プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

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勘三郎逝く

ああ、勘三郎が亡くなってしまいました。僕の人生の中で、大好きだった先代勘三郎と18代目が二人亡くなったことになります。僕が初めて歌舞伎を見に、母に連れられて歌舞伎座に行ったのは、多分小学校4-5年の頃だったと思います。父母とも、歌舞伎が大好きで、今の僕と家内がオペラを見るように、歌舞伎にはまっていました。で、切符が余ったんだと思います。でなければ小学校で歌舞伎には連れて行ってもらえないでしょう。その時の演目なんかは覚えていませんが、先代の勘三郎と、勘九郎(今の勘三郎)が出ていたんです。で、母に「あなたより年下なのよ」と言われて、こりゃ、すごいもんだと思ったのを強烈に覚えています。何か時代物だったような気がします。

それからしばらくして高校から大学の間、けっこう歌舞伎にはまりました。とにかく先代の勘三郎、大好きでした。名勘三郎は先代も、今も世話物でしょう。そこに、アドリブをどんどん入れる。政治や経済、スポーツの話などつぶやいて、客席まで降りてくる。その頃、そういう江戸時代風の世話物をやれるのは、先代勘三郎しかいませんでした。

先代は「中村屋!」ともかけ声がかかりましたが、住んでいた渋谷区宇田川町にちなんで「宇田川町!」というかけ声、これは大向こうから常連の客が時々かけていました。これが格好良かったなぁ。住まいの名前で呼ばれていたのは、あとはやはり先代の尾上松緑の「紀尾井町」くらいでした。(訂正→勘違いしていました。宇田川町は歌右衛門(6代目)への掛け声でした。ここにお詫びと訂正)

勘九郎は、その親のセンスを全部見事に受け継いで、素晴らしい役者になりました。時代物の忠臣蔵なんかもいいけど、やっぱり世話物がいいなぁ。最近はオペラばかり行っていて、歌舞伎は2年に一回くらいしか行きませんが、4-5年前の歌舞伎座の寺子屋の松王丸、そして新作「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の置屋の親父、玉三郎のお園とのやりとり、いや、泣けました。新作でこんなのがあるのとびっくりしました。

正直、この世代横並びになっている、他の人気役者の中でも、群を抜いてうまいと思います。

フェイスブックで知り合った、関西の演劇評論家の方が、ワーグナーは時代物、ヴェルディは世話物と呼んでいて、これはぴったりと思いました。僕はさらに、プッチーニは新派で、バロックオペラは能か文楽と思いますが、僕は歌舞伎でもヴェルディ派。世話物が大好きです。でも、好きだった、富重郎も芝翫も鬼籍にはいってしまい、今、勘三郎が57歳の若さで去ってしまった。先代は70代後半まで舞台に立っていました。なんとも残念です。e116443dfe9a79a4b2e1cc30f8caaa04.jpg
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