プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ノルマ2回目観劇

 今年唯一、同じ公演のチケットを2回分取ったのが、この「ノルマ」です。デヴィーアのノルマは絶対良いだろうと思いましたし、これが日本で最後の彼女のオペラ出演になるかもと思ったのがその理由ですが、やはり正解でした。(最後のオペラは10月に再来日しての「ノルマ」になりましたが)

 今日の公演、全体に土曜日よりも良かったです。ただ、今日はS席、1階の10列目くらいの真ん中という席で聴いたのですが、2階と音が全然違う。知り合いで、今回アンダーを努めている歌手の人から、「日生は一階と上とで音が全然違う」と聞いていたのを思い出しました。2階が16cmの2wayスピーカーなら、1階は38cmの3wayという感じ。息づかいまで聞こえます。新国立でも1階、2階、3階で、時々によって違う場所で聴きますが、ここまでの違いはありません。今日のデヴィーアのコロラトゥーラの、玉が転がるような美しさも、高音のきらめきも、土曜よりも一段アップでしたが、席のせいもあるかもしれません。視界的には2階のほうが全然良いです。今日は前に座高の高い方がいらして、だいぶ舞台が隠れました。日生のS席は音響料なんですね。

 デヴィーア以外の歌手は、これははっきりと土曜より良かったと言えます。特にポリオーネの笛田さん、1幕目から安定した歌唱で、中高音が輝く響きを持っていました。これから期待しています。第二幕で、祭壇につながれた場面での、デヴィーアとの2重唱“In Mia Man Alfin Tu Sei(あなたはついに私の手に)”がものすごく良かったです。この曲、短いんですが、ベッリーニの美しい曲作りの才能が結晶のようになっています。なんて高貴な響きの曲でしょうか!しびれます。You Tubeにノルマ・ファンティーニの動画がありましたので、載せておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=LWg3MFS6VDg

 そして、アダルジーザを歌ったラウラ・ポルヴェレッリも、特にデヴィーアとの2重唱の時のアジリタが素晴らしく決まっていました。土曜日はちょっと抑えめだったかなと今日のを聴いて思いました。先日のブログにも書いた” Mira, O Norma”の2重唱もワンランクアップだったのですが、その後にカバレッタのように続く” Si, Fino All’Ore Estreme(最後の時まで)”が素晴らしかったですね。この曲って、ラクメの“花の二重唱”にならぶ、美しい女声二重唱だと思います。めったに“Brave!”というかけ声をかけられる時ってないですね。ちょっと古いですが、サザーランドとマリリン・ホーンの素晴らしいのを載せます。

https://www.youtube.com/watch?v=iUxI726OKvo

 今日の休憩にも、オペラ愛好家の仲間に何人か会いましたが、僕と同じくらいの歳のIさんは、生のデヴィーアを初めて聴くとのことで、「ノックアウトされました!」と言っていました。彼はフランス歌曲のことがすごく詳しいので良く話しを聴きます。そして、彼の意見ではノルマでの最高音は、僕が前のブログに書いた3点ハ(Hi-C)ではなくてEではないかとのこと。たしかにHi-Cでは男声の最高音ですものね。ちょっと調べて見ます。

 指揮とオケも、土曜より締まった感じで良くなっていたと思います。ピリオド楽器風にしている序曲は、バルトリのノルマを指揮しているアントニーニのピリオド楽器オーケストラを聴きこんでいる僕なんかはイタリアっぽくて大好きですが、それ以前のノルマのバイブルになっている、カラスの様々なバージョン、セラフィンの指揮とかを聞き慣れているひとには、ちょっと異質に聞こえるのではないかと、思ったりしました。今日は1階席で、指揮者の優雅な手の動きが見られなくて残念。。。。

 先週は、チェドリンスもリサイタルで、Casta Divaを歌ったとのこと、また、フランスのソプラノ、ナサリー・マンフィーノも武蔵野のリサイタルで同曲を歌ったとのこと、1週間にこれだけCasta Divaが日本で歌われた週はかってなかったのでは?と思ってしまいます。

 さて、来週は樫本大進のリサイタルです。

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デヴィーアの“ノルマ”

