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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

クラウス・フロリアン・フォークト リサイタル

 東京・春・音楽祭に出演中のフォークトのリサイタルが、東京文化会館の小ホールで行われるのに気づいたのは、1週間ほど前。ほとんどチケットは売り切れでしたが、運良く2枚入手できました。2016年6月に、同じ小ホールでフォークトの「水車小屋」を聴いて、素晴らしかったのを覚えています。この日(3月26日)の演目は、ハイドン、ブラームス、マーラー、リヒャルト・シュトラウスの歌曲。こういうリサイタルでは、最初に来る曲は歌手の喉を潤わすようなものを持って来るのが常ですが、まさにハイドンはそのような曲目で、題意一曲の「すこぶる平凡な話」に代表されるような、柔らかい曲。「すこぶる平凡な曲」とは言わないですが、聴きやすい、そして多分歌いやすい、中音部を中心につかった曲目でした。フォークトのドイツ語は、とても美しく、発音もはっきりしていて、ドイツ語がわかる方ならかなり意味をくみ取れるのではと思います。素晴らしい対訳が配られていたので、内容はわかりましたが、日本語字幕があれば更に良かったと思います。

 フォークトの声は、ウィーン少年合唱団が声変わりしないで、そのままテノールになったようです。声を持ち上げる、切り替える、振り回すということが、全く、これっぽっちも無く、低音から高音まで自由自在に歌います。その中でも中音から高音にかけての声は、まるでグラスハーモニカ(よりは低い音ですが)が喉の中に入っているかのような、美しい響きです。そして、特にブラームスの歌曲で顕著でしたが、低音のピアニシモ。本当に小さな声量を見事にコントロールします。これも、650席の小ホールならでは体験できる、フォークトの妙技だと思います。ブラームスの歌曲は、実に色彩に富み、メロディアスで、今回の曲目の中でもとても楽しめました。アンコールは2曲、リヒャルト・シュトラウスの「セレナーデ」とブラームスの「日曜日の朝」。この日、一番高音が美しい曲でした。拍手喝采!

 今のドイツのテノールでは、カウフマンとフォークトが双璧でしょう。カウフマンが超有名になって、チケットもとても取りにくく高くなっているのに対して、フォークトは幸いなことに、まだこのような良い環境でリーズナブルな料金で聴けるのは幸せです。

 さて、次は4月の新国立劇場「アイーダ」です。

テノール:クラウス・フロリアン・フォークト
ピアノ:ルパート・バーレイ 
■ハイドン:
 すこぶる平凡な話
 満足
 どんな冷たい美人でも
 人生は夢
 乙女の問いへの答え
 小さな家
■ブラームス:
 日曜日 op.47-3
 昔の恋 op.72-1
 谷の底では
 月が明るく輝こうとしないなら
 甲斐なきセレナーデ op.84-4
■マーラー:「さすらう若人の歌」
 第1曲 彼女の婚礼の日は
 第2曲 朝の野辺を歩けば
 第3曲 私は燃えるような短剣をもって
 第4曲 二つの青い目が
■リヒャルト・シュトラウス:
 ひそかな誘い op.27-3
 憩え、わが心 op.27-1
 献呈 op.10-1
 明日には! op.27-4
 ツェチーリエ op.27-2
■アンコール
 セレナーデ リヒャルト・ストラウス
 日曜の朝 ブラームス
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コルチャック テノール・リサイタル(ちょっと前の公演)

 久しぶりに東京プロムジカの公演。今年は「珠玉のベルカント・シリーズ」と銘打ってランカトーレ、メーリ、シラクーザ、デヴィーアと、ゴージャスなラインナップの公演を並べています。

コルチャックは、先日のホフマン物語でも、甘い、それでいながら様式感のある素晴らしい歌唱を聴きました。その時にも書いたように、2014年に「真珠採り」を聴いてから、何度も彼のオペラを聴いていますが、聴くたびにうまくなっている。今や、ピークに来ているのではと思います。リサイタルは、前半はロシアもので、グリンカ、チャイコフスキー、ラスマニノフなど。ここらへんは、もう安心して聴けるという感じ。そして、後半は、初めて彼のロッシーニを聴きました。これで、「ベルカント」と言えるわけです。素晴らしい!アジリタに風格があります。単にうまいというだけでなく、彼のスタイルを持っています。ドニゼッティの「愛の妙薬」から「人知れぬ涙」は、本当に甘い、甘い、でも素晴らしい音程感で、ぴしっとした感じ。良かったですね。実に満足なリサイタルでした。彼のナディールを今一回きいてみたくなりました。

