プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ダムラウ@サントリーホール

 ディアナ・ダムラウと夫君のニコラ・デステの来日オペラ・アリア・コンサートにサントリーホールまで出かけました。ダムラウはライブ・ビューイングでMETのジョナサン・ミラーの“リゴレット”などでは聴いていますが、生は初めて。

 ダムラウの高音の表現力の豊かさが凄いですね。最初の、セヴィリアの理髪師の”Una voce poco fa”でも凄いと思いましたが、コンサート全体で見ると、あきらかに後半の方が良く、最後のトラヴィアータの “E strano”は絶品。これは、ミュンヘンでの、ドミンゴとの共演が素晴らしかったとさんざん友人から聞かされていたので、実に納得しました。これで、全幕聴けたら、それは本当に素晴らしいと思います。このアリア、高音を自在に美しいベルカントで聴かせておきながら、最後の一音を下げて終わったんですね。いや、洒落てますね。「洒落てる」なんて言い方は良くないのかもしれないですが、オペラ好きには受けたと思います。「清教徒」のエルヴィーラとジョルジョの二重唱も素晴らしかったです。あれだけ、高音で色彩豊かに七色の声を聴かせてくれながら、それがしっかりコントロールされていて、声を振り回している感じがこれっぽっちもしない、凄いです。

 この日は、フランスオペラで僕の大好きなアリア、グノーの「ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」とマイヤーベーアの「ディノーラ」から「影の歌」の2つのワルツが聴けました。特に「影の歌」は超絶技巧を必要とする難曲なので、めったに生で聴けません。まろやかで、しかし天国まで導いてくれそうなコロラトゥーラ。大満足でした。

 ただ、アンコールのガーシュインまで聴いてみて、思ったのは、この人はフランスオペラに向いているのかなぁという疑問でした。この5月にマイヤーベーアのオペラ・アリア集を出しているので、これを聴いてみようと思いますが、僕の好きなフランスオペラのソプラノは、もう少し中音で感情表現があって、高音はもう少し芯の通った感じがほしい。デセイ、プティポン、カラス、そして、先週聴いたマチャイゼのような感じです。このコンサートの中でヴェルディが素晴らしかったので、彼女にはイタリアオペラをもっと攻めて欲しい感じがしました。まあ、夫君がフランス人ですから、そうなるんでしょうね。

 この日、やや残念だったのは、指揮のパーヴェル・バレフ。全体に大味でフラット。なんだか開放弦を使っているかのようにしまりがないのです。ヴェルディもヴェルディらしくなかった。ワーグナーが良かったので、ドイツ系が得意なのでしょうか?

 色々と書きましたが、リサイタルとして見た場合は五つ星を差し上げたい素晴らしい公演でした。


■出演
ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
ニコラ・テステ(バス・バリトン)
パーヴェル・バレフ(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団

■プログラム
ロッシーニ:歌劇《セビリアの理髪師》より
序曲
「今の歌声は」
「陰口はそよ風のように」

グノー:歌劇《ロメオとジュリエット》より「あぁ、私は夢に生きたい」

ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロ》より
「ひとり寂しく眠ろう」
バレエ音楽

ベッリーニ:歌劇「カプレーティとモンテッキ」より「あぁ、幾たびか」

ベッリーニ:歌劇「清教徒」より「おお、愛する叔父さま、私の第二のお父様」


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ワーグナー:歌劇≪さまよえるオランダ人≫より 
序曲
「我が子よ、いらっしゃいをお言い」

マイヤーベーア:歌劇≪ディノーラ≫より 「軽やかな影(影の歌)

ポンキエッリ:歌劇≪ジョコンダ≫より 「彼女は死なねばならぬ」

ヴェルディ:歌劇≪椿姫≫より 「不思議だわ~あぁ、そはかの人か~花から花へ」★ *

アンコール
日本童謡:「春よ来い」
ガーシュイン:歌劇《ポーギーとベス》より「ベス、お前は俺のもの」
プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

ナブッコ@LAオペラ

「真珠採り」からちょうど1週間、今度はヴェルディの「ナブッコ」をロサンジェルスオペラで鑑賞しました。実に素晴らしかったです。今年の鑑賞した公演は37回になります。で、まだ年内5つ位を残していますが、2017年のベスト5に入る公演だったと思います。

