プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

新国立「セヴィリアの理髪師」の憂鬱

「XXXの憂鬱」というタイトルのブログを時々アップするようになってしまいました。勘三郎の逝去での落ち込みを、振り払おうと期待して行った今日の「セヴィリアの理髪師」、今帰ってきましたが、結論から言うと「癒やし」の効果は薄かったです。

僕は、自分のブログを書くときも、オペラを観劇する時も、他の方の書いたブログは、見ないようにしています。プログラムも買うことがありますが、読むのは終演後家に帰ってからです。でないと、素人に毛が生えたくらいの、僕のレベルでは、予断が入ってしまうのです。ただ、公演に行く前の1週間くらいは、色々違う演奏を聞き比べます。それが、下準備の勉強です。

ところが、今日は、新国立に開演2時間半前に着いてしまい、喫茶店でやることもなかったので、「セヴィリア」のブログを色々と見てみました。概して、指揮者と、フィガロ役のイェニスの評判が良かったようですが、実際、終演しての感想は、この二人が、ロッシーニの傑作を台無しにしたという感じを持ちました。まず、指揮者のモンタナーロ、以前に蝶々夫人では聴いていて、それなりに良かった印象があるのですが、セヴィリアの序曲が始まった時に愕然としました。平坦で、立体感のない演奏、ロッシーニのもつワクワク感が無い!。管楽器も弦楽器も、音量同じで上がるか下がるかだけ。音が被さってきて、ピチカートやクレッシェンドが交差する立体感がないんです。昔の重厚なワーグナーみたいな指揮でも、今の軽い古学的な指揮でも、この立体感はロッシーニならではです。まるで、バロックの室内楽みたい...は言い過ぎか。でも最後まで、そういう演奏でした。

「セヴィリア」は曲が少なく、レチタティーヴォが多いので、いざ曲が始まるときには、ワクワク感が気持ちを高揚させるんです。それが最後までなかった。

そして、イェニス。この人は、ロッシーニ歌うべきではないですね。一声目から、”ド”ヴェリズモ声です。その声を無理無理ロッシーニのベルカントっぽくしようとするので、指揮と同じく平坦になってしまう。歌うアナウンサー。ま、行きがけの車で、ヌッチとバルトリのCDを聴いていたのも悪かったとは思いますが。。

なんとか、この演目を救ったのは、バルトロのブルーノ・プラティコと、ロジーナのロクサーナ・コンスタンティネスクです。プラティコについては、説明はいらないでしょう。超ヴェテランのバリトン。数週間前の、ヌッチのリサイタルの時に既に来日していて、聴きにきていました。歌ういかたは知り尽くしていて、演技ができる余裕があった、タダ一人の歌手。ロクサーナは、まだまだこれからという感じの若手ですが、自分の実力を良くわかっていて、その範囲内でベストな歌唱をしてくれました。アジリタ、装飾などまだ物足りないところがありますが、音程は非常に正確で、ウナポコ(Una Voce Poco Faをこう個人的に呼んでいます。うなぎとたぬきの混じったキャラクターみたいですが)は相当練習したんじゃないでしょうか。とにかく一生懸命で気概が伝わりました。基本的にベルカントなんでしょうが、ウナポコの途中の "Ma!"の表現が、全くマリア・カラスdした。机たたくところまで。声質はややくぐもった感じありますが、それでもすがすがしい声でした。

伯爵の歩手リョは....すみません。コメント無しです。カヴァーの新国立研修所卒の糸賀修平君の甘いテノールのほうが、ずーっと良いです。(ピーター・グライムズにも出てましたが) 変わって欲しかった。

ロッシーニ、詳しくないのに、こんな断定的なこと書いていいんでしょうかね。でも、ここ2年間で1ダースくらい見た新国立の演目の中では、最低だったと思います。小高さんと、飯盛さんの間に落っこちゃったんでしょうか。

それと、これも定かではないんですが、なんかアリアとかカットされてませんでしたか? 何か抜けている、何か短い。。勘違いかな。

ロッシーニ協会の会員の方に、今日の感想聴いてみたいです。僕はヴェルディ協会会員ですので、間違っていたらごめんなさい。

言いたいこといいまくりのブログになってしまいました。
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