プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

シモン・ボッカネグラが日本で来年見られます。

速報です。来年6月22日、大阪のいずみホールで、堀内康雄のタイトルロールで、シモン・ボッカネグラが公演されます。堀内さんのホームページに予定が載っています。http://homepage2.nifty.com/Ainoyume/page057.html

いや、日本でやるのは、1976年のNHKイタリアオペラ以来か......まさかそんなことはないとは思いますが、こちらはシモンを見に、ここ5年の間にサンフランシスコ、ニューヨーク、チューリッヒまで足を伸ばしたんですから、大阪くらいまで行くのは何てことはありません。しかも大好きな堀内康雄さん。

最近はヴェルディの演目の中でも、シモンは世界各地で、ヌッチ、ドミンゴ、ホロストフスキーなんかが唄っているのに、日本ではさっぱりでした。今月も、サンフランシスコオペラでやってるし、今日はニースでもやってます。2月にはロサンジェルスでも、スカラ座でも、、。日本でこれだけしいたげられてしまったのは、NHKイタリアオペラで来た他の演目、オテロとかトスカ、愛の妙薬なんかに比べて、地味だったので、当時の批評家(誰だ!)がボロクソ言ったのですよ。それで、以降、シモンはダメだ、という偏見が出来てしまったんですね。

いずみホールの企画公演のようです。たいしたもんです。

あ、でも6月20日までラスベガスに出張だ!そのまま大阪に飛んで見るしかないかなぁ。


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マリエッラ・デヴィーア降板、シチリア行き断念

いや、残念! 来月27日にシチリアのパレルモマッシモ劇場で、ヌッチの”二人のフォスカリ”、2日後の29日に、そこから車で2時間ほどのカターニャのマッシモ・ベリーニ劇場で、デヴィーアのトラヴィアータを見にいくつもりで、フライトからホテルまでの手配をすべて終えていたのですが、ここに来て、デヴィーアが降板。代わりにダブルキャストで、Yolanda Auyanet / Daniela Schillaciという配役になったのですが、知らないなぁ....  結局ヌッチのフォスカリだけのために、うん十万円かけてシチリアまで行くかどうかということを迫られることになりました。

で、結果あきらめました。コスト効率が悪すぎる。来年、ヌッチはリゴレットで、デヴィーアはトラヴィアータで来日する、というのが理由です。しかし、フライトのシートのアサインまでして、仕事でミラノにも寄るつもりでいたので、正直相当ガックリきました。でも、もともと、この頃は講義を持っている東京理科大学大学院 の授業関係も忙しいので、休講したくなかったし、ロサンジェルスから叔父夫妻も来るので、まあ、最初からけっこう無理があったんです。

フォスカリは実はDVDではヌッチの2000年のサンカルロ歌劇場のを持っています。これはなかなか良い、サンティの指揮もいいし。フォスカリも暗い演目ですね。ちょっとシモンに似ています。先月、ロサンジェルスオペラで、ドミンゴがタイトルロールをやっていました。ドミンゴの場合、バリトンに声をさげても、かなりテノールっぽいので、そういう意味ではヴェルディのバリトンは出来るんですが、(フィガロはできない)ただ、やっぱりヒーローそのものの人ですから、リゴレットとかヤーゴとかは難しいんですよね。だから、今まで、ジェルモン、シモン、フォスカリとここ5年くらいでやってきました。すでに70歳ですから、あと5年、フォスカリは見る機会がありそうですね。あとはナブッコができるんじゃないかなぁと思います。

ただ、やはり名テノールですが、名バリトンではないんですよ。それはヌッチのほうがすごい。

来月ヌッチが来ます。チケットはとってあるんですが、サイン会にならんで、つたないイタリア語で11月のフォスカリ見に行きます、と言おうと思っていたんですが、無理になりました。

この不満というか、やり場のない怒りを、なんとかすべく、本日は家内と来年5月のザルツブルグ音楽祭行きのフライト手配しました。バルトリのノルマ、バルトリとルネ・パーペ(すごい組み合わせ)のドイツレクイエム、そしてその2日前にザルツブルグでフォークトのマイスタージンガー。全部取って、フライトもホテルも取って、やっとすっきりしましたとさ。

