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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ポッペアの戴冠

 モンテヴェルディのバロックオペラ“ポッペアの戴冠”に、23日の祝日にオペラシティまで行ってきました。バロックオペラは、2015年にヴィヴァルディの“メッセニアの神託”を2回生で見たのと、DVDでデセイの“ジュリオ・チェーザレ”を見たくらい。

 いきなり結論ですが、“すごく”良かったです。とにかくおもしろかった。行く前に、けっこう予習をしていたのですが、あらすじが複雑で、正直良くわからなかったんです。しかし、実際公演で丁寧な字幕を目で追っていったら、話しの流れがしっかりとわかりました。現実のローマ皇帝ネロの話を土台にしているのですが、人間ドラマのドロドロとした様が、見事に美しい音楽でラップされています。とにかく、ストーリーが良く出来ています。ロマン主義のオペラの一般的なストーリーに比べても、けっこう複雑だと思うのですが、色々な要素がうまく絡み合って、不自然さがなく表わされています。

 野望を持って夫を替えて行く、ポッペア(実際の名前は、ポッパエア・サビナ)を演じるのは、森麻季。声量とアジリタにやや物足りないところはありましたが、蠱惑的な“魔性の女”を、実に品格のある声と演技で表現していました。リサイタルなどでしか聴いたことがなく、森麻季のオペラを聴くのは初めてでしたが、役になる切る力みたいなのがすごかったですね。Brava! しかし、何より素晴らしいと思ったのは、運命の神フォルトゥナと、武将オットーネに想いを寄せる侍女のドゥルジッラの二役を歌った、森谷真理。明るく輝く声に、装飾歌唱を美しく取り入れ、オットーネに対する思いの丈を歌い上げるところ、実に素敵で感動しました。ウィーンが活躍の場らしいですが、日本でももっと歌って欲しいです。皇帝ネッローネのレイチェル・ニコルズもなかなか良かったですが、もう少し強い感情表現が欲しかったと思います。バロック・オペラでは歌唱の技術を優先させて歌うと、感情表現が付いてこないことがあるのではと思います。その点、メッセニアの神託の、ユリア・レジネヴァは凄かったですね。

 哲学者セネカ(これも実在の人物)を歌った、バスのディングル・ヤンデルもシモンみたいで、魅力的な役柄を上手に演じていました。まだまだ、知らない良い歌手がたくさんいますね!皇后オッターヴィアの波多野睦美も彼女が登場すると舞台の色が変わるような華がありました。実際、彼女のドレスは白、ポッペアは赤、ドゥルジッラは黒と、衣装の色で性格表現をしています。また、演奏会形式とは言え、田尾下哲が舞台構成をしたので、通常のオペラと同等の演出の迫力がありました。

 バッハ・コレギウム・ジャパンを指揮した鈴木優人は、モンテヴェルディの優雅で微妙な音の美しさを見事に表現していました。台詞を字幕で読んでいると、その内容に連れて、メロディラインが変化していくのが実におもしろいんです。僕の席はC席で3階の横の席でしたので、ちょうど手すりが、字幕を横切ってしまい、首を傾けての観劇となりました。休憩40分を入れての4時間5分。首が痛くなりましたが、あっという間に終わりました。バロック・オペラ、もっと日本でやってほしいですね。

鈴木優人(指揮)
森麻季(ポッペア)
レイチェル・ニコルズ(ネローネ)
クリント・ファン・デア・リンデ(オットーネ)
波多野睦美(オッターヴィア)
森谷真理(フォルトゥナ/ドゥルジッラ)
澤江衣里(ヴィルトゥ)
小林沙羅(アモーレ)
藤木大地(アルナルタ/乳母)
櫻田亮(ルカーノ)
ディングル・ヤンデル(セネカ)
加耒徹(メルクーリオ)
松井亜希(ダミジェッラ)
清水梢(パッラーデ)
谷口洋介(兵士Ⅱ)

バッハ・コレギウム・ジャパン
田尾下哲(舞台構成)

 
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ディミトリー・ホロストフスキー逝去

ロシアのスーパースターバリトンの、ディミトリー・ホロストフスキー氏が55歳の若さで、22日朝ロンドンの自宅で家族に看取られながら、亡くなりました。「えー、まさか!」という感じ。2年半、脳腫瘍と闘ってきました。僕はサンフランシスコで「シモン・ボッカネグラ」を聞いたのが最後か。。。あー、残念です。ただ、ご冥福をお祈りします。合掌。

https://www.facebook.com/Hvorostovsky/

“ノルマ”METライブビューイング

 いよいよ、METライブビューイングの2017-2018シーズンが日本にもやって来ました。僕は、この「オペラを映画館で見せる」というのには、どうも抵抗があって、今まで見に行った作品は2つか3つくらいです。大きな画面で、こちらが見るところを編集で指定されてしまうというのが、我が儘な性格に合わないようです。8Kとかになれば、映画館でも双眼鏡で見られるような感じになるのでしょうけど。。。不思議と小さな画面でDVDなどで見ていると、さほど気にならないのですが。

