プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

シモン・ボッカネグラ いずみホールの勇気、堀内康雄の輝き

ああ、やっと“シモン・ボッカネグラ”を日本で聴くことができました。それも素晴らしいシモンでした。僕自身はヴェルディの最高傑作だと思うこの演目、海外では最近、ブームというほどに頻繁に公演されているのに、日本ではさっぱりです。ですので、しかたなく、海外にシモンを見に行く旅を何度もしました。チューリッヒでのレオ・ヌッチ、METでのドミンゴ、サンフランシスコでのホロストフスキーなど。

 先日、新国立のホワイエで開催された加藤浩子さんと山崎太郎さんの、「ヴェルディとワーグナー対談」、これはとてもおもしろかったのですが、対談中にシモン・ボッカネグラの話題になった時、加藤さんがいきなり横を向いて、勢揃いした新国立のスタッフに向けて、「どうして、ここではシモンを全然やってくれないんでしょうねぇ。」と言っていましたが、全く同感。

 今回のいずみホール主催のシモンは、タイトルロールが堀内康雄。彼は何度も聴いていますが、いつもジェルモンだったりアムナズロだったり、主役で長い時間歌うのを聴くのは初めてです。彼のシモン、とにかく素晴らしかったです。プロローグこそやや堅い感じがしましたが、一幕目に入ると完全に役に入り込み、素晴らしいヴェルディ・バリトンを響かせます。やっぱり、この人は世界に一流です。輝かしい高音域と、表現力に満ちた中低音域。ホロトフスキーのシモンなど目じゃないです。3幕目で毒をあおってからの、演技力、表現力は鬼気迫るものがあり、完全に引き込まれました。素晴らしい歌手が歌うシモンの3幕こそ、ヴェルディの「泣けるオペラ」の頂点だと思います。

 そして、この演目で、とても重要なのがパオロ。プロローグでシモンが出てくるまで、彼がオペラを引っ張ります。そして2幕目の終わりも彼のうめく声で終わります。この日のパオロは、“イル・デーヴ”でおなじみの青山貴、これも良かったんです。短い序曲が終わってすぐにパオロの第一声が入りますが、これが悪いともうそのシモンはダメ。でも、彼は素晴らしかった。歌手陣ではこの二人が引っ張りました。ガブリエーレの松本薫平も初めて聞きましたが、なかなか良かったです。

 いずみホールはクラシック専門ホールですが、オペラをやるようには出来ていません。そのため演奏会方式のように、オーケストラと歌手が同じステージに上がります。演奏会方式と違うのは、オケの後ろに小さなひな壇のようなステージが作られ、そこで歌手は演技もするのです。スペースは限られますが、ストーリーの流れや、各ロールの性格や立場も良くわかります。

 オーケストラには正直、それほど期待していなかったのです。カレッジ・オペラ・ハウス管弦楽団という名前からして、音大生主体かなと思って。ところが、これが、なかなか良かった。音自体は荒いところもありましたが、河原忠之の卓妙な指揮で、実にイタリアっぽく直情的な演奏を聴かせました。

 ただ、音響的には、歌手が壁にはりつくような感じで歌うので、反響がやや大きすぎました。また、合唱団が入るスペースが無いので、二階の脇で歌うシーンでは、音楽との一体感に欠ける感じがありました。しかし、この狭いスペースで良く、ストーリーの難しいシモンを表現したと思います。

 小さいホールですが、客席は満席。おそらく定期会員も多くいるのでしょう。公演が終わってのカーテンコール(カーテンはないのですが)の間に席を立つ人が一人もおらずに、客質の高いことがわかりました。ただ、一人、フィナーレでフィエスコが「シモンはもう天に行ったのだ」と言って、終わるか終わらないうちに「ブラヴィ!」にはちょっとフライングですね。

 今年の、ヴェルディ生誕200周年、東京での公演の演目は、やたらトラヴィアータが多いです。そして9月は、スカラ座と新国立でリゴレット、あとはナブッコ、仮面舞踏会、ファルスタッフ、レクイエム、26あるヴェルディのオペラのうち、ほんとに名の知れたものしかやりません。先日の、ハンガリー国立歌劇場のトラヴィアータ、エヴァ・メイをタイトルロールにして手頃な値段でも、空席が目立ちました。一方、いずみホールのシモンは満席。東京の劇場もプロモーターももう少し考え方を変えたほうが良いのでは?200周年というこの時にこそ、ヴェルディのファンが見たいと思う作品をやってほしいものです。シモンはもちろんのこと、二人のフォスカリ、ルイーザ・ミレル、スティッフェーリオ、レニャーノの戦い。オベルト、アッティラまでやってくれとは言いませんが、そのくらいなら充分に客を集められると思うのです。

 ですから、今回のいずみホールのシモンの勇気には大拍手を送りたいと思います。ホールを貸しているのではなくて、自主公演!!堀内康雄さんも、この一日のために、多くの時間を費やして素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。だって、彼の持ち役でもないシモンを、プロンプターボックスもない劇場で、これだけの高い質で味合わせてくれたのですから、ブラヴィッシモ!です。

 藤原歌劇団も、ヴェルディの色々な作品を、彼のタイトルロールでやれば良いのになぁ、と思います。

 今、大阪から帰りの新幹線の車中。また、近い将来いずみホールに来ることがあるような気がします。
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