プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

バッティストーニのリゴレットと欧州の指揮者辞任しまくり事情

まだ先の話ですが、チケットはどんどん売れているようですので皆様お早めに。

アンドレア・バッティストーニ来日、二期会

公演日:
2015年2月 19日(木) 18:30
20日(金) 14:00
21日(土) 14:00
22日(日) 14:00

ですが、僕最初の3日間取りました。いやぁ、なにしろバッティストーニと上江隼人さんの公演(19日と21日....前に「一日だけ」と書きましたが、2日間あります。)、そしてWキャストの成田博之さんも是非聴きたい。

でもって、バッティストーニは11月に自分のオペラハウス、ジェノバのカルロ・フェリーチェで、ヌッチの「ルイーザ・ミラー」やります。これはちょっと食指が。。。コロンバラも出ます。でもって、全く同じ週に、ハンブルグの市立歌劇場で、シモーネ・ヤング指揮のルイーザ・ミラーが! こちらはルイーザを、マチャイゼ、ミラーを、この間のローマ歌劇場来日の際にシモン・ボッカネグラを歌ったジョルジョ・ペテアン、こちらも良い。1週間で2つのルイーザ・ミラーを聴きに行くかと本気で思い始めています。この演目も日本ではなかなか聴けそうにありませんし。

ところで、欧州の歌劇場と指揮者の関係、すごいことになっています。すべて9月に起きています。

ウィーン歌劇場音楽監督ウェルザー・メスト辞任;音楽性の違いで支配人メイエール氏と対立
ナボリサンカルロ歌劇場音楽監督ニコラ・ルイゾッティ辞任:理由は?
□ウィーン歌劇場客演指揮者ベルトランド・ド・ビリーも今後の出演をキャンセル
□そしてムーティもローマ歌劇場音楽監督辞任、、劇場自体が破綻かな?
朝日新聞の記事
すでにトリノ王立のジャナンドレア・ノセダも辞任済

でもって誰がどこに行くんでしょうか?色々と噂になっていますが、一番ビッグで一番可能性のありそうなのが、ムーティがウィーンに行くということ。これはすごい! 来年2月にウィーン行きますので、それまでに御願いします、是非!
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ムーティー、ローマを去る!

昨日、ムーティのローマ歌劇場でのナブッコのBISをアップしました。この時、彼はイタリアの歌劇場とオペラの衰退を嘆き、これをうったえようと語っているのですが、それから4年、ついにローマ歌劇場、経営破綻です。

昨年の来日の際にも「危ない」とは言われていて冷や冷やしたのですが、結果大成功。それなりの収益が歌劇場には入ったはずですが、持ちこたえなかったんですね。ボローニャに続く大歌劇場の破綻。トリノもごたついています。

就任前ははっきり言って一流とは言えなかった歌劇場をイタリアを代表するオペラハウスに育て上げたムーティの力量。本当なら今、スカラ座に戻ってほしいところですが、、、「恩讐を超えて」とはいかないでしょうね。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014092200032

”bis”の継承者、レオ・ヌッチ

昨年のスカラ座の来日公演のリゴレットの2幕目の"Si Vendetta! (復讐だ!)”が終わり、ステージの幕が下りた前に、タイトルロールのレオ・ヌッチ、とジルダ役のマリア・アレハンドレスが出てきて満場の拍手と歓声に応えました。"Bravo!, Bravi!"という声に混じって"Bis(ビス、ビース!)”という声がだんだん多くなりました。

会場にいらした方のブログにも、これを”ブーイング”と間違えて不思議に思っている方がだいぶいらっしゃいましたが、それもそのはずで、日本でこのように、もともとプロのアンコール屋bisseurのかけ声がかかることはあまりないからです。実は、これオペラ好き、、というかヌッチのファンの人から人へと前日あたりまでに、「"bis"しようよ」というメールやメッセージが廻っていたんです。それでみんなで必死に"ビーーースッ!”って叫んだわけです。一人じゃちょっと怖くてできないです。

bisは舞台アンコールとも訳せます。ヌッチとアレハンドレスは、これに応えてくれてカーテンの閉まった幕の前で Si Vendettaをもう一回歌ってくれました。いやぁ、涙出ました。僕の一番若いオペラの友人、まだ20代始めですが、号泣でした。