東フィル定期公演、バッティと小曽根

 しばらく前の公演の感想です。

これは、おもしろい試み(と言ってはいけないのかもしれないですが)でした。1960年代にベルリンで「三羽がらす」と呼ばれていたピアニストは、マルティン・タウプマン、イエルク・デームス、フリードリッヒ・グルダですが、そのグルダが作曲した、意欲的な作品「コンチェルト・フォー・マイセルフ」に小曽根真がピアノで入り、彼の仲間のエレキベースとドラムが加わり、東フィルをバッティが振るというものでした。コンテンポラリーな音楽か、と思ったら、なんと印象派、いや、むしろロマン派に近い、美しいメロディを持った作品。しかし、時にはピアノ線を直接たたいて不協和音を出すというようなところもあって、とてもおもしろかったです。ただ、初日ということで、ベースとドラムスがかなり緊張していて、楽譜から目が離せない状態で演奏していたのが、やや残念。ジャズっぽくもう少し爆発してほしかったですね。

東京フィルハーモニー交響楽団・第116回東京オペラシティ定期シリーズ
指揮:アンドレア・バッティストーニ

グルダ:コンチェルト・フォー・マイセルフ
 ピアノ:小曽根 真
 エレクトリック・ベース:ロバート・クビスジン
 ドラムス:クラレンス・ペン

ラフマニノフ:交響曲第二番

東フィル定期公演、シベリウスとグリーグ(ちょっと前の公演)

だいぶ前の公演なのですが、2月26日のオペラシティでの、東京フィルハーモニー定期公演、プレトニョフと牛田智大の競演について、やっと書きます。

指揮:ミハイル・プレトニョフ
ピアノ:牛田智大*
シベリウス/交響詩『フィンランディア』
グリーグ/ピアノ協奏曲*
シベリウス/組曲『ペレアスとメリザンド』
シベリウス/交響曲第7番

 オールスカンジナビアプログラムですね。最初のフィンランディア、好きな曲なんですが、プレトニョフらしさがあまり出ていませんでした。なんか、ボワーっと鳴らしている感じ。曲の内面をえぐって音を出すということを期待していたのですが。。。。後の第7番がとても良かったので、ちょっと理解に苦しみました。フィンランディア、あまり練習しなかったのかなぁ。ペレアスとメリザンドはなかなか重い指揮でしたが、聴き応えありました。

 牛田智大、聴きやすいタッチのピアノを弾くという感じ。ただ、同じ若手のチョ・ソンジンの屈託の無い華やかさや、反田恭平の神経質とも思われるような技巧の繊細さに比べると、やや退屈な感じがしました。

 まあ、フィンランディアにしてもグリーグにしても、好みの問題が大きいとは思います。




絶品の「ノルマ」

 この3月末で、大学院のほうが退任になるので、授業もゼミもなくなって、だいぶ暇になるかと思っていたのですが、貧乏性なもので、空いた時間にどんどん仕事を突っ込んだり、旅行をしたりしていたら、何だか忙しくなってしまいました。そんなわけで、今まですべての観劇をブログにしていたのですが、2-3月で2つほどコンサートが漏れてしまっています。なんとか後でおっつけたいと思っていますが、とりあえず、オペラは外せないので、昨日、オーチャードホールで聴いた、二期会の「ノルマ」の感想をアップします。

 まず、今日一番に書きたいのが「指揮」です。素晴らしかったです。リッカルド・フリッツァ、新国立の2009年のオテロは、あまり印象に残らなかったのですが、昨年の「ラ・トラヴィアータ」の指揮は望外に(失礼!)に良かったのです。ピアニシモが美しく、品があって、しかし退屈でない、「静かなトラヴィアータ」でした。昨日のノルマはまさしく絶品!序曲が始まって「あっ!」と思ったのは、昨今、ノルマの序曲は古楽っぽくメリハリを付けて、楽器の響きを短くして聞かせるのがデファクト・スタンダードみたいになっているのに、フリッツァの指揮は、現代楽器をふくよかに、のびやかに鳴らします。それでいて、だぶついたところは全くなく、色に溢れたように、楽器ひとつひとつが聞き取れるような指揮でした。METでのリッツィ、一昨年のデヴィーアのノルマの時のランツィロッタの指揮も、ピリオド楽器風で、それはそれで素晴らしかったのですが、フリッツァの古き良き「ノルマ」は素晴らしい。彼は、「ラ・トラヴィアータ」の時は、1950−60年代的な演奏を排除すると言うポリシーで指揮に臨んでいましたが、ノルマでは逆ですね。けっこうへそ曲がりなのではないかとも思います。