 ドミンゴがバリトンに転向してから、かれこれ10年近く経っていると思います。僕が最後に彼をテノールで聴いたのは2006年のワーグナーの“ワルキューレ”でのジークムント(ワルキューレ)です。その後はバリトンで、METでのシモン・ボッカネグラ、LAオペラでのアタナエル(タイス)を生で、ジェルモン(ラ・トラヴィアータ)を動画で見ましたが、この日のナブッコは彼のバリトンとしては多分最高の出来ではないかなぁと思います。まあ、こちらも、バリトンのドミンゴに慣れてきたということもあるのかもしれませんが。。。もともとはやや暗い声が求められるタイトルロールですが、ドミンゴは彼の持つ独特の艶のあるきらびやかな声で歌います。しかし、これが実に神々しく、自身を「神だ」とまで言い切ってしまうナブッコの勢いを見事に表現します。声量というか声のパワーは、歳相応に衰えているのですが、それが、逆に声が響き過ぎてしまわなくて、役柄の「年老いた父」という雰囲気を出していて非常に良いのです。ロドリーゴなんかよりは、ナブッコは、今のドミンゴには適役でしょう。2014年のアタナエルの時を思い出して見ると、ドミンゴは、タイスを喰ってしまうような、堂々、浪々、パワフルなバリトンであり過ぎたという感じがありましたが、歳をとって、“ドミンゴならではのバリトン”として、オペラの中にうまくはまっているという感じがしました。4幕目に、始まりに少しだけ「行け我が想いよ」のモチーフが使われ、王冠を娘に奪われて幽閉された身の不幸を歌いながら改心していく「ユダの神よ」は、情感が溢れていて素晴らしかったです。拍手なりやまず。。。

 ナブッコが奴隷に生ませた娘のアビレガイッシは、ヴェルディのオペラのヒロインでも、非常に強い性格を持った役柄です。これを歌ったのは、リュドミラ・モナスティルスカ。何度聞いても名前を覚えられないんですが、これで3度聴いたことになります。前2回はマクベス夫人でした。これも素晴らしかったのですが、この日のアビレガイッシは1幕目から本当に凄かったです。メゾソプラノの声域で充分に歌える彼女は、良い意味で“はったりの効いた“声。リリコからスピントまでカバーする表情豊かな声は、天を切り裂くような迫力で、声量もたっぷり、デッドなドロシー・チャンドラー劇場にも響き渡ります。ナブッコを責めるところは、凄みを感じます。それが、さっき言った「年老いたドミンゴのバリトン」との相性がとても良いんです。それにしても、ヴェルディは良くまあ、こんなに声を上から下まで振り回すアリアを書いたものだと思います。ナブッコはヴェルディの出世作で、この頃に生涯のパートナーとなる、ストレッポーニと出会い、彼女をアビレガイッシに1842年にスカラ座で初演されたのですが、ストレッポーニの短かった歌手としての生命は、このアビレガイッシで喉をやられてしまったのでは、、と思うほどです。ですので、このナブッコのアビレガイッシ、マクベスのマクベス夫人も含めて歌える歌手がそうはいない。当然、人気がある割には上演回数は限られて来ます。現代で、この2つの役を楽にこなせるのはモナスティルスカくらいしかいないのではと思います。

 歌手陣は、フェネーナを歌ったナンシー・ファビオラ・ヘレーラ、ザッカーリアのモリス・ロビンソンとも実に良かったです。ただ、イズマエーレのマリオ・チャンが声がやや狭苦しく、声量も足りず、ちょっと残念でした。決して悪い声ではないのですが、他の歌手陣に比べると、見劣り、(聴き劣り?)しました。

 指揮は、御大ジェームズ・コンロン。立派でゴージャスなナブッコの音楽を作り上げていました。彼のヴェルディは昨年のルイーザ・ミラー以来ですが、実に劇的な音楽を作るのですよね。これは最初ちょっと取っつきにくいのですが、一旦入り込むとやみつきになります。コンロンも晩年になって、得意のフランスオペラに加えて、ヴェルディをだいぶやるようになってきました。これは、ドミンゴも同じ。彼の最後のロールは、ファルスタッフでしょうか?そして、ヌッチも、「もうヴェルディの父親役しか歌わない」と言っているそうです。ヴェルディファンとしては、嬉しい限りです。
thIMG_2862.jpg

