、甘い声で最近どんどん出演が増えている糸賀さんは、騎士ベルフィオーレを歌いました。ホセ・ブロスの声を彷彿とさせるような、彼独特のテノール。高音がちょっと割れるところがありましたが、どんなにゆったり聞いていても、目をつぶっていても、彼の声はわかります。ピーター・グライムスとか、こうもり、フィデリオとか、英独系のオペラでの出演が多かったのですが、彼もやはりイタリアオペラにぴったりな声ですね。

それと、本編では重要な役ではないのですが、マッダレーナの高橋未来子さん、幕が開いて最初にしばらくの間、歌う役なんです。これがしまらないとオペラが最初から崩壊する。いや、素晴らしいスターターでした。「夢遊病の女」の最初のリーザなんかもそうですが、主役ではないけど、とても重要な役です。

 園田マエストロの指揮は、アルベルト・ゼッダを彷彿とさせる、優雅で明るい音楽作り。

 そして前にも書いたかもしれませんが、最後の大団円のシーンでかかる荘厳な曲が、チャイコフスキーのバレエ曲「眠れる森の美女」の”アポテオーズ”という最終曲、そのものだと言うこと。この頃は著作権なんか意味なかったんですね。この曲は19世紀にはフランスで大評判になり、フランス第二の国歌(16世紀のアンリ4世への賛歌)と呼ばれていたそうだということ。このアポテオーズは世界バレエのカーテンコールにも使われています。https://www.youtube.com/watch?t=17&v=kOxeQY59YNo

とにかく、1幕のわりには、休憩込みで3時間と比較的長いオペラですが、飽きることなく堪能しました。


指揮:園田隆一郎
演出:松本重孝

コリンナ:光岡暁恵
メリベーア公爵夫人:富岡明子
フォルビル伯爵夫人:横前奈緒
コルテーゼ夫人:坂口裕子
騎士ベルフィオーレ:糸賀修平
リーベンスコフ伯爵:山本康寛
シドニー卿:小野寺光
ドン・プロフォンド:押川浩士
トロンボノク男爵:折江忠通
ドン・アルヴァーロ:上江隼人
ドン・ルイジーノ:田島達也
ドン・ルイジーノ:曽我雄一
デリア:中井奈穂
マッダレーナ:高橋未来子
モデスティーナ:田代直子
ゼフィリーノ:有本康人
アントーニオ:田村洋貴

合唱 藤原歌劇団合唱部/新国立劇場合唱団/二期会合唱団
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団



 

カルミナ・ブラーナ by Bunkamura

K-Ballet Companyの公演を9月4日にオーチャードホールで見て来ました。寸前まで行けるかどうかわからなかったのですが、何とか間に合いました。赤坂からタクシーで駆けつけたのですが、渋谷界隈混んでいてハラハラしました。なにしろ、一幕仕立てで、遅刻したらあとから入場するタイミングが全くないんですから。

 今回の目玉は、指揮がバッティストーニだということ!去年3月にも新宿文化ホールでオペラ形式のカルミナ・ブラーナを振っていますね。こういう劇的な曲目はバッティの十八番です。ただ、今回は、思ったほどの「爆発」はなく、どちらかというとシャープに切れ込む感じ。バレエと歌唱にうまく合わせていました。それでも、「フォルトウナ」のテーマの、地響きがするような迫力は、なかなか普通のバレエの演奏では聴けません。ちなみに余談ですが、このフォルトゥナのテーマは、映画「マトリックス」の最終作(レボリューションズ)の見所、主人公ネオとエージェントの対決に使われるバックミュージックにそっくりです。いや、こっちのほうがカルミナに似ているのですが。実際、あの音楽をカルミナだと思っている方も多いようですが、これは別物です。(参考 https://www.youtube.com/watch?v=vNCDtg7M3LA 1:14あたりから始まります。)

本題に戻ります。カンタータの歌唱では、初めて聴く今井未希がとても良かったです。合唱の上を飛んで来るような美しく鋭い声でした。一方、いつも良いと思う、バリトンの与那城敬がやや声がモゴモゴして聞こえたのは、ホールの音響のせいか?僕は3階の右の袖で聴いていたのですが、今ひとつ納得がいきませんでした。これは、合唱も同じくで、同じ新国立劇場合唱団でも、新国立劇場で聴いたカルミナほどの迫力を感じず、やや軽いと思いました。

 バレエは、熊川哲也渾身の振り付けという感じ。群舞は円を強調して、それが色々に変化するようになっています。これは迫力がありましたが、色々な要素が入りすぎていて、見る方からするとやや集中しきれない感じがありました。フォルトゥナはじめとする、メインのキャラクター達の踊りも素晴らしいのですが、もともとのカルミナ・ブラーナがシンプルな詩歌集であることを考えると、やや動きが全体的にtoo muchだと思います。

