プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

英国ロイヤルオペラ「マクベス」

 13日のドン・ジョヴァンニに続き、昨日は「マクベス」を聴いてきました。ドン・ジョヴァンニはプロジェクション・マッピングの舞台装置が「新しい!」という感じがしましたが、「マクベス」はとりたてて変わった仕立てはなく、舞台上にあるのは黒いもうひとつの箱のような舞台、そして幕毎にその中にベッドが出来てきたり、檻が出て来たりという程度でした。ただ、ダンカン王が黄金の鎧と馬で出て来たのは、「ここに金をかけたか!」という感じ。

 この公演で何より素晴らしかったのは、パッパーノの指揮でした。輪郭のはっきりした音作りで、軽いところは軽く、重いところは重く、しかし必要以上におどろおどろしさを出さず、緩急自在に手綱を締めたりゆるめたりして、歌手を引っ張ります。ドン・ジョヴァンニより歌手の前に出る感じがありました。特にヴェルディ初期のテンポ感のある指揮は良かったです。5月のシャンゼリゼ劇場でのガッティ指揮の公演も、彼にしてはだいぶ軽い音作りをしていると思いましたが、パッパーノはやはりヴェルディを良く理解していると思いました。最初の嵐を思わせる序曲からだいぶ弦が厚いなと思い、幕間に首を伸ばして(4階最前列だったので)ピットを見ると、コントラバスが6台!ここらへんも金管木管を前に出して鳴らしていたガッティとだいぶ違います。イタリア的かというと、やはり英国の上質感に溢れている音作りという気もしますが、まあ、こちらヴェルディ好きですから、どうしてもここらへんは点が甘くなります。

 歌手では、タイトルロールのサイモン・キーンリサイドの重厚かつ安定した歌唱が光りました。ただ、演出がシンプルなこともあり、マクベスの苦悩する内面が今ひとつ出ていない感じがしました。パリでのマルトーネの演出はやや過剰なくらいこの点を責めており、マクベス夫人とダンカン王の不倫を示唆するシネマが流れたりしたのです。そこまでやらなくてもいいかとは思いますが、バンクォーの亡霊が、バンクォーそのものが出て来てスパイダーマンのように檻にはりつくなど、やや興ざめな演出もあり、マクベスのはらわたが出てくるような苦悩を期待していた僕には淡泊だった気がします。

 マクベス夫人のリュミドラ・モナスティルスカは、第1幕のアリア(マクベスからの手紙を読むシーンからの)は特に巻き舌が多くて、「これでずっとやられるのか?」と思いましたが、2幕目の、マクベスがダンカン王を殺して「あの部屋には戻れない」と小心者ぶりをさらけ出すマクベスを励ます夫人との2重唱あたりから、巻き舌もなくなり、グっと歌にパワーが出て来ました。そう感じるのは、2幕目になって僕自身もオペラに入り込んで行けたせいもあるかもしれません。キーンリサイドも幕を経るほどに、力強い声が出てきたのですが、やはりレオ・ヌッチや、5月のパリで望外によかったロベルト・フロンターリなどと比べると、破綻がなさすぎるというか、上手すぎるというか、ようは「泣けない」んですね。

 その点はモナスティルスカのほうが良かったかと思います。「この手の血が」のアリアも相当良かったのですし、アリアにメゾソプラノ音域の低い声が要求されるところも、切れのある歌唱と音程が落ちても声量を保って歌っていたところは感心しましたが、キーンリサイド同様に、もう少し破綻を恐れずに、マクベス夫人として狂気に向かって行く内面を表現ししてほしかったです。ちょっとアイーダを聴いているような感じがしました。やはり彼女も声がきれいすぎるんですね。ヴェルディはマクベス夫人に「かすれた声で歌う」ように指示をしたという事を知ったのは、5月のパリでの公演を聴いた後ですが、その時のスザンナ・ブランチーニはこれをきっちりと守り、全編かすれ声という熱唱でした。これはこれでやや疲れましたが、4幕の夢遊病になるころあたりからは少しそういう歌唱法を使ってくれても良かったかなぁと感じました。

 第4幕はベストでした。マクダフ役のテオドール・イリンカイは、「ああ父の手は」は大喝采を浴びていました。また、これは多分シャンゼリゼ劇場の公演にはなかった「マクベスの死」を演じるキーンリサイド、ここでやっとグッと来ました。この「マクベスの死」はオテロの死のように、ここでオペラを終わらせてしまってもいいのではないかと思う次第。その後の「マルコム王を讃える」シーンと合唱は、なんだかリソルジメントの影響があるのかなぁと思ってしまいました。

 なんだか、悪いところを取り上げて書いてしまいましたが、オペラ公演の質としては、ドン・ジョヴァンニより良かったと思います。なにより、パッパーノの指揮と音作りの方向性が明確で舞台のすべてをコントロールしていました。“viva maestro!”ですね。

 ひとつ主催者に苦言を呈したいのは、この公演、あきらかにマクベスの初演版と改訂版を混ぜていると思います。どのような意図で、どこをどのように使ったのかなどについての説明が全く無いのは2500円もするプログラムとしては、不親切です。バレエが外されたこと、マクベスの死が戻されたことくらいはわかりましたが、もっと細かい点での変更もあったはず、そこらへん知りたかったですね。

 マクベスはシモン・ボッカネグラ同様に暗くて地味、テノールの活躍が少ないなどの理由からか、日本で上演されることの少ないヴェルディの名作ですが、たまたま今年は5月と9月に素晴らしい公演を聴くことが出来ました。このくらいの間隔で聴くと、まだ前回のイメージが残っており比較も可能です。貴重な機会でした。

さて、今日は引き続きROHの特別演奏会です。

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:フィリダ・ロイド
美術:アンソニー・ワード
照明:ポール・コンスタブル
振付:マイケル・キーガン=ドラン
殺陣:テリー・キング

マクベス:サイモン・キーンリサイド
マクベス夫人:リュドミラ・モナスティルスカ
バンクォー:ライモンド・アチェト
マクダフ:テオドール・イリンカイ
マルコム:サミュエル・サッカー
医師:ジフーン・キム
侍女:アヌーシュ・ホヴァニシアン
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