プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

セミラーミデ 藤沢市民オペラ

 前々からとても楽しみにしていた、藤沢市民オペラの”セミラーミデ“を聴きに行っていきました。当日券を買ったのですが、1400席のうち20席ほどしか残っていませんでした。このマイナーな演目でびっくりです。

 僕は高校が藤沢だったので、その頃からこの会場があることは知っていたのですが、行くのは初めて。駅から近くサイズ的にもなかなか良いホールです。内装やシートも古さを感じさせず快適でした。

 さて、日頃ロッシーニのオペラ・セリアは日本ではなかなか聴く機会がありません。ペーザロなどではがんがんやっていますけどね。僕も、DVDでゼルミーラを聴いたくらいで、このセミラーミデは、コンサートなどでソプラノやメゾでアリアを聴くことは時々ありますが、全幕を生で聴くのは初めてです。実際、日本では初の上演だと、ナビゲーターの朝岡聡さんが言っていました。

 すべてに渡って素晴らしい公演だったと思いますが、まずはタイトルロールの安藤赴美子さんがBrava!!でした。彼女の声のイメージというと、ややスピントな強い声という感じですが、この日はその強さよりも「まろやかさ」がぐんと前に出て、強さと甘さのある素晴らしいコロラトゥーラを聴かせてくれました。超高級チョコレートを味わっているみたいでした! 演奏会形式の上演でしたが、彼女の役へののめり込みかたは凄いものがあり、1幕目でアルサーチェが王に指名されてうろたえるところでは、腕を組んで横目でアルサーチェを睨み付けるような様子。これが、かっこよかったですねー。2幕目でアルサーチェの剣を受ける最期も、両手を天に挙げて悲鳴を上げます。イタリア人歌手は、演奏会形式でも、だんだん乗ってくると舞台上を歩きまわったり、指揮台のバーに脚をかけて絶命したり(今年5月のマドリッドでのラナ・コスがそうでした)、狭い舞台を使いまくるのですが、おとなしい日本人歌手の中では、安藤さんは際だっていましたね。見ていると、こちらもオペラにどんどんと引き込まれます。しかし、彼女はロッシーニからプッチーニ(来年2月に新国立で蝶々夫人やりますね。行かなくちゃ!)、ブラームスまで、上手にこなします。声の作り方の才能が素晴らしいです。「作り方」というと語弊を生じそうですね。発声のバラエティというか、とにかく素晴らしいんです。このことはいつも感じていますが、この日のロッシーニは一番難しい役、それを120%の出来で歌ってくれたので本当に感動しました。“麗しい光よ”は、グルベローヴァの歌が有名で、彼女のリサイタルなどでも良く歌われますが、細く軽いソプラノです。それはそれで素晴らしい。しかし、マエストロゼッダは、「セミラーミデはもっと太い声で」と言ったことがあるとか…. 安藤さんの歌には、女王の威厳と悪事を働いたものの後悔が素晴らしく、超絶技巧で表現されていました。黒いドレスもまさにセミラーミデ・ヴァージョン!

 メゾの中島郁子さんも素晴らしかったです。6月にロジーナを歌った時に装飾技巧が素晴らしかったですが、アルサーチェはもっと低い声域を使って、ドスの効いたアジリタを聴かせてくれました。この役の歌手が悪いと、このオペラどうにもならないと思いますが、神殿に入ってくる時の“ああ、この日のことを忘れない/ "Ah! quel giorno ognor rammento" で、「おっ、これは素晴らしい!」と思わず椅子から乗り出しそうになりました。中島さん、これから楽しみですね。

 そして、御大、妻屋秀和さんのアッスール、迫力ありました。2幕目でセミラーミデとのの知り合うところは凄かったです。金曜のナクソス島に続いて、オペラに”持って行かれ“ました。バス陣はオーロエの伊藤さんも素晴らしかったですし、ニーノ王の亡霊のデニス・ビシュニャも圧倒的な存在感で、モンテローネしていましたね!そしてテノールでインドの王子、イドノーレを歌った山本康寛さんも良かったですが、やや高音を持ち上げて出している感じがありました。ベルカントのテノールは難しいです。

 演奏会形式で音楽と歌に集中できるのは、初めてのオペラでは良いですね。今年はルイーザ・ミラーもそうでした。

 指揮の園田隆一郎さん、6月のセヴィリアに続いてのロッシーニでしたが、アマのオケの音を本当に良く引き出していました。ふくよかで、しかし膨張しないで締まっている、厚いところは厚く、速いところは速く、短調と長調が切り替わるロッシーニセリアの魅力をそのままストレートに出してくれました。僕は、特に長調のところにランスへの旅の雰囲気を感じました。2年違いの作曲ですから、それもありかも、、ですね。

 忘れてはならないのが、合唱、藤沢市のアマチュア合唱団9団体の合同でしたが、素晴らしい出来でした。この合唱も今回の素晴らしい公演のキイだったっと思います。

 朝岡さんのナビゲーション、しつこすぎず、簡潔でとても良かったです。こういうマイナーなオペラでは、鑑賞の助けになりますね。

 この公演、日曜の一回限りではあまりにももったいないです。藤原あたりで、東京でもやってほしいものです。

 さて、この週末は、ナクソス島とこのセミラーミデ、間に挟まった土曜日は映画の“インフェルノ”まで見に行って充実した観劇週末でした。今週は、いよいよグルベローヴァのノルマとウィーンのワルキューレ、大作が続きます。