 最後に、演出ですが、2012年にワシントンオペラでドミンゴが主演した際のナブッコを演出した、グラント・ガーションのもの。実に洒落ていました。劇中劇になっているのですね。19世紀半ばのおそらくはスカラ座で、紀元前6世紀の舞台をやるという落差がおもしろいのです。序曲のところで、舞踏会や、舞台裏の様子などが入ります。そして、最後のカーテンコールでは舞台上の観客の貴婦人からバラの花が投げられると、それをフェミーナが投げ返し、”VIVA VERDY”、という垂れ幕が出ます。リソルジメントですね。実際に歴史的にはナブッコはその旗印になってはいないのですが、俗説をうまく利用しています。その後、カーテンコールの終わりで、「行け我が思いよ」をもう一度歌うのです。劇中ではbisはなかったのですが、最後にこんなおみやげが付いていました。字幕にイタリア語の歌詞が出てきて、観衆も歌うのです。LAオペラならではという感じですが、実に気持ちが良い。ローマ歌劇場にいるみたいでした。

 曲が終わらないうちに拍手は出るし、客席で携帯が鳴ったり、何かと生粋のオペラファンからは厳しいことを言われそうなLAオペラですが、開演前のコンロンの解説には大勢が駆けつけ、オペラを学ぼうという気持ちにあふれています。来年5月には、ついにヌッチがリゴレットを歌います。ヌッチがアメリカで歌うのは珍しいことです。ドミンゴもいつまで元気かわかりませんから、是非一度、LAオペラお試しください。チケットも2階の最前列という良い席で164ドルと、このキャストからするととても安いと思います。

 さて、帰国したらすぐに、ダムラウのリサイタルとルサルカです。

Conductor:James Conlon
Director / Set Designer:Thaddeus Strassberger

Nabucco: Plácido Domingo
Abigaille: Liudmyla Monastyrska
Zaccaria: Morris Robinson
Ismaele:Mario Chang
Fenena:Nancy Fabiola Herrera
High Priest of Baal:Gabriel Vamvulescu
Anna:Liv Redpath
Abdallo:Joshua Wheeker

久しぶりにLAオペラで「真珠採り」!!

1週間のLA&ロスカボス旅行から帰りました。オペラは2つ。でもって、「ああ、ニーノ・マチャイゼ、マチャイゼ!!」状態。。4年ぶりにマチャイゼ熱にすっかりやられてしまいました。重症です。。

 生のマチャイゼを聴くのは、今回で4度目ですが、「真珠採り」は2014年のパルマに続いて2度目。ますます声に磨きがかかって、中音は真鍮のよう!高音になると金属的な感じがなくなり、それは美しいです。METと同じペニー・ウールコックの演出は迫力満点。4回見た彼女の公演のうち、3つはフランスもの。最初は、今回と同じ、「真珠採り」を2014年の3月にパルマのレッジョ劇場で。これで、まず完全にノックアウトされました。それで、そのすぐあと、彼女の公演スケジュールをチェックして、2ヶ月後の5月には、ロサンジェルスまで追っかけて、レアなマスネの「タイス」を聴きました。アタナエルはドミンゴ(バリトンでの)でした。(で、4つ目はロッシーニの「ランスへの旅」のフォルビル伯爵夫人@オランダ国立歌劇場。)この2014年は新国立で大野和士の「ホフマン物語」もありましたし、夏にはバレエで、オーレリ・デュポンのバレエを2日続けて見に行ったり、個人的には“フレンチイヤー”でした。

 で、今回のヴェニューは又、LAオペラです。今年の梅雨頃に“マチャイゼの真珠採り”をネットで見つけて、まだチケットが発売前だったのに、即、フライト取りました。こういうモチベーションを僕にもたらしてくれる演目は、シモン・ボッカネグラと真珠採りくらいだと思います。

 ロサンジェルスはつい2週間前までは、日本でも話題になったように、ひどい山火事が起きたりするぐらい暑かったそうで、10月なのに摂氏38度もあったのですが、到着した日は29度。ホテルを取ったマンハッタンビーチは、夜になると20度以下と快適でした。

