プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

「沈黙」新国立劇場

 僕が、まだ高校生だった頃、一度だけ遠藤周作氏(先生)に、一ファンとしてお会いしたことがあります。場所は、文士劇団「樹座(きざ)」が芝居の公演を行った新宿の紀伊國屋ホールの楽屋。本当の目当ては、北杜夫氏に会うことだったのですが、紹介をしてくれた”文藝首都“の同人の方が、楽屋にいらした三浦朱門氏や遠藤氏にも会わせてくれたのです。北、三浦両氏はハイテンションな状態でしたが、遠藤氏は物静かに話されました。何を話したのかは今では覚えていません。その頃の僕は、もの書きになろうか、などという大それたことを考えていて、この諸先生方は、空高くのきら星のような存在でしたから、話が出来ただけでもう天にも昇る心地になってしまったんですね。

 その前だったか後だったか、とにかく遠藤先生の「沈黙」を読みました。その頃の愛読書だった北先生の「夜と霧の隅で」や「楡家の人々」に比べて、ただただ、「重い」と感じただけで、小説を理解するには至りませんでした。

 それから45年が過ぎ、僕は、本は何冊か出したものの、いまだ小説は書けず、今日のオペラで「沈黙」に再会するまで、遠藤先生のこの本を読み直したこともありませんでした。しかし今日、一生懸命、原作のイメージを思い出しながらオペラを見ていると、自分の魂が震えるのを感じたのは、やはり僕が齢をとったということでしょうか?このオペラは、プーランクの「カルメル会修道女の対話」などとは比較にならないほど奥の深い、人間の根源に迫るテーマを見事に表現しています。しかし、それについて、ここで僕のような素人があれこれブログに書くのは、今日はやめにしたいと思います。それは、このオペラが19世紀の日本で実際にあったであろうことを題材にしていることであると同時に、現代でも進行形で同じようなことが起きていると思うからです。書き出せば、日本人の本質や、現在の政治の状況などまで書いてしまいそうなのでやめにします。そして、この「沈黙」はやはりクリスチャンの方がどのように捉えるのかというのを、自分自身の意見を言う前に聞きたいとも思うからです。

 今日のオペラは、オペラというよりも演劇に近いものでした。実際、演出の宮田慶子は新国立の演劇芸術監督です。舞台には巨大な十字架と石の高台が廻り舞台に乗っており、これが客席に向かう方向と、照明の加減と、背景の絵が変わることにより、協会になったり、海辺になったり、牢屋になったりするのです。クプファーのパルジファルの舞台のような不思議な空間を作っています。出演者のフェイスブックなどを拝見して、この上演への準備、練習はかなり前からスタートしていたのを知っています。それだけに、実に完成度の高いパフォーマンスに到達していました。歌手も指揮もオケも、よくブログ(僕のだけではなく)に書かれるように、「最初は安全運転でしたが、2幕目からは調子を上げて〜」というレベルではなく、最初から素晴らしい。歌手は一応音域で配役されていますが、テノールとソプラノはバリトン、メゾソプラノの音域の下のほうまでカバーします。発生が難しいだろうなぁと思いました。特に“おはる”を演じた高橋薫子はメッゾからアルトのあたりまで、強い声を出すことを要求される役柄。いつもはレッジェーロなベルカントで美しい声を聴かせてくれますが、今日は強く地を這うような声まで聴かせてくれました。おはるが最後の懺悔をして亡くなるところは涙せずにはいられませんでした。この人は、やはり日本の本当のディーバですね。ロドリゴの小餅谷哲男は初めて聴きましたが、ドラマティックな演技と発声は観客を掴んで離さないものが有りました。キチジローの星野淳も声だけでなく、俳優なみの演技を要求される役を見事にこなしていました。地味な役でしたが、通辞(通訳)の吉川健一の高音は素晴らしく澄んでいました。

 難しい(聴く方にとっても)音楽を、バラバラにならず、美しくまとめた指揮の下野竜也も良かったです。

 ただ、いつものオペラ観劇と違い、僕はカーテンコールの時に“Bravo”しませんでした。なぜって、オペラが終わってからも舞台に立っている歌手が、歌手ではなく、劇中の宣教師、村人、役人にしか見えなかったのです。「ああ、これは原作をちゃんと読み返さないといけない」と思いました。
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 この日の新国立大ホールは満員。昨年までこの時期の日本のオペラの公演は中劇場でやっていたのですが、チケットはすぐに完売になっていました。日本人が日本のオペラをこれだけの高いレベルで公演して、Z席まで完売になるのであれば、年に1度ではなく2度、3度くらい日本人公演をやってほしいなぁと思いました。