指揮:園田隆一郎
安藤赴美子(セミラーミデ)
妻屋秀和(アッスール)
中島郁子(アルサーチェ)
山本康寛(イドレーノ)
伊藤貴之(オーロエ)
伊藤晴(アゼーマ)
岡坂弘毅(ミトラーネ)
デニス・ヴィシュニャ(ニーノ王の亡霊)

朝岡聡(ナビゲーター)
管弦楽:藤沢市民交響楽団
合唱:藤沢市合唱連盟

 

 
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ナクソス島のアリアドネ(ウィーン国立歌劇場来日)

 いや、素晴らしかったです。久しぶりにオペラに、”持って行かれる“無我の境地を味わいました。昨日、10月28日のマチネ公演です。

 まずは、歌手が素晴らしい。カサロヴァとボータが抜けて若干心配をしていたが、作曲家のステファニー・ハウツィール、望外の出来!高めのメゾで表現力が見事。ストーリー上での富豪宅でのオペラ上演のやり方がどんどん変わることに対する苛々と怒りを体中で表す、理想を追求する若き作曲家が見事に表現され、上背もあって舞台での見栄えも実に良かったです。

 ツェルビネッタを演じたダニエラ・ファーリー、プロローグでは高音の抜けがやや足りないかなと思いましたが、1幕目のオペラ(ストーリーでの)が始まり、長大な難曲「偉大なる王女様」のコロラトゥーラは、本当に素晴らしかったです。声を中音に保ち、余裕たっぷりで高音を自在に操ります。色彩を感じる声でした。今までに聴いたデセイやグルベローヴァの歌い方とも違う、実に軽く洒落た歌い方。完全に魅了されました。

 急逝したヨハン・ボータの代わりに出演したステファン・グールド。つい先週まで、新国立でジークムントを歌っていて、これも素晴らしく、ヘルデンテノールとしての評判を確立した感じがありますが、昨日のバッカスも存在感抜群。輝きがあり、締まった高音が神々しかったです。まさに聞き惚れる美声。オペラの終盤で、バッカスを死に神と間違えているアリアドネとのやりとりは、トリスタンとイゾルデを思わせる圧巻な迫力がありました。

 アリアドネのグン=ブリット・バークミンは、重みと張りがあり声量を感じさせるソプラノで、ツェルビネッタと好対照のソプラノで、とても良かった。特にプリマドンナとアリアドネの切り替えが見事でした。

 さすがウィーン歌劇場だなぁと思ったのは、脇役の歌手も皆素晴らしかったこと。執事長のハンス・ペーター・カンメラーは、実にピリッと効いた役作りをしていて、プロローグ初めの音楽教師、マルクス・アイヒェとのやりとりには緊迫感も感じられて、冒頭からこのオペラの魅力がはじけ散って来ました。また、水の精、木の精、山びこの女声の三重唱、ハルレキン、スカラムッチョ、 トルファルディン、ブリゲッラの道化4人衆が「ハイッ、ハイッ」と歌ってアリアドネを元気付ける歌唱なども、本当に素晴らしかったです。合唱のないオペラなので、出演者全員の歌唱レベルが高くないと聴衆の陶酔感が途切れてしまうと思うのですが、そんなことが全くありませんでした。

 そして、マレク・ヤノフスキの指揮も極上でした。プロローグの序曲では、ややあっさりしすぎかなと感じましたが、オペラが進むに連れて、弦の音がまるで弦楽四重奏のように研ぎ澄まされて聞こえ、30数人の小オーケストラを指先で自在に操っているのがわかりました。特に1幕オペラの序曲の精緻で水晶の玉をのぞき込むような透明な音には感激しました。ベームやシノーポリのドラマ性の高い音作りとは違った、「新しい」ナクソス島の音という感じがしました。歌手の声の使い方、特にツェルビネッタ、、の歌唱とオケは素晴らしく合っていてして、リヒャルト・ストラウスの世界を作り上げていました。世紀末の退廃的で洒落た美しさ。クリムトの金箔を貼った絵の世界ですね。

 演出もとても良かったです。特に舞台に天井までガラス窓をしつらえ、その外にウィーン郊外の森が見え、その小道を通って楽団が入場してくる最初のシーン、そして最後までその森を少し見え隠れさせているのも素敵でした。舞台上に観客席をしつらえるのは、二期会の舞台でも見た覚えがありますが、このオペラの二重構成を観客に常に感じさせる効果的な設定でした。

 いつも、このオペラを聴いていて思うのですが、各所にワーグナーのパロディ的なところがありますね。前述した「死」をめぐるアリアドネとバッカスのやりとりや洞窟をモチーフにしたところなどは、トリスタンとイゾルデ、3人の木の精はラインの黄金のノルンを連想させ、プロローグでのティンパニの使い方はファーゾルとファーフナーの登場そのものに感じられます。

