プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ばらの騎士 新国立劇場

 5月30日のマチネ公演に行ってきました。ジョナサン・ミラー版のこのプロダクションを初めて見たのは、2007年。演出と舞台の美しさが印象に残っています。

 今回も幕が開くと、思わず「おっ!」と声を漏らしそうになるくらい美しい。この舞台作りの鍵は、1〜2幕では舞台の右に、3幕では舞台の左に、奥行きの深い廊下を作り、ここと主舞台を分けていることでしょう。これにより、歌っていない時の人物の裏での動きと心象風景がきちんと観客に伝わります。また、舞台下手が南という設定になっているようで、大きな窓から光が入ります。2007年では小雨が窓を叩くシーンがあり美しかったのですが、今回は雨はなかったようです。あるいは気づかなかったのか?そのかわり、元帥夫人のベッドの上の絵画に窓からの光がモヤモヤと映る場面があり、これは、かげろうかなと思いましたが、一緒に行った家内は「雪が降ってきたことをイメージさせているのでは?」とのこと、彼女のほうが当を得ていると思いました。いずれにしろ、大変に魅力的な舞台です。ジョナサン・ミラーは最近ではENOのマフィア版リゴレットが話題になりましたが、センセーショナルな読み替え演出から、今回のような正統派クラシックな演出まで、引き出しがたくさんある感じです。登場人物一人一人の描写力も秀でていて好きですね。

 今回は、かなり前から元帥夫人役のアンネ・シュヴァーネヴィルムスが話題になっていましたが、なるほどすごい歌唱力!そして、この役を得意としているだけあって、1幕目と3幕目での心の変わり方の表現が素晴らしい。オクタヴィアンがついに本当の恋に目覚めて、自分から去ったことを悟り、それを自分自身に言い聞かせるところ、そしてそれに続く三重唱は心に響きました。今回は久しぶりのローゼンキャヴァリエだったので、“ショルティXカナワ”、“ハイティングXカナワ”、“エッシェンバッハXフレミング”、“カラヤンXシュワルツコップ”(これが個人的ベストでしょうか、今も聴いています。)などのCDやDVDで予習をしていきましたが、ライブということもあり、アンネ・シュヴァーネヴィルムスはまったくひけを取らないどころか、一番印象的でした。!また、立ち姿も実に美しい。真夏の夜のJAZZのクリス・コナーみたいです。いや、クリス・コナーが元帥夫人のイメージを真似したのかもしれませんね。

 そして、オクタヴィアン役のステファニー・アタナソフも聴き応えありました。なんと言ってもその長身で美しい容貌は宝塚のスターのようで、一幕目の元帥夫人の部屋の遅い朝のシーンは、なまめかしく中性的で蠱惑的、シュトラウスの音楽そのものという感じでした。ちょっと鼻にかかるメゾですが、ロシアっぽさはなく(今回プログラムを買い損ねてしまい、来歴がわかりません)、まさしく、シェーンベルグ宮殿あたりにいる若い貴族という感じ。

 この二人は2007年のニールント、ツィトコーワよりもワンランク上(この二人もとても良かったですが)と思いました。今回は、総じて他の歌手も素晴らしく、警部に妻屋秀和さん、この日は健康上の理由で降板しましたが、ヴァルツァッキの高橋淳さんと日本人も豪華です。この演目、一幕目の花、”テノール歌手“としての地位を築いたかに思われる水口聡さん、Bravo!としかいいようがないです。出て来て、いきなり、100%出力で「厳しさに胸を装って」を歌うのですが、シュトラウスは、この歌手のイメージをカルーソーに置いたというだけあり、かなり難しく、失敗が絶対に許されないところです。水口さん、歌もですが、体格もけっこう貫禄になってきました。

 3幕目の三重唱は、まさしく至福の時でした。3幕目後半、台本としては増長になってしまい、歌が良くないと退屈になるのですが、全くそんなことはなく、若い二人を後押しする元帥夫人に思わず胸が熱くなりました。

