プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ハーゲン・クァルテット@ミューザ川崎

 ハーゲン・クァルテットを生で聴いたのは、10年前、青葉台フェリアホールでした。その時の”ラヴェルの弦楽四重奏“の清冽な音が忘れられずに、その後も何度も来日の度にコンサートに通いました。ハーゲン・クァルテットはその名の通り弦楽の名門ハーゲン家の4人兄弟でスタートした弦楽四重奏団でしたが、長女のアンジェリカ・ハーゲンは早くにグループから抜け、次女のヴェロニカ・ハーゲンがヴィオラに入りましたが、出産中の一時期は三女(?)のアイリス・ハーゲンが代役を務めていました。現在のメンバーは下記の通り。

• ルーカス・ハーゲン (第1ヴァイオリン)
• ライナー・シュミット (第2ヴァイオリン, 1987年秋から)
• ヴェロニカ・ハーゲン (ヴィオラ)
・クレメンス・ハーゲン (チェロ)

 でも、今でも時々パンフレットやウェブサイトで、ヴェロニカの名前が間違っていることがあります。

 彼等の音は”清冽“というのがまさに当てはまると思うのですが、それを支えているのは、メンバーすべてがストラディバリウスの名器を持っていること。当初はクレメンスのみが自身で1698年製のチェロを個人所有し、ルーカスがオーストリア国立銀行から貸与されたヴァイオリンを使い、ライナーやアイリスはグァダーニのものを使っていましたが、今回の来日では、全員が日本音楽財団から貸与されたストラディバリウスの「パガニーニ・クァルテット」を使っていました。ミューザ川崎の素晴らしい音響とあいまって、やや明るめの音でした。この日の曲目は次の通り。

ハイドン:弦楽四重奏曲第58番 ハ長調 作品54-2
Haydn: String Quartet No. 58 in C major Op. 54-2

モーツァルト:弦楽四重奏曲 第21番「プロシア王第1番」 ニ長調 K.575
Mozart : String Quartet No. 21 in D major K.575
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 作品131
Beethoven: String Quartet No.14 in C sharp -minor Op.131

 個人的な好みもあり、ハイドンが素晴らしかったです。ハイドンとしては、重厚感のある第1楽章は、びっくりするような転調で展開していきました。第3楽章のメヌエットは軽妙な楽曲ですが、全体としては落ち着いたハイドン、楽器の音色の良さを堪能できました。

 モーツァルトもベートーヴェンも良かったです。特にベートーベンの40分にもわたり7楽章から構成される第14番は、その長さを感じさせず、ハーゲンの「掛け合い」とも言えるピッチの速い演奏を堪能しました。

 ただ、ちょっとだけ残念だったのは、いつもアンコールでやってくれる”ラヴェルの弦楽四重奏“がなかったこと。アンコール自体もありませんでした。まあ、こういうベートーヴェンの後はそのまま終わったほうが印象が強く残って良いのですが。

ハーゲンというと、ベートーヴェンが多くなってきたこの頃、ハイドンとモーツァルトを入れてくれたのは嬉しいのですが、是非、ラヴェル、ドビュッシーなど、フランスものも演奏してほしいですね。

 10月はひさびさにヨーヨーマのリサイタルにも行きます。室内楽を良いホールで聴くのは幸せです。
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英国ロイヤル・オペラ特別演奏会(短評)

 先週土曜日のROHの特別演奏会、日にちがたってしまったので、短評にて。

 パッパーノの指揮とピアノの弾き振りは、ドン・ジョヴァンニの時よりも積極的に歌手を引っ張り、彼らしいきびきび感に溢れてしました。これだけでも行った甲斐があったというもの。

 前半はモーツァルトのアリア、後半は同じくレクイエムでしたが、歌手ではやはりジョイス・ディドナードが圧倒的に良かったです。歌を歌うという部分では、もはや余裕たっぷりで、いかに情感を歌に託すかというところで素晴らしい表現力を聴かせてくれます。出だしから安定しているのは、アメリカ人ソプラノの特徴!ヴォイトとかフレミングもそうですね。家内が"アスレチック”なソプラノ、と言っていましたが同感。同じソプラノのアルビナ・シャギムラトヴァも悪くはないのですが、ディドナードと並んで重唱を歌うに至ってはあまりにも差が歴然。

