FC2ブログ

プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

2020年あけましておめでとうございます。

ちょっと遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いを致します。

今年の初観劇は、テレビでのNHKニューイヤーオペラでした。今年は良かったですねー。序盤は、ナブッコ、セビリア、椿姫からお馴染みのナンバーばかりで、「ヒットパレード」になるのかと不安な気分になりましたが、中盤、後半はテーマで構成された充実した内容になっていました。特にルサルカや、シモン・ボッカネグラ、ファウストなどのマイナーなオペラからの選曲は嬉しかったです。歌手では運命の力のアリアを歌った中村恵理さん、いつもながら迫力と繊細さが高いレベルで昇華していました。フィエスコを歌った妻屋さん、上江さんをタイトルロールにしてシモン・ボッカネグラを全幕やってほしくなりました。バッティストーニの指揮も歌手をグングンひっぱていく力があって最高でした。これほど素晴らしいのだったら、来年はチケット取って会場で聴いてもいいかなと思います。でも、即完売なんでしょうね。

さて、個人的に、今年前半に行こうと思っている公演を列記してみます。何かのご参考になれば幸いです。

1月:ニューイヤーバレエ(新国立)
1月:東フィル定期公演バッティストーニ指揮、ラフマニノフ、ベルリオーズ他(オペラシティ)
1月:ラ・ボエーム、僕の大好きなマチャイゼ出演!(新国立)
2月:セヴィリアの理髪師(新国立)
2月:東フィル定期公演ミョンフン指揮カルメン演奏会形式(歌手が豪華です!必聴!)
3月:シッラ、ヘンデルのオペラをビオンディ指揮エーロパガランテで。メッセニアの神託の再現なるか!超期待です。(神奈川音楽堂)
3月:中村恵理リサイタル(横須賀芸術劇場)
4月:ジュリオ・チェーザレ(新国立)
4月:東フィル定期公演佐渡裕指揮バーンスタイン(オペラシティ)
4月:サムソンとデリラ二期会公演(文化会館)
5月:ドン・キホーテ バレエ(新国立)
5-6月:ワルキューレ カウフマン主演!(パリオペラ座)
5-6月:MAYERLINGバレエ-マクミラン版(パリオペラ座)
5-6月:オルフェ/ベルリオーズ(ノイマイヤー演出バレエ付き)(ザルツブルグ)
5-6月:ドン・パスクァーレ バルトリ出演(ザルツブルグ)
5-6月:ガラ・コンサート (ザルツブルグ)
5-6月:海賊 、ベリーニ(パレルモマッシモ劇場)
6月:ノルマ、ランカトーレ(パレルモマッシモ劇場来日)
6月:ナブッコ、バッティストーニ(パレルモマッシモ劇場来日)
6月:東フィル定期公演プレトニョフ チャイコフスキー(オペラシティ)
6月:マイスタージンガー(新国立)
スポンサーサイト



フローレス来日!

 12月10日、オペラシティで行われたファン・ディエゴ・フローレスの公演に行って来ました。生のフローレスを聴くのは3回目、過去2回は海外でした。スカラ座の“オルフェオとエウリディーチェ”、METでの“ラ・トラヴィアータ”、両方とも本当に素晴らしかったので、今回の来日公演は期待をしていましたが、期待をはるかに超えたパフォーマンスでした。

