プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ノセダ来日とオペラのブランド力

ノセダとトリノ王立歌劇場は、既に来日しています。今日はノセダ氏はイタリア文化センターの講演会で話をしました。僕は仕事があって行けませんでしたが。

ただ、チケットの売れ行きは厳しそうですね。特にトスカのほう。良いキャストなんですけどね。ノルマ・ファンティーニとパトリシア・ラセット、今トスカを歌わせたらかなり良いと思います。マルセロ・アルバレスも旬のイタリアン・テナー。キャストとしては仮面舞踏会よりも良いかと思います。

そう言う僕も仮面舞踏会のチケットしか取っていません。これは、単にヴェルディ協会会員で、ヴェルディファンだからということだけでもないんです。トスカ、なんだか飽きてしまったのです。プッチーニといえばトスカかラ・ボエームか….時々蝶々夫人。 それで、バルバラ・フリットリが降板したので、余計、客が集まらないのでしょう。ま、これが直接的には大きいですね。フリットリの今後にとっては良いことだと思いますが。

僕の本業は著作権と商標権のライセンスで、ブランド価値についても研究していますが、オペラの演目にもブランド価値があると思います。まあ、かなり好みがあるので対象者によってブランドの訴求力は違うでしょうけど。

ラ・トラヴィアータ、リゴレット、トスカ、セヴィリアの理髪師かなぁ。これがイタリアンオペラブランド。ファッションで言えば、アルマーニ、グッチ、プラダあたりでしょうか? ちなみに、僕個人のイアリアンオペラブランドは、シモン・ボッカネグラ、ラ・トラヴィアータ、オテロ、ノルマかな。

ドイツ、オーストリア系ブランドであれば、タンホイザー、フィガロの結婚、ばらの騎士、コジ・ファン・トゥッテ?

これらがもしブランドだとしても、今年のトラヴィアータの上演回数とトスカとは比べものにならんではないか?と思われるでしょうが、オペラブランドもファッションのようにブランド力と販売数量、そして流行があるんです。ルイ・ビュイトンなんかそこらへんは実にうまくコントロールしていますね。値段と販売量の調整で、やや足りないくらいの量で人気を保っています。

そう言う意味で、今年はヴェルディが(何故かワーグナーよりも)、生誕200年ということで流行の波に乗り、通常よりも多い商品の供給でも消費者がいるということです。一方、プッチーニは今、あまり流行ではないようです。イタリアンファッションブランドで言えば、エトロみたいなところでしょうか。ですから、年に数回の上演でも多すぎる感じを消費者に与えてしまう。

ここらへんのマーケティングが日本の劇場やプロモーターにはあまりないと思います。一番マーケシングをしっかりとやっているのは、METですよね。

こういう時、プッチーニで行こうと思ったら、マノン・レスコーとか三部作、あとは、半分くらいはブランドになっていますが、トゥーランドットでも良かったかも。あまりにリスクの無いと思われるブランド品ばかりで勝負すると、けっこうしっぺ返しが来るんです。

今年は、とにかく引っ越し公演が多かったので、競争が激しかった。ですから、マーケティングもしっかりしなくてはいけなかった。紙に書いてもらうアンケートなんかでは駄目ですね。インターネットとか、電話調査とかをしないと。

ともあれ、トリノのトスカ、まだチケットあります。是非!
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新国立劇場でやってほしい演目ベスト10

まことに勝手なブログです。

新国立劇場で、是非公演してほしい演目を10個あげてみました。

1.シモン・ボッカネグラ(ヴェルディ)

今、世界の歌劇場で上演されているヴェルディの作品としては、トラヴィアータ、リゴレットに続いてドン・カルロスと同じくらいの頻度で上演されているのがこれです。シモンの熱狂的ファンとしては、是非やってほしい。今年大阪のいずみホールで堀内康雄のシモン聴きましたが、素晴らしかった。タイトルロールは彼で良いと思いますが、どうしても外人を持ってきたいというなら、誰かなぁ、最近出番が減っているゲルフィなんかどうでしょうか?

