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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

イル・トロヴァトーレ バーリ歌劇場

来日した(初?)、イタリアバーリ歌劇場の「イル・トロヴァトーレ」初日(6/22)に行ってきました。家を出る前にネットのサイトをチェックしてびっくり、唖然。レオノーラ役のバルバラ・フリットリが気管支炎のために降板!これは残念。あの甘い美声でレオノーラが聴けるのが、この公演の最大の楽しみだったのに〜。

それでも、公演全体としては素晴らしいパフォーマンスで大満足でした。男声3人が素晴らしかった。シモン・ボッカネグラのパオロ、ピエトロ以上に脇役だけど、重要なのが、ルーナ伯爵の家臣、フェルランド。1幕目は地の底から響くようなティンパニに続く、短い序奏を経て、いきなり歌い始める彼の独壇場なのですが、アレッサンドロ・スピーナが、バスとしては、実にくっきりと発音が聞こえる透明な声で場を締めます。モゴモゴしないバスっていいですね。フルラネットほど軽くはないのですが、重々しすぎなくて、「家臣」という役にぴったりでした。カーテンコールでも脇役とは思えない拍手をもらっていました。

そして、マンリーコを歌ったフランチェスコ・メーリ。今までに聴いた彼の役では、ローマ歌劇場来日の際の、シモン・ボッカネグラのガブリエーレがとても印象に残っていますが、この日は、マンリーコの悲劇性を明るく艶のある声をコントロールして表現力豊かに歌ってくれました。声の強弱とか、感情のトップに持って行くところが、実にヴェルディっぽい!今、ヴェルディを歌うテノールとしては最高でしょうね。イタリアのテノールとしてもフローレスとタイプは違いますが、ならんで2大(?)テノールだと思います。3幕目の「ああ、愛しい人よ」、「見よ、恐ろしい炎を」は圧巻。声量がたっぷりあるのですが、それを否応無しに聞かせるという感じがしません。ただ、最後のハイCは上げなくても良かったかなと個人的には思います。(とは言っても上げなかったのは聞いたことがないですけど)そして、ルーナ伯爵のアルベルト・ガザーレも素晴らしかったですね。この人も明るい声で、実にイタリアっぽいです。もう少し表現力が出てくればもっと良いと思いますが、これだけの男声2人が揃ったイル・トロヴァトーレは聴いたことがありません。

やはり、残念だったのは、フリットリの代役のスヴェトラ・ヴァレンシア。バーリでは良く歌っているようですが、今回の代役は急遽決まったようで、相当に緊張していたようです。登場してすぐは、声もかすれ気味で声量も乏しく、どうなることかと思いましたが、序々に良くなってきました。4幕目の長いアリアでは、随分調子が出て来ていたと思いますが、、カーテンコールでも拍手が少なく、ちょっと可哀そう。良く頑張ったと思います。僕はフリットリは、シモン・ボッカネグラのアメーリアでは数回聴いているのですが、他の役では聴いていません。今回は残念でした。ただ、イタリアではそろそろキャリアも終わりかけているとも言われています。今年後半から来年は、なんとノルマに挑戦します。たまたま11月に家内とアルゼンチンに行くので、その時にコロン歌劇場で彼女のノルマのチケットを取りました。降板しないでね。。

それで、この日の公演をスーパーなものにしていた立役者は、指揮者のジャンパオロ・ビサンティでしょう。実に格調があります。それでいて堅くなく、静かな中に情感が水面から飛びだそうと渦巻いている。盛り上がるところでは、歌手の声量と同じレベルまで上がって、音楽が一体化する至福の時が訪れました。知的で優雅。実に聴き応えがありました。

この公演の3日前、ビサンティとガザーレの歌唱付き講演会を、イタリア文化会館アニェッリホールで聞いたのですが、とても面白かったです。ガザーレのサービス精神は旺盛で、ピアノに合わせて自分のパートだけでなく、マンリーコやアズチェーナのパートまで歌ってくれました。これも、ヴェルディ協会の主催でした。会員無料は嬉しいです。

おそらく、今日(6/24)、そして来週の琵琶湖での公演は、もっと良くなると思います。当日券もあるのでは?是非、行って頂きたい公演です。

指揮:ジャンパオロ・ビサンティ
演出:ジョセフ・フランコニ・リー
管弦楽:バーリ歌劇場管弦楽団
合唱:バーリ歌劇場合唱団

マンリーコ フランチェスコ・メーリ
レオノーラ スヴェトラ・ヴァシレヴァ
ルーナ伯爵 アルベルト・ガザーレ
アズチェーナ ミリヤーナ・ニコリッチ
フェルランド アレッサンドロ・スピーナ
イネス エリザベッタ・ファッリス

