プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ローマ歌劇場「シモン・ボッカネグラ」2014-5-31

僕の一番好きなオペラ、それは「シモン・ボッカネグラ」だということは何度もこのブログに書きました。その割には生でシモンの上演を見た回数は今日を入れても6回です。6回なら充分多い気もしますが、一方ではトラヴィアータは15回以上見ていますから、決して”充分”多く見た感じはないんです。しかし日本国内で滅多にやってくれないんです。1973年にクラウディオ・アバドがスカラ座を率いてNHKオペラで公演してから、40年の間に演奏会形式を入れて日本では3回公演されているだけかと思います。僕がシモン最初聴いたのは、アバド指揮のCDやDVD、ライブで見たのは2008年サンフランシスコでホロストフスキーがシモン、指揮はルニックルス、が最初、次が2010年METでドミンゴがシモン、晩年のジェームズ・モリスがフィエスコ、指揮レヴァイン、そして、なんとも素晴らしかったのは2011年のチューリッヒ歌劇場でした。タイトルロールのレオ・ヌッチ、フィエスコがカルロ・コロンバラ、アメーリアがタマラ・イヴェーリ、アドルノがサルトリ、そして、なんとパオロがマッシモ・カヴァレッティというプレミアムな公演。指揮はリッツィ、演出はジャンカルロ・デル・モナコ。彼の演出で、リグリアの海に戻って姿が消えていくヌッチのシモンに泣きました。ホテルに帰るまで「ヒックヒック」してましたね。

そして、日本では、昨年のいずみホールの堀内康夫さんの素晴らしい上演、去年はNHKホールで演奏会形式もありましたが、これは体調不良で行けませんでした。そして、今年3月のモデナのパヴァロッティ劇場でのヌッチのシモン、2度目です。コロンバラとサルトリはチューリッヒの時と同じ。指揮は若手で頭角を現しているチャンパでした。ついこの間のことです。

で、今日のムーティのシモンは全く新しい、あるいは異形のシモンになるだろうことは、ナブッコからも予想(覚悟?)できていました。彼がアバドをなぞるような指揮をすることはないでしょうから。思った通り、プロローグから力のある音が出てきました。彼の描くリグリアの海はアバドのそれが、月夜にゆらゆらと揺れている海だとすると、暴風の予感のするリグリア海です。オテロみたいですね。まずは、このテンションの高さに付いていけるかなと思いましたが、パオロ役のカリア、ピエトロのダッラミーコが序盤を素晴らしく歌います。パオロが主要登場人物のフィエスコが出てくるまでを、相当の高いレベルの歌唱で持たせないと、このオペラは後がどんなによくても駄目です。ナブッコのザッカーリアみたいなもんです。そして、ムーティのどんどんと高まる緊張感のある指揮。フィエスコが現れて娘の死をなげくところで、もうひとつのピークに達しています。グッと来ました。いつもならこのプロローグは、1幕の25年前ということでこんなに高い場所まで持って行かない指揮、演出が多いのです。だって、まだシモンも登場していないのですから。

このテンションの高さ、盛り上げの強さ、長めの間の取り方は最後まで続きます。本当にアバドとは別の世界。むしろ、バレンボイムに近いかもしれません。しかし、僕はこの音作りは魅力的だと思いました。もともとシモンというオペラは「名誉」と「赦す」という2つのテーマから出来ています。これは、ヴェルディが、自分に反旗を翻していたアリーゴ・ボイトを赦して、このシモンの改作を一緒に行ったことからはじまっていると思います。そして、最後に自信を暗殺しようとしたガ仇敵のブリエーレ・アドルノを赦し、次の総督にすることを宣言して息絶える。アバドの音作りは、この「赦す名誉」を音の基本にしています。あくまでインテンポに淡々と流れる感じ。アドリア海のうねりが全幕を通じてメトロノームのように(実際にそういう音楽が流れてはいませんが)心に入って来るのです。ヴェルディらしいと言えると思います。これに対し、今日のムーティの音作りは「赦さない名誉」つまり、フィエスコ、ガブリエーレ、パオロの側(ダークサイドオブ シモン!)の名誉を鋭く際立たせていたのではないでしょうか?うなるような打楽器、強調された不協和音。特にガブリエーレを赦してシモンが息絶えた時にひびく不協和音と、フィエスコの不気味な「彼は死んだ。冥福を祈れ」という声は、史実上でその後起こった、アドルノ家とグリマルディ家(フィエスコ家の本編での家名)による、ボッカネグラ家の一掃を予期させます。いやー、考えすぎかなぁ。

シモンは1857年にフェニーチェで初演されましたが、その後24年間お蔵入りになり、24年後の1981年に前述のボイトとともに大幅な改訂が行われて、スカラ座で再演されています。今は、初演版が上演されることはないようですが、長いプロローグの初演版も聴いて見たい気がします。

