プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

ルチア@新国立劇場

 20日のマチネ公演に行ってきました。実は18日土曜日のチケットを取っていたのですが、大学の卒業式と重なってしまっているのに気づかず、2月になってからあわてて電話で取り直したのです。もうあまり席が残っていなくて危ないところでした。

 まずは感想ですが、「素晴らしい」という以外に言いようがありません。18日に先に聴いた家内から既に印象を聞いてはいましたが、ベルカントオペラを滅多にやらなかった新国立劇場が満を持して放った大ヒットだと思います。これで、個人的には3回目の生”ランメルモールのルチア“(ランカトーレ、デセイで聴いています)鑑賞になりますが、今回は、歌手、指揮、オケ、演出、舞台美術のすべて揃って素晴らしく、総合的には文句なくベストでした。

 今日は歌手から話をしたいと思います。何と言ってもタイトルロールを演じたオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは、”美しき清き“という表現がぴったりな声。(容姿も…)声を張り上げず、持ち上げず、すくっと高音が立ち上がります。彼女のような自然な感じのコロラトゥーラを、あまり聴いたことがありません。いつも良く聴くのはカラス、ステファノ盤で、今回の予習用に聴いていたのは2014年のミュンヘンでのダムラウ、カレヤ盤でした。ダムラウはもちろんすごいのですが、”ドラマチック”なコロラトゥーラだと思います。アジリタというほうがふさわしいか。。。それに対しペレチャッコは「行くぞ!歌うぞ!」という感じが全くせずに、自然にコロラトゥーラに入ります。弱音、微音でも綺麗にベルカントします。

一幕目、ルチアが侍女のアリーサを従えて泉のたもとで歌うアリア(カヴァティーナでしょうか?)“regnava nel silenzio(あたりは静寂に包まれて)”は、僕の大好きな曲なのですが、中音、低音でのコロラトゥーラが要求されます。主題を繰り返し歌う最初の部分の、”Qual di chi parla, muoversi, il labbro suo vedea, (まるで誰かに語りかけるかのように唇が動くのを見た。)のこところ、音が下がるところで、音程をはずしかける歌手を聴いたことがありますが、歌い始めてまもないところで、喉が温まっていないでこの難曲を歌うのは大変難しいのだと思います。しかし、ペレチャッコは軽々とこなします。もうこれで感動でした。”狂乱の場“はもちろんbravissimo!! 彼女はデヴィーアの弟子ということですが、なるほどそのシンプルにして研ぎ澄まされた清らかさを聴いて納得。新国立出演のあとに、4月にはMETでリゴレットのジルダ、5月、ボリショイでヴィオレッタ、そして6月にはベルリンで真珠取りのレイラと立て続けに主演で歌うそうです。みんな聴きたくなります。

 エドガルド役の、スペイン人、イスマエル・ジョルディもとても良かったです。歌唱の技巧的にはまだこれからだと思うのですが、感情の込め方に深みがあって引き込まれます。ペレチャッコと二人で、本当に「若いカップルの熱愛」という感じが出ていて魅力的でした。プログラムを見て気づきましたが、2002年の新国立ではエドガルドをファビオ・サルトリが歌っているんです!サルトリのエドガルドというのも良かったでしょうね。(その頃はまだ痩せていただろうし。。)

 そして、エンリーコのポーランド人バリトン、アルトゥール・ルチンスキーは浪々とした美声で、兄の権威そのものが歌っているように聞こえます。まさに適役。ライモンドの妻屋秀和も良かった。2幕目のルチアとのやりとりは緊迫感があって引きつけられました。このシーン、なんかラ・トラヴィアータの2幕1場のジェルモンとヴィオレッタのやりとりを感じました。2幕目はズンパッパもあるし、6重唱の始めの男声2重唱がカルロとロドリーゴっぽかったり、このオペラのいたるところにヴェルディが引き継いだニュアンスがありますね。ヴェルディはベッリーニ嫌い(「長〜い、長〜い曲」と切り捨てたようです。)だったようですが、ドニゼッティの系譜に連なっているなぁと感じた次第。

 このオペラでは合唱がとても重要です。序曲からいきなり合唱に入ります。新国立の合唱団はこの最初の合唱から最後まで、素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれました。引っ越し公演でも合唱がいまいちということはままあることなので、今回は、個々の歌手と併せて、合唱も最高で、つまりはベストの歌唱のキャスティングではないでしょうか?