ロドリゴ:小餅谷哲男
フェレイラ:黒田 博
ヴァリニャーノ:成田博之
キチジロー:星野 淳
モキチ:吉田浩之
オハル:高橋薫子
おまつ:与田朝子
少年:山下牧子
じさま:大久保 眞
老人:大久保光哉
チョウキチ:加茂下 稔
井上筑後守:島村武男
通辞:吉川健一
役人・番人;峰 茂樹


 
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ハンガリー国立歌劇場「フィガロの結婚」

昨日に引き続き、東京文化会館へ行ってきました。昨晩オペラの後、銀座で家内と遅くまで食事をしていたので、今日はやや疲れ気味。昨日、指揮が良くなかったし、今日は雨だし、行くのをやめようかなぁとちょっと思いましたが、車で行くことにし、往きはアバドで予習。

結果は、行って大正解!指揮者でオケがこれほど変わるとは!奇跡のようです。今日の”フィガロ”はとにかく、指揮とオケが素晴らしい。こんな魅力的なフィガロを聴いたのは久しぶり。半年前に買った”テオドール・クルレンツィスとムジカ・エテルナ”のCD以来。

指揮者のバラージュ・コチャールは、ハンガリー人でヨーロッパの各地で活躍をしているようですが、正直、無名だと思います。しかし、序曲だけでたまげました。テンポは非常に速く、音はコンパクトで切れが良く、室内楽を聴いているようです。弦は昨日とは違い、シャープな音、甘い音と指揮者の意のままに美しい音を奏でます。一幕目はほとんど音楽に浸り切ってしまいました。ケルビーノの最初のアリア「自分がどんな人間で、何をすれば良いのか?」にはいるところの弦の立ち上がりは、ゾクッとするほどソフトで甘く、指揮者の才能あふれるタクトが、オーケストラと歌手にその実力以上のものを出させていたと思います。3幕目の伯爵夫人のアリアは、少しだけベルカントをして、全体としてはクルレンツィスと同じ流れかなぁと思いました。先日の新国立でトラヴィアータを振ったイヴ・アベルと同じくらいの衝撃がありました。タクトを振っている様子も昨日の指揮者と違って、余裕しゃくしゃく、顔をピットと舞台に交互に向けていました。オペラへの愛とモーツァルトへのリスペクトに溢れていた、とまで言っては言い過ぎでしょうか?でもそういう感じが伝わって来ました。

歌手陣も、クォリティが高い!なかでもアンドレア・ロストのコンテッサは一格上でした。声も表現力も素晴らしいのですが、レチタティーヴォの時の声の使い方が群を抜いて良いです。あんなのを側でささやかれも、倦怠期になっっていた伯爵が信じられませんね。スザンナのオルショヤ・シャーファールも役を完全に自分のものにしていました。美声ではありませんが、スザンナの愛らしさ、すぐにすねてしまう性格を充分に表現していました。僕にとっての理想のスザンナは、グライドヴォーンでのアリソン・ハグリーですが、このシャーファールもハグリーに近いタイプです。

伯爵のジョルト・ハヤ、随分若いと思いますが、声質はゴージャスで、音程も正確。昨日の伯爵より全然良かったですね。問題だったのは、タイトルロールのフィガロを歌ったクリスティアン・チェル。とにかくやたら声がでかい。会場で会った知人が「マイク使っているのでは?」と言っていましたが、そう考えたくもなります。しかし、マイクを使っていたら、ボリュームを下げるはずです。しかも一本調子で、レチタティーヴォの時も大声のままなのには参りました。

しかし、昨日とは逆に、指揮とオケが良かったので、そのくらいのことは全く気にならず。やっぱりオペラは指揮ですね。

2日間の観劇、結局はすごく良い気持ちで週末を終えることができました。オペラの神様に感謝!

