プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

新国立"オテロ”

新国立の今シーズンの初日、オテロに行ってきました。なかなかの満足感。

デズデーモナ役がノルマ・ファンティーニからタマール・イヴェーリに代わったとこのこと。この代役のソプラノが非常に良かった。1幕目はややゴージャスなロシアっぽい声だったが、歌い込むに連れて気品のある清らかなデズデーモナという感じになり、ピアニシモの声が素敵。

特に第4幕は”アヴェマリア”を中心に彼女の独壇場。

オテロ役のステファン・グールド、どっかで見た名前なのだが思い出せない。

歌い出しはヴァリトンではないかと思う重さがあり、高音も重い。決して聞きにくいわけではないが、ヴェルディっぽさがない。履歴を見ると、ワーグナー、やフィデリオが多いようで、やや声の質が違うのではないかという気がした。オテロと言えばスカラ座では、初演の時のタマーニョのイメージを継承し続けているという事で、デルモナコ、ドミンゴもそのイメージのようだが、今回のグールドはどうもそのイメージの声ではなかったことは確か。

しかし、感情の表現はなかなか素晴らしいので、グールドのオテロとして聞けば決して悪くない。
ピクチャ 1 1


イアーゴ役のルチオ・ガッロは以前新国立でドン・ジョヴァンニのタイトルロールで出て、素晴らしかった。残念ながらヴェルディ・バリトンとしては明るすぎる感じで、イアーゴも善人に聞こえるが、原作からするとそれで良いのかもしれない。レチタティーヴォで、音が決まらないところがあったのも残念。

カーテンコールではデズデーモナとイアーゴへの拍手とブラボーが多く、オテロへは少なかったが、それほどグールドが悪くてガッロと差があったとは思えない。

フリッツァの指揮は、一幕目最初の嵐の音楽の9つの和音の集合のところ、いくらなんでも音が大きすぎてホール内で割れたようになってしまっていた。(こちらの鼓膜が悪いのか?)2003年に来日したスカラ座のムーティーの指揮が脳裏に残っているが、同じ大音量でも、金管の音がはっきりとひとつひとつ浮かんで聞こえるようだった。今回、このスタートのハウリング(?!)でやや冷や水浴びさせられた感じあり。

その後は、特におかしな点はなく、金管、木管のソロなどは非常にきれいに鳴っていた。

特筆すべきはマルトーネの演出。まず舞台の奥行きを充分に使い、水を張った運河の真ん中にある塔の使い方が素晴らしい。前面を向いた建て込みが少なく手前客席を海に、奥を空に見立てた舞台は、キリコの絵のように現実と非現実が混じり合った世界になっていた。

その舞台で、オテロの妄想をデズデーモナとカッシオが演じて見せるのは、非常に絵画的で美しかった。ま、これは見る人によって評価は分かれるかもしれないが。

最近、スカラ座のアイーダ、佐渡裕のカルメンと、奥行きの無い平面的でベタッとした舞台を見ていただけに、今回「オペラはこうでなくては!」と思いました。

今回B席で13,000円でしたが、スカラ座の最安席の半分!!ずいぶんと価値があります。

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ミラノスカラ座ガッティ指揮特別演奏会

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ドン・カルロの指揮では、新聞ブログなどの批評で "ボロクソ”にたたかれ、会場でもブーが出たというガッティの演奏会ということでこわごわ行ってきました。

ところが一曲目のルイーザ・ミラーの序曲、なかなか良いのです。

出だしで音の強弱付けすぎている感じがありますが、オペラの不安定なムードを良く出していました。

今回は、ナブッコ序曲、シチリア島の夕べの祈り序曲と、序曲関係は良く、この人は交響楽的指揮者だったのかと感じました。

ただ、オーケストラはややゆるい感じで、ロンバルディア人は、弦がばらけた感じ、そしてホールの特質もあるのでしょうが、管楽器が全体にしょぼい印象を受けました。

ナブッコの「行け我が思いよ」を聴くと、ヴェルディの妻子3が亡くなった後にもしこの曲が出来ていなかったら、その後のヴェルディも無かったのではないかと、いつも思ってしまい、なかなか冷静になれません。つまりこの曲は何でも良く聞こえます。

ただ、合唱はナブッコに限らず全体的に、アイーダの時に見えなかったアラがやや見えて、立ち上がりにバラケがあったり、ちょっと雑な感じがありました。1回だけの公演ということで練習が不足していたのでしょうか?