 そして、指揮のジャンパオロ・ビザンティを褒めるのも忘れてはなりません。大きなオーケストラを鳴らすのではなく、各パートの音を精緻に且つ、くっきりと浮き出させて、歌手を押し出しながら、鳴らすところは鳴らす。そして何より品格がありました。それがこのオペラを更に魅力的なものにしていました。狂乱の場でのグラスハーモニカは、演奏者のサシャ・レッケルト独自の”ヴェロフォン”というのだそうですが、通常のグラスハーモニカの音が透明ガラスだとしたら、このヴェロフォンは磨りガラスという印象でしょうか?その音は、精神が破綻したルチアの神経シナプスから響いて来るように聞こえて、凄みもありました。

 演出はフランス人のジャン=ルイ・グリンダ。モンテカルロ歌劇場総監督のですので、同歌劇場でも来年か再来年にこのプロダクションで公演されるそうです。スコットランドの海をベースのテーマにして、場面転換の時にも紗幕にプロジェクションマッピングで荒れる海と巨大な岩を映し出すなど凝っています。1幕目の泉の場面に、狂乱したルチアの回想(?)のところでまた戻って来るなど、演出にも“読み応え”があります。僕はスコットランドを1週間掛けて旅行したことがありますが、スカイ島という島のイメージがよみがえりました。実に美しい演出。2幕目の城内の舞台も、オークのような床が舞台を引き締めていました。3幕目はやややりすぎ(ネタバレはしませんが)の感もありますが、狂乱の場をリアルに描き出していました。そして演出を支える舞台美術や衣装が実に美しいことも是非付記したいです。新国立の実力が発揮されていると思います。

 それにしても、これだけのキャストでベルカントのオペラを高いレベルで公演できることがわかったからには、この先、新国立でベルカントをもっとやってほしいです。そうですね、勝手に希望演目を上げると、ノルマ(今年藤原で先に越されますが、、、)、清教徒(この"狂乱の場”も聴きたいです。)、夢遊病の女などのベッリーニ作品。スカラ座のロビーで4人の立像の一人(他はヴェルディ、ドニゼッティ、ロッシーニです。プッチーニは何故かいません)なんですが、ベッリーニは新国立劇場主催では一回も上演されていないです。そして、ドニゼッティの女王三部作も。。。 期待しましょう!

(指揮)
ジャンパオロ・ビザンティ
(演出)
ジャン=ルイ・グリンダ

(キャスト)

ルチア:オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ
エドガルド:イスマエル・ジョルディ
エンリーコ:アルトゥール・ルチンスキー
ライモンド:妻屋秀和
アルトゥーロ:小原啓楼
アリーサ:小林由佳
ノルマンノ:菅野 敦
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【グラスハーモニカ】サシャ・レッケルト



 

セビリアの理髪師@金沢

 フランス人指揮者(名前はロシアっぽいのですがパリ生まれ)の、ミンコフスキが金沢でセビリアを振るというので、一泊で家内と小旅行をして来ました。ミンコフスキを聴くのは初めてですが、昨年の夏にスウェーデンの小劇場、「ドロットニングホルム宮廷劇場」でドン・ジョヴァンニを振ったのが素晴らしかったと聴いていました。この日も、本当に素晴らしいオペラを聴かせてくれました。

 まずは序曲が始まって、ちょっとびっくりしたのは、全然今風でないこと。軽やかで早い感じを予想していたのですが、ゆったりとして上品。そして、クレッシェンドがあまり積極的的に聞こえてこないのです。モーツァルトを信奉するという指揮者らしく、アンサンブルを重視した美しい仕上げの序曲。このトーンはオペラ全体を支配しました。実に優雅です。聴かせどころのロジーナの””Una Voce Poco Fa (今の歌声は?)”の場面では、相当練習したんだと思いますが、ベルカントの歌唱の後を一瞬遅れて、オケがそーっとなぞっていく感じ。実に素敵でしたね!

