プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

大野和士&リヨン歌劇場管弦楽団

しばらくブログを更新していませんでした。6月はオペラ、バレエ不毛の月で、1週間トレードショーでラスベガスに釘付け。ショーは色々あるんですが、オペラはないんですよね。フリットリとリナ・ヴァスタのリサイタルからずっと日が空いて今日の大野和士のよこすか芸術劇場でのコンサートでした。

■曲目
ルーセル バッカスとアリアーヌ 第2組曲
ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
ムソルグスキー(ラヴェル編曲) 組曲「展覧会の絵」
□アンコール
マ・メール・ロワ

印象派の絵画というイメージの音。フランスですねぇ。一番良かったのは、実はアンコールのラヴェルマ・メール・ロワだった。ハーディングのラ・ヴァルスも素晴らしかったけど、彼のはほとばしる理論派の情熱。大野のは、画家が絵を描いていくような、そうエクス時代のゴッホか、初期の窓を書いていた頃のマチスか。。彫刻的なバッティストーニとも違う、成熟した大人の音です。フランス好きですからね、たまらんです。

展覧会の絵は、実に軽くテンポ良く、ラヴェルのアレンジ部分を前に出した音。もともとの重厚さはほとんど影を残していません。ペトルーシュカもゲルギエフなどと全く違いますね。打楽器を多彩に使って色彩が出ています。オケの細かいミスは多々あるんですけど、それを上回るイメージディレクション。

バレエ曲が2つありました。うまいです。現代のピエール・モントゥか!!

今年は本当にフランスオペラが多い、9日はこのオケでホフマン物語。楽しみです。

5月にLAでジェームズ・コンロン式での素晴らしいタイスの瞑想曲を聴きました。そのあとフリットリのリサイタルでも。で、たまたま立ち寄った丸善でこのデュフィの版画を買ってしまいました。瞑想曲が聞こえてきます。

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ドン・カルロとリゴレットの日にちが重なったぁ!!

困った、困った。2つの魅力的なヴェルディの公演が、なんと9月6日に重なってしまいました。ひとつは、フランス語版5幕という、世界でもめったにやらない「ドン・カルロ」、フランス語上演ですが、タイトルは「ドン・カルロス」になっていますね。15時から東京芸術劇場。

もうひとつは、同日18時からのリゴレット。14時と19時くらいだったらどちらかを1時間ミスれば、両方とも見られるんですが、池袋で多分18時くらいに終わって(5幕ですから)、瞬間移動して百合ヶ丘に行かないと間に合わない。でも、両方切符取っているんですよね。ドンカルロの後半あきらめるか、リゴレットの最初をあきらめるか.....頭が痛い。ドン・カルロはこの前、モデナで素晴らしいシモン・ボッカネグラを聞いたときに、ヌッチの相手役のフィエスコを歌ったコロンバラが来日します。そしてリゴレットは久々のジルダを歌う、日本のベルカントディーヴァ、高橋薫子さん。あー、困った。一日ずらしてくれればいいのになぁ。

もう少し日にちが近くなったら、両劇場の休憩のスケジュールを聴いて決めようと思っています。

それにしても、今忙しくて、明後日からまたアメリカ出張。今日、なんとか「パゴダの王子」見に行きたかったんですが、ダメでした。

明後日からラスベガスなんですよね。LAでもこの前みたいに、運良くタイスが見られたりするんですが、ラスベガスはショーはたくさんやってますが、オペラはない。今回泊まるマンダレイベイの隣のホテルがルクソールで、ロビーはまるで「アイーダ」のセットみたいなんで、そのままロビーでオペラできると思うんです。

あと、心配なのは、3月に現地で主役二人+オケまでキャンセルくらった「真珠取り」を見たパルマ王立歌劇場、ますます運営危機のようです。今年のヴェルディフェスティヴァルはどうなることやら。。。。

オーレリ・デュポン引退!!