 7月1日の日生劇場のマチネ、藤原歌劇団の「ノルマ」の公演に行ってきました。今年、国内ではとても楽しみな公演のひとつで、マリエッラ・デヴィーアが主演する1日と4日の2日間のチケットを取りました。ノルマは日本ではなかなか聴けない公演です。僕もまともに聴いたのは、2013年のザルツブルグ音楽祭でのチェチリア・バルトリがタイトルロールの公演くらいです。昨年の11月に、グルベローヴァの来日公演で聴いてはいるのですが、このブログにも記したように、大変残念な出来で、「聴いた」うちには入りませんでした。あとは音源で、ジューン・アンダーソン、フィオレンツァ・チェドリンスというところです。

 デヴィーアもグルベローヴァより2歳だけ歳下の69歳。前に聴いたのは、2013年のラ・トラヴィアータで、これはとても素晴らしかったのですが、今回はどうか、正直ちょっと不安でした。

 第一幕目、オロヴェーゾとドルイド(ドロイドではないですね。)の歌に続き、ポリオーネとフラーヴィオのやりとりがあり、そしてノルマ登場。第一声の” Sediziose voci, voci di guerra , Avvi chi alzarsi attenta ,Presso all'ara del Dio? 「不穏な声が、戦いの声が沸き起こり、注意を引く。神の祭壇に立ち向かう。」“の部分が、素晴らしい!高音までスクッと、一気に立ち上がる声、そして音程がきっちりあって止まる。まさに巫女ノルマの声です。その後、約3分後に始まる難曲”Casta Diva「清らかな女神」)、グルベローヴァはここで破綻を来したのですが、デヴィーアは、弱音の中高音、そして天に昇っていくような3点ハ音も、本当に女神が歌っているような声です。この年齢になっても、ソプラノとして高音に全く衰えが見えません。声だけ聴いていたら20代ですね。興奮しました。

 先日のマッシモ劇場の「ラ・トラヴィアータ」の舞台をヌッチが引き締めていたように、この日の舞台はデヴィーアが締めます。いや、もうデヴィーアのマスタークラス(藤原で過去になんどもやっているのですが、すごく厳しいらしいです。)のようです。廻りの歌手が、幕が進むに連れてデヴィーアに引っ張り上げられるようにどんどん良くなってくるのです。特に一幕目ではやや節回しと音程に気を遣いすぎていた嫌いのあった、ポリオーネの笛田博昭が、2幕目最終場でのノルマとの二重唱では、情感の表現が素晴らしく、また中音部が輝くイタリア音(なんだ?)になり、「笛田さん、こんな凄いんだ!」と思ってしまいました。笛田は、持ち味の声量の豊かさが生きていました。

 デヴィーアは2幕目に入ると、母として、女としての迷いと悩みを託すように歌うのですが、ここがまた素晴らしい。歌唱技巧ではバルトリでしょうが、表現力ではデヴィーアかと思います。ノルマという女性は、ポリオーネの子供を産んだり、その子供を殺そうとしたり、最後に自分を生け贄にするところなど、巫女でありながら、けっこう煩悩の虜なんですね。ここらへんの台本がおもしろいです。カラスのノルマも何度もCDで聴きましたが、やはり技巧に走っている、、、もちろん、悪魔的な魅力のあるノルマなんですが、人間味を一番出してくれたのはデヴィーアかと思います。

 アダルジーザは、メゾソプラノのラウラ・ポルヴェレッリ。台本の想定では20代の若い娘ということになり、ソプラノで歌われることも多いのですが、この日は繊細でありながら、落ち着いたイメージで歌い上げていました。第2幕1場で、ノルマと理解し合い、若いと友情を歌う二重唱“Mira o Norma
「ご覧なさい、ノルマ」“は、聴き応えがありました。

 指揮のフランチェスコ・ランツィロッタはなかなかのイケメンのローマ人。初来日です。序曲は、びっくりするぐらいピリオド楽器風のエッジの効いた音で表現します。ここまでやらなくても、、という感じはしましたが、これで、彼の作りたいノルマの音楽の設計図が良くわかりました。最近、設計図の無い指揮者はあまり聴きたくないんです。歌手にうまく歌わせるという点では、まさにオペラの指揮者という感じですが、決して後ろに引いているわけではなく、出るところは出るという見切りの良さがあって、好感が持てました。日生劇場でこういう指揮者が振ると、イタリアの小劇場のようで幸せです。

