プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ドーヴィルへの旅

 5月の連休後のフランス行きは短い旅行でしたが、フランスのバレエ、オペラ、そして映画という芸術にたっぷり浸ることができました。映画は見てない? そう、見ていないです。でも、フランソワーズ・トリュフォーのお墓参りをして、そして念願だったブルゴーニュ地方、ドーヴァー海峡に面した保養地、ドーヴィルに日帰り旅行に行くことができました。何で、ドーヴィルかと言うと、ここは、1966年のカンヌ映画祭でグランプリを取った(この頃は”パルム・ドゥール“はなかったので、グランプリがトップでした。)、クロード・ルルーシュ監督の「男と女」の撮影の舞台になったところなんです。

 僕が、「男と女」フリークであることは、たしかこのブログのどこかでも書いたことがあると思います。1966年というのは、僕にとってはエポックメイキングな年でした。まずは、ビートルズが来日したこと。この衝撃は何年か後に、僕自身を英国に留学する発端になりました。親にはそうは言いませんでしたが、
”The long and winding road”というのはどんな道だろう、というのが留学の理由だったんですよね。そして、この「男と女」の主題歌、フランシス・レイの「ダバダバダ、ダバダバダ」という曲がヒット。そして、同じボサノバのグループ”セルジオ・メンデスとブラジル‘66“の「マシュケナダ」大ヒット。ボサノバも以来50年間のフリーク状態です。

 「男と女」は、内容を色々と評論するような映画ではありません。ただ、ただ、美しく、アンニュイで、でも、一生のうちに一回くらいこういう事に出会う人が3人に一人くらいいるんじゃないかと思うような映画です。とは言え、ちょっとエピソード的なことを書くとすれば、この映画はもともと、自動車会社のフォードがルルーシュにコマーシャルフィルムとして依頼したもの。それが、ルルーシュの熱意で長編映画になったのです。とは言え、予算は限られていたので、フィルムは半分が白黒で、これで現在のストーリー展開部分を映します。そして、カラーフィルムを奢っているのは、ほとんどが過去の想い出の部分。想い出が輝いている、”女“の心を良く表しています。スタントマンもあまり雇えないので、運転の腕に自信のあった”男”のジャン・ルイ・トランティニアンがフォードの協力を得て、実際にモンテカルロ・ラリーに参戦しています。”男“の映画での役名は、ジャン・ルイ・デュロックで、”女”のアヌーク・エーメの役名の”アンヌ・ゴーチェ“よりも実名に近く、ほとんど本人が素のままで出ているということです。

 二人が出会ったのが、ドーヴィル。幼い子供達が全寮制の学校に入っていて、彼等に会いに来るというのが発端です。そして、二人がうまく行くかなぁというところになるのもドーヴィルのホテルのレストラン。しかし、アンヌの亡くなった夫の影が彼女を引っ張り、二人は別々にパリに。アンヌは乗り換えの鈍行電車で、ジャンは、ラリー仕様のムスタングハードトップの1964 1/2モデル。当然、ジャンの方が先に着き、パリのサンラザール駅でアンヌを迎えところで映画は終わりになります。

 今回の旅行、スケジュールがタイトだったので、ドーヴィルまで行くつもりはなかったのですが、サン・ラザールの駅まで行ってみたら、映画の時そのまんまのホームがありました。これで、どうしても行きたくなり、翌日一番の7:45の電車を席を取りました。もちろん帰りは、アンヌと同じように、途中駅“リジュー”で乗り換えの列車を選びました。

 どうぞ、あとは下の写真と映画を見てください。とりあえずはDVDで。そのうち飯田橋のギンレイホールでやると思いますので、その時はお知らせ致します。

th-th-DSC01181.jpgサンラザール駅のホーム、昔のまんま。ここにドーヴィルから帰ってきたアンヌが降り立ち、ジャンと再会します。
th-th-DSC01227.jpg木製の埠頭。モンテカルロから夜を徹して走ってきたジャンが、ここからアンヌと子供達を探します。
th-th-DSC01217.jpg映画でいつも映っていた埠頭の先端。20年後に封切られた”男と女Ⅱ”のラストシーンがここで撮影されました。
th-th-DSC01210.jpgこれも映画に出ていたドーヴィルならではのビーチの木道
th-th-DSC01183.jpgドーヴィルへの列車。運良く、かなり古い車両が来ました。おそらく60年代にも使われていたと思います。