2.二人のフォスカリ(ヴェルディ)

これもヴェルディですが、内容的には暗すぎるかも。ただ、タイトルの力があるので、集客できるのだはと思います。しかし、これもバリトン誰にするかは問題ですね。ヌッチは当然呼べませんし、マッシモ・カヴァレッティはこれ歌うかな? スグーラは若すぎるし。フロンターリはつまらんし。。ストヤノフ? あまりに暗いというなら、エルナーニでは?(これも明るくはないですが)

3.パルジファル(ワーグナー)

音楽監督も飯盛さんになりますし是非!日本でレベルの高いの聞きたいですね。もちろん、新国立に最近出演したフローリアン・フォークト、これ良く歌ってますから、まだ呼べるんじゃないでしょうか?

4.ナクソス島のアドリアネ(リヒャルト・ストラウス)

同じく、飯盛さんの得意そうな演目。これ、僕好きですねー。劇中劇のオペラが始まるところが特に。これは、幸田浩子のツェルビネッタで藤村実穂子のアドリアネで、充分素晴らしいと想います。

5.ベッリーニで何か一作。新国立ってベッリーニやっていないと思うんですけど、どうでしょうか? 夢遊病の女が良いと思いますが、去年藤原が新国でやってますから、敢えてやりたくないかも。チェドリンスあたりが呼べるならノルマもよいですが、清教徒が現実的かもしれません。ちなみに、夢遊病であれば、高橋薫子とシラクーザ、あるいはホセ・ブロスでお願いします。

6.ロッシーニからひとつ。ロッシーニもセヴィリアとチェネレントラくらいしかやってないんじゃ内かなぁ。湖上の美人、ランスへの旅(歌手を集めるのが大変ですが)あたり、是非やってほしいです。

7.後宮からの逃走(モーツァルト)

それか、皇帝ティートの慈悲でも良いのですが、モーツァルトもたまには変わったのやってくださいよ。

8.利口な女狐の物語(ヤナーチェク)

現代に近いところで、これを是非! オペラファンの間では今人気です。演出は面白いのにしてください。

9.真珠取り(ビゼー)

フランスものも一つ。本当はドリーブのラクメやってほしいですが、タイトルロールを呼べないでしょう。ランカトーレが最高ですけど。真珠取りもランカトーレが良いと思いますが、ちょっと値段が高くなりすぎそう。誰か他で。これも音楽美しいし、合唱が多いので新国立の合唱団で聴きたいですね。フランスもの、ひとつやってほしいですね。この前来日したスペインのソプラノ、アイノア・アルテータがフランスもの得意なようなんで、グノーのファウストかロメオとジュリエットでもいいです。あと、フランスの歌手としては、パトリシア・プティポンを呼んで欲しい。正直、12月のオランピアは彼女を呼んでくれたら良かったなぁ。幸田さんには悪いけど。

10.あとひとつ迷うところですが、ヘンデルのジュリオ・チェーザレ、ジモーネ・ケルメスあたりがやってくれないでしょうか?この人、あまりオペラに出ていないようなんですが、バロックオペラのアリア集は出していて素晴らしいです。

番外:連隊の女(ドニゼッティ)、デセイ以外のイメージが浮かばないのが問題ですが…. エフゲニー・オエーギン、これはロシア系で歌える人は見つかると思います。 三部作(プッチーニ)、ジャンニ・スキッキで集客できると思いますが、実は外套と修道女アンジェリカが素晴らしい。


と、年末が近くなると、こういう夢を見ます。

バレエ・リュス ストラヴィンスキー・イブニング

何とか時間を作って、当日予約でマチネの公演に行って来ました。

この”バレエ・リュス”というのは、19世紀後半から20世紀はじめまでロシア出身の芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフのもとで、パリを中心に活動したバレエ団の名前です。特徴は、バレエ、音楽、美術、演出を高いレベルに統合し総合芸術を目指したこと。ですので、普通のバレエ公演より、お金も人も手間もかかるようです。

新国立は今回、火の鳥(1910年初演 フォーキン振り付け)、アポロ(1928年初演 バランシン)、結婚(1925年初演 二ジンスカ=ニジンスキーの妹)の3つのストラヴィンスキー作曲の作品を再現した意欲的な公演を行いました。 意欲的ですよ。新国はオペラよりバレエのほうが意欲的!