 とは言うものの、今シーズンは「ノルマ」と「ルイーザ・ミラー」は見逃せないなと思って、先日、東劇に行ってきました。「ノルマ」の生での鑑賞回数は、さすがに少なくて、過去には、2013年のザルツブルグの公演(バルトリ)、と今年の日生劇場でのデヴィーアの公演(2回)くらいです。あ、昨年のグルベローヴァの公演も行きましたが、これは悲しい結果になったので、回数に入りませんね。

 さて、今回のMETの公演はタイトルロールのソンドラ・ラドヴァノフスキーが、まずは注目。この人も生では聴いたことがありませんが、METでは2015-2016のシーズンで、ドニゼッティの「女王三部作」をすべて歌ったという強者。そして、昨今はフランスオペラにも進出している、メゾのスター、ジョイス・ディドナート。しかも指揮者は、僕の大好きなカルロ・リッツィなので、これを見逃す手はありませんでした。

 リッツィの指揮は、現代の「ノルマ」の音のデファクト・スタンダードとも言える、ピリオド楽器っぽい、切れの良い序曲で始まります。50年代のセラフィンの指揮(カラスがタイトルロール)のような、豊穣な音とは全く違います。しかし、リッツィはベッリーニの蠱惑的な音楽を、見事に響かせます。彼は音の中に自分の感情を込めるのがとても旨い。シモン・ボッカネグラなどでも、本当に独特の「泣かせる」音を出しますね。このMETの公演、ともすれば、歌手と舞台美術に話題が行きがちですが、リッツィの指揮あっての成功だと思います。

 ただ、一幕目は、ラドヴァノフスキーもポリオーネのジョセフ・カレーヤも喉が温まっていないのか、やや音がぶら下がります。(僕の耳が悪いのかもしれませんが。。。)Casta Divaも、今ひとつ迫力に欠けました。それでも、1幕目中盤あたり、アダルジーザが出てくるところからは、素晴らしい声を聴かせてくれました。二人の女声の重唱がこのオペラの魅力の大きな部分ですが、これは大満足です。しかし、おもしろいと思うのは、原曲ではソプラノとソプラノで歌われたこの2人が、METではソプラノのノルマとメゾのアダルジーザで歌われていて、一方のザルツブルグではノルマはメゾのバルトリで、アダルジーザはソプラノのレベッカ・オルヴェーラが歌ったという、逆の配置(?)になっていることです。過去のコンビで、素晴らしいと思っているジョーン・サザーランドとマリリン・ホーンはソプラノとメゾです。やはり、現在はこれが普通で、バルトリの場合は例外と言えるかもしれません。

 アダルジーザのディドナート、とても良かったですね。コロラトゥーラの多い演目ではないのですが、ところどころ装飾歌唱をするのが、グッと来ました。この人も生で聴いたことがないんですよね。ロッシーニ聴きたいなぁ。ヨーロッパは毎年1-2回行くのですが、METはせいぜい6-7年に一回。ですので、MET中心に活躍している歌手はなかなか聴けないんです。ニューヨークは遠いし、フライトも宿も高いし、なかなか行けませんね。

 歌手の中で、やや期待はずれだったのは、ポリオーネのジョセフ・カレーヤ。良い声なんですが、なんか歌いっぱなしという感じで、陰影がありません。本人も幕間のインタビューで言っていたように、「女たらし」な役柄を意識していたようなので、意識してそういう歌い方をしているのかと思いますが、ポリオーネには彼なりに真剣で悩みもあったはず。これは、ヴェルディ協会の理事のTさんが、フェイスブックでも言っていたことですが、痛く同意しました。その点では、ザルツブルグでのジョン・オズボーンのほうがずっと良かったですね。このことを、一緒に行った家内に話すと、「二人に同じ口説き文句使ってたし、ただの女垂らしよ。」と切り捨てられました。

 演出は、5つの舞台を上下左右から出現させて、すごいスペクタクル!歌手達も素晴らしい演技力を見せているのは、映画ならではのアップで良くわかりました。

 休憩入れて3時間半の公演、あっという間に終わった感じです。ただ、やはり、正直、生のバルトリ、生のデヴィーアの公演にはかなわなかたかなぁというのが、本音です。ところで、今回のライブ・ビューイングのプログラム、\1,440ですが、内容がすごく充実しています。大きさもヨーロッパの歌劇場のプログラムのサイズ。写真も美しく、内容も読み応えあります。是非、お求め下さい。


指揮:カルロ・リッツィ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
出演:ソンドラ・ラドヴァノフスキー、ジョイス・ディドナート、ジョセフ・カレーヤ、マシュー・ローズ