 粟国淳の演出も素晴らしかったですね。限られた予算の中で最大の効果が出る舞台装置。円形劇場とも祭壇とも見える丸い台座を、森の木の集合のような壁と、宗教的なイメージの緻密な模様の壁をコンビネーションにして、覆ったり、はずしたり、一部だけを覗かせたり、、、結局、この舞台装置だけでずっと通すのですが、全く飽きません。藤原歌劇団は今、粟国さんとマルコ・ガンディーニというクレバーな演出家がいて舞台を見るのが楽しみです。

 この日は、C席\6,000-の天井桟敷でしたが、新国立のA席より条件が良いです。近くにはオペラ関係の知人がたくさんいて、同窓会みたいになりました。楽しかったです。

 さて、明後日の火曜日も聴きに行きます。今度は一階席です。

指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ
演出:粟國 淳

ノルマ:マリエッラ・デヴィーア
アダルジーザ:ラウラ・ボルヴェレッリ
ポッリオーネ:笛田博昭
オロヴェーゾ:伊藤貴之
クロティルデ:牧野真由美
フラーヴィオ:及川尚志
合唱:藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

マッシモ劇場”ラ・トラヴィアータ”

 こちらもブログアップが遅くなりましたが、6月18日日曜のマチネで、パレルモ・マッシモ劇場の「ラ・トラヴィアータ」を聴いていきました。プログラムでは「椿姫」になっていますが、ヴェルディ協会では「ラ・トラヴィアータ」の名称を取っていますので、そちらを使わせて頂きます。

 今回の公演では、日本では久々となる、レオ・ヌッチのオペラでの歌唱が聴けるのが何よりの目玉です。昨年、マドリッドで「ルイーザ・ミラー」、バルセロナで「シモン・ボッカネグラ」を聴き、ヌッチの凄さに改めて感嘆しました。しかし、何と言っても既に75歳。80歳まで歌えるとは思えないですし、レーナート・ブルゾンも75歳過ぎてから急速に衰えたことを考えても、聴ける時に聴いておこうと思いました。ヌッチを囲む歌手陣も超一流、タイトルロールにはデジレ・ランカトーレ。僕は2007年に「ラクメ」と「ランメルモールのルチア」で聴いていますが、10年ぶりになります。そして、新国立の「ラ・トラヴィアータ」ではおなじみのアントニオ・ポーリがアルフレードを歌います。その他の役もフローラのピエラ・ビヴォナを除いては、すべてイタリア人歌手で揃えた公演、本場でもなかなかないと思います。

 一幕目、チャンパの序曲は、彼が師事したジュリーニのそれに似て、ややゆっくり目。ズンパッパがはっきりと出て、イタリア感いっぱいです。この序曲を聴くと、「オペラっていいなぁ」といつも思いますね。序曲の間に舞台で動きが何もなくカーテンが閉まったままというのもクラシックで良いですね。ただ、合唱でのスタートがやや音楽と合わずにちょっとひやっとしましたが、ヴィオレッタが登場し、最初から上質な歌唱を聴かせます。10年前に比べて、声の表現力もコロラトゥーラも磨きがかかっていました。ガストーネ子爵やドゥフォール男爵の脇役も良い声をしています。そして、なんと言っても僕の一押しのイタリアンテノール、アントニオ・ポーリが素晴らしい!前にも新国立の公演の時に書いたかと思いましたが、アルフレードという役を良く研究していると思います。歴代のアルフレードを聴いても、今回トスカ役で来日しているアンジェラ・ゲオルギューと競演して一世を風靡したフランク・ロパードや古くはドミンゴ、ステファノ、そしてクラウスさえも、アルフレードは「血気盛んな若者」という性格設定をしているのですが、原作を読むと、「田舎貴族の優しいボンボン」という性格だと思うのです。これを体現しているのがポーリだと思います。歌い方にも演技にもそれが良く現れていて、一幕目で、ヴィオレッタの裏で歌う時も、2幕目の“O mio rimorso(我が後悔)“の時も最後の音を上げません。これは珍しい。彼は新国立でのイヴ・アヴェルの指揮の時も最後尾を上げていないので、これはポーリが提案しているのだと思います。「ハイCを出せば、お客が喜ぶ、アルフレードの熱気が伝わる。」という従来の型にはまった演出を覆すもので、歌手の知性とアルフレードの優しさが相まって、とても良いと思います。

