プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

オーレリ・デュポンX勅使河原三郎「睡眠」2回目

 タイトルに「勅使河原三郎xオーレリデュポン」と書きましたが、これはあくまでデュポン贔屓の僕の書き方で、この公演の主役はあくまで勅使河原三郎でした。勅使河原は、な、なんと御年61歳!僕と同じ歳。とてもそうは見えない外見と鋭い動き、とどまることのないスタミナ、息をのむ表現力の豊かさは鬼気迫るものがあり驚愕です。演出のすべて、美術、音楽、ライティング、衣装をすべて自分でやる彼のスタイルは、実に緻密な舞台を作っていました。特に細かいアクリル板を上下させて、そこに光を当てる舞台作りは本当に美しかった。

 勅使河原は、昨年の秋にもオペラ座のために「闇は黒馬を隠す」という作品を作っていました。キリアン、ブラウンと彼が3つの現代作品を演出したわけで、彼の実力がどれほど欧州のバレエ界で認められているかがわかります。その時はデュポンはジェレミー・ベランガールと彼の作品を踊ったとのことで、それが今回の公演に伏線としてつながったようです。

 それにしても、バカンスは絶対に長く取るフランス人のデュポンが、その休みの多くをつぶして日本でのこの1時間20分の作品に参加するというのは異例でしょう。世界バレエ以外で8月のスペシャルな公演と言うのはあまり覚えがありません。来年の5月20日のガルニエ宮での「マノン」を最後にエトワールを引退する彼女の新しい道が今回の勅使河原との踊りの中に見えるでは、と期待して2日目の15日と楽日の17日に観劇しました。

 デュポンは、昔はルグリ、そしてル・リッシュ、最近はエルヴェ・モローを相手役に、モダンバレエの舞台を数多くやっています。特にノイマイヤーやキリアンなどの難しい動きを完璧にこなし、その存在感のある踊りは他のエトワールの追随を許さないと僕は思っています。今年の3月に来日した時の椿姫(相手役は男でも惚れそうなエルヴェ・モロー)は彼女の生の舞台でもベストのひとつでした。http://provenzailmar.blog18.fc2.com/blog-entry-432.htmlあとは、僕が大好きなのは、プレルジョカージュ振り付けの「ル・パルク」とキリアンの「扉は必ず」。特に後者は彼女とルグリの最高傑作だと思います。https://www.youtube.com/watch?v=PHRM8HbqKqM

さて、今回の「睡眠」は、僕としては初めて見るデュポンの完全コンテンポラリー、そして珍しく、パートナーと手も触れないフリーなバレエでした。過去に ”Dancing at gatering” などの素晴らしい「一人バレエ」の作品はありますが、今回も彼女の豊かな表現力、舞台全体を支配する”ノーブル”とも言える比類無き気品、そして何より静止している時に「空に浮いた静止」と、「地にのめり込む静止」の2つの重量感を使い分けているように感じられるほどのすごい存在感が、彼女の魅力として充分に舞台を支配していました。これにはうなるほど感動しました。

ただ、何か他のダンサーと違うんです。勅使河原とは、その違うところで異質な者同士がマッチして新しいものを生み出していると感じるのですが、(睡眠できない男とそれに導くデュポンというイメージ?)、佐東、そしてあと二人のKARASのダンサーとは、踊りの動きが近いだけに、明らかに違うその動きの差が気になるのです。これは、一緒に観劇に行った僕の長年の知人で、自身もコンテンポラリーのダンサーであるMs. Y.H.に、あとで解説を頼みました。彼女いわく、デュポンのようにクラシックの基礎を習得していダンサーは、「重心を高く保つ」、また「胸の呼吸は閉じている」ことが身についている。これはコンテンポラリーのダンサーとは逆だそうです。ですので、デュポンは他の3人の女性ダンサーよりも腰高に見える。そして激しく手を宙に挙げる時も、他のダンサーは勢いを付けて、肩を一旦少し下げてから手を出すのに対し、デュポンは何の前触れもなくスッと手が上がる。

