プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

シモン・ボッカネグラ 2010年パルマ歌劇場

TUTTO VERDI26枚セットの中から、シモン・ボッカネグラを聴いています。

レオ・ヌッチ(Br シモン・ボッカネグラ)
 ロベルト・スカンディウッツィ(Bs フィエスコ)
 タマール・イヴェーリ(S アメーリア)
 フランチェスコ・メーリ(T ガブリエーレ)
 シモーネ・ピアッツォラ(Br パオロ)
 パオロ・ペッキオーリ(Bs ピエトロ)
 ルカ・カサリン(T 弩兵隊長)
 オレーナ・ハラチコ(S アメーリアの侍女)
 パルマ・レッジョ劇場管弦楽団&合唱団
 ダニエレ・カッレガーリ(指揮)
 演出:ジョルジョ・ガッリョーネ

ブルーレイなので、画面も音もとてもきれい。やはり、ここでのヌッチは素晴らしい。画面に吸い込まれるようです。

昨年、チューリッヒで見たヌッチのシモンとは、舞台の作り方がだいぶ違う方向性になっています。チューリッヒでのジャンカルロ・デル・モナコの舞台は、非常にリグリア海を意識したもので、常に海を感じさせるものでしたが、このパルマのガッリョーネの演出は、もっと抽象的でグリーンの色がすべての幕にメインの色として出て、海を現していますが、全体は壁を何枚も立てて、心理性を強く現しています。個人的にはデル・モナコの舞台のほうが好きですが、このパルマの舞台も決して悪くない。

歌手では、アメーリアのタマール・イヴェーリがとても良いです。ベルカントの香りが残る演目なので、彼女の繊細で、かつ力強く、表現力のある声は非常に役にあっていて、ヌッチに負けません。これはチューリッヒの時のイザベル・レイよりも良いかな。甲乙付けがたいのが、アドルノ。チューリッヒでのファビオ・サルトリは素晴らしかったですが、パルマのメッリもすごい表現力。しかも見た目が良い。声の質からするとサルトリのほうが好きですが、(輝いて光る高音が魅力)これは、もう一度聞き比べないと解りませんね。

指揮はカルロ・リッツィがわりとテンポが早かったのに対し、カッレガーリのほうが少しゆっくりしていると思います。序曲から最初の幕へはいるところは、カッレガーリのほうが好きですが、全体としてみるとリッツィのほうが、切れ味と盛り上げ方が上手いと思います。しかし、両方とも実にイタリア的でヴェルディ的です。バレンボイムのシモンとは、全く違う。

ヌッチのシモンは、もうイタリアの国宝ですね。先代の中村勘三郎の弁天小僧菊之助か?(ちょっと違うか。。)

うわさですが、来年はムーティがローマ歌劇場を引き連れてくるという話もないことはありません。そうするとムーティとヌッチのシモンが日本で見られるという大変なことが起きますね。まあ、期待しましょう。

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スカラ座来日「リゴレット」チケットゲット、そしてヴェルディバリトンの将来は?

9月のスカラ座来日、とりあえあずリゴレットのチケットをゲットしました。S席で2階の4列目中央、まあまあでしょう。それでも¥62,000-は高いですね。家内と行くので、12万円。ファルスタッフも行きたいのですが、安いチケットか、エコノミー券が出るのを待っています。今年は、フェニーチェのオテロに既に2回、ハンガリーオペラ、デヴィーア来日(これは安い)、トリノ王立。これだけでもフルに取ると、一人30万円にはなるのでは。ヴェルディのアニバーサリイヤーで、引っ越し公演が多く、新国立が低調なので仕方ないと思いますが、そろそろ年金生活に入ろうとするものにとっては、なかなかな負担です。

で、リゴレットですが、まずはタイトルロールのレオ・ヌッチ、リゴレットで生で聴くのは初めて。期待しています。ただ、彼も71歳で、過密なスケジュールをこなしていますので、時によっては不調の時もあるとのこと。昨年のチューリッヒのシモン・ボッカネグラのような素晴らしい歌唱と表現力を期待します。歳とともに、高音は出なく鳴ってきていますが、その分、声の表現力が素晴らしく進化しています。いや、進化し続けています。最近のローマ歌劇場でのムーティとの公演は素晴らしかったようです。