実は、今年このバレエ・リュスの作品はスポットライトが当たっていて、5月のザルツブルグ音楽祭でも演じられました。この時は、バルトリが音楽祭の総監督を務め、そのテーマが"sacrifice(犠牲)"ということで、アポロの代わりに、”春の祭典(1913年シャンゼリゼ劇場こけら落とし公演 ニジンスキー)”をやりました。指揮はなんとゲルギエフ、そして彼の率いるマリインスキーバレエ団が踊りました。ただ、ただ、素晴らしかったです。春の祭典はフランス語では"Le sacre du printemps"で、つまり「春の生け贄」なんですね。だから「犠牲」のテーマで選ばれたのです。ちなみに、20世紀初頭、バレエ・リュスの衣装や美術には、あの有名なデザイナーのココ・シャネルが全面的に協力をしていました。そして、春の祭典は1913年の初演で、フランスのバレエ界で未曾有のスキャンダルになりました。あまりにも新しすぎたのです。音楽もバレエも。この時指揮をしていたのは、バレエ音楽のマエストロとして歴史に残る巨匠のピエール・モントゥでした。また、「ちなみに」になりますが、彼が指揮したドリーブの”コッペリア”、"シルヴィア”は凄いです。

さて、そして色々あってこのスキャンダル事件の後に、シャネルとストラヴィンスキーは恋に落ちるんです。これは2009年にフランスで映画化され「COCO CHANEL & IGOR STRAVINSKY」という作品になっていますが、残念ながらまだ見る機会がありません。

今回の新国立の公演、全体としては素晴らしかったと思いますが、やはり「春の祭典」が欲しかったなぁ、というのが本音。でも代わりにアポロが見られました。これも素晴らしかったです。ダンサーのレベルはマリインスキーに全くひけを取りません。

ただ、火の鳥を演じた小野絢子が、ちょっと小柄すぎました。火の鳥はおおきな鳥だと思います。赤い翼をはためかせて飛んでくる。だからマリインスキーでも非常に背の高いアレクサンドラ・イオシフィディを起用していました。彼女はマリインスキーの中ではセコンド・ソリスト、オペラ座で言えばスジェのランクですが、このバレエ・リュスの作品は、フェッテもリフトもピルエットも無いので技巧的にはそんなに高いものが要求されない、ただ、運動量と、見栄えのする長身が必要だと思います。その点、小野絢子は損していましたね。ちょとと「火の小鳥」という感じでした。ダブルキャストの米沢唯のほうが良かったかもしれません。
スクリーンショット


そして、美術面では、舞台美術がちょっとシンプルすぎます。今回、けっこう良い料金を取っている(ザルツブルグのS席は100ユーロ、新国立は¥12,600-とほぼ同じ。)のですが、ザルツブルグに比べると、舞台の大道具はかなり薄っぺらい感じがしました。

クーン・カッセルの指揮は、まずまずで東フィルにストラヴィンスキーらしい音を出させていたと思いますが、もう少し躍動感が欲しいところ。やはりバレエの指揮の域は出ていない感じ。

それでも総合的には、良かったと思います。まずはダンサーのすべての質が高い、合唱も入りましたが、(結婚)さすが新国立合唱団、こういうのはメチャクチャうまいです。何より、ストラヴィンスキーとバレエ・リュスが持つ、妖艶な、不思議な魅力を余すところなく出していました。今回バレエとしては異例に男性客が多かったと思います。