 ドン・ジョヴァンニでツェルリーナ役で、あまり合っているとは言えなかったユリア・レージネヴァ、この日はアジリタも聴かせてくれました。ただ、それでも2月の「メッセニアの神託」のような神がかった歌唱は聴けませんでした。やや残念。ローランド・ヴィラゾンは、13日のドン・ジョヴァンニでも「高音が出ていない」と書きましたが、やはり喉の調子が悪かったとのことで、前半のアリアのあとに突如発表があり後半は降板になりました。急遽(でもない、予想されていたのかもしれません)サミュエル・サッカー(マクベスでマルコムを演じた)がレクイエムに登場。マルコムよりもずっと良いと思いました。ヴィラゾンは、ヨーロッパでも不調による降板が多いようです。最近は演出も多く手がけているようで、そちらのほうにシフトかもしれませんね。彼は人柄も良いようですし、今回の日本滞在中の気温の変化などを考えると責めるのは可哀想ですが、1公演半、不出来なパフォーマンスを聴かされるのは、D席でも2万6千円(オペラ)も取られることを考えると残念です。ヴィラゾンのファンも日本には多いでしょうが、僕としては早めにサッカーに交代してもらったほうが良かったかと思います。

 イルデブランド・ダルカンジェロは評価している人も多いようですが、僕はドン・ジョヴァンニ同様、あまり感動しませんでした。声質は良いし、歌唱も上手いのですが、それ以上のものがなくなんとなく退屈かなぁという印象を受けました。というふうに、またネガティブなコメントが多くなってしまったのですが、これをすべて打ち消して大満足感を与えてくれたのが、パッパーノの指揮とディドナードの歌唱でした。Bravi!!!!

そして、けっこう過密なスケジュールをこなして頂いたオーケストラの皆さんには感謝です。

指揮:アントニオ・パッパーノ
ソプラノ:アルビナ・シャギムラトヴァ
アルト:ジョイス・ディドナート
ソプラノ:ユリア・レージネヴァ
テノール:ローランド・ヴィラゾン
バス:イルデブランド・ダルカンジェロ
演奏:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団、ロイヤル・オペラ合唱団
曲目 第1部 アリア集(演奏順未定)
<シャギムラトヴァ>
モーツァルト: レチタティーヴォとアリア
「わが美しき恋人よ、さようなら~
  とどまって下さい、いとしい人よ」K.528
<ディドナート>
モーツァルト:レチタティーヴォとアリア
「どうしてあなたが忘れられるだろうか~
  心配しなくともよいのです、
         愛する人よ」K.505
  (ピアノ:アントニオ・パッパーノ)
<レージネヴァ>
モーツァルト:アリア「あなたは今は忠実ね」K.217
<ヴィラゾン>
モーツァルト:レチタティーヴォとアリア
「憐れな男よ!夢なのか、それともうつつなのか?
 ~あたり吹くそよ風よ」K.431(425b)
<ダルカンジェロ>
モーツァルト:レチタティーヴォとアリア
「このようにあなたは裏切るのか
 ~苦く酷い後悔よ」K.432(421a)
モーツァルト:演奏会用アリア
「このうるわしい御手と瞳のために」K.612

第2部 モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626
ソプラノ:シャギムラトヴァ
アルト:ティドナート
テノール:サッカー
バス:ダルカンジェロ

英国ロイヤルオペラ「マクベス」

 13日のドン・ジョヴァンニに続き、昨日は「マクベス」を聴いてきました。ドン・ジョヴァンニはプロジェクション・マッピングの舞台装置が「新しい!」という感じがしましたが、「マクベス」はとりたてて変わった仕立てはなく、舞台上にあるのは黒いもうひとつの箱のような舞台、そして幕毎にその中にベッドが出来てきたり、檻が出て来たりという程度でした。ただ、ダンカン王が黄金の鎧と馬で出て来たのは、「ここに金をかけたか!」という感じ。