Tutto VerdiのBDに収録された2010年のパルマでも、ヌッチとマチャイゼはbisに応えています。これはYouTubeにもアップされていて、かなり迫力あります。これは本編から幕が閉まって、挨拶する二人にbisの声がかかる様子が皆入っていますので、ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=rF89o2jz4_Y

まあ、ヌッチはここではだいたいbisに応えるんですね。イタリアではファンはみんな知っていますが、日本で、それもスカラ座の公演でやってくれるとは!! なぜなら、スカラ座は歌手がbisに応えるのを禁止しているのですね。歌手の喉を守るためか、格式のためか。。実際、この日本でのbisの翌朝にスカラ座から日本の関係者宛に苦情のFAXが入ったとのことです。もちろん、マエストロ・ヌッチはそんなこと全然気にしなかったようですが。

僕が見たその他のbisは、2009年の新国立劇場での2幕目のラミーロの愛のアリアで、シラクーザがやったのだけですね。これは、でもある程度決まっていたみたい。シラクーザはbis良くやるようです。

昔は、パヴァロッティやジュゼッペ・ステファノなど始め、カラスもルチアやジャンニ・スキッキなんかでbisに応えていますが、今は少ないようです。

感動的なbisは指揮者が応えるbis...これはなんと言っても数年前、イタリア政府のオペラに対する冷遇を揶揄しなkがら、「オペラを守ろう」と美しい声で語りながら、ナブッコの「行け黄金の翼に乗って/Va' pensiero」のbisに応えるムーティです。必見です。ローマ歌劇場のこのbisの動画は素晴らしく、劇場の観客が全員立ち上がり合唱に加わり、舞台の合唱団員は涙を流しながら歌っています。ここにいたかったです。ムーティのイタリア語をイタリア人に訳してもらいましたが、「素晴らしく美しいイタリア語」だそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=7vQ_uQsITko

珍しいのでは、フローレスもbisに応えてます。多分ボローニャ歌劇場。「連隊の娘」です。

https://www.youtube.com/watch?v=UVluIO-KA1o

探すとまだあります。僕の大好きなランスへの旅、アバドは14重唱のbisけっこうやっています!

https://www.youtube.com/watch?v=mApXalRaS1s

ドイツオペラでは bisは聴いた事ないですね。ワーグネリアンの間では Bravo も嫌われるようです。まあ、タンホイザーとかオランダ人以外には 、bisはしようにもできそうにありません。

レオ・ヌッチはそういう意味では、イタリアの伝統を継ぐ数少ないオペラ歌手でしょう。

ロード・オブ・ザ・リングとニーベリングの指環

先週一週間、生まれて初めてニュージーランドに行ってきました。目的は、映画 ”ロード・オブ・ザ・リング” の撮影地やスタジオを巡る旅行。僕は、もともとがかなりの”オタク”気質で、これは趣味のオペラや、車、小説など色々な面で性格や趣味へののめり込みとして現れていますが、映画ではまったのが、一番は1966年のフランス映画”男と女”。そしてその次ぎ、最近2-30年では、2002年に第一作が公開された”ロード・オブ・ザ・リング”なんです。ですからここ10年前からは、この旅行を着々と計画してました。

ロード・オブ・ザ・リングは、映画だけでなく原作や周辺の物語(「ホビット」、「シリマリルの物語」、「終わりざりし物語」など)のきめの細かさ、イギリスっぽさ(最初のうちは読むのが苦痛なくらい理解しにくいが、だんだん盛り上がるという英国的マゾヒズム)では、同じく、かなりはまった”ハリー・ポッターシリーズ”をはるかに上回っています。南アフリカ生まれ、イギリス育ちの20世紀の偉大な小説家、J.R.R.トールキンの書きっぷりは、J.J.ローリングスよりも、むしろジョン・ル・カレ(ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ、スクールボーイ閣下などのジョージ・スマイリーシリーズ)に影響を与えているかと思います。ジョン・ル・カレは最後の15%くらいまでは読むのは拷問みたいですから、こちらのほうがマゾっぽさは強いかも。

