プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ウィーン国立歌劇場 ”ワルキューレ”

 11月9日のマチネ公演に行ってきました。さて、何から書いたらいいのやら。まだ、昨日の興奮が醒めやらぬ状態です。

 僕のオペラ友達の間では、歌手の目玉のニーナ・シュテンメが本当に来日してくれるのかが心配されていました。今回の来日の寸前までMETでイゾルデを歌っていたのです。普通の歌手なら、あのような大役をこなした後はしばらく休養を取るものですが、すぐに日本にやってきて大丈夫だろうか、それよりも来れるのだろうか?というのが心配の理由でした。実際、シュテンメの来日を確認をしてからチケットを取った友人もいました。僕は、早くにとってしまって、ただただ心配をしていたのですが。

 そのシュテンメ、本当に極上のブリュンヒルデを歌ってくれました。「チョー素晴らしい!」と言いたい!声量がたっぷりあるのですが、それをストレートに感じさせないような、声の結晶がほとばしり出てくるような美しさがあります。そして、そして容姿もワルキューレとして美しい。インターネットの音声や映像で聴いていても凄い!と思っていましたが、生で聴いてみて、「ああ、これがワーグナーが求めていた、まさに“女性による救済”を体現した声なんだなぁ。」と思いました。高貴さ、強さ、優しさ、包容力を声の輝きの中に包み込んでいます。この声を聴いているだけで、夢の中にいるようでした。

 そして、ヴォータンのトマス・コニエチュニーも素晴らしかったです。彼の声は歴代のヴォータンの威厳があり、神々しいものとはちょっと違って、人間くささがプンプンとするようなものでしたが、強く激しい声の出し方とは裏腹に、耳にはむしろ優しく届く、独特の歌い方でした。1幕目のフリッカとのやりとり、3幕目のブリュンヒルデとのやりとりでは、怒りや憤りよりも、自身の悲しみをやるせなさを声に表現してくれました。「声で表現」と簡単に言いますが、この人ほど歌唱で、役の気持ちを表現できるのはなかなか聴いたことがありません。ひとつ気がついたのは、歌の最後の部分や、ため息をつくようなところで、イタリア歌劇のヴェルディのような、嘆き節っぽい唱法を感じたことです。これは、僕がヴェルディ好きだからかそう思ったのかもしれませんが、通常のワーグナーのバスバリトンとはちょっと違って、ヴェルディのバリトンのような感じがありました。2013年のヴェルディとワーグナーの生誕200年の時に、ヴェルディの生地サンタガータを訪れた時に、近くのパルマの町では、ヴェルディとワーグナーを比較したコンフェレンスや展示会が行われていて、このテーマが“Werdi e Vagner”でした。残念ながら、その時はオペラの公演に行くのに追われていて、そのような展示会に行けませんでしたが、ヴェルディとワーグナーに共通する部分というようなものを、コニエチュニーのヴォータンから聴き取ったような感じがしました。Vagnerですね。。。

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2013年パルマでのWerdi e Vagner フェスティバルの立て看板

 三幕目のヴォータンとブリュンヒルデのやりとりは、息を止められてしまうような緊迫感のある素晴らしいものでした。今までワルキューレ、何度も聴いていますが、これほどヴォータンとブリュンヒルデの心の襞と襞のふれあいが感じられたことはありませんでした。とにかく、先ほども書きましたが、この二人の声の表現力はぞくぞくするものがあります。そして、それに輪をかけて素晴らしいのは、アダム・フィッシャーの指揮によるオケの力もでした。

 フィッシャーの指揮は、まず、一幕目の嵐の序奏から、本当に突風が吹いてくるような緊張感でホール全体を支配しました。あっという間にオペラの舞台に引っ張りこまれるような感触。その後も金管、木管、弦、打楽器の音がそれぞれのパートの出番の時に、演奏者が立ち上がっているかと思わせるような立体感が出ていました。そして、また音が良い!ウィーンフィルハーモニーですから当然ですが、金管のホルンの音など、もうたまりません。僕のリングのベンチマークになっているしばらく前の巨匠の指揮(クナッパーブッシュ、フルトヴェングラー、ショルティと言ったところでしょうか)などとは全く違う、繊細さと切れの良さ、力で押すのではないけれど、しかし大胆に鳴らす時は鳴らす、、月並みな表現ですが、これが凄いのです。