静かなラ・トラヴィアータ(椿姫)

 このプロダクションは新国立劇場で3回目になりますが、いつもながら上質な公演でした。指揮のリカルド・フリッツァは、同じ新国立のオテロで2009年に聴いた時はあまり良い印象ではありませんでした。とにかく音が大きかった。でも、この日のトラヴィアータは、総じて「静か」なんです。そしてこの静かさに、品がある。静かなんだけど、指揮棒の先からは色々なニュアンスが流れ出てきます。緩急をつけるのも、本当に僅かなところ。特に歌唱の大事な部分で、ほんのちょっと音を延ばすところなど、歌手と綿密な打ち合わせと稽古をしたと思いますが、実に優雅な感じを醸し出して素敵でした。30分の休憩を除いて2時間25分くらいの上演時間でしたので、カット部分が殆ど無いことを考えると、割と早いテンポで進んだと思います。そのせいか、一幕目はやや歌手を引っ張りすぎている感じがあり、ルングと合唱がついて来れないところがありました。しかし、2幕以降は、このテンポと歌唱がぴったりとあって見事。ただ、インテンポな指揮に歌が合っているのではなく、緩急あっての「合い」。それも指揮者が歌手に寄り添うのでなく、指揮者が引っ張る感じで、聴いていてとても楽しくなりました。

 そして、もうひとつの「静かさ」の効果は、音楽評論家のKさんによると、フリッツアへのインタビューで、フリッツァが「1950年代趣味から脱する。」と語っていたそうですが、まさしく、それが良くわかりました。2幕目の”morro!”のところも、机をひっぱたいたりしないし、”Amami Alfredo”のところも、オケの低音をドロドロと鳴らさないで、すーっと行く。スカラ座の天井桟敷にいる高齢のオペラファンだったらブーイングかもしれませんが、とても新しい感じがして良かったです。“プロヴァンスの海と陸”のあとも、ジェルモンはアルフレードをひっぱたかないんですね。あくまでも「静か」

 このオペラは、最初に、ヴィオレッタのモデルになった、アルフォンシーヌ・プレシのモンマルトル墓地の墓碑の言葉から始まります。最後まで、ヴィオレッタの亡くなった後、彼女自身が回想するような構成ですから、こういう冷静な感じの流れのほうが、心を打ちます。ブサールの演出の3幕目では、ヴィレッタだけが紗幕の前でくっきりと舞台上に見え、アルフレード、ジェルモン、アンニーナ、グランヴィル医師達は、皆、紗幕の後ろでかすみます。これは、もう、ヴィオレッタは亡くなってしまっているのだと強く思います。いわば“シックス・センス”の世界ですね。だからこそ、最後でヴィオレッタは倒れて死んでいくのではなく、そのまま胸をはって歩き去るのです。

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2015年に筆者が墓参りに訪れた、プレシの墓


 そして、これは私のオペラ友人、先輩の見方でもありますが、全幕を通じて舞台の真ん中にあり、最後にはその紗幕を分ける位置に置かれたグランドピアノは、ヴィオレッタが実際の人生で最後まで愛した、フランツ・リストを表しているのではないかと、、これも強く思います。

 今日は、歌手へのコメントが最後になってしまいましたが、一番良かったのは、アルフレードを歌った、アントニオ・ポーリだったと思います。「反1950年代」というコンセプトの中で、それをもっとも体現していたのでは? “O mio rimoroso”の最後も無用に上げないで静かに終わります。ですから、普通なら大拍手になるこのところも、拍手はパラパラ。ヴィオレッタを歌った、イリーナ・リング。僕は多分、彼女のこのロールデビューを2007年の7月にミラノのスカラ座で、ロリン・マゼール指揮で聴いていると思いますが、その頃は軽い細い声だったのが、ずいぶん熟成された声になりました。一幕目こそ、少し調子が出ませんでしたが、全般としては素晴らしい。演技も素晴らしい。これもやりすぎにならいレベルに押さえていましたね。

 帰りに、車でジュリーニ指揮のカラス、ディ・ステファノのCDを聴きましたが、これぞ、50年代! でも、序曲はおそらくどの指揮者よりも長く、遅いテンポです。これも、悪くはないなと思いました。

 今回でトラヴィアータ、23回目の鑑賞となりました。あと、何度生で聴けるかなぁ。とにかく、好きな演目です。


指 揮:リッカルド・フリッツァ
演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール
美 術:ヴァンサン・ルメール
照 明:グイド・レヴィ
ヴィオレッタ:イリーナ・ルング
アルフレード:アントニオ・ポーリ
ジェルモン:ジョヴァンニ・メオーニ
フローラ:小林由佳
ガストン子爵:小原啓楼
ドゥフォール男爵:須藤慎吾
ドビニー侯爵:北川辰彦
医師グランヴィル:鹿野由之
アンニーナ:森山京子
ジュゼッペ:大木太郎
使者:佐藤勝司
フローラの召使い:山下友輔
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