 彼の指揮は、ノルマでも全体に低音量です。歌手もそれに合わせています。しかし、ここぞというところでは、楽器をピックアップするように浮きだたせて、音波を作ります。それもとても品格のある音波を!2幕目の序奏はずっとピアニシモが続き、ノルマの「眠っているとも」に続くのですが、ここの緊迫感が幕全体への期待を膨らませます。そして、3幕のノルマとポリオーネの2重唱「貴方は私の手中に」の序奏では、もう涙がウルウルです。ベッリーニの美しいメロディを、これだけ美しく聴かせてくれた指揮は、ノルマも6回くらい聴いていますが、滅多になかったです。僕としては、この日のMVPはマエストロ・フリッツァに捧げたいですね。多分、僕自身の好みとも合っているのでしょう。

 そして、歌手も本当に良かったです。大隅智佳子に代わって、2日続けてタイトルロールを歌った大村博美、ノルマの心情を細かくにじみ出させるような、美しい歌唱でした。”Casta Diva”はやや破綻を怖れて、8割方のパワーだったような気がしますが、静かな指揮とぴったり合っていました。ポリオーネの樋口達哉、やっと彼の持ち味が出せる役が来ましたね。ルサルカの王子じゃないでしょう!得意の高音も良かったですが、中音での感情表現が豊かで聴き応えありました。アダルジーザの富岡明子も、とても良かったのですが、役にはやや立派すぎる歌唱だったような気がします。声質がレッジェロ、リリコという感じではないのでしかたがないのですが、もう少しノルマに合わせて、彼女よりだいぶ歳も格も下だというのが、感じられる歌い方をして欲しかったです。ノルマとの二重唱や掛け合いの時に、このアンバランスがちょっと気になりました。オロヴェーゾの狩野賢一もがんばっていました。妻屋さんの次の世代として期待できますね。そして、特筆すべきなのは、二期会合唱団。少し荒いところがあるのがドルイド教徒らしくて、ノルマの合唱としては素晴らしかったです。聴き応えありました。

 セミステージ方式ということで、ステージに乗ったオケの後ろ、合唱団の前に台を設けて、そこである程度演技もつけて歌うという方式、評価が分かれそうですが、僕はとても良かったと思います。ここ数年、演奏会形式、セミステージ形式の公演を聴く機会が増えていますが、いずみホールのシモン・ボッカネグラや、テアトロ・レアル(マドリッド)でのルイーザ・ミラーなど、動きの付いた演奏会形式は、引き込まれ度が違います。藤沢市民オペラの時に、セミラーミデ役の安藤赴美子さんが、両手でこぶしを挙げて歌っているのを見ただけで、グッと来ましたから、やはりただ突っ立っているよりは、何らかの演技が少しついただけでも印象は変わります。今回はノルマはけっこう衣装も替えていましたね。

 これだけ素晴らしい内容で、2階の良い席で¥6,000−。Value for moneyですねー。残念だったのは、けっこう空いている席があったこと。二期会には、もっと宣伝してほしいですね。ポスターも無いんですよ。せっかくの箱がもったいない。

 それにしても、十二分に満足なノルマでした。昨日からずっとCD聴き返しています。(バルトリ、アントニーニ盤)

指揮: リッカルド・フリッツァ

演出: 菊池裕美子
映像: 栗山聡之
照明: 大島祐夫
合唱指揮: 佐藤 宏
舞台監督: 幸泉浩司

ポリオーネ:樋口達哉
オロヴェーゾ:狩野賢一
ノルマ:大村博美
アダルジーザ:富岡明子
クロティルデ:大賀真理子
フラーヴィオ:新海康仁

ホフマン物語 新国立劇場

 雪のミラノから戻ったら日本は暖かったです。世界の天気を見たら、パリもミラノも今週は暖かいんですねー。12度ですって…..今週に行きたかったです。

さて、まだ時差ボケもそこそこ残っている状況で、水曜日(3月7日)にオペラシティで、東フィルの定期公演、バッティストーニと小曽根真のセッション(?)を聴き、昨日3月10日に、新国立劇場で“ホフマン物語”を聴きました。先に“ホフマン物語”の感想をアップします。

 このオペラは新国立では2013年に、今回と同じフィリップ・アルローの演出で見ています。そして、2014年に大野和士が率いて来日したリヨン歌劇場でも見ているので、3回目になります。(バレエでも見ていますけど)いつも、なんとなく「長いなぁ」と思う演目でしたが、今回は惹き付けられてしまい、全くそう感じませんでした。その大きな要因は歌手陣の充実でしょう。まずは何と言ってもディミトリー・コルチャック。2014年にパルマ王立劇場で、降板したシラクーザの代役でナディールを歌ったのを皮切りに、新国立のウェルテル、マリインスキーのオネーギン、そしてこの日のホフマンと4回聴いていますが、聴く毎にどんどん上手くなっています。もちろん最初から甘い歌声は素晴らしかったのですが、ブレスがきつかったり、やや音程がふにゃふにゃしたりするところがあったのですが、この日のホフマンは、もう甘くて、しかも立派という感じで、感激しました。ルックスもいいですから、女性のファンが急増しているのも頷けます。もともとは指揮者を目指していて、現在もロシアの小劇場(どこだったか….)の主席指揮者を務めているそうです。この紹介はゲルギエフが行ったとか。ということで、彼は楽譜と台本から役柄の心情をくみ取るのがうまいのだと思います。ちなみに、先週スカラ座で聴いた、フローレスもホフマンを最近得意としているようで、こっちも聴いてみたいですね。