3月にイタリアに行ったとき(シモンと真珠取りを見に行きました。)にジェノバにシモンの生家と墓碑があるというので行きたかったのですが、どうしても時間的にかないませんでした。行きたかったです。そこからリグリア海が見えるのかわかりませんが、これほどシモン・ボッカネグラというオペラが好きならば、史実に実際生きた彼の何かに触れたい思いがあります。

ムーティの今日の指揮は、スターウォーズで言えば、"ダースベーダー”とその仲間を主人公にしたようなすごさがありました。これはすごい。フィエスコ役のベロセルスキー(さっきまで名前間違えてました。失礼!)は昨日に続いての出演ですが、今日のほうが表現力を駆使して、苦悩を現していました。それを音楽が強くアピールする、そういうスタイルです。歌手ではガブリエーレ・アドルノのフランチェスコ・メーリが群を抜いていました。しかし、いつものメーリとは違う。それは、ムーティが手で合図をして、歌の最後を無用に(ムーティにとっては)伸ばさないように止めていたのです。ですので、甘い感じよりは、格調のあるガブリエーレが聴けました。アメーリアの恋人というよりは、アドルノ家の殺された頭領の息子という感じですね。なにかベルゴンツィっぽくさえ感じました。

そして、今日はノーブルの演出も良かったのです。「実存主義」ですね。特にいつも違和感を感じる、シモンがマリアの死骸を簡単にカーテンの向こうかなんかで見つけてしまうところを、今日はドアを開け、ランタンを持ち地下室に下っていく様子まで表現していました。そして、一幕目の終わりのViva Simon!のところも、マリアの死にうちひしがれている彼を肩車に乗せて退場するなんてありえないでしょう。シモンにぶん殴られますよ。今日はシモンの周りで控えめに踊って騒ぐだけ。ジェノヴァのシンボルカラーであるワイン色もふんだんに使われていて、昨日のナブッコの演出とは比較にならないくらい良かったです。

オケも昨日より全然良い。昨日かなりムーティに喝を入れられたのでは?と思ってしまいます。はっきり言って、昨日は二流、今日はスカラまで行かないけれど素晴らしかったですね。

僕は、3月にモデナでのシモン・ボッカネグラを聴く前の日に、今年1月に亡くなった、クラウディオ・アバド、彼がいなかったら、シモンはこんなに上演されていません、彼の眠るボローニャの墓にお参りをしました。アバドは僕に「そこの日本人よ。君も60歳になったのだし、シモンを愛しているなら、憎むものも赦しなさい」と言ってくれました。

それに対して、今日のオペラでは、「赦さないことの重荷」を強く感じてしまいました。今迄聴いた中で、もっとも重く、最もドラマチックなシモン。いつもとは違った形で僕の胸を打ちました。ムーティの生き方そのものじゃないですか?ムーティは長かったスカラ座自体にもシモンは振っていないはずです。ローマに来て、はじめて選んだシモンをこのようなスタイルにするのに長い時間がかかったということでしょう。

今日のシモン・ボッカネグラを聴いて、やっと今回のローマ歌劇場の来日の価値が腑に落ちた感じがします。ただし、今後も必ずやこのオペラを追っかけて各地を巡るだろう僕は、多分ムーティのこのシモンはもう聴かないでしょう。僕自身は「赦す名誉」に到達できればと願っているです。そして、ヴェルディが望んだシモンはそれだと思うのです。なんだか自分の人生とこのオペラを一緒くたにしていますが、そのくらいこのオペラは僕の人生を変えたんです。

褒めているんだかけなしているんだかわからない? でも、とにかく感動しています。

歌手についてコメントしていませんでした、シモンを歌ったペテアンはムーティに育てられたようですが、ヌッチやブルゾン、グェルフィなどに比べて声が美しすぎる。表現力が不足していました。最後のほうでようやく少し良くなりましたが。アメーリアのブラット、皆さん「まあ良かった」という感じですが、フリットリの降板ということを考えるとチケットの3割は価値が無くなってしまいました。ブラットの歌い出しのところはかなりひどかったですから、「その後良くなった」とは言いたくないです。フリットリの降板については色々と言われていますが、去年に続いてですから、その理由によっては、彼女はきちんとした治療を受けて万全の体調になるまではリサイタルなどもやめるべきではないかと思います。大好きな歌手ですが、無責任という言葉が口から出かかっています。

ところで、家内が調べたところ、ムーティは最近動乱の地に赴いてコンサートをやっているんですね。2000年以降も外地ではスカラ管弦楽団とコンサートをやっています! ムーティ、客演でもいいからスカラで振ってくれないかな。(家内はいつもこういう貴重な情報を見つけてくれます。感謝!)

それから、最後に、来年1月ウィーンでヌッチのシモンやります。指揮はまだ決まっていないようですが、ヌッチ、フリットリ、フルラネット、ヴァルガス! すごっ!! 行きたいなぁ!
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