プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

演出が????、バイエルンの“タンホイザー”

バイエルン国立歌劇場「タンホイザー」

 今回の旅の第2回目の観劇は、この秋に日本にも来日して公演される、バイエルン国立歌劇場の「タンホイザー」!日本公演のチケットも入手していましたが、一足お先に聴いてきました。なによりのお目当ては、来年からベルリンフィルの首席指揮者、芸術監督に就任するロシア、オムスク出身の45歳のキリル・ペトレンコ。そして日本でもおなじみのヘルデン・テノール、クラウス・フローリアン・フォークトでした。5月25日、この日はバイエルン州の休日で、お店はみんな閉店。開演の16時まで、ノイエ・ピナコテーク(新美術館)で時間をつぶしました。ミュンヘンは公演の中や街中に、美術館、博物館がたくさんあります。トラムもありますが、街の端から端まで歩いても40分くらい。天気が良かったので歩き回りました。

 さて、オペラ公演ですが、ウィーンと同様に、時間正確、ほぼ16時ぴったりに開演。登場したペトレンコは思ったよりずっと小柄でした。この日の席は、二階バルコニーの中央右よりの最前列。音楽を聴くには絶好の場所です。ペトレンコの指揮は、序曲からして実に力強く、彼自身の作りたい音楽というものがはっきりとわかる、そういう指揮です。おそらく、今回の公演は「ウィーン版」であったために、序曲(序奏?)から連続して一幕目に続きますが、弦が刻む装飾音を階段を降りるようにきっちりと鳴らして、音楽に躍動感を与えます。時には、腕力で振り回すようなところもありますが、これが又痛快です。実に筋肉質な指揮。それでいて、ひとつひとつの音が、楽器が浮き出すように繊細に聞こえてきます。意外に低い弦を強く鳴らすという趣向がなくて、中音で勝負してくる感じ。なかなか趣味の良い演奏で、僕にとっては、「新しいワーグナー」という感じがしました。歌い出しのタイミングで、歌手に向かって手を出して指示したり、合唱にも積極的に指揮をするなど、とにかく音楽でオペラをぐいぐいと引っ張っていました。(合唱も素晴らしかったです。)バイエルン歌劇場のホールは、見たところ1700−1800席でしょうか。とにかく良く響くホールです。このホールの特性をうまく使って、オーケストラを大きく聴かせていました。カーテンコールで、マエストロへの拍手と声援が一番大きかったですね。まるで地鳴りのようでした。日本のNHKホールで彼の音楽が、同じように響くかどうかは、ちょっと心配ですが、もう一度これを聴けるのは実に楽しみです。

 歌手陣では、冒頭でも触れたクラウス・フローリアン・フォークト、タンホイザーを歌うのは、これがはじめてです。僕は、日本でローエングリン、ハンブルグでヤングの指揮でマイスタージンガーのヴァルターで聴いていて、両方とももちろん素晴らしかったのですが、今回のフォークトには、今まで以上に声の熟成ぶりが伺えました。美しい高音部は、まるでウィーン合唱団員がそのまま声変わりしていないような凄さがあるのはもちろんですが、タンホイザーでは中音部に深みが出て、感情の表現力が豊かになっていました。憂いを含んだ歌声も今までになかった魅力だと思います。この人の声って、イタリアオペラで言えばバルトリのような位置にあるのではないかと思います。バルトリは超絶技巧でベルカントに脚光を浴びさせましたが、フォークトは、すくっと立ち上がる美しい高音で、今までの力の入ったヘルデンテノールとは違う新しい境地を見せてくれました。その新しさが、ペトレンコの力強い“新しいワーグナー”とはぴったり合うのですが、その分、他の歌手たちの影が薄れてしまう感じはありました。エリーザベトを歌ったアニヤ・ハルテロスは高音は美しく良く伸びるのですが、ややイタリアオペラっぽい発声で、特に巻き舌が多いのとヴィヴラートがきついのが気になりました。それでも目指しているところは、クラシックなワーグナーのソプラノの歌い方という感じ。その流れの頂点にはキルステン・フラグスタートやビルギット・ニルソンなどの往年のスター歌手が君臨する「声の殿堂」があると思うのですが、このタイプの声を目指してフォークトと並んで歌うと、ソプラノの方がなにやら古めかしく聞こえてしまうのです。この傾向はヴォルフラムを歌ったバリトンのクリスティアン・ゲルハーヘルも同様です。彼の声は悪くはなかったのですが、フォークトと、ペトレンコの新しさにやられてしまった感じです。日本で5年前にフォークトのローエングリンを初めて聴いて、雷に打たれたようになってから彼の大ファンになりましたが、今回でまたその想いはまたいっそう強くなりました。


 日本公演の前にあまり、詳細に(しかも偏った)印象を書いてしまうとネタバレにもなりかねませんが、歌手はフォークト以外は、来日するキャストはほとんど皆違うようですので、それはそれでとても楽しみです。

 そして、演出ですが、これこそネタバレなので、ここには書けないと思ったのですが、帰国したら、NBSのホームページにけっこう書かれていますね。なので、印象だけ書きます。NBSのホームページには「演出のカステルッチが登場すると、盛大なブーイングとブラボーとが入り乱れて場内は騒然。さまざまな視点を提示する新演出はコントラヴァーシャルな反応を引き起こしたものの、客席は大興奮だったとのことです。」と書かれています。この演出を面白いという人も確かにいると思います。しかし、僕としては、演出がこんなのではなかったら、もっとオペラにのめり込めたのに…という感じです。好き嫌いの前に、「邪魔」な演出でした。僕は現代演出、どちらかというと好きな方なのですが、この日の演出はタンホイザーのあらすじと音楽と全く無関係に展開しており、しかも、それにふさわしい演技を歌手がしていない。どちらかというと歌手は前を向いてクラシックに歌っている、ということで、演出がオペラ全体に溶け込んでいないのです。いずれにしろこの演出、日本でも相当な論議を呼ぶことは間違いなさそうに思います。9月の公演は、まだチケットはあるようですから、絶対にお見逃しの無いように。僕は渋谷での公演では、今度は演出に邪魔されないように舞台を見ないで、音楽と歌手だけに集中しようと思います。音楽と歌手だけで、素晴らしい充実感を与えてくれる公演であることは間違いないです。

 さて、これからフェニーチェに向かいます。

指揮:キリル・ペトレンコ
演出:ロメオ・カステルッチ
Chor
タンホイザー:クラウス・フローリアン・フォークト
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ:クリスティアン・ゲルハーヘル
エリザーベト:アニヤ・ハルテロス
ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ:ディーン・パワー
ビーテロルフ:ピーター・ロバート
ハインリヒ:ウルリヒ・レス
ラインマル・フォン・ツヴェーター:ラルフ・ルーカス
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ


 
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