オペラ イタリア派、ドイツ派

今日は、加藤浩子先生の「ヴェルディとワーグナー」2回目の講義でした。今日のテーマはトラヴィアータ。これは、僕が生で一番たくさん見ている演目、当然大好きな演目ですが、色々名演出があるもので、コンビチュニーの最近の演出では、実際にいるのかいないのか、良くわからなかった、アルフレード・ジェルモンの妹が登場したり、死にそうなヴィオレッタからアルフレードが写真をもらうのを嫌がったり、普通の演出だと、「ま、そんなもんか」と見過ごしてしまうようなところを、常識に合わせてはっきりさせているところがおもしろいです。個人的に、コンビチュニーが好きかどうかと言われると???で、むしろデッカーなんかのほうが好きかもしれませんが、このトラヴィアータはおもしろい。また、若い人にはわかりやすいと思います。

加藤さんは、フェイスブックでもこのことを取り上げていて、FB仲間で話しがはずみましたが、その中で演劇ジャーナリストの方が、イタリアオペラは歌舞伎で言えば世話物、ドイツオペラは時代物と書いていましたが、これはおもしろくて、すぐに「プッチーニまで行くと新派ですね」と書き込みしました。僕は、昔は歌舞伎も良くみましたが、最近はせいぜい一年に一度行くか行かないか。でも、トラヴィアータの2幕目なんかでは、ヴィオレッタとアルフレードには、「ブラヴィ!」の代わりに「よっ、御両人!」と声をかけたくなりますね。メロ・ドランマですからね。

それで、一方のドイツオペラのファンというと、いわゆるワグネリアンが代表なんですが、これについて、加藤さんが、痛烈な意見を彼女のブログに載せています。

http://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

是非、ごらんください。このブログ、サイトがリンクしないんで、コピペお願いします。

たしかに、ワーグナーを好きな人の中には、ワーグナーしか許容しないという人が多くいますね。あと、オペラを見ることに、非常にステータス性を求めているというか、感じているというか、そういう人も多いですね。以前、メータが、バイエルン歌劇場を連れて来たときに、マイスタージンガーの非常に良い席をあるスポンサーからもらいましたが、その席が、ワーグナー協会の方々の、ど真ん中でした。そんなこととは知らず、となりの方に話しかけられたら、ワグネリアン予備軍と思われて、色々な方に紹介されてしまい困りました。ワーグナー協会の方が皆そうだとは思いませんが、その時はイタリアオペラの話する雰囲気ではなかったですね。一緒に公演された、ヘンデルの”アリオ・ダンテ”でさえ、「なんで、あんなのを....」という感じでした。

僕は車が大好きで、しょっちゅう乗り換えてます。たまたま今はフランス車2台に乗っています。何故か逗子は、イタリア車、ドイツ車、フランス車、スウェーデン車(ボルボもサーブも)、イギリス車と多種の車が我が家から10軒いないにそろっていますが、鎌倉に行くと圧倒的にベンツ、BMW率が高いです。僕の偏見もありますが、なんか、ベンツ、BMWに乗っている人っていうのは、車が好きなんじゃなくて、お金を持ったらステータスとして、ベンツという、決まり切った法則に乗っているだけのような気がするんです。安全性だとか、高速安定性だとか言いますが、自分の車のサスペンション形式もわかっていない人がほとんど。びっくりしたことに、ベンツ、ボルボのディーラーで車買おうと思って、サスペンション形式を聞いたら、セールスがわかってないんですよね。僕は知っていましたけど、まさかと思いテストしてみたんです。そのくせ、「お客様でしたら、Eクラスがお似合いになるのでは」とか言うんですよ。アルマーニの店に言っても同じようなこと言われますから、ドイツに限ったことでなないですね。

まあ、言い過ぎかもしれないけど、社会的地位が高くなった→海外にも良く行っている、ヨーロッパに暮らしていた→インテリジェンスのある趣味を持っている→ワーグナーを良く見て理解している(つもり)→バイロイト音楽祭も行きました。→イタリアオペラね、お涙ちょうだいで下世話ですね→お、家内がベンツで来たので失礼します、みたいなワグネリアンは多いのかなと思います。

