プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

新国立劇場「蝶々夫人」

 プッチーニで涙したのは初めてです。そのくらい、今回2月8日の「蝶々夫人」には感激しました。ブログアップするのが遅くなったのは、11日の土曜日にもう一度行こうと考えていたからですが、残念ながらスケジュールが合わずに断念しました。2回聴きたかったなぁ。。

 何と言っても安藤赴美子の蝶々さんが、素晴らしかったと思います。去年のセミラーミデをベルカントで美しく歌い上げてくれましたが、この日は、強い芯のある声でいながら、少女の初々しい蝶々さんから、最後の場面の鬼気迫るところまでを見事に表現してくれました。安藤の蝶々さんは、特に2幕目の「ある晴れた日に」あたりから自刃するところに向かって、心の中を占めていく悲しさをすべての歌で表現していたと思います。声の切り替え、息継ぎ、ヴィヴラートの使い方、そういった技巧のすべてが、蝶々夫人の悲しみを観客に伝えて来るのです。2009年に同じプロダクションで聴いた、ババジャニアンの上品で美しい蝶々さんも良かったのですが、安藤は”悲しみそのもの“になって舞台に存在していました。演技も素晴らしく、指の先まで使って表現をしていました。なんか、新派を見ているような感覚になってしまいました。

 シャープレスを歌った甲斐栄次郎は初めて聴きましたが、情感溢れた立派なバリトンでした。安藤とのやりとりは実に聴き応えがあり、彼女に対する思いやりが、また悲しいんですよね。

 僕は、プッチーニは「三部作」以外は、どうもオペラに入り込めたことがなく、いつも客観的に聴いているので、ボエームでも蝶々夫人でも泣いたことが無いのですが、この日は駄目でした。

 指揮のフィリップ・オーギャン、数年前にウィーンで”シモン・ボッカネグラ“を聞いた時は、感心しませんでしたが、もともとヴェルディを振るタイプではないですね。この日は、歌手に合わせながらも、要所要所ではオペラをグイグイと引っ張って行く強さを見せてくれました。プッチーニの美しい旋律を見事な塊感でまとめていました。満足です。

 栗山民也の演出はもう5-6回目になると思うのですが、いまだに新鮮です。シンプルですが、空間を上手に使っていると思います。左手の天のような高さから階段を降りてくる、蝶々さんの美しいこと。ただ、着物の裾を踏まないかと心配でしたが。。最後の自刃の場面は、過去の演出とちょっと違っていたような気がしました。気のせいかもしれませんが。蝶々さんが真後ろへ倒れるところ、照明が一気に明るくなるところ、などがそうです。そして、子供が光りの道を歩いて蝶々さんの方に近づいてくるところ、まるで同じプッチーニの「修道女アンジェリカ」のラストシーンのようでした。これも新しかったのでは。

 このオペラを「国辱ものだ」と受け取る方も多いようですが、僕はあまりそうとは思いません。むしろ、ラクメを捨てたジェラルドと同じようなピンカートンが、英米人のステレオタイプ的な「いい加減男」に描かれすぎているのではないかと思うほうです。その面からすると、この日のピンカートン役のマッシは、それなりに後悔するところも真剣味があって味わい深かったです。

 新国立劇場では珍しい(初めて?)、日本人の主役でしたが、もっともっと日本人の素晴らしい才能が、この舞台で聴けることを祈っています。

指 揮:フィリップ・オーギャン
演 出:栗山民也美

蝶々夫人:安藤赴美子
ピンカートン:リッカルド・マッシ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:山下牧子
ゴロー:松浦 健
ボンゾ:島村武男
神 官:大森いちえい
ヤマドリ:吉川健一
ケート:佐藤路子
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団管弦楽東京交響楽団
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