 ここらへんは、新国立バレエの前監督、デヴィッド・ビントレーの振り付けたカルミナが非常にシンプルで、インパクトが強かったのとどうしても比較したくなってしまいます。

 とは言え、バレエ、歌唱、音楽のすべてに、超一流を起用したこのような、総合芸術への挑戦がBunkamuraで行われたことは、非常に意義深いと思います。30周年記念ということですが、これからもこのような挑戦を続けて欲しいと思います。

演出・振付 熊川哲也
指揮 アンドレア・バッティストーニ
東京フィルハーモニー交響楽団
歌唱
 ソプラノ 今井未希
 カウンターテナー 藤木大地
 バリトン 与那城 敬
 合唱:新国立劇場合唱団、NHK東京児童合唱団

バレエ
 アドルフ 関野海斗
 フォルトゥナ 中村洋子
 太陽 高橋裕哉
 ヴィーナス 矢内千夏
 ダヴィデ 堀内将兵
 サタン 遅沢佑介
 白鳥 成田紗弥
 神父 伊坂文月
 他

トゥーランドット@新国立劇場

 7月21日日曜日のマチネに行って来ました。このチケットを予約した時(シーズンで数公演)、たしか中村恵理のリューのキャストで取っていたと思い込んでいたのですが、実際は砂川涼子のBキャストのほうでした。もちろん新国立に行ってから気づいたわけではないので、サプライズではなかったのですが。しかし、砂川涼子のリュー、この日の歌手の中で一番良かったと思います。ピアニシモからフォルテまで感情表現が美しく、カラフルな高音と相まって、死を覚悟していく3幕目のアリア「氷に包まれた貴女」はグッとくるものがありありました。この人、どんどん上手くなっていますね。(もちろん、昔から日本のディーヴァだったのですが)最近聴いたのでは、ジャンニスキッキのラウレッタ、ホフマン物語のオリンピア、ウェルテルのソフィーなどがありますが、どれも本当に素晴らしかったです。

 それに比べるとタイトルロールのジェニファー・ウィルソン、カラフのデヴィッド・ポメロイは、“並”というか”竹“というか、今ひとつインパクトにかけました。合唱がかなり強力なので、それに打ち消されるところがあったのと、二人とも高音がちょっと苦しいのです。リューに比べると、この二人の「思い」は底の浅いものなので、感情表現がうまく出来ていなかったというのは、的外れかもしれませんが、それにしても、心に響くところがありません。Aキャストのテオリン、イリンカイはどうだったのでしょうか?

 ティムールの妻屋秀和はさすがの安定感ですね。しかし、なぜBキャストは21日、一日だけだったのでしょう?

 話題になっている演出、賛否両論のようですが、僕は、とても良かったと思います。最近であれば、ゲーム・オブ・スローンズ、ちょっと昔ならマトリックスのザイオン(演出家のオリエは「ブレードランナー」を引き合いに出していますが)を思い出させる無機質で垂直的な舞台は、スペクタクルでした。オリエは、このオペラは残忍な権力について語っていると言っていますが、僕がいつもこのオペラを見て、最後に帳尻合わせのように「愛」を語っているのに、違和感を覚えていたのが、オリエの言葉ですっきりとしました。そして、リューが自害したことに、オロオロするような仕草で、亡骸のそばを離れないトゥーラン・ドットも、最後に「彼の名は愛」と言うと自刃します。カラフから愛を教えられたのではなく、リューから愛を教えられたという流れになっていると思いますが、このほうが自然。「リューの名は愛」ということですね。

大野和士の指揮は、いつものようにテンポがゆっくりしていました。バルセロナ交響楽団は緊迫感のある演奏でしたが、緊迫感がやや強すぎて、プッチーニの甘いメロディがやや霞んだかなという感じがありました。幕間にオーケストラのホルンが、「マイスタージンガー」の練習をしていてびっくりしましたが、(多分、バルセロナ響のコンサートでやるのでしょう)このトゥーランドットもちょっとワーグナーっぽいかなという感じがありました。