 そして、バスバリトンのトマス・コニエチュニーも抜群の出来だったと思います。出来が良いというか、もともとのこの人の実力はワーグナーの作品で折り紙付きなので良くて当然でしょう。リンドルフ、コッペリウス、ミラクル博士、ダペルトゥットの4役を歌い分けましたが、彼が歌うと舞台がトマス色に染まる感じ。ただ、この色があまりフランスっぽくないんですね。ワーグナー歌手なのでしかたないところですが、デセイの夫君のロラン・ナウリあたりを引っ張ってきてもらって聴きたいなという感じがちょっとしました。

 日本人歌手も大健闘でした。特に素晴らしかったのはアントニアを歌った砂川涼子。ウェルテルのソフィーの時もそう思ったのですが、今、日本のソプラノでフランスものを歌ったら最高でしょう。ちょっと鼻にかかった美しいフランス語(だと思うんです。。)が素晴らしい。出演者中、一番フランスっぽい発音じゃなかったでしょうか?演技も病のアントニアの刹那を良く出していて引き込まれました。

 とにかく全体の歌手のレベルがとても高い!多くの歌手をそろえなくてはならない点では、“ランスへの旅”に匹敵するくらいです。これだけのホフマンは海外でもなかなか聴けないと思います。

 そして、僕の大好きなのが、アルローの演出。実に洒落ています。特にアントニアの場面での斜めになった家具や、舟歌のところで、廻りながら出てくるゴンドラなど、そんなにコストをかけているとは思いませんが、抜群のイメージ作りをしています。

 印象に残らなかったのが指揮です。決して悪くはないのですが、一貫してシンプル且つ淡泊。大野和士さんの指揮などは、その重みが今も頭の中に残っていますが、このルランの指揮は、やや物足りない感じでした。

 それでも、全体としては十二分に満足。次回は、音楽監督になる大野さんに振ってもらいたいところです。

指 揮:セバスティアン・ルラン
演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
衣 裳:アンドレア・ウーマン
振 付:上田 遙
再演演出:澤田康子
舞台監督:斉藤美穂
ホフマン:ディミトリー・コルチャック
ニクラウス/ミューズ:レナ・ベルキナ
オランピア:安井陽子
アントニア:砂川涼子
ジュリエッタ:横山恵子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル/ダペルトゥット:トマス・コニエチュニー
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:青地英幸
ルーテル/クレスペル:大久保 光哉
ヘルマン:安東玄人
ナタナエル:所谷直生
スパランツァーニ:晴 雅彦
シュレーミル:森口賢ニ
アントニアの母の声/ステッラ:谷口睦美
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


あー、やっぱりシモン・ボッカネグラは素敵だ!

 さて、昨晩の“オルフェオとエウリディーチェ”の興奮も醒めやらぬまま、今日はヴェルディの名作(佳作とは言いたくない)、“シモン・ボッカネグラ”です。僕が、ヴェルディのオペラの中で一番好きなオペラ、ということは全オペラで最も好きな作品です。でも知らない方も多いでしょうね。日本では滅多に上演されませんから。それでも、最近では2014年の5月のローマ歌劇場来日公演の際に、ムーティの指揮で文化会館で上演されています。もちろん行きました!しかし、それ以外で日本で聴いたのは、大阪いずみホールでの2013年の公演だけです。あとの7回はすべて海外、ウィーン、チューリッヒ、サンフランシスコ、モデナ、MET、バルセロナそして今回のスカラ座です。で、このうち、4回のタイトルロールはレオ・ヌッチ。今回もヌッチです。ヌッチも今年76歳、まだまだ元気とは言え、聴ける時に聴いておかないと….という気持ちは強くなっています。ヌッチ自身も、先月シドニーでのリゴレットを降板した後に、「今後は海外には行かない」と弱気なことを言っているとか。(今、決まっている来日公演は大丈夫だそうです。ご安心を)そして、これはしばらく前から言っていることですが、もう、ヴェルディの父親役しか歌わないそうです。僕は、シモンの他には、ミラー、ジェルモン、ナブッコしかヌッチを聴いてないのです。フォスカリはシチリアで聴くはずが降板されてしまいました。聴きたいなぁ。

