プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ドン・カルロ by マリインスキーオペラ

10月10日の初日に行ってきました。エフゲニー・オネーギンはチケットを取っていたのですが、ドン・カルロのほうは都合が付かずにあきらめていたのが、急に行けることになって、当日券のA席を奮発しましたが、良い席が取れました。

 この日の目当ては何と言ってもフィリポ2世を歌う、フェルッチョ・フルラネットです。今迄、ヴェルディばかり3作(シモンのフィエスコ、エルナーニのシルヴァ、レクイエム)で聴いていますが、その美しく軽く、しかし腹に響いて別世界をもたらしてくれる低音は、現在最高のバスだと思います。

 一幕目、カルロ、ロドリーゴ、エボリ、エリザベッタと登場してきて、「さすが、マリインスキー、レベルの高い歌手を揃えたな。」と思って聴いているところに、フィリポ登場。フランドルから帰ってきたロドリーゴとのやりとりになりますが、ここで、フルラネットの歌手としてのレベルが格段に上なのが、はっきりわかってしまいます。すなわち、他の歌手の影がやや薄くなってしまうのです。厚いベルベットの上を流れてくるような、あるいは素晴らしいオーボエが命を得て、その楽器自体が歌うような、そんな声です。過去に聴いたどの役よりも、フィリポを歌ったこの日のフルラネットは良かったです。Bravissimo!! フルラネットがこのオペラとフィリポのことをどれだけ研究しているかなどが、オーストラリアの音楽誌「ライムライト」にインタビューされています。

http://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=2264

 為政者として、夫として、父として、そして宗教裁判長と対峙するものとしての苦悩が、彼の声の中にすべて込められています。3幕目冒頭の「一人寂しく眠ろう」は圧巻ですが、それに続く宗教裁判長とのやりとりは息を継ぐ間もない緊張感に覆われます。ただ、この凄まじくも美しいバスとバスの二重唱でも、フルラネットが、宗教裁判長役のミハイル・ペトレンコを圧倒してしまっていました。ペトレンコも決して悪くはないのですが、フルラネットの相手をするにはやや力不足です。ここはコロンバラかペトゥルージあたりが出てきたら良かったなぁと思わざるえませんでした。

 歌手の中ではタイトルロールのヨンフン・リーがなかなか良かったです。「カウフマンの代役」とはもう言わせないという歌いっぷりでした。5年前のMET来日で、その代役でカルロを聴いた時とは比べものにならないくらいうまくなっていました。甘さと輝きのあるイタリアンテノールで、上背もあるしイケメン。女性ファンが多そうです。ただ、やや声を振り回し過ぎる感じがあります。もう少しコントロールして歌えるようになるともっと良くなるような気がしました。あとは、カーテンコールでのお辞儀があまりにも長過ぎだったのがちょっと気になりました。

 エボリ公女のユリア・マトーチュキナも表現力のある素晴らしい声でした。中低音部でエボリの暗い部分を出していたのが良かったと思います。エリザベッタのヴィクトリア・ヤストレボヴァは、カーテンコールで最も拍手が少なかったですが、個人的には充分良かったと思います。多分、この役にはリリコからスピントの声のほうが、聴衆には受けると思うのです。しかし、彼女はどちらかと言うとリリコ・レッジェーロ。か細く、声量が無いように聞こえたのだと思いますが、高音での表現力は素晴らしく、フリットリを思わせるようでした。5年前のMETの(どうしても比べてしまう、、そのくらいショックが大きかったです。)ポブラフスカヤよりもずっと良かったと思います。特にリーとの二重唱は、「若い恋人たち」という感じが出ていて素敵でした。

 ポーザ候ロドリーゴを歌ったアレクセイ・マルコフは、声にイタリアっぽい明るさが無く、ややモゴモゴした感じでした。でも彼はBravo多かったですね。音程もやや危なかった感じがしますが、後半は頑張っていました。

 いずれにしろ、最初に言ったように、フルラネットのレベルから他の歌手を見てしまうと、皆、「そこそこ...」ということになるので、このブログも書きにくいです。この日のフルラネットの体験は、僕にとって3大オペラ体験のひとつになったと思います。(あとの二つはザルツブルグでのアントニーニ、バルトリの“ノルマ”、チューリッヒでのリッツィ、ヌッチの”シモン・ボッカネグラ“です。)

 さて、ゲルギエフの指揮ですが、1幕、2幕目は押さえていたというか、いまひとつ音の輪郭がはっきりと出てこない感じがありました。しかし2回目の休憩後の3幕、4幕は巨匠ゲルギエフならではの、山の峰が立ち上がったような鋭い音で迷いが吹っ切れた感じでした。ただ、3幕目の王と裁判長のやりとりの場面などは、強弱が強すぎてしかも重すぎる感じがします。ドン・カルロは5-6回見ていますが、そのうち2回はファビオ・ルイージの指揮で、彼の指揮のほうが重く無いと思いますし、ヴェルディっぽいと感じます。しかし、これも好みでしょうね。ゲルギエフはこうでなくっちゃという感じもありますし。。。

 演出は、マリインスキーが本拠地でやっているものよりも簡素化されていましたが、秀逸だったと思います。特に2幕目の大聖堂の広場の噴水の近くという設定で緑の芝(?)が風になびくところが美しかったです。ここで使った斜めの舞台を3幕目でも生かしていて、コストはかけていないけどとても満足な演出でした。プロジェクションマッピングでの舞台美術もやり過ぎでなくて、洒落ていて、しかも演出の意図が明確にわかりました。この演出は、去年のシャンゼリゼ劇場での"マクベス”(ガッティ指揮)の時のマリオ・マルトーネの演出にそっくりでした。ロイヤルオペラのドン・ジョヴァンニにも使われていましたので、今、欧州では流行の演出なんでしょうね。日本の公演でももっと使ってもいいような気がします。

 この日の公演は、4幕のイタリア語版(ミラノ版)で演じられました。上野に行く電車の中で5幕版の1幕目のフォンテンブローの森のシーンだけiPadで見て、時間的経過を作為的に体内蓄積しておきました。やはりあのシーンがあったほうが、劇としては自然ですね。しかし、音楽的には4幕版が圧倒的に緊張感があって完成度が高いです。お尻も痛くならないですし。

 この日は、ほぼ満席。ヴェルディ作品の中でも人気のある”ドン・カルロ“ですが、多くの歌手を集めなくてはならず、日本での公演回数もそれほど多くないので、この公演を楽しみにしていた方も多かったのでしょう。色々と言いましたが、総合的にはとても良かったです。大満足!今や海外からオペラを呼べるプロモーターも少なくなりましたが、ジャパンアーツさん、頑張ってくださいね。

指揮 ワレリー・ゲルギエフ
マリインスキー歌劇場管弦楽団&合唱団
演出 ファビオ・チェルスティッチ

キャスト
フィリポ2世    フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ   ヨンフン・リー
ロドリーゴ    アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長    ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ   ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女    ユリア・マト―チュキナ
王室の布告者   エフゲニー・アフメドフ
天からの声    エカテリーナ・ゴンチャロフ
修道士      ユーリー・ヴォロビエフ
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