映画は、「フェローシップ・オブ・ザ・リング」、「二つの塔」、「王の帰還」の三部作で公開されましたが、原作は文庫本にして10冊あり、かなり読み応えがあります。映画で見ていると、“息もつかせず”という感じがありますが、原作では「フェローシップ」の後半あたりで、主人公のフロド・バギンズとサム、そしてそれにゴラムの三人の旅、もう二人のホビット、メリーとピピンの二人の旅、そして重要な主人公であるアラルゴン(王)、ガンダルフ(魔法使い)、ギムリ(あとで映画”ホビット“で活躍するドワーフ族)、レゴラス(エルフ族)などの旅と、ご一行様は3ルートに別れ、それぞれのストーリーも分かれます。これらが複雑に入り組んで違う旅を続け、最後の最後にひとつにまとまる、というのがなかなかの醍醐味です。こういうのはイギリスっぽいんですよね。

トールキンは古い作家のように思われますが、実際には1973年まで生きていて、息子も同じオックスフォードの教授を務めて健在です。この”ロード・オブ・ザ・リング”の3部作が完成したのも第二次世界大戦後の1948年ですので、わりと最近なのです。ですので、この物語に強い関連性が感じられるアーサー王の伝説や、ワーグナーのオペラ“ニーベルングの指環”との相違性というのは、それらの物語からかなりの影響を受けているということになります。

特に、ワーグナーの大作、”ニーベルングの指環”との相似性は、映画ファンの間でもオペラファンの間でもあまり論じられていないようですが、(あるいは僕が知らないだけかも)相当なものだと思います。

ただ、指環の魔力という点では、ロード・オブ・ザ・リングの指環方が最初から圧倒的に強いものがあります。魔王サルロンの邪悪な思いやたくらみが嫌というほど籠もって、他のすべての指環とその持ち主を奴隷にしてしまうといういわば武器であるのに対し、ニーベルングの指環の方では、憎めない脇役のアルベリヒがライン川の乙女から盗んだ黄金を、ただたかなてこで叩いて指環にしたというだけで、そこにはまだ大きな意味は隠されていません。そもそもワーグナーの前夜の「ラインの黄金」では最初はまだ指環になっておらず、アルベリヒはラインの乙女とナイトクラブ遊びをしようと思って果たせずに、かわりにこの黄金を持ち帰ってきたという、軽い理由なんです。

しかし、一旦このラインの黄金が指輪になると大変な魔力を帯び、ワーグナーでは巨人族のファーフナーが兄弟のファーゾルトを殺して指環を独り占めにし大蛇に変身して守ることになります。そして指輪を持つ者は必ず死ぬ運命になると言う展開が広がります。一方の、トールキンのストーリーではホビットのスメアゴルが、仲の良い友人デアゴルと川釣りに来て、デアゴルが先に川底で指環を見つけ指環に魅入られてしまうのです。スメアゴルはデアゴルを絞殺して指環を自身のものにし、その魔力から"ゴラム"という指環を守る化け物になるというニーベリングに実にそっくりな展開になります。

ロード・オブ・ザ・リングのフロドはこの指環を持って旅するわけですが、オペラでは、ジークフリートがその役になっているということになるでしょう。性格的にはまじめで責任感の強いフロドと、思い上がりの強いジークフリーとではだいぶ違いますけど。。。「神々の黄昏」の最後にリングがラインの川と共に世界を飲み込んでしまうオペラのエンディングと、ロード・オブ・ザ・リングのハッピーエンディングもだいぶ違いますが、そこまでの間に出てくる場面や役は良くにています。

ヴォータンはサルマンとガンダルフを足したような存在で、彼の作ったワルハラはロード・オブ・ザ・リングの第二作「ふたつの塔」のアイゼンガルドのような感じです。実際オットーシェンクが舞台で虹の橋の向こうに見せるワルハラはアイゼンガルドとレヴェンデールのイメージにそっくりですし、杖を持ったヴォータンはガンダルフのイメージに非常に近いものがあります。ワルハラに行くと命が長らえる(あるいは救命される)というのもロード・オブ・ザ・リングでのエルロンドの館や灰色港からの船出に類似が見てとれます。