 最後に、、、合唱は凄かったですね。これは、再演される時にも3つの合唱団でかなえてほしいものです。

指揮
 大野和士
演出
 アレックス・オリエ
美術
 アルフォンス・フローレス
衣裳
 リュック・カステーイス
照明
 ウルス・シェーネバウム
トゥーランドット
 ジェニファー・ウィルソン
カラフ
 デヴィッド・ポメロイ
リュー
 砂川涼子
ティムール
 妻屋秀和
アルトゥム皇帝
 持木 弘
ピン
 森口賢二
パン
 秋谷直之
ポン
 糸賀修平
官吏
 成田 眞
合唱指揮
 三澤洋史
合唱
 新国立劇場合唱団
 藤原歌劇団合唱部
 びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱
 TOKYO FM少年合唱団
管弦楽
 バルセロナ交響楽団

今年後半の観劇予定

まだまだ梅雨は明けそうにありませんねー。

今年後半の観劇予定をリストアップしてみました。

7月
東フィル定期公演 チョン・ミョンフン指揮 シベリウスヴァイオリン協奏曲
新国立     トゥーランドット(新制作、リューが中村理恵)

8月
サントリーホール 小菅優、樫本大進コンサート モーツァルト ピアノとヴァイオリンのためのソナタ

9月
オーチャード カルミナ・ブラーナ バッティストーニ指揮 K-Ballet Company
新国立 ランスへの旅 藤原歌劇団 園田隆一郎指揮

10月
新国立 オネーギン
リスボン トッキーニョリサイタル(ブラジルの歌手)
パルマ王立歌劇場 ガラ・ヴェルディ レオヌッチ&イリーナ・ルング (ヌッチの見納めかも…)
パルマ王立歌劇場  二人のフォスカリ
パルマ王立歌劇場 ルイーザ・ミラー パルマ
パルマ王立歌劇場 ナブッコ
東フィル定期公演 プレトニョフ指揮 ビゼー交響曲第一番
新国立バレエ ロミオとジュリエット

11月
東フィル定期公演 ケンショウワタナベ指揮 ラヴェル、マーラー

12月
オペラシティ ファン・ディエゴ・フローレスリサイタル)

半年で14公演と、いつもよりだいぶ少ないのですが、今年は、 10月にパルマまで遠征するのです。ですので、ロイヤルオペラとトリエステ歌劇場の来日公演はあきらめました。パルマも5日連続の観劇になるので、体力的に持つかどうか、、後半の2演目はまだチケット取っていません。ヌッチのガラ公演は幸運にもチケットが直で取れました。彼も来年78歳!聴けるうちに聴いておこうというわけです。
あとは、バレエのカルミナブラーナをバッティストーニが指揮するのも楽しみです。そして12月のフローレス、ちゃんと来てくれるかどうかちょっと心配ですね。

とりあえず、ご報告

リゴレット ボローニャ歌劇場

 久しぶりのブログになってしまいました。その間に、二期会の“サロメ”、東フィルの定期公演(ラフマニノフとチャイコフスキー)、ジャズの“ベーストーク”の公演に行っているのですが、ブログに書けませんでした。また、機会があったら書こうと思います。

さて、6月21日、東京での初日の公演に行って来ました。海外からの引っ越し公演で上演されるヴェルディ作品は、最近はラ・トラヴィアータばかりになってしまい、昔は良く持って来られていた、ナブッコやエルナーニも殆ど無く、ドン・カルロでさえも最近はあまり聞きません。(昨年、バーリ歌劇場が“イル・トロヴァトーレ”を引っさげて来てくれたのが異例!)で、このリゴレットも久しぶり。もしかすると2013年のスカラ座来日以来かも。。。それでも、S席で¥34,000-という設定は良心的と言えます。今回、僕はオーチャードの3階2列目のB席で見ました。

 一番楽しみにしていたのが、タイトルロールを歌うアルベルト・ガザーレ。昨年のバーリ歌劇場の“イル・トロヴァトーレ”のルーナ伯爵で、素晴らしいヴェルディバリトンを聴かせてくれましたからね。今回も出色の出来でした。リゴレットの場合、どうしても、何度も聴いているレオ・ヌッチの素晴らしい歌唱が、デファクトスタンダードになってしまい、誰が歌ってもそれと比較してしまうので、分が悪くなるのです。今回も1幕目はそんな思いが頭をよぎり、耳はヌッチを求めていたのですが、2幕目以降は、ガザーレの熱唱に完全に入り込むことができました。声質もヴェルディを歌うにはぴったりだし、なにより声量にも音程にも余裕があります。「なんとか出している」という声ではないのです。そして、表現力と演技もうまい。ガザーレは、ヌッチの後継者と言っても良いと思います。

 デジレ・ランカトーレを聴くのは、2017年のマッシモ歌劇場の“ラ・トラヴィアータ”以来です。プログラムで、本人もインタビューに語っていますが、声質がだいぶ変わった、今やコロラトゥーラでジルダは歌わない、とのことでしたが、その通り、リリックながら、力強い「大人になった」ジルダを聴かせてくれました。ただ、高音のところで、こちらは「なんとか出している」という感じがしてしまうところがありました。そして、今回は、クリティカル版での上演ということなので、ジルダに限らず、高音で終わるところがけっこう多かったのがちょっと疑問でした。

