プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

マドリッドでの ”ルイーザ・ミラー“

毎年2月から5月の間に、1回はヨーロッパにオペラ観劇の旅に出るのですが、だいたいはイタリア、ドイツ、オーストリア、それとスイスです。今年は初めてスペインに行きました。いつもなら1週間で3-4公演に行くのですが、、今回は10日で2公演というスケジュール。というのは、バルセロナの“シモン・ボッカネグラ”とマドリッドの“ルイーザ・ミラー”の公演の間にニースに行き、美術館を訪れることにしたからです。これは正解でした。仕事もあったのですが、スケジュールをみっちり詰まらせなかったので気分が楽でした。学生の頃に2ヶ月で50カ所のヨーロッパの美術館を巡って以来のニースでは、マチスやデュフィ、ピカソ、シャガールなどを堪能しました。また、バルセロナでは高階秀爾先生曰く「世界で一番美しい美術館」とのピカソ美術館も再訪。ただ、高階先生が講義でおっしゃっていた「中庭に月の光が入り、それが青の時代のピカソを照らす」という情景は、40年前に訪れた時には夜10時まで開館していたので実際に体験できましたが、現在は中庭と美術館は厚いガラスで仕切られ、開館時間も18時までで再びそのような幸福な時間を味わうことは出来ませんでした。

 美術館の話は、また機会があったら書くことにして、さて、マドリッドの王立歌劇場での「ルイーザ・ミラー」の公演です。イタリア語読みだと「ルイーザ・ミッレル」になるので、僕も時々こう呼びますが、一般的にはミラーと呼ばれることが多いようです。

 今回の旅行は、ヌッチを追っかけてきました。当然この公演もミラーはレオ・ヌッチです。ミラーはヌッチも特に大好きな役だそうで、最初に歌ったのはパヴァロッティとロンドンで歌った時だそうで大成功だったそうです。(私のオペラの師匠からの情報です!)一昨年、ジェノバでバッティストーニ指揮でヌッチのミラーがあったので、フライトの切符まで取っていたのですが、どうしても都合が悪くなり行けなくなったので、今回はその仇を討つつもりで昨年の10月にはもうフライトを押さえてしまいました。

公演は演奏会形式でキャストは次の通り
Musical director:
James Conlon
Count Walter:
Dmitry Beloselskiy 

Rodolfo:
Vincenzo Costanzo 

Federica:
María José Montiel 

Wurm:
John Relyea 

Miller:
Leo Nucci 

Luisa:
Lana Kos 

 Laura:
Marina Rodríguez-Cusí

 指揮のジェームズ・コンロンはLAオペラの主任指揮者でフランス物を得意としています。タイスと三部作を聴いたことがありますが、ヴェルディは初めて。序曲から豊穣な音を鳴らしてきます。Tutto Verdiでのパルマのドナート・レンゼッティと、METの91年のジェームズ・レヴァインの指揮を予習で聴いてきましたが、どちらかというとレヴァインに近いです。レンゼッティは、削ぎ削ったようなやや固い音でしたが、レヴァインは豪華な音。この日のコンロンも豊かな音ですが、塊感がはっきりとあって奥行きもあり、饒舌ではありません。なによりイタリアオペラらしいテンポ感があり、これぞヴェルディという満足できるものでした。バルセロナのザネッティより良かったですね。僕はコンロン好きなので、今年の10月のパルマのフェスティヴァル・ヴェルディにも彼が出てくれる(曲目は現在未定)のがとても嬉しいです。

 オペラの展開を予想させる緊張感のある序曲。これはきちんとした「序曲」です。シモンの序奏とは違う。終わったところで早速大拍手です。ヴェルディの三大序曲は「運命の力」、「シチリアの晩鐘」とこれでしょうか?個人的には「アッティラ」も好きですけど。

 その序曲が終わって第1幕、合唱に続きミラーのヌッチとルイーザのラナ・コスが登場。本当の親子みたいですね。ラナ・コスは確か、去年、新国立のラ・トライヴィア-タのタイトルロールで来日することになっていたのが流れたと記憶しています。トラヴィアータ歌いの若手としては、すでにヨーロッパで高い評価を得ていますが、なるほど、リリコスピントと言える最近では珍しい若手ソプラノ、聴かせてくれます。しかも美貌です。1幕目、長く続くミラーとのやりとり、その後現れる婚約者ロドルフォとの二重唱(合唱付カヴァティーナ?)と歌いっ詰めですが、フルパワーで舞台を支配します。しかし、序曲といい、ロドルフォとの「言葉にできないほど愛しているは」のメロディの親しみ易いこと。すぐに覚えて鼻歌にできます。