いよいよ、デュポンも引退みたいですね。今年かなと思ったら、来年のようで、5月のガルニエ(オペラ座)の「マノン」になるという噂も。しかし、サイトにはまだ発表ないですね。それと、ケネス・マクミランのマノン?っていう感じありますね。たしかルグリと全幕やっていたと思いますが、寝室のパドドゥが彼女としては有名なところ。沼地のパドドゥは、彼女は重いので、マラーホフとヴィシニョーワのようなアクロバチックな振り付けではなかったような気もします。

個人的にはル・パルクで終わってほしいなぁ。椿姫でもいいですが。相手役はやはりエルヴェ・モローでしょうか。

ところで、8月にデュポン来日します。

勅使川原三郎新作 世界初演 オーレリー・デュポン(パリ・オペラ座バレエ団エトワール)勅使川原三郎と初共演!」というものです。どんなのかわからないなぁ、と思いつつ2日チケット取りました。

リナ・ヴァスタ、上江隼人、笛田博昭リサイタル

今日の日曜日、楽しみにしていたリナ・ヴァスタさんのリサイタルでした。でもね、本当のことを言うと、一番楽しみにしていたのはバリトンの上江隼人さんです。

3月にミラノでレストランがクローズする真夜中までオペラとヴェルディの話で盛り上がりました。彼の人柄、オペラに対する愛情と深い洞察力に感銘しました。

この日はリナさんの愛弟子二人がナイツ(騎士)のように彼女の脇をかためてリサイタルをするという趣向で、こういう事はヴェルディ自身はひねくれものだったから自分ではやらなかったろうけれど、彼のマンゾーニ(ヴェルディの愛読書「幼なじみ」を書いたイタリアの大作家)に対する敬意の表しかたなど、そして憩いの家(Casa di Riposo per Musicisti Giuseppe Verdi)を残した(そこにリナさんは住んでいます)ヴェルディの想いいからすると、マエストロも天上からこのリサイタルにはBravi!してくれたと思います。

リナさんも本当に奇跡のソプラノですが、上江さんと笛田さんのかっこ良いこと。この二人は日本のオペラ歌手に不足気味な「Presence」があります。イタリア語でなんていうんだろう。日本語でも。。。とにかく、そこに現れただけで、自分の「場」を形成するという力(Forceか!)という感じ。

連日の公演と、この日やけにステージ付近の冷房が効いていたこともあって、3人とも喉の調子をキープするのに苦労されていましたが、聴きがいがありました。リナさんの「修道女アンジェリカ」のアリア良かったなぁ。3月にこの舞台になった村を訪れたこともありますが、「外套」とならんでプッチーニで一番好きな曲です。

そして、テナー&バリトンでの「ロドリーゴとカルロの二重唱」も素晴らしかったです。上江さんは子供の時にイタリアにいて、今も長くミラノにいるので、言葉はもちろん困らないので、その分を充分感情表現に神経を使っています。決して張り上げたりしない、コントロールされた声で、いきなりオペラの場面からワープしてくるような感じがすごい。会場でお会いした知人のかたが「上江さんが歌いはじめたらうるってしてしまって。」…..こちらも同じです。

昨日の藤原のコンサートでも感じましたが、日本は(イタリアも)バリトンが少なくなってきている中、彼のようにヴェルディを中心にイタリアオペラをしっかり歌っていこうというバリトンは貴重です。是非、応援を!7月31日に"上江隼人バリトンリサイタル”が紀尾井ホールであります。これは必聴です!

http://www.nikikai21.net/concert/pdf/140731kamie_a.pdf


土曜日は雨でしたが、藤原歌劇団発足80周年記念のコンサートとレセプションのお誘いを頂いたので、行ってきました。イープラスなどではチケットは売っていなかったと思うのでご存じなかった方も多い思いますが、それは盛大な会でした。80年前にラ・ボエームで旗揚げしたという藤原歌劇団が、その誕生の地「日比谷公会堂」を満員にして、3時間以上、30曲近くを歌うというもの。歌う歌手の後ろには歴代の藤原の公演の写真が大きく出て、歴史を感じました。藤原がなかったら、日本でイタリアオペラはこんなに育ってなかったかもしれないし、僕もヴェルディに出会わなかったんじゃないかなぁ、なんて思ったりして。

それにしても藤原はソプラノが多いですね。逆にいうとそれ以外が少ない。特にバリトンは少ないですね。男女比は7:3くらい。なかなか歌手で家庭を持って家族を養っていくということは大変でしょう。

でも、藤原ってなんかすごい意気込みというか、熱気がありますね。二期会も関西だとそんな感じでしょうか。昔、うちの母親がけっこうミーハーで、歌舞伎の役者を今のアイドルのようにして歌舞伎座に通っていました。オペラは見ていなかったと思いますが、藤原義江さんは歌謡曲のようなものも歌っていたし、今で言えばチョーイケメン、ダンディで、「今日、帝国ホテルで藤原さん見たわよ!」と叫んでいたのを思い出します。晩年帝国ホテルに住み着いていたのは有名ですが、母親は「誰がお金払っているのかしらね?」などと下世話なことを言っていました。

そういう話しは出ませんでしたが、義江さんの息子さんやお孫さんもインタビューに出て、良いフェスティバルでした。 Viva Fujiwara!!

