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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

東フィル定期公演@オペラシティ

 4月16日の東フィル定期公演に行って来ました。1月以来のバッティストーニです。

 バッティは指揮台に現れると、フランス語で「パリのノートルダムのために」と言って、おもむろに「ラ・マルセイエーズ」を演奏しました。この日に、大火災にあった、ノートルダム寺院に敬意を表したのだと思いますが、なかなか感動的でした。おそらく、急いで楽譜を用意して練習をしたのだと思います。

 この日は、東フィルの2019年度シリーズの初日、しかも新天皇の即位を控えているということで、前半は「王冠」、「戴冠式」とお祝いムードの強いメニュー。ウォルトンの「王冠」は、バッティの好きそうな歯切れの良い明るい曲。続く、モーツァルトのピアノ協奏曲は、小山実稚恵の、一音一音をきちんと、しかしまろやかな演奏が、なんだか懐かしい感じ。ちょっと、リリー・クラウスを彷彿とさせるような優雅さと上品さがありました。しかし、逆に言うと、最近の個性あるピアニストに比べると、自己表現にやや物足りない感じもありました。

 休憩をはさんで、チャイコフスキーの交響曲第4番。5番や6番に比べると演奏される機会は少ないですね。聴き応えがあったのは、第3楽章。弦楽器がすべてピッチカートで演奏され、演奏者は弓には手も触れません。中間部に来る木管のロシア民謡風の音楽とのマッチングがとても魅力的でした。そして、第4楽章は、爆発するような怒濤のパワー。バッティの本領発揮です。それにしても、先月のプレトニョフのハチャトゥリアンは、それ以上の爆発だったのですが、プレトニョフの指揮のアクションはミニマム。バッティストーニとえらい違いです。ムーティも若い頃から比べると、指揮の動きは少なくなっていますから、年齢にもよるんでしょうね。変なところが気になりました。

次の観劇は、二期会の「エロディアート」です。

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』
ウォルトン : 戴冠式行進曲『王冠』
モーツァルト : ピアノ協奏曲第26番『戴冠式』*
チャイコフスキー : 交響曲第4番
エルガー:『威風堂々』

*ピアノ:小山実稚恵

指揮:アンドレア・バッティストーニ
東京フィルハーモニー交響楽団
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クルレンツィス & コパチンスカヤ

いや、凄い物を聴いてしまいました!クルレンツィスとムジカエテルナは、デビュー作の「フィガロの結婚」から、ほとんどのCD録音は聴いていますが、やっぱり「生」は違う。心臓をわしづかみにされたような感覚でした。

まずは、コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲ニ短調作品35。クラシックという概念を超えて、JAZZのフィドルとのライブセッションのような、不思議な鋭い緊張感があります。チャイコフスキーの叙情感は徹底的に削減され、音楽の神経シナプスを浮き彫りにしたような演奏。とは言っても神経質な感じではないのです。ピアニシモの音の小ささがすごい。耳鳴りが残っているのかと思うような弱音。そこから悪魔が地底から飛び出して来るような強音。ヴァイオリンとオーケストラの融合感はキュビズムの絵画のように、抽象的な印象の塊になっています。コパチンスカヤは、演奏の時に、靴を脱いで裸足です。床に無造作に置かれた真っ赤な靴が、脱ぎ捨てた日常感のようでした。コパチンスカヤという名前、フィギュアのスケーターみたいですが、今回は4回転アクセル跳んでましたね。

ソロ・アンコールの3曲、知らない曲ばかりでしたが、これも凄かったです。ミヨー、リゲティ、ホルヘ・サンチェス・チョンという、フランス、ハンガリー、ヴェネズエラの現代作曲家の短編を、それぞれ、クラリネット、もう一台のヴァイオリン、そしてコパチンスカヤ自身の声(叫び声)とデュオして、強い炭酸のアルコールカクテルのように、振る舞ってくれました。

そして、休憩を挟んでの交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」。この作品の初演で指揮をして、9日後に亡くなったチャイコフスキーの状況を表すように、生と死との間を行き来するような、鬼気迫る演奏でした。クルレンツィスは、オケから音を引き出すというよりは、オケの音楽の塊の中に存在し、音を自分の体の筋肉で動かし、振り回しているという感じ。ここでも弱音と強音の対比は凄まじい。管楽器であれほどの弱音を出すのはさぞ難しいだろうと思います。昨日の公演後のパーティーで、クルレンツィスはパーティで、「この曲を連日演奏してくれと頼まれることがあるけれど、とても無理。毎日生きたり死んだりしていられない」と語ったと聴きましたが、そうでしょうね。聴いているほうも、曲が終わってもしばらくは立ち上がれないほど消耗しました。

今日の公演、行く前から素晴らしいだろうとは思っていましたが、その予想を更に突き抜けました。これなら、あと2公演のチケットも取っておくべきだったと今になって後悔。9月のルツェルン音楽祭では、4日連続でフィガロ、バルトリとのリサイタル、ドン・ジョヴァンニ、コジ・ファン・トゥッテをやるというものすごい公演があるのですが、行きたくなりますね。

ところで、今週は2度Bunkamuraに来ました。金曜の夜に、「クマのプーさん展」のオープニングレセプションがありまして、これに出品されている絵画は、すべて英国のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の所蔵品なのですが、僕は、V&Aの日本でのライセンスセールスエージェントをしているので、出席したという訳です。クルレンツィスのパンフレットの間に、プーさんの展覧会の案内が入っていましたが、ちょっと公演の後に行くには、カフェかなんかで相当心を落ち着けてから行かなければならなかったでしょう。