ストラヴィンスキーのバレエ音楽では、プルチネルラが好きですが、まあちょっとまとまりすぎているので、今回の3つの曲目はバレエと一緒に聴くとすごい魅力を感じました。

それにしても最近残念なのは、バレエ音楽を真剣に振ろうという良い指揮者がいないこと、モントゥはその旗手だったのですが、その後ピエール・ブーレーズ、アンドレ・クリュイタンス、アンドレ・プレヴィンなどフランス系の一流指揮者がバレエ音楽を実際にバレエ公演で振っていました。しかし、もっともバレエ音楽に貢献したのは、サザーランドの夫としても知られているオーストラリア人、リチャード・ボニングでしょう。彼はフランス系のバレエからロシア系のバレエ音楽まで、深い教養を持って実に素晴らしい音楽を作り出しました。21世紀になってからは、一時サイモン・ラトルがバーミンガムにいたころに、同市にもロイヤル・バレエがあることからバレエ音楽を振ったり、録音していますが、それももう10年前のこと。今、一流指揮者でバレエ音楽を振る人はなかなか知りません。

バレエと音楽の調和、それも高度な調和は素晴らしい感動を呼びます。誰か若手でやってくれないかなー。ハーディングさんなんか、ラベル振っているし良いんでは? ハーディング指揮でコジョカルやロホが踊ったらすごいなぁ。

行けませんでした。シモン・ボッカネグラ

あー、残念。ちょっと体調崩してしまい、日曜日のNHK交響楽団のシモン・ボッカネグラの演奏会形式のオペラに行けませんでした。行った方の話によるとサンティの指揮が非常に良かったとのこと。シモン好きの僕としては不覚を取りました。一晩寝たら、すっかり元気なんですが。。

こりゃ、来年、もう一度ヌッチのシモンを聞きにイタリアに行くしかないなぁ。(と、話が飛びすぎか)

ヴェルディ:レクイエム ルイゾッティ指揮 東日本大震災追悼公演 

一昨日は公演の後すぐに、興奮さめやらぬまま速報ブログをアップしました。

公演の後すぐと、2,3日経ってからの印象はちょっと変わることが多いです。先日のムーティの公演の時は、すぐに書かず、ムーティの他の演奏やトスカニーニの演奏などを聴いてみたりしたところ、少なくともムーティに何らかの意図があったのだなぁ、くらいは素人ながら推察できる感じは得たのでした。

さて、6日のレクイエムを聴いた後も、同じようなことをしてみましたが、大きく印象が変わることはありませんでした。ただ、鮮明に耳に残っているのは、やはり4人のソリストです。

指揮ニコラ・ルイゾッティ
ソプラノ:アイノア・アルテータ  (当初予定のマリア・アグレスタから変更)
メゾ・ソプラノ:マーガレット・メッザカッパ
テノール:フランチェスコ・デムーロ
バス:フェルッチョ・フルラネット
副指揮&合唱指揮:ジュゼッペ・サッバティーニ
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

アイノア・アルテータの、リベラ・メは本当に素晴らしかったです。リューやミミを歌っているということで、厚みのあるスピントでしたが、後半にかけてどんどんと声に表情が出てきて、ラストは感動ものでした。

YouTubeでマノン・レスコー歌っているのを見つけましたが、これは一昨日の彼女の良いところが出ている映像ですね。 今回、真横というかななめ後から見るような席だったのですが、真ん前から見たらすごいでしょうね。この人はポップスも歌っていますが、これも良いです。これを機会に新国立などにも出て欲しい!!