 ミンコフスキ、人間味溢れるという感じです。歌手の歌が終わって拍手がやまないと、一旦袖に下がった歌手を手招きで呼び戻してコールにこたえさせたり、歌手の手にキスをしたり、なごみます。

 歌手がまた素晴らしい。名前を聞いたことの無い人ばかりでしたが、メゾのセレーナ・マルフィはMETのドン・ジョヴァンニでツェルリーナを歌っていたそうです。さきほどの”Una Voce〜“、久々に良いのを聴きました。アジリタは高音ではそれほどではないのですが、中音、低音部でうまく廻すのが、かっこいい!というか色っぽいんですよね。(見栄えも良さそうなんで、オペラグラス持参しなくて失敗....) そして、伯爵役のテノールのデヴィッド・ポーティロ、まだ若い(24歳)んですが、素晴らしく甘いロッシーニテノールの声です。若い頃のホセ・ブロスを思わせます。最近は復活してきたとは言え、国内ではあまり良いのを聴けない2幕目最後の「大アリア」が極上でした。ペーザロに行ったみたい!実際、彼はペーザロでもデビュー済みだそうです。フィガロのアンジェイ・フィロンチクも若い!なんと22歳でこの役は初だそうですが、貫禄さえ感じるような余裕たっぷりの歌いでした。バルトロを演じたカルロ・レポーレも、ベルタの小泉詠子も、バジーリオの後藤春馬(新国立研修所時代から応援中!)も良かったですね。

 そして、この歌手たちが、演奏会形式とは言え、ほとんどセミオペラ形式と言うような感じで、舞台を動き廻るのです。なにしろ演出家の名前(イヴァン・アレクサンダー)が出ているくらいですから、鬼ごっこはするわ、バルトロのひげ剃りにクリームは塗るわ、で舞台上もとても楽しめました。去年、マドリッドで聴いた演奏会形式の”ルイーザ・ミラー“もそうでしたが、最近のヨーロッパの演奏会形式は、「演出付き」が多いのでしょうか?日本でもオペラシティやサントリーホールなど、舞台にスペースがある劇場を使って、そういう試みを増やしてほしいものです。

 まったく、金沢で一日だけではもったいないような公演でした。

 そして、この日は金沢市街にある、イタリア好きにはチョー有名な、イタリア料理店”トラットリア・クアクア“で東京や大阪から集まったオペラ仲間と食事。実に美味しかったです。これから金沢に行く機会が増えそうです。

指揮 マルク・ミンコフスキ
アルマヴィーヴァ伯爵 デヴィッド・ポーティロ
バルトロ カルロ・レポーレ
ロジーナ セレーナ・マルフィ
フィガロ アンジェイ・フィロンチク  ほか
合唱 金沢ロッシーニ特別合唱団
管弦楽 オーケストラ・アンサンブル金沢

新国立劇場「蝶々夫人」

 プッチーニで涙したのは初めてです。そのくらい、今回2月8日の「蝶々夫人」には感激しました。ブログアップするのが遅くなったのは、11日の土曜日にもう一度行こうと考えていたからですが、残念ながらスケジュールが合わずに断念しました。2回聴きたかったなぁ。。

 何と言っても安藤赴美子の蝶々さんが、素晴らしかったと思います。去年のセミラーミデをベルカントで美しく歌い上げてくれましたが、この日は、強い芯のある声でいながら、少女の初々しい蝶々さんから、最後の場面の鬼気迫るところまでを見事に表現してくれました。安藤の蝶々さんは、特に2幕目の「ある晴れた日に」あたりから自刃するところに向かって、心の中を占めていく悲しさをすべての歌で表現していたと思います。声の切り替え、息継ぎ、ヴィヴラートの使い方、そういった技巧のすべてが、蝶々夫人の悲しみを観客に伝えて来るのです。2009年に同じプロダクションで聴いた、ババジャニアンの上品で美しい蝶々さんも良かったのですが、安藤は”悲しみそのもの“になって舞台に存在していました。演技も素晴らしく、指の先まで使って表現をしていました。なんか、新派を見ているような感覚になってしまいました。

 シャープレスを歌った甲斐栄次郎は初めて聴きましたが、情感溢れた立派なバリトンでした。安藤とのやりとりは実に聴き応えがあり、彼女に対する思いやりが、また悲しいんですよね。

 僕は、プッチーニは「三部作」以外は、どうもオペラに入り込めたことがなく、いつも客観的に聴いているので、ボエームでも蝶々夫人でも泣いたことが無いのですが、この日は駄目でした。