僕も大のベルディファンですが、ワーグナーもほとんど複数回見ています。特にリング、マイスタージンガー、トリスタンとイゾルデは大好きです。ワルフラウト・マイヤーのイゾルデなんかは、生涯に聴いたオペラの中でもベスト3に入ります。リヒャルト・ストラウスも大好きです。特にナクソス島、イタリアものは、もちろんロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ好きです。どちらかというと、ヴェリズモとプッチーニがやや苦手かな。フランスは、なんと言っても、ドリーブ、オペラは”ラクメ”だけなんですけど、歌曲カディスの女、バレエ曲、コッペリア、シルヴィアも大好きで、そこからバレエにはいって、バレエもオペラほどではないですが、年に10公演くらい行っています。マイアベーア、ビゼー、グノー、何でも聴きます。最近はヘンデルですね。でもヴェルディが一番好き。特にシモン・ボッカネグラが。。。。 と、こういう感じなんで、同じような、闇鍋タイプのオペラ好きの人と話すのはおもしろいです。

僕のオペラのもう一人の師匠の建築家のSさんも、そういう人で、彼はオペラから交響曲、室内楽まで古今東西を網羅しています。どうやらプッチーニが一番好きらしいのですが、一緒にオペラを見に行ったあとは、どんな作曲家の話でも楽しくできます。こういう人が本当にインテリジェンスのあるオペラファン(音楽ファン)なんではないでしょうか?

ワグネリアンの皆さんに偏見をもってはいけませんが、経験は偏見ではないので、ちょっと不愉快な思いを持っている人もいると思います。ま、ベンツと違ってヤクザはいないでしょうが、もう少し心の幅を広げましょう。

僕は、もともとジャズとボサノバ好きで、ジャズからグレン・グールドのバッハに入り、バロックへ行き、カザルスに行き、ボッケリーニに行き、イタリア音楽に行き、オペラに行きという変な経緯をたどっています。まだ抜けているところは、たくさんあります。死ぬまでにどのくらい聴けるかなぁ。

ところで、ワーグナーのオペラでは「ブラボー」と言ってはいけない(ま、イタリア語だし)そうですが、ヴォータンが出てくると「よっ、大統領」と大向こうから声をかけたくなります。80歳くらのじいさんになったら、許されるのでは。。

サロメ断念

ウィーン国立歌劇場の公演が始まりましたね。僕も来週のサロメの切符を持っていたのですが、結局譲ってしまいました。やはり、ウェルザー・メストの指揮でリヒャルト・ストラウスを聴こうと思って楽しみにしていたのに、急に指揮がペーター・シュナイダーに変わってしまったというのは、僕にとっては、ウィーン風カツレツの食券を買っていたのに、「すみません、カツ丼になりました」と言われた感じで、どうも行く気になれなかったんです。切符を買ってくれた人は熱烈なシュナイダーのファンだそうで、結局、好き嫌いの問題ですね。このジョークは僕のフェイスブックにも書きましたが、カツ丼というのは、単なるジョークではなく、僕にはシュナイダーはカツ丼っぽく聞こえるんです。

良く言えば、どっしりしていて重厚感があるのですが、悪く言えば大味なんです。ワーグナーなんかやると、結構良いんです。この前のローエングリンはとても良かった。でも、新国立のバラの騎士の指揮は、なんかもっそりしたイメージしか残っていません。リヒャルト・ストラウスは、メストの、切れの良い指揮で聴きたかったんです。で、ペーター・シュナイダーでサロメを聴いてもがっくりするだろうというのが僕の予想で、そのためだけに、金曜の夜逗子から上野まで行って、クソッと思いたくなかったんですね。

ところで、僕がオペラにはまりこみはじめた10年くらい前、ペーター・シュライヤーが最後の公演ということで、冬の旅を聴きました。すばらしかったです。ディスカウとホッターは聴けなかったけど、シュライヤーには間に合ったって感じでした。で、その時、彼がこれからは指揮を中心に活動すると言っていたので、その次に、どこかでペーター・シュナイダーの名前を聞いたときに、「あ、彼だ」と思ってしまい、しばらく間違えてました。