 そして、2幕目のヴィオレッタの別荘の場面で、アルフレードは3曲連続でカヴァレッタを歌うのですが、これも肩に力が入っていなくて本当に素晴らしい。ヴィオレッタが私財を売り払って、その生活を支えていたことに、こういうボンボンのアルフレードだったら、気づかなかったのだろうな、というのが素直に納得できます。ここで「パリに行って金を取り返してやるぅ!!」みたいに熱唱されると、「そんなこと、なんで気づかなかったんだよ」と思ってしまうんです。先月のフェニーチェでのピエロ・プレッティも肩の力が抜けた歌い方(最後は上げていましたが)だったので、アルフレードの性格表現が変わりつつあるのかもしれません。

 そして、いよいよ御大ヌッチ登場!ヌッチのジェルモンには色々なパターンがあるんですよね。この日は、「石頭、田舎の頑固親父」というパターン。ヴィオレッタを恐喝するように迫ります。最初、やや低音弱音が出ていない感じがありましたが、”piangi, piangi(泣きなさい)“のところを、いつもよりずっと強く歌ったあたりから、調子は絶好調に。心配していた高音も伸びること!完全に舞台を支配しました。ちなみに、プログラムの歌手紹介で、別格で載せられているのは、アンジェラ・ゲオルギューなのですが、格と実力から言っても、レオ・ヌッチにすべきだと思います。

 2幕目の3者それぞれのやりとりの場面、迫力がありました。特にジェルモンが「プロヴァンスの海と土」を歌った後にアルフレードに平手打ちを食らわせ、(凄い音がしましたが、本当にやったのではないと思います。)その後にオロオロしながら歌いはじめる、”No,non udari rimoproveri(いいやおまえに小言は言うまい)“の落差の出し方、ジェルモンの心の動きを、ここまで歌唱で表現できるのかと感心しました。

 「素晴らしい」、「素晴らしい」とばかり書いているブログでアホみたいなので、3幕目の「素晴らしい」は省きます。最高でした。

 フェニーチェで会えなかった、指揮者フランチェスコ・イヴァン・チャンパ、これだけの歌手を良くまとめていたと思います。ただ、今までに聴いた彼の「シモン・ボッカネグラ」や「群盗」に比べると、おとなしい、自身の味を出し切っていない感じはややありました。歌手が歌いやすいように、、と細心の気配りをしている様子。これは、無音部の多いこの演目で、伴奏が無い時にも、歌手に向かって指揮をしていたことからも感じられました。

 僕がヌッチの公演を聴いたのは、数えてみたらこの10年で13回、シモン・ボッカネグラが一番多いのですが、今日のこのジェルモン、過去のベストスリーに入ると思います。

 さて、次はマリエッラ・デヴィーアの「ノルマ」です。気合いを入れて2日行くつもりです。チケットも手頃な値段なので、是非皆様も。。

指揮:フランチェスコ・イヴァン・チャンパ
演出:マリオ・ポンテンジャ

ヴィオレッタ:デジレ・ランカトーレ
アルフレード:アントニオ・ポーリ
ジェルモン:レオ・ヌッチ
フローラ:ピエラ・ビヴォナ
アンニーナ:アドリアーナ・イオニッツア
ガストーネ子爵:ジョルジョ・トゥルコ
ドゥフォール男爵:パオロ・オレッキア
ドビニー公爵:イタロ・プロフェリシェ
グランヴィル医師:エマヌエーレ・コルダロ

パレルモ・マッシモ劇場管弦楽団・合唱団

ジークフリート@新国立劇場

 新国立、今シーズン最後の演目はワーグナーの“ジークフリート”、ヨーロッパから戻って、ようやっと時差ボケがなおったようなので行ってきました。良かったです。今シーズンの新国立の演目では“ルチア”と並ぶ、素晴らしい出来映え!指揮、演奏、歌手、演出のすべてが高いレベルで融合した舞台でした。これまでの「ラインの黄金」、「ワルキューレ」に比べても、格段に良い舞台でした。