 指揮のフィリップ・オーギャン、数年前にウィーンで”シモン・ボッカネグラ“を聞いた時は、感心しませんでしたが、もともとヴェルディを振るタイプではないですね。この日は、歌手に合わせながらも、要所要所ではオペラをグイグイと引っ張って行く強さを見せてくれました。プッチーニの美しい旋律を見事な塊感でまとめていました。満足です。

 栗山民也の演出はもう5-6回目になると思うのですが、いまだに新鮮です。シンプルですが、空間を上手に使っていると思います。左手の天のような高さから階段を降りてくる、蝶々さんの美しいこと。ただ、着物の裾を踏まないかと心配でしたが。。最後の自刃の場面は、過去の演出とちょっと違っていたような気がしました。気のせいかもしれませんが。蝶々さんが真後ろへ倒れるところ、照明が一気に明るくなるところ、などがそうです。そして、子供が光りの道を歩いて蝶々さんの方に近づいてくるところ、まるで同じプッチーニの「修道女アンジェリカ」のラストシーンのようでした。これも新しかったのでは。

 このオペラを「国辱ものだ」と受け取る方も多いようですが、僕はあまりそうとは思いません。むしろ、ラクメを捨てたジェラルドと同じようなピンカートンが、英米人のステレオタイプ的な「いい加減男」に描かれすぎているのではないかと思うほうです。その面からすると、この日のピンカートン役のマッシは、それなりに後悔するところも真剣味があって味わい深かったです。

 新国立劇場では珍しい(初めて?)、日本人の主役でしたが、もっともっと日本人の素晴らしい才能が、この舞台で聴けることを祈っています。

指 揮:フィリップ・オーギャン
演 出:栗山民也美

蝶々夫人:安藤赴美子
ピンカートン:リッカルド・マッシ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:山下牧子
ゴロー:松浦 健
ボンゾ:島村武男
神 官:大森いちえい
ヤマドリ:吉川健一
ケート:佐藤路子
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団管弦楽東京交響楽団

二期会”ナクソス島のアリアドネ“

 11月26日土曜日の公演に行ってきました。僕の大好きなこの演目を1ヶ月の間に、ウィーン国立歌劇場とライプツィヒ歌劇場との提携での二期会の、2つの公演を聴けてとても幸せです。

 まずは、指揮!ハンブルグ州立歌劇場の総監督を長く務める女性指揮者、シモーネ・ヤング。3年前にそのハンブルグでコンビチュニー演出のちょっとおもしろい“マイスタージンガー”を彼女の指揮で聴きましたが、素晴らしいものでした。この日のナクソス島、マレク・ヤノフスキとは全く違った音を聞かせてくれました。ヤノフスキの繊細で透明で、まるで弦楽四重奏のような音に対して、ヤングの音は優美で豊穣感に溢れ、小さなオケが大きく聞こえました。何か、ヤノフスキの管弦楽的な指揮に対して、マエストラは完全にオペラの指揮というような違い。ドタバタ劇に近い、ユーモアに溢れたこの演目には、ヤングの指揮のほうがあっているかと思いました。ただ、個人的には、ヤノフスキの音のほうが鮮烈なインパクトを受けたのが正直なところ。

 歌手陣も非常に充実していました。特にプロローグが終わり、オペラの舞台になってから、ここでビシッとしまりました。3人の妖精の三重唱が素晴らしい。そしてそれに続いてのアリアドネの林正子、今日の最大のBravaでした。透明感に溢れた声ですが、適度な重みがあり、上品で、役柄にぴったり。声量もたっぷりあり、声を張り上げている感じがまったくしません。バッカス(やや高音が苦しかった)との二重唱も素晴らしいものでした。ツェルビネッタの髙橋維も「偉大なる王女様」のアリアを、実に魅力的に歌い上げました。中音と高音の声質がほとんど変わらずに、高いところまでグィッと音を上げていくところが、素敵でした。いつもCDでデセイのツェルビネッタを聴いていますが、高橋さんのはプティボンみたいでした。

