プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

新国立劇場「アイーダ」最終日

 今や、新国立劇場の看板演目となった感のある「アイーダ」、世界中の劇場でも、これだけ豪華で大仕掛けなゼッフィレリの舞台演出を見られるのは希有だと思います。毎回、「もう見なくてもいいかなぁ」と思ったりするのですが、やはりチケット買ってしまいますね。チャン・イーモウの紫禁城での「トゥーランドット」よりも、ある意味では、より現実味のある舞台装置は、まさにエジプトの宮殿そのもの。演目全編が紗幕で覆われているのは、賛否両論ありそうですが、これが幽玄な舞台を作り出しています。

 カリニャーニの指揮は、昨年の新国立の「オテロ」で聴いていて、「鳴らす」指揮者だと思っていましたが、意外なことに、今回の「アイーダ」では、まるで歌手に寄り添うようなマイルドな音作り。登場人物の感情を描写する場面(第3幕のナイル河畔のシーンなど)では、この音作りは良いと思うのですが、「アイーダ」がオペラとして持つスペクタクル感を現すには、やや物足りない。このオペラは指揮は「歌手に寄り添う」のではなく、歌手と舞台をグングン引っ張って行く力強さが必要だと思います。僕は、ベンチマークとして1979年のカラヤン、1981年のアバドの指揮を良く聴いていますが、なかなかこのレベルの「アイーダ」は最近は聴けないのでしょうか? むしろ飯守マエストロで聴いてみたかった気がします。

 歌手ではアムネリス役のエカテリーナ・セメンチュクが予想通り、群を抜いて良かったです。凝縮されて渋い輝きのある胸音が素晴らしい。中低音の使い方で、さまざまな感情をまさに思うがままに表現します。特に4幕目のラダメスを説き伏せようとする歌いは、哀願と怒りが混じって迫力充分。アムネリスがこれだけ良いと、このオペラの主役はやはりアムネリスなんだ、と思ってしまいます。今回、セメンチュクは17日の公演、喉の不調で降板しましたが、最終日のこの日は復活してくれて絶好調でした。

 タイトルロールの韓国人ソプラノのイム・セギョン、声量がたっぷりあり、パワフル。低音から高音まで一気に伸びる声は音程もしっかりしていて安心して聴けます。ただ、ややパワフルすぎて、情感の細かい表現に欠けた気がします。声と演技に、捕らわれた王女の「気品」が欲しかった感じもします。でも、この人はこれからまだどんどん伸びるような気がします。

 ラダメス役のナジミディン・マヴリャーノフは、「上手い」という印象はありますが、感動しなかったです。歌手としてのレベルは高いと思うのですが、単調で、セギョンの力強さに比べて、声量も表現力も弱いと思いました。ですので、アイーダとの絡みで、弱々しく見えて、(聞こえて)しまいました。まあ、難しい役ですよね。

 とても良かったのは、早くに降板してしまった堀内康夫に代わって出演した、アモナズロの上江隼人。今までにずいぶん聴いている歌手ですが、今回は得意の高音、ピアニシモに加えて、低音での強い表現が素晴らしかった。3幕目のナイル河畔でのアイーダとの2重唱は、終わってほしくないほど素晴らしいものでした。彼はこれで、役の幅が大きく広がると思います。一方、もう3年近くオペラで歌っていない堀内康夫。僕、大ファンなんですが、なんとか、もう一度聴かせてほしいですね。彼のシモン・ボッカネグラは、僕のオペラ鑑賞史に輝いています。

 ランフィスの妻屋秀和は、もう鉄板!この人、日本の歌手で、年間一番オペラ公演に多く出ているのではないでしょうか?一幕目の第一声がランフィスですから、素晴らしい深い低音をで始めてくれると、オペラが締まるんですよね。

 色々と言いましたが、全体として見れば、もう充分過ぎるほどに高いレベルの公演でした。これだけの公演が海外に行かないで見られるということは幸せですね。

この日は、劇場入り口にある、ヴェルディ協会のブースに休憩時間立たせて頂きました。色々な方々とお話し出来て楽しかったです。


指 揮:パオロ・カリニャーニ
演出・美術・衣裳:フランコ・ゼッフィレッリ
照 明:奥畑康夫
振 付:石井清子
アイーダ:イム・セギョン
ラダメス:ナジミディン・マヴリャーノフ
アムネリス:エカテリーナ・セメンチュク
アモナズロ:上江隼人
ランフィス:妻屋秀和
エジプト国王:久保田真澄
伝令:村上敏明
巫女:小林由佳

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


 
 
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