 マントヴァ公爵を歌ったセルソ・アルベロ。ランカトーレとは良く一緒にリサイタルもやっている、仲良しです。明るい声ではないのですが、自分のスタイル(歌の最後の音を伸ばして、たたき切るようなスタイル)を持っていて、なかなかクールです。ただ、容貌のことを言って申し訳ないのですが、きれいに禿げていて、小太り、それで、一幕目は濃紺のガウンを着て出て来たので、3階からでは、僧正が出て来たのかと思ってしまいました。ガザーレが相当なイケメンなので、ここはちょっとバランス悪かったですね。それと、“女心の歌”でカデンツァが入っていたのも、クリティカル版らしくないですね。

このクリティカル版らしくないのの、最たるものは、第2幕最後の、リゴレットとジルダの二重唱 “Si vendetta(復讐だ)“のBis(劇中アンコール)をやったことでしょう。もちろん、僕も含めて観客は大喜びでしたが、相当矛盾していますね。ま、パフォーマンスが良かったので、グチャグチャ言わないで楽しんだ方が勝ちという感じでした。参考までに、昨今のこの場面のBisを習慣づけたヌッチ(とエレーナ・モシュク)のBisの場面をお聞きください。

https://www.youtube.com/watch?v=HAIA-6e2qoQ

 指揮のベルトラーミ、初めて聴きましたが、この日に限っては感心しませんでした。まず、序曲がしめってしまっている。管楽器がミュートがかかっているような音です。テンポも遅い。後半に行くに従って段々良くなりましたが、それでもオケが乗っている感じがないのです。今の若手だったら、チャンパなんかのほうが、ずっとヴェルディらしさが出せると思います。

 一番がっかりしたのが、演出。読み替えではないですが、舞台を現代に移しています。しかし、思わせぶりなトリックが多くて、舞台を見ていると気が散ってしまいます。1幕目では、ジョヴァンナがやたらに動き廻っているのですが、どうもその意味がわからない。2幕目では、半死体のような、ジルダ、あるいはモンテローネの娘が、舞台中央に座りこんでいて、気味も悪いし、意味も不明。3幕目では、“外套”のような船が舞台というのは、まあわかりやすいのですが、1-2幕目で色々と謎を振りまいた割には、「え、いきなり船?」と単純な舞台で肩すかしの感じ。ジルダが下着姿になるのも良くわからないし、息も絶え絶えのはずのジルダが、ヴィオレッタの最後みたいに、立ち上がるのも興醒めです。その他も突っ込みたいところばかり。

 総じて見ると、ガザーレの良さが突出していたと言える今回の公演でした。

指揮:マッテオ・ベルトラーミ
演出:アレッシオ・ピッツェック

リゴレット:アルベルト・ガザーレ
マントヴァ侯爵:セルソ・アルベロ
ジルダ:デジレ・ランカトーレ
スパラフチーレ:アブラーモ・ロザレン
マッダレーナ:アナスタシア・ボルドィレバ
ジョヴァンナ:ラウラ・ケリーチ
モンテローネ:トンマーゾ・カーラミーア

ボローニャ歌劇場管弦楽団・合唱団



新国立劇場 ドン・ジョヴァンニ初日

 5月18日金曜日、ドン・ジョヴァンニの初日に行って来ました。このプロダクションも2008年以来4回目になるので、もう見慣れた感じです。そろそろ新しい演出が欲しい気もします。

この日のお目当ては、ドンナ・エルヴィーラ役の脇園彩だったのですが、期待以上の素晴らしさ。透き通るような美しさで基本的にはレッジェーロですが、声の芯が通っていて重みもあります。コロラトゥーラも実に魅惑的。完全に世界レベルですね。実際活躍しているのも、欧州のほうが多いようです。そして、オッターヴィオを歌ったアルゼンチン人のファン・フランシスコ・ガデルが望外の出来!甘く、丸い声で気品があります。アジリタもうまい!脇園もそうですが、彼もロッシーニをたくさん歌っているようです。ロッシーニをうまく歌える歌手がモーツァルト、そして初期のヴェルディを歌うと、ひと味違いますね。オッターヴィオはほとんどの公演で、ちょっと馬鹿っぽい感じで表現されてしまうのですが、この日は違いました。こんなのは初めてです。