 日本から米国にオペラを見に行くと言えば、METがメジャーでしょう。あとは、最近ルイゾッティが頑張っているサンフランシスコオペラか。でも、ロサンジェルス・オペラもなかなか良いのですよ。僕はこれで3度目ですが、とにかく音楽監督がドミンゴなので、彼のお友達のとても良い歌手を呼んでくれます。今回も、レイラがマチャイゼ、ナディールはカマレラと今、旬の一流どころです。来週のナブッコは、ドミンゴとリュドミラ・モナスティルスカですし、今シーズンはフレミングのリサイタルもあります。で、LAでの「真珠採り」、ほとんどの公演では指揮はドミンゴが振っているのですが、僕が行った28日は、代役のグラント・ガーション。おそらくドミンゴのスケジュールの問題でしょう。でもドミンゴの指揮はちょっと退屈なので、カーションで問題ありません。彼の指揮は、基本的に、首席指揮者のジェームズ・コンロンのスタイル。ゴージャスに膨らませて行きます。実にグランドオペラという感じ。LAオペラは公演の数こそそんなに多くはありませんが、コンロンが十八番としているフランスオペラを良くやります。(コンロンはアメリカの指揮者としては唯一、レジョン・ド・ヌール勲章をもらっているんです!)

 演出は、一昨年、METで大好評を博したペニー・ウールコックのものを基本に、元々オペラハウスではない、LAのドロシー・チャンドラーパビリオンの奥行きの無い舞台に合わせていました。それでも、なかなかの迫力です。この演出を見た友人や、今回同行した家内も、皆高く評価しているのですが、僕は、METのライブビューイングの時同様に、なんだかパイレーツ・オブ・カリビアンみたいで、ややゴチャゴチャしすぎな印象を受けました。でも、美しい序曲で紗幕の向こうでナディールとズルガが海の中を泳ぎ回るシーンは、とても素敵です。クプファーの「ラインの黄金」の冒頭で、ライン川の水中を乙女たちが泳ぎ回るシーンがありますが、あれを彷彿とさせます。それで、時代設定は、現代なんですね。セイロンの伝統的な民族衣装(?)を着ている登場人物が多いので、19世紀くらいの設定かなと思いましたが、ズルガの家に白黒っぽいテレビがあるのでわかりました。セイロンも行きたくなりますね。

 マチャイゼの最初のレイラは、パルマでデジレ・ランカトーレが、開幕2週間前に降板したので、急遽出演になったわけですけれど、これがとんでもなく素晴らしかったのです。その頃のマチャイゼと言えば、ヌッチと一緒にジルダ(リゴレット)を歌っている印象が強かったのですが、このフランスオペラでは真鍮のような筋の通った強い、切れ味のある声を聴かせてくれました。今回は、その後出産も経て、なんかたくましくなり、若い巫女からノルマみたいなトップの巫女になった感じです。中低音は、真鍮からプラチナになり、メゾソプラノではないかというくらいに、力強く、また感情表現も豊かに聴かせます。うっとりですねー。それでいて、高音はややリリックで、コロラトゥーラも使いながら、微妙なタッチで抜けるように歌い上げます。もう、目がハートになりました。中音だけ聴いていると、まさに「カラスの再来」というくらい、声の出し方が似ています。特にアリアの“Comme autrefois”(昔のような暗い夜に)”なんか雰囲気がそっくり。

 ただ、このオペラの中で、誰もが知っている有名なアリアといえば男声なんですね。「ナディールのロマンス」とも呼ばれる名曲「耳に残るは君の歌声」は1960年代のポップス界で、マランド楽団やアルフレッド・ハウゼ楽団、ポール・モーリア楽団などのアレンジで大ヒットしたので、むしろ原曲がオペラだということを知らない人のほうが多いのではないかと思います。オペラのほうでも、名録音が残っており、中でも50-70年代に活躍したフランス人テノールの“アラン・ヴァンゾ”が有名。僕もこの人の甘い歌声が一番好きです。他にもアルフレード・クラウス(この人の歌もYou Tubeで聴くだけで涙チョチョ切れます。)、ニコライ・ゲッダなど、是非聴いてみてほしいです。最近では、ロベルト・アラーニャ、ディミトリー・コルチャック、サルヴァトーレ・リチートラ(故)などが得意としています。ちょっとでも喉の調子が悪かったら歌えないという難しい代物らしく、藤原折江がこの歌を歌う前数日間は、細い骨が喉を痛めるのを嫌って、好物の鰻を食べなかったという話があります。息継ぎをするのも大変です。この日のナディールは、メキシコ人テノールのハビエル・カマレナ。ロール・デビューかと思います。一幕目はあまり調子が良くなくて、この曲の高音でも声が割れました。その後完全に安全運転になってしまって、ちょっと残念でしたが、息継ぎが全く聞こえないのはさすが!2014年のMETの「チェネレントラ」で、カウフマンの代役でラミーロを歌い、MET史上3人目のアンコール(bis)歌手になっただけのことはあります。この日も2幕目後の休憩後は、声量も増して、素晴らしい声になりました!。ただ、本質的にはやはりロッシーニテノールという感じがしました。ペーザロで聴きたい歌手です。望外に良かったのは、バリトンのアルフレード・ダザ、2014年(?)に新国立でジェルモンを歌っていますが、その時はあまり感心しませんでした。バスバリトンなので、ズルガのほうがぴったりなんです。ちょっと下品な感じの節回しもある漁師の親方の気分が出ていました。良かったです。レイラとナディールに対する、憎しみと愛の二面性を出す演技も素晴らしかったですね。