 指揮のマエストロ飯守、個人的には今までの2作の鳴らし方は物足りないものがありましたが、この日は3幕目にピークをもってくるようにして、上質なクライマックスを作っていました。前2作が東フィルだったのが、今回は東京交響楽団になりました。金管の鳴らし方、その美しさは、東フィルよりも良かったと思います。2幕目の森の音楽のデリケートな響き、そして3幕目で数々のモチーフが混じり合って盛り上がる音が、聞き応えがあります。しかし、来る10月の“神々の黄昏”のオケは、また変わって「読売日本交響楽団」になるんだそうです。プログラムには、「東京フィルハーモニー交響楽団」の上に、訂正をしてありました。何か不可解。同じマエストロでリングをやるのですから、3つのオケを使う意味は何があるのでしょう?政治的なことでしょうか?

 それはそれとして、歌手陣も最高の出来でした。タイトルロールの、ステファン・グールド。もう新国立付きの歌手という感じですが、“ワルキューレ”のジークムントとは、全く違う、やんちゃ坊主のジークフリートを、実に生き生きと歌ってくれました。そして、それが3幕目で「怖れを知った」ところから、声がガラッと変わるのです。大人の男としての自覚を持った声になる。。凄いですね。ほぼ全編歌いっぱなしですから、相当の体力がいると思いますが、最後のブリュンヒルデの2重唱まで、全くパワーダウンしないで歌い通しました。そのブリュンヒルデを歌った、リカルダ・メルベート、2012年のローエングリンでエルザ・フォン・ブランバントを歌って、素晴らしかったのを覚えていますが、ブリュンヒルデでは、さらに深みのある声で、3幕目のグールドとの重唱は迫力ありました。持って行かれましたね。

 ミーメ役のアンドレアス・コンラッド。ラインの黄金の時よりも良かったですね。ロード・オブ・ザ・リングのゴラムみたいな役どころで、ジークフリートを私欲から育てあげ、最後には殺そうとするのですが、なんだか憎めない、、そういうところを、宝石の原石が光るような声で実にうまく役を作っていきます。同じテノールでもジークフリートのヘルデンテノールとは全く違うんですね。2幕目は、この2人のテノールの歌合戦、そして、ミーメとアルベリヒの兄弟げんか、そして、アルベリヒとヴォータンのバリトン合戦と、本当に聴き応えがありました。アルベリヒのトーマス・ガゼリもラインの黄金から出ていますが、演技も旨い。引き込まれます。そして、特筆したいのは、エルダを歌ったクリスタ・マイヤー。ラインでは“メゾ・ソプラノ”になっていたのが、今回は“アルト”。別に人が変わったわけではないのですが、ヴォータンと二重舞台の上下で、地の底から響くトーンで舞台を締めました。短い出番でしたが、この日、最高の歌いだったと思います。

 演出も良かったです。正直、前二作の演出はあまり感心しなかったのですが、(特に中途半端なトンネルリングだった“ラインの黄金”)今回は、実に自然で、無理がなく、ストーリーを盛り上げていました。2幕までのおとぎ話のような森の中の設定と、3幕最後の黒い御影石のような炎の山の舞台。良くできていました。そして、歌手が、みんな実に演技が巧みです。先月、ミュンヘンで見た、タンホイザーは歌手が何も演技をしていなかったのが、演出との融合を拒んでいましたが、新国立の舞台は違いました。

 いや、感動しました。素晴らしいワーグナー体験でした。まだ、公演あります。お勧めします。ちなみに、休憩を入れて5時間40分の舞台、長いとは思いませんでしたが、お尻が痛くなる。これを防ぐのに、“オペラクッション”という、まあ、「座布団」ですね、一枚500円で貸し出されていました。なかなか使い心地良かったです。

フェニーチェ歌劇場“ラ・トラヴィアータ”

 かねてからの念願が叶って、ヴェネチアのフェニーチェ歌劇場で“ラ・トラヴィアータ(椿姫)”を見ることができました。なにしろ、フェニーチェ歌劇場がこの演目の初演劇場(1853年3月)なのですから、“トラヴィアータ大好き”を自認して、一昨年にはパリのモンマルトル墓地に彼女のお墓、(ヴィオレッタのモデルになったアルフォンシーヌ・プレシという女性のお墓です)にお参りにまで行った僕としては、いつかフェニーチェでトラヴィアータを見たいという想いを持ち続けてきました。過去国内外で15回以上トラヴィアータを見ています。もちろんオペラ演目でこんなに回数を見ているものはありません。トラヴィアータが大好きで、そこからヴェルディの作品をやみくもに聴いて行って今に至る、という感じです。あの美しい序曲を聴くと、感動で体が金縛りにあって動かなくなります。だから、運転中に聴くのは危いんです。