 この公演で何より素晴らしかったのは、パッパーノの指揮でした。輪郭のはっきりした音作りで、軽いところは軽く、重いところは重く、しかし必要以上におどろおどろしさを出さず、緩急自在に手綱を締めたりゆるめたりして、歌手を引っ張ります。ドン・ジョヴァンニより歌手の前に出る感じがありました。特にヴェルディ初期のテンポ感のある指揮は良かったです。5月のシャンゼリゼ劇場でのガッティ指揮の公演も、彼にしてはだいぶ軽い音作りをしていると思いましたが、パッパーノはやはりヴェルディを良く理解していると思いました。最初の嵐を思わせる序曲からだいぶ弦が厚いなと思い、幕間に首を伸ばして(4階最前列だったので)ピットを見ると、コントラバスが6台!ここらへんも金管木管を前に出して鳴らしていたガッティとだいぶ違います。イタリア的かというと、やはり英国の上質感に溢れている音作りという気もしますが、まあ、こちらヴェルディ好きですから、どうしてもここらへんは点が甘くなります。

 歌手では、タイトルロールのサイモン・キーンリサイドの重厚かつ安定した歌唱が光りました。ただ、演出がシンプルなこともあり、マクベスの苦悩する内面が今ひとつ出ていない感じがしました。パリでのマルトーネの演出はやや過剰なくらいこの点を責めており、マクベス夫人とダンカン王の不倫を示唆するシネマが流れたりしたのです。そこまでやらなくてもいいかとは思いますが、バンクォーの亡霊が、バンクォーそのものが出て来てスパイダーマンのように檻にはりつくなど、やや興ざめな演出もあり、マクベスのはらわたが出てくるような苦悩を期待していた僕には淡泊だった気がします。

 マクベス夫人のリュミドラ・モナスティルスカは、第1幕のアリア(マクベスからの手紙を読むシーンからの)は特に巻き舌が多くて、「これでずっとやられるのか?」と思いましたが、2幕目の、マクベスがダンカン王を殺して「あの部屋には戻れない」と小心者ぶりをさらけ出すマクベスを励ます夫人との2重唱あたりから、巻き舌もなくなり、グっと歌にパワーが出て来ました。そう感じるのは、2幕目になって僕自身もオペラに入り込んで行けたせいもあるかもしれません。キーンリサイドも幕を経るほどに、力強い声が出てきたのですが、やはりレオ・ヌッチや、5月のパリで望外によかったロベルト・フロンターリなどと比べると、破綻がなさすぎるというか、上手すぎるというか、ようは「泣けない」んですね。

 その点はモナスティルスカのほうが良かったかと思います。「この手の血が」のアリアも相当良かったのですし、アリアにメゾソプラノ音域の低い声が要求されるところも、切れのある歌唱と音程が落ちても声量を保って歌っていたところは感心しましたが、キーンリサイド同様に、もう少し破綻を恐れずに、マクベス夫人として狂気に向かって行く内面を表現ししてほしかったです。ちょっとアイーダを聴いているような感じがしました。やはり彼女も声がきれいすぎるんですね。ヴェルディはマクベス夫人に「かすれた声で歌う」ように指示をしたという事を知ったのは、5月のパリでの公演を聴いた後ですが、その時のスザンナ・ブランチーニはこれをきっちりと守り、全編かすれ声という熱唱でした。これはこれでやや疲れましたが、4幕の夢遊病になるころあたりからは少しそういう歌唱法を使ってくれても良かったかなぁと感じました。

 第4幕はベストでした。マクダフ役のテオドール・イリンカイは、「ああ父の手は」は大喝采を浴びていました。また、これは多分シャンゼリゼ劇場の公演にはなかった「マクベスの死」を演じるキーンリサイド、ここでやっとグッと来ました。この「マクベスの死」はオテロの死のように、ここでオペラを終わらせてしまってもいいのではないかと思う次第。その後の「マルコム王を讃える」シーンと合唱は、なんだかリソルジメントの影響があるのかなぁと思ってしまいました。