 このあと、来月には同じウィーンの来日公演でのワルキューレ、二期会のナクソス島に行きますので、10-11月はワーグナーとリヒャルト・ストラウスの2作を堪能できます。ただ、ワルキューレは体調を整えていかないと疲れますね。

 ともあれ、昨日のナクソス島、今年の国内の公演の中でも一番感激したと言っても良いと思います。ヤノフスキの指揮など、評価はちょっと分かれそうな気もしますが、僕は大満足でした。

 


指揮:マレク・ヤノフスキ
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ

執事長:ハンス・ペーター・カンメラー
音楽教師:マルクス・アイヒェ
作曲家:ステファニー・ハウツィール
テノール歌手/バッカス:ステファン・グールド
士官:オレグ・ザリツキー
舞踊教師:ノルベルト・エルンスト
かつら師:ウォルフラム・イゴール・デルントル
下僕:アレクサンドル・モイシュク
ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー
プリマドンナ/アリアドネ:グン=ブリット・バークミン
ハルレキン:ラファエル・フィンガーロス
スカラムッチョ:カルロス・オスナ
トルファルディン:ウォルフガング・バンクル
ブリゲッラ:ジョゼフ・デニス
水の精:マリア・ナザーロワ
木の精:ウルリケ・ヘルツェル
山びこ:ローレン・ミシェル

ウィーン国立歌劇場管弦楽団  

ピアノ: クリスティン・オカールンド

新国立劇場バレエ研修所発表公演

 10月23日、新国立劇場バレエ研修所、第12期生、第13期生の発表公演、”オータム・コンサート2016”に行ってきました。当日の午前中に、思い立ってチケットを取ったのですが、最後の3席のうちの1席が取れました。オペラ研修所の公演もそうですが、研修生の家族や先輩、後輩などが詰めかけるので、すぐに満席になってしまうのでしょう。

 中劇場で行われた公演は、休憩も入れて2時間でしたが、とても充実した内容でした。プログラムは次の通り。

『パキータ』より グラン・パ・クラシック
パキータ :関 優奈
リュシアン:芳賀 望(ゲスト)
ヴァリエーションⅠ:中島春菜
ヴァリエーションⅡ:丸山さくら
ヴァリエーションⅢ:赤井綾乃

キャラクター・ダンス レッスン (ピアノ演奏:吉田育英)
研修生

自作自演作品
『desire』 赤井綾乃 音楽:H.ジマー「Discombobulate」
『Resistance of ERASER』横山柊子 音楽:B.バルトーク「コントラスツ」第1楽章ヴェルグンコシュ
『葛藤』渡邊拓朗 音楽:A.コレッリ「ヴァイオリン・ソナタ第7番ニ短調」第4楽章

『白鳥の湖』第3幕より 王子のヴァリエーション  佐藤 鴻

『コッペリア』より パ・ド・ドゥ 杉山澄華
江本 拓(ゲスト 新国立劇場バレエ団登録ファースト・ソリスト)

『ラ・バヤデール』第2幕より パ・ダクション
ガムザッティ:横山柊子ソロル :渡邊拓朗


司 会 :小比類巻 諒介(演劇研修所第11期生)

 ソロで踊ったダンサーは、技術的には、既に充分なものを身につけていると思いました。フェッテなども素晴らしいものでした。あとは、表現力をどのように自分なりに付けていくのか、、まだ若いので、これから伸びしろがいくらでもあるように思います。パキータを踊った関さん、スター性がありますね。素敵でした。自作自演での渡邊さん、鋭い動きで空間を切り裂くような感じがありました。

 今月はオペラでは、昭和音大のコジ・ファン・トゥッテ、そしてこの新国立の研修所公演と、若手の練習を積んだ素晴らしい発表を見て、実に良い気分です。ちなみに、この公演は全席指定で\2,160-、すごいマネー・フォー・ヴァリューです!
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ベートーヴェン交響曲第五番他 by 東フィル

 10月19日のオペラシティでのコンサートに行ってきました。10月に突如発表された、アンドレア・バッティストーニの東フィルの首席指揮者就任。いつかそうなるだろうなとは思っていましたが、けっこう早かったですね。まあ、年に3回ほどは日本に来ていますし、東フィルも空席だったこのポジションをバッティに預けたのは賢明な判断だったと思います。

 この日の演奏は、ヴェルディの歌劇 “ルイーザ・ミラー“の序曲から。これは素晴らしかったです。音の立ち上がりが鋭く、全体に塊感があり、序々に盛り上げて行って、オペラの1幕にめがけて流れ込むような勢いのある音楽に仕上がっていました。前に聴いたレンゼッティの研ぎ澄ましたような指揮、コンロンの豊穣な音とも全く違ったものでしたが、演奏が終わった後に、全幕を聴きたくてしかたなくなりました。(オペラの序曲は、それだけを演奏しても、聴くものを全幕に誘い込むような魅力がなければいけないと思います。)(来年9月にはオテロを演奏会形式でやるそうです。これも楽しみですね。