 タイトルロールのニコラ・ウリヴィエーリはどうだったか? 明るいバスで決して悪くないのですが、やや明るすぎて、平坦な感じがぬぐえませんでした。同じプロダクションで聴いた、クヴィエチェンやガッロのように、ジョヴァンニの悪さがにじみ出るような個性がないという感じがしました。レポレッロを歌ったニコラ・ウリヴィエーリは、完全にハズレ。1幕目最初からオケと合いません。これは初日だからしかたないとしても、声が良く聞こえない。だんだんと聞こえるようになってきても、実に薄っぺらい歌い方で残念無念。結果としてドン・ジョヴァンニとレボレッロのやりとりが、とても退屈なんです。この二人のやりとりがこのオペラのひとつの聴きどころなんですけどねー。

 同じような感じはマゼットの久保 和範、ツェルリーナの九嶋 香奈枝にも言えました。なんとか歌っているという感じ。九嶋も歌うのに精一杯で、スブレット感が全然出ていません。これなら、3月の新国立研修所公演でツェルリーナを歌った、21期生の井口侑奏のほうがずっと良かったです。

 ドンナ・アンナのマリゴーナ・ケルケジは尻上がりに良くなっていました。2幕目の「私が残酷ですって?」は聴き応えありました。そして、騎士長の妻屋さん、鉄板です。日本の歌手の中で、年間一番多く歌っているのがこの人ではないでしょうか?でも、どんな役でも「今ひとつ…」ということが全くないですね。凄いと思います。

指揮のカーステン・ヤヌシュケ、新国立初登場。歌手と合わないのは、先ほども言ったように、初日のせいで、この後の公演では改善されるでしょう。でも、モーツァルトのオペラは、指揮にヴィジョンが欲しい。どんな音楽にするのか、テンポや盛り上がらせ方、レチタティーヴォの扱い方などに、もう少し指揮者の意図がはっきりと反映されて欲しかったです。

新国立の過去のドン・ジョヴァンニがなかなか良かったので、ちょっと辛口なブログになってしまいましたが、脇園さんとガデルを聴くだけでも価値のある公演。まだチケットがあるようなら、是非行かれてください。

指揮 : カーステン・ヤヌシュケ
演出 : グリシャ・ アサガロフ
ドン・ジョヴァンニ : ニコラ・ウリヴィエーリ
騎士 : 妻屋秀和
レポレッロ : ジョヴァンニ・フルラネット
ドンナ・アンナ : マリゴーナ・ ケルケジ
ドン・オッターヴィオ : ファン・フランシスコ・ ガテル
ドンナ・エルヴィーラ : 脇園 彩
マゼット : 久保 和範
ツェルリーナ : 九嶋 香奈枝
合唱 : 新国立劇場合唱団
東京フィルハーモニー交響楽団

二期会「エロディアード」

 4月27日、オーチャードホールでの二期会公演、マスネの「エロディアード」に行って来ました。そのあとすぐに連休に入ってしまい、ブログアップするのを忘れてしまっていて、こんなに遅くなりました。

 二期会では、今年「二つのサロメ 〜 一つのストーリーから生まれた二つのドラマ」と銘打って、今回の「エロディアード」とリヒャルト・ストラウスの「サロメ」を上演するのですが、これはとても意欲的なプロジェクトだと思います。特に「エロディアード」のほうは、滅多に上演されない演目です。ただ、そのような素晴らしいマーケティング(?)がある一方で、当日会場で配られていたプログラムは全く貧弱で、あらすじさえも無いのです。あるのは、オペラ研究家、岸純信氏の解説が2頁だけ。これはこれで読み応えのあるものでしたが、比較的登場人物が多く、しかもセミステージ方式(ほとんど演奏会形式)で上演されたので、ストーリーの理解が出来なかった方も多かったのではと思います。僕は、幸い前もってネットでストーリーや登場人物の役柄については、知識を入れてきたので、なんとかついて行けましたが、それでも休憩時間にプログラムで確認したかったこともいくつかありました。

 このような簡素なプログラムしか配布しないなら、二期会は事前に、チラシやホームページで、「本上演のストーリーは、皆様前もってネットなどでお知りになってください」などと告知するべきではないでしょうか?藤原歌劇団のプログラムなどは、非常に丁寧で読み応えがありますが、二期会のそれは、概して観客フレンドリーではないように思います。

 さて、この日の公演で、何と言っても素晴らしかったのは、指揮のミッシェル・プラッソンと東京フィルハーモニー。この指揮者は、2016年の新国立での「ウェルテル」を指揮する予定でしたが、体調不良で、息子のエマニュエル・ブラッソンに代わったことを覚えています。だいぶ高齢のようで、椅子に座っての指揮でしたが、マスネの美しいメロディーを浮き出すように綴っていき、盛り上げるところは盛り上げる、フランスのグランドオペラの雰囲気を充分に堪能させてくれました。ただ、セミステージということで、本来4幕目に入るべきバレエが省略されていたのは、やや残念。