フリットリリサイタル

キャンセルされるのではと心配していたフリットリのオペラシティでの6月4日のリサイタル無事終了。 今の彼女の状態を想像するに、「歌い慣れた曲」にあまり感情を入れ過ぎずになぞった感じで歌ったという印象はまぬがれないものの、さすがのフリットリ。シモンのアメーリアを降板した悔しさは充分に感じさせてくれました。

ただ、選曲は、昨年大騒動の末に「これからの音楽活動の方針に合わない」といってトリノの公演から間際で降板した「トスカ」の”歌に生き、恋に生き”を浪々と歌われたのは、正直興ざめでした。昨年の発言などを見ても、リリコ程度の曲を歌っていくという話しだったのに、アイーダの”勝ちて帰れ”など、スピント向きの曲も入っていました。

良かったのは、トスティの「アマランタの四つの歌」そしてモーツァルトの「皇帝ティート」より”おおヴィッテリア”、アンコールのチレアかなぁと思います。

特にティートのアリアは難しい曲で、高音から低音までを使い切るテクニックを見せてくれました。最高の状態ではなかったと思います。低音に落ちたところで音程がずれるところもありましたが、あんなアリアを歌えるソプラノはそうはいないでしょう。

この日のリサイタルで一番気になったのは、イタリアから連れてきた指揮者アレッサンドロ・ヴィティエッロが、どの曲も爆発的に超ドラマティックに音作りをしていたこと。良かったのはカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲くらいで、あとはフリットリを聴く邪魔になりました。特にもっとコンパクトに凝縮してほしかったマスネ、先月のコンロンが素晴らしかっただけに、タイスの瞑想曲にはがっくり。

まあ、プッチニーニも2曲ありましたし、ヴェリズモ得意の指揮者を連れてきたということですが、フリットリはこれからヴェリズモになるとは思えないし、そうなってほしくないなぁと思いました。

非常に繊細な神経、優しい人だそうです。今の状況を乗り越えて、「新しいフリットリ」を聴かせてくれるのを楽しみにしています。何度裏切られても、応援したくなる歌手です。

スカラ座が大スキャンダルになってます!

これからバルトリではなくてフリットリのリサイタルに行くので、簡単に、、

来年就任予定のスカラ座の新総裁ペレイラ氏(前ザルツブルグ音楽祭総監督、総裁だったかな?、その前はチューリッヒ歌劇場総裁)が就任前に、前任のザルツブルグから大量のオペラプロダクションを購入する契約に署名していたことが明るみに。問題は、スカラ座のボード(理事会)などになんの事前審議も承認も得ていないとのこと。これにミラノ市、スカラ座のボードは怒っています。で、就任以前に、クビが決定しそうです。詳しくは英語になりますが、次の記事をご覧ください。

ヨーロッパのメディア各紙、大変な騒ぎです。ムーティがスカラ座をやめた時以来のスキャンダルだ!と言っている新聞も。笑っちゃ行けないでしょうけど、おかしいですね。何故かシャイーはペレイラをかばっているようですが。。。。

http://www.samachar.com/Salzburg-Festival-lets-Pereira-go-early-to-La-Scala-ngmqMsdbiai.html


http://www.theguardian.com/music/tomserviceblog/2014/may/22/la-scala-alexander-pereira-salzburg-festival

ローマ歌劇場「シモン・ボッカネグラ」2014-5-31

僕の一番好きなオペラ、それは「シモン・ボッカネグラ」だということは何度もこのブログに書きました。その割には生でシモンの上演を見た回数は今日を入れても6回です。6回なら充分多い気もしますが、一方ではトラヴィアータは15回以上見ていますから、決して”充分”多く見た感じはないんです。しかし日本国内で滅多にやってくれないんです。1973年にクラウディオ・アバドがスカラ座を率いてNHKオペラで公演してから、40年の間に演奏会形式を入れて日本では3回公演されているだけかと思います。僕がシモン最初聴いたのは、アバド指揮のCDやDVD、ライブで見たのは2008年サンフランシスコでホロストフスキーがシモン、指揮はルニックルス、が最初、次が2010年METでドミンゴがシモン、晩年のジェームズ・モリスがフィエスコ、指揮レヴァイン、そして、なんとも素晴らしかったのは2011年のチューリッヒ歌劇場でした。タイトルロールのレオ・ヌッチ、フィエスコがカルロ・コロンバラ、アメーリアがタマラ・イヴェーリ、アドルノがサルトリ、そして、なんとパオロがマッシモ・カヴァレッティというプレミアムな公演。指揮はリッツィ、演出はジャンカルロ・デル・モナコ。彼の演出で、リグリアの海に戻って姿が消えていくヌッチのシモンに泣きました。ホテルに帰るまで「ヒックヒック」してましたね。

