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プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

クルレンツィス & コパチンスカヤ

いや、凄い物を聴いてしまいました!クルレンツィスとムジカエテルナは、デビュー作の「フィガロの結婚」から、ほとんどのCD録音は聴いていますが、やっぱり「生」は違う。心臓をわしづかみにされたような感覚でした。

まずは、コパチンスカヤとのヴァイオリン協奏曲ニ短調作品35。クラシックという概念を超えて、JAZZのフィドルとのライブセッションのような、不思議な鋭い緊張感があります。チャイコフスキーの叙情感は徹底的に削減され、音楽の神経シナプスを浮き彫りにしたような演奏。とは言っても神経質な感じではないのです。ピアニシモの音の小ささがすごい。耳鳴りが残っているのかと思うような弱音。そこから悪魔が地底から飛び出して来るような強音。ヴァイオリンとオーケストラの融合感はキュビズムの絵画のように、抽象的な印象の塊になっています。コパチンスカヤは、演奏の時に、靴を脱いで裸足です。床に無造作に置かれた真っ赤な靴が、脱ぎ捨てた日常感のようでした。コパチンスカヤという名前、フィギュアのスケーターみたいですが、今回は4回転アクセル跳んでましたね。

ソロ・アンコールの3曲、知らない曲ばかりでしたが、これも凄かったです。ミヨー、リゲティ、ホルヘ・サンチェス・チョンという、フランス、ハンガリー、ヴェネズエラの現代作曲家の短編を、それぞれ、クラリネット、もう一台のヴァイオリン、そしてコパチンスカヤ自身の声(叫び声)とデュオして、強い炭酸のアルコールカクテルのように、振る舞ってくれました。

そして、休憩を挟んでの交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」。この作品の初演で指揮をして、9日後に亡くなったチャイコフスキーの状況を表すように、生と死との間を行き来するような、鬼気迫る演奏でした。クルレンツィスは、オケから音を引き出すというよりは、オケの音楽の塊の中に存在し、音を自分の体の筋肉で動かし、振り回しているという感じ。ここでも弱音と強音の対比は凄まじい。管楽器であれほどの弱音を出すのはさぞ難しいだろうと思います。昨日の公演後のパーティーで、クルレンツィスはパーティで、「この曲を連日演奏してくれと頼まれることがあるけれど、とても無理。毎日生きたり死んだりしていられない」と語ったと聴きましたが、そうでしょうね。聴いているほうも、曲が終わってもしばらくは立ち上がれないほど消耗しました。

今日の公演、行く前から素晴らしいだろうとは思っていましたが、その予想を更に突き抜けました。これなら、あと2公演のチケットも取っておくべきだったと今になって後悔。9月のルツェルン音楽祭では、4日連続でフィガロ、バルトリとのリサイタル、ドン・ジョヴァンニ、コジ・ファン・トゥッテをやるというものすごい公演があるのですが、行きたくなりますね。

ところで、今週は2度Bunkamuraに来ました。金曜の夜に、「クマのプーさん展」のオープニングレセプションがありまして、これに出品されている絵画は、すべて英国のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の所蔵品なのですが、僕は、V&Aの日本でのライセンスセールスエージェントをしているので、出席したという訳です。クルレンツィスのパンフレットの間に、プーさんの展覧会の案内が入っていましたが、ちょっと公演の後に行くには、カフェかなんかで相当心を落ち着けてから行かなければならなかったでしょう。

次のコンサートは、15日金曜日の東フィル定期公演、ミョンフン指揮のマーラー交響曲第9番です。
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