 前置きが長くなりましたが、今回の旅行の一番の目当ては、この大好きなヌッチのシモンを、これまた大好きなチョン・ミョンフンの指揮で聴くこと!指揮は期待通り、このオペラの魅力を最大限に出してくれました。序奏はやや遅めに始まり、パオロとピエトロの最初のやりとりは、不気味に静かに進んで行きます。そしてシモンが登場し、フィエスコが、“Qual cieto fato a oltraggiarmi ti traea? 「お前は私を侮辱する運命なのか?」”と歌うところから、急激に盛り上がります。ここの曲調は、「月光仮面」の主題歌に似ているなぁといつも思います。ちょっと新派みたいですね!シモンは、1857年に初演されたあとに、1881年にボイートによる改訂版で再演されていますので、ヴェルディの中期と後期の音楽がところどころに混じって見受けられます。この部分は多分中期のところでしょう。

 ミョンフンの指揮は、僕が普段聴いている、カッレガーリの指揮(Tutto Verdiに収録)に比べると、やや抑揚感が大きいという気がしましたが、そのほうが、この活劇調の作品には合っています。歌手への寄り添いかたは、見事なものでした。ローマ歌劇場来日でムーティが歌手を引っ張って行ったのとは全く違い、安心して聴いていられました。

 この公演当日、雪で外気は低音、湿気も多かったので、ヌッチの喉の調子を心配しましたが、始まってみれば絶好調! 低音から高音まで良く出ていました。特に中高音部の感情表現はますます素晴らしく、これほどのシモンを歌える歌手は、残念ながら世界に他にはいないと思います。シモン自身のモットーは “onore(名誉)“なのですが、ヌッチの声は、このオペラの間中、ずっとonoreを感じさせてくれます。ラ・トラヴィアータのジェルモンを歌う時などは、いじわるさ、やさしさ、おろおろとした感じ、そして、それらのどれだかがわからない怪しい感じを出してくれるのですが、シモンでは全く別で、「名誉」を体全体で醸し出してくれる、という感じですね。作曲家ヴェルディが自分を一番投影しているオペラでの役柄がこのシモン・ボッカネグラなのだと思います。つまり、基本的に自由であり、平等であり、因習にとらわれずに愛する人を愛し、敵も許す、そいういうところですね。

 フィエスコのドミトリー・ベロセルスキー、このところヌッチの相手役をよく務めていますが、朗々と響く低音に魅了されました。プロローグのヌッチとのやりとりで、シモンをあくまで許さないという、頑固さ、意地悪さが、良く出ていて、この二人のやりとりに釘付けになりました。3幕目、シモンが亡くなった後を締めるのも、このフィエスコの低音ですから、この役の声が良くないと最後が駄目になっちゃうんですよね。この点でも最高でした。

 そして、さらなる贅沢とも言えるのが、パオロ役のダリボール・イエニス。日本でも新国立のセビリアなどでおなじみのバリトンですが、主役も張れる実力派。このオペラ、終わりがフィエスコなら、初めはパオロが肝心なのです。最初の“Che dicesti?....(何と言った?)” 一声が、低めいっぱいに決まらないと(野球か?)全然しまらなくなってしまいます。その後、シモンが出てくるまでが、プロローグのプロローグで、パオロとピエトロの聴かせどころです。ピエトロのエルネスト・パオリネッロもスカラ座来日の時のリゴレットで、モンテローネを歌っており、今回のシモンのバリトン、バス陣は本当に贅沢でした。

 アメーリアの婚約者で、シモンの敵役でもある、ガブリエーレ・アドルノは、これも僕の大好きなファビオ・サルトリ。今まで聴いたシモン・ボッカネグラのうち4回はアドルノをサルトリで聴いています。聴くたびに体が大きくなってきていて、今はおそらく130kgくらいはあるのではと思わせる巨体。個人的にはメーリより好きですが、ビジュアルのせいでしょうか、このアドルノ役以外ではラダメスくらいで、あまり多くの役には出ていないようですね。日本に来たこともないのでは?? 声は玉をころがすような美しいリリックなテノールで、聴き応えあります。演技は期待できないですが。。。

 ちょっと物足りなかったのが、アメーリアのクラシミラ・ストヤノヴァ。出だしが緊張していた感じで、やや堅く、2幕目以降はだいぶ良くなるのですが、声としてはやや強めで、イタリアっぽさが無い感じがしました。リヒャルト・シュトラウスを得意としているようで、ちょっとこの役には合わないかなと思いました。ここ数年は、ラッキーなことにアメーリアはバルバラ・フリットリで2回聴いてしまっているのも、この辛口評価につながったと思います。