アイゼン

【アイゼンガルドの下の道、サルマンをまだ信じていたガンダルフと二人で歩いたのはここらへん】。

ただ、全体として、ニーベルングの指環のほうが”人間臭い” ですね。ジークムントとジークリンデ、ジークフリートとブリュンヒルデの愛、ヴォータンとその妻のフリッカの”冷めた関係”などはロード・オブ・ザ・リングでは出てこないものです。こちらでは、人間はすでに堕落してナズグルという9人の王は亡霊のようになってしまってサウロンの奴隷になってしまっており、なんとか生き長らえている人間およびそれに近い部族(ドゥネダイン)は、だいたいが純粋で正義の味方です。映画の最後にアラゴルンが王になる人間の国”ゴンドール”で、その前に執政をしていたデネソールとその息子ボロミアのみがサウロンと指環の悪に犯されて弱い人間の姿を見せています。

そして、ニーベルングには、サウロンのような絶対悪はいないのです。皆が指環は自身の欲に縛られている”ありがち”な人間なのです。ヴォータンは神ですが、とてもエルフのレベルにも達していません。指環はこのような人間の欲の象徴になっているとも見られるでしょう。一方のロード・オブ・ザ・リングでも指環は人間の欲を表していますが、ワーグナーのそれが、普通に人間が持っている欲であるのに対し、トールキンのそれは究極の状況で選択を迫られる「欲」ではないかと思えます。

その他、地の底で知恵を持つエルダは、木の精エントにそっくりですし、ただひとつ(一芸)の突出した力と武器を持つフローやドンナーは、レゴラスやギムリにそっくりです。ニーベルングで最も神らしいのはローゲのような気がします。音楽(動機)もそのような曲調になっています。ローゲのように炎ですべてを「封印」するというような神の役はロード・オブ・ザ・リングにはありませんが、何千年もの間、指環が行方不明になっていること自体がその「封印」を表していると思います。

ロード・オブ・ザ・リングはハリーポッターなどと違い、すべてピーター・ジャクソンというロード・オブ・ザ・リングのオタクの監督が全精力を注いで作った映画作品で、これはハリーポッターなどよりすごいと思うのですが、ワーグナーは音楽から演奏、劇場まで作ったのですからこれはもっと凄い。ジョージ・ルーカスがかなり近いところまで行ったのですが、ディズニーに全部売りましたから、これはダメですね。ただ、ワーグナーのストーリーはオペラにするためか、単純と言えば単純、色々なストーリーがからみあったりはしません。そこらへんはストーリーテラーとしてのトールキンの凄さ、いや凄まじさがあると思います。彼のストーリーはいわば、リゴレットの4重唱、ま、3重唱ですが、、、それぞれが違ったことをずっとしていて、離れてみるとそれぞれが関連している。ヴィクトル・ユゴーが泣いたタイプの作り方です。

ジャクソンはこの映画の多くを彼の故郷であるニュージーランド、正確にはウェリントン、クイーンズタウン、ハミルトンなどでのロケ、そしてWETAスタジオでの制作で行い、ニュージーランドに多くの経済的な好影響をもたらしまし、英国女王から”サー“の称号を得ました。監督とガンダルフ役のイアン・マッケラン、サルマン役のクリストファー・リーの三人が”サー“称号を持っているというのは英国映画でもあまり例がないのではないのかと思います。

今回の僕の旅行は、ウェリントンのエルフの居住地の“レヴェンデール”のロケをした森、サルマンの館のセットやローハン国の砦“ヘルムス・ディープ"や"ミナスティリス”があった土石場、最初に悪役のナズグルが現れ、フロドが“道から降りろ!”と仲間に叫ぶ”Get off the road!”ポイント、そしてハミルトンのホビットの村のロケ地、ウェリントンのWETAスタジオを訪れました。

ガイド
【エルフの館のあるレヴェンデールはここだ!と力説するロード・オブ・ザ・リングのオタクガイド氏】

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【それを、「本当にそうか?」と映画のシーンと見合わせて確認するオタク日本人(僕)】

映画としてはハリーポッターとも比較されますが、違うのはオタク度の高さと、映画の終了後、ライセンスなどの副次的収入をほとんど行っていないことがあります。ニュージーランドの住民や経済界の要請で最小限のロケ地は再現(ホビットの村)しましたが、他のところは何も残っておらず、探すのも大変です。まして、ハリー・ポッターのようにユニバーサル映画でアトラクションを世界各地で作る計画など無縁。