そして、メゾのマーガレット・メッザカッパ 。メゾでレッジェーロとかリリコとか言って良いのかわかりませんが、こちらはアルテータとは対象的に軽い! ロッシーニも歌えそうな美しい声です。しかし、声に芯があり、宗教音楽的な響きあり。ヴェルレクは得意としているようです。怒りの日のソロは、まさしく「鎮魂歌」。この歌手が今回のレクイエムのキイパーソンだったかと思います。

日本初登場だそうですが、この人にももっと来て欲しいです。オベルトのクニッツィアを歌ったそうですが、そりゃいいでしょうね。この人は、カルメンとかエボリ公女じゃないなぁ。

で、フルラネット。すっかり生で聴いたことがあるつもりになっていたのですが、実はこの日が初めてでした。あまりにもDVDなんかで聴いていたので勘違い。サントリーのホールオペラには何回か出ていますね。もう、単純に「いい声~~♡♡」こういう軽めの、しかもモゴモゴしない美しいバスっていいですねー。プログラムに「ドンカルロのフィリポⅡ世は”現代最高”」とあります。そうでしょう。そうでしょう。ドン・カルロ何度も聴いているんですけど、彼のフィリポは聴いていない。悔しい。

デムーロも頑張ってました。でも、他の3人に比べるとちょっと存在感が薄い感じ。ソプラノがリリコでしたから、テノールももう少し重い声でも良いのかも。それと、この人、声の表情というか陰影、まだ伸びしろがあると思います。でも、決して悪くなかったんですよ。

だから今回のソリスト4人は最高! 11月30日のトリノ王立のノセダ指揮、レクイエムまだ切符取ってなくて迷っていますが、バルバラ・フリットリとダニエラ・バルチェッローナというのも凄い女声二人ですから比べてみたい気がします。

フリットリでレクイエムを聴いたのは、だいぶ前、ムーティがスカラを連れて来たとき(2006年と思います。)。これは鮮烈でした。この時は歌手よりも音のほうが耳に残っています。

今回のルイゾッティと東フィルもすごく良かった。とてもコントロールされていて破綻がなかったと思います。ブラヴォーなんですが、その後色々と他の指揮のCD聴いたりすると、ちょっとコントロールされすぎかなぁ、と言う感じ無きにしも非ず。ただ、僕自身、ヴェルディ大好きを自称しながら、ヴェルレクは27作品の中では下のほうに位置するので、聞き込みが足りません。ですので、特に指揮についてはあまり語る資格ないかもです。

合唱は、先のブログに書いた通り。すごいピアニシモで入るのがきれいで、だけど怒りの日などは暴力的な魅力もあり、イタリアの合唱みたいで好きでした。

明日は、サンティ指揮N響のシモン・ボッカネグラ(演奏会形式)です。これだけヴェルディを聴けるのは、やはり200周年のおかげですね。12月のノセダの仮面舞踏会で200周年の打ち上げになりそうです。
   

ルイゾッティ conducts ヴェルディ 東日本大震災追悼公演「レクイエム」

ちょうど公演帰宅したところです。明日朝早いので、ショートインプレッション(車の試乗みたいですけど)

良かった!大満足。ルイゾッティの指揮は、これぞヴェルディのレクイエムという見本のような熱く、切れ味のあるもの。鳴らすところは当然すごく鳴らしているのだが、非常に良くコントロールされていましたね。レクイエムですから、ここらへんが崩れるとどうしようもないと思いますが、ルイゾッティも東フィルも素晴らしい!

また、歌手陣が最高。アグレスタが降板したけど、代役のスペインのソプラノ、アイノア・アルテータが情感のこもった、熱い(あるいは厚い?)声を聴かせてくました。尻上がりに良くなりましたね。最後のリベラメは、体を折り曲げ、脚を踏み出して、時にルイゾッティと目を合わせながら歌っていましたが、ゾクッとしました。すごかったです。メゾのマーガレット・メッザガッパ、バスのフルラネットは、美しいレッジェロな声で繊細な感情表現がすんばらしい!! とにかく、声に表情がある。あー、先月のスカラ座のフィリポ2世、ルネ・パーペも良かったが、2度目だったので、フルラネットで聴きたかったぁ。

デムーロがややその点(声の表情の面)で物足りないところはあったけど、ま、この4人は素晴らしいヴェルレクを披露してくれました。

合唱も実に良かった。最初の入りは実に静かに安定して綺麗に入ったのですが、大音量のところは実にイタリア的、野性味もあってただそろっているだけではない。でも、破綻は無い。これは、合唱指揮のサバティーニ(実際に1階で指揮していました)の指導の成果かと思います。

