プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

”リゴレット”二期会、3日連続(長文です。)

リゴレット、二期会

 今年の国内でのオペラ公演で、最も楽しみにしていたのが二期会の ”リゴレット“。おととい2月19日の初日から3日間連続で聴いてきました。指揮は、アンドレア・バッティストーニ。 彼は24歳でデビューしてまだ3年、”新進気鋭”と言われてきましたが、最近になって、楽器店のクラシック売り場にCDのコーナーが出来るほどの人気になり、“50年に一度の天才”とか”ムーティの再来”とか言われるほどになっています。

 タイトルロールが上江隼人のAキャストで2日間、成田博之のBキャストで1日聴きました。しかし、Bキャストのほうは、昨日20日の開幕時間に仕事の関係で間に合わず、2幕目から会場に入ったので、ここではお目当てでもあった19日と21日のAキャストの公演を中心に書きます。まず、一言で言って「凄い体験だった!」としか言いようがありません。

 ヴェルディのリゴレットは、僕のオペラ観劇回数としては、トラヴィアータの次に多く、10回ほどは聴いている公演ですが、なんと言っても、シモン・ボッカネグラ同様に、レオ・ヌッチ翁の名演がテンプレートのように頭に焼き付いています。リゴレットはヌッチしかいないというテンプレートですね。しかし、今回の公演はその観念をひっくり返す、新しいパワーを持ったパフォーマンスでした。

 バッティストーニが指揮に入るタイミングは、ムーティーの「間髪を入れず」というほどではないですがかなり早いです。本人は先日の講演会でも指揮のスタイルについて、バッティストーニの故郷であるヴェローナの音楽祭で多くタクトを振っている、ダニエル・オーレンの指揮ぶりに影響を受けていると言っていましたが、確かにかっこいいです。かっこいい指揮から良い音楽が出てくるとも限らないですし、その逆も言えますが、若手の指揮者とは思えない余裕に満ちた、振り回し過ぎず、しかし、聴衆を指揮棒だけで魅力する振り方をします。なので、指揮者が良く見える席を取ると、指揮者だけ見てうっとりしてしまうので、初日は奮発して平土間の7列目、真ん中の席を取りました。ここからだと指揮者の頭と、時々タクトが見えるだけなので、音楽と舞台に集中できるのです。そして3日目は3階のL席1列目(ここは指揮者が良く見えます)で指揮の様子も堪能しました。

 僕の予想では、マエストロは前奏曲(序曲というほど長くない、2分ほど)から鳴らしてくるだろうというと思っていたのですが、あっさりそれは裏切られます。ボリュームは前奏曲全体としては低め。しかし、彼独特の彫刻的な音楽感は「呪い」を現すトランペットとトロンボーンのユニゾンと、その後に来る旋律を奏でる震えるような低音の弦で、このオペラの「哀しみ」をより強調するようなスタートを切ります。「呪い」のテーマの音楽の印象は音は小さいけれど、冒頭に僕の頭にすり込まれ、その後もモンテローネが出てくるたびに繰り返されるこのモチーフ(?)が、他のどのリゴレットの公演よりも強く印象付けられました。

 そして一幕目、マントヴァ公邸の宴会の幕が開くより前に、バンドの音楽が始まりますが、ここも舞台奥から聞こえるような小さな音で、しかも小さなバンドだということがわかる、まるでバロックのような調べ。しかし、スピードは速く正確です。この部分で既に破綻してしまったリゴレットの公演を聴いたこともありますが、今回はなんと言う素晴らしいスタート。この箇所でも、オペラ全体色々なところでも、マエストロは、時々すさまじくスピードを上げる(“ストリンジェンド”と言うのでしょうか?)のですが、これにオケも歌手もぴったりと付いてきます。オーボエやクラリネット、そしてコントラバス(3幕の始めなど)をピックアップするようにして、非常に幅の狭い音楽の路を作り、そこを歌手を追い詰めて渡らせるような感じにしたり、逆に合唱では、厚い絨毯の上で歌わせるような感じ。そのように自由にオペラ全体をコントロールしていきます。