 歌手は、すべて日本人でしたが、サロメの高橋恵理と、ファニュエルの妻屋秀和が素晴らしかったです。この日は音響のあまり良くない3階の端で聴いたのですが、弱音から強音まで、ふくよかで強い声が届いてきて感動しました。ただ、ジャンの城宏憲とエロデの小森輝彦は、やや声がつぶれたように聴こえて、伸びにも欠けていたように感じました。

6月は、「サロメ」です。まだチケットが残っているようです。非常に良心的な価格設定ですので、皆様も是非!



東フィル定期公演@オペラシティ

 4月16日の東フィル定期公演に行って来ました。1月以来のバッティストーニです。

 バッティは指揮台に現れると、フランス語で「パリのノートルダムのために」と言って、おもむろに「ラ・マルセイエーズ」を演奏しました。この日に、大火災にあった、ノートルダム寺院に敬意を表したのだと思いますが、なかなか感動的でした。おそらく、急いで楽譜を用意して練習をしたのだと思います。

 この日は、東フィルの2019年度シリーズの初日、しかも新天皇の即位を控えているということで、前半は「王冠」、「戴冠式」とお祝いムードの強いメニュー。ウォルトンの「王冠」は、バッティの好きそうな歯切れの良い明るい曲。続く、モーツァルトのピアノ協奏曲は、小山実稚恵の、一音一音をきちんと、しかしまろやかな演奏が、なんだか懐かしい感じ。ちょっと、リリー・クラウスを彷彿とさせるような優雅さと上品さがありました。しかし、逆に言うと、最近の個性あるピアニストに比べると、自己表現にやや物足りない感じもありました。

 休憩をはさんで、チャイコフスキーの交響曲第4番。5番や6番に比べると演奏される機会は少ないですね。聴き応えがあったのは、第3楽章。弦楽器がすべてピッチカートで演奏され、演奏者は弓には手も触れません。中間部に来る木管のロシア民謡風の音楽とのマッチングがとても魅力的でした。そして、第4楽章は、爆発するような怒濤のパワー。バッティの本領発揮です。それにしても、先月のプレトニョフのハチャトゥリアンは、それ以上の爆発だったのですが、プレトニョフの指揮のアクションはミニマム。バッティストーニとえらい違いです。ムーティも若い頃から比べると、指揮の動きは少なくなっていますから、年齢にもよるんでしょうね。変なところが気になりました。

次の観劇は、二期会の「エロディアート」です。

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』
ウォルトン : 戴冠式行進曲『王冠』
モーツァルト : ピアノ協奏曲第26番『戴冠式』*
チャイコフスキー : 交響曲第4番
エルガー:『威風堂々』

*ピアノ:小山実稚恵

指揮:アンドレア・バッティストーニ
東京フィルハーモニー交響楽団

フィレンツェの悲劇 x ジャンニ・スキッキ

 4月7日の初日のマチネに新国立劇場に行ってきました。珍しいダブルビル(二作同時上演)形式。ただ、もともと、プッチーニのジャンニ・スキッキは、「三部作」の最後、「外套」、「修道女アンジェリカ」の後にトリプルビルとして上演されるのが、普通です。

 この日のダブルビルは、フィレンツェという街を基軸にした2作で、意欲的な企画ではありましたが、「フィレンツェの悲劇」、音楽的には素晴らしいのですが、ストーリーがあまりに単純でした。「悲劇」ですから軽いということはないのですが、登場人物三人の心理描写が出来ていなくて、筋立ての似た「外套」などに比べると、物足りないのです。そうすると、その後に来る喜劇の「ジャンニ・スキッキ」のインパクトも弱くなります。去年から今年にかけて、佳作とも言える「三部作」をMETと二期会で観劇したイメージがまだ僕の体内に残っているので、余計その物足りなさを感じました。

 「フィレンツェ」の歌手三人は、なかなかのレベルです。特に、ねっとりとしたグイードのグリヴノフ、クールなビアンカの斉藤純子のやりとりは魅力的でした。斉藤はフランス在住のようだが、もっと日本でも歌ってもらいたいものです。シモーネのグリヴノフも、輝くようなテノールで良いのですが、個人的にはちょっと声が高すぎて、心理的な表現には向いていないような気がしました。