サム

【サム・ワイズの家、この黄色の扉が閉まるのが三部作の映画のラストシーンになる。もちろんバギンス邸もある。】

全景

【バギンス邸を下から臨む。窓際の植物や庭の花、畑の野菜などはすべて本物で、ディズニーランドとは比較にならないリアルさがある。こんなオタクランドがあるなんて。。なお、オークランドから150km、標識もろくにないので、レンタカーでたどり着くにはけっこう大変なところでした。】

著作権ビジネスに関してはハリーポッターと比べて大きな違いがあり、これはおもしろいのですが、これについては私の別のブログ「湘南人草間文彦のライセンシング日記」をご覧ください。

ニュージーランドについても色々と書きたいのですが、長くなるのでこの辺で。いい国でした。とにかく人がフレンドリー、アメリカのように商売臭くない。チップがないのにサービス業がみんなとても親切。雑音が少ない。今回、実は半病人で、かなり休み休みの旅行だったのですが、こういう国の優しさに癒やされました。いやー、また行きたい。今度はローハンやオスギリアス、そしてアルウェンの渡った川、モルドールの黒門のロケ地などに地行きたい!それにプラスしてバイロイトも行きたくなってきました。次回はニュージーランドは特に体調も完璧にして行きたいですね。「歩き廻る」ガイドツァーがあるそうですから。

ドン・カルロス 芸術劇場 & リゴレット テアトロ・ジーリオ・ショウワ

もう、あと1時間、2つの公演の上演時間が離れていたら。。そうすれば、こんなに悩むこともなかったのです。

昨日、6日土曜日、ヴェルディの「ドン・カルロス」フランス語全5幕版、それもパリ版と言われるやや短い版の上演が東京芸術劇場で演奏会形式でありました。

この上演については、今年の2月にイタリアのモデナの劇場で、シモン・ボッカネグラの観劇後寒い中出待ちをしていて、フィエスコ役でヌッチと共演したカルロス・コロンバラ本人に会えた際に、「今年は東京でフランス語バージョンのドン・カルロスに出るから是非来てください」と言われ(もちろん、みんなにそう言っているんでしょうけど、それでも目を見て言われると嬉しい!)、チケットも早くに入手しました。

コロンバラは、2011年のチューリッヒでもフィエスコで聴いており(この時もシモンはヌッチ)、2度とも素晴らしく良かったので、今回も期待をしていました。

1~2幕目、まだ歌手もオケもエンジンが暖まらないという感じだったところに、3幕目にはいってコロンバラのフィリップ2世が登場。圧倒的な存在感です。声質としてはデセイと夢遊病の女で伯爵役をやったように軽いほうですが、フルラネットほどは軽くない。フィリップ王の重厚さが出せます。が、この役を得意として僕も何度となく聴いているルネ・パーペほど凄みのある老人タイプのヘビー級ではない。スペインの王という実務を取り仕切っている王という感じに実に相応しい声だと思いました。コロンバラのここ数年の飛躍はすごいですね。フィリプ(フィリポ)も、前述の2人の間に入って役として自分のものにするのも近いでしょう。スカラ座ではロールデビューしていたでしょうか??

彼が登場して他の歌手も皆、調子を上げました。特にエリザベートの浜田理恵さん、フランス語が美しい(多分。。)、声質がフランスオペラ!!(フランスに住んでいるんだもの)彼女を起用したのは、このフランス語版ドン・カルロスにはぴったりだったのでは、と思います。できれば、このように帰国した時に小さいリサイタルでもやって、フランスオペラのアリアも聴かせてほしい。。。あ、話がそれました。イタリア語版だとマルティナ・セラフィン、タマラ・イヴェーリ、バルバラ・フリットリと、やや弱さもある雰囲気のソプラノがいるんですが、フランス語版はやはりフランスっぽい鼻に抜けるような声がいいですね。

とにかく、イタリア語版とエラク雰囲気違いますね。改めて感じました。例えば有名なカルロとロドリーゴの2重唱だけ聴いてもこんなに違う。


フランス語版(ドミンゴ&ヌッチ by アバド)

イタリア語版(サルトーリ&カヴァレッティ by 指揮者がわかりません。すみません。)4:00くらから聴いてください。


フランス語版は一時代前のベストデュオ、そしてイタリア語版は今の、僕個人のベストデュオです。

それで、冒頭に述べた悩みに戻るんですが、この日、18時からテアトロ・ジーリオ・ショウワで始まるアーリドラーテの「リゴレット」もチケット取っていたんです。15時に始まった「ドン・カルロス」が終演が7時過ぎ予定ですから、全部聴いていたらリゴレットは全く聴けない。