 2012年のナブッコ、その後の「ローマ三部作」、「新世界」、と、来日する度に驚きを与えてくれ、その天才ぶりを示してきたバッティストーニ。基本的には、「鳴らす」タイプで、その鳴らし加減で、冒頭にも書いたように音楽を彫刻のように構築してきました。それもラファエロやダ・ヴィンチではなくて、ミケランジェロのように鋭角感を出した音楽作りをしてきたと思います。しかし、今回のリゴレットはだいぶ違いました。特に”弱“の部分の繊細さと、表現の深さが、その後に来る”強“の演奏、、たとえば3幕目のラストなどを、くっきりと浮き上がらせていました。例えば本人も講演会で言っていたように、2幕目最後のカヴァレッタ “Si vendetta(復讐だ)“は、なんとピアニシモから始まります。ヌッチのそれとは歌唱も大きく違います。最初から「復讐」の感じではないのです。むしろリゴレットの悲しみから始まり、歌うにつれてそれが怒りに変化していくように思えます。最後の部分でもジルダはトーンを上げますが、リゴレットは通常よりも1オクターブ低く歌い終わります。一日目は、bisを叫びましたが、(講演会でマエストロもそれを催促しているふうがあり「もしアンコールがあれば、その時は最後を上げるかもしれない」と言っていたので)その余裕も与えずにマエストロ退場。考えてみれば、この”Si vendetta”にはエンタテイメント要素はないのです。本当に悲しみと恨みにとらわれた男の悲痛な嘆きなのです。ですから、bisをしてその後、リゴレットがジルダと抱き合って観客に挨拶をすることで、オペラ全体の意図が崩れてしまうということだったのではないでしょうか。

 そして、指揮者の意図は、上江隼人のタイトルロールによって、実に素晴らしい舞台を作りだしていました。彼は、本人がそう呼ばれるのを好きかどうかは大変疑問ですが、「ピアニシモのバリトン」と言われることがあります。それほど、弱音での低音が美しいのです。しかし、そんな簡単な表現で、この公演の彼を表現することはできません。こ上江さんは、本当にピアニシモからフォルテまで素晴らしかった。ヌッチのリゴレットとは全く異質ですが、リゴレットの内面、その苦悩と悲しさを見事に、また、オーバーな表現を使うのでなく、全く自然に現しているところはあっぱれとしか言えず、僕自身は、ヌッチとは別のリゴレットのひとつの新しい金字塔を建てたと言って良いと思います。「悪魔め、鬼め」のアリアでも、最初の怒りの歌唱が、マルッロら、マントヴァ公の取り巻きにすがりつくように変わる部分の表現、レチタティーヴォっぽく哀れに話しかけていくところは聴き応えがあり、僕のリゴレット観劇史上としては初めて、この部分でもう涙がたっぷりと溢れてしまいました。

 それは、彼の歌唱が上手いというだけの理由ではないと思うのです。マエストロも上江さんもヴェルディに関する”研究“、”洞察”はそれは凄いものがあります。上江さんは、彼のその能力と蓄えたインテリジェンスをすべて使って、リゴレットを単なる道化、つまり原作ヴィクトル・ユゴーの “王は愉しむ” に出てくる主人公をオペラ化した役にしていないのです。このオペラが1851年にヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で公演された頃、ヴェルディはパルマ郊外のブッセートに、愛人のジュゼッピーナ・ストレッポーニと住んでいました。ブッセートの人は保守的で、ストレッポーニの過去や、カトリック教徒から見て、結婚もしないで住んでいる二人に対する非難や嫌がらせを彼等にぶつけていたのです。事実ブッセートの教会にジュゼッピーナが一人で行くと、廻りに大きな空間があいたという話が伝わっています。

 ストレッポーニをモデルにしたヴェルディのオペラというと、”トラヴィアータ“が挙げられますが、僕はどちらかというとヴェルディとの関係では、この”リゴレット”が、二人の関係を現した作品ではないかと思います。リゴレットは、その時のヴェルディ自身を現し、ジュゼッピーナをのけ者にする街の人々に対する怒り、ジュゼッピーナを弄んだ男達への怒り、そしてもちろん、ジルダは彼が守るべきジュゼッピーナを現していると思います。リゴレットの初演の年に、ヴェルディは、そのようなブッセートの人々に別れを告げ、街から約10km離れた田舎の自分の農場の中に大邸宅を建て、その中に二人だけのための正式の祭壇をカトリック教会の認可を得て礼拝できるようにして、引っ越してしまうのです。以降、彼は亡くなるまで、ブッセートの街と人々とは、彼に惜しむ無く援助を与えたバレッツィ家以外とは冷えた関係だったようです。

 途中の説明が長くなりましたが、今回の上江さんのリゴレットは、まさしくその頃のヴェルディの想いが乗り移ったとしか言いようのない鬼気迫るものがありました。リゴレットの衣装を借りたヴェルディの魂が歌っていたとしか思えないのです。今回の公演を聴いたヴェルディファンにはそう感じた人が僕以外にもいると思います。