ジルダは、現在考えられるベストなジルダではいかと思われる、エレーナ・モシュク。この人は10年前から聴いてましたが、本当にうまくなりました。昔はイリーナ・ルングと並べて比較されましたが、今や実力の差は歴然。ただ、イタリアではヌッチはこの頃、若手のニーナ・マチャイゼをジルダ役に良く公演しています。ブルーレイで見た限り、この若手は素晴らしい! ちょっと、この人を連れて来てほしかった気もします。マントヴァ公のジョセフ・カレヤも素晴らしいですが、この役はイタリア人かせめてラテン系の誰かにしてほしかったですね。ラモン・ヴァルガスではギャラが高すぎるか? 演技は大根だが、デムーロあたりなら使い勝手は良かったし、なにしろイケメンなので、女性ファンを集められたのでは?

あと、演出を、現在スカラ座でやっている、リュック・ボンディではなく、古いジルベール・デフロ版にしてくらたのは、NBSとスカラ座に感謝です。こっちのほうがクラシックで良い。特に最近見たリゴレットはラスベガスでしたから。

それにしても、ヌッチがいなくなった後、ヴェルディのバリトンは誰が唄うのでしょう。今年発売された、生誕200周年記念の26作品のブルーレイボックス "Tutto Verdi" を買いましたが、そのうちバリトンが主役の作品のほとんど、7作品でヌッチが唄っています。どれも素晴らしいのですが、素晴らしすぎて次ぎが浮かびません。その前と言えば、ブルゾン、カプリッチ、ゴッビとつながってきているのですが、ヌッチの後がつながらない。ルーチョ・ガッロは人気がありますが、演技は上手いが、声の表現力に欠けます。そしてなにより音程が不安定。まだ、カルロ・グェルフィのほうが良いか? ロベルト・フロンターリは真面目なジェルモンくらいは良いですが、全く毒がなく、リゴレットやヤーゴ、シモン、カルロス・アルバレスも悪くはないのですが、僕はあまりヴェルディバリトンに聞こえなせん。スグーラの評価が上がっていますが、僕は声が甘すぎて、これも毒がなさすぎると思います。この二人あたりだと、シモンやフォスカリは無理です。ホロストフスキーは、ファンは多いですが音程が低すぎて、彼こそヴェルディバリトンではありません。でも公演の商業面から見るとこの人になるのでしょうかね。

ヌッチが元気なうちに、生でできるだけ聴きたいと思います。まだヤーゴとシモンしか生で聴いていません。(リサイタルは何度か行きましたが)せっせと探して通いましょう。

世界バレエ、フィナーレの曲

今日からゴールデンウィーク、と言ってもどこも行きません。先週平日に富士桜を見に山小屋へ行ってきましたが、連休中はStay Home. 16日からのヨーロッパ行きに備えて地味に暮らします。

でもって、YouTubeでネットサーフィン。色々な曲を聴いています。オペラというよりも、60年代のポップス、それもフランス、イタリア、モータウン、リヴァプールという感じです。

でも、ひとつ気になっていたことがあったので、探しました。それは、毎回NBSの世界バレエのフィナーレで、ダンサーたちが一組づつ袖から出てくるときにかかる、ちょっともの悲しげで、でも威厳のある曲。あれ何なんだろう、と前から思っていました。他の方のブログを見ると、マイアベアーの戴冠式行進曲とかかれているのが多いのですが、ちょっと違うみたい。良く似ているけど違う。色々と調べたところ、チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」の最後の"アポテオーズ(apothéose)"という曲というか部分というか、それでした。

バレエ音楽では「アポテオーズ付」という表現をされるようです。意味は「最高の賞賛」、なるほど、世界バレエに相応しい。どうぞ、ここから音楽が聴けます。

http://www.youtube.com/watch?v=qIScX5bydI4

ムーティのアイーダを買ってみたら.......