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ロード・オブ・ザ・リングとニーベリングの指環

先週一週間、生まれて初めてニュージーランドに行ってきました。目的は、映画 ”ロード・オブ・ザ・リング” の撮影地やスタジオを巡る旅行。僕は、もともとがかなりの”オタク”気質で、これは趣味のオペラや、車、小説など色々な面で性格や趣味へののめり込みとして現れていますが、映画ではまったのが、一番は1966年のフランス映画”男と女”。そしてその次ぎ、最近2-30年では、2002年に第一作が公開された”ロード・オブ・ザ・リング”なんです。ですからここ10年前からは、この旅行を着々と計画してました。

ロード・オブ・ザ・リングは、映画だけでなく原作や周辺の物語(「ホビット」、「シリマリルの物語」、「終わりざりし物語」など)のきめの細かさ、イギリスっぽさ(最初のうちは読むのが苦痛なくらい理解しにくいが、だんだん盛り上がるという英国的マゾヒズム)では、同じく、かなりはまった”ハリー・ポッターシリーズ”をはるかに上回っています。南アフリカ生まれ、イギリス育ちの20世紀の偉大な小説家、J.R.R.トールキンの書きっぷりは、J.J.ローリングスよりも、むしろジョン・ル・カレ(ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ、スクールボーイ閣下などのジョージ・スマイリーシリーズ)に影響を与えているかと思います。ジョン・ル・カレは最後の15%くらいまでは読むのは拷問みたいですから、こちらのほうがマゾっぽさは強いかも。

映画は、「フェローシップ・オブ・ザ・リング」、「二つの塔」、「王の帰還」の三部作で公開されましたが、原作は文庫本にして10冊あり、かなり読み応えがあります。映画で見ていると、“息もつかせず”という感じがありますが、原作では「フェローシップ」の後半あたりで、主人公のフロド・バギンズとサム、そしてそれにゴラムの三人の旅、もう二人のホビット、メリーとピピンの二人の旅、そして重要な主人公であるアラルゴン(王)、ガンダルフ(魔法使い)、ギムリ(あとで映画”ホビット“で活躍するドワーフ族)、レゴラス(エルフ族)などの旅と、ご一行様は3ルートに別れ、それぞれのストーリーも分かれます。これらが複雑に入り組んで違う旅を続け、最後の最後にひとつにまとまる、というのがなかなかの醍醐味です。こういうのはイギリスっぽいんですよね。

トールキンは古い作家のように思われますが、実際には1973年まで生きていて、息子も同じオックスフォードの教授を務めて健在です。この”ロード・オブ・ザ・リング”の3部作が完成したのも第二次世界大戦後の1948年ですので、わりと最近なのです。ですので、この物語に強い関連性が感じられるアーサー王の伝説や、ワーグナーのオペラ“ニーベルングの指環”との相違性というのは、それらの物語からかなりの影響を受けているということになります。

特に、ワーグナーの大作、”ニーベルングの指環”との相似性は、映画ファンの間でもオペラファンの間でもあまり論じられていないようですが、(あるいは僕が知らないだけかも)相当なものだと思います。

ただ、指環の魔力という点では、ロード・オブ・ザ・リングの指環方が最初から圧倒的に強いものがあります。魔王サルロンの邪悪な思いやたくらみが嫌というほど籠もって、他のすべての指環とその持ち主を奴隷にしてしまうといういわば武器であるのに対し、ニーベルングの指環の方では、憎めない脇役のアルベリヒがライン川の乙女から盗んだ黄金を、ただたかなてこで叩いて指環にしたというだけで、そこにはまだ大きな意味は隠されていません。そもそもワーグナーの前夜の「ラインの黄金」では最初はまだ指環になっておらず、アルベリヒはラインの乙女とナイトクラブ遊びをしようと思って果たせずに、かわりにこの黄金を持ち帰ってきたという、軽い理由なんです。

しかし、一旦このラインの黄金が指輪になると大変な魔力を帯び、ワーグナーでは巨人族のファーフナーが兄弟のファーゾルトを殺して指環を独り占めにし大蛇に変身して守ることになります。そして指輪を持つ者は必ず死ぬ運命になると言う展開が広がります。一方の、トールキンのストーリーではホビットのスメアゴルが、仲の良い友人デアゴルと川釣りに来て、デアゴルが先に川底で指環を見つけ指環に魅入られてしまうのです。スメアゴルはデアゴルを絞殺して指環を自身のものにし、その魔力から"ゴラム"という指環を守る化け物になるというニーベリングに実にそっくりな展開になります。

ロード・オブ・ザ・リングのフロドはこの指環を持って旅するわけですが、オペラでは、ジークフリートがその役になっているということになるでしょう。性格的にはまじめで責任感の強いフロドと、思い上がりの強いジークフリーとではだいぶ違いますけど。。。「神々の黄昏」の最後にリングがラインの川と共に世界を飲み込んでしまうオペラのエンディングと、ロード・オブ・ザ・リングのハッピーエンディングもだいぶ違いますが、そこまでの間に出てくる場面や役は良くにています。