 「ジャンニ・スキッキ」は、タイトルロールのカルロス・アルバレスが素晴らしかったです。「演技が出来て、歌もうまい」のを要求されるこの役に充分過ぎる実力を発揮していました。砂川涼子も村上敏明もうまいのですが、これだけ大人数の歌手が出るのであれば、若手の研修所上がりなど、サプライズがあっても良いのではとも思いました。

 演出は、オーソドックスなものでしたが、舞台美術が良かった….というか僕の好みでした。特に「ジャンニ・スキッキ」で登場人物が、皆、ミクロの決死圏みたいに、小さくなって文机の上で大きな封筒を開けたり、はかりに乗ったりするのは、目新しさはないけど、このストーリーには良く合っていたと思います。

 最後に指揮の沼尻竜典。どちらかと言えば、「フィレンツェ」のほうが、緊迫感があって、彼の良さが出ていたようです。だらだらとしたストーリーを、音楽で盛り上げていました。ただ、やはり、「三部作」の「外套」で彼の指揮を聴きたかったというのが本音。

今回から、新国立劇場の客席全席に、特製のクッションが付くようになりましたが、座り心地が良いです。この日のような短いオペラでも良いですが、ワーグナーなどの長い公演の時は、ずいぶん助かると思います。

■ツェムリンスキー「フィレンツェの悲劇」
– グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ
– シモーネ:セルゲイ・レイフェルクス
– ビアンカ:齊藤純子

■プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」
– ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス
– ラウレッタ:砂川涼子
– ツィータ:寺谷千枝子
– リヌッチョ:村上敏明
– ゲラルド:青地英幸
– ネッラ:針生美智子
– ゲラルディーノ:吉原圭子
– ベット・ディ・シーニャ:志村文彦
– シモーネ:大塚博章
– マルコ:吉川健一
– チェスカ:中島郁子
– スピネッロッチョ先生:鹿野由之
– アマンティオ・ディ・ニコーラオ:大久保光哉
– ピネッリーノ:高橋正尚
– グッチョ:水野秀樹


指揮:沼尻竜典
演出:粟國 淳
管弦楽:東京フィルハーモニー

ウェルテル@新国立劇場

 3月24日、日曜日のマチネの「ウェルテル」に行ってきました。今回の目当てはなんと言ってもシャルロット役の藤村実穂子。とは言っても期待ばかりではありませんでした。彼女は、どちらかというとワーグナーやマーラーのイメージが強く、フランス物は、リサイタルでカルメンを歌ったのを聴いたくらい。(これ素晴らしかったです!)ですので、若いシャルロットはどうかな?と思っていましたが、さすがですね。芯のしっかりした声に、やや鼻に抜けるような柔らかさを加えて、余裕たっぷりの歌い方。素晴らしいです。2016年の砂川涼子のシャルロットが台本通りの20歳だったとすれば、藤村実穂子は25歳くらいかなという感じはありますし、タイトルロールのサイミール・ピルグもコルチャックのような若さで押す歌い方ではないので、ちょっとオネーギンとタチヤーナみたいな感じもしましたし、そこを嫌った方もいるでしょう。でも、3幕目の「手紙の場」での長大な独唱は、まさに魂をゆさぶるような美しさがありました。ここを聴いただけでも、この日初台に来た甲斐あり。

 前述のコルチャック、2016年に新国立でウェルテルを歌い、大喝采を浴びました。この印象があまりに強く、それを知っている人には、今回のピルグはやや物足りない。いや、歌手としての出来には大満足なのですが、役の性格作りがちょっと中途半端なんです。コルチャックのように純真で、子供っぽいとまで言えそうなウェルテルと、カウフマンのような成熟したストーカーのようなウェルテルの間で、ややノーブルな感じに過ぎた感じがありました。しかし、藤村とのバランスはとても良かったです。そして「オシアンの歌」は素晴らしかった。Bravo!!! 残念なのは、歌が素晴らし過ぎたせいか、3階の観客の一人がまだ途中なのに拍手をしてしまい、ピルグに手で制止されていたこと。この人かどうかわかりませんが、この日は3階あたりから、不要な拍手がちょっと多かったですね。

 この公演は、ピルグ以外の歌手は全員日本人でしたが、実にクォリティが高かったです。ソフィーの幸田浩子も良かったです。彼女は台本での15歳という年齢にぴったりで、可愛らしいコロラトゥーラを聴かせてくれました。演技も秀逸。そしてアルベールの黒田博、このオペラでは憎まれ役になるのですが、声にその演技が籠もっていて秀逸でした。嬉しかったのは、研修所から応援している、糸賀修平(シュミット)と駒田敏章(ジョアン)が、存在感のある歌声を聞かせてくれたこと。糸賀の特徴のある甘い声を僕は大好きで、いつか新国立が初めて、ベッリーニをやってくれたら、この人のテノールを聴きたいなぁと思っています。(夢遊病あたりで。。。)