3月にアイーダを見た後、オペラ友達が「ムーティのアイーダのライブ盤が最高だ」というので、早速Amazonを通じて、ドイツの業者に2枚セットのCDを発注しました。待つこと3週間、やっと到着しました。ところが、CDをスタートすると、なんか全然違う音楽が....... あわててCDを取り出して調べて見ると、なんとケースはアイーダですが、中身は2枚とも、ロッシーニの「MOSE」だったんです。

いや、びっくしりました。なーんかステーキを食べようと口に入れたら、寿司だったという違和感。

中国あたりの怪しいCDやDVDなら、このようなことは時々あるそうですが、これ、オルフェオレーベルです。一流のレーベルで珍しいですね。すぐにAmazon経由で返品処理。でも、ちゃんとしたのが来るのにはまた1ヶ月くらいかかりそうです。401261_10151492957091156_1491290739_n.jpg
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そう言えば、最近英国本社が潰れそうになっているHMVの日本のサイトも、なんかおかしいですね。商品が少なくなってきていて、70%OFFなんかやってます。たとえば定価¥7,550-の「ウィーン国立歌劇場ホーレンダー総監督フェアウェル・ガラ(2DVD)」が。¥2,190-とか、色々あります。多分商品の配送に時間がかかると思いますが、お得だと思います。

しかし、これでHMVも売り場縮小するでしょうから、そうなるとタワーレコードか、海外のウェブショップにダイレクトで買うしかないですね。HMV便利だったんですけどね。

マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ 戻って来たデュポン

今週はオペラ2回、バレエ1回、計3回の観劇ウィーク。2009年にオペラ座エトワールを引退し、今はウィーン国立歌劇場バレエ団芸術監督のマニュエル・ルグリがと1998年以来、オペラ座のエトワール(ダンサーの最高位)を15年務めているオレリー・デュポンが、昨年の世界バレエから8ヶ月ぶりに戻って来ました。8ヶ月ぶりというのはたいしたことがないようですが、ルグリはすでにヨーロッパでは殆ど踊っておらず、デュポンも既に40歳、42歳が定年のオペラ座ではあと2年足らずしか踊れず、この黄金のコンビのバレエが見られるのも、あと少しかもしれません。

しかも、今回は、芸術性も難度も高く、僕の大好きな「ル・パルク」のパドゥ・ドゥを踊るということで、かなり早くから切符も手配。前から9列目のベストシートを確保しました。デュポンは子供を二人出産したというのに、以前よりも、スマートになった感じ。ルグリとの「ル・パルク」は長いこと見ていません。昨年の世界バレエもその前も、たしかルパルクはマラーホフとヴィシニョーワだったような気がします。そして、昨年のマラーホフは太ってしまって、見る影もなかった。

やはり、この演目や、キリアン演出の「扉は必ず」などの、心理面を強く強調し、静止している時間が美しくなければならないバレエは、ルグリとデュポンにかなうコンビはいないと思います。デュポンの演技は、いつも思いますが、彫刻のようです。すごい存在感がある。バレエは、動きと流れで出来ていますが、デュポンのバレエは「存在」なのです。これは、モニカ・ルディエールでも感じたことです。オペラ座にしかないバレエなのでしょうか?

たしかに、ロイヤルバレエやABTには全くいないタイプのダンサーだと思います。

もう一つの演目、シルヴィアも素晴らしかったです。古典的なシルヴィアとは全く違う、ノイマイヤーの演出ですが、曲は僕の好きなドリーブ。テープですが、ドリーブのバレエをルグリ&デュポンで見られることの幸せ。

スクリーン


何度も書いてますが、フランス人の性格芸術家には弱いです。イブ・モンタン、フランソワ・トリュフォー、ジャン・ルイ・トランティニアン、そしてマニュエル・ルグリ、女性では、アヌーク・エーメ、ファニー・アルダン、ナタリー・デセイ。

デュポンの引退の公演にはパリまで行きたいですね。しかし、ルグリの後を継いでいるニコラ・ル・リッシュも来年には定年、ジョゼ・マルティネスも昨年すでに定年。バンジャマン・ベッシュもそろそろ40歳。もちろん後にはまだ、マリ・アニエス・ジロ、レティシア・ピジョル、ジェレミー・ベランガールなどの実力派もいるし、若いマチュー・ガニオや、僕の好きなドロテ・ジルベール、クレールマリ・オスタなどの若手(?)もいますし、その下のプルミエール・ダンスーズやスジェにも素晴らしい逸材はいますが、デュポン、ル・リッシュが抜けると、しばらくはオペラ座は冬の時代ではないかと心配です。

ルパルク、扉は~ の2つを取っても誰が踊りきれるでしょうか?