 フローレスと言えば、ペーザロでデビューしてその後も長いこと出演していたので、ロッシーニ歌いというイメージがありますが、この日の曲目にはロッシーニは1曲もなく、ベッリーニに始まり、ドニゼッティ、ヴェルディ、レハール、マスネ、ビゼー、プッチーニと、時代を追って、ベルカントからヴェリズモ方面に上ってくるメニューになっていました。彼の声は、全く滞りの無い精密機器が見事にチューニングされたような、「完璧な声」と言えるでしょう。低音から高音まで、一声目でまったくブレなく音程が決まります。ハイC(3点C)でも持ち上げるということが全然無いので、ハイCに聞こえないのです。この日のハイCは、ヴェルディの2曲、“ラ・トラヴィアータ”の“わが後悔(o mio rimorso)”とアンコール最終曲”リゴレット“の”女心の歌(la donna è mobile)”の最後で聴けました。”o mio rimorso”は最後の”lavero♫”の繰り返しを2回、空白にしてピアノに委ね、その後、スクッとハイCが立ち上がるというコンサートバージョン。背中がゾクッとしました。METで聴いた時は、ヴィオレッタがダムラウだったのですが、対するアルフレードがあんなに「知的」に見えたことはありません。だいたい、アルフレードは、軟弱か未熟成、あるいはアントニオ・ポーリのように「可哀そう」という感じになるのですが、フローレスだとインテリジェンスに溢れた美青年になってしまいます。
 先週、新国立で“ラ・トラヴィアータ”を見たばかりなので、そっちに話がいってしましましたが、この日のコンサートはベッリーニの小品から始まりました。まずは喉をならすという感じ。そして、1曲ピアノのソロが入って、ドニゼッティが2曲。”人知れぬ涙“も素晴らしかったですが、エドゥガルドの「我が祖先の墓よ」は1曲で、”ランメルモールのルチア“のオペラの世界に引き込まれてしまいました。そしてヴェルディは、トラヴィアータの前に珍しい”アッティラ“からフォレスト(だと思いました)のアリア「おお悲しいことよ!」は、初期のヴェルディの軽さをノーブルな声で表現して、これも素晴らしいものでした。
 長めの休憩の後は、レハール、マスネ、ビゼー、プッチーニと続きました。最後にプッチーニを持ってきたことで、これからこの作曲家の作品を歌っていくのかなと思わされました。7時に始まって8時45分くらいで、全曲終了。ところが、この後のアンコールが凄かったのです。海外でフローレスのリサイタルを聴いた人から、アンコールは「フローレス歌謡ショ−」みたいになると聴いていましたが、その通り。第3部が始まりました。ギターを持って登場すると、最近レコーディングして発売された新CD“ベサメ・ムーチョ〜ラテンアルバム”から4曲連続で歌いました。ギターも上手い!それもそのはず、彼は、10代の頃はもともと出身国のペルーでシンガーソングライターとして、ギター片手にライブをしていたそうです。そして、鳴り止まぬ拍手に応えて、さらにアンコールは続き、“グラナダ”、“誰も寝てはならぬ”、“女心の歌”と続きました。個人的には、フローレスにヴェリズモまで行ってほしくはないですが、プッチーニも良かったですね。ここ10年で序々に声が重くなって来ているので、歌う曲も変わってきたのだと思います。今は、声に芯があって、“誰も寝て葉ならぬ”のようなずっしりとした曲もこなします。フローレスの声をポルシェの6気筒対向エンジンの音、と言った人がいましたが、今や12気筒エンジンのようです。

 ひとつ残念だったのは、かなり空席が目立ったこと。特に1階の後方と2階が空いていました。やはり、ピアノ伴奏のリサイタルとしては高めの料金が響いたのでしょうか?これだけ素晴らしい公演なのに、ちょっと残念な気がしました。
 さて、次にフローレスを聴けるのは、どこででしょうか?“ウェルテル”なんか聴きたいですよねー。

下に曲目とアンコール曲目の手書きパネルの写真を付けます。
thIMG_5785.jpg

・ベッリーニ:「お行き、幸せなバラよ」
  ”Vanne, o rosa fortunata” (Bellini)

・ベッリーニ:「喜ばせてあげて」
  ”Ma rendi pur contento” (Bellini)

・ベッリーニ:ラルゴと主題 ヘ短調(ピアノ・ソロ)
  Largo e Tema in Fa Minore per Pianoforte solo (Bellini)

・ドニゼッティ:オペラ《愛の妙薬》より「人知れぬ涙」
  “Una furtiva lagrima”, from L’elisir d’amore (Donizetti)