ハンガリー国立歌劇場「セビリアの理髪師」

1ヶ月ぶりのオペラ観劇です。こんなに間が空くのも珍しいのですが、仕事でアメリカの田舎に行ったりしていました。今日は東京では1日限りの、ダニエラ・バルッチェローナのロジーナが聴ける公演に行ってきました。

 バルッチェローナは、一昨年スカラ座来日のファルスタッフでのクィックリー夫人以来だと思います。その時の素晴らしい歌唱に感銘を受けたのですが、今日は彼女の得意とするベルカント唱法を堪能しました。Una Voce Poco Faはまさに天国でのオペラのよう。アジリタの駆使に加えて、曲のテンポをとても大きく変えていましたので、オーケストラとの調和が難しいだろうと思いましたが、実に綺麗に決まっていましたね。この曲は、どうしてもカラスの赤十字コンサートのムービーと、最近ではバルトリの歌唱が耳に焼き付いているのですが、バルッチェローナのそれは、メゾの部分で装飾をふんだんに聴かせてくれて、とても新鮮でした。

Una Voce Poco Fa (今の歌声は?)
カラス版  https://www.youtube.com/watch?v=NuEmJZzuG9U
バルトリ版 https://www.youtube.com/watch?v=TCUNvCjLrTo
バルッチェローナ版(日本の公演ではありませんが) 
https://www.youtube.com/watch?v=3TkiZFj6tH8

これが何より、今日のご馳走です。と言うか、会場で会ったオペラファンの友人もほとんどがバルッチェローナ目当てだったようです。バルトリもソプラノ音域までカバーして素晴らしい歌手ですが、バルッチェローナはやわらかなメゾで、演目はバロックオペラからロッシーニ、そしてヴェルディ(スカラ座来日では、アムネリスも歌っています)までカバーする声の包容力が凄いです。

 歌手では、しっかりした本格派バリトンという印象のフィガロ役の韓国人(?)歌手のアルド・ホがを生き生きとした声と演技でBravoをもらっていました。ベルタ役のアニコー・バコニも良かったですね。残念だったのは、侯爵役のゾルタン・メジェシ。1幕目登場して第一声から安定しません。一生懸命ベルカントしようとしているのですが、音程はずれます。途中、他の歌手はどんどん良くなっていくのに、彼だけはどうも…. 目の覚めるような大アリアまでは期待していませんでしたが、バルッチェローナの相手としては力不足と言えましょう。

 そして、もうひとつのがっかりは、指揮とオケです。イシュトヴァーン・デーネシュという指揮者、実に安全運転な指揮をするのですが、オケが序曲から締まりません。ホルンは変な音を出すし、クレッシェンドはロッシーニっぽく聞こえません。全体に退屈なのです。6月12日からほぼ連日のように演奏してきたせいでしょうか? (しかし同じメンバーで演奏しているとは思えませんが。)あるいは6-7月の公演で良くあるのですが、チェロやバイオリンなどの弦楽器が日本の湿度のせいで良い音が出ないということもあったかもしれません。

 舞台の設定は、白と黒を基調としたクラシックなシンプルなもの。舞台の中程に奥と手前を分ける鉄柵があり、これを実に有効に使って室内と室外を分けていました。セビリアというと新国立のケップリンガーの派手な演出が強烈で、すぐに頭に浮かんでしまうのですが、前にも書いたように、フランコの時代を設定したこの演出、個人的には好きになれません。ベーケーシュ/コヴァリクのこの日の舞台はとても洗練されていて、音楽と歌唱に集中できました。

ただ、演出で日本語を使ったり、(“コンニチワ”、“ワカッタ”など)、宝塚の舞台のように伯爵が階段を降りながら金ぴかの衣装をコートを開いて見せたりという、やや観客に媚びたような演出がtoo muchな気がしました。これもオケが良かったら全然気にならないと思いますが、オケでロッシーニの楽しさが出ない分を演出で過剰にやられたという後味の悪さが残ります。その中では、ロッジーナのUna Voce Poco Faの歌唱中の衣装の早変わりは美しいものでした。

さて、今日は「フィガロの結婚」です。

バレエ、オペラでの引退についてちょっと考えてみました。

 5月のオペラ座ガルニエ宮での、オーレリ・デュポンの引退公演 “マノン“ の映像が、こんなに出回ってしまっていいのかしらというくらい出ています。

□まずはフランスTV3でのアップ
http://culturebox.francetvinfo.fr/live/danse/danse-classique/les-adieux-daurelie-dupont-a-lopera-garnier-218695

