プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ウィーンでの最高の“ばらの騎士”

一年に一回、春に欧州に家内とオペラを聴きに出かけることにしています。いつもヴェルディを中心にイタリアものばかり聴くので、ウィーンでもロンドンでもアムステルダムでもバルセロナでもたいていヴェルディになってしまいます。シモン・ボッカネグラなんか、5-6回聴いています。で、今年は趣向を変えて、劇場のある街で「ご当地もの」を聴くということを目的として、ウィーンで「ばらの騎士」、ミュンヘンで「タンホイザー」そしてヴェネツィアで「ラ・トラヴィアータ」という観劇を組みました。特にオットー・シェンク演出の豪華な「ばらの騎士」をウィーンで見るのは、随分前からの夢で、それがようやくかなったというわけです。

 5月23日のウィーン歌劇場での「ばらの騎士」は18時半開演でしたが、なにしろ当日の朝にウィーンに着いたばかりなので、とにかく途中で寝落ちしないようにと気合い充分で劇場に向かいました。席も 平土間の最前列中央部、これなら起きていられるだろうというところを取りました。結果、休憩を入れて4時間の長丁場、まぶたは痙攣し続けていましたが、なんとか寝ないで堪能できました。

 指揮のサッシャ・ゲッツェルはウィーン生まれで、ウィーンフィルのヴァイオリン奏者から指揮に転向したという47歳の気鋭。日本でも神奈川フィルで良く振っているので知っている方も多いと思いますが、僕は初めてでした。彼の「ばらの騎士は」しごく真面目な指揮だと思いますが、とにかく曲を美しく揺るがせます。序曲の最初のホルンからしてとびっきり美しい。その後に色々な音のモチーフがオケの色々なところから降って来るように聞こえて来るのですが、指揮者から3mくらいのところに座っていたので、音がとても分散して聞こえるのです。指揮者の耳にはこう聞こえるんだな、と思いましたが、それにしても、よくまあ、指揮者はこれをひとつの音楽にまとめあげるものだと感心します。木管金管の装飾音が退廃的でクリムトの筆の魔法にかかったような金箔の渦の中に聴衆を引き込みます。2年前に新国立でこの演目を指揮した、シュテファン・ショルテスが、あまりにもあっさりしすぎて、「揺らぎ」が全くなかったのを思わず思い出してしまいました。歌手とオケがユニゾンするところが何カ所かあるのですが、そこの積極的な鳴らし方が実にうまい。そして、何よりウィーンフィルの音が美しいこと。この劇場のオーケストラボックスは完全な開放型で、最前席だと弦の一本一本の音まで聞こえる感じですが、その弦の音の素晴らしいこと。まるで劇場の天井を突き抜けて夜空の奥まで伸びていくような美しさです。僕の貧弱な表現力ではそれをうまく表すことが出来ないのが残念です。そして、不思議なもので、序曲から30分もすると、最初は分散して聞こえていた音が、ひとつの音楽の塊として聞こえるようになるんです。この日の音楽は、本当に本当に素晴らしかったです。ともすれば、音楽にのめり込んで歌と舞台を忘れそうになりました。

 しかし歌手も素晴らしかったですね。オクタヴィアンのソフィー・コッシュが一幕目冒頭から、芯がきちんと通って、知的でかつ柔らかな素晴らしいメゾを聴かせます。ヴィブラートがほどんどない声はまさしくズボン役向きですが、元帥夫人の愛人として甘えたり、迫ったりする声、「ばらの騎士」としてゾフィーに対して凜々しく向かう時の声、女中のマリアンデルに化けた時のコミカルな声を見事に使い分けていて、完全に魅了されました。容姿も本当に美しく、男装の様は宝塚のようでした。ちょっとこれはファンになりそうですね。次はどこで何を歌うのか要チェックです。ゾフィー役のダニエラ・ファリー、昨年の来日公演でのツェルビネッタ以来です。あの時は、超絶コロラトゥーラを満喫しましたが、この日は、声量たっぷりで明るいソプラノを聴かせてくれました。高音が特に伸びるタイプではないのですが、ロシア系とは違うゴージャス、華やかな声で若いゾフィーにはぴったり。3幕目のオクタヴィアンとの2重唱で、オケも盛り上がってくるところは、僕の背中に電気が走りました。

 マルシャリン、元帥夫人を歌うはずだった、アンゲラ・デノケは残念ながら突然降板。代役のリンダ・ワトソンについてはあまり情報が無いのですが、リリックなソプラノで節回しがとてもうまい。そして中音部の声に色があって素敵です。一幕目で髪を整えてもらったのを鏡で見て「今日は年寄りに見える髪型ね。」と言うシーンでの中音の声の寂しさにはグッと来ました。三幕目で再登場して、オクタヴィアンがゾフィーと恋に落ち、自分が考えていたよりも早く彼が去ることを自分自身に言い聞かせるところ、そしてそれに続く三重唱は実に聞かせました。

 そして、この日舞台をグッと引き締めていたのが、オックス男爵のピーター・ローズ。低音になってもこもらない、はっきりとした声で、女声と見事に絡んでいました。どちらかというと軽い低音なのですが、イタリアのフルラネットやコロンバラなどとも違う声の質で、人間臭さが前面に出てくる歌い方です。三幕目は語り歌いのような(レチタティーヴォっぽい)ところが多いのですが、これが実に上手で引き込まれます。ともすれば、この役は、鼻を赤くしたりして、俗物っぽさを強烈に出す演出が多いのですが、この日の男爵は姿も語りも貴族然としていて、元帥夫人の従兄という役柄がぴったりです。こういう上品で下品なオックスが好きですねぇ。彼の好色漢ぶりは、実に細かいところまで気を配っている演技でうまく出していました。オックス男爵でいつも不思議に思うのは、「ばらの騎士」の中で最も優雅なワルツは、彼のテーマなんですよね。何故でしょうか?ワルツは時代考証的に合わないという批判もあるようですが、シュトラウス独特の不協和音からワルツがわき出てくる瞬間の幸せ感と言ったら、ちょっと他のオペラにはないものです。

 ファンニナルやテノール歌手、執事、酒場の主人、警官などそれ以外の歌手も粒ぞろいで、さすがウィーン歌劇場と思わされました。

 オットー・シェンクの演出は、実にクラシックで美しかったです。第一幕の元帥夫人の寝室は、天蓋のついた豪華なベッドがどんと構えています。第二幕のファンニナル家の邸宅は空に登るような階段が美しい。歌手たちの衣装も素晴らしいです。特にばらの騎士のオクタヴィアンのシルバー(アルマーニシルバーか!)の衣装はため息もの。

 ウィーンでの「ばらの騎士」は200%満足。本当に素晴らしかったです。家内と興奮してしゃべりながらの帰り道、定宿への道に迷ってしまいましたが、ウィーンの春の夜の散歩が楽しめました。

CONDUCTOR Sascha Goetzel
DIRECTOR Otto Schenk
SET DESIGN Rudolf Heinrich
COSTUMES Erni Kniepert

Feldmarschallin Linda Watson
Baron Ochs auf Lerchenau Peter Rose
Octavian Sophie Koch
Sophie Daniela Fally
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