 このズルガとナディールの二重唱「聖堂の奥深く」は、男声二重唱としては、ヴェルディのドン・カルロスでの、カルロスとロドリーゴの二重唱と並んで美しい歌だと思います。両方とも男の友情以上のなんかを感じますね。しかし、この「真珠採り」、どこをどう切り取っても美しいメロディーばかり。ビゼーのオペラではもちろん、「カルメン」のほうが有名ですが、その10年前に書かれた「真珠採り」のほうが、現代のフレンチポップスにも通じる、わかりやすい美しさがあります。「パースの娘達」もそうですが、もっと日本でも上演されてもいいと思うのですよね。藤原歌劇団が来年2月にマスネの佳作、「ナヴァラの娘」を日本で初めて公演してくれますから、ビゼーのオペラも藤原に期待しましょう。もちろん、来年から新国立歌劇場の音楽監督になる、大野和士さんにも期待!

さて、これから4日間ほど、メキシコのビーチリゾート、“ロス・カボス”でリラックスして、またLAに舞い戻り、前述の「ナブッコ」を見ます。


CAST

Leila Nino Machaidze
Nadir Javier Camarena
Zurga Alfredo Daza
Nourabad Nicholas Brownlee

Conductor Grant Gershon
Director Penny Woolcock
 

 

新国立劇場「神々の黄昏」

 新国立劇場の今シーズン、オープニングの「神々の黄昏」、6回ある公演のうちの4回目に行って来ました。行く前からわかってはいたのですが、長いですね。休憩2回入れて5時間55分。前回の「ジークフリート」の公演の時は、長い上演時間を耐えられるように、劇場で特製クッションの貸し出しサービスがあったのですが、今回はなかったです。残念。多分、クッションを使用している人の座高が高くなってしまうので、苦情でも出たのかと思います。

 今回が、飯守泰次郎マエストロの新国立の音楽監督として最後の公演になると思います。来シーズンからは大野和士さんになりますから。その最後の指揮から出てくる音楽、とても良かったです。今までのリング3作、何か音の分厚さが足りない、特に金管が響かない、ゆらぎがない、、と、飯守さんらしさに欠ける音だったという感想を持っているのですが、今回ははじめて読売日本交響楽団を率いて、素晴らしい音を出してくれました。雄大でスケール感がありました。金管も、時々音がずれることもあったりと、やや粗いながら、偉大なワーグナーの音楽を聴かせてくれました。昨年のウィーン歌劇場のアダム・フィッシャーや、つい最近のキリル・ペトレンコが新しい時代のワーグナーだとしたら、飯守マエストロはクラシックな、帝国ホテルのビーフシチューのようなワーグナー。正統派ですね。

 ただ、音楽のボリュームに対して、1幕目は、歌手の声が良く聞こえない。これは、どうも歌手の調子が出ていなかったようです。ジークフリートのステファン・グールドも、彼の得意とする輝きのある声が出ていない。ブリュンヒルデのペトラ・ラングも声を口先で作っているような感じ。2幕目に入ると、ヴァルトラウテ役で出てきた、名歌手ヴァルトラウト・マイヤーが、素晴らしい歌を聴かせます。2007年のベルリン歌劇場、バレンボイムと共に来日して、イゾルデを歌った頃にくらべて、年齢も重ねて(現在61歳)声のシャープさは無くなりましたが、その分、熟成された奥行きのある、素晴らしい声。声量はそれほどではないのですが、オケの音の上を飛んできます。この人の歌唱と比べると、他の歌手の歌唱が今ひとつに思えてしまうのも仕方が無いか・・・・他の歌手も一流ですが、彼女は「超」が付きますからねー。ちなみに、2004年の舞台では、この役を藤村実穂子が歌い、素晴らしかったです。