”真珠採り” 聴き比べ

先日、LAオペラで聴いた、“真珠採り”の感想をブログにアップしましたが、以来、CDやYouTubeで”真珠採り”を聴き込んでいます。

ここに、ナディールが歌う、一番有名なアリア「耳に残るは君の歌声(ナディールのロマンス)」の色々な歌手による動画をアップしておきます。お暇な時にお聞き下さい。

1.LAオペラでナディールを歌った、ハヴィエラ・カマレナのピアノ伴奏バージョン  https://www.youtube.com/watch?v=lii_e_VSing

2.僕が一番好きな50-70年代のフランス人のナディール歌い、アラン・ヴァンゾ https://www.youtube.com/watch?v=MGmxAHVbijI

3.60年代にポップスでヒットしたポール・モーリア楽団のバージョン https://www.youtube.com/watch?v=E6XXgbfMBdE

4.感激もののアルフレード・クラウス(劇中劇のようです?)  https://www.youtube.com/watch?v=Q1rTaw3O1wI

5.これも凄い!ニコライ・ゲッダ  https://www.youtube.com/watch?v=qCImfJUFSf0

6.現役ではなかなか良いアラーニャ  https://www.youtube.com/watch?v=TQaySQQONXs

7.2014年にパルマで聴いたコルチャックのスタジオ録音、これもいいですね。https://www.youtube.com/watch?v=IeMKYMqT018

8,ドミンゴも歌っていましたが、あまりフランスっぽくないです。https://www.youtube.com/watch?v=QCake31gbs4

以上、お楽しみ下さい。

ルサルカ@日生劇場

 ルサルカを見るのは本当に久しぶり。2011年の新国立での公演以来です。今回、一番良かったのは、指揮。ともすれば凡庸な交響楽になりがちな、ドヴォルザークのオペラを厚みがあり、情感のこもった、しかしそれが過剰になりすぎず、うまくコントロールされたものに仕立てていました。山田和樹の実力を感じました。そして、読売日本交響楽団の実力も感じました。先日の新国立の「神々の黄昏」も良かったですし、こういう重みのある交響曲的なオペラ音楽、読響はうまいですね。このルサルカは一幕目の森の精が3人出てくるところは、ワーグナーの「ラインの黄金」オープニングにそっくり、そして二幕目の森番が出てくるところの「ドードドソ、ドードドソ」という感じのフレーズは、同じくワーグナーのファーフナーとファーゾルトの巨人のモチーフとうり二つ。その後もワーグナーっぽいところが多くありました。

 歌手も総じて良かったと思います。特に魔法使いのイェジババを歌った、清水華澄は際だっていました。王子の樋口達也は、ちょっと役柄には声が明るすぎる感じはありましたが、演技も含めて素晴らしかったです。

 ただ、このオペラについて、今日はあまり書く気にならないんです。それは、演出が、好みに合わなかったから。正直、退屈でした。舞台が変わらないのは、日生劇場という古い舞台であることや、コスト面を考えると仕方がないと思いますが、間奏曲の時のラジオ体操には参りました。2幕目でルサルカが30分も動かないまま立っているのも、見ていて疲れました。色々なブログではこの演出に好意的に書いているようですが、見る物が突っ込んでいって理解しようと努めると、色々と面白い解釈ができるとは思います。しかし、登場人物がほとんど真ん中の穴から上がって来るところとか、効果の目的がわからない照明など、僕には全くその「良さ」がわかりませんでした。途中からは目をつぶって、音楽と歌唱に集中しました。

 同じくらいの規模の劇場に、昭和大学付属のテアトロ・ジーリオ・ショウワがありますが、ここもコストの制限のある中で、安価ではあるけれど、素晴らしい演出をしています。演出はイタリア人のマルコ・ガンディーニと美術のイタロ・グラッシ。いくつも公演を見ていますが、実にアイデアが豊富。

 ということで、個人的にはちょっと満足感を得られない公演になりました。

指揮:山田和樹
演出:宮城 聰
ルサルカ 田崎 尚美
王子 樋口 達哉
ヴォドニク(水の精) 清水 那由太
イェジババ(魔法使い) 清水 華澄
外国の公女 腰越 満美
料理人の少年 小泉 詠子
森番 デニス・ビシュニャ
森の精1 盛田 麻央
森の精2 郷家 暁子
森の精3 金子 美香
狩人 新海 康仁
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:東京混声合唱団

ダムラウ@サントリーホール

 ディアナ・ダムラウと夫君のニコラ・デステの来日オペラ・アリア・コンサートにサントリーホールまで出かけました。ダムラウはライブ・ビューイングでMETのジョナサン・ミラーの“リゴレット”などでは聴いていますが、生は初めて。