 こう言ったところは、オペラ座の他のダンサーと踊っていると全く違和感が無いのですが、この舞台に限って言えば、デュポンが自身は意図しなくても、舞台上を覆うように作っている彼女の「結界」とも言える部分が土星の輪のようにデュポンの踊りについて回ります。これに対して、低い重心で地からわき出てくるようなKARASのダンサーがその結界に入れないでいるように感じました。

 そして、もう一つ不思議だったのはパンフレットの表紙やキャストの写真には、デュポンの衣装は白い糸くずが垂れたようなけっこうセクシーなものだったのに、この日はリクルート用みたいな黒いパンツと普通のブラウス。何か、急に衣装が替わったような気がしないでもなかったのですが、これはY.H氏によると、去年のオペラ座の衣装だそうです。パンフレットの表紙は眠りの精のようなデュポンとそれに引っ張られんとしている勅使河原の写真が黒いバックに浮き出しているのですが、けっこう誤解を生みますね。公演後、帰る観客の間からも「衣装どうして?」という声は多く聞かれました。本来、写真の衣装を使うつもりだったのでしょうか?でなければ、あれだけの露出で衣装をアピールしているのは不自然です。僕は、デュポンは最もドレープが似合うダンサーだと思っていますので、この衣装でも見たかったという願望はあります。

 15日の公演で感じたこの異和感をそのまま持って、17日の東京での最終日のステージに臨みましが、今日のデュポンは15日よりもずっと自由に、周りを気にせずに踊っている印象を受けました。15日にはやや未消化な感じを受けたKARASのダンサーと一緒に踊る部分は、もっと合わなくなっていましたが、「合わせよう」という意識がなくなった分、彼女の結界は素晴らしく美しく、まさに水を撒いたばかりの庭のようになっていました。

 Y.H.氏によれば、クラシックで一流のダンサーがコンテンポラリーをやるためには、相当の新しい練習をしなくてはならないとのこと。オペラ座出身でも、ギエムやジル・ロマンなどベジャール派の人はオペラ座にいた時からそういうことをやっているので、すぐにコンテンポラリーに移れたのでしょうが、デュポンはあくまでクラシックが下地です。(彼女のDVD「オーレリ・デュポン 輝ける一瞬に」などを見ると良くわかります。

 オーレリには来年の引退以降も、先週完全引退を49歳で発表したギエムの歳まで、あと6年は踊ってほしいもので。しかし、実際に踊れる場を考えると、やはりかっての「ルグリと仲間達」のようなスペシャルなプロモーション的な舞台がふさわしいのではと思います。コジョカルだって自分の「仲間達」とプロジェクトをやっているくらいですから、デュポンが望みさえすればそのような場は持てると思います。15日の舞台を見たときは、彼女が新たにコンテンポラリーに挑むのかなと思ったのですが、今日の舞台では全くそれを感じませんでした。今、既に完成されている彼女の美しい踊り、ダンサーとしてだけでなく「人間」を感じるその存在自体を変える試みはしてほしくないですし、おそらくしないでしょう。

一方で、彼女はインタビューでも家庭への復帰を漏らしています。2度の産休を経て踊ってきた彼女は、子供達と夫、ベランガールとの時間を多く取るようになるのでしょうか? そうなると、主にオペラ座で教えながら時々チャンスがあれば踊るという程度の露出になってしまうでしょう。

 今回の「睡眠」への出演が、彼女にとってもしかすると、ひとつの決断をするきっかけになる可能性は充分にあると思います。新しい方向性を見つけてくれれば、この舞台は彼女の新しい「夜明け」になるようでしょうし、そうでなければ「夕暮れ」になってしまうかもしれません。そうするとやっぱり来年5月のガルニエ宮での「マノン」は行くべきでしょうか?

 それにしてもクォリティの高い公演でした。勅使河原三郎の公演自体を作る構成力はすごいものがありますね。前から6列目と、バレエではベストの席ではありませんでしたが、デュポンを堪能するにはベストシート。S席で7,000円-。€55,00-です。9月にフランス語版のドン・カルロでまた行きますが、日本のMETも頑張ってくれています。ちなみに、この公演、まだ名古屋と神戸で一公演づつあります。新幹線代をかけても見に行く価値がありますよ。

あと、ペーザロのロッシーニフェスティヴァル、現地の色々な方々から情報が入ります。来年は行きたいなぁ.....欲望限り無し。。。。



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