 それでも第3幕になると、グールドもラングも見違えるように声の艶が増しました。で、最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は聴き応えありましたね。
 ただ、一旦白い布の下で絶命したかに見えるブリュンヒルデが最後にがばっと両手を挙げて起き上がる演出は、なんだか不思議でした。ブリュンヒルデの犠牲により、また世界が回り出すという、”to be continued”を現したものかもしれませんが、なんか、ゾンビ映画かエイリアン映画の最後のシーンみたいでした。3幕目は音楽と歌唱が見事に呼応しあって、聴き応えありました。葬送行進曲なんか、ゾクゾクしましたね。

 歌手では、マイヤーの次にハーゲンを歌った、アルベルト・ペーゼンドルファーが多く拍手をもらっていました。安定した声のバスで良かったのですが、全体に声のトーンが単調で、あまり「悪い人」という感じがしないんですね。彼につけられた演出に動きがなさすぎたせいかもしれません。古い話になりますが、トーキョーリングの初回の2004年での長谷川顯のハーゲンの「悪人ぶり」が強い印象を保っています。日本人歌手は、皆、大健闘でした。グートルーネの安藤赴美子は、芯の強い(ややリリックだったが)、しかし、確固とした自分を持っていない薄情な性格を良く出していました。演技も敢えて淡泊な動きにしていて違和感がありませんでした。これに対して、全く「淡泊」でなかった、アルベリヒの島村武雄は2010年にも聴きましたが、癖のある、しかし、舞台で重要な役柄を声と演技で見事に出していました。彼が最後に袖から出てきて動き廻る演出はなかなか洒落ていました。

 しかし、ゲッツ・フリードリッヒの演出は、4作全体通して、あまり良いとは思いませんでした。フィンランドでの公演にくらべると、トンネルも簡素化されていたようですし、何より動きが少なくて、せっかくの新国立の舞台の機能を生かし切っていない感じがします。今回の「神々の黄昏」も、おもしろかったのは、グンターに扮したジークフリートをレンズのような大きなガラスで見せるところぐらいで、あとは全体に「退屈」。特に読み替えもない演出ですから、もう少しアイデアが欲しいですね。3幕目で懐中電灯で客席側を照らしたりするのは、あまりにも陳腐で、目がチカチカしてちょっと苛つきました。僕自身としては、演出はブーイングしたい感じです。新国立のリングは、やはり、キース・ウォーナーのトーキョー・リング、それも初演の時が一番良かったと思います。新国立でこれからまた、リングをやるのなら、あの演出を研ぎ澄ましたものにしていくべきだと思います。あれは傑作演出です。

 9-10月は、なんだかワーグナーばかり聴いていました。ブログのタイトル変えなくてはならないですね。ちょうど今、イタリアではヴェルディ・フェスティバルが開催中。FBにはその様子がたくさん入って来ています。僕は11月初めにドミンゴのナブッコを見に行きますが、あとは、新国立のトラヴィアータ、と今年のヴェルディは、あと2つだけ。
そうこうしているうちに、もう年末ですね。早いものです。


指揮 飯守泰次郎
演出 ゲッツ・フリードリヒ
ジークフリート ステファン・グールド
ブリュンヒルデ ペトラ・ラング
アルベリヒ 島村武男
グンター アントン・ケレミチェフ
ハーゲン アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ 安藤赴美子
ヴァルトラウテ ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ 増田のり子
ヴェルグンデ 加納悦子
フロスヒルデ 田村由貴絵
第一のノルン 竹本節子
第二のノルン 池田香織
第三のノルン 橋爪ゆか
合唱指揮 三澤洋史
合唱 新国立劇場合唱団

 

ペトレンコ指揮ワルキューレ第1幕他

ブログアップが遅くなってしまいました。日曜日の公演だと、週明けが仕事で忙しくてなかなか書けないうちに印象が薄れてしまうのですが、この公演はいまだに印象が強烈に僕の体を支配しています。さて、 今回のペトレンコの初来日の公演は、都民劇場主催の「マーラー交響曲第5番」と「パガニーニの主題による狂詩曲」、そして、オペラ「タンホイザー」、最後がこのオペラ「ワルキューレ第1幕」と「マーラーこどもの不思議な角笛」と全部で3つありました。都民劇場主催の公演はチケットを取り損ねたのですが、ピアノのイゴール・レヴィットとの共演も良かったようですね。行きたかったです。