 3幕目、その最後で目を閉じる娘に”Mia Gilda,e morta!”と声をかける、その”Mia Gilda!”の部分の表現があまりにも“劇的でなく”自然であるのが、彼がこのリゴレットを研究しつくしたことを物語っていると思います。僕は、ここ「悪魔め、鬼め」から我慢をしてたのですが、この “Mia Gilda”で号泣でした。つぶやくように言った「ジルダ…」は、呪いの結末に失ってしまったものへの行き場の無い嘆きを、どんなに劇的な表現よりも現していました。もう一度言いましょう。上江さんの歌唱は、1日目でも、言葉に表せないほどに素晴らしかったのですが、3日目はさらに奇跡のようなパフォーマンスでした。4重唱が終わってから最後までの、彼の歌唱と、これも1日目よりまた素晴らしくなった佐藤優子さんの歌唱と、マエストロの張り詰めて、ここで「鳴らしてきた」音楽には、本当に打ちのめされるほどの感動を覚えました。特にこの3幕目がこんなに凄いのは、体験したことがありません。3日目の2幕目が終わった時に、マエストロが両手を挙げて拳を作って満足そうな様子をしていまいしたから、3幕目は彼も全開だったのでしょう。3日目に来られた方は、倍くらい得をされたかと思います。

 歌手では、昨年二期会でオランピア役でデビューした佐藤優子さんのジルダが素晴らしかったです。マエストロが講演会で「このオペラでは、過去のことを思い出す時にベルカント歌唱を使う。」、と言っていましたが、その通り、この「慕わしき人の名は」では、彼女がマントヴァ公(グァルティエール・マルデという学生の名を名乗っているが)との出会いを回想するところでベルカントが美しく使われていますが、佐藤さんのコロラトゥーラの歌唱が素晴らしい!

 話がちょっと横道にそれますが、僕の大好きな1966年のカンヌ映画祭グランプリの“男と女(クロード・ルルーシュ監督)”では、回想の部分だけカラーで撮影し、現実は白黒で撮影されています。過去が美しく輝くという意味では、似ていると思ってしまいました。

 ジョン・ハオのスパラフチーレも素晴らしかったと思います。殺人者の不気味さを余すところなく振り回していました。終演後の楽屋でも、まだその余韻があり、ファンの方々もハオさんには近づきがたいほどでした。

 そして、谷口睦美さんのマッダレーナが本当に輝いていました。彼女も1日目から絶好調でしたが、3日目はeven better! でした。マッダレーナは出番は三幕目だけですが、ジルダ同様にマントヴァ公を救おうとし、その心が、もう一人の自分と同じ心を持った女性を死なしてしまうという、複雑な役です。メゾとしての声の美しさとともに、力強さ、迷う心の表現ができないと4重唱も3幕目も盛り上がりません。この点、谷口さんは素晴らしかったです。

 マントヴァ公の古橋郷平さん(Aプロ)、決して悪くはなかったのですが、やや冗長な感じがあり、3日目2幕目の最初は高音がひっくり返りそうになっていました。山本耕平さん(Bプロ)のほうは、押さえた、やや知的すぎるマントヴァ公だったかもしれないですが、「良心のかけらがある、、」それだけにジルダがのめりこんでしまうという設定で考えると、今回の公演には彼の歌唱のほうががあっているかなとも思いました。

 今回のマエストロ・バッティストーニと上江隼人さんはリゴレットの新しい扉を大きく開いたと思います。“鳴らさない”バッティストーニは、今月日本コロンビアから発売されたばかりの、彼の「イタリア・オペラ管弦楽・合唱名曲集」の中の、”運命の力“や”トラヴィアータ”の序曲にも同様のことが感じられます。ヴェリズモのカヴァレリア・ルスカティーナの間奏曲でも大きく鳴らすことはしていないのです。その分、表現力がものすごい。

 最後に、パルマ王立劇場から持って来た演出と舞台装置も素晴らしかったと思います。パルマのサイズに合わせたのか、1幕目のリゴレットの部屋や、2幕目のマントヴァ公の邸宅の舞台装置では、文化会館の舞台上左右に1-2メートルの黒い何もない部分ができ、舞台が小さくなりましたが、それが良い方に出て、イタリアの中規模の劇場にいるよう感覚がしました。美しい舞台装置と、イタリアそのものの指揮、と上江さんの美しいイタリア語の発音(と言っても、僕が良くわかるわけではありませんが…)で、イタリア感を満喫というわけです。

 いや、これ以上書くと、素人ブログとしては長過ぎ(既に長い)ますので、終わりにしますが、近い将来に、カルロ・フェリーチェでバッティストーニと上江さんの共演(スティフェーリオとか?)を聴きたいものです。

スタッフ
指揮: アンドレア・バッティストーニ
演出: ピエール・ルイジ・サマリターニ/エリザベッタ・ブルーサ
美術: ピエール・ルイジ・サマリターニ
照明: アンドレア・ボレッリ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団

Aキャスト
マントヴァ公爵:古橋郷平
リゴレット:上江隼人
ジルダ:佐藤優子
スパラフチーレ:ジョン ハオ
マッダレーナ:谷口睦美
ジョヴァンナ:与田朝子
マルッロ:加藤史幸

Bキャスト
マントヴァ公爵:山本耕平
リゴレット:成田博之
ジルダ:新垣有希子
スパラフチーレ:伊藤 純
マッダレーナ:加藤のぞみ
ジョヴァンナ:小泉詠子
マルッロ:山口邦明
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