 なんだか、悪いところを取り上げて書いてしまいましたが、オペラ公演の質としては、ドン・ジョヴァンニより良かったと思います。なにより、パッパーノの指揮と音作りの方向性が明確で舞台のすべてをコントロールしていました。“viva maestro!”ですね。

 ひとつ主催者に苦言を呈したいのは、この公演、あきらかにマクベスの初演版と改訂版を混ぜていると思います。どのような意図で、どこをどのように使ったのかなどについての説明が全く無いのは2500円もするプログラムとしては、不親切です。バレエが外されたこと、マクベスの死が戻されたことくらいはわかりましたが、もっと細かい点での変更もあったはず、そこらへん知りたかったですね。

 マクベスはシモン・ボッカネグラ同様に暗くて地味、テノールの活躍が少ないなどの理由からか、日本で上演されることの少ないヴェルディの名作ですが、たまたま今年は5月と9月に素晴らしい公演を聴くことが出来ました。このくらいの間隔で聴くと、まだ前回のイメージが残っており比較も可能です。貴重な機会でした。

さて、今日は引き続きROHの特別演奏会です。

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:フィリダ・ロイド
美術:アンソニー・ワード
照明:ポール・コンスタブル
振付:マイケル・キーガン=ドラン
殺陣:テリー・キング

マクベス:サイモン・キーンリサイド
マクベス夫人:リュドミラ・モナスティルスカ
バンクォー:ライモンド・アチェト
マクダフ:テオドール・イリンカイ
マルコム:サミュエル・サッカー
医師:ジフーン・キム
侍女:アヌーシュ・ホヴァニシアン

英国ロイヤル・オペラ「ドン・ジョヴァンニ」

9月13日、ROHのドン・ジョヴァンニに行ってきました。あいにく、ちょっと僕自身の体調が悪くオペラ前半は身が入りませんでした。その後休憩時間に復活し、後半はじっくり聴けましたので、後半中心の感想になります。

とにかくこの公演を引っ張っていたのは、カスパー・ホルテンの演出だと思います。特にプロジェクションマッピングで舞台装置の上に投影される光と色彩の美しさには目を見張りました。最初は、舞台の引き立て役になっていたプロジェクションが2幕目以降は、ドン・ジョヴァンニの心を写す光と影になっていきます。これは、いかにも英国のテクノロジー&芸術の得意技。好きな人と嫌いな人がはっきりする舞台でしたが、僕は好みでした。たた、ややもすると舞台装置に気を取られがちになってしまったのが難と言えば難。

パッパ-ノの指揮は、フォルテピアノを自身が弾くということもあって、斬新な演奏….実はテオドール・クルレンツィスのような振りをちょっと期待したのですが、やはり伝統あるROHでそこまで期待するのは素人のあさはかさ…..でも、序曲はエッジの効いた、はっきりとした音、ここが僕のパッパーノの一番好きなところですが、そう言った表現が出ていました。2月のアンドレア・シェニエでは、それがオペラの間ずっと続くのですが、この日は劇に入ると割と保守的で、パッパーノとしてはゆっくりしたテンポと感じました。それでも、歌手を引っ張ったり、バックアップしたりしながら進行する演奏は、オケの各パートから音が立ち上ってくるような魅力に溢れています。「出来たての音」っていう感じですかね。(表現力乏しく、失礼......)特別演奏会とマクベスが楽しみです。