そして、日本では、昨年のいずみホールの堀内康夫さんの素晴らしい上演、去年はNHKホールで演奏会形式もありましたが、これは体調不良で行けませんでした。そして、今年3月のモデナのパヴァロッティ劇場でのヌッチのシモン、2度目です。コロンバラとサルトリはチューリッヒの時と同じ。指揮は若手で頭角を現しているチャンパでした。ついこの間のことです。

で、今日のムーティのシモンは全く新しい、あるいは異形のシモンになるだろうことは、ナブッコからも予想(覚悟?)できていました。彼がアバドをなぞるような指揮をすることはないでしょうから。思った通り、プロローグから力のある音が出てきました。彼の描くリグリアの海はアバドのそれが、月夜にゆらゆらと揺れている海だとすると、暴風の予感のするリグリア海です。オテロみたいですね。まずは、このテンションの高さに付いていけるかなと思いましたが、パオロ役のカリア、ピエトロのダッラミーコが序盤を素晴らしく歌います。パオロが主要登場人物のフィエスコが出てくるまでを、相当の高いレベルの歌唱で持たせないと、このオペラは後がどんなによくても駄目です。ナブッコのザッカーリアみたいなもんです。そして、ムーティのどんどんと高まる緊張感のある指揮。フィエスコが現れて娘の死をなげくところで、もうひとつのピークに達しています。グッと来ました。いつもならこのプロローグは、1幕の25年前ということでこんなに高い場所まで持って行かない指揮、演出が多いのです。だって、まだシモンも登場していないのですから。

このテンションの高さ、盛り上げの強さ、長めの間の取り方は最後まで続きます。本当にアバドとは別の世界。むしろ、バレンボイムに近いかもしれません。しかし、僕はこの音作りは魅力的だと思いました。もともとシモンというオペラは「名誉」と「赦す」という2つのテーマから出来ています。これは、ヴェルディが、自分に反旗を翻していたアリーゴ・ボイトを赦して、このシモンの改作を一緒に行ったことからはじまっていると思います。そして、最後に自信を暗殺しようとしたガ仇敵のブリエーレ・アドルノを赦し、次の総督にすることを宣言して息絶える。アバドの音作りは、この「赦す名誉」を音の基本にしています。あくまでインテンポに淡々と流れる感じ。アドリア海のうねりが全幕を通じてメトロノームのように(実際にそういう音楽が流れてはいませんが)心に入って来るのです。ヴェルディらしいと言えると思います。これに対し、今日のムーティの音作りは「赦さない名誉」つまり、フィエスコ、ガブリエーレ、パオロの側(ダークサイドオブ シモン!)の名誉を鋭く際立たせていたのではないでしょうか?うなるような打楽器、強調された不協和音。特にガブリエーレを赦してシモンが息絶えた時にひびく不協和音と、フィエスコの不気味な「彼は死んだ。冥福を祈れ」という声は、史実上でその後起こった、アドルノ家とグリマルディ家(フィエスコ家の本編での家名)による、ボッカネグラ家の一掃を予期させます。いやー、考えすぎかなぁ。

シモンは1857年にフェニーチェで初演されましたが、その後24年間お蔵入りになり、24年後の1981年に前述のボイトとともに大幅な改訂が行われて、スカラ座で再演されています。今は、初演版が上演されることはないようですが、長いプロローグの初演版も聴いて見たい気がします。

3月にイタリアに行ったとき(シモンと真珠取りを見に行きました。)にジェノバにシモンの生家と墓碑があるというので行きたかったのですが、どうしても時間的にかないませんでした。行きたかったです。そこからリグリア海が見えるのかわかりませんが、これほどシモン・ボッカネグラというオペラが好きならば、史実に実際生きた彼の何かに触れたい思いがあります。