 それで、一昨日、10月1日、NHKホールで開催されたバイエルン国立管弦楽団の公演に行ってきました。これは本当に衝撃的で実に素晴らしかったです。「ワルキューレ第1幕」は今まで聴いたワルキューレでも最高の感動をもらいました。まずは序奏が凄かったです。弱音と強音を交互に持って来るのは楽譜通りだと思いますが、劇場の空気圧というか音波が伝わってくるような、強弱の繰り返し。弱音の時は一瞬音が消えて、真空になって、自分の耳が聴こえなくなったのではと思うようなインパクトがあります。森を逃走してくるジークムントの心臓の鼓動がそのまま音になったような緊迫感。ペトレンコの特徴(と僕は思っている)の、低弦をあまり響かせないで、腕力で音を劇場空間に押し出してくるような圧倒感に完全にやられました。オーケストラをコンパクトな1wayスピーカーのような塊感で鳴らし、繊細さとダイナミック感で今までに聴いたことのないワルキューレを聴かせてくれました。正直、タンホイザーの時よりも、良かったと思います。タンホイザーはやや内省的に過ぎて、テンポ感に欠ける感じがしました。(それはそれで凄く良かったのですが)ワルキューレは、音楽の塊感を歌手と一緒にテンポを緩めたり早めたり、実に緻密な指揮でした。凄いものを聴いてしまったという感じ。

 歌手の3人も素晴らしかったです。フォークトのジークムントは、昨年のウィーン歌劇場の時のクリストファー・ヴェントリスのように体全体で歌うのではなく、喉から開いた口の前に声を置いていくような美しさがあります。これが彼の魅力ですね。ルネ・コロとか、ジークフリート・イェルザレムなどの典型的ヘルデンテノールとは全く違うジークムントですね。METでバリトンに変わったばかりのドミンゴで聴いたことがありますが、それが近いかなという気がしました。ノートゥングを抜くあたり痺れました。そして、ジークリンデのエレーナ・パンクラトヴァ。タンホイザーでのヴェーヌスでも良かったですが、この日はさらに絶好調。母性を感じさせる深みのある歌いは「冬の嵐は過ぎ去り」のところで、舞台に本当に春の光が注ぐような感じがして、過去に見たその場面の舞台の演出が頭をよぎりました。そしてフォークトとの2重唱になっていくところで、こちらの感激も沸騰!このワルキューレ、今年の観劇で、ここまでで最高だったと思います。

 フンディングのゲオルグ・ペンフェルトも実に良かったです。タンホイザーでの領主ヘルマンでもびっくりさせられましたが、今回はフンディングの野蛮さ、いやらしさを良く出していました。バイエルン歌劇場を前回聴いたのは、同じくNHKホールでの2005年の来日公演でのマイスタージンガーでしたが、端役(?)の夜警の声が素晴らしかったのにびっくりしましたが、劇場付きの歌手で日本では知られていなくても、(知らないのは僕だけかもしれませんが)このペンフェルトみたいに凄い歌手がいるんですね。

 ペトレンコはタンホイザーの時もそうでしたが、歌手に歌い始めの時にキューを出すなど、オペラ指揮者として完璧な音作りに心を配っていることが良くわかりました。今回、第1幕だけだったのですが、そのうち近い将来に、ワルキューレ全幕をこのキャストで聴けるのでしょうか?そうしたら、またミュンヘンまで行ってしまいますね。

 話がワルキューレばかりになってしまいましたが、その前にマティアス・ゲルネが歌ったマーラーの「子供の不思議な角笛」も素晴らしいものでした。あまり書けないのは、この音楽を初めて聴いたからですが、ゲルネの情感がこもったピアニシモが実に美しかったです。こういう珍しい歌曲は、やはり字幕が欲しいところです。ゲルネはヴォータンを歌うには、やや声量が足りないかもしれませんが、せっかく来日したのだから、歌ってほしかったというのは、ないものねだりでしょうね。

 このシーズン、立ち上がりワーグナーが続きます。次の公演は新国立の「神々の黄昏」です。リング完結。これも楽しみです。

キリル・ペトレンコ指揮
マーラー:こどもの不思議な角笛 から
 バリトン:マティアス・ゲルネ

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」 第一幕
 ジークムント:クラウス・フロリアン・フォークト
 ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ
 フンディング:ゲオルク・ツェッペンフェルト

バイエルン国立管弦楽団

FC2Ad