今日の、他のダンサーについても書きたかったのですが、ちょっと時間がありません。ただ、最近大躍進のパトリック・バナは素晴らしかった。

とにかく、今週は充実した一週間でした。でもお金もかかったぁ!5月のヨーロッパオペラツァーをひかえて、ゴールデンウィークは地味に過ごします。

オテロ 最終日

フェニーチェ歌劇場のオテロ、水曜日に続けて最終日も家内と一緒に見て来ました。チケットが売れないとのことで、今週の月曜までテレビでパブリシティを入れていたのですが、フタを開けたら水曜日はほぼ満員。最終日は二人ならびで取れる席は2カ所しかなく、早めにオーチャードに行って良かったです。先日のB席よりワンランク上のA席は2階の真ん中。3階とあきらかに音が違いました。それでもこのホールは音が遠いホールです。

この日は2度目なので、余裕を持って聞くことができました。やはりクンデは、ベルカントの装飾技法を、この作品の歌唱でも使っています。それにより声が一本調子ではなく、あきらかに、オテロの代名詞にもなっているデルモナコN版などとは、全く違う複雑な内面性を現した役柄を作り出しています。オテロでは、モナコがあまりにも有名なので、ドミンゴはモナコの歌い方を踏襲せずに、トーンダウンをした歌い方をし、これもひとつのベンチマークになっていますが、どちらも”単純”な性格というのは一緒のイメージでした。

しかし、初演時に既に74歳だったヴェルディは、スカラ座での練習に連日顔を出し、オテロ役のタマーニョの歌い方と演技にきびしく口をはさんだ、あまつさえ、フィナーレの場面では自分自身で倒れ込み、周りの人々を驚かせたと伝えられています。そこまで、ヴェルディがテノールに入れ込んだという話しは、彼の他の作品では聞きませんから、僕は以前からオテロの"単純”さに、いまひとつ合点が行きませんでした。

しかし、クンデのオテロは知的で、悩みに悩む男で、これがヴェルディが求めたオテロなのではないかと思います。タマーニョの声はスカラ座の外でも聞こえたと言われる一方、今残っているSP盤のレコードでは(聴いた事はありませんが)比較的繊細な声だったとも言われています。どちらが本当なのでしょう?

最終日は、特に4幕の柳の歌からフィナーレの歌手のパフォーマンスが、水曜日よりも良く、オテロは悪魔が乗り移ったように、デズデモーナを糾弾し、クロチェットはこの日自信に満ちた歌唱でそれに応えました。まだ30歳という彼女。すごい声量を持ちながら、それを終始コントロールして、情感溢れたデズデモーナを演じました。エミーリアの別れの時の「叫び」だけボリュームを最大にし、鮮烈な印象を与えました。

ルーチョ・ガッロも上々の出来でしたが、この日も主役二人にくらべると影が薄い。新国でステファン・グールドがタイトルロールだった時は、格の違いを見せましたが、フェニーチェでは裏方に回った感じ。演出的にも、堂々と姑息に動き回るというよりは、こそこそと振る舞う場面が多かったので、そのにょうに感じたのでしょう。ヌッチをヤーゴに使えば、このような演出はできず、立派な悪者(2003スカラ座他)になってしまうでしょう。

ミョンフンの指揮は、この日も冴えを見せていました。ムーティーのスカラの時のような重厚さとは、全く違う軽みもあり、躍動するオーケストラ。これはフェニーチェの音でもあるようです。マエストロへの拍手は、誰よりも多かったと思います。

演出は2度見て、細かいところも納得。特に黒子の動きが効果的でした。これは演出家のミケーリが日本人に師事していたことから来ていると本人が言っていました。カーテンコールでのおじきも日本式の膝まで頭を下げるものでした。(おかげで、若ハゲがばれましたが/笑)ただ、3幕目の最後で、気絶したオテロにヴェネチアの国旗をかけるという意図だけが、ちょっと解りませんでした。

最終日ということでカーテンコールのステージにはスタッフ全員とオーケストラ全員が上がり、抱き合って公演の成功を喜んでいました。こういうのが見られるのは最終日の醍醐味ですね。

