プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

「運命の力」の話

 先週、「運命の力」を聴いてから、どうもすっきりしません。新国立で公演したヴェルディ作品としては、相当出来が悪かったと思います。その8割方の責任は指揮にあると思います。

 僕の行った8日には、控えめにマエストロにブーイングも聞こえたという人もいましたが、定かではありません。

 いずれにしろ、このオペラは台本にはタイトルほどの力がありませんから、ストーリーに魅せられるオペラじゃないと思います。改訂前のピアーヴェの原作、つまり、ペテルブルグでの公演時には、最後アルヴァーロが自殺するのですが、イタリアはカソリックの国ですから、1869年のスカラ座のイタリア初演時には、ギスランツォーニによって、生き延びるようになるのです。これだけでも、締まりのなくなったオペラになった感じはありますが、プレツィオッジラというジプシーの娘が、戦争を賛美する不思議さ、メリトーネ神父と行商人トラブーコの不自然な陽気さあたりのストーリー展開が、1850年から59年の間に書かれて、ヴェルディが作曲した、のソンマの仮面舞踏会、ピアーヴェのトラヴィアータ、シモン・ボッカネグラ、リゴレット、カンマラーノのイル・トロヴァトーレに比べると、台本の完成度がひどく低いと思うのです。

 一方で、音楽の完成度は高いと思います!ヴェルディの音楽は、シチリアの晩鐘あたりからフランスの影響を受け(特にマイヤベーアなど)、美しい音楽に変わってはきましたが、本当にグラン・オペラ形式にのっとり、イタリアのオペラ・セリア形式を捨てたのは、この「運命の力」ではないかと思うのです。仮面舞踏会では、まだベルカントの曲が残っていますが、「運命の力」ではそれもなくなり、改訂版では、序曲も立派になりました。

 ですので、このオペラは、曲で聴衆をグーッと引きつけてしまわないと、アラばかり見えてくるのです。序曲ばかりが、演奏されるのもそういった原因があるかと思いますが、メータの指揮の時は、全くアラは見えませんでした。また、TUTTO VERDIのパルマでの GELMETTIの指揮も、ものすごく素晴らしいかというと、そうでもないんですが、それでもこの美しい曲で引っ張ります。

 その点で、ホセ・ルイス・ゴメスは力不足が甚だしかったなぁと思うしだい。元々マッシモ・ザネッティが振るはずだったのが、早い時点で「芸術上の理由」で指揮者が変更になったんです。ここらへんも何かありそうですね。
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/news/detail/140818_005723.html

本当であれば、飯守マエストロが、このヴェルディ中期の名作をどう振るのかを聴きたかったです。でなければ、バッティストーニの後を追う、若手指揮者を呼んで欲しかった。フランチェスコ・イヴァン・チャンパなど、今ちょうど呼び時だと思います。ダニエル・オーレンの弟子というのも、バッティストーニとのライバルみたいな感じ(バッティは弟子ではないけど、オーレンの指揮を見て育っています。)がありますし、何より、今ヴェルディを一生懸命振っている。僕は、I masnadieri(群盗)とシモン・ボッカネグラを聴きましたが、若々しくて、力強く良かったです。

 このブログを読まれている皆様には、是非、バッティストーニのCD "イタリア・オペラ管弦楽・合唱名曲集”の中の「運命の力」序曲を聴いてほしいと思います。彫刻のような立体感と美しさ、そして塊のような強さのある「運命の力」の序曲が堪能できます。 http://columbia.jp/battistoni/ このCDには他にもナブッコやトラヴィアータ、マクベス、アイーダの中から選ばれた曲に加え、ロッシーニなども聴けます。素晴らしいです!
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