 演出はベルリン歌劇場と共同のものですが、やや暗くて濃いグレーの壁ばかり出て来て単調な感じがしました。しかし、音楽と歌唱を邪魔しないのは良かったです。シモンの演出では前述のチュ—リッヒ歌劇場のデルモナコの演出か2014 年のパルマのガリオーネの演出が、色が美しくて好きです。やはり、舞台のジェノヴァのアドリア海のイメージが少し出て欲しいと思うのです。今回の演出ではプロローグが船着き場になってはいるのですが、あまりにも暗くて、プッチーニの“外套”の船着き場みたいな感じでした。

 この、シモン・ボッカネグラは実在の人物で、14世紀のジェノヴァ共和国の総統で、オペラの物語も歴史に則しており、ワインに毒を盛られて暗殺されています。彼の生家と墓所はジェノヴァにあるとのことで、ミラノから電車で2時間弱なので、行ってみようかとも思ったのですが、なにせ、雪で零下の気温の中を歩き回る気にならないので、やめました。

 それにしても、この旅の3つの公演、本当に満足なものでした。こんなに高水準の公演が1週間に3つも見られるというのは、欧州に年に1-2度来るくらいでは、なかなかありません。この日のカーテンコールではヌッチさん、上機嫌でみんなを引っ張って、拍手に応えていました。最前列で見ていたので、その様子が良くわかったのですが、こちらが興奮しすぎて、写真を撮るのをうっかり忘れてしまいました。残念!

 あさって日本に帰り、ホフマン物語です。あ、その前にバッティストーニと小曽根真のコンサートもある!楽しみです。

Conductor Myung-Whun Chung
Staging Federico Tiezzi
Sets Pier Paolo Bisleri
Costumes Giovanna Buzzi
Lights Marco Filibeck
CAST
Simone Leo Nucci
Amelia Krassimira Stoyanova
Jacopo Fiesco Dmitri Belosselskiy
Gabriele Adorno Fabio Sartori
Paolo Albiani Dalibor Jenis
Pietro Ernesto Panariello


 

 

オルフェオとエウリディーチェ@スカラ座

 
雪のパリを後にして、雪のミラノにやってきました。着いた日の朝は零下8度。最高気温も2度。例年の最高気温は12度くらいらしいですから、半端ではない寒さです。数十年ぶりの寒さとか、、、何もこんな時に来なくてもって地元の人は思っているでしょうけど、オペラのチケットの都合があるんで、選べないんですよね。でもって、今回は4日滞在するので、スカラ座から歩いて5分という場所にあるアパートを借りました。室内にキッチンが付いていますし、両隣にカフェとパニーニレストランがあって便利なことこの上ないです。エマニュエル2世通りの一本裏なのに、とても静かなのも気に入りました。何より、暖房がとても良く効いていて室温は常に21度!しかも、「マジ?」というくらい安い。。

 “オルフェオとエウリディーチェ”はグルックの最も有名なオペラで、1762年にウィーン宮廷劇場で初演、(ウィーン版)、そしてこれにバレエを加えたパリ版が1774年にパリオペラ座で上演されています。昨年生誕450年を迎えたモンテヴェルディよりは100年以上後の音楽家で、バロックオペラの改革者として有名です。僕はてっきりフランス人だと思っていたのですが、なんとドイツ人でした。グルックのオペラって全部フランス語では?相当フランスかぶれだったんでしょうね。それで、今回上演されたのはパリ版です。

 開幕は午後8時。イタリアの劇場の開演時刻なんていい加減だと思うでしょうが、どっこい、けっこう正確です。この日も殆ど定刻に劇場内が暗くなり、無音の中、指揮者もまだオーケストラボックスに現れないうちに幕が上がると、なんとオケはステージ上にいます!そして、座ったまま指揮棒を振り序曲に入るマリオッティ。「あれ、これ、演奏会形式だったのかな?」と思って、自分の不注意さに冷や汗かいていると、驚いたことにオケと指揮者が乗った床がどんどんせり上がり、二重舞台になったのです。歌手、合唱はオケを持ち上げている柱の間の1階で歌い始めます。舞台は1階になったり、2階になったり、更に奈落に沈んで行って、ほとんど見えない状態になったりして、あたかも天国から音が降ってくるように聞こえたり(この時、アモーレ、愛の神は2階のオケの脇で膝を組んで歌うので、効果抜群!)、あるいは地の底から響いてくるように聞こえたりします。これは演出上は、最大の効果を出しているのですが、特に地下に潜ってしまった時は、音響はやや悪くなってしまっていました。しかし、とにかく発送が新しい!インパクトがある!興奮してきた!