 ダムラウの高音の表現力の豊かさが凄いですね。最初の、セヴィリアの理髪師の”Una voce poco fa”でも凄いと思いましたが、コンサート全体で見ると、あきらかに後半の方が良く、最後のトラヴィアータの “E strano”は絶品。これは、ミュンヘンでの、ドミンゴとの共演が素晴らしかったとさんざん友人から聞かされていたので、実に納得しました。これで、全幕聴けたら、それは本当に素晴らしいと思います。このアリア、高音を自在に美しいベルカントで聴かせておきながら、最後の一音を下げて終わったんですね。いや、洒落てますね。「洒落てる」なんて言い方は良くないのかもしれないですが、オペラ好きには受けたと思います。「清教徒」のエルヴィーラとジョルジョの二重唱も素晴らしかったです。あれだけ、高音で色彩豊かに七色の声を聴かせてくれながら、それがしっかりコントロールされていて、声を振り回している感じがこれっぽっちもしない、凄いです。

 この日は、フランスオペラで僕の大好きなアリア、グノーの「ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」とマイヤーベーアの「ディノーラ」から「影の歌」の2つのワルツが聴けました。特に「影の歌」は超絶技巧を必要とする難曲なので、めったに生で聴けません。まろやかで、しかし天国まで導いてくれそうなコロラトゥーラ。大満足でした。

 ただ、アンコールのガーシュインまで聴いてみて、思ったのは、この人はフランスオペラに向いているのかなぁという疑問でした。この5月にマイヤーベーアのオペラ・アリア集を出しているので、これを聴いてみようと思いますが、僕の好きなフランスオペラのソプラノは、もう少し中音で感情表現があって、高音はもう少し芯の通った感じがほしい。デセイ、プティポン、カラス、そして、先週聴いたマチャイゼのような感じです。このコンサートの中でヴェルディが素晴らしかったので、彼女にはイタリアオペラをもっと攻めて欲しい感じがしました。まあ、夫君がフランス人ですから、そうなるんでしょうね。

 この日、やや残念だったのは、指揮のパーヴェル・バレフ。全体に大味でフラット。なんだか開放弦を使っているかのようにしまりがないのです。ヴェルディもヴェルディらしくなかった。ワーグナーが良かったので、ドイツ系が得意なのでしょうか?

 色々と書きましたが、リサイタルとして見た場合は五つ星を差し上げたい素晴らしい公演でした。


■出演
ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
ニコラ・テステ(バス・バリトン)
パーヴェル・バレフ(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団

■プログラム
ロッシーニ:歌劇《セビリアの理髪師》より
序曲
「今の歌声は」
「陰口はそよ風のように」

グノー:歌劇《ロメオとジュリエット》より「あぁ、私は夢に生きたい」

ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロ》より
「ひとり寂しく眠ろう」
バレエ音楽

ベッリーニ:歌劇「カプレーティとモンテッキ」より「あぁ、幾たびか」

ベッリーニ:歌劇「清教徒」より「おお、愛する叔父さま、私の第二のお父様」


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ワーグナー:歌劇≪さまよえるオランダ人≫より 
序曲
「我が子よ、いらっしゃいをお言い」

マイヤーベーア:歌劇≪ディノーラ≫より 「軽やかな影(影の歌)

ポンキエッリ:歌劇≪ジョコンダ≫より 「彼女は死なねばならぬ」

ヴェルディ:歌劇≪椿姫≫より 「不思議だわ~あぁ、そはかの人か~花から花へ」★ *

アンコール
日本童謡:「春よ来い」
ガーシュイン:歌劇《ポーギーとベス》より「ベス、お前は俺のもの」
プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

ナブッコ@LAオペラ

「真珠採り」からちょうど1週間、今度はヴェルディの「ナブッコ」をロサンジェルスオペラで鑑賞しました。実に素晴らしかったです。今年の鑑賞した公演は37回になります。で、まだ年内5つ位を残していますが、2017年のベスト5に入る公演だったと思います。