 さて続く、歌劇 “マクベス“からの舞曲にも魅了されました。魔女たちが踊る蠱惑的で美しい情景が目にうかぶような指揮ぶり。前回聴いたのが、昨年のガッティの指揮ですが、いやずいぶん違うものです。ガッティの指揮は重厚で、舞台のおどろおどろしさを良く表現していましたが、バッティストーニの指揮では、テンポ感があり、なまめかしさ(あるいは色っぽさ?)がとても良く出ていました。バッティストーニが芸術監督を務めるジェノヴァのカルロ・フェリーチェのオケとのCDに納められた同曲に比べても、この”なまめかしさ“が曲を支配して魅力的です。おそらく、これは東フィルの音が、カルロ・フェリーチェのオケに比べて締まって、精妙な音を出しているからではないかと思うのです。今や東フィルは世界のベスト10に入るオーケストラ、バッティストーニの音を体現するには最強のオケだと思います。いずれにしろ、この2つの序曲を聴いてみて、やはりバッティストーニのヴェルディは凄い!と思わざるを得ませんでした。

 続く、ロッシーニの “ウィリアム・テル”序曲も、最初の「夜明け」から最終章の「スイス軍の行進」にむけて、壮絶に盛り上がって行きました。数年前にムーティとジェルメッティの指揮を聴いたきりなので、ひさびさにワクワクした気分で聴きましたが、僕の脳内イメージ的には「ローン・レンジャー」感が強すぎて、前2曲ほどの感激はしませんでした。どうせなら「運命の力」か、「椿姫」の序曲(両方ともカルロ・フェリーチェでやっている)を持ってきて欲しかったなどと思いました。それだと、ヴェルディばかりになりますが。。。

 さて、休憩を挟んでのベートーヴェンの第五番「運命」。実にイタリアンなフルーティーな「運命」でした。開始部の「ジャジャジャジャーン」の速くて軽いこと!まずは聴衆にインパクトを与えようという意図さえも感じられました。ヴェルディの序曲の後で聴いても、違和感のないような指揮ぶり。個人的にはとてもおもしろかったし大満足でしたが、ベートーヴェン聴きの人々にとってはどうだったのでしょうか?感想を聞きたくなりました。ところで、この交響曲を「運命」と呼んでいるのは日本だけだそうです。プログラムに書いてありましたが、知りませんでした。

 盛大な拍手が続く中、アンコールに選んだのは、近々振る予定というラスマニノフのナンバーからヴォカリーズ。これも実にイタリアっぽく味付けられていました。バッティストーニの繊細さが出ていて素敵でした。実際、彼の「椿姫」の序曲などは、CD (ここから試聴できます。)で聴く限りは、ジュリーニの指揮のように繊細でゆったりしています。「鳴らす」バッティというのが聴衆のイメージでしょうが、繊細な指揮もこれからは聴いてみたいと思いました。

第105回東京オペラシティ定期シリーズ
2016年10月19日(水) 19:00 開演
東京オペラシティコンサートホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ヴェルディ/歌劇『ルイザ・ミラー』序曲
ヴェルディ/歌劇『マクベス』より舞曲
ロッシーニ/歌劇『ウィリアム・テル』序曲
ベートーヴェン/交響曲第5番『運命』

エフゲニー・オネーギン by マリインスキーオペラ

 10月15日最終日の公演に行ってきました。大満足の一言に尽きます。

 なんと言っても、ゲルギエフのチャイコフスキーが素晴らしかったです。ドン・カルロではなんとなく不鮮明な音、強弱が付きすぎて歌唱を邪魔する場面などが気になりましたが、オネーギンは素晴らしかった。チャイコフスキーの濃縮果汁を更に搾ったような音が聴けました。時には交響曲、時にはセレナーデ、時にはバレエ曲。切れ味良く、且つ緻密で、重厚感に溢れながら重すぎず……。特に第三幕のポロネーズは、良く知られた曲ですが、見事な様式感に溢れて立体的なオケの音に圧倒されました。やはり、ロシア人の巨匠がチャイコフスキーを振るとこうなるんですね。余談ですが、ゲルギエフはマリインスキーバレエの指揮も良く振っています。

 最終日のチケットを取ったのは、この数年聴くたびに良くなっているテノールのコルチャックを狙ったのですが、見事に期待に応えてくれました。新国立の“ウェルテル”やパルマの“真珠取り”でも一途な若者の嘆きをその甘い声で良く表現していましたが、この日も熱い血がたぎるレンスキーにぴったり。2幕目で、レンスキーがオネーギンとの決闘の前に歌うアリア「我が青春の輝ける日々よ」は、今回のプログラムにも「ロシア・オペラの中で最も美しいアリア」と書かれてありますが、イタリアのアリアには無い、チャイコフスキーならではの詩的な旋律、そして何より決闘を前にして既に死を予測しているレンスキーの悲しい歌いが涙を誘います。こういう歌の心理表現、コルチャックうまいですねぇ。