 今回、理解出来なかったのは指揮です。シュテファン・ショルテス、大変な経歴と現在でも第一戦でシュトラウスのスペシャリストとして活躍していると言うののですが、序奏の最初のホルンから仰天というか落胆。ばらの騎士の序奏はさきほど書いた「予習用CD」のどの指揮者も、聴く者に魔法をかけるような、退廃的な美しさと、水晶柱の輝きのような音を出し、キラキラ感に溢れるのですが、ショルテスの序奏は、ばらばら感に溢れて、まったくシュトラウスの特徴が出ていませんでした。知人からはホルンが8本になっていたのではという指摘もありました。ピットはぎゅうぎゅう詰めだったので、そうかもしれません。しかし、そうだとしても問題は違うところにあると思います。帰りがけの観客の中にも「序曲おかしくなかった?」という声あり。僕のFBにも同様の声ありで、これはショルテスが意図的にそういう響きにしたのだと思います。ジュリーニのトラヴィアータの序曲が「止まっているようだ」と言う人もいるのですから(僕は一番好きなトラヴィアータですが)、こういう指揮もありなのだと思います。カーテンコールでのマエストロに対する拍手も多かったです。でも、僕はこの序奏のせいで、一幕目の複雑な気持ちの元帥夫人とお気楽なオクタヴィアンの二重唱などが楽しめませんでした。それと、この日の観客、拍手が早い。まだ最後の音がなっているところでフライングです。先日のトラヴィアータでは、終わってから更に一拍おいて怒濤のような拍手で、見事だったのですがどうしてでしょうね。

 で、この指揮になじめない状況は2幕目でワルツに入るところまで続きます。まったく“溜め”がなく、スカッとワルツにはいってしまいます。このオペラに限らず、シュトラウスの響きは、ワーグナーの影響は受けていますが、もっと絵画的な、、、具体的に言えば(個人的趣味もありますが)クリムトの絵のような退廃的で、金泊を使った表現のようなものがあると、いつも思います。しかし、その“クリムト感”がやってきたのは、ようやく最後の三重唱でした。初日にも来た知人は「初日よりだいぶ良くなった。」とのこと。やはり、これは新しいシュトラウスの解釈の仕方なんだろうと思います。東フィルの力不足は考えられませんし。ただ、3幕目の3重唱のあたりでは、そういうことが気にならないようになってきました。こちらが慣れたのか、あるいは指揮とオケの合体が上手く行きだしたのか….

 思い出せば、2007年のペーター・シュナイダーの指揮は、とても重かったです。重すぎたと思いました。しかし、クリムトは序曲から降臨してくれました。今回は、どちらかと言うと“カンディンスキー”が降臨した感じ。

 こういう場合は、本当はもう一回聴きに行くのがいいのでしょうね。でも来週からまた海外なので(オペラ不毛のラスベガス)、ちょっと無理そうです。

 とは言え、飯守さんが芸術監督になってから、新国立の全体のクォリティはとてもアップしたと思います。今回、思ったのは、「この“ばらの騎士”を飯守さんが振ってくれていたらなぁ…」という事です。僕は彼のシュトラウスは、ナクソス島しか聴いていませんが、軽妙で洒落ていて、しかし音のひとつひとつが輝いていて素晴らしかったです。まあ、来シーズンの“ラインの黄金”を楽しみにしましょう。

ばらの騎士
指揮:シュテファン・ショルテス
演出:ジョナサン・ミラー
美術・衣裳:イザベラ・バイウォーター
照明:磯野 睦

元帥夫人:アンネ・シュヴァーネヴィルムス
オックス男爵:ユルゲン・リン
オクタヴィアン:ステファニー・アタナソフ
ファーニナル:クレメンス・ウンターライナー
ゾフィー:アンケ・ブリーゲル
マリアンネ:田中三佐代
ヴァルツァッキ:高橋 淳
アンニーナ:加納悦子
警部:妻屋秀和
元帥夫人の執事:大野光彦
ファーニナル家の執事:村上公太
公証人:晴 雅彦
料理屋の主人:加茂下 稔
テノール歌手:水口 聡
帽子屋:佐藤路子
動物商:土崎 譲

 
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