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フィデリオ@新国立劇場

ここ数週間、オペラファンの間では、随分話題になっている「フィデリオ」の最終日、新国立劇場まで行ってきました。

 まずは、カタリーナ・ワーグナーの新制作の演出について書かないわけにはいかないでしょう。もう、色々なブログで語られていますので、内容をご存じの方は多いと思いますが、カタリーナは2幕目以降最後までのあらすじをすっかり変えてしまっています。レオノーレに助けられてフロレスタンとハッピーーエンドで終わるところを、この二人ともが刑務所長のドン・ピッツァロに刺殺されてしまい、開放されるべき全囚人も、結局牢の中に戻されるという、暗い結末なのです。初日のカーテンコールではカタリーナに拍手とブーイングが入り乱れたとのこと。ブーイングも彼女にとっては勲章でしょうから、さぞかし満足したことだと思います。

 僕は、と言えば、予想していたほどのインパクトは受けませんでした。もともとの台本のハッピーエンドに無理があると思っていたので、こういう読み替えもありかなと思いました。しかし、3階建ての凝りに凝ったな舞台を作り、大がかりな読み替えをするという労力、そして新制作ということで費用も馬鹿にならないでしょう。それだけのことをしてくれたのに対しては、正直「無駄なこと」をしたなぁと思わざるをえません。バイエルン歌劇場のタンホイザー(カステルッチ演出)の時は、演出の趣旨を理解しようとして頭をひねったり、醜悪な死体の意味がわかりかねて腹が立ったり、色々と神経を刺激されたのですが、このフィデリオは、刺激がないのです。つまり「だるい」のです。腹も立たないし、解釈にもある程度ついていけるのだけど、下手すると「眠くなる」演出でした。

 その大きな理由の一つが、重要な読み替えの殆どの部分が、第二幕途中に入れられた「レオノーレ序曲第三番」が長々と演奏される間にパントマイムで行われたことにあります。演奏と歌手の動きは良くあっているのですが、このやり方なら、どんなに下手な演出家でも、好き勝手に演出できます。台詞のあるところを、演出で読み替えるというのが、演出家の腕の見せ所だと思います。ミキエレットの美術館編の「ランスへの旅」、コンビチュニーのミクロの決死圏風「マイスタージンガー」、グラハム・ヴィック(この人は好きではないが)のEUとスイスの問題を取り上げた「ウィリアム・テル」などは、オペラ本編自体の中で「読み替え」をしています。これに対して、カタリーナは、重要な読み替え部分を、「レオノーレ第三番」の追加演奏の間にほとんどやってしまったわけで、言ってみればカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲の間に、トゥリッドゥは怖じ気づいてどこかに逃げてしまい、最後に死んだのは替え玉だった、と読み替えるのと同じようなものです。

 正直、このレベルの演出で、新国立で再演可能なんでしょうか?僕は、正直読み替え演出、好きなほうなのですが、再演される条件としては、演出の完成度の高さと、もうひとつ、「どのように理解していいのか?」という問題提起をしていることが挙げられると思います。この意味では、決して好きではなかったのですが、カステルッチのタンホイザーは、2度も見てしまいました。今回の、カタリーナ・ワーグナーの演出で理解ができないのは、最後に出て来た偽のレオノーレが、ドン・ピッツァロの情婦か何かなのか?という疑問くらいで、あとは、小学生の学芸会のように、みなわかりやすいのです。最後に悪が勝つ、というのも、「そりゃそうだろうなぁ」という感じ。安手のサスペンス映画を2度見る気がしないのと同じで、この演出を2度見る気にはなりません。ですので、ブーイングする気にもなりませんでした。

 一方、指揮とオケ、歌手は素晴らしかったと思います。飯守マエストロの最後の新国立でのパフォーマンスとして、本当に集大成!先日の、ミョンフンの情感豊かな指揮にくらべて、荘厳な、様式感のある指揮でしたが、実に満足。歌手陣では、マルツェリーネの石橋栄美、ジャキーノの鈴木准の日本人若手が望外に良かったです。もちろん、フロレスタンのグールドもレオノーレのメルベートも素晴らしかったですが、個人的にはレオノーレは、先日のミョンフン指揮東フィルで、レオノーレを歌ったマヌエラ・ウールのクールな歌い方のほうが、“フィデリオ”役には合っているような気がしました。

 マエストロミョンフンは、「フィデリオは演奏会形式でやるのがベスト」と言っていますが、今回のような演出で見せられると、まさしくそうだと思います。いや、今回のような演出でなくても、やはり“歌唱付き交響曲”というイメージが強く、音楽の力強さを感じることがベートーヴェンへのリスペクトかなと思いました。

指揮:飯守泰次郎
演出:カタリーナ・ワーグナー
管弦楽:東京交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団

【キャスト】

ドン・フェルナンド:黒田博
ドン・ピツァロ:ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
フロレスタン:ステファン・グールド
レオノーレ:リカルダ・メルベート
ロッコ:妻屋秀和
マルツェリーネ:石橋栄実
ジャキーノ:鈴木准
囚人1:片寄純也
囚人2:大沼徹

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