 そして、特筆しなければならないのは、演出。完全な現代への読み替えの舞台で、プロローグは後ろに駐車場がガラス越しに見える楽屋裏。これが、西銀座の地下駐車場を晴海通りの地下から見たところにそっくりでした。ハルレキンたち、ブッファの一団がハーレーダビッドソンみたいなバイクで到着したような設定がおもしろい。ただ、その後、狭い感じのこの地下空間に大人数がすし詰めになったところに、掃除のおばさんや、愛の架け橋をつなぐ役としてオペラのラストにも登場するキューピッドなども動き回り、やや詰め込み過ぎという感じがしました。しかし、オペラになって、階上の広い宴会の場(?)では、充分な空間がある感じがして、ほとんどミュージカルに近いような歌手たちの動きが楽しめました。特に、ツェルビネッタが高さ1メートルはあるバーカウンターの上から直立のまま倒れて道化たちの腕の中で受け止められるところは、思わず「アッ」と叫びそうになりました。

 今回の二期会のナクソス島、指揮とオケ、歌手、そして演出が見事にひとつの結晶になった、傑作だったと思います。

指揮:シモーネ・ヤング
演出:カロリーネ・グルーバー
東京交響楽団

執事長:多田羅迪夫
音楽教師:小森輝彦
作曲家:白𡈽理香
プリマドンナ/アリアドネ:林 正子
テノール歌手/バッカス:片寄純也
士官:渡邉公威
舞踏教師:升島唯博
かつら師:野村光洋
召使い:佐藤 望
ツェルビネッタ:髙橋 維
ハルレキン:加耒 徹
スカラムッチョ:安冨泰一郎
トゥルファルデン:倉本晋児
ブリゲッラ:伊藤達人
ナヤーデ:冨平安希子
ドゥリヤーデ:小泉詠子
エコー:上田純子


日生劇場「後宮からの逃走」--”赦す”ということ

 「NISSAY OPERA 2016 オペラ」と銘打ったオペラのシリーズ。6月の「セビリアの理髪師」、7月の「ドン・パスクワーレ」に続いての3作目がモーツァルトの「後宮からの逃走」です。11月12日土曜日のマチネに行ってきました。「後宮からの誘拐」というタイトルでも知られているオペラです。しかし、序曲は非常に有名ですが、全幕で上演されることは少ないですね。僕もすっかりどこかで見たつもりになっていましたが、実はこの日が生では初めての観劇でした。

 最近はウィーンやプラハの国立歌劇場の来日公演で文化会館やオーチャードホールのような大劇場にばかり行っていたので、小さな日生劇場に来ると、イタリアの小劇場に来たような安堵感があります。この日も寸前まで行けるかどうかわからず、当日券で天井桟敷の席を取りましたが、それでも文化会館の1階L/R席の最前列から舞台を見るのと大して変わりありません。小さいことは良いことだ!

 このオペラの上演回数が少ないのは何故でしょうね。モーツァルトの4大オペラというと、「フィガロの結婚」。「コジ・ファン・トゥッテ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」なので、そこから漏れてしまったせいでしょうか?それもあると思いますが、けっこう歌唱が難しい。一幕目のコンスタンツェの「どんな拷問が待っていようと」は大アリアと言うべきで、難しいコロラトゥーラを要求されますし、同じく一幕目のオスミンの「乙女の尻追う風来坊」は、超低音のDがあるというように、けっこう難物のようです。

 この日のコンスタンツェ役の佐藤優子さん、最初はちょっと緊張気味でしたが、天性の豪華なソプラノの声を持っていますし、技巧も素晴らしい。捕らわれの身でありながら自己を強く主張する.....その表現力に溢れていて、とても魅了されました。オスミンを歌ったバスの加藤宏隆さん、2013年にムーティのオーチャードホールの講演(“公演”ではありません。)で、声に合わない”プロヴァンスの海と土“を歌わせられて、しごかれていたのが印象的でしたが、この日も素晴らしい低音と、汗だくになりそうなコミカルな演技で拍手をもらっていました。この二人がオペラを引っ張ったと言えるでしょう。ブロンデ役の湯浅ももこさん、スブレットらしい可愛らしくも知的な歌唱と演技で、オスミンを手玉に取ります。スザンナやツェルリーナでも聴きたくなります。ベルモンテの金山さんも難しいアリアを歌いこなしていましたが、声質がややこもるために、高音が伸びていない印象がありました。そして、歌わなかったですが、太守セリム役の宍戸開さん、さすが俳優だけあって存在感抜群。まあ、ちょっとオペラの役としては目立ち過ぎという感じもありました。