ま、僕の知識はそんなものです。

でも、シュナイダーのサロメ、すごい良かったりして。。結局、今回のウィーンフィルは3演目とも行きません。高いのがひとつ、あとは、フィガロもアンナ・ボレーナも大好きな演目ではないんです。これが、バルバラ・フリットリでドンカルロとか、グルベローヴァでナクソス島とかだったら行くのですが。それと3つ目はNBSの切符の売り方がひどすぎる。最初、普通に売り出して、公演まで3ヶ月もあるころに、いきなりエコノミー券、2ヶ月でプレエコ、で、その後、S−B席を正規に買った人はゲネプロ付。これでは、最初に、まともな値段で良い席を5万も出して買った人は可愛そうです。僕は、日経の仕事をしているとき(羽振りもよかったんで)、NBSのアポロン会員になったのですが、コーヒー一杯、プログラム1冊もらったことないです。アトレ会員のほうがよほど良い。

で、サロメのDVD買いました。まだ見てないんですが、コベントガーデンの97年の公演、サロメを、キャサリン・マルフィターノという人がやっています。週末見よう。

ところで、ザルツブルグの来年の5月祭のバルトリのチケット取りました! ベリーニのノルマとブラームスのドイツレクイエム、その前にベルリンに行ってアバド指揮の真夏の夜の夢を聴く予定。このお話しは、今度また。

新国立”ピーター・グライムズ”を見て疲れる。

初日から評判が至極良い、ブリテンの”ピーター・グライムズ”を見に行ってきました。英語のオペラを見るのは2回目くらい。

すでに、数々のブログに書かれているように、歌手、指揮、演奏とも素晴らしかったです。

指揮:リチャード・アームストロング
演出:ウィリー・デッカー
ピーター・グライムズ(漁夫):スチュアート・スケルトン
エレン・オーフォード(寡婦、村の女教師):スーザン・グリットン
バルストロード船長(退役船長):ジョナサン・サマーズ
アーンティ(ボーア亭の女将):キャサリン・ウィン=ロジャース
ボーア亭の看板娘;鵜木 絵里、平井 香織
ボブ・ボウルズ(漁夫、メソジスト教徒):糸賀 修平
スワロー(判事):久保 和範
セドリー夫人(東インド会社代理人、未亡人):加納 悦子
ホレース・アダムス(牧師):望月 哲也
ネッド・キーン(薬剤師でやぶ医者):吉川 健一
ホブソン(保安官、運送屋):大澤 建

特に、ソプラノのイギリス人歌手、スーザン・グリットンは、気品があるというか、気高いと言っても良い素晴らしい歌唱を聴かせてくれました。演奏も、僕は、この演目について全く詳しくないのですが、とても良かったと思います。間奏曲は実に美しく、前の幕の興奮を収め、次の幕への期待を高めます。音楽だけ聴いても、美しいオペラだと思います。それから、研修生の頃から、僕が注目している糸賀修平さん、今回、カバーから良い役を仕留めました。彼の声は甘く、輝きがあり、素晴らしい素質を持っていると思います。今日も、いつもの研修所公演などよりも、ずっと締まった歌い方で良かったと思います。これからベルリンに留学とのこと、個人的にはイタリアに留学してほしいですが、素晴らしい素質が花開くことを期待しています。

しかし、しかし,,,,,,,実を言うと、僕はこのオペラ好きではありません。嫌いと言ってもいいかも。

何故かというと、あまりにも戯曲的に過ぎるのです。そして、演出以前にオペラの構成が類型的すぎるのです。
1幕目では、グライムズと合唱団のかたまりの対立が延々と続きます。この繰り返しに強弱がなく、グライムズはずっと怒鳴りっぱなしというようなのが、オペラというより戯曲を感じさせます。そして、あまりにも多弁です。

後半は、群衆の声は教会の中や、舞台の外から聞こえてくるのですが、これに対するグライムスの対立も、ずっと同じパターン。最後に、自分の名前を繰り返し叫ぶというのも、現代劇っぽいのかもしれませんが、気になり出すと、非常にしつこい。全体になんか、初期の現代劇といったらなんですが、構成がありがちなもので、古臭く感じられてならないのです。

去年新国立で公演されたべルクの”ヴォツェック”は、もっと動と静があり、オペラとしてのバランスが素晴らしかったです。また、最近各地で公演されているヤナーチェクの"利口な女狐の物語"であれ、森番と動物達の両方からの見方が色々と考えられて、見たあとも色々と考えるのが楽しいオペラです。現代オペラであれば、この2つのほうがずっと好きです。