 フィッシャーは、歌手の歌詞のひとつひとつを音楽で包むように鳴らします。それは声の結晶を下から蓮の葉で玉のように浮き上がらせる感じ。なんとも言えない恍惚とした音楽と歌唱の一体感です。3幕目は、「まどろみの動機」、「運命の動機」、「槍の動機」、「ローゲの動機」などが、まさに歌手の歌と演技にぴったりとはまって、浮き上がってきます。特に「ジークフリートの動機」を聴くと、この後の第2夜”ジークフリート“で、「さすらい人」になって、自身が一旦捨てたヴェルズング族に望みを託す、ヴォータンの行く末が予測されます。この日は、今までのワーグナーの音楽で一番「品格」を感じた演奏だったと思います。それが、新しいワーグナーの演奏かどうかはわかりませんが、今までに味わったことの無い料理を食べて、それがものすごく美味で感激してやみつきになる、、そんな体験でした。

 歌手では、フリッカのミヒャエラ・シュースターも存在感のある歌唱が良かったです。人間っぽいヴォータンに逃げ道を与えずにたたみ込むような強い声で、普通は割と”ダラダラ“としてしまう、(それがまた魅力なのですが)1幕目の夫婦げんかのシーンに緊張感を与えています。そして、ジークリンデを歌ったペトラ・ラングも、弱く救いのない彼女の状況を良く表現していました。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスも張りと艶のある声。体全体で演技をして生きることに必死な様が心を打ちました。フンディングのアイン・アンガーは、その役名の通り「犬」のような野蛮で粗野なイメージを声量のある声で強く出していました。1幕目が断然締まりました。いやいや、もう誰を見ても素晴らしい歌手陣ですね。なにしろ、ナクソス島で作曲家を歌ったステファニー・ハウツィールがワルキューレの一人であるワルトラウテという端役をやっているくらいですから、ワルキューレの「ホヨトホー!」だけ聴いてもレベルが違います。

 今回のワルキューレ、僕は、ようやくワーグナーの「楽劇」というのが、どのような意図で作られたのかが、胸にストンと落ちてきた感じがしました。それほど、指揮と歌手と演出が一体になって、からみあって、最高のワーグナーを現実のものとしてくれていたと思います。

 演出については、舞台芸術的な部分というのはたいしたことはなかったです。コストをかけずに、最後にローゲの炎がプロジェクトマッピングで派手に出てきたというところですが、全幕に渡っての歌手の動き、表情、手が表す感情が素晴らしかったです。ただ、両手を広げて歌っているというところがありませんでした。

 会場に着く前から、期待を大きくもってこのオペラを聴きましたが、その期待をも大きく上回る体験ができました。3幕目の後半は涙が止まりませんでした。相当の出費をしましたが、それでもお釣りが来るような感動をもらいました。

 10月、11月はオペラや交響曲の公演が詰まっていおり、すでに今日までに10公演に行きましたが、今年の秋は本当に「当たり」です。まだ、シモーネ・ヤングの”ナクソス島“も残っています。楽しみですね。

指揮:アダム・フィッシャー
Dirigent:Adam Fischer
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
Regie:Sven-Eric Bechtolf
美術:ロルフ・グリッテンベルク
Bühne:Rolf Glittenberg
衣裳:マリアンネ・グリッテンベルク
Kostüme:Marianne Glittenberg

ジークムント:クリストファー・ヴェントリス
Siegmund:Christopher Ventris
フンディング:アイン・アンガー
Hunding:Ain Anger
ヴォータン:トマス・コニエチュニー
Wotan:Tomasz Konieczny
ジークリンデ:ペトラ・ラング
Sieglinde:Petra Lang
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュテンメ
Brünnhilde:Nina Stemme
フリッカ:ミヒャエラ・シュースター
Fricka:Michaela Schuster
ヘルムヴィーゲ:アレクサンドラ・ロビアンコ
Helmwige:Alexandra LoBianco
ゲルヒルデ:キャロライン・ウェンボーン
Gerhilde:Caroline Wenborne
オルトリンデ:ヒョナ・コ
Ortlinde:Hyuna Ko
ワルトラウテ:ステファニー・ハウツィール
Waltraute:Stephanie Houtzeel
ジークルーネ:ウルリケ・ヘルツェル
Siegrune:Ulrike Helzel
グリムゲルデ:スザンナ・サボー
Grimgerde:Zsuzsanna Szabó
シュヴェルトライテ:ボンギヴェ・ナカニ
Schwertleite:Bongiwe Nakani
ロスヴァイセ:モニカ・ボヒネク
Roßweiße:Monika Bohinec

ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン国立歌劇場舞台オーケストラ
Orchester der Wiener Staatsoper, Bühnenorchester der Wiener Staatsoper
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