プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

再びバッティストーニ。ヴェルディ、ロータ、レスピーギ

 東フィルの6月10日の定期公演に行けないため、この切符を5月16日のサントリーホールでの公演に交換してもらいました。こういうサービスがあるのはとても便利です。

指揮:アンドレア・バッティストーニ
曲目 ヴェルディ/歌劇『ナブッコ』序曲
ニノ・ロータ/組曲『道』
レスピーギ/交響的印象『教会のステンドグラス』

 最初の曲は、久しぶりにバッティのヴェルディ。去年の5月に『シチリア島のゆうべの祈り』の舞曲を聴いて以来。ナブッコは彼が日本にデビューした2012年に二期会で振った演目であり、(先ほどまで"新国立”と誤って記載していました。すみません。)CDにも”Va Pensiero (黄金の翼に乗って)“が入っており、もはや彼の得意演目になっています。最初の金管の響きからして遠くから観客席をめがけて音を飛ばしてくるような緊張感があります。そして、破壊的とも言える”イズマエーレの裏切りのテーマ”にかかるところは、まさにバッティの真骨頂。音が三次元的に洪水のように降りかかってきます。そして、”Va Pensiero”のテーマに戻る時のしっとりとした感じとテンポの切り替え。以前よりもスローになっていると思いますが、彼の熟成を表しているのではないでしょうか。「やっぱりヴェルディはいいなぁ」と思います。この序曲を「雑な曲」という音楽学者もいるそうですが、オペラの構成を凝縮した、実に緻密な序曲だと思います。

 ナブッコ序曲は10分足らずで終わり、2曲目は、ニーノ・ロータの『道』のバレエ組曲。フェリーニの映画は「ローマ」と「道」しか見ていませんが、「道」でのアンソニー・クインがトランペットで吹く(たしか吹いていたと思います。)主題曲、そしてキュートなジェルソミーナの印象が白黒で頭に焼き付いています。このバレエ組曲では、主題のテーマは不協和音の中から頭を持ち上げるように出て来ますが、何か不思議で悲しい印象。全体に映画のサントラのようなセンチメンタルな流れは少なく、サーカス団の賑わいや、ザンパノとジェルソミーナの狂気的な部分が音にされて、実に興味深い音楽でした。バッティの指揮はその魅力を120%引き出してくれています。ニーノ・ロータ、エンリオ・モリコーネの音楽はヴェルディ、プッチーニ、そしてヴェリズモの作曲家の流れを組んでいるなぁと思ったしだい。。。。感心しているうちに30分が過ぎました。

 そして、最後がこれも初めて聴くレスピーギの「協会のステンドグラス」。もはや、レスピーギと言えばバッティストーニという感じのここ数年のクラシック界。期待通り、いやそれ以上でした。曲のタイトルのように、色彩が散りばめられたこの曲、バッティはその色彩のひとつひとつを水晶の柱を伸ばすように立体的に指揮していきます。この曲自体はグレゴリオ聖歌の影響を受けているようですが、僕には先日ニースで見たシャガールのステンドグラスが思い出されました。最終章にパイプオルガンが鳴り響くところは圧巻でした。レスピーギは、バロックも良く勉強していたそうですね。この「協会のステンドグラス」の8年前の1917年には『リュートのための古風な舞曲とアリア』という僕の好きな曲を書いていますが、これはまた全く違う作風。

https://www.youtube.com/watch?v=S27LDn5pBgs

さらに昨日はアンコールがあったのです。マスカーニのカヴァレリア・ルスカティーナの間奏曲。CDに入っているのを聴いたときには、ちょっと曲の流れがガクガクしている印象があったのですが、だいぶ手慣れた感じになっていて良かったです。弦が分厚い感じ。まあ、これは曲がいいですからね、アンコールでやると大拍手になるのは当然でしょう。この秋にはマスカーニのオペラ"イリス”を演奏会形式で振るので、そのことと関連づけてのアンコールだと英語で言っていました。