それでも最後のアイーダの「エジプトの栄光」まで、ガッティの指揮はなかなか印象深かったです。テンポ感が良いわけではなく、妙に弦を伸ばしたりするのが、やや気になるのですが、ガッティの作りたいヴェルディの曲が、どういうものかというのは良くわかりました。その点は淡泊だったバレンボイムより迫力がありました。

ただ、ムーティが去った後、音楽監督がいないスカラ座、もとより”まとまろう”という力があまりありそうな楽団ではないので、マエストロというポジションにバレンボイムがいるとは言え、長いビジョンで音楽の方向性を指し示す役割を果たす指揮者がいないと、スカラ座の音楽のレベルを下げるのではないかという危惧をもちました。たまたま、最近買った70-90年代のスカラ座のDVDの10枚セットでアバド、ムーティが指揮しているのを見ると余計にそう思います。


二人のフォスカリ

スカラ座が来日したこともあり、Verdiのオペラを色々とDVDで見直しているのだが、最近買ったまま見ていなかった「二人のフォスカリ(I Due Foscari)」をスカラ座版とサン・カルロ歌劇場版の2枚で見比べてみた。

ベルディは30に近いオペラを書いているのだが、海外では公演されることがままあっても、まず日本では見られない作品も多い。私の大好きな”シモン・ボッカネグラ”をはじめ”エルナーニ”、”仮面舞踏会”、"ファルスタッフ”、"スティッフェーリオ"、"アッティラ"、そして”二人のフォスカリ”あたりがその筆頭だ。フォスカリ

この写真は2000年ナポリのサン・カルロ歌劇場のもの、老フォスカリはレオ・ヌッチが演じ、1988年のスカラ座版は、レーナード・ブルゾンが演じている。時代設定も、演出もかなり違う2つの公演だが、いずれにしろ、この作品は暗い。ベルディの作品の中でも最も暗く、オペラの中でもこれほど救いの無いエンディングの作品はあまり無いのではないだろうか?プッチーニの三部作の最初の「外套」が暗さでは競うと思う。

が、音楽がさほど悲壮ではないので、ストーリーほど暗い気持ちにはならないので、なんとか救われる。逆に言えばストーリーと音楽がややちぐはぐで、そこらへんが今ひとつ人気が無い理由だろうか? シモン・ボッカネグラや椿姫につながる表現がそこらに出てきて大変おもしろい作品ではある。

ところで、来年1月には、ニューヨークのメトロポリタンで"スティッフェーリオ"と"シモン・ボッカネグラ”がほぼ同時に上演される。シモンの方はドミンゴがバリトンで歌うとのこと。昨年の今頃、サン・フランシスコオペラまでディミートリー・ホロストフスキーがタイトルロールをやったシモンを見に行ってとても良かったので、これが又ドミンゴで見られるなら是非行きたいものだと思っている。


スカラ座来日公演"アイーダ”

公演寸前になって、歌手に急病人が大挙(4人?)出て、キャスト交代が相次いでしまったスカラ座公演。もしかして豚インフルエンザか? 誰がだれになったのか良くわからないうちに初日のアイーダに行ってきました。

とにかく、バレンボイムの振るヴェルディを聴く! これが何より今回の大目的。結果、非常に満足でした。実に緻密な音を出します。かと言って弱々しいわけではなく、変に自己主張をするためのテンポなどもなく、音楽がストーリーを奏でるという感じ。一週間前から、気に入りのアバドとカラヤンのアイーダのCDをずっと聴いていましたが、両者とも全く違う世界でした。表現するボキャブラリが少なくて失礼。

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歌手は総じてレベルが高かったのですが、特にアムネリスに代役で出たエカテリーナ・グバノヴアは突出して良かったです。登場人物中最も複雑な心境を見事に歌に込めていました。ほとんど歌手は正面を向いて立って歌うというクラシックな演出で、寝転んだりしながら歌うこともないので、歌手は歌に集中でき、これが良かったと思います。

神官のランフィスも一幕目冒頭をはじめ、重要なところで歌いますが、ジョルジョ・ジュゼッペー二のバスは素晴らしかったです。エジプト王のカルロ・チーニとの二重唱はグッとくるものがありました。

ラダメス役のヨハン・ポータ、一幕目ややで音が安定ぜず、「清らかなアイーダ」への拍手も少なめでしたが、序々に声が温まるとグッと良くなり、3幕目幕切れのあたりは聴かせました。

タイトルロールのヴィオレッタ・ウルマーナもとても良かったのですが、今回はアムネリスに喰われた感じあり。2幕目のアイーダとのやりとりでも4幕目のクラリネットが印象的な旋律でもアムネリスのグバノヴァは心を揺するものがありました。

アモナスロのホアン・ポンスは、今回グバノヴァと並んで最も観客の拍手が多かったのですが、個人的にはやや単調かな、という感じを持ちました。二幕目の甘い二重唱から激高していくところなど、瞬間湯沸かし過ぎる感じを受けました。

とは言え、歌手全体がすごいレベルの高さ。また忘れてはいけないのが、合唱の迫力。 新国立のアイーダに比べると、国産の普通アンプと、マッキントッシュの真空管アンプの2本立てくらいの違いがあります。

ただ、NHKホールという舞台の制限からか、せっかくのゼッフィレッリの舞台装置が「豪華絢爛」というtころまで行きませんでした。特に最後の2重舞台が出来ず、地下牢を電気ごたつのようにしてしまったのは残念。舞台は新国立に軍配を上げます。

アイーダを聴くと、いつも思うのですが、ヴェルディが正妻ストレッポーニへの愛をベースに作ったラ・トラヴィアータに比べて、20数才年下の愛人テレーザ・ストルツへの想いを全開にしているこのアイーダ、もちろんワーグナーへの対抗心もあるのだろうけど。その甘さとはかなさがに自身の愛を込めて作った旋律は、他のヴェルディのオペラとは異質な音を作っていると思います。


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