詳しくはまた書きますが、とにかく良かったです。また、ルイゾッティってかっこいいですよね。最後ミーハーなコメントで失礼。

生誕200年記念ヴェルディアップダウンクイズ

ヴェルディの生誕200年を記念して大クイズ大会開催!賞品は無し!答えは下に。

下記の各項目が正しいかどうか判断して下さい。

1.ヴェルディは貧農の家に生まれ、口減らしのために隣町のブッセートの豪商アントニオ・バレッツィの家に奉公を兼ねて養子に出されました

2.幼いヴェルディが初めて使った楽器は、中古のスピネット(家庭用小型チェンバロ)だったが、この修理にあったたカヴァレッティという調律師はヴェルディの才能に驚嘆して修理費を無料にしました。

3.ヴェルディは音楽をやるかたわら副業にやっていた農業が成功し、大地主になりましたが、「私を農民として批判するのはかまわないが、音楽家として批判するのは許さない」と音楽家としてのプライドを保ち続けました。

4.サッカーの日本代表のテーマにアイーダの凱旋行進の曲が使われているのは、パルマでプレイしていた中田選手がアイーダを気に入ったことが原因になっています。

5.ヴェルディは遺言で自分の葬儀は質素にしてほしいと願っていましたが、彼のことをイタリアの誇りと思う国民と、彼の愛弟子であったトスカニーニ、そしてイタリア上院議会の決定により、大々的な葬儀が行われ、その葬列の沿道にはミラノ市民30万人が集まりました。





で、答え。

1.ヴェルディの生家はロンコレという小さな村で宿屋、食料品屋、郵便局をやっていました。裕福というほどではありませんが、貧農では全く無く、バレッツィは純粋にヴェルディの音楽の才能に魅力を感じて、援助を申し入れたのです。

2.その通りのようです。この調律師は将来ヴェルディが偉大な音楽家になると確信し、自信の名前と修理をした事実をそのスピネットの内側のプレートに記したそうです。本物見てないんですけど。

3.これは逆で、「私を音楽家として批判しても良いが、農民として批判することは許さない」と言ったのです。そのくらい、農業に入れ込んでいるヴェルディでした。

4.これは本当のことだそうです。

5,これは違うと僕は思います。ヴェルディがミラノマンゾーニ通りのグランドホテルの3階の部屋、1901年1月27日に亡くなった後、人々は大々的な葬儀を望んだのですが、彼の遺言は「2人の僧と2本のローソクと十字架のみで葬儀を行って欲しい。」と言うものだったので、1月30日にその通りに葬儀が彼の遺志を尊重した家族(養女のマリア・カラーラが主な家族)によって取り行われ、彼の棺は今眠っている「音楽家の家」ではなく、ミラノ市の記念墓地に埋葬されたはずです。そして、翌2月28日に音楽家の憩いの家が完成したのを記念して、その式典としてヴェルディの墓所をその家に移すという名目で、合唱団だけで8000人という大オーケストラをトスカニーニが指揮してミラノの街をヴェルディの棺が移動した、そのことを多くの資料が「葬送」と言ってしまっているのです。これは、おそらくボイトやリコルディ、トスカニーニなどヴェルディの親しかった人々が色々と考えた策だったのだと思います。ですからバツです。

ムーティ conducts ヴェルディ

ムーティのヴェルディガラ、2日目に行って来ました。ブログのアップが遅れたのは、今日一日、ずっと昔のムーティのヴェルディの序曲集とシチリアのバレエ曲、同じくトスカニーニの序曲集を聴いていたためです。