クンデは、もともとロッシーニのオペラセリア歌い。ゼルミーラあたりが素晴らしいようです。DVDで聞いてみようと思います。

チケット代は高かったけど、それに見合った満足感が充分にあったフェニーチェの公演でした。

オテロ フェニーチェ歌劇場の素晴らしい贈り物

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「人は良い音楽や演劇を見ると、まっすぐ家には帰らないものだ。」とは、ウォルト・ディズニーの言葉ですが、昨晩の「オテロ」はまさに、それでした。一人で行ったことを後悔しました。

ヴェネツィア、大阪、名古屋での公演が素晴らしかったことは既に聴いていましたが、その期待を大きく超える、まさに”ブラビッシモ!“な公演でした。

まず最初に、ミーハーな意見で恐縮ですが、オテロって、指揮者が出てきて挨拶して振り返ったと同時に、間髪入れずに嵐の音楽がファンファーレのように、劇場を切り裂くというのが個人的には絶対必須です。もっと言えば、指揮者も精悍でなければならない。僕が聞いた中では、2003年のスカラ座のムーティーが非常に格好良かったですが、昨晩のミョンフンも誠に素晴らしかった。

オテロの第一声「喜べ!Esultate!」。ここで、新しいオテロ歌い、グレゴリー・クンデの輝く声にまずビクリとしました。わずか12小節のアリアです。

ミョンフンの指揮は、オーケストラをスピーディーに躍動感をもって動かし、盛り上がるところは、最高に盛り上げて、またサッと引く。打楽器も効果的に使われていました。そして、歌手の特性を生かしながら、歌手と対話していました。さすがにイタリアでシーズンの公演を終えてきているだけあり、オーケストラと歌唱のずれなど全くありません。また、オーケストラ自体も上手い!

そして、タイトルロールのグレゴリー・クンデ。もともとはベルカントの低めのテノールだそうですが、ロッシーニからベルリオーズを経て、オテロに抜擢されました。Ⅰ幕目から2幕目にかけては、その輝く中高音に魅了されているにとどまっていましたが、2幕目後半から、3−4幕にかけての、妻への不信から来る苦悩と悲しみを、装飾的な歌唱技法と表現力で歌うのに完全に持って行かれました。声の切替のところに、ちょっとした技巧というか、劇的表現があり、それが素晴らしい効果を生んでいるのです。2幕目後半のオテロのアリア(?)「栄光よさらば」あたりから、今までに聴いたことのないオテロが目の前にいました。3幕目にはいるとデズデモーナを責めて興奮する場面、どんどん引き込まれて行きました。

正直、今まで見た「オテロ」は、ヤーゴの奸計とずる賢さが、オテロよりもオペラのキイになっていた感じがあり、(特にヌッチのヤーゴだたりすると)オテロへの感情移入よりは、ヤーゴ、デズデモーナへの移入のほうが容易でした。しかし、クンデのオテロは、その苦悩と悲哀が胸にこたえました。僕はこの日3階B席の桟敷に座っていましたが、3幕目になるともはや、字幕を見るのも、双眼鏡を手に取るのも忘れて、オテロに聴き入って、目頭が熱くなってしまいました。これほどの素晴らしいオテロを聴いたことがありません。

若いアメリカ人ソプラノのリア・クロチェットもとても良かったです。声量はすごくあるのですが、(エミーリアとの別れの時にそれが爆発した)それを非常に上手にコントロールして、その分を微妙な感情表現に使っていました。このところスクリームするソプラノでヴェルディを見させられていたので、やっとすっきりした感じです。

ルーチョ・ガッロのヤーゴ、新国立で見たのもまだ記憶に新しいのですが、今回は主役の二人に押されて、やや影が薄い感じがしました。いや、上手いのです。もともと表現力は抜群のバリトンです。ただ、クンデの表現力が抜群だったので、ヤーゴのいやらしさが隠れてしまった感じでした。それと、ピンカートンのように真っ白な制服というのも悪役らしくない感じがあり、白の衣装で白のハンカチを取り出しても、3階からは見えませんでした。

4幕目の、柳の歌のホルンの旋律の悲しいこと。。

そして、ヴェネツィアの大使一向がキプロスに到着すると、彼らも白一色の制服、その中に一人全身黒衣装のムーア人。これが、また孤立したオテロの悲哀を浮き彫りにして、素晴らしい演出でした。これでヤーゴが白い衣装だったのに納得。