歌手は、誰を取っても文句の付けようのないゴージャスなキャスティング。ですので、結局聴く人の好みになると思います。僕は、ドンナ・エルヴィーラのジョイス・ディドナード、レポレロのアレックス・エスポージトがとても良かったと思います。この二人が一番、「歌う俳優」をしていました。贔屓のユリア・レージネヴァも良かったのですが、アジリタを聴ける歌唱がなくて残念。オッターヴィオのヴィラゾン、久しぶりに聴きましたが、(うん?、生は初めてか?)かってのネトレプコとのトラヴィアータ(デッカ-演出)時代からすると、峠を過ぎたなぁと思いました。悪く言えば並のテノールというところで、中音を廻すのが上手いかなぁという感じで、高音は昔の面影がなかったですね。そして肝心なタイトルロールのダルカンジェロ、全く悪くないです。安定していてどっしりとしたバスバリトン。しかし、あまりに自然過ぎて、ジョヴァンニの極悪な面が心に響かなかったです。その点では、グヴィエチェンのほうが良かったなぁ。心の中の悪が声になって絞り出る感じしていました。声に緊張感がありました。それと、ダルカンジェロ、あまりに立派なバスバリトンなんで最後に騎士長が現れた時に、騎士長の声が地の底から沸き立ってくる悪魔のように聞こえないのです。「ジョヴァンニ対騎士長、最後の戦い」という構図が見えないんですね。なんか、兄弟で歌っているみたい。まあ、これは騎士長役のライモンド・アチェトが物足らないということもあります。この騎士長は、特に2階から声を出すので、リゴレットのモンテローネの呪いの場面のような、“ど迫力”が欲しかったです。その点では、グヴィエチェンと妻屋さんの2012年の新国立のほうが、この場面の印象が強かったです。ですので、最後に「孤独」という究極の罰を与えたという演出がいまひとつ軽い感じがしたのは僕だけでしょうか?この最後のところで地獄の炎に焼かれるようなプロジェクションマッピングを使ってほしかった。ただ、やはりこれも聴く人の好みによるところがあると思います。作り声っぽいところの無いダルカンジェロに好感を持たれた方も多いと思います。

さて、次は”マクベス“です。楽しみ〜!

作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:カスパー・ホルテン
ドン・ジョヴァンニ:イルデブランド・ダルカンジェロ
レポレロ:アレックス・エスポージト
ドン・オッターヴィオ:ローランド・ヴィラゾン
ドンナ・エルヴィーラ:ジョイス・ディドナート
ドンナ・アンナ:アルビナ・シャギムラトヴァ
ツェルリーナ:ユリア・レージネヴァ
マゼット:マシュー・ローズ
騎士長:ライモンド・アチェト


バッティストーニ/東フィル@オペラシティ

東京フィルハーモニーの首席客演指揮者になってくれたおかげで、頻繁に日本に来てくれるようになったアンドレア・バッティストーニ。すでに今年は2月二期会の「リゴレット」と講演、4月の「アルルの女」と「チャイコフスキー交響曲第5番」そして5月の「トゥーランドット」、さらに歌劇「コリントの包囲序曲」、「シチリア島の夕べの祈り舞曲」、「プッチーニ/交響的前奏曲」、「レスピーギ シバの女王ベルキス」と、6公演(リゴレットは3回行ったので)を聴きました。

9月の11日のコンサートは下記のメニュー。

■ヴェルディ/歌劇「運命の力』序曲
■ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲*
■ムソルグスキー(ラヴェル編)/展覧会の絵
(指揮:アンドレア・バッティストーニ、ピアノ:反田 恭平*)

「運命の力」の序曲の凄さをどう表現していいのかわかりません。落雷があったようなパワフルさ、それでいながら、弱音のデリケートさ、休符の時の心臓が止まるような静寂。バッティストーニのCDで、この曲を2日前から聴きこんでいましたが、CDとは違うアプローチ。CDの方は塊感が強かったのですが、この日の公演は序曲の中にストーリーを込めて、もっと「オペラ」しています。10分くらいの長い序曲は、まるで交響曲のように構成され、最初のトロンボーンで主音を3度鳴らすところで、もう身の毛がよだってくる感じ。その後もオケの各パートから音が溶岩の池から泡だってくるように沸いてくるのです。「父の呪いのテーマ」の不協和音の怖いこと!