 指揮のポール・ダニエルは初めて聴きました。可も無く不可もなくという感じでしょうか?歌手によりそうようなところはとても良いのですが、序奏や間奏で、ところどころ音の立ち上がりが合わなかったり、なんとなく雑然として聞こえて、音楽の中に入り込むのが難しかったです。

 特筆したいのは、舞台美術の素晴らしさ、ニコラ・ジョエルの演出は2016年の再演ですが、特に4幕目の書斎の場の美しさ、一面の本棚と高い窓(おそらく)から床にこぼれる日の光の中で、ウェルテルが息絶えて行くシーンは本当に美しいものでした。ばらの騎士や、影のない女でも同じような手法が使われていましたが、新国立劇場の照明の素晴らしさは、世界に誇れるものだと思います。照明で泣かされるのは、この劇場だけです!

帰りに、チケット売り場で、まだ取っていなかった5月のドン・ジョヴァンニの席を取りました。その前に4月の「フィレンツェの悲劇、ジャンニ・スキッキ」のダブルビルです。

指揮:ポール・ダニエル
演出:ニコラ・ジョエル
美術:エマニュエル・ファーヴル
衣裳:カティア・デュフロ
照明:ヴィニチオ・ケリ
再演演出:菊池裕美子
舞台監督:大仁田雅彦

ウェルテル:サイミール・ピルグ
シャルロット:藤村実穂子
アルベール:黒田 博
ソフィー:幸田浩子
大法官:伊藤貴之
シュミット:糸賀修平
ジョアン:駒田敏章
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ
管弦楽:東京交響楽団

プレトニョフ ロシアンプログラム

 東フィルの定期公演で、オペラシティへ行きました。久しぶりのプレトニョフ。チャイコフスキーとハチャトゥリアンという、だいぶ雰囲気の違う、、というか正反対の作曲家のプログラム。

 「葬送行進曲の調子で」始まる“スラヴ行進曲は、まさにお葬式の重さを肩に感じるような序盤。やがて、勇壮な凱旋のメロディになるのですが、全体に重厚なイメージ。続いてのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35。ヴァイオリンは台湾生まれの若手“ユーチン・ツェン”つい最近、クルレンツィスとコパチンスカヤで聴いたばかりの曲ですが、これは、その時とは対極にある演奏。どっしりとして、古典的。言い方を変えると、やや退屈。グァルネリの音色は高音に伸びるのではなく、中低音を膨らませて聴かせるので、ヴィオラの協奏曲のようでした。ただ、もともと、それほどチャイコフスキー大好きというわけではない僕(家内は大好き)は、車の中などで、聴くことはないのですが、このユーチン・ツェンの音色なら、車のJBLのスピーカーを鳴らすのも悪く無いなと思いました。

 そして、後半はハチャトゥリアン。バレエ曲の「スパルタクス」のアダージョは、実に美しい。僕は2012年にボリショイバレエが来日した時に、全幕公演のチケットを取っていたのですが、体調を崩して行けなかったんですよねー。それが思い出されて、今更ながら悔しく思いました。

 でもって、最後は18本のトランペット(うち15本は、2階正面に位置します)が出てくる「交響曲第3番」。いやー、すごかったですね。ハチャメチャトゥリアンとでも言いましょうか。。。隣の家内は耳鳴りがしてきたと言っていました。僕は、それほどびっくりはしませんでしたが、この曲、どこが良いのかと言われても答えようがありません。ストラヴィンスキーの春の祭典とラヴェルのボレロの後半の不協和音の部分をくっつけたような感じ。一度は聴いておくのはいいかなという感じです。

 それにしても、このものすごい音の音楽を指揮するプレトニョフの動きは本当にミニマムなもので、静かな動きです。バッティストーニが振ったら指揮台がひっくり返りそうなのに。

東フィルの定期公演2018-2019分は、今日で終わりです。来年から席が少しだけ真ん中に寄ります。

次は、新国立のウェルテルです。

チャイコフスキー スラヴ行進曲変ロ短調op.31  
チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35  
ヴァイオリン、ユーチン・ツェン
ソロアンコール:タレガ アルハンブラ宮殿の思い出  
ハチャトゥリアン スパルタクス より アダージョ  
ハチャトゥリアン 交響曲第3番ハ長調 交響詩曲  
  オルガン、石丸由佳
アンコール:ハチャトゥリアン 仮面舞踏会 より ワルツ

指揮:ミハイル・プレトニョフ