プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

椿姫 新制作 新国立劇場

 5月13日水曜日のマチネの公演に行ってきました。平日というのに、ほぼ満席。「椿姫」という演目の日本での人気は高いのだなぁと、改めて認識。また、今回のプロダクションが非常に好評であることも客足を増す要因になっているのでしょう。

 僕自身も、椿姫の観劇回数は他の演目を大きく引き離してます。そんなこともあって、トラヴィアータ・イヤーと言われるくらい上演の多い今年、初めてパリのモンマルトル墓地にある、椿姫=ヴィオレッタのモデルとなった実在の女性”アルフォンシーヌ・プレシ“のお墓参りに行ってきました。それが、つい先週の木曜日のことでしたが、昨日の新国立で、イヴ・アベルの指揮で序曲が始まると、舞台の紗幕にそのお墓の墓碑が投影されるではありませんか?あまりのタイミングの良さにびっくりするとともに、お墓で色々と考えたことや感じたことを思い出して、もう涙ぐんでしまいました。いやはや…..

 新国立劇場のプログラムでは、“マリー・デュプレシ“がヴィオレッタのモデルの本名となっていますが、これは彼女が自分で”商売(クルティザンヌ=高級娼婦)のために選び、1840年頃から使い始めた名前であって、墓碑には本名の“アルフォンシーヌ・プレシ”という名だけが刻まれており、舞台の字幕にもそのように出て来ます。1824年1月15日生、1847年2月3日没。24歳の短い生涯でした。

 紗幕には墓碑の後に、今も残る彼女の肖像画が現れます。今回タイトルロールを歌った、ベルナルダ・ポプロはスロベニアの若手ソプラノ。当初はラナ・コスがキャストされていたのが彼女に代わったようですが、2011年か12年のROH(ロイヤルオペラハウス:ロンドン)のトラヴィアータで、降板したエルモネラ・ヤオの代わりに、ヴィトリオ・グリゴーロと舞台に上がり、大好評を得たそうです。その古風で美しい顔立ちは、コメディーフランセーズに残る、マリー・デュプレシに良く似ており、舞台では髪を真ん中で分けていたので、余計に「過去の実在の女性」という印象が強くなりました。
th-th-DSC01127.jpg
【モンマルトル墓地のアルフォンシーヌ・プレシの墓。横の墓碑が序曲とともに紗幕いっぱいに投影された。】

 このポプロ、本当に素晴らしかったです。声質としては軽いほうでは無いと思いますが、とても清らかなピアニシモが印象的です。ピアニシモでも、ただ音が小さいだけではなく、その中に表情がある。1幕2場でヴィオレッタが、ジェルモンに向かって”morro”(私は死にます。)と叫びます。ここは、歌手によって机を叩いたり、崩れ落ちたりする“演技”の場面ですが、ポプロは、自然に振る舞い、その後に続く“la mia memoria, non fia ch’ei maledica”(私の思い出を彼が悪く言いませんように)の部分を、細い細いピアニシモで美しく糸のように歌うのです。これには参りました。ポプロのヴィオレッタは、終始か弱く、時には可愛いらしいのですが、実際良く見ていると、名誉ある強い女性の面もきちんと演出で打ち出しています。この1幕2場もそうですし、2幕でアルフレードが札束を投げつけるシーンでも、倒れ込むことなく、スッと踵を返して階段を上ってサロンから去って行く。そしてその後に、”Alfredo, Alfledo, du qyesto core, Non puoi comprendare tutto l’amore”(アルフレード、アルフレード、この心のすべての愛情を貴方は解らないのね。)と、またまたそれは美しいピアニシモで歌うんですね。ほとんど他の演出では、この部分はヴィオレッタがアルフレードに懇願するようになります。ヴィオレッタが札束まみれで歌うケースもありますから。哀れなヴィオレッタがクローズアップされるのところなのです。しかし、今回の演出では札束にまみれているのはアルフレードで、ヴィオレッタはそれを高い位置から見下げて悲しむのです。いや、格好いいではありませんか!

 3幕目のヴィオレッタの最期でも彼女は(後で述べますが、これは既に死後の幻想になっていると思います。)、倒れることなく右手を高く、自由の女神のように挙げ、独立した女性であることを示していると、僕は感じました。

 このフランス人のヴァンサン・ブサールの演出は実に素晴らしかったです。序曲に紗幕に墓碑を投影したのですが、3幕目の途中からヴィオレッタだけが紗幕の前に出て、アルフレード、ジェルモン、アンニーナ、グランヴィルは紗幕(お墓をシンボライズしていると思います。)の向こうに立ち、その位置も終わりに近づくにしたがって段々遠く霞んで行きます。これは、明らかに既に3幕ではヴィオレッタは亡くなってしまっていて、駆けつけたジェルモン親子は、ヴィオレッタの最後のかなわなかった願いが、幻想か蜃気楼のように立ち昇っていると言う表現をしたのだと思いました。だからこそ、ヴィオレッタは2度は死ななかったのです。このような演出は初めてではありませんが、ブサールのそれは、決して観客に彼の思いを押しつけることなく、「そのように見てくれてもいいですよ」という優しさがありました。