 このオペラは、チェンバロやフォルテピアノで装飾される、レチタティーヴォがなくて、セリフで歌がつながるのですが、このセリフはすべて日本語になっていました。日本語訳は、実に軽妙でユーモアに溢れるもので、コンメディア・デラルッテのおもしろさが良く出ていました。ただ、以前の二期会のこうもりでやったように、むしろ歌自体も日本語にしてしまってもおもしろかったかなと思いました。セリフだけが日本語で相当量あって、その後の歌が突然ドイツ語というのが聴いている僕としては切り替えが追いつかない感じがあったのも実感です。

 そして、このオペラで圧倒的に良かったのが、舞台美術。まず、序曲のところでは舞台全面が細かい紗幕で覆われ、その中は明るい光の中で晩餐の準備をしています。これが、超大型のテレビスクリーンを見ているようで、実に新鮮です。数年前にLAのスタジオで8Kの大画面のスクリーンでワールドカップサッカーを見たことがありますが、その印象に近かったです。序曲の間に、言葉はないのですが、「昔々あるところでのお話です」という感じが出ています。18世紀末から19世紀前半に流行った”トルコ“や”異国“もののオペラのお伽話感が良く出ていて秀逸なスタートでした。しかし、オペラ本編がはじまってからは、大仕掛けは何もなく、城の壁やバルコニーになる舞台奥手の2mほどの高さの台と、4つのホイール付きのテーブル、そして多数の椅子。これらを合唱団が動かして、晩餐の場にしたり、道にしたり、船にしたりするのが、実に目を楽しませてくれます。舞台美術を担当している“幹子Sマックアダムス”という方は知らないのですが、イェール大学で美術学修士をとっているそうです。もちろん、演出の田尾下哲の意向が明確なので、日本語のセリフとあいまって、斬新な舞台を作っていると言えると思います。

 指揮の川瀬賢太郎、初めて聴きましたが、素直なモーツァルトをコンパクトに鳴らしてくれていました。ただ、あまりに教科書的な音で、軽快さ、愉快さ、ふくらみに欠ける感じがしました。序曲はちょっとピリオド楽器っぽくっておもしろい音だったのですが、後が普通でしたね。。

 さて、このオペラで一番、感動したことは、実は無料で配布された“プログラム誌”にあります。それが岡真理さんという現代アラブ文学者の書いた『「赦し」—奇跡の贈り物としての』です。彼女の文章は、「『後宮からの逃走』の舞台はオスマン帝国、イスラーム世界だ。イスラームというと、他者に対して不寛容な宗教という印象があるかもしれない。実際『イスラーム国』を名乗る集団が異教徒を奴隷にしたり、神(アッラー)の名によってロック・コンサート会場を襲撃したり、そんな出来事が頻々と起きて、私たちの印象を裏付けてしまう。」という新聞の政治論評のように始まっています。岡さんは続いて、イスラームの国、イランでは「死刑が決まった加害者に対して、被害者がその罪を赦すように判事が説得をし、被害者が考える時間が数年間与えられる。」という例や、ヨーロッパの歴史の中でのイスラーム教が異教徒に対して、比較的慣用であったことなどをあげて、このことを太守セリムの「赦し」につなげているのです。

 彼女はさらにこう言います。「ベルモンテが殺されれば、嘆き悲しむのは父親だけではない、ベルモンテの母親も、そして今、自分が愛しているコンスタンツェをも傷つけ、その魂を苛むことになる。かってロスタドス(ベルモンテの父親=セリムの仇敵)が彼の恋人にそうしたように。自分が敵と同じ存在になりはてることこそ、自らの愛を裏切り、恋人を深く悲しまさせることだ。コンスタンツェを力づくで自らのものにしなかったのも、仇敵と同じ地平には墜ちたくないという思いがセリムの中にあったからだろう。」と説きます。そして、最後に「だからこそ今、セリムの『赦し』——人間で有り続けることがもっとも困難な状況においてさえ、それでもなお赦しがたき敵を赦し、人間の側に踏みとどまり続け、そうすることで憎しみの連鎖を断ち、より良い世界を築こうとする者たちの意志———が、私たちの魂の糧として、何にも増して必要とされているのだと思う。【中略】「後宮からの逃走」を観る/聴くとは、モーツァルトの音楽だからこそなしうるこの至福に満ちた奇跡の瞬間を私たちひとりひとりが体験することにほかならない。「後宮」はモーツァルトから私たちへの奇跡の贈り物だ。その奇跡はまだ舞台の上だけのことだけど、いつかそれは現実のものとなるだろう。私たちに想像できるものは、きっと実現できるのだから。【2016年、15回目の9月11日に、おかまり/現代アラブ学、日生劇場「オペラ、後宮からの逃走」プログラムより抜粋引用。】)