 オネーギンはこの日だけ歌った、ロマン・ブルデンコ。ロシアのバリトンとしては、やや高めでノーブルな声。オネーギンの高貴さと人を小馬鹿にしたような雰囲気を実に良く出していました。声にやや熟成しきっていない”青い”感じがありましたが、これが同様に”青い”オネーギンに良くあっていたと思います。この役は舞台に立っているだけで、そういう雰囲気を出す存在感が必要だと思いますが、彼は上背もあり、背骨がすくっと伸びて”まさにオネーギン”だったと思います。

 タチヤーナのエカテリーナ・ゴンチャロワは前半やや表情も歌も堅く、緊張している感じがしましたが、公爵の妻となって歌う三幕目は実に素敵でした。オネーギンの求愛に苦しみながらの二重唱は圧巻。この時のオケがまた素晴らしく歌手たちを盛り上げていました。

 演出はクラシックでシンプルなものでしたが、最初の収穫の場面で大量のリンゴが舞台上に転がっているのが印象的でした。METのカーセンの演出(これも指揮はゲルギエフ)では、リンゴではなく大量の枯れ葉がちりばめられていましたが、イメージ的には似ている感じです。ポロネーズで始まる第三幕のペテルブルグでの夜会のシーンは、チャイコフスキーが、このオペラの演じられる条件のひとつとした「時代考証のしっかりした演出と衣装(プログラムより)」をそのまま体現した、非常に美しい舞台美術が光りました。歌手たちはドン・カルロの時と同様に、あまり演技らしい動きはなく、正面を向いて歌うというクラシックなスタイルでしたが、良い歌手の良い声を聴けるという点では満足がいきました。

 このオペラを生で見るのは3回目なのですが、実はバレエではオペラの第三幕目をジョン・クランコの振り付けによって「寝室のパ・ド・ドウ」としたプロダクションを何度も見ています。一番印象に残っているのはパリオペラ座のマニュエル・ルグリとモニカ・ルディエールのコンビによるもの。その最後は今回のオペラの最後と同様にオネーギンがタチアーナから駆けて去って行くのですが、オペラの三幕目を聴きながら、バレエのシーンと目の前のオペラの舞台が重なって非常に感動しました。(あまりオペラ鑑賞のしかたとしては褒められないですね。)今回の舞台では最後にオネーギンが深い霧の中に消えていくという演出。とても良かったです。

 マリインスキーの演目を2つ見ましたが、”ドン・カルロ“はフルラネット一座という感じで、彼のバスボイスに圧倒されました。それ以外はあまり印象に残らなかったという感じです。いっぽうの”エフゲニー・オネーギン“はオペラとして素晴らしく良く仕上がっていて、全体としてはこちらのほうが良かったと思います。

この2週間で、ワーグナー、モーツァルト、ヴェルディ、チャイコフスキーと4つのオペラを聴く機会に恵まれましたが、比較をするとなかなかおもしろいものです。今週は水曜日にアンドレア・バッティストーニのヴェルディとロッシーニの序曲とベートーヴェンの5番。これも楽しみです。

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演出:アレクセイ・ステパニュク
舞台美術:アレクサンドル・オルロフ
衣装:イリーナ・チェレドニコワ
照明:アレクサンドル・シヴァエフ
オネーギン:ロマン・ブルデンコ
タチヤーナ:エカテリーナ・ゴンチャロワ
レンスキー:ディミトリー・コルチャック
オルガ:ユリア・マトーチュキナ
ラーリナ夫人:スヴェトラーナ・フォルコヴァ
フィリーピエヴナ:エレーナ・ヴィトマン
グレーミン公爵:エドワルド・ツァンガ

ドン・カルロ by マリインスキーオペラ

10月10日の初日に行ってきました。エフゲニー・オネーギンはチケットを取っていたのですが、ドン・カルロのほうは都合が付かずにあきらめていたのが、急に行けることになって、当日券のA席を奮発しましたが、良い席が取れました。

 この日の目当ては何と言ってもフィリポ2世を歌う、フェルッチョ・フルラネットです。今迄、ヴェルディばかり3作(シモンのフィエスコ、エルナーニのシルヴァ、レクイエム)で聴いていますが、その美しく軽く、しかし腹に響いて別世界をもたらしてくれる低音は、現在最高のバスだと思います。

 一幕目、カルロ、ロドリーゴ、エボリ、エリザベッタと登場してきて、「さすが、マリインスキー、レベルの高い歌手を揃えたな。」と思って聴いているところに、フィリポ登場。フランドルから帰ってきたロドリーゴとのやりとりになりますが、ここで、フルラネットの歌手としてのレベルが格段に上なのが、はっきりわかってしまいます。すなわち、他の歌手の影がやや薄くなってしまうのです。厚いベルベットの上を流れてくるような、あるいは素晴らしいオーボエが命を得て、その楽器自体が歌うような、そんな声です。過去に聴いたどの役よりも、フィリポを歌ったこの日のフルラネットは良かったです。Bravissimo!! フルラネットがこのオペラとフィリポのことをどれだけ研究しているかなどが、オーストラリアの音楽誌「ライムライト」にインタビューされています。

http://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=2264

 為政者として、夫として、父として、そして宗教裁判長と対峙するものとしての苦悩が、彼の声の中にすべて込められています。3幕目冒頭の「一人寂しく眠ろう」は圧巻ですが、それに続く宗教裁判長とのやりとりは息を継ぐ間もない緊張感に覆われます。ただ、この凄まじくも美しいバスとバスの二重唱でも、フルラネットが、宗教裁判長役のミハイル・ペトレンコを圧倒してしまっていました。ペトレンコも決して悪くはないのですが、フルラネットの相手をするにはやや力不足です。ここはコロンバラかペトゥルージあたりが出てきたら良かったなぁと思わざるえませんでした。