 しかし、実は1853年の3月のフェニーチェでの初演は大失敗に終わり、ヴェルディは失意のうちに、弟子のムッツィオに「トラヴィアータは昨晩失敗した。罪は私にあるのか、歌手にあるのか…..時間がそれを判断しれくれるだろう」と書いて手紙を出したと言います。通説では主演のソプラノのファンナーニ・サルヴィーニ・ドナッテリが太っていて、とても肺結核で死ぬようには見えなかったのが失敗の原因、などと言われていますが、実際はそうではなく、劇場側に急がされたための準備不足と、ヴェルディの音楽がそれまでの、リゴレットやイル・トロヴァトーレとはあまりに違う新しい音楽だったからだと思われます。そして、翌年の同劇場での公演では大成功を収め、今では世界で最も上演回数の多いオペラのひとつになったのです。

 さて、僕が行ったフェニーチェでの公演当日は、(5月28日)摂氏28度という暑さでした。真夏ですね!ジャケットを抱えて劇場に行くと、いきなり指揮者が降板! 前日まで劇場のウェブサイトに載っていたのは、フランシスコ・イヴァン・チャンパ。昨年初来日を果たした若手ですが、僕は今までに「群盗」と「シモン・ボッカネグラ」のヴェルディ2作品を聴いていて、素晴らしい躍動感のある指揮に感じ入っていました。ところが、この日のプログラムを入手すると“ディエゴ・マテウス”になっているのです。それもチャンパの突然の降板ではなくて、もともと15公演のうち9日はマテウスに決まっていたんですね。こりゃ、詐欺ですね。「当日降板」は当たり前のイタリアオペラ界ですが、これは、前から決まっていたキャスティングを発表していないという恣意的なものです。(あるいは単に忘れているのか?)ちなみに、このブログを書いている6月8日現在、まだ公演のウェブサイトは指揮者にチャンパだけを出しています。しかし、怒ってみてもしかたがないので、ここはマテウスに期待することにしました。ちなみにチャンパは今月来日する、パレルモ・マッシモ劇場の“ラ・トラヴィアータ”公演を指揮しますので、日本で仇が取れます。

 それで、このマテウスの指揮はチャンパのような躍動感のある指揮ではありませんでしたが、決して悪くなかったです。クラウディオ・アバドに師事したというのがわかるような、穏やかで丁寧な音作り。トラヴィアータに特有な無音部の美しさを作るのが素晴らしかったです。ちょっとした、音の“溜め”のとり方が、その次の音での感動を呼びます。また、歌手への合わせ方も絶妙。この日、歌手陣ではちょっと力の差が目立った(下手だった)、ジェルモンのルカ・グラッシは、「プロヴァンスの海と土」のところで、テンポが早くなったり遅くなったり、かなり聞き苦しかったのですが、これを実にうまく指揮で合わせて音楽で矯正していました。オーケストラボックスが良く見える位置にいたので、歌手とオケを丁寧に引っ張るこの若い指揮者に、なんか感動してしまいました。是非、日本にも来て欲しいですね。

 さて、歌手ですが、一幕目は全員が不調で、これは参ったなぁと思いました。タイトルロールのジェシカ・ヌッチョも、アルフレードのピエロ・プレッティは声がうわずってしまい、音程が怪しい。ガストーネの一声目“T’ho detto, Lamista qui s’intreccia al diletto. (言っただろう。この家では、友情と楽しみがおりあっているのだよ。)というところなど、冷や水をかけられるような下手さ。特に、ウィーン、ミュンヘンと、ともかく端役でも相当のレベルを保っているところを聴いてきたあとなので、フェニーチェの端役は本当に“端”だなぁと思ってしまいました。

 ところが、一幕目一場終了後の休憩でカツが入ったのか、二場になったら、「なんということでしょう!(ビフォア・アフター風に)」アルフレードとヴィオレッタがすんばらしくなっていたんです。プレッティの “O mio rimorso (私の後悔)“は、肩の力が入りすぎずに、若く、青いアルフレードの思いを良く伸びる高音をコントロールして素晴らしい出来でした。一幕目ではたいしたことのなかった拍手やブラボーも、このカバレッタの後は2-3分続きました。