・ドニゼッティ:オペラ《ランメルモールのルチア》より
「わが祖先の墓よ……やがてこの世に別れを告げよう」
  “Tombe degli avi miei… Fra poco a me ricovero”, from Lucia di Lammermoor (Donizetti)

・ヴェルディ:歌のないロマンツァ ヘ長調(ピアノ・ソロ)
  Romanza senza parole in Fa Maggiore per pianoforte solo (Verdi)

・ヴェルディ:オペラ《アッティラ》より「おお、悲しいことよ!でも私は生きていた」
  “Oh dolore! Ed io vivea”, from Attila (Verdi)

・ヴェルディ:オペラ《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》より
「あの人から遠く離れて…燃える心を…おお、なんたる恥辱」
  “Lunge da lei… De’miei bollenti spiriti… O mio rimorso” , from La traviata (Verdi)

・レハール:オペレッタ《微笑みの国》より「君はわが心のすべて」
  “Dein ist mein ganzes Herz”, from Das Land des Lächelns (Lehár)

・レハール:オペレッタ《パガニーニ》より「女性へのキスは喜んで」
  “Gern hab’ich die Frau’n geküsst”, from Paganini (Lehár)

・レハール:オペレッタ《ジュディッタ》より「友よ、人生は活きる価値がある」
  “Freunde, das Leben ist Lebenswert”, from Giuditta (Lehár)

・ドニゼッティ:ワルツ ハ長調(ピアノ・ソロ)
  Valzer in Do Maggiore per pianoforte (Donizetti)

・マスネ:オペラ《ウェルテル》より「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」
  “Pourquoi me réveiller”, from Werther (Massenet)

・ビゼー:オペラ《カルメン》より「お前の投げたこの花を」(花の歌)
  “La fleur que tu m’avais jetée”, from Carmen (Bizet)

・マスネ:オペラ《タイース》から 瞑想曲
  “Meditation from Thais (Massenet)

・プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》より「冷たい手を」
  “Che gelida manina”, from Labohéme (Puccini)

「椿姫」新国立劇場

 5日のマチネに行って来ました。ヴァンサン・プサールの演出のこの演目も今回でたしか3回目になるかと思います。全回見ていますが、今回は舞台美術がだいぶ変わったようです。特に1幕目のヴィオレッタの夜会のシーンでは、ブルーの床と壁が一体化して、不思議な3次元空間を作っていました。全幕を通じて鏡をうまく使い、非常に美しい舞台を構成していました。3幕目のヴィオレッタの病床の舞台は、賛否両論あるようですが、紗幕のようなカーテンがヴィオレッタと他の人々を隔てており、ここで既にヴィオレッタが亡くなっていることを明示しています。つまりカーテンの向こう側は、「この世」で、手前側のヴィオレッタのいる方は「あの世」なのです。このカーテンも美しかったです。ただ、今までよりもちょっと生地が厚くなったような気がして、多少声の通りが悪くなっていたかもしれません。いずれにしろ、ヴィオレッタはこの時点でもうこの世から去っているのです。ですからラストで立ったまま倒れずに、両手を挙げて暗転になるのだと思います。

 また、この幕でベッドの代わりをするピアノは、1幕目から舞台の中央で存在を誇示するようになっています。これも賛否両論(というよりは「否」の意見のほうが多いようですが…)あるようですが、僕はヴィオレッタのモデルになった、マリー・デュプレシ(アルフォンシーヌ・プレシ)の最愛の恋人だったフランツ・リストを暗示しているのだと思います。(リストは当時、超絶技巧ピアニストとして名を馳せていた)リストは、マリーを残して旅に発ち、結局戻ってこなかったのです。しかし、この演出が僕の考える通りだとしても、少しプサールの自己満足的な表現かもしれませんが。。。