 ドミンゴがバリトンに転向してから、かれこれ10年近く経っていると思います。僕が最後に彼をテノールで聴いたのは2006年のワーグナーの“ワルキューレ”でのジークムント(ワルキューレ)です。その後はバリトンで、METでのシモン・ボッカネグラ、LAオペラでのアタナエル(タイス)を生で、ジェルモン(ラ・トラヴィアータ)を動画で見ましたが、この日のナブッコは彼のバリトンとしては多分最高の出来ではないかなぁと思います。まあ、こちらも、バリトンのドミンゴに慣れてきたということもあるのかもしれませんが。。。もともとはやや暗い声が求められるタイトルロールですが、ドミンゴは彼の持つ独特の艶のあるきらびやかな声で歌います。しかし、これが実に神々しく、自身を「神だ」とまで言い切ってしまうナブッコの勢いを見事に表現します。声量というか声のパワーは、歳相応に衰えているのですが、それが、逆に声が響き過ぎてしまわなくて、役柄の「年老いた父」という雰囲気を出していて非常に良いのです。ロドリーゴなんかよりは、ナブッコは、今のドミンゴには適役でしょう。2014年のアタナエルの時を思い出して見ると、ドミンゴは、タイスを喰ってしまうような、堂々、浪々、パワフルなバリトンであり過ぎたという感じがありましたが、歳をとって、“ドミンゴならではのバリトン”として、オペラの中にうまくはまっているという感じがしました。4幕目に、始まりに少しだけ「行け我が想いよ」のモチーフが使われ、王冠を娘に奪われて幽閉された身の不幸を歌いながら改心していく「ユダの神よ」は、情感が溢れていて素晴らしかったです。拍手なりやまず。。。

 ナブッコが奴隷に生ませた娘のアビレガイッシは、ヴェルディのオペラのヒロインでも、非常に強い性格を持った役柄です。これを歌ったのは、リュドミラ・モナスティルスカ。何度聞いても名前を覚えられないんですが、これで3度聴いたことになります。前2回はマクベス夫人でした。これも素晴らしかったのですが、この日のアビレガイッシは1幕目から本当に凄かったです。メゾソプラノの声域で充分に歌える彼女は、良い意味で“はったりの効いた“声。リリコからスピントまでカバーする表情豊かな声は、天を切り裂くような迫力で、声量もたっぷり、デッドなドロシー・チャンドラー劇場にも響き渡ります。ナブッコを責めるところは、凄みを感じます。それが、さっき言った「年老いたドミンゴのバリトン」との相性がとても良いんです。それにしても、ヴェルディは良くまあ、こんなに声を上から下まで振り回すアリアを書いたものだと思います。ナブッコはヴェルディの出世作で、この頃に生涯のパートナーとなる、ストレッポーニと出会い、彼女をアビレガイッシに1842年にスカラ座で初演されたのですが、ストレッポーニの短かった歌手としての生命は、このアビレガイッシで喉をやられてしまったのでは、、と思うほどです。ですので、このナブッコのアビレガイッシ、マクベスのマクベス夫人も含めて歌える歌手がそうはいない。当然、人気がある割には上演回数は限られて来ます。現代で、この2つの役を楽にこなせるのはモナスティルスカくらいしかいないのではと思います。

 歌手陣は、フェネーナを歌ったナンシー・ファビオラ・ヘレーラ、ザッカーリアのモリス・ロビンソンとも実に良かったです。ただ、イズマエーレのマリオ・チャンが声がやや狭苦しく、声量も足りず、ちょっと残念でした。決して悪い声ではないのですが、他の歌手陣に比べると、見劣り、(聴き劣り?)しました。

 指揮は、御大ジェームズ・コンロン。立派でゴージャスなナブッコの音楽を作り上げていました。彼のヴェルディは昨年のルイーザ・ミラー以来ですが、実に劇的な音楽を作るのですよね。これは最初ちょっと取っつきにくいのですが、一旦入り込むとやみつきになります。コンロンも晩年になって、得意のフランスオペラに加えて、ヴェルディをだいぶやるようになってきました。これは、ドミンゴも同じ。彼の最後のロールは、ファルスタッフでしょうか?そして、ヌッチも、「もうヴェルディの父親役しか歌わない」と言っているそうです。ヴェルディファンとしては、嬉しい限りです。
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 最後に、演出ですが、2012年にワシントンオペラでドミンゴが主演した際のナブッコを演出した、グラント・ガーションのもの。実に洒落ていました。劇中劇になっているのですね。19世紀半ばのおそらくはスカラ座で、紀元前6世紀の舞台をやるという落差がおもしろいのです。序曲のところで、舞踏会や、舞台裏の様子などが入ります。そして、最後のカーテンコールでは舞台上の観客の貴婦人からバラの花が投げられると、それをフェミーナが投げ返し、”VIVA VERDY”、という垂れ幕が出ます。リソルジメントですね。実際に歴史的にはナブッコはその旗印になってはいないのですが、俗説をうまく利用しています。その後、カーテンコールの終わりで、「行け我が思いよ」をもう一度歌うのです。劇中ではbisはなかったのですが、最後にこんなおみやげが付いていました。字幕にイタリア語の歌詞が出てきて、観衆も歌うのです。LAオペラならではという感じですが、実に気持ちが良い。ローマ歌劇場にいるみたいでした。

 曲が終わらないうちに拍手は出るし、客席で携帯が鳴ったり、何かと生粋のオペラファンからは厳しいことを言われそうなLAオペラですが、開演前のコンロンの解説には大勢が駆けつけ、オペラを学ぼうという気持ちにあふれています。来年5月には、ついにヌッチがリゴレットを歌います。ヌッチがアメリカで歌うのは珍しいことです。ドミンゴもいつまで元気かわかりませんから、是非一度、LAオペラお試しください。チケットも2階の最前列という良い席で164ドルと、このキャストからするととても安いと思います。