 指揮のミケーレ・マリオッティは今年39歳、31歳のバッティストーニ、35歳のルスティオーニと並んで、イタリアの若手三羽ガラスと呼ばれています。マリオッティとバッティストーニの指揮のスタイルは、正反対と言っても良いでしょう。穏やかで理論的なマリオッティと、激しく感情的なバッティストーニ…..と簡単に決めつけてはいけませんが、ちょっとそんな感じがあります。この日のマリオッティも、グルックの楽譜をなぞるように、抑制を効かせながら、音を美しく響かせることに集中していました。歌手はすべて指揮者の下か前か上で歌うので、全く姿は見えないのに、破綻はこれほどもありませんでした。現代楽器を古楽的に鳴らしているのですが、これみよがしに音を短くすることなく、自然体です。序曲からして、バロック的に弦の高い音がオケを引っ張ることがありません。調和が取れて、音楽が丸い塊になっているようなんです。大きなオケなのですが、室内楽のように聞こえます。「精霊たちの踊り」の音楽の美しいこと。後で述べますがバレエとの調和も素晴らしかったです。

 そして、なんと言ってもオルフェオを歌った、ディエゴ・フローレス。日本には来ない(現状では)ので、外に聴きに行くしかないこの歌手、やはりすごい。METでデセイと“連隊の娘”のトニオを歌っていた頃にくらべると、声はだいぶ重くなり、芯が出来ています。熟成されたという感じで、このオペラにぴったりです。海外の批評家が、「ポルシェの6気筒対抗エンジンのような」と評したのは、この批評家がポルシェ特に好きだったからでしょうが、なんか言いたいことわかりますね。メカニカル的に、全く滞りが無い美しい声。「この世のものとは思えない美声」というのは、今の彼の声でしょう。ホフマン物語も最近歌っていますし、マントヴァ公やアルフレードも歌いますね。この2月にはフランス国家功労勲章を受賞しましたから、フランス物にはこれからも力が入るでしょう。昔の軽かった声も素敵でしたが、今のほうが魅力あるなぁ。「エウリディーチェを失って」は、今まで聴いたどの歌手のものより蠱惑的でした。ちなみに、この曲はソプラノ、メゾソプラノ、カウンターテノール、バリトンでも歌われる珍しい曲です。グルックは「オペラの改革者」と言われるだけあって、過剰な装飾歌唱を廃していますが、それでもフローレスの喉から出る微妙なアジリタは心をふるわせます。エウリディーチェを歌ったクリスティアーネ・カルク。フローレスに比較されると分が悪いですが、“ペレアスとメリザンド”で名を上げただけあって、実に締まった良い声を聴かせてくれました。アムール役のソプラノ、ファトマ・セド(Fatma Said)は、カイロ生まれの20代、スカラのアカデミアを出て2016年に魔笛のパミーナでデビューしたばかりですが、他の二人よりも情感を出した歌唱と演技でまさに「愛の神」に適役でした。

 しかし、なんと言っても、このオペラの特色は、演出したホフェッシュ・シェクターによるバレエとオペラの統合でしょう。シェクターはイギリスで活躍するバレエ振付家で、ロイヤルバレエではマクミランやバランシンの作品と一緒に上演されるほどの人気です。今回の演目もROHとの共同演出になっています。シェクター自身が持つバレエカンパニーが、このオペラの一幕から三幕まで、歌手や合唱の前や後ろになり、時にはオケの後ろにもまわり、精霊の役をして踊りまくります。勅使河原三郎っぽい重心の低い現代バレエと言ったら感じが伝わるでしょうか?とにかくオペラとの一体感が半端ないです。バレエに重点を置いた演出というのは、ちょうど今、LAオペラで上演されている“オルフェオとエウリディーチェ”でも、なんとノイマイヤーが演出と振り付けを担当しているのです。こちらは、ややクラシックな「高い重心」のバレエのようです。見たいですね。バレエに重点を置いた“オルフェオとエウリディーチェ”は、今のちょっとした流行でしょうか?バレエが大好きな僕としては、この新しい芸術とも言える表現は感動ものでしたが、そうではない観客にはバレエがややtoo muchだったかもしれません。

 三幕で休憩1回を入れて2時間40分ほどで終わるこのオペラ。ここ数年で最も僕の脳にインパクトを与えて刺激してくれました。Viva Scala!!