ヴォータンはサルマンとガンダルフを足したような存在で、彼の作ったワルハラはロード・オブ・ザ・リングの第二作「ふたつの塔」のアイゼンガルドのような感じです。実際オットーシェンクが舞台で虹の橋の向こうに見せるワルハラはアイゼンガルドとレヴェンデールのイメージにそっくりですし、杖を持ったヴォータンはガンダルフのイメージに非常に近いものがあります。ワルハラに行くと命が長らえる(あるいは救命される)というのもロード・オブ・ザ・リングでのエルロンドの館や灰色港からの船出に類似が見てとれます。

アイゼン

【アイゼンガルドの下の道、サルマンをまだ信じていたガンダルフと二人で歩いたのはここらへん】。

ただ、全体として、ニーベルングの指環のほうが”人間臭い” ですね。ジークムントとジークリンデ、ジークフリートとブリュンヒルデの愛、ヴォータンとその妻のフリッカの”冷めた関係”などはロード・オブ・ザ・リングでは出てこないものです。こちらでは、人間はすでに堕落してナズグルという9人の王は亡霊のようになってしまってサウロンの奴隷になってしまっており、なんとか生き長らえている人間およびそれに近い部族(ドゥネダイン)は、だいたいが純粋で正義の味方です。映画の最後にアラゴルンが王になる人間の国”ゴンドール”で、その前に執政をしていたデネソールとその息子ボロミアのみがサウロンと指環の悪に犯されて弱い人間の姿を見せています。

そして、ニーベルングには、サウロンのような絶対悪はいないのです。皆が指環は自身の欲に縛られている”ありがち”な人間なのです。ヴォータンは神ですが、とてもエルフのレベルにも達していません。指環はこのような人間の欲の象徴になっているとも見られるでしょう。一方のロード・オブ・ザ・リングでも指環は人間の欲を表していますが、ワーグナーのそれが、普通に人間が持っている欲であるのに対し、トールキンのそれは究極の状況で選択を迫られる「欲」ではないかと思えます。

その他、地の底で知恵を持つエルダは、木の精エントにそっくりですし、ただひとつ(一芸)の突出した力と武器を持つフローやドンナーは、レゴラスやギムリにそっくりです。ニーベルングで最も神らしいのはローゲのような気がします。音楽(動機)もそのような曲調になっています。ローゲのように炎ですべてを「封印」するというような神の役はロード・オブ・ザ・リングにはありませんが、何千年もの間、指環が行方不明になっていること自体がその「封印」を表していると思います。

ロード・オブ・ザ・リングはハリーポッターなどと違い、すべてピーター・ジャクソンというロード・オブ・ザ・リングのオタクの監督が全精力を注いで作った映画作品で、これはハリーポッターなどよりすごいと思うのですが、ワーグナーは音楽から演奏、劇場まで作ったのですからこれはもっと凄い。ジョージ・ルーカスがかなり近いところまで行ったのですが、ディズニーに全部売りましたから、これはダメですね。ただ、ワーグナーのストーリーはオペラにするためか、単純と言えば単純、色々なストーリーがからみあったりはしません。そこらへんはストーリーテラーとしてのトールキンの凄さ、いや凄まじさがあると思います。彼のストーリーはいわば、リゴレットの4重唱、ま、3重唱ですが、、、それぞれが違ったことをずっとしていて、離れてみるとそれぞれが関連している。ヴィクトル・ユゴーが泣いたタイプの作り方です。

ジャクソンはこの映画の多くを彼の故郷であるニュージーランド、正確にはウェリントン、クイーンズタウン、ハミルトンなどでのロケ、そしてWETAスタジオでの制作で行い、ニュージーランドに多くの経済的な好影響をもたらしまし、英国女王から”サー“の称号を得ました。監督とガンダルフ役のイアン・マッケラン、サルマン役のクリストファー・リーの三人が”サー“称号を持っているというのは英国映画でもあまり例がないのではないのかと思います。

今回の僕の旅行は、ウェリントンのエルフの居住地の“レヴェンデール”のロケをした森、サルマンの館のセットやローハン国の砦“ヘルムス・ディープ"や"ミナスティリス”があった土石場、最初に悪役のナズグルが現れ、フロドが“道から降りろ!”と仲間に叫ぶ”Get off the road!”ポイント、そしてハミルトンのホビットの村のロケ地、ウェリントンのWETAスタジオを訪れました。

ガイド
【エルフの館のあるレヴェンデールはここだ!と力説するロード・オブ・ザ・リングのオタクガイド氏】

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【それを、「本当にそうか?」と映画のシーンと見合わせて確認するオタク日本人(僕)】