ピーター・グライムズの場合、僕が好きになれないのは、決してデッカーの演出の問題だとは思いません。オペラ自体が、僕の性格に合わないオペラなのだと思います。最初から最後まで多弁で、見るものに色々な見方を許さない感じ。これを繰り返し、同じパターンでやられると、苛つきます。

ただ、最後のシーン、英語で聞いていましたが、船を沈めろということが、イコール死ねという意味には取れませんでした。しかし、買ったプログラムの解説などには死を意味すると書いてあります。何か、このオペラは、評論家も決めつけが多いのでしょうか? 最後に幕が上がって、グライムズ一人が立っているのは、彼が再生した意味ではないかと家内が言っていましたが、そういう見方がもっと自由にできる部分がないと、息が詰まる感じがします。

まあ、結局、好き嫌いの問題だと思います。シモン・ボッカネグラを見た時に、「あ、これは僕が一番好きなオペラだ」と感じたように、このピーター・グライムズは、「僕には合わないオペラ」だったのでしょう。




車で聴くオペラ

僕は、逗子のオフィスから東京に週2-3回出ますが、ほとんど車です。電車のほうが仕事も出来るし、寝られるし、楽なんですが、結局ずーっとパソコンをやっていて、それが原因でめまいが起きたことが何回かあるので、車で音楽聴きながら行くほうが良いかと言うことになりました。それと基本的に車好きです。この20年以上、イギリス車とフランス車を乗り継いでいます。ローバー(ランドローバーではなくて、つぶれてしまったローバーです。)、そしてプジョー。プジョーは今でこそ珍しくないですが、僕が最初に乗り始めた1991年頃は、みんなに「壊れるゾー」と驚かされて、何でそんな車買うのかと言われました。ところがこのプジョー(405ブレーク)、全然壊れなかったです。以後20年でなんと13台ものプジョーに乗りました。途中から2台持ちになったので、数が増えたのですが、動かなくなったことは一度もありません。せいぜい、ウォッシャー液が漏れたくらい。フランス車の信頼性は高いです。で、だんだん大きな車に乗るようになったので、スピーカーを良いものにして(JBLですからオペラっぽくないですが)、ボサノバ、ジャズ、オペラなどを楽しんでいます。

今の僕の車は308のCCというオープンになる車です。この季節、オープンで走るのはとても気持ち良いのですが、当然雑音がすごくなるので、オーディオの音量を上げます。これで、オペラは屋外劇場で聴いているような気分になれるのですが、さすが、どんなに大きくしても良く聞こえないのもあります。たとえば、トラヴィアータやシモンの序曲は、最初は全然聞こえません。リゴレットとかオテロならガーンと来ますから大丈夫です。

で、今、どのオペラならオープンカーでも楽しめるかを検証中。 ヴェルディでは、シモンは好きですが、ほぼ無理。トラヴィアータは2幕目だけですね。”モロー!”のところで、机をたたく歌手がいますが(ゲオルギューなど)、ここで眠気がさめるので良いです。3幕目はピアニシモが多く、また眠くなります。アイーダ、リゴレット、仮面舞踏会あたりはけっこう行けます。アイーダはトランペットなりますので、調子に乗ってスピード違反の可能性もあります。ナブッコは、微妙なところや、合唱が良く聞こえません。意外良いのが、イル・トロヴァトーレ。これは全体的に、音が大きい。フォスカリは暗すぎて車で聴くとめげる。ここらへんまでは検証済。これから、ルイーザミラーとか、海賊、ファルスタッフなどを検証します。あとレクイエムも。

ヴェルディ以外で、良いのは、カルメン。特にカラスのカルメンは全体に華やかでドライブ向き。ノルマは寝てしまいますので危ない。ノルマえから危ない。(すみません。)あ、夢遊病の女はバッチリです。目的地到着で最後のアリアになるともう最高。セビリアの理髪師もよろしい。ロッシーニ、まだそんなに試してませんが、けっこうドライブ向きかも。連隊の女も、目が覚めますね。