16日のバッティストーニ、大満足でした。先日のブラームスもとても良かったですが、やはり個人的にはバッティストーニにはイタリア物、それもヴェルディを振ってほしいです。ルイーザ・ミラーやファルスタッフなど、イタリアで振った作品を日本でもやってほしいですね。
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清水和音&バッティストーニ

 この日のコンサートの正式なタイトルは「デビュー35周年記念、清水和音オール・ブラームス・プログラム」です。清水とバッティストーニの出会いは、偶然からでした。2014年1月の東フィルの定期演奏会で、予定されていた女性指揮者のアロンドラ・デ・ラ・パ-ラが出産のために、そしてピアニストのホルヘ・ルイス・プラッツが指の骨折によりそれぞれ出演をキャンセルした、その代打として出演したのです。この時に共演したのはガーシュインのラプソディ・イン・ブルーだけでした。それもチャベスの「インディオ交響楽」とドヴォルザークの「新世界より」の間にはさまれる格好でしたので、印象が薄かった方も多いと思いますが、そこには不思議なケミストリーが生まれました。大胆で音楽を切り出して行くようなバッティストーニと、繊細なピアノタッチの清水和音。両極端と言える二人の表現が何とも言えない魅力を音楽に与えていました。

「まるで、今、そこで作曲したばかりというように指揮をする。」とバッティ評したのは、僕のオペラ、いや音楽の師匠のK先生ですが、この日のブラームスもまさしくそういう感じでした。

コンサートの曲目はすべてブラームス。

■大学祝典序曲 ハ短調 op.80
■ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15 

■3つの間奏曲 op.117 

■ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.83

“大学祝典序曲”は、良く知っているフレーズも入った高揚感溢れる曲ですが、バッティストーニらしい、立体感のある指揮でした。これほど生き生きとしたブラームスはあまり聴けないでしょう。そしてピアノ教書湯曲第1番、どちらかというと“退屈”というイメージが強かったこの曲ですが、あっという間に終わったという感じで、全く退屈などしなかったです。清水さんのピアノのデリケートなタッチに合わせて、バッティストーニも押さえた指揮をしているのですが、それでもオケは彫刻を刻むようにエッジの効いた音を出します。この音とピアノの化学変化が素晴らしい!

協奏曲第2番は“明るい曲調と「ピアノの序奏をもつ交響曲」”と言われますが、バッティストーニの指揮棒からホルン、チェロの音色が魔法のランプから立ち上がる煙のように蠱惑的に響きます。

今後も、清水和音とバッティストーニのコラボは東フィルで聴くことができると思いますが、一方で太い響きを出す小菅優のような若手のピアニストとの共演も聴きたくなりました。

マドリッドでの ”ルイーザ・ミラー“

毎年2月から5月の間に、1回はヨーロッパにオペラ観劇の旅に出るのですが、だいたいはイタリア、ドイツ、オーストリア、それとスイスです。今年は初めてスペインに行きました。いつもなら1週間で3-4公演に行くのですが、、今回は10日で2公演というスケジュール。というのは、バルセロナの“シモン・ボッカネグラ”とマドリッドの“ルイーザ・ミラー”の公演の間にニースに行き、美術館を訪れることにしたからです。これは正解でした。仕事もあったのですが、スケジュールをみっちり詰まらせなかったので気分が楽でした。学生の頃に2ヶ月で50カ所のヨーロッパの美術館を巡って以来のニースでは、マチスやデュフィ、ピカソ、シャガールなどを堪能しました。また、バルセロナでは高階秀爾先生曰く「世界で一番美しい美術館」とのピカソ美術館も再訪。ただ、高階先生が講義でおっしゃっていた「中庭に月の光が入り、それが青の時代のピカソを照らす」という情景は、40年前に訪れた時には夜10時まで開館していたので実際に体験できましたが、現在は中庭と美術館は厚いガラスで仕切られ、開館時間も18時までで再びそのような幸福な時間を味わうことは出来ませんでした。