オーチャードホールでの講演を聞いてからトリフォニーホールに行ったので、なんか演奏への期待が高まっていました。ですが、前半のシチリア島の夕べの祈りと運命の力の序曲…...この2曲は昔からムーティのヴェルディ序曲集には必ず入る十八番と思いますが、、ここまでで既になんか違和感を感じてしまいました。いやに重厚なんです。で、ところどころ休符の"溜め”みたいなのがあって、その後爆発する。非常にテアトロジック(というのかな、劇場的)ではあるんですが、ムーティの本来の熱っぽさ、鋭さ、切れみたいなのが、ソフトになったというかなぁ、うーーん。今日聞いたスカラ座の90年代の録音とも随分と違いうんです。ナブッコも違う。ナブッコ序曲の後半だけは、昔と同じ感じしましたが、全体にはヴェルディに関しての解釈が変わった感じがします。より美しく、流れるように、、元々あるロマンチック性は強まった感じがしますが、個人的には「巨匠になるとやっぱりこういう感じになるのかなぁ」という感じがありました。

ナブッコの"Va Pensiero" については、これは大合唱団がとにかくユニゾンで押しまくる曲です。やはり演奏もそれにあった強く、鋭さのある音が欲しい。今回のソフトになったムーティよりも、昨年の二期会でのバッティストーニの、ナブッコの序曲、オペラの各幕をフラッシュバックさせて切り取ったような清冽な音作りのほうが、初期のヴェルディの初々しさと熱さをダイレクトに表現していたと思います。なんとなく、どの曲にも”ゆらぎ”が入っているのも僕は気になりました。全体にそういう感じ。普通のヴェルディになって、より重厚にマイルドになった感じ。

いや、僕みたいな素人なんか及びもつかないくらい、ムーティはヴェルディを研究し理解しているわけだから、彼は自分が70代になってこの日のような解釈にたどり着いたのだと思います。マゼールの椿姫は、ベルリンの頃と2007年では全く違います。これもすごく重厚でテンポがゆっくりになった。序曲だけで1分も違うのです。これと同じような流れなんでしょうか?指揮者も円熟すると、指揮も円熟する。

できるだけ、このムーティの新しいヴェルディを理解したいと言う気持ちでいっぱい。でも、トスカニーニは僕のベンチマークですが、彼の指揮を聞くとやはりヴェルディの神髄に触れる気がします。そして、トスカニーニの後に、70年代からのムーティを聴き直してみると、昨日の指揮には、やはりどうしても違和感を感じてしまいます。ゆらぐ感じは、ちょっと北ヨーロッパ的。南イタリア的ではないような気がします。

昨日の演奏で僕にとって一番良かったのは、バレエ曲の四季でした。これもムーティの十八番ですが、本当にバレエ曲になっていました。躍動感に溢れた、そのままバレリーナが入って来そうな音楽。ヴェルディのバレエ曲を、こんなに真剣に指揮する人はムーティの他にいないでしょう。

「ムーティは衰えた」とは全く思いません。怪我などもしたようですが、まだまだパワーは充分。ただ、違う境地に入ったのだと思います。なんかドイツ、オーストリア系の音楽の好きな方には好評を博しそうな感じがありました。

この日のような序曲で始まって、来年のナブッコ、シモンのオペラ全幕はどうなるのかなぁ。こわいような楽しみなような。とりあえず、シモンは切符申し込みました。

講演ではしごかれていた、安藤赴美子と加藤宏隆。これはかわいそうだったと思います。その日の朝に言われて、舞台に上がり、ムーティと一度も合わせたことのないトラヴィアータを、「指揮者の指導のサンプル」としてマスタークラスのように指導されたのですから。

で、この日の二人は素晴らしかったと想います。特に安藤赴美子の芯の通った強さのある声。トラヴィアータよりも良かったかも。やっぱり2月のドン・カルロのエリザベッタは、待ちきれないぐらい楽しみです。僕は、高橋薫子と藤村美穂子って日本のディーヴァだと思いますが、安藤赴美子というヴェルディを歌うディーヴァが登場したって感じがします。感動しました。まだ若いし、楽しみだなぁ!

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