 歌手の中ではタイトルロールのヨンフン・リーがなかなか良かったです。「カウフマンの代役」とはもう言わせないという歌いっぷりでした。5年前のMET来日で、その代役でカルロを聴いた時とは比べものにならないくらいうまくなっていました。甘さと輝きのあるイタリアンテノールで、上背もあるしイケメン。女性ファンが多そうです。ただ、やや声を振り回し過ぎる感じがあります。もう少しコントロールして歌えるようになるともっと良くなるような気がしました。あとは、カーテンコールでのお辞儀があまりにも長過ぎだったのがちょっと気になりました。

 エボリ公女のユリア・マトーチュキナも表現力のある素晴らしい声でした。中低音部でエボリの暗い部分を出していたのが良かったと思います。エリザベッタのヴィクトリア・ヤストレボヴァは、カーテンコールで最も拍手が少なかったですが、個人的には充分良かったと思います。多分、この役にはリリコからスピントの声のほうが、聴衆には受けると思うのです。しかし、彼女はどちらかと言うとリリコ・レッジェーロ。か細く、声量が無いように聞こえたのだと思いますが、高音での表現力は素晴らしく、フリットリを思わせるようでした。5年前のMETの(どうしても比べてしまう、、そのくらいショックが大きかったです。)ポブラフスカヤよりもずっと良かったと思います。特にリーとの二重唱は、「若い恋人たち」という感じが出ていて素敵でした。

 ポーザ候ロドリーゴを歌ったアレクセイ・マルコフは、声にイタリアっぽい明るさが無く、ややモゴモゴした感じでした。でも彼はBravo多かったですね。音程もやや危なかった感じがしますが、後半は頑張っていました。

 いずれにしろ、最初に言ったように、フルラネットのレベルから他の歌手を見てしまうと、皆、「そこそこ...」ということになるので、このブログも書きにくいです。この日のフルラネットの体験は、僕にとって3大オペラ体験のひとつになったと思います。(あとの二つはザルツブルグでのアントニーニ、バルトリの“ノルマ”、チューリッヒでのリッツィ、ヌッチの”シモン・ボッカネグラ“です。)

 さて、ゲルギエフの指揮ですが、1幕、2幕目は押さえていたというか、いまひとつ音の輪郭がはっきりと出てこない感じがありました。しかし2回目の休憩後の3幕、4幕は巨匠ゲルギエフならではの、山の峰が立ち上がったような鋭い音で迷いが吹っ切れた感じでした。ただ、3幕目の王と裁判長のやりとりの場面などは、強弱が強すぎてしかも重すぎる感じがします。ドン・カルロは5-6回見ていますが、そのうち2回はファビオ・ルイージの指揮で、彼の指揮のほうが重く無いと思いますし、ヴェルディっぽいと感じます。しかし、これも好みでしょうね。ゲルギエフはこうでなくっちゃという感じもありますし。。。

 演出は、マリインスキーが本拠地でやっているものよりも簡素化されていましたが、秀逸だったと思います。特に2幕目の大聖堂の広場の噴水の近くという設定で緑の芝(?)が風になびくところが美しかったです。ここで使った斜めの舞台を3幕目でも生かしていて、コストはかけていないけどとても満足な演出でした。プロジェクションマッピングでの舞台美術もやり過ぎでなくて、洒落ていて、しかも演出の意図が明確にわかりました。この演出は、去年のシャンゼリゼ劇場での"マクベス”(ガッティ指揮)の時のマリオ・マルトーネの演出にそっくりでした。ロイヤルオペラのドン・ジョヴァンニにも使われていましたので、今、欧州では流行の演出なんでしょうね。日本の公演でももっと使ってもいいような気がします。

 この日の公演は、4幕のイタリア語版(ミラノ版)で演じられました。上野に行く電車の中で5幕版の1幕目のフォンテンブローの森のシーンだけiPadで見て、時間的経過を作為的に体内蓄積しておきました。やはりあのシーンがあったほうが、劇としては自然ですね。しかし、音楽的には4幕版が圧倒的に緊張感があって完成度が高いです。お尻も痛くならないですし。

 この日は、ほぼ満席。ヴェルディ作品の中でも人気のある”ドン・カルロ“ですが、多くの歌手を集めなくてはならず、日本での公演回数もそれほど多くないので、この公演を楽しみにしていた方も多かったのでしょう。色々と言いましたが、総合的にはとても良かったです。大満足!今や海外からオペラを呼べるプロモーターも少なくなりましたが、ジャパンアーツさん、頑張ってくださいね。