 実に6頁にもわたる格調の高い文章は、普段知ることのないイスラームの考え方を垣間見るとともに、このオペラが現在の社会に対して「奇跡」を起こすことをあきらめてはいけないという強いメッセージを投げかけて来ているのです。この文章を幕間に読んでいたので、3幕目の最後、セリムが処刑台にはりつけられた4人に自由を与え、船でスペインに送り返すシーンにはジーンと目頭が熱くなりました。

 「オペラの解説を読んで、世界の平和を考える。」なんて、安易すぎるかもしれません。実際の平和を成し遂げるのは、そんな容易なことでできるとは思いませんし、僕がこれを読んだ後に実際にどのような行動を取ろうかということも、まだ考え始めたばかりです。しかし、思い出すのは昨年の11月13日にパリで起こった同時多発テロで妻を亡くしたフランス人のアントワーヌ・レイリスさんは、その3日後に自身のフェイスブックでこのようにメッセージを発信しました。「あなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。13日の夜、あなたたちは特別な人の命を奪いました ―― 私が生涯をかけて愛する人であり、私の息子の母親です。 しかしあなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。私はあなたたちが何者かを知らないし、知りたいとも思いません。あなたたちは魂を失った人間です。殺人をもいとわないほどにあなたたちが敬っている神が自分の姿に似せて人間を創造したのだとしたら、私の妻の体に打ち込まれた全ての銃弾は、神の心を傷つけたでしょう。私はあなたたちの願い通りに憎しみを抱いたりはしません。憎悪に怒りで応じれば、今のあなたたちのように無知の犠牲者になるだけです。あなたたちは私が恐れを抱き、同胞に不審な気持ちを持ち、安全に生きるために自由を失うことを望んでいる。あなたたちの負けです。(後略)」とレイリスさんは述べています。「赦す」とまでは言っていませんが、憎しみと報復をすることが、自身を「無知の犠牲者」になるというのは、太守セリムの判断のもとになっている考え方と同じです。

 オペラを初めとするエンタテイメント業界でのイベントや、僕のブログで、このような話題を持ち出すことに違和感を持たれる方もいると思います。僕も、今までそのような話題をこのブログに載せたことはないのですが、初めて「書きたい」と思いました。

 岡さんの文章には心を打たれましたが、また、オペラの解説にこのような文章を取り上げた主催者としての日生劇場の勇気にも敬意を表します。

 日生劇場の2016-2017オペラシリーズは、来週の”ナクソス島のアリアドネ”(ライプツィヒ歌劇場との提携公演でシモーネ・ヤングが振ります!)、来年は、”ラ・ボエーム”、”ルサルカ”、そしてなんと、"ノルマ”と上演されます。いや、すごい力入っていますね。日本で中規模の劇場の上質な上演が味わえる、そんなところは関東ではこの日生劇場とテアトロ・ジーリオ・ショウワぐらいです。チケットは1万円以下ということで、コストパフォーマンスも抜群。是非観劇(感激?!)お勧めします。

モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの逃走』全3幕
(ドイツ語歌唱・日本語台詞・日本語字幕付)
指揮:川瀬賢太郎
演出:田尾下 哲
管弦楽:読売日本交響楽団
太守セリム 宍戸 開
コンスタンツェ:佐藤優子
ブロンデ:湯浅ももこ
ベルモンテ:金山京介
ペドリッロ:村上公太
オスミン:加藤宏隆

美術 幹子・S・マックアダムス
照明 沢田祐二

合唱/C.ヴィレッジシンガーズ





 

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