 今回のロドルフォ役はフランチェスコ・メーリが歌うことになっていたのですが、いつのまにか降板しており、若手のヴィンチェンゾ・コスタンゾが代わりに出ていました。残念ながらレベルの高い歌手陣の中でやや彼が弱かったです。特に1幕は声が「青い」感じでした。時間を経るに従って、随分良くなり、最後はBravoをもらっていましたので、「がっかり」というほどの感じではありません。

 で、ヌッチですが、1幕目のアリア「伴侶を選ぶことは神聖な選択(Sacra la scelta e d`un consorte)」から、もう素晴らしい!短いアリアですが、まさしくヴェルディバリトン!というこの曲で、もうbisが出そうな拍手とbravoの嵐! ちなみに、リセウに比べてこのテアトロ・レアルの観客はオペラを良く知っていました。雑音も出さないし、拍手のタイミング、かけ声の掛け方も素晴らしかったです。

 ワルター伯爵のドミトリー・ベロセルスキーは2014年のローマ歌劇場(w/ムーティ)来日の時のシモン・ボッカネグラでフィエスコを歌って、喝采をあびていましたので、良く覚えていますが、この日も素晴らしかったです。この人は悪役としての表現力が秀逸です。そしてヴルムのジョン・レリア、ヴルム役としてはやや声が低かったですが、パフォーマンスは抜群。第2幕でのベロセルスキーとの二重唱は大迫力でした。そして、ルイーザの敵役になる、ラウラを歌ったマリア・ロドリゲス・クージが、大収穫!すごいメゾでした。中音部でのドスの効いた、しかし上品な声での表現力も素晴らしく、高音も良く伸び強さがあります。日本に来たことないですよね。来てほしいなぁ。

 こういうキャストと指揮、そして高い水準のオケ(日本人がバイオリンに数人いました)、合唱のレベルも高く、演奏会形式がぴったりという感じ。歌手陣は狭い舞台の前のほうで演技もするんですよね。特にヌッチとコスはほとんど演出付のオペラのようで、ヌッチは舞台の端から端まで歩き廻り、コスは、ルイーザの最期の場面では指揮台のバーに片脚をかけて斜めになって絶命していました。

 ルイーザ・ミラーでの父と娘の関係は、それまでの”ナブッコ“などの父と娘の関係とは違い、娘を守ろうとする強い父性が前に出て来ています。これは、後に続くリゴレットとジルダの関係に非常に似ています。またルイーザとロドルフォの恋愛の表現も、実にロマンチックなものになっています。この頃、ヴェルディは実生活で、愛人のストレッポーニと同棲生活に入ったこととも関係しているのではないかと思います。ルイーザ・ミラーの歌唱の流れやメロディも、後の”リゴレット“、”イル・トロヴァトーレ“、”ラ・トラヴィアータ“などに類似しているところが多々あります。例えば、ルイーザがヴルムに脅されて、「ロドルフォを愛していない」という内容の手紙を書くところのクラリネットの調べは、ヴィオレッタがジェルモンの頼みを受け入れてアルフレードへの別れの手紙を書くところとそっくりです。

 表現力のある実力派の歌手のオペラを、良い指揮で聴くのは、演奏会形式はとても良いのです。以前にサントリーホールでゲルギエフ指揮で、ナタリー・デセイの“ランメルモールのルチア”を聴いた時にもそう思いましたが、今回は本当にそうでした。それにしても、シモン・ボッカネグラ同様に、このオペラも日本ではまず上演されません。シモンのように物語が複雑でなく、テノール、バリトン、バス、ソプラノ、メゾが丁度良く配分され、ロマンスもあり、美しい旋律のアリアやカヴァレッタもあるこのオペラ、どうして日本で上演されないのでしょうね。残念ですが、これからの新国立劇場に期待したいと思います。

 この日は、1列目で聴いていたので、こんな写真が撮れました。
th-IMG_1761.jpg
ちょっと首が痛くなりましたし、音楽を聴くにはもう少し後ろのほうが良かったのですが、オペラにのめり込むには最適のシートでした。この公演のあった4月23日の翌朝早い便でマドリッドから日本に帰国しましたが、しばらくは家でルイーザ・ミラーを聴いていました。そのくらい、この公演のインパクトはありましたね。

 
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