 さて、帰国したらすぐに、ダムラウのリサイタルとルサルカです。

Conductor:James Conlon
Director / Set Designer:Thaddeus Strassberger

Nabucco: Plácido Domingo
Abigaille: Liudmyla Monastyrska
Zaccaria: Morris Robinson
Ismaele:Mario Chang
Fenena:Nancy Fabiola Herrera
High Priest of Baal:Gabriel Vamvulescu
Anna:Liv Redpath
Abdallo:Joshua Wheeker

久しぶりにLAオペラで「真珠採り」!!

1週間のLA&ロスカボス旅行から帰りました。オペラは2つ。でもって、「ああ、ニーノ・マチャイゼ、マチャイゼ!!」状態。。4年ぶりにマチャイゼ熱にすっかりやられてしまいました。重症です。。

 生のマチャイゼを聴くのは、今回で4度目ですが、「真珠採り」は2014年のパルマに続いて2度目。ますます声に磨きがかかって、中音は真鍮のよう!高音になると金属的な感じがなくなり、それは美しいです。METと同じペニー・ウールコックの演出は迫力満点。4回見た彼女の公演のうち、3つはフランスもの。最初は、今回と同じ、「真珠採り」を2014年の3月にパルマのレッジョ劇場で。これで、まず完全にノックアウトされました。それで、そのすぐあと、彼女の公演スケジュールをチェックして、2ヶ月後の5月には、ロサンジェルスまで追っかけて、レアなマスネの「タイス」を聴きました。アタナエルはドミンゴ(バリトンでの)でした。(で、4つ目はロッシーニの「ランスへの旅」のフォルビル伯爵夫人@オランダ国立歌劇場。)この2014年は新国立で大野和士の「ホフマン物語」もありましたし、夏にはバレエで、オーレリ・デュポンのバレエを2日続けて見に行ったり、個人的には“フレンチイヤー”でした。

 で、今回のヴェニューは又、LAオペラです。今年の梅雨頃に“マチャイゼの真珠採り”をネットで見つけて、まだチケットが発売前だったのに、即、フライト取りました。こういうモチベーションを僕にもたらしてくれる演目は、シモン・ボッカネグラと真珠採りくらいだと思います。

 ロサンジェルスはつい2週間前までは、日本でも話題になったように、ひどい山火事が起きたりするぐらい暑かったそうで、10月なのに摂氏38度もあったのですが、到着した日は29度。ホテルを取ったマンハッタンビーチは、夜になると20度以下と快適でした。

 日本から米国にオペラを見に行くと言えば、METがメジャーでしょう。あとは、最近ルイゾッティが頑張っているサンフランシスコオペラか。でも、ロサンジェルス・オペラもなかなか良いのですよ。僕はこれで3度目ですが、とにかく音楽監督がドミンゴなので、彼のお友達のとても良い歌手を呼んでくれます。今回も、レイラがマチャイゼ、ナディールはカマレラと今、旬の一流どころです。来週のナブッコは、ドミンゴとリュドミラ・モナスティルスカですし、今シーズンはフレミングのリサイタルもあります。で、LAでの「真珠採り」、ほとんどの公演では指揮はドミンゴが振っているのですが、僕が行った28日は、代役のグラント・ガーション。おそらくドミンゴのスケジュールの問題でしょう。でもドミンゴの指揮はちょっと退屈なので、カーションで問題ありません。彼の指揮は、基本的に、首席指揮者のジェームズ・コンロンのスタイル。ゴージャスに膨らませて行きます。実にグランドオペラという感じ。LAオペラは公演の数こそそんなに多くはありませんが、コンロンが十八番としているフランスオペラを良くやります。(コンロンはアメリカの指揮者としては唯一、レジョン・ド・ヌール勲章をもらっているんです!)

 演出は、一昨年、METで大好評を博したペニー・ウールコックのものを基本に、元々オペラハウスではない、LAのドロシー・チャンドラーパビリオンの奥行きの無い舞台に合わせていました。それでも、なかなかの迫力です。この演出を見た友人や、今回同行した家内も、皆高く評価しているのですが、僕は、METのライブビューイングの時同様に、なんだかパイレーツ・オブ・カリビアンみたいで、ややゴチャゴチャしすぎな印象を受けました。でも、美しい序曲で紗幕の向こうでナディールとズルガが海の中を泳ぎ回るシーンは、とても素敵です。クプファーの「ラインの黄金」の冒頭で、ライン川の水中を乙女たちが泳ぎ回るシーンがありますが、あれを彷彿とさせます。それで、時代設定は、現代なんですね。セイロンの伝統的な民族衣装(?)を着ている登場人物が多いので、19世紀くらいの設定かなと思いましたが、ズルガの家に白黒っぽいテレビがあるのでわかりました。セイロンも行きたくなりますね。