ワーグナーは、いいんですが、どうもフランス車に合いません。やっぱりドイツ車ですね。先日ロサンジェルスで、当地に40年以上住んでいる叔父に会いましたが、ベンツのEクラスの新しいのでやってきて、後席に乗ったら、その室内の静寂なこと。そこで静かにローエングリンが流れていましたが、ワーグナーはこういう車で聴くべきでしょう。

僕も、一次407という3000ccの大きなプジョーに乗っていたことが
あって、このときは、音量の小さい曲でも聴けました。

イタリアオペラが好きなんですから、車もイタリア車に、といつも考えますが、友人のイタリア人が、こわれるからやめろ、と真剣に言うので、買う覚悟ができません。ランチアでヴェルディなんていいと思うんですが。。

あと、歌手で言えば、ソプラノ、テノールは音を大きくするとうるさく感じることがあるので、メゾ、バリトン中心の曲のほうが良いです。それと、ベルカントはドライブも軽くなりますが、重いい声は肩こりします。カラスのアリア集は車に常備していますが2枚組を全部聴くと、指揮をしたのではないかと思うくらい疲れます。その点、バルトリとかデセイは良いですね。

車の中でオペラに飽きると、室内楽や交響楽に行くこともありますが、たいていはジャズがボサノバです。僕、ボサノバにはまっていた年月のほうが、オペラの4倍くらい長いので、膨大なレコードとCDがあり、これがiPodにつまっています。まったくオペラと合わないんですが、どっちも好きです。同列にするのもおかしいか?

ちなみに、前は車でもバッハやコレルリ、ヘンデル、テレマンなども聴いていましたが、これは車の中で聴くというのは、無理があります。室内楽特にバロックは室内で聞くようにします。印象派に来てドビュッシー、ラベルの弦楽四重奏なども、車で聞くのはやめました。ただひとつ、ボッケリーニ(大好きなので)のチェロ協奏曲第6番のカザルスの演奏だけは、朝聞くとスゴク気分が良くなるので常備しています。

交響曲は、これはどれでも良く聴けるのですが、音を大きくしすぎると、まわりの車のクラクションなど聞こえず危ないです。でも、雨が降っている時などは、シベリウス聞いたりしています。シベリウスとかドヴォルザークだったら、ボルボのほうが似合いそうですね。

あーあ、今日はくだらない話になりました。

とにかく、メストが来日しないんで、真面目にオペラの話する気にならないんですよ。


それでは。

愕然、メスト来日中止!!

今、帰宅してメールチェックしたら、今月のウィーン国立歌劇場来日で、”サロメ”を振るはずだった、メストが怪我して、来日中止とのこと。代わりにペーターシュナイダーが振るそうです。メストが振ると思って、サロメのチケット買ったのに。。。あー、ショック。リチートラみたいに死ななかっただけ、良かったですが。

ヴェルディーイヤー

世界中で2012-2013のシーズンが始まり、ヴェルディーイヤーとしてスペシャルプロジェクトを組むオペラハウスも増えています。

10月1日からパルマでは、フェスティバル・ヴェルディがスタート、これは毎年やっているプロジェクトのようですが、今年は気合いがはいっています。”リゴレット”はレオ・ヌッチのタイトルロール、マントヴァ公はこの役を得意としている、ピエロ・プレッティ、ジルダは僕は聴いた事ありませんが、なかなかの評判、ロッシーニ唄いのようですが、ジェシカ・プラットです。

現地からの速報によれば、10月5日の舞台では、二幕目の最後のリゴレットとジルダの二重唱はアンコールになったそうで、なんともイタリア的な素晴らしい公演だったそうです。パルマでは、10月は、「レニャーノの戦い」、「ヴェルディ・ガラ」をやります。ガラにはヌッチも登場。しかし、ヌッチ、その後すぐに日本に来て、イタリアに帰ってすぐ、シチリアでフォスカリ。70歳にして元気ですね。

ヴェルディの故郷ブッセートでは、10月8日にディナーガラをやる予定ですが、オペラ公演は予定されていないようです。ちょっとさびしい。

スカラ座も11月にはリゴレットをやります。今年既に、アイーダ、ルイーザミラーを公演していますが、来年は、ファルスタッフ、ナブッコ、マクベス、オベルト、仮面舞踏会、ドン・カルロ、アイーダと続きます。