フィナーレでは、殺されたデズデモーナがオテロに手をさしのべて天界へ連れていくという、珍しい演出でした。イタリア公演のビデオでこの場面だけ見た時は、ややベタな演出かな、と思いましたが、実際に通しで見てみると、オテロの凄まじい苦悩と、デズデモーナの悲壮な死が、あまりにも劇的に表現されているので、そのまま終わっては、観客としては苦しすぎたかもしれません。最後に救われた感じがしました。

オテロの最後は、オテロがこと切れる前にベッドで既に死んでいるデズデモーナに手を伸ばすが届かないというのが決まりになっていますが、その最後の手の離れている距離が近いほど救われる感じがします。この日は、救われるバージョンでは決定版ですね。

長くなったので、演出については簡単に。ミケーリは日本公演のために、フィナーレの演出もかなり代えてきて、とても良かったと思います。特に紗幕の使い方は素晴らしい。

チケットは高かったけど、充分に価値があった公演でした。フェニーチェのキャストとスタッフに感謝したいと思います。

指揮:チョン・ミョンフン

演出:フランチェスコ・ミケーリ
演奏:フェニーチェ歌劇場管弦楽団・合唱団

主要キャスト:
オテロ(テノール):グレゴリー・クンデ

デズデーモナ(ソプラノ):リア・クロチェット
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ヤーゴ(バリトン):ルーチョ・ガッロ
カッシオ:フランチェスコ・マルシーリア
エミーリア:エリザベッタ・マルトラーナ
ロデリーゴ:アントネット・チェロン

ヴェルディのアルツィーラって知ってますか?

正月に買った TUTTO VERDI 26枚セットのブルーレイディスクを少しづつ見ています。昨日は、ALZIRA(アルツィーラ)を見ました。ヴェルディの初期の作品、九番目の作品です。アッティラの前、ジョアンナ・ダルコの後、1945年にナポリのサンカルロ歌劇場で初演。ヴェルディの中でも、知られていない作品としてはベスト3に入るのではないでしょうか? サンカルロでの評判なども、あまり残っていないようで、後年ヴェルディをして「駄作」と言わしめる作品になってしまったのですが、聴いてみるとなかなかどうして魅力的な作品です。特に第一幕の六重唱、四重唱は、異なるパートをそれぞれの歌手が歌うという、リゴレットで完成を見せた技法を早くも使っており、なかなか力が入っています。

残念なのは、TUTTO VERDI の26枚の中で、これだけが予算の関係でコンサート形式になってしまっていること。舞台がペルーで、話しの内容がアイーダに似ているので、演出や舞台芸術が楽しみな作品でもあります。

この公演には、日本人の斉藤純子がタイトルロールで、また平野和がペルーの先住民の酋長の役で出ています。斉藤純子は、もっぱらヨーロッパで活躍しているようで、なかなか声量もあり、かといってキンキンした高音にならず立派な歌い方です。背も高く、見栄えもします。ただ、ヴェルディの初期の作品を歌うには、もう少しベルカントっぽい声のソプラノのほうが良いのではないかと思いました。

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しかし、TUTTO VERDIのコレクションボックス、6万円もしましたが、今、順次個々に発売になっているブルーレイ盤が、¥4,000-¥5,000-することを考えると、すごくお得。しかも本当に美しい装丁の箱に入って、持っていることだけで嬉しくなります。

[出演]フランチェスコ・ファチーニ(アルヴァーロ/バス)トマス・ガゼリ(グスマーノ/バリトン)フェルディナント・フォン・ボトマー(ザモーロ/テノール)齊藤純子(アルツィーラ/ソプラノ)平野和(アタリーバ/バス)ジョシュア・リンゼイ(オヴァンド/テノール)アンナ・ルチア・ナルディ(ズーマ/メゾ・ソプラノ)土崎譲(オトゥンボ/テノール)
[指揮]グスタフ・クーン[演奏]ボルツァーノ・トレント・ハイドン管弦楽団、ドッビアーコ専修管弦楽団&合唱団