 美術館の話は、また機会があったら書くことにして、さて、マドリッドの王立歌劇場での「ルイーザ・ミラー」の公演です。イタリア語読みだと「ルイーザ・ミッレル」になるので、僕も時々こう呼びますが、一般的にはミラーと呼ばれることが多いようです。

 今回の旅行は、ヌッチを追っかけてきました。当然この公演もミラーはレオ・ヌッチです。ミラーはヌッチも特に大好きな役だそうで、最初に歌ったのはパヴァロッティとロンドンで歌った時だそうで大成功だったそうです。(私のオペラの師匠からの情報です!)一昨年、ジェノバでバッティストーニ指揮でヌッチのミラーがあったので、フライトの切符まで取っていたのですが、どうしても都合が悪くなり行けなくなったので、今回はその仇を討つつもりで昨年の10月にはもうフライトを押さえてしまいました。

公演は演奏会形式でキャストは次の通り
Musical director:
James Conlon
Count Walter:
Dmitry Beloselskiy 

Rodolfo:
Vincenzo Costanzo 

Federica:
María José Montiel 

Wurm:
John Relyea 

Miller:
Leo Nucci 

Luisa:
Lana Kos 

 Laura:
Marina Rodríguez-Cusí

 指揮のジェームズ・コンロンはLAオペラの主任指揮者でフランス物を得意としています。タイスと三部作を聴いたことがありますが、ヴェルディは初めて。序曲から豊穣な音を鳴らしてきます。Tutto Verdiでのパルマのドナート・レンゼッティと、METの91年のジェームズ・レヴァインの指揮を予習で聴いてきましたが、どちらかというとレヴァインに近いです。レンゼッティは、削ぎ削ったようなやや固い音でしたが、レヴァインは豪華な音。この日のコンロンも豊かな音ですが、塊感がはっきりとあって奥行きもあり、饒舌ではありません。なによりイタリアオペラらしいテンポ感があり、これぞヴェルディという満足できるものでした。バルセロナのザネッティより良かったですね。僕はコンロン好きなので、今年の10月のパルマのフェスティヴァル・ヴェルディにも彼が出てくれる(曲目は現在未定)のがとても嬉しいです。

 オペラの展開を予想させる緊張感のある序曲。これはきちんとした「序曲」です。シモンの序奏とは違う。終わったところで早速大拍手です。ヴェルディの三大序曲は「運命の力」、「シチリアの晩鐘」とこれでしょうか?個人的には「アッティラ」も好きですけど。

 その序曲が終わって第1幕、合唱に続きミラーのヌッチとルイーザのラナ・コスが登場。本当の親子みたいですね。ラナ・コスは確か、去年、新国立のラ・トライヴィア-タのタイトルロールで来日することになっていたのが流れたと記憶しています。トラヴィアータ歌いの若手としては、すでにヨーロッパで高い評価を得ていますが、なるほど、リリコスピントと言える最近では珍しい若手ソプラノ、聴かせてくれます。しかも美貌です。1幕目、長く続くミラーとのやりとり、その後現れる婚約者ロドルフォとの二重唱(合唱付カヴァティーナ?)と歌いっ詰めですが、フルパワーで舞台を支配します。しかし、序曲といい、ロドルフォとの「言葉にできないほど愛しているは」のメロディの親しみ易いこと。すぐに覚えて鼻歌にできます。

 今回のロドルフォ役はフランチェスコ・メーリが歌うことになっていたのですが、いつのまにか降板しており、若手のヴィンチェンゾ・コスタンゾが代わりに出ていました。残念ながらレベルの高い歌手陣の中でやや彼が弱かったです。特に1幕は声が「青い」感じでした。時間を経るに従って、随分良くなり、最後はBravoをもらっていましたので、「がっかり」というほどの感じではありません。