 タイトルロールのギリシャ人ソプラノ、ミルト・パパタナシュはヴィジュアル的には、文句のないヴィオレッタです。この役でデビューをし、得意としているそうです。歌唱力もあり、感情表現も上手いのですが、やや気持ちが入りすぎていて、聴いているほうが付いていけないところがありました。アルフレードやジェルモンとの2重唱でも、テンションの違いが大きかったと思います。もっとも、これはアルフレードの場合は、ドミニク・チェネスの力不足も大きいでしょう。すぐに息が上がってしまうようで、音程もちょっと怪しい。乾杯の歌は、最初の出だしで「やらかして」いました。ジェルモンの須藤慎吾は素晴らしい歌唱で、この日最も多く拍手をもらっていました。いわゆる高めのヴェルディバリトンではなく、低めで立派に歌っていましたが、威厳がありすぎて、2幕目第一場のヴィオレッタとの2重唱も、序々に、同じメロディーを歌って徐々に感情が一体化していく、その一番の聴き所の印象が薄いのです。ジェルモンには彼なりの苦闘があると思うのですが、そういうところが余り感じられずに、むしろすっかり割り切ってしまっているという感じがしました。

 それでも、3幕目のパパタナシュのアリア「道を踏み外した女」は素晴らしい出来でしたし、二重唱の「パリを離れて」も心を打つものがありました。

 指揮のレプシッチは新国立初登場。「破綻の無い指揮」という感じで終始していましたが、二幕目、三幕目で、舞台が盛り上がるところで、オケのトーンが落ちてしまい、「おやっ?」と思うことがありました。あくまでも、歌手を浮き出させようとする主旨なのでしょうか?

 色々とネガティブなことを書きましたが、美しい舞台と充分な水準の歌手で、楽しめた公演でした。

 なお、幕間に、1階のロビーのヴェルディ協会のブースに立っておりました。お立ち寄り頂いた皆様に感謝致します。ヴェルディ協会では、来年2月1日にサントリーホールブルーローズで「創立20周年ガラコンサート」を開催します。どうぞ、皆様お越しくださいませ。

指揮:イヴァン・レプシッチ
演出:ヴァンサン・プサール

ヴィオレッタ:ミルト・パパタナシュ
アルフレード:ドミニク・チェネス
ジェルモン:須藤慎吾
フローラ:小林由佳
アンニーナ:増田弥生
新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー管弦楽団

マリインスキー歌劇場「スペードの女王」

 11月30日の東京文化会館でのマチネに行って来ました。ゲルギエフの十八番のこの作品ですが、日本で公演されることは滅多にありません。僕も生で聴くのは初めてです。

 何よりも、チャイコフスキーの音楽が美しい!序曲はロマンチックで、かつロシアの荒々く広大な大地を感じさせる(なぜか、映画「ひまわり」を思い出してしまいます)壮大な響きが素晴らしいです。3幕目の序曲などは、ウルウルしてきました。ゲルギエフの指揮は、抑え気味ですが、弦のハーモニーを美しく浮きだたせていました。

 歌手では、リーザ役のイリーナ・チュリロワが感情が良く表されたゴージャスな声で魅了されました。3幕でのゲルマンを待っての「悲しみにも疲れ果てた」は絶品。ただ、対するゲルマンのミハイル・ヴェクアが今ひとつでした。高音を持ち上げるようなかったるさがあり、情感がこもらないフラットな歌い方、声量もチュリロワに比べて劣るので、二重唱が盛り上がりませんでした。この役を得意としていると言う、ダブルキャストで12月1日に歌うウラディミール・ガルージンを聴いてみたかったです。

 トムスキー伯爵を歌ったバリトンのウラジスラフ・スリムスキーは安定していて、歌にも演技にも余裕があり、舞台を締めていました。エレツキー公爵のロマン・プルデンコも同じくバリトンですが、ちょっと声を作っている感じ。しかし、公爵という役柄にはあった作り方(威厳のある)で悪くなかったです。

 合唱が多い作品ですが、合唱団は奥行きがあって素晴らしい歌唱でした。

 舞台美術と衣装は、クラシックとモダンを折衷したもので、非常に洒落ていて良かったと思います。ただ、演出は少しだるい。人の動きが緩慢としていて音楽に合っていない感じがしました。特にリーザが死ぬシーンは、川に飛び込むのではなく、次の場面の賭博場の中をゆっくり歩いて消えて行くのは、やや目障り。