何も、移動時間無駄にして二つ聴かなくてもと思われるでしょうけど、3年近くも待っていた高橋薫子さんのオペラを、しかもジルダを歌うのは聴き逃すわけに行かなかったんです。なんで、同じ日に3時間違いの開演でやるんでしょうね。(涙)ドン・カルロスは6日のみの公演、高橋さんのジルダも6日のみで、チョイスがなかったのです。

芸術劇場の座席の場所からしてフィリップの「一人寂しく眠ろう」を聴いて、4幕目の最初にそっと抜けていくこともできたのですが、それではおそらくリゴレットは3幕目しか聴けなくなる。ドン・カルロスの3幕目を終えた休憩入りの17:30に決断を迫られました。本当に迷ったのです。結局、後ろ髪引かれる思いで新百合ヶ丘に移動しましたが。

さて、池袋から多少の渋滞があったものの、リゴレットの1幕目の最後のところでテアトロ・ジーリオ・ショウワに到着。車中でカーステを「ドン・カルロス」から「リゴレット」に切り替え、頭も"ポーザ公”から"マントヴァ公”に切り替えました。ということで、2幕目のジルダがさらわれた場面から聴くことができました。お目当てはもちろん高橋さんだったのですが、2幕目リゴレットがマントヴァの部下に泣きつくところから、タイトルロールの須藤慎吾さんが素晴らしい!いや、すぐに入り込めました。高橋さんの美しい華麗な声、ベルカントの香りの残るこの演目、そして愛らしいジルダにはぴったりです。彼女の凄いのは、声量を大きくしないで、表現力をいかんなんく発揮して歌っているのですが、4重唱でも合唱でも、その細い声が他のどんな声よりも上に乗って聞こえてくるのです。2012年の夢遊病の女のアミーナでもそうでした。そして演技力がある。あまり演技力について問わない(などと決めつけてすみませぬ)藤原歌劇団の中ではピカイチではないでしょうか?

この日は彼女と須藤さん、素晴らしかったですね。特に三幕目の最後重唱、そして絶命の演技。そして、スパラフチーレ役の小田桐貴樹さん、マッダレーナの向野由美子さんも良かった。

なにより、この公演がとにかく「イタリア」していたこと。高橋さんの声って本当にイタリアなんです。間違ってもフランス語版のエリザベートやラクメではない。明るいイタリアの声。美しいコロラトゥーラ!そして、指揮とオケがイタリアの小都市のオペラハウスの音!オケがベルカントしていました。 もちろん超一流のオケと比較できないところはありますが、明確にイタリアの音、ヴェルディの中期の音を出していました。特にクラリネットの使い方。エミリアロマーニャ管弦楽団かと思いました。目をつぶるとイタリア、いや、幸せでした。

今日のヴェルディオペラのハシゴ。まるでボローニャ歌劇場からモデナに移動したような感じです。

それにしても、ヴェルディはたった17年の間にこれだけ違う音楽を作っているのです。牧歌的で美しいオベルトから苦役の時代にリゴレット、椿姫を含む名作を量産し、ワーグナーファンも取り込む「ドン・カルロ」や「オッテロ」で番号オペラから離れ、最後にブッファの「ファルスタッフ」で、それまで命より大事にしていた名誉を「名誉なんてお笑いだ」と切り捨てる。これがヴェルディファンにはたまらないです。

やや、物足りない見方をしてしまいましたが、でもとっても贅沢なハシゴをさせてもらいました。

ドン・カルロス

指揮:佐藤正浩
管弦楽:ザ・オペラ・バンド(在京プロオケメンバーで結成)
ドン・カルロス:佐野成宏(Ten)
エリザベート:浜田理恵(Sop)
フィリップ2世:カルロ・コロンバーラ(Bs)
ロドリーグ:堀内康雄(Bar)
エボリ公女:小山由美(Mez)
宗教裁判長:妻屋秀和(Bs)
修道士:ジョン・ハオ(Bs)
デバルド:鷲尾麻衣(Sop)
天の声:佐藤美枝子(Sop)
レルマ伯爵:ジョルジュ・ゴーティエ(Ten)

リゴレット
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カラスよ永遠に!