僕としての注目は、なんと言っても「オベルト:サン・ボニファーチョ伯爵」の公演です。ヴェルディがミラノに出てきての第一作目のこのオペラ、僕もCDでは手に入れましたが、そうめったに公演されないんです。

しかし、スカラ座でのヴェルディ公演は、どれもバレンボイムは指揮しません。昨年のシモンでのブーイングで懲りたのでしょうか? それで、残りの公演はほとんどワーグナー、リングとオランダ人、ローエングリンです。このうち、オランダ人以外をバレンボイムが振ります。バレンボイムのリングやローエングリンは、また聞いて見たいですが、カウフマンが唄うとあっても、あまりスカラ座では聞きたくないなあ。まあ、今年はワーグナー生誕200年でもあるので、しかたないところでしょうか?

METは特にヴェルディイヤーとはうたってはいませんが、今シーズンはアイーダにはじまり、仮面舞踏会、ドン・カルロ、オテロ、リゴレット、トラヴィアータ、イル・トロヴァトーレ、とけっこうやりますね。ドン・カルロのエリザベッタは、フリットリ。去年の敵をうちたいところですが。。ダムラウのヴィオレッタもそそられます。それと、METもヘンデルをやります。「ジューリオ・チェーザレ」先月パリのオペラ座でデセイがやったのを持って来るようです。これは見たいな。

で、日本ではどうかというと、新国立は、アイーダとナブッコだけというのはちょっと寂しい。ヴェルディイヤーなんですから、新制作でもうひとつくらい入れてほしいところ。2つとも切符は取りましたが、藤原の2月の仮面舞踏会も行くつもりです。そして、なにより11月のスカラ座の引っ越し公演、ハーディング指揮のファルスタッフ、ヌッチのリゴレット(ジルダは、エレーナ・モシュクになるらしい)、これは逃せないですね。高いでしょうけど。

ところで、NHKーFMで10月12日に、プレッティ、ランカトーレのリゴレットをやりますね。忘れなかったら聞いて見ましょう。

僕は、このブログの他に、仕事関係のブログ「湘南人のライセンス日記(brandog.exblog.jp)」も運営しています。僕の本職はこちらのほうで、これなくてはオペラ観劇の費用が出ないわけです。

で、ライセンスとオペラって、全く関係が無いようですが、実はあるんです。

著作権は15世紀にグーテンベルグが印刷機を作った時に、コピーライツとしてはじめて発生したと言われていますが、これはその言葉通り、コピーする権利であって、著作者の権利(オーサーズライト)ではなかったのです。だから、モーツァルトなどのその後の大作曲家も宮廷の庇護がなければ暮らして行けなかったのです。作家もそうで、本が売れても、実際に儲けるのは出版社だったんです。

で、モンテヴェルディが1607年に「オフェリオ」作ったのが、オペラの発祥と言われています。この人もマントヴァ公の庇護を受けていたんですが、彼は、音楽、小説(あるいは戯曲)、歌唱、劇が一体化するオペラという総合芸術を作り上げたのです。

当然、このオペラは宮廷、貴族の間で大人気になりました。そりゃそうですよね。室内楽を聞くよりはよほどおもしろい。で、イタリアを中心にオーストリア、フランスなどで、17世紀から18世紀にかけて、モーッアルト、ドニゼッティ、ウェーバー、ロッシーニなどがどんどん、オペラを作曲していきました。でも、この作曲家のオペラは、まあベルカントオペラといわれるように、音楽と歌唱が中心で、筋書きは単純なものだったのです。

ところが、19世紀の中盤になって、ヴェルディが有名な作家の小説や戯曲をもとにオペラを作ったのです。特にシェークスピア、ヴィクトル・ユゴーの作品です。シェークスピアのマクベス、オセロは「オテロ」と一字変えてオペラになりました。ユゴーのエルナーニ、王は愉しむは「リゴレット」になりました。