 全体に上質なオペラを見た感じがしましたが、「長かった」と感じてしまったのは、筋書きがちょっと退屈なのですね。プログラム(¥1,500-でとても充実していました!)にも詳しく書いてありましたが、プーシキンの短編小説を伸ばして、色々と場面を加えて作られたオペラ作品とのこと。個人的にはプッチーニの「外套」のように、短編小説っぽいオペラにしてくれたほうが良かった感じがしました。ダブルビル用とか、トリプルビル用にするとか、、、、これを、今ここで言っても全くしかたないんですが。。

 ともあれ、この作品と「マゼッパ」というマイナーな作品を持ってきてくれたマリインスキー歌劇場とジャパン・アーツに大感謝です。「椿姫」ばかりの来日引っ越し公演の中で、このようなプログラムは光ります。

指揮:ワレリー・ゲルギエフ

演出:アレクセイ・ステパノフ

ゲルマン:ミハイル・ヴェクア
トムスキー:ウラジスラフ・スリムスキー
エレツキー:ロマン・ブルデンゴ
チェカリンスキー:アレクサンドロ・トロフィモフ
スーリン:ユーリ・ウラソフ
チャプリツキー:アンドレイ・ゾーリン
ナルーモフ:ドミトリー・グリゴリエフ
伯爵夫人:アンナ・キクナーゼ
リーザ:イリーナ・チュリロワ
ポリーナ:ユリア・マトーチュキナ(ミロヴゾール「ダフニス」)
マーシャ:キラ・ロギノヴァ
プリレーパ(クロエ):アンナ・デニソヴァ
児童合唱:杉並児童合唱団
マリンスキー歌劇場合唱団、管弦楽団

「二人のフォスカリ」と「ルイーザ・ミレル」

 レオ・ヌッチの引退というニュースを聞いて、すっかり落胆してしまい、パルマで聴いた2つのオペラの感想を書いていませんでした。それにしても、今回聴いたGALAが最後になったのかなぁ。

「二人のフォスカリ」を生で見るの初めてです。Tutto VerdiのBlueRayでは何度も見ていたので、この演目もヌッチのイメージが出来上がっているのですが、今回は、今、人気上昇中のウラジミール・ストヤノフが老フォスカリ、日本でもお馴染みのステファン・ポップ(今も来日中のはず)がヤコポ・フォスカリでした。会場は、パルマ王立劇場。海外の劇場の中では、一番回数多く訪れているところで、きれいだし、大きさも中くらい(1500名)で丁度良く、来ている人も適度にドレッシー、適度に老若男女入り交じり、そして、バーも充実しています。(休憩が短いのですが。)

 この公演、指揮がとても良かったです。パオロ・アリバベーニという指揮者は初めてでしたが、全体にレガートで、高まるところをギューッと締めるという感じの指揮で、メリハリがついていて良かったです。歌手ではなんと言ってもストヤノフが、気品があり、老フォスカリの悲しさがそのまま声になったような表現力とあいまって、舞台を支配していました。このくらいの力量があると、ヌッチのイメージも消えますね。ステファン・ポップも非常に良かったのですが、声量がややあり過ぎて、ピアニシモを多用するストヤノフとの対比がちょっと気になりました。ヒロインのルクレツィアを歌ったマリア・カザルヴァは初めて聴きますが、終始叫びまくっていたイメージ。それと、ブレスの音がきつくて気になりました。あまり評価できません。

 演出、舞台美術は秀逸でした。舞台の奥がアーチ状の壁になっているのですが、それがすだれのような板で構成されていて、そこにモノクロ10人委員会のメンバーの顔が出たり、幾何学的な模様が出たり、単なる素通しになったりするのが、とてもシンプルで洒落ているのです。ヤコポが投獄されているところは天井から鎖が何本も下がってきて表現します。歌手の衣装は時代物ですが、舞台のほうは現代っぽい。お金はかけないが、ドイツの歌劇場みたいな、素っ気なく、かつ難解なものとは違って、好感が持てました。t05_c.jpg  フォスカリのステージ(後方の壁上部にグラフィックが出る)