4月の新国立の「運命の力」が、かなり「運命の力不足」だったのを、ここで仇を取った感じです。ヴェルディファンとしては、この序曲から続けてオペラ全幕をやってほしかったぁ。(無理ですよね。。。)脳裏にはアルヴァーロとレオノーラが登場してしまいました。

一曲目の興奮がさめやらぬうちに、若手ピアニストの騎手と目される反田恭平が、ホロヴィッツが愛用したヴィンテージ・ニューヨーク・スタインウェイとともに登場。「パガニーニの主題による狂詩曲」です。これもとても良かったのですが、反田さんのピアノがややバッティストーニの指揮に負けていた感じ。これは彼のロシア的な弾き方のせいなのか、スタンウェイのピアノのせいなのかわかりませんが。。それでも、ものすごく上質な「ピアノ協奏曲」でした。そしてその後の、反田さんのホロウィッツアレンジの「カルメン」というか「ハバネラ」のピアノソロ。超絶技巧!このピアノの味はこの曲のほうが発揮された感じ。まだ21歳なのに余裕しゃくしゃく。2度目のアンコールに応えるように出て来て、ピアノの蓋を閉じて挨拶。笑いを誘います。28歳の指揮者と21歳のピアニスト、火花が散りましたね。

同じ日に東京芸術劇場で、読響がカンブルラン指揮、小曽根真ピアノでこの曲をやっていたんです。これも聴きたかったなぁ。

そして、「展覧会の絵」、これもいつものバッティのように彫刻的で、まさに展覧会の部屋を巡るような音でした。ただ、正直この日は「運命の力」にやられた感じで、展覧会の絵まで体力が持たなかった感じ(僕の体力が、、です)。出だしの金管が2度ほどふにゃってしまったのもやや残念。

こうなると12月のベートーヴェン第九も聴きたくなりますね。あまり興味を持っていない曲なんですが、バッティストーニが振ってくれたら奇跡が起きるような気がします。




エリック・サティ展

バレエ公演も終わり、オペラも夏休み状態でしばらくブログアップしていませんでした。その間に、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されていた「エリック・サティとその時代展」に行ってきました。あまり渋谷に出かけるのは好きではないのですが、世界バレエ、プログラムAでマリア・アイシュヴァルトとマライン・ラドメーカーがサティの”3つのグノシェンヌ”で踊ったのがとても印象に残っていたので、久しぶりにサティに浸ってみようと思ったわけです。

そもそも僕が最初にバレエを見たのも、大学を卒業して間もない頃に友人が出演する公演で、ジムノペティのモダンバレエを見たのに端を発します。ジムノペティ、1980年代には流行りましたね。あとはボレロ。TVCMで随分使われていました。小学校の頃にピアノをやったので、ジムノペティなら弾けるだろうと電子ピアノの安いのを買って練習しました。一応弾けるようになりましたが、他人に聴かせるほどではないので、結局自己満足でおしまい。

サティ、ラベル、ドビュッシーを良く聴いた時代でした。

今回の「サティ展」大がかりな仕掛けはありませんでしたが、サティの交友関係や、自筆の楽譜、弾いていたピアノ、音楽祭のポスター、バレエの公演のビデオなど、サティ好きにはたまらない内容でした。

びっくりしたこと↓
■ジムノペティの作曲されたのは1888年、ヴェルディが「ファルスタッフ」を作曲する5年前、プッチーニが「マノン・レスコー」を作曲する6年前!

■サティの人生唯一の愛人が、シュザンヌ・ヴァラドンだった! ヴァラドンはモーリス・ユトリロの母親で有名ではないですが、印象派の良い画家で好きなんです。

■サティは"Je te veux"の他にもワルツのシャンソンを書いていたぁ!

■ダダイズムのメンバーになっていたぁ!

以上です。でもって、サティ展に行ってから2週間経ちますが、ずーっとサティ聴きっぱなし。もともと持っていたCDに展覧会で2枚、プログラムにも1枚付いていたので、これを取っ替えひっ替え聴いています。残念なのは、数年前にオリジナルの人形劇オペラを聴いた「ブラバンのジュヴィエーヴ」の曲が見つからないこと。YouTubeで一部ありますが、これ不思議な魅力に充ち満ちています。https://www.youtube.com/watch?v=tvI9NBe991U

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