 で、ヌッチですが、1幕目のアリア「伴侶を選ぶことは神聖な選択(Sacra la scelta e d`un consorte)」から、もう素晴らしい!短いアリアですが、まさしくヴェルディバリトン!というこの曲で、もうbisが出そうな拍手とbravoの嵐! ちなみに、リセウに比べてこのテアトロ・レアルの観客はオペラを良く知っていました。雑音も出さないし、拍手のタイミング、かけ声の掛け方も素晴らしかったです。

 ワルター伯爵のドミトリー・ベロセルスキーは2014年のローマ歌劇場(w/ムーティ)来日の時のシモン・ボッカネグラでフィエスコを歌って、喝采をあびていましたので、良く覚えていますが、この日も素晴らしかったです。この人は悪役としての表現力が秀逸です。そしてヴルムのジョン・レリア、ヴルム役としてはやや声が低かったですが、パフォーマンスは抜群。第2幕でのベロセルスキーとの二重唱は大迫力でした。そして、ルイーザの敵役になる、ラウラを歌ったマリア・ロドリゲス・クージが、大収穫!すごいメゾでした。中音部でのドスの効いた、しかし上品な声での表現力も素晴らしく、高音も良く伸び強さがあります。日本に来たことないですよね。来てほしいなぁ。

 こういうキャストと指揮、そして高い水準のオケ(日本人がバイオリンに数人いました)、合唱のレベルも高く、演奏会形式がぴったりという感じ。歌手陣は狭い舞台の前のほうで演技もするんですよね。特にヌッチとコスはほとんど演出付のオペラのようで、ヌッチは舞台の端から端まで歩き廻り、コスは、ルイーザの最期の場面では指揮台のバーに片脚をかけて斜めになって絶命していました。

 ルイーザ・ミラーでの父と娘の関係は、それまでの”ナブッコ“などの父と娘の関係とは違い、娘を守ろうとする強い父性が前に出て来ています。これは、後に続くリゴレットとジルダの関係に非常に似ています。またルイーザとロドルフォの恋愛の表現も、実にロマンチックなものになっています。この頃、ヴェルディは実生活で、愛人のストレッポーニと同棲生活に入ったこととも関係しているのではないかと思います。ルイーザ・ミラーの歌唱の流れやメロディも、後の”リゴレット“、”イル・トロヴァトーレ“、”ラ・トラヴィアータ“などに類似しているところが多々あります。例えば、ルイーザがヴルムに脅されて、「ロドルフォを愛していない」という内容の手紙を書くところのクラリネットの調べは、ヴィオレッタがジェルモンの頼みを受け入れてアルフレードへの別れの手紙を書くところとそっくりです。

 表現力のある実力派の歌手のオペラを、良い指揮で聴くのは、演奏会形式はとても良いのです。以前にサントリーホールでゲルギエフ指揮で、ナタリー・デセイの“ランメルモールのルチア”を聴いた時にもそう思いましたが、今回は本当にそうでした。それにしても、シモン・ボッカネグラ同様に、このオペラも日本ではまず上演されません。シモンのように物語が複雑でなく、テノール、バリトン、バス、ソプラノ、メゾが丁度良く配分され、ロマンスもあり、美しい旋律のアリアやカヴァレッタもあるこのオペラ、どうして日本で上演されないのでしょうね。残念ですが、これからの新国立劇場に期待したいと思います。

 この日は、1列目で聴いていたので、こんな写真が撮れました。
th-IMG_1761.jpg
ちょっと首が痛くなりましたし、音楽を聴くにはもう少し後ろのほうが良かったのですが、オペラにのめり込むには最適のシートでした。この公演のあった4月23日の翌朝早い便でマドリッドから日本に帰国しましたが、しばらくは家でルイーザ・ミラーを聴いていました。そのくらい、この公演のインパクトはありましたね。

 

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