指揮 ワレリー・ゲルギエフ
マリインスキー歌劇場管弦楽団&合唱団
演出 ファビオ・チェルスティッチ

キャスト
フィリポ2世    フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ   ヨンフン・リー
ロドリーゴ    アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長    ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ   ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女    ユリア・マト―チュキナ
王室の布告者   エフゲニー・アフメドフ
天からの声    エカテリーナ・ゴンチャロフ
修道士      ユーリー・ヴォロビエフ

コジファントゥッテ@テアトロ・ジーリオ・ショウワ

 昭和音楽大学の今年度のオペラ公演はコジファントゥッテ。昨年のフィガロの結婚に続くダ・ポンテ作品です。そうすると来年は“ドン・ジョヴァンニ”かな?などと思ってしまいますね。

 今年も昨年同様に上海音楽学院との共同プロジェクトです。この日(10月9日、8日は別キャスト)の歌手には陳大帥さんがフェランドで、蘇栄娜さんがトラベッラで出演していました。まず、この陳大帥さんが素晴らしい。甘いテノールで高音まですくっと立ち上がる美声です。声量も充分。グリエルモの市川宥一郎も陳さんに負けず劣らずの美声で、表現力豊かです。そしてこの二人の演技の“乗り”がすごい!ブッファはこうでなくちゃ!と思わされました。陳さんはまだ大学院生、二人ともこれからどんどんうまくなるでしょう。名前覚えておきます。

 女声では、デスピーナの中畑有美子さんが出色でした。一幕目はやや緊張して堅い感じでしたが、二幕目では、まさにスブレット(利口な小間使い役の総称)冥利につきるという感じで、キュートな歌声を披露しました。

 フィオルディリージの中村芽吹さん、ドン・アルフォンソの田中大揮さん、ドラベッラの蘇栄娜さんも、レッジェロな良い声を持っています。蘇さんは技巧は素晴らしいですが、早くに固まってしまわないで、どんどん伸びていって欲しいと思いました。

 とにかく、この若い歌手たちは、舞台上で実に楽しそうに歌ってい、はずんで演技していました。合唱団も踊るような動き!まさしく出演者全員が、コジファントゥッテの役柄になりきっている感じで、本当に好感が持てました。

 そして指揮の大勝秀也マエストロは、ともすれば慎重になりがちな学生のオケを励ます感じで音を膨らませて行きます。昨年のフィガロの時のムーハイ・タンさんが、「俺についてこい!」という感じの指揮をしていたのとは、(見事に学生がついて行きました)好対照です。歌手に添い、応援する感じの演奏。一幕目終わりの6重唱は、歌も演奏も本当に素晴らしかった。大変な練習量をこなして、この舞台にのぞんでいるそうですが、それだけのことはあります。最後のカーテンコールの時にライトが当たったピット内のオケのみんなの若いこと!自分たちの出来がどうだったのか、とちょっと不安そうな顔をしていましたが、拍手喝采!!プロの批評家の方も「名演」とおっしゃっていましたよ!

 マルコ・ガンディーニの演出と、イタロ・グラッシの美術のコンビはこの劇場ではおなじみのもので、僕は3年前の「オベルト」から見ていますが、今回もイタリア的な「美術感」がたっぷり。舞台を3等分して一番左の部分はドン・アルフォンソの研究室、右側の2/3はテラコッタの壁を模した二重幕になっており、これが上がるとダヴィンチのような線描画が現れてきます。一幕目では大きな手が赤いバラを持ち、それを雉がしたから眺めるというおもしろいもの。まるでミラノのブレラ美術館かアンブロジアナ美術館の中に入ったような気分です。洒落ていますね。

 新国立のミキエレット演出の”キャンピング・コジ“も良いですが、今日の昭和音大のように、本来のブッファの良さをそのまま出して、シンプルだけどお洒落に演出し、若い人が歌い演奏するコジもとても良いです。

 昭和音大のオペラを聴いて帰る時はいつも格別に良い気分です。。僕たちの年代がこの世から消えた後も、オペラをしっかりと背負って、より素晴らしいものにしてくれる若者が着実に育っていることを、素晴らしい劇場で体験できるという幸せですね。できれば年に2回くらいやってほしいというのが本音。

 それにしても、この新百合ヶ丘近辺に住んでいらっしゃる方はラッキーですね。オペラ劇場のある小都市(中都市か?)なんて、イタリア以外ではなかなか無いですから。

 さあ、明日はマリインスキーのドン・カルロです。

指揮:大勝 秀也
演出:マルコ・ガンディーニ
管弦楽:昭和音楽大学管弦楽団
合唱:昭和音楽大学合唱団
フィオルディリージ/中村芽吹
ドラベッラ/蘇栄娜★
デスピーナ/中畑有美子
フェランド/陳大帥★
グリエルモ/市川宥一郎
ドン・アルフォンソ/田中大揮
★・・・上海音楽院より招聘