 この演目、日本でついぞ上演された記憶がないのですが、まあ、あまりにも地味すぎるのでしょう。地味と言えばシモン・ボッカネグラも地味なのですが、フォスカリは地味な上に、役柄の持っている憎しみや悲しみの必然性が良くわからないのです。シモンでは、なぜ、フィエスコがシモンを憎んでいるのかが、25年前のプロローグから良くわかるのですが、フォスカリの場合はロレダーノがなぜフォスカリ一族を滅亡させるまで恨んでいたのかが明確ではありません。

 とは言え、美しいオペラでした。

翌日は、場所を変え、修復中の市内中心部にある、聖フランチェスコ教会を会場にした「ルイーザ・ミレル(ミラー)」でした。僕たちの泊まったフラットから歩いて3分、休憩時にトイレに戻れるくらいの距離で便利でした。教会の内外すべてが足場に覆われており、まったくの建築現場。ここをオペラの舞台にしてしまうなんて、すごいアイデアですね。同じ市内にある、ファルネーゼ劇場を使う手もあったと思うのですが、教会の方が視覚的にも音響的にもインパクトあります。

 この日の指揮はロベルト・アバド。今回のフェスティヴァル・ヴェルディの総監督でもあります。彼の指揮を聴いた人からは、絶賛の声は聞いていなかったので、それほど期待していなかったのですが、なかなか良かったです。オケを強くコントロールするという感じではなく、適宜、比較的自由に泳がせておいて、要所を締める、フォスカリよりももっとゆったりとした感じで、この演目にはあっていました。安心して聴けました。ルイーザのフランチェスカ・ドット。レッジェロなしかし、良く通る声。装飾歌唱も美しく、芝居もなかなか良かったし、満足です。ロドルフォを歌ったアマディ・ラーニャ、父ミラーのフランコ・ヴァッサーロ、ウルムのガブリエレ・サゴナ、伯爵のリカルド・ザネラートと皆、水準以上の歌唱でしたが、この日はフェデリカのマルティナ・ベッリが急に降板し、代役となった歌手(アナウンスだけだったので名前を覚えていません)が、いまひとつでした。アンダーとして良く練習しているのはわかるのですが、何せ声量がなさ過ぎて、他の歌手とのやりとりが厳しかったです。

 演出は、舞台美術に関して言えば120点。教会の石壁と、そこにかけられた足場を有効に利用し、カーテンのない舞台で、幕間の舞台の変換も演出していました。なかなか、こういうのを体験する機会はないと思います。しかし、演出はラストでずっこけました。というのは、最後、死ぬのがルイーザ、ロドルフォ、ウルムの3人だけではなく、残りの出演者全員が死んでしまうのです。ロドルフォが、招待客の入っていない、フェデリカとの結婚式場のテーブルにあるワインカラフェ(20くらいある)すべてに、手に持った小瓶から毒薬を入れてしまい、最後はこのワインで全員乾杯でした。これでは、ストーリーも代わってしまいます。ボルジア家みたいですね。そこまでは、演出とても良かっただけに、ちょっと気が抜けてしまいました。

th1_105_c.jpg
フランチェスコ教会

th105_c.jpg
ルイーザ・ミレル カーテン(?)コール

 しかし、数年前にはその年の5月になっても、演目どころか開催も危ぶまれていたA「フェスティヴァル・ヴェルディ」、今年はすでに来年の演目が発表されていたのにはびっくりしました。強力なスポンサーが付いたのでしょうか?来年は、王立劇場で「イ・ロンバルディ」、「エルナーニ」、ブッセートで「リゴレット」、フランチェスコ教会(まだ修復中か?)で「マクベス」です。詳細は1月末に発表のようですが、期待できますね。