ドン・カルロ by METライブビューイング

これは、先日WOWOWで放映した多分2010年のMETでのドン・カルロ

【指揮】ヤニック・ネゼ=セガン
【演出】ニコラス・ハイトナー
【出演】ドン・カルロ:ロベルト・アラーニャ
王妃エリザベッタ:マリーナ・ポプラフスカヤ
国王フィリッポ2世:フェルッチオ・フルラネット
ロドリーゴ:サイモン・キーンリーサイド
エボリ公女:アンナ・スミルノヴァ

2011年に来日したMETでドン・カルロを見ましたが、演出はクラシックなジョン・デクスター。この時は歌手は変更が相次ぎ、タイトルロールのヨナス・カウフマンは放射能を嫌って来日せず。エリザベッタのバルバラ・フリットリはラ・ボエームに横滑りと、切符を買ったファンは暴動を起こすような騒ぎになりました。カウフマンはともかく、フリットリのエリザベッタは聴きたかった。で、今までその機会にNYに行けずにいます。

ただ、この時のファビオ・ルイジの指揮は良かった。それに比べて、ヤニック・ネゼ=セガンの指揮は、やや単調で弱い感じがします。

このライブビューイングで圧巻は、やはり国王のフェルッチオ・フルラネット。もう完全に主役ですね。ちょっと他の歌手がかすむくらい。アラーニャはなかなか良いんですが、顔つきもあるせいか、どうもソフトすぎる感じ。個人的にはラモン・ヴァルガスのほうが好きです。キーンリーサイドは、なかなか聴かせます。いいですね。これも個人的には、来日した時のホロストフスキーよりずっと好きです。ただ、顔はイギリスのサッカー選手みたいですが。

それにしても、スペインは今も王政なんですよ。知ってました? フランコの時代が終わって、王政復古したのです。ですからスペインは、今もスペイン王国なのです。もちろん、王であるホアン・カルロス1世は、実質的な権限はなくて、その下に首相が組閣をしている民主主義国ですが、それでも国王は日本の天皇よりは政治の場に出てきます。国際会議で、ベネズエラのチャベス大統領に「少し黙ったらどうだ!」と一喝入れたのは有名な話。

僕はクラシカは契約していませんが、WOWOWでもけっこうオペラやります。今晩は、なんとマリウシュ・クヴィエチェンのドン・ジョヴァンニです。録画が、普通のテレビ番組と同様に一発で予約できるので便利。

ドン・カルロは、やはりヴェルディを見たぁ!という堪能感あります。

パルシファル by METライブビューイング

僕は、あまり映画館でオペラ見るのは好きではないのです。大きな劇場だと、見る場所を画面で限定されてしまうのが嫌なんです。家で見るDVDだと気にならないんですけどね。

しかし、ワーグナーを映画館で見るのは良いです。何故って、4時間とか5時間(今回のパシルファルは休憩も入れると5時間40分!)を、劇場の窮屈な椅子ではなくて、今の映画館のフカフカのゆったりしたシートで見られるし、飲み物を置くところもあり、ポップコーンも食べられるんですから。

で、昨日のパルシファル、東劇で見ましたが、満足でした。歌手、指揮、演奏ともに素晴らしい。ガッティはこの演目を得意としてるそうで、なんと4時間半にわたる全曲を暗譜しているそうです。全体にゆっくり目、おとなしめの演奏で、フルトヴェングラーや、クナッパーブッシュとは全然違うパルシファルでしたが、きめ細かい表現力が、舞台上での歌と演技と相まって、グイグイとワーグナーの世界に連れていかれます。

タイトルロールのヨナス・カウフマン、ワーグナーで聞くのは初めて。生では2007年のスカラ座でアルフレードを聴きました。その頃はけっこうイタリアオペラも歌ってました。で、いまひとつピンと来なかったのですが、パルシファルはすごかった!役が彼に乗り移ったのか、彼が役に乗り移ったのか、迫真の演技。特に2幕目のクンドリとのやりとりは、鳥肌が立つような感じでした。この人、本当のヘルデンテノールですね。クンドリのカタリーナ・ダライマン、グルネマンツのルネ・パーペ、アンフォルタスのペーター・マッテイ、クリングゾルのエフゲニ・ニキティンも、厚みがあって素晴らしい声と、演出を良く理解した演技で素晴らしかったです。