□ 沼地のパドドゥの場面
https://www.youtube.com/watch?v=pnk3wCW91Ho

□ カーテンコール
https://www.youtube.com/watch?v=lXao-F080RY

□ 個人の方の盗撮(?)全幕版
https://www.youtube.com/watch?v=mYnf6-BJQio

けっこう楽しめます。

 彼女の場合、今後、踊ることは少なくなると思いますので、今回、まだピークという好調な時に最後のパフォーマンスを見にパリまで行けて、本当に幸せでした。もちろん、ギエムやルグリのように50歳近くまで踊り続けるダンサーもいますが、エトワールとして輝いたダンサーが、すっと身を引くというのもかっこいいなぁと思います。

 その点、オペラ歌手の引退は難しいですね。引退しても撤回という場合も良くあります。グルベローヴァが近々にも女王三部作を歌うというのもそれに近いですし、最近ではルネ・コロがリサイタルを開いたり、レーナート・ブルゾンがカムバックしてブーイングを浴びた(らしい)りと、けっこう話題はあります。

 綺麗にオペラを引退したのは、ナタリー・デセイ。今のところ、オペラにカムバックする予定はなさそうで、夫のロラン・ナウリとのリサイタル(これはとても良いらしい!行きたい!)をやったり、ルグランの曲目を歌ったりしているようです。で、彼女も最後のオペラ演目に選んだのはマスネの“マノン”なんですよね。トゥールーズの歌劇場で2013年の秋にタイトルロールを歌っています。

 フランス人にとっては、やはりフランス人の音楽を引退に持って来るのが良いのだろうなぁと思わざるえないですね。特に、デュポンの場合、マノンは過去に踊ったことがあるでしょうか?何度も言いますが、あの骨太のデュポンが、身を削ってボッレの腕の中に飛び込んで最高のパフォーマンスが出来る状態にしたのは凄いと思います。

 8月の世界バレエが、日本でのデュポンの”アデュー”公演になるのでしょうが、果たして相手役のエルヴェ・モローの怪我が完治するのか心配ですね。そして、ルグリとまた、キリアンの”扉は必ず“をどちらかのプロダクションで見せてくれるのでしょうか?今回、オシポワが出ないことや、日本人ダンサーがいないことは寂しいですが、タマラ・ロホ、ウリヤーナ・ロパートキナ、ディアナ・ヴィシニョーワらのベテランは、今、見ておかないとという感じがあります。来年はABTでもジュリーケントが引退ですね。これもチェックしておかなくては。

 ところで、10月のヴェルディフェスティバル行きはあきらめました。フライト取ってありますが、キャンセルしました。まだ、フェスティバルの演目も決まっていないようです。そして、その時に、日本では新国立の「ラインの黄金」、レオヌッチのリサイタルがあります。これを聴かない訳にもいきません。

 ご参考まで、今年後半の観劇予定はだいたい下記のような感じです。期待しているのは、やはりパッパーノ指揮のROHです。でもってチケット高いのもROH。他のチケットはだいたいC席あたりを狙ってリーズナブルに押さえています。今年はシベリウスの生誕150周年ですから、是非皆さん、シベリウス聴きましょう。フィンランディアと交響曲2番という定番ですが、誰の指揮で聴いても素晴らしい楽曲です。そして、来年1月のMET行きは正月にあまり高くないフライトが取れれば行きたいなぁ、という感じですのでまだどうなるかわかりません。

2015年6月 セビリアの理髪師(ハンガリー国立) 東京文化会館
2015年6月 フィガロの結婚(ハンガリー国立) 東京文化会館
2015年6月 沈黙                 新国立
2015年7月 ランスへの旅 日生劇場
2015年7月 ドン・パスクワーレ、こうもり(研修所公演) 新国立
2015年8月 世界バレエAプロ 文化会館
2015年8月 世界バレエBプロ 文化会館
2015年9月,, バッティストーニ東フィル、展覧会の絵 オペラシティ他
2015年9月 ドン・ジョヴァンニ(ROH) 文化会館
2015年9月 マクベス(ROH) 文化会館
2015年9月 ハーゲン四重奏団 ミューザ川崎
2015年10月 ラインの黄金 新国立
2015年10月 レオ・ヌッチリサイタル オペラシティ
2015年10月 ヨーヨーマリサイタル サントリーホール
2015年11月 プラハ国立トラヴィアータ デジレ・ランカトーレ愛知県芸術劇場
2015年11月 フィンランド放送交響楽団 サントリーホール
2015年12月 ファルスタッフ 新国立
2016年1月 真珠取り  MET
2016年1月 アンナ・ボレーナ MET




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