 ヌッチョも一幕目とは別人のような安定した声で、深みのあって柔らかみがあるスピント(とっても魅力的な声です。去年マドリードのルイーザ・ミラーで聴いたラナ・コスに似たタイプです)で、ジェルモンとのやりとりを劇的に表現します。何より好感が持てるのは、“Morro!(死にます)“や、”Amami. Alfredo, quant’io T’amo….(私が愛しているのと同じくらい愛してね)”の盛り上がるところを、押さえ気味にさらっと、しかし激情がわかるような表現力で歌いきったところです。プレッティもヌッチョも若い(多分30歳前後)のですが、このようにコントロールした歌い方ができるというのはいいですね。ともすれば、(東欧系などに多い)この部分を盛り上げ過ぎて、いわゆる「三文オペラ」になってしまうケースは多いのです。これで、ジェルモンが良かったら言うことなかったのですが、まあ、このカーセンの演出自体がジェルモンに関しては淡泊で、ほとんど性格付けがされていないのも歌手が冴えなく聞こえる一因かもしれません。ちなみに、ヌッチョはなかなか体格が良くて、初演時をほうふつとさせてくれたのも良かったです。本人には大変失礼にあたるかと思いますが….


二幕目では、指揮の良さがはっきりわかりました。ジプシーの踊りの音楽のところは歌が無いので、指揮者は比較的自由に振れるのですが、これが素晴らしかった。“トラヴィアータ幻想曲”を聴いているような感じ。ちょっとレガートっぽく、実に美しかったです。この流れは三幕目にも続きます。ヌッチョはさらに調子を上げ、ピアニシモの声が実に悲しい。ジェルモンの手紙を読んだ後の、アリア、“道を誤った女の願い”は超一級でした。Bravaの嵐!

 最後に演出ですが、ロバート・カーセンのこの有名な演出は、1996年の火災から再建されたフェニーチェの2004年のこけら落としでお披露目されたもので、当時大変な反響を呼びました。至る所で飛び交い、天から降って来る黄金の札びら、それをガーターベルトにつっこむヴィオレッタ。ヴィオレッタの最期を見届けるやいなや、彼女の高価な毛皮を持って逃げ去るアンニーナ、同じく金銭を持ち去るグランヴィル医師など。それまで、あまりに美化されていたトラヴィアータをその時代の現実に合わせた見せ方をしたのです。これは、コンヴィチュニーの演出と並んで、珍しいトラヴィアータの読み替え演出の成功例だと思います。この日の演出はだいぶマイルドになっていて、ガーターベルトなどは登場しませんでしたが、それでも無数の札束はインパクトがあるものでした。

 ともあれ、終わってみれば満足感たっぷりの公演でした。しかし、ウィーンとミュンヘンの公演が準備充分で、一声目から100%のパフォーマンスで観客を魅了したのに対して、このフェニーチェの公演は、一幕目はまるで立ち稽古、ところが2幕目、3幕目に移るにうちに、奇跡が起きるという、この違いがゲルマンとラテンの違いなんでしょうか?車で言えばBMWとアルファロメオの違いみたいなもんですね。「故障は多いけど、絶好調だとチョー快感」みたいな….


 10日間の旅行もあと一日を残すあまり。明日は、オペラは無いので、ゆっくりとヴェネチアの沖のムラーノ島とブラーノ島に出かけて、昼間からワインで美味しいランチをしようと思います。そういえば、私事ですが、30年間抱えていたC型肝炎が昨年完治したので、再び飲めるようになったのです。医学の進歩は素晴らしいですね。帰国したら、又、ワーグナー。“ジークフリート”が待っています。

Conductor: Diego Matheuz
Director: Robert Carsen
Alfredo: Piero Pretti
Violetta Valéry: Jessica Nuccio
Giorgio Germont: Luca Grassi
Flora: Elisabetta Martorana
Annina: Sabrina Vianello
Gastone: Iorio Zennaro
Barone Douphol: Armando Gabba
Marchese d’Obigny: Matteo Ferrara
Dottor Grenvil: Mattia Denti


 

 

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