          下はオケが2階になった2重舞台のステージ、フローレスのカーテンコール
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Conductor Michele Mariotti
Staging Hofesh Shechter and John Fulljames
Choreography Hofesh Shechter
Sets and costumes Conor Murphy
Lights Lee Curran
revived by Andrea Giretti

CAST
Orphée Juan Diego Flórez
Euridice Christiane Karg
L'Amour Fatma Said

オペラ座でオネーギン

 久しぶりにパリに行ってきました。オーレリ・デュポンのアデュー公演、ガッティのマクベス、トラヴィアータの墓参りをした3年前の5月以来。あの時は5月にしても暖かかったのですが、今回は大寒波!いきなりマイナス6度で雪のパリです!! 幸いなことは、全く積もってはいなかったので、交通機関は大丈夫だったことです。今回の旅行の本当の目当ては、ミラノスカラ座での“オルフェオとエウリディーチェ”と“シモン・ボッカネグラ”だったのですが、同じ週にパリで“オネーギン”をやっているので、見逃せないと思いチケット取りました。オペラ座の演目の中では、“椿姫”とこの“オネーギン”はオペラにもなっているので、とても興味を持って見ることが出来ます。

 しかし、オペラとは違って、バレエの場合、寸前までキャストが発表されないので、今回も当日(2/26)の朝、チケットオフィスで確認。下記がわかりました。

オネーギン:オードリック・ベザール(プルミエール・ダンスーズ)
タチアナ:ドロテ・ジルベール(エトワール)
レンスキ:ジェレミー=ルー・ケール(スジェ)
オルガ:・ミュリエル・ズスペルギー(プルミエール・ダンスーズ)

 ドロテ・ジルベールはスジェからプルミエール・ダンスーズに昇格した10年ほど前から追っかけているダンサーなので、彼女が出るのはとてもラッキーで、「やったぁ!」という感じでした。オードリック・ベザールは後で調べて解りましたが、去年のオペラ座の来日公演“エトワール・ガラ”で『クローサー』と『三人姉妹』を踊っていました。190センチを超える長身、長くて細い手足、割と“濃い”顔立ちのイケメンです。あとの二人は初めて見ます。

 オペラ座のオネーギンは“エフゲニー・オネーギン”の頭文字 “E・O”の飾り文字をあしらった紗幕で始まります。格調高いです。ジョン・クランコの晩年(1965)の振り付けは、優雅という言葉がバレエになったとしか言いようがありません。ドロテ・ジルベールはこの10年で本当に“立派”になりました。昔は、本当に“可愛らしい”という感じだったのですが、今は体つきも引き締まって、エトワールとしての貫禄が感じられます。デュポンやアルビッソンは、年齢でそんなに雰囲気が変わった感じはありませんが、ドロテは違います。ですので、この日のタチアナも後半、侯爵夫人としてオネーギンと再会する時のほうが、ドロテの今の魅力が良く出ています。体の動きの緩急にメリハリがあり、あきらかに舞台を支配する力があります。この風格あるタチアナに、ブザールも頑張ってひけを取っていないのが素晴らしい。この人脚のすねの部分が本当に細くて長い。歩くのや駆けるのがものすごく綺麗です。ですので、最後の寝室のパドッドゥで部屋から駆けだして(追い出されて)行くところが、目に焼き付きます。僕は、この場面、ルグリで何度も見ています。特にルグリとルディエールの素晴らしい演技は忘れられません。でも、この二人もその伝統をきっちり受け継いでいました。

 それに比べて、レンスキのジェレミー=ルー・ケールはちょっと物足りない。何か締まらない感じでしたね。スジェとプルミエールの差はけっこう大きいという感じがしました。1幕目の群舞は素敵でしたね。ボリショイのような正確さには欠けるかもしれませんが、パーティの場の雰囲気を充分に醸し出しています。

 このクランコの演出、もともとはオペラの音楽で振り付けようとしたとのことで、とてもオペラっぽいです。METでのカーセンの演出の“エフゲニー・オネーギン”やマイリンスキーのステパニュクの演出も、舞台作りが似ています。

 それにしても、オペラ座の豪華なロビー、緋色で座り心地の良い椅子、シャガールの天井画というものを体験して見るバレエは、他で見るバレエとは全く別の体験です。堪能しました。

 別の話ですが、今年、エトワールのエルヴェ・モローが引退です。引退公演は5月の予定で、演目も「ロミオとジュリエット」に決まっているのですが、まだ本人の出演が決まっていません。というか半ば絶望的。怪我につぐ怪我でここ数年まともに踊れていません。デュポンのアデュー公演でも結局ボッレにその相手役を譲ったんです。今回ももし5月に踊るなら、既に引退して芸術監督に就任しているデュポンが相手を務めるという噂もあったのです。僕も家内もモローの大ファン。この日バックオフィスのインフォメーションのお姉さんに家内がモローの現状を聞いていましたが、どうも駄目なようです。残念ですね。こうなると、2014年に日本でデュポンと踊った「椿姫」は奇跡のようだったんですね。

 ともあれ、雪の降るパリで、素晴らしいオネーギンを見られて幸せでした。さて、ミラノに向かいますが、向こうも雪のようです。

 
 


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