しかし、この頃、題材を選んでオペラ用にアレンジするのは、劇場支配人の仕事でした。劇場支配人は勝手に小説を選び、それを脚本家に、決まった金額で脚本に書き直させ、それを作曲家に見せます。誰かが手をあげて作曲をすることになると作曲代金を払うのです。これも定額でした。ですので、オペラが成功しなければ、劇場は赤字になるわけで、リスク回避のためにもたいした金額は払っていないのです。かと言って成功したからと言って、作曲家や作詞家に余分にお金を払うこともなく、オペラが成功すれば、楽譜は印刷されて、そのフィーも劇場に入りますし、他の劇場でも公演すれば、このフィーも初演劇場に入ります。往々にして、劇場支配人の他に、インプレサリオというオペラ興業主がいて、この人が投資をし、儲けを多くとることもありました。

それは、それでこの時代のシステムなんですが、問題はオペラの筋書きのもとになる、小説の原作者には、許諾権もなければ、著作料も入らなかったことです。しかも、検閲を通すためとか言われて、作品の名前や登場人物の名前、筋書きも変えられてしまったりしていたのです。

ユゴーの「王は愉しむ」はパリで初演された時に、論議を呼び、劇場で騒動が起きたために、以降50年間上演禁止を政府から言い渡されました。ところが、しらないうちに、その「王は愉しむ」がイタリアで、「リゴレット」とタイトルを替えてオペラ化されて大成功していたのです。おまけに、ヴェルディにこういうことをやられるのは、エルナーニに続いて2度目。ユゴーは怒って、劇場を相手に(作曲家ではありません)、著作権料を求める訴訟を起こしましたが、この時点では著作権は権利としてはありましたが、その権利を守る法律が無かったために敗訴しました。

そして、訴訟が終わったころ、ようやくオペラ”リゴレット”はパリで初演されました。この招待状がユゴーにも届いたんですね。ユゴーは、はっきり言って「けったくそ悪い」気分だったのですが、一応見に行きました。それで、不覚にもオペラに感激してしまったんですね。ここらへんの理由とかは、説明すると長くなるので省略します。(既に長い)
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ヴェルディの肖像画と僕、2007 ミラノのグラン・ホテルにて(晩年、ヴェルディが住んでいたホテルです)


で、その後、ユゴーは、オペラの劇場や作曲家とケンカをするのではなく、きちんとした著作権の法律を完備して、著作権料が皆に配分されるようにしようと思ったのです。そして、以降世界初の著作権の国際条約になるベルヌ条約の起草にかかりきりになるのです。オペラは、いわばライセンスビジネスのかたまりです。原作をライセンスして脚本家、劇化、オペラ化する。劇場は他の劇場にオペラをライセンスする。(ヴェルディ以降、この権利も作曲家に移ります。)

ベルヌ条約が150年近く、今でも改訂を続けながら、世界唯一の著作権の国際条約としてワークしているのは、オペラという総合芸術の構成が、今の映画制作、テレビアニメ制作、ミュージカル制作などと、ほぼ同じ構成だからです。

実際に、ヴェルディとユゴーの接触があったかどうか、これは今、僕も大学院で調べています。しかし、ヴェルディもその後、イタリアの国会議員になるので、その影響力は強く、ヴェルヌ条約の成立前に、慣習として音楽著作料ががっぽり作曲家に入る構図を作り上げました。

このため、ドニゼッティはヴェルディの前の世代で、70曲以上のオペラを書きましたが、まずしく亡くなりました。一方、ヴェルディ後の作曲家プッチーニは10作のオペラしか書かなかったのに、著作権料で大富豪になりました。

ですから、ライセンシング・ビジネスの基礎ができあがったのは、ベルヌ条約の発効、それを推進したユゴーの功績、ユゴーをそこに向かわせたオペラとの関わりがあるのです。

こうしたことを、より詳しく、著作権に重きを置いて、昨日の東京理科大学大学院の講義「著作権とライセンシング」で学生達に話しをしました。キイになった、リゴレットの4重唱の場面も5分ほど見せました。

でも、ベルヌ条約には作曲家の著作権は盛り込まれなかったんですよ。これは決してユゴーが意地悪をしたわけではありません。それよりも、フランス人主体で作られたこの条約がスイスのベルンで調印されたことと関係があります。

でも、そこまで話してしまいますと、高い授業料を支払って頂いている、理科大大学院の学生さんたに、申し訳ないので、今日はオペラとライセンスの関係のサマリーだけ書きました。それでは。

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