しかし、そのフランソワール・ジラールの演出ですが、とにかく血がいっぱい。3幕目はステージ全体が血の海という感じで、血が苦手(毎月、採血しているんですが)の僕としては、あまり印象が良くなかったです。1幕目は、ほとんど何の趣向もなく、人間の動きも少なくてやや退屈、2幕、3幕と演出も盛り上がってきて、最後は非常に説得力のある見え方になりました。

ただ、キリスト教、それもプロテスタントの教義を扱った聖杯伝説を元にしたこの演目、やはりワーグナーの作品の中でも一番難解。ホーリーグレイルというと、モンティ・パイソンを思い出してしまう僕としては、こちらの知識不足を思い知らされます。

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今月は、あとはフェニーチェのオテロと、バレエのルグリ&デュポン、そしてゴールデンウィークが明けたら、ハンブルグ、ザルツブルグ行きです。

そう言えば、その旅行中に来日してリサイタルをするバルバラ・フリットリ、見に行けなくて残念だと思っていましたが、9月のファルスタッフで来日する際に一日だけ、9月10日にリサイタルを東京で行うそうです。良かった、これなら行ける。


METアイーダ(ライブビューイング)

METの2010年のアイーダがWOWOWで先月放送されたのを、新国立のアイーダの印象が薄れないうちに見ました。演出はゼッフェレリではありませんが、どちらかというと重厚感を増したソーニャ・フリーセルの1980年のプロダクションを少し変化させたバーション。80年代にMETでアイーダを初演する際にはゼッフェレリも検討されたようですが、派手すぎるということになったようです。最近でこそ読み替えの演出もやっていますが、この頃のMETは本当にクラシック、保守的、重厚だったのです。

アイーダの定番DVDと言えば、この80年代のMET(実際は1989年)のレヴァイン指揮、ドミンゴ、アプリーレ・ミッロ、ドローラ・ツァーイック、シェリル・ミルンズのバージョンが定番になっています。これは、なかなか凄いクォリティです。ドミンゴはもちろん、ピークが短かったミッロが素晴らしい声を聞かせています。

驚くべきは、2010年のアムネリスもドローラ・ツァーイック、この人30年近くアムネリスを250回以上唄っているそうです。で、ラダメスはヨハン・ボータ、彼もこの役を得意としていて、僕も2009年のスカラ座の来日のアイーダで聴きました。この時の指揮はバレンボイム。この頃の彼は、まだインテンポだった印象があります。そして、アイーダはヴィオレッタ・ウルマーナ、この人もスカラ座で同役で聴きました。

この二人について言えば、METの2010年の出来はスカラ座来日よりずっと良い。これは映像で見たこともあるのでしょうか。とにかく、気品と様式感が素晴らしい。もちろんドローラ・ツァーイックも中低音から高音までを震えるようなメゾソプラノで唄っていて、この3人の重唱はすごい緊張感があり、声のバランスも素晴らしく聞き応えがありました。残念ながら、新国立の3重唱とは比較になりません。あの叫ぶアイーダ、声が届かないラダメスは残念でした。

前回のブログにも書いたのですが、新国立でのラトニア・ムーア、カルロ・ヴェントレは、声を張り上げていました。しかし、2010年のMETを見て、興味深かったのは、インターミッションでの恒例のインタビューで、フレミングが、ボータとツァーイックに声の出し方について聴くと、二人とも(別々のインタビューで)「ヴェルディではScream(叫ぶ)してはいけない。声の大きい人はどうやってそれをコントロールするかが重要。ピアニシモが多い。」と強調していたこと。ツァーイックは、「若い人は、持っている大声量の声をコントロールできない。」ので、そういう人のためのスクールをやっているとのこと。ボータも、もともとの大声を良い指導者に巡り会ってコントロールできるようになったということでした。

そうなんですよ。ヴェルディのソプラノ、テノールはヴェリズモのようにスクリームしてはいけないんです。

アイーダも一見派手に見えますが実は心理劇です。(と師匠から教わりました)ですので、ピアニシモを含む弱音から声量が上がってきても、表現が重要で、音量が重要ではないんです。

カイロでの1871年でのテレーザ・シュトルツ、ヴェルディが言う理想のアイーダ、はどのような声で歌ったのでしょうか。タイムマシンがあれば聞きにいってみたいものです。

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