 マチャイゼの最初のレイラは、パルマでデジレ・ランカトーレが、開幕2週間前に降板したので、急遽出演になったわけですけれど、これがとんでもなく素晴らしかったのです。その頃のマチャイゼと言えば、ヌッチと一緒にジルダ(リゴレット)を歌っている印象が強かったのですが、このフランスオペラでは真鍮のような筋の通った強い、切れ味のある声を聴かせてくれました。今回は、その後出産も経て、なんかたくましくなり、若い巫女からノルマみたいなトップの巫女になった感じです。中低音は、真鍮からプラチナになり、メゾソプラノではないかというくらいに、力強く、また感情表現も豊かに聴かせます。うっとりですねー。それでいて、高音はややリリックで、コロラトゥーラも使いながら、微妙なタッチで抜けるように歌い上げます。もう、目がハートになりました。中音だけ聴いていると、まさに「カラスの再来」というくらい、声の出し方が似ています。特にアリアの“Comme autrefois”(昔のような暗い夜に)”なんか雰囲気がそっくり。

 ただ、このオペラの中で、誰もが知っている有名なアリアといえば男声なんですね。「ナディールのロマンス」とも呼ばれる名曲「耳に残るは君の歌声」は1960年代のポップス界で、マランド楽団やアルフレッド・ハウゼ楽団、ポール・モーリア楽団などのアレンジで大ヒットしたので、むしろ原曲がオペラだということを知らない人のほうが多いのではないかと思います。オペラのほうでも、名録音が残っており、中でも50-70年代に活躍したフランス人テノールの“アラン・ヴァンゾ”が有名。僕もこの人の甘い歌声が一番好きです。他にもアルフレード・クラウス(この人の歌もYou Tubeで聴くだけで涙チョチョ切れます。)、ニコライ・ゲッダなど、是非聴いてみてほしいです。最近では、ロベルト・アラーニャ、ディミトリー・コルチャック、サルヴァトーレ・リチートラ(故)などが得意としています。ちょっとでも喉の調子が悪かったら歌えないという難しい代物らしく、藤原折江がこの歌を歌う前数日間は、細い骨が喉を痛めるのを嫌って、好物の鰻を食べなかったという話があります。息継ぎをするのも大変です。この日のナディールは、メキシコ人テノールのハビエル・カマレナ。ロール・デビューかと思います。一幕目はあまり調子が良くなくて、この曲の高音でも声が割れました。その後完全に安全運転になってしまって、ちょっと残念でしたが、息継ぎが全く聞こえないのはさすが!2014年のMETの「チェネレントラ」で、カウフマンの代役でラミーロを歌い、MET史上3人目のアンコール(bis)歌手になっただけのことはあります。この日も2幕目後の休憩後は、声量も増して、素晴らしい声になりました!。ただ、本質的にはやはりロッシーニテノールという感じがしました。ペーザロで聴きたい歌手です。望外に良かったのは、バリトンのアルフレード・ダザ、2014年(?)に新国立でジェルモンを歌っていますが、その時はあまり感心しませんでした。バスバリトンなので、ズルガのほうがぴったりなんです。ちょっと下品な感じの節回しもある漁師の親方の気分が出ていました。良かったです。レイラとナディールに対する、憎しみと愛の二面性を出す演技も素晴らしかったですね。

 このズルガとナディールの二重唱「聖堂の奥深く」は、男声二重唱としては、ヴェルディのドン・カルロスでの、カルロスとロドリーゴの二重唱と並んで美しい歌だと思います。両方とも男の友情以上のなんかを感じますね。しかし、この「真珠採り」、どこをどう切り取っても美しいメロディーばかり。ビゼーのオペラではもちろん、「カルメン」のほうが有名ですが、その10年前に書かれた「真珠採り」のほうが、現代のフレンチポップスにも通じる、わかりやすい美しさがあります。「パースの娘達」もそうですが、もっと日本でも上演されてもいいと思うのですよね。藤原歌劇団が来年2月にマスネの佳作、「ナヴァラの娘」を日本で初めて公演してくれますから、ビゼーのオペラも藤原に期待しましょう。もちろん、来年から新国立歌劇場の音楽監督になる、大野和士さんにも期待!

さて、これから4日間ほど、メキシコのビーチリゾート、“ロス・カボス”でリラックスして、またLAに舞い戻り、前述の「ナブッコ」を見ます。


CAST

Leila Nino Machaidze
Nadir Javier Camarena
Zurga Alfredo Daza
Nourabad Nicholas Brownlee

Conductor Grant Gershon
Director Penny Woolcock
 

 

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