ムーティの今日の指揮は、スターウォーズで言えば、"ダースベーダー”とその仲間を主人公にしたようなすごさがありました。これはすごい。フィエスコ役のベロセルスキー(さっきまで名前間違えてました。失礼!)は昨日に続いての出演ですが、今日のほうが表現力を駆使して、苦悩を現していました。それを音楽が強くアピールする、そういうスタイルです。歌手ではガブリエーレ・アドルノのフランチェスコ・メーリが群を抜いていました。しかし、いつものメーリとは違う。それは、ムーティが手で合図をして、歌の最後を無用に(ムーティにとっては)伸ばさないように止めていたのです。ですので、甘い感じよりは、格調のあるガブリエーレが聴けました。アメーリアの恋人というよりは、アドルノ家の殺された頭領の息子という感じですね。なにかベルゴンツィっぽくさえ感じました。

そして、今日はノーブルの演出も良かったのです。「実存主義」ですね。特にいつも違和感を感じる、シモンがマリアの死骸を簡単にカーテンの向こうかなんかで見つけてしまうところを、今日はドアを開け、ランタンを持ち地下室に下っていく様子まで表現していました。そして、一幕目の終わりのViva Simon!のところも、マリアの死にうちひしがれている彼を肩車に乗せて退場するなんてありえないでしょう。シモンにぶん殴られますよ。今日はシモンの周りで控えめに踊って騒ぐだけ。ジェノヴァのシンボルカラーであるワイン色もふんだんに使われていて、昨日のナブッコの演出とは比較にならないくらい良かったです。

オケも昨日より全然良い。昨日かなりムーティに喝を入れられたのでは?と思ってしまいます。はっきり言って、昨日は二流、今日はスカラまで行かないけれど素晴らしかったですね。

僕は、3月にモデナでのシモン・ボッカネグラを聴く前の日に、今年1月に亡くなった、クラウディオ・アバド、彼がいなかったら、シモンはこんなに上演されていません、彼の眠るボローニャの墓にお参りをしました。アバドは僕に「そこの日本人よ。君も60歳になったのだし、シモンを愛しているなら、憎むものも赦しなさい」と言ってくれました。

それに対して、今日のオペラでは、「赦さないことの重荷」を強く感じてしまいました。今迄聴いた中で、もっとも重く、最もドラマチックなシモン。いつもとは違った形で僕の胸を打ちました。ムーティの生き方そのものじゃないですか?ムーティは長かったスカラ座自体にもシモンは振っていないはずです。ローマに来て、はじめて選んだシモンをこのようなスタイルにするのに長い時間がかかったということでしょう。

今日のシモン・ボッカネグラを聴いて、やっと今回のローマ歌劇場の来日の価値が腑に落ちた感じがします。ただし、今後も必ずやこのオペラを追っかけて各地を巡るだろう僕は、多分ムーティのこのシモンはもう聴かないでしょう。僕自身は「赦す名誉」に到達できればと願っているです。そして、ヴェルディが望んだシモンはそれだと思うのです。なんだか自分の人生とこのオペラを一緒くたにしていますが、そのくらいこのオペラは僕の人生を変えたんです。

褒めているんだかけなしているんだかわからない? でも、とにかく感動しています。

歌手についてコメントしていませんでした、シモンを歌ったペテアンはムーティに育てられたようですが、ヌッチやブルゾン、グェルフィなどに比べて声が美しすぎる。表現力が不足していました。最後のほうでようやく少し良くなりましたが。アメーリアのブラット、皆さん「まあ良かった」という感じですが、フリットリの降板ということを考えるとチケットの3割は価値が無くなってしまいました。ブラットの歌い出しのところはかなりひどかったですから、「その後良くなった」とは言いたくないです。フリットリの降板については色々と言われていますが、去年に続いてですから、その理由によっては、彼女はきちんとした治療を受けて万全の体調になるまではリサイタルなどもやめるべきではないかと思います。大好きな歌手ですが、無責任という言葉が口から出かかっています。

ところで、家内が調べたところ、ムーティは最近動乱の地に赴いてコンサートをやっているんですね。2000年以降も外地ではスカラ管弦楽団とコンサートをやっています! ムーティ、客演でもいいからスカラで振ってくれないかな。(家内はいつもこういう貴重な情報を見つけてくれます。感謝!)

それから、最後に、来年1月ウィーンでヌッチのシモンやります。指揮はまだ決まっていないようですが、ヌッチ、フリットリ、フルラネット、ヴァルガス! すごっ!! 行きたいなぁ!

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