次のコンサートは、15日金曜日の東フィル定期公演、ミョンフン指揮のマーラー交響曲第9番です。

魔法使いの弟子、バッティ

ちょっと前になりますが、1月25日の東フィルの定期公演の感想です。

第122回東京オペラシティ定期シリーズ
指揮:アンドレア・バッティストーニ
デュカス/交響詩『魔法使いの弟子』
ザンドナーイ/『白雪姫』
リムスキー=コルサコフ/交響組曲『シェエラザード』

いやぁ、バッティを堪能したプログラムでした。今回は、童話をテーマにした3つの曲構成。まず、「魔法使いの弟子」は、ディズニーの1940年のアニメーション映画「ファンタジア」で有名です。僕も小学校の低学年の時に、父親に連れられて、鎌倉の由比ヶ浜にあった“文化座(?)”というかまぼこ形の映画館で見た記憶がありますが、音楽の強烈なイメージが今でも脳の深いところに記憶されています。この時の指揮者は、レオポルド・ストコフスキーでした。バッティの指揮も、まさに映画が目の前で上映されているかのような迫力があります。今まで指揮してきた、ファランドールや展覧会の絵とも共通性のある、立体的で彫刻的な音の構成(あるいは攻勢)。息をつく暇も無いという感じです。指揮棒の先から7色の光りが出ているよう。

そして、コルサコフのシェエラザードですが、これはバレエで良く聴いています。もともとはバレエ曲ではありませんが、1910年にミハイル・フォーキンが振り付けたのですね。最近では、去年の世界バレエAプログラムで、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの鉄板コンビで踊られていますが、その際にオーケストラで演奏されています。しかし、なかなか全曲を聴くことは少なく、今回はその美しいメロディを堪能しました。ヴァイオリンが引っ張る部分が多く、コンサートマスターの三浦章宏さんの出番が多かったのも嬉しかったです。

コルサコフを聴くと、ストラヴィンスキーもバッティで聴きたくなりますね。春の祭典、やってくれないでしょうか?

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ

遅くなりましたが、本年もどうぞ、よろしくお願いを致します。

今年の“聴き始め”は、毎年恒例、ジャパンアーツの「ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ、ニューイヤー・コンサート」でした。場所はオペラシティ。

まあ、お正月のシャンパンのようなものなので、粗を探したり、真面目にレポートしたりするものではないと思います。とにかく楽しかった!小編成の室内楽的オーケストラなので、迫力には欠けますが、その分、繊細で美しい音を聴かせてくれます。今回は、バレエと声楽付き。

特に良かったのが、バス・バリトンの平野和。前にアイーダのエジプト王で聴いているようですが、あまり印象に残っていません。ところが、この日は凄かった。圧倒的な声量と下から上まで実になめらかに輝くような声が出て来ます。バス・バリトンだが、全くモゴモゴしない。素晴らしいです。さすが、ウィーン国立音大を主席で出て、フォルクスオーパーの専属歌手として10年間契約して、主役級で歌っているだけあります。背が高くイケメンですから、日本でももっと出てくれればファンが増えると思います。

バレエが入ったのも、豪華で良かったですね。年末年始のコンサート色々とありますが、うちはこれで決まりです。

次は藤原の「ラ・トラヴィアータ」です。

【第1部】
ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲

ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル「浮気心」…□

ヨハン・シュトラウスⅡ:貴歌劇「ジプシー男爵」より《読み書きは苦手》…●

ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィーンの森の物語」

ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」より《田舎娘を演じる時は》…○

カール・ミヒャエル・ツィーラー:ワルツ「いらっしゃいませ」…□

ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ

ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「ウィーン気質」から二重唱《これがなくちゃあ許せない》…○●

【第2部】
ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」

ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル「狩り」…□

カール・ミレッカー:喜歌劇「乞食学生」より《肩に口づけしただけだった》…●

ヨハン・シュトラウスⅡ:皇帝円舞曲

フランツ・レハール:喜歌劇「ジュディッタ」より《熱き口づけ》…○

フランツ・レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」より《唇は語らずとも》…○●

ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」…□


ソプラノ:アネッテ・リーピナ … ○ 
バス・バリトン:平野和 … ●

東フィル定期公演バッティストーニ指揮「ザ・グレート」他

 久々の東京フィルハーモニー定期公演。いつもながら、満席です。今日のプログラムは、ロッシーニのオペラ序曲を3曲と、シューベルトの交響曲「ザ・グレート」。

 ロッシーニの序曲は聴き応えのあるものでした。ただ、ロッシーニは、もっと軽やかに聴きたいというのが本音。バッティは、いつもながら、音の強弱、緩急にメリハリを付けて、どちらかというと派手に鳴らしてくるのですが、なんだかちょっと粘っこくて、ヴェルディのように聞こえてしまいました。実際この指揮者はヴェルディとかロシアもののほうが良いですね。一年に何回も彼の指揮を聴いていると、やや一本調子なのが気になってきます。今の振り方だと、モーツァルトなどはまだ厳しいかなぁという気がします。

 それに比べて、シューベルトのザ・グレートは、軽快でいい感じでした。第1,第2楽章は、バッティにしては押さえた感じでしたが、第4楽章はバッティ節炸裂!特にトロンボーンが力強かったです。あまり聴くことのない、この交響曲を充分楽しみました。いつものように、アンコールは無し。繰り返しも無し。交響曲の後にアンコールが付くのが好きで無い僕には、とても良い終わりかたでした。

ロッシーニ/歌劇『アルジェのイタリア女』序曲
ロッシーニ/歌劇『チェネレントラ』序曲
ロッシーニ/歌劇『セビリアの理髪師』序曲
シューベルト/交響曲第8番『ザ・グレート』