 プレシのお墓を訪れた時に、ガイドブックなどでは「すぐそばには、愛人で“椿姫”の作者であるデュマ・フィスの墓もあり」と書かれていることがありますが、実際には100m以上離れています。その差は、まさしくプレシとの距離を表していると思いました。デュマ・フィスはアルフレード(小説では“アルマン”)のモデルであり、自身でその体験を小説にしましたが、プレシ(トラヴィアータの小説では、“マルグリット・ゴーチェ”)を本当に愛し続けて、最後まで看取ったわけではないのです。プレシは、庇護者であったペレゴー伯爵と、当時としては考えられない「階級の差」結婚を1846年にしています。ですので、死後もモンマルトルの墓地に入れたのです。高級娼婦で墓地に入れるということは、その当時はなかったと聞きます。また、プレシは、ピアニストとしても名高かった、音楽家フランツ・リストとも深い付き合いがありました。これがプレシの本当の恋だったようです。1幕2場から舞台上に出て、カードのテーブルになったり、ベッドになったり、墓標のように見えるピアノは、おそらくは、プレシが実際の生涯で唯一人本当に愛したフランツ・リストを表しているのだろうと、僕のオペラの師や先輩は言っていました。そう思います。いくつかの書簡がそれを証明しています。しかし、リストの墓はモンマルトルから遠くバイロイトにあります。プレシは今もこれからも一人で眠っていくのだなぁ、、、そんなことを、先週僕はお墓の前で考えていました。

 ですので、余計、この演出は胸にこたえました。パリの光は青いのです。写真を取るとわかりますが、夕刻以降のパリは、実際には汚く見えても写真に取ると青い美しい光に包まれています。ブサールの舞台も青が基調でした。

パリ青
【本当は汚いパリのポートロワイヤルの地下鉄駅も写真に撮ると、青の光で美しく見えます。一切レンズやデジタル加工なし。馬鹿チョンカメラの映像そのまま。】


 そして、指揮のイヴ・アベル、今迄に聴いたトラヴィアータでも最高のひとつに入ると思います。生では聴いていませんが、ジュリーニの4分の長い序曲のスカラ座の1955年版、2007年当時チューリッヒ国立劇場の音楽監督であったウェルザー・メストの指揮、そして、今回のイヴ・アベルの指揮、と言ったら褒めすぎでしょうか?

 とにかく洒落ているのです。「洒落ている」といういうと、安っぽい感じがしますが、洗練されている。。要所要所でピチカートや金管、木管を浮き出すように使い、テンポも歌手の先を行ったり、少し遅れたり、全く同時に音を上げてユニゾンのようにしたり、実に美しい音楽を織りなしていました。僕は、この指揮者初めて聴きますが、良く知る人には高い評価を受けているのですね。納得です。

 アルフレードを歌ったアントニオ・ポーリ、イタリアの若手で今人気が高まっています。輝く高音で歌った2幕目のアリア“燃える心”そして続いての、良く省略されるカヴァレッタ“心が痛む(Oh, mio rimoroso)”は最後を下げましたが、素晴らしかった。3幕目の”パリを離れて”も胸に来るものがありました。しかし、ところどころで、あきらかに気が抜けた声が出てくるのです。1幕2場の最初の“Lunge da le per me”もそうでしたし、2幕のヴィオレッタとの重唱のところも、ポプロに差をつけられていました。声の切り替えがうまく行っていなかったのか….ここらへんはもう一度聴きたいと思います。

 ジェルモンのアルフレード・ダサ、声量はたっぷりあり(あり過ぎる?)演技も上手ですし、前回の藤原でも省略されてしまった、“プロヴァンス”のあとのカヴァレッタを歌い、親ばかさ加減を露呈したところも、3幕に遅れて駆けつける事と一貫性があり良いと思います。しかし、これは演出上のこと。声は、いかにもバス・バリトンっぽ過ぎるのです。僕は、個人的には、ヴェルディの作品の中でも、トラヴィアータのジェルモンはハイ・バリトンが好きなので、今回はむしろ、ドルフォール男爵を歌った藤原の須藤慎吾さんのほうが、ジェルモンでは素晴らしい歌唱を何度も披露しているのを聴いていたので、代わってもらったほうが良かった感じでした。

 あとは、残念だったのは、2幕目のフローラです。先月の藤原の公演の時もちょっと書きましたが、トラヴィアータでのフローラは、エヴォリ公女まで行かないにしても、マッダレーナくらいの重要度はある役だと思っています。1幕目でアルフレードとヴィオレッタが会う夜会、そして両者が別れる夜会はとても重要です。両方の夜会とも、ホステス役のヴィオレッタとフローラは同じように歌い出して始まります。この夜会でフローラがヴィオレッタに負けずに、ビシッとしてくれないと、2つの夜会が、ロード・オブ・ザ・リングではありませんが、”Two Towers”としてそびえ立たないのです。今回の山下牧子さん、経験豊富なはずですが、ちょっと不調だったのかなぁ、思います。

 しかし、その2点を除けば、指揮、歌手、演出がそろった素晴らしい公演だと思いました。帰宅して、早速来週火曜日のシートを取りました。もう一回ゆっくりと聴こうと思います。

僕
【プレシのお墓の前で神妙な顔の筆者】

フィス
【100メートル以上離れたところにあるデュマ・フィスの墓。ちなみにジェルモンのモデルとなった(?)父デュマ、アレクサンドル・デュマの墓も翌日行きました。パリのパンテオンの地下霊廟にヴィクトル・ユゴーと並んでいました。】








関連記事
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://provenzailmar.blog18.fc2.com/tb.php/528-8d1faa8d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad