プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

あけましておめでとうございます。

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年も、よろしくお願いを致します。

1月も半ばなんですが、まだオペラもバレエもコンサートも行ってないんです。いつもは、サントリーホールでの新春コンサートに行くのですが、今年は、何故かチケット取り逃してしまいました。1月は東フィルのミョンフン指揮のジュピターだけです。その代わり2月は、オペラ、バレエ、コンサートで7演目観劇の予定があります。

さて、それはそうと、新国立劇場のオペラ新芸術監督の大野和士さんが、2018-2019年の演目を発表しましたね。

新制作の演出が4つもあって、意欲的! 個人的には、大野さん、リヨンにいたのですから、フランスオペラがひとつ欲しかったというところです。

詳しくは下記サイトをご覧下さい。

http://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_011679.html

2018年前半の観劇予定

今年もついに大晦日。大掃除、年賀状投函などの用もすべて終わり、今日は、愛用のMacBook 12インチを、新しい外付けのモニタにつないだり、新しいOS(High Sierra)にアップデートしたりしています。

今年は40数公演に行きましたが、来年も多分そんなペースになるでしょう。2018年前半で、今のところ行くつもりの公演は下記の通り。1月の「ナヴァラの娘」だけ、都合が付くかわからないので、チケットを取っていませんが、あとは取りました。ちょっと苦労したのが、3月のミラノスカラ座での2公演、「オルフェオとエフリディーチェ」と「シモン・ボッカネグラ」でした。特にオルフェオのほうは、フローレスが歌い、マリオッティが指揮をするということで、ネットではあっという間に売り切れることが予想され、日本時間の午後8時過ぎにつながった時点で2/3くらいは売り切れていましたが、なんとか席を確保。その翌日の公演のシモンもけっこうな人気。ヌッチ、サルトリ、ベロセルスキー、そして、この役でデビューだと思います、ストヤノヴァのアメーリア。で、指揮がミョンフン!シモン好きの僕としては、今から興奮してしまいます。ただ、2月のミラノ、パリは寒いでしょうね。

3月は良い公演が目白押し。7公演もチケット取ってしまいました。バッティストーニと小曽根真の競演というのも楽しみですね。東フィルの会員も4年目にはいり、自分の「居場所」という感じがしてきました。新国立では、「フィデリオ」が楽しみです。実は、これ生で見た事がないのです。そして、6月のイタリアバーリ歌劇場の“イル・トロヴァトーレ”。フリットリとメーリ!という素晴らしい組み合わせ。降板がないことを祈るばかりです。

ということで、来年が楽しみです。今年は、この素人ブログをお読み頂き有り難うございました。来年も、どうぞよろしくお願いを致します。

1月 東フィル、ミョンフン指揮 “ジュピター他” オペラシティ
ナヴァラの娘、道化師(藤原歌劇団) 文化会館

2月 ハンブルグバレエ椿姫 文化会館
ハンブルグガラ公演 文化会館
樫本大進、パーヴォ・ヤルヴィ(サンサーンス) NHKホール
東フィル、プレトニョフ指揮、シベリウス他 オペラシティ

3月 オネーギン(バレエ) オペラ座
オルフェオとエウリディーチェ スカラ座
シモン・ボッカネグラ スカラ座
東フィル、バッティストーニ、小曽根真 オペラシティ
ホフマン物語 新国立
コルチャックリサイタル オペラシティ
ノルマ オーチャード

4月 アイーダ 新国立

5月 アルチーナ 二期会

6月 フィデリオ 新国立
イル・トロヴァトーレ(バーリ歌劇場、フリットリ) 東京文化会館

2017年私的観劇ベスト10

さて、今年も残すところあと僅か。2017年の個人的観劇ベスト10をまとめてみました。今年は上位2つの演目が海外の公演になりました。

1位 ばらの騎士     ウィーン歌劇場 
2位 ナブッコ     LAオペラ 
3位 ワルキューレ第1幕 ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団
4位 バレエ“ボレロ”     オーレリ・デュポン
5位 ラ・トラヴィアータ     チャンパ指揮マッシモ歌劇場
6位 ノルマ     日生劇場
7位 真珠採り     LAオペラ
8位 バレエ“ラ・シルフィード” パリオペラ座 
9位 ルチア     新国立劇場
10位セビリアの理髪師     石川県立音楽堂 ミンコフスキ指揮
番外 ポッペアの戴冠     バッハコレギウムジャパン

1位は、5月にウィーン歌劇場で聴いた「ばらの騎士」。これは今までに聴いた「ばら騎士」の中でも、飛び抜けて良かった。まさに最高の出来でした。オットーシェンクの演出とクラシックな舞台美術が美しい、指揮のサッシャ・ゲッツェルがウィーンフィルハーモニーから紡ぎ出す、優雅な音楽、そして何より、オクタヴィアンを歌ったソフィー・コッシュに完全にやられました。今思い出しても震えが来るほど素晴らしかったです。

2位は、ロサンジェルス・オペラのナブッコ。ドミンゴのタイトルロールということで、“ドミンゴ節”のハイバリトンではない、“ローテノール”を期待(覚悟?)して行ったのですが、これがどうして、枯れたナブッコを歌い上げてくれました。娘にやっつけられる哀れな父親という新境地をこの歳(76歳)になって開拓した感じですね。その娘の方のアビレガイッシのリュドミラ・モナスティルスカが、今まで聴いた中で、最高のアビレガイッシを歌ってくれました。迫力満点。演技も素晴らしい。(いじわる感満載!)マクベス夫人でも聴いたことがありますが、ドスが効いたドラマティコに近いスピントでは、今や右に出る歌手がいないと思います。そして、ドミンゴが彼女を盛り上げる方に廻って、いい味を出してくれたと思います。これならドミンゴもまだまだ聴けますね。コンロンの指揮も素晴らしかったです。

3位は、来日したペトレンコの指揮による“ワルキューレ第1幕”。メインの公演の“タンホイザー”よりもずっと良かったです。音響の悪いNHKホールが素晴らしいスピーカーボックスになったような緊張感の高まりが極みまで達した音楽。ホールが真空になったかと思いました。フォークト初めとした歌手も素晴らしく、これも今まで聴いたワルキューレの中で、最高でした。これを聴くと全幕聴きたくなりますよねー。

4位にはバレエを入れました。一昨年、パリオペラ座のバレエの芸術監督に就任したオーレリ・デュポン自身が踊ったラヴェルのボレロ。デュポンは様式感の美しいバレエを見せてくれました。振り付けのベジャールの系列のダンサー、ロマンやギエムとは全く違ったデュポンならでは気品に溢れるボレロ。最高でした。まあ、僕はデュポンには目がハートになるので、多少割り引いてお読み下さい。

5位には、来日したマッシモ歌劇場の“ラ・トラヴィアータ(椿姫)” ヌッチ、ランカトーレ、ポーリが歌い、チャンパが指揮。これで悪い訳がありません。去年はトラヴィアータを一度も聴きに行けませんでしたが、今年はフェニーチェ、新国立も合わせて3回、どれも素晴らしい公演でした。ヌッチの歌うヴェルディ作品の中では、ジェルモンはやや癖が強くて、それほど好きなほうではないのですが、76歳、ドミンゴ同様にアクが抜けてきてうろたえ気味の父親感が良かったですね。特に1幕目2場後半。

6位は、日生劇場でのマリエッラ・デヴィーアの“ノルマ”、あまりに良かったので、2回行きましたが、2回目の7月4日の回が最高でした。60歳を過ぎてから歌いはじめたデヴィーアのノルマは鬼気迫るものがありました。Brava!

7位には、ロサンジェルスオペラの“真珠採り”、これはもっと上位でも良かったかな。僕の大好きなマチャイゼのレイラが素晴らしかったです。彼女のフランスもの(タイスも聴きましたが)はいいですね。真鍮の輝きのある中音が素晴らしい。今、フランスオペラを歌ったら最高のソプラノかも。演出もMETで成功したウールコックのものをそのまま使っています。壮大なエンターテイメント!

8位は、またバレエが入りました。4位のデュポンが2月に来日、その1ヶ月後にはデュポンが監督となって、オペラ座が来日。クラシックな振り付けで、どちらかというと地味な演目の“ラ・シルフィード”でしたが、これがオペラ座の手にかかると本当に素敵。ラ・シルフィードを踊ったミリアム・ウルド=ブラームと、ジェイムズ役のマチアス・エイマンの二人のエトワールが妖精のようで舞台に惹き付けられました。

9位には、新国立劇場のルチアが入りました。新国立劇場、今年もレベルの高い公演をたくさんやってくれました。特にこの3月のルチアと6月のジークフリートは良かったです。ルチアを演じたオルガ・ペレチャッコ=マリオッティのナチュラルなベルカント、また聴きたいです。

10位には、石川県立音楽堂で2月の小雪の中に開催された、“セヴィリアの理髪師”。マルク・ミンコフスキの、「今っぽくない」指揮が、実に聴き応えがありました。金沢まで脚を伸ばした価値がありました。

番外には、バッハコレギウムジャパンの“ポッペアの戴冠”。これも地味な演目ですが、演奏会形式とは思えないような演出付き(金沢のセヴィリアもそうでした)で、4時間の長丁場、まったく飽きませんでした。バロックオペラ、もっと日本でもやってほしいです。

今年、行った公演は海外5公演、日本が37公演。もっと行きたいと思うのですが、なかなか仕事の兼ね合い、体力との兼ね合い、あとはチケット代との兼ね合いで、年間40公演くらいで良しとすることにします。次回は、来年の観劇プランをアップします。





今年は観劇終了

今年は、先週12月3日の、東京カテドラルの“ホープウィズクリスマスチャリティコンサート”で観劇が終了しました。このコンサートはブログにアップしませんでしたが、ソプラノの高橋薫子さん、メゾの向野由美