新国立”ワルキューレ”初日

 去年に続いて、リングでシーズンオープンをした新国立劇場に、初日の10月2日に行ってきました。昨年からそれまでのキース・ウォーナーの”トーキョー・リング“から、ゲッツ・フリードリッヒのフィンランド国立歌劇場版の演出に変わったのですが、正直、去年の”ラインの黄金”の”トンネル・リング“にはちょっとがっかりしました。トンネルや、二段舞台など装置にお金はかかっていたのですが、その意図が不明という印象だったのです。

 それに比べると、同じフリードリッヒの演出でも、このワルキューレはかなりまともだったと思います。1幕目の箱を斜めにした空間と3幕目のキャバレー(ラインの黄金でもそういうところありましたね)のようなワルハラ病棟は、諸手を挙げて歓迎するわけにいきませんが、2幕目の赤く奥深く続く道と、廻り舞台でジークリンデが疲れて休む茂み(?)と岩壁のあたりはとても良くできていて、ジークムントと二人で逃避行をしている感じが出ていました。それでも、やはり僕は個人的にはトーキョー・リングの先進性が好きです。あの無機質なワルハラの病院、パウル・クレーの矢印のようなマークが、色々な想像をかき立ててくれました。

 さて、この日は初日ということで、オケも歌手もやや堅さが感じられましたが、良い意味でびっくりしたのは、ジークムントのステファン・グールド、もう何度も聴いていますが、今迄で一番良かったと思います。もともとそんなに声量があるほうではありませんが、輝きが増した声質になった感じ。声を良くコントロールして大音量から弱音までを表現力豊かに聴かせます。今月末のウィーン歌劇場の“ナクソス島のアリアドネ”のバッカス役に、急逝したヨハン・ボータの代わりにピックアップされましたが、なんか乗っている感じですね。満足です。そして、フリッカ役の新国立ではおなじみのエレナ・ツィトコーワも素晴らしかったです。過去にフリッカを歌った時に比べても、余裕たっぷり。ヴォータンをいじめる表現がまあ憎たらしいこと!

 その他の歌手も概して良かったのですが、ヴォータンのグリア・グリムスレイは、やや声を作っているという感じが否めませんでした。ワーグナーの声に挑戦しているという感じで、ちょっとゆとりがないのです。また、低音も物足りなかったです。(ローゲを呼び出すところ、地底まで届かない感じ...) 去年までのユッカ・ライジネンのほうが良かったかなという印象です。僕のヴォータンのイメージが、ハンス・ホッターとジェームズ・モリスで作り上げられてしまっているせいもあるかもしれませんね。よりバリトンっぽいグリムスレイは今のヴォータンなのかもしれません。そして、ブリュンヒルデのイレーネ・テオリンは過去の“神々の黄昏”のブリュンヒルデでも圧倒的な存在感を見せていましたが、今回も歌がこちらの胸に突き刺さってくるような迫力がありました。2幕目、3幕目のヴォータンとのやりとりでは、完全に”勝って“いました。今後2作もブリュンヒルデは彼女でお願いしたいです。(と思いましたが、違うみたいですね。残念....)

 最もクエスチョンだったのが、指揮とオケです。昨年の「ラインの黄金」以上に不満感が残りました。まずは金管が薄い。ワルキューレで金管が響かなくてはどうしようもないと思います。ラインの黄金では、僕が行った公演ではこの金管がふにゃりましたが、今日は木管が第二幕で破綻しました。これはオケのせいですね。マエストロ飯守のワーグナーは、どれを聴いても歯切れが良いというか、ライトな感じで、それはそれで悪くないと思える時もあるのですが、この日のワルキューレは「重み」に欠けて、歌手に負けていました。ワルキューレでは演奏だけで「持って行かれる」魅力が期待されるのですが、それがなかったですね。これも、僕のワルキューレのベンチマークがフルトヴェングラーにあるからなのかもしれません。若い頃(でもないけれど)、強烈な印象で焼き付いた音楽の調べは、なかなかアップデートされないものなんです。

 この日、圧巻だったのは2幕目の前半でしょう。僕の大好きなところでもありますが、フリッカとヴォータンの長々と続く夫婦喧嘩。テオリンの迫力と表現力が素晴らしい。また、後半疲れが見えたヴォータンのグリムスレイもここはまずまず頑張っていました。演出も余計な仕掛けがなくて、歌に集中できました。

 この日、カーテンコールの時にマエストロにブーが出ていました。新国立で飯守さんにブーが飛ぶというのは珍しいのでは?そこまで悪いとは思いませんでしたが、2幕目の木管(多分オーボエ)の破綻は、冷や水を浴びせられたような感じがしましたから、そこへの不満もあったのでしょう。

 来月はウィーン国立歌劇場来日公演のワルキューレを聴きに行きます。ウィーンのワーグナーはショルティのCDしか聴いていないので相当に期待しています。(チケットも高いですし。。。)

指揮:飯守泰次郎
管弦楽:東京フルハーモニー交響楽団
演出:ゲッツ・フリードリヒ

ジークムント:ステファン・グールド
ヴォータン:グリア・グリムスレイ
ジークリンデ:ジョセフィーヌ・ウェーバー
ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン
フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
フンディング:アルベルト・ペーゼンドルファー

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