映画としてはハリーポッターとも比較されますが、違うのはオタク度の高さと、映画の終了後、ライセンスなどの副次的収入をほとんど行っていないことがあります。ニュージーランドの住民や経済界の要請で最小限のロケ地は再現(ホビットの村)しましたが、他のところは何も残っておらず、探すのも大変です。まして、ハリー・ポッターのようにユニバーサル映画でアトラクションを世界各地で作る計画など無縁。

サム

【サム・ワイズの家、この黄色の扉が閉まるのが三部作の映画のラストシーンになる。もちろんバギンス邸もある。】

全景

【バギンス邸を下から臨む。窓際の植物や庭の花、畑の野菜などはすべて本物で、ディズニーランドとは比較にならないリアルさがある。こんなオタクランドがあるなんて。。なお、オークランドから150km、標識もろくにないので、レンタカーでたどり着くにはけっこう大変なところでした。】

著作権ビジネスに関してはハリーポッターと比べて大きな違いがあり、これはおもしろいのですが、これについては私の別のブログ「湘南人草間文彦のライセンシング日記」をご覧ください。

ニュージーランドについても色々と書きたいのですが、長くなるのでこの辺で。いい国でした。とにかく人がフレンドリー、アメリカのように商売臭くない。チップがないのにサービス業がみんなとても親切。雑音が少ない。今回、実は半病人で、かなり休み休みの旅行だったのですが、こういう国の優しさに癒やされました。いやー、また行きたい。今度はローハンやオスギリアス、そしてアルウェンの渡った川、モルドールの黒門のロケ地などに地行きたい!それにプラスしてバイロイトも行きたくなってきました。次回はニュージーランドは特に体調も完璧にして行きたいですね。「歩き廻る」ガイドツァーがあるそうですから。

逗子海岸映画祭開催中

今年も小さな映画祭開催中です。チケットが連日売りきれるほどの人気だそうです。

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ナタリー・デセイの「椿姫ができるまで」

デセイのドキュメンタリー見て来ました。青山の小洒落た映画館。DVDで見て感動したエクサンプロヴァンスの2011年の夏のフェスティヴァルの、トラヴィアータを練習から本番まで時間的推移を追ってドキュメンタリーにした2時間の作品。

予告編だけでも、いいなぁ、、と思ってしまいました。何度も書いてますんで、「しつこい」と言われそうですが、僕は女性の現役オペラ歌手の中で、ナタリー・デセイが一番好きです。この映画を見て、また好きになりましたね。ほとんど恋に落ちてる感じですね。デセイにはストーカーがいるようですが、さもありなん。。

デセイの魅力を引き出そうとする、演出のジャン=フランソワ・シヴァディエがいいんですよ。フランス人同士でわかり合う感じ、うらやましいなぁ。でも下手な英語も使って出演者全員をモチベートしていく様子も感動的。

それとコレペティトゥールをやっているイタリア人(?)の女性と歌手のシーンもいいんですよね。こうやってオペラが出来てくるんだってわかります。

このオペラは、エクスの協会の中庭の特設野外ステージで行われたんです。詳しくは当日現地で観劇していた、オペラ評論家の加藤浩子さんのブログをご参照下さい。興奮が伝わって来ます。

最後のシーン、ヴィオレッタが倒れるところが、今までみたことのない見事さ!すごかったですが、これ、やっぱり練習に練習を重ねているんですね。この映画の最後は、デセイが何度も何度も倒れる練習をしているところでフェードアウトです。是非見に行って下さい。お勧めです。

逗子海岸映画祭

今日は、ちょっとオペラから離れた話題です。

ゴールデンウィーク連休に私の住んでいる逗子で、3年前から行われている、「逗子海岸映画祭」が今年も開催され、多くのビジターが訪れました。

これは、そもそも海岸から一本入った道にある、不思議な小さな映画館”シネマ・アミーゴ”とその周りの人々が発起人となって、完全に民間主導でスタートした映画祭です。

ですので、きちんと著作権関係もクリアしていると思います。

映画祭では、昨年のアカデミー賞受賞作品の、「アーティスト」や「グラン・ブルー」など数々の名画が上映され、JAZZのライブセッション、ボルダリングやスケートボードの実演、そして美味しい食事とBARが提供されます。最終日には、スペインのバスク地方(この映画祭と提携している)からシェフが来日し、バスク料理を提供しました。

自治体主導でなく、若い逗子の有志によって、こういう素敵なイベントが出来上がったことは、とても嬉しいです。うちの次女も知らないうちに、ボランティアで毎日朝から晩までスタッフとして活躍しています。

詳しくは下記を。そして来年は、是非逗子にいらしてください。

http://zushifilm.com/schedule/

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