このところ、東京の往復に車の中で聴く音楽がマンネリになってきました。ヴェルディ関係、ボサノバ、ビル・エヴァンス、トッキーニョ、60年代フレンチポップと繰り返しています。。。(ごちゃ混ぜですね)そこでセゴビアのバッハやロボス、ロドリーゴを聴いたらけっこうなごむ。ヒーリングミュージック。セゴビア、意外とたくさんCD持っていました。そうこうして古いCDをいじっていいるうちにカラスのCDが色々とが出てきて、これを久しぶりにかけてみたら、掃除機みたいに引き込まれてしまいました。

7−8年前にはカラスにはまりにはまって、彼女ばかり聴いていた時がありましたが、それではスカラ座の天井桟敷と同じことになってしまうので、カラスをお休みしました。(今気づいたのですが、カラスとスカラと文字替えですね0でも、久しぶりに聴くとこのスーパーソプラノはやっぱり魔力がありますね。何を聴いても「カラスの歌曲」というか「カラス節」になってしまいますし、ベルカントからヴェリズモまで、何でも歌うのでどれをベストにしていいんだかわからないのですが、僕個人として好きなのはどちらかと言うとフランスもの。カルメン(これはスタジオ録音ものしかないです)、マノン、あとはマイヤベーアとかグルックとか。。マイヤーベーアという歌手は、彼女の”ディノーラ”を聴いて初めて知りました。そしてカルメンのセギリーディアや、ロッシーニのセヴィリアの理髪師の”Una Voce Poco Fa(通称ウナポコ)”など、メゾっぽい曲はぞくっと来ます。凄みがあります。

ヴェルディのほうは、トラヴィアータから入りましたが、彼女の強い声はヴィオレッタらしくないですね。でも、あのジュリーニとのアルバムは素晴らしい。ただし、アルフレードについては、やはりジュリーニ盤のジュゼッペステファノよりも、リスボンでのクラウスのほうが良いと思うので、序曲はジュリーニ、それからあとはギオーネ盤にしてiPodに入れています。EMIのリスボンでのギオーネ指揮の1958盤のトラヴィアータの音が良くない? そうですね、けっこうひどいです。ところが同じサンカルロ歌劇場の公演にもうひとつ録音があるという噂がずっとあり、5年ほど前にこれがPearlという、いわば海賊版で出ました。この音が素晴らしく良い。今は日本では買えませんが、USのAMAZONで買えます。30ドル! 送料入れても安いと思います。
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こういうのが旧盤のおもしろいところですね。

でも、カラスのヴェルディでは、マクベス夫人が一番凄いのではと思います。今日は車でこれを聴いていて道を間違えてしまいました。

でもって、カラスをちょっと聴き出すと、やはり久しぶりに古き良き歌手達を聴きたくなります。まずはカラスの仇敵(と思ったが、ミレッラ・フレーニによると仲が良かったということ)テバルディ。ヴィオレッタは彼女のほうがすんなり聴けます。メゾでシミオナート。それと、普段はあまりワーグナー聴かないですが、キルステン・フラッグスタード。最高のイゾルデです。ワルフラウト・マイヤーもすごかったですが、やっぱりフラッグスタードだな。バイロイトで聴いたら感激したでしょうね。彼女はローエングリン、タンホイザーもいいです。R.ストラウスも歌っていますが、そこになるとシュワルツコップのほうが、花がある、かわいらしい。こちらに軍配!

こういう古い歌手のアルバムにしがみついているわけではなく、結局新しい歌手に行くのですが(でないとライブで聴けないですしね)、でもいつでもベンチマークみたいにこういう歌手、特にカラスは頭のどこかにいつもしまってあります。

男声のほうは、そんなに昔の人に思い入れがあるわけでもないんです。アルフレードには合わないのだけど、マントヴァ公とかカラバドッシにはジュゼッペ・ステファノいいです。好きです。彼はイタリア民謡も素晴らしいですね。

あとは指揮者ですが、そんなことをしていると半年くらい亡霊の世界にはまるので気をつけないと。。でも、今週だけは、旧盤アワーです。(って言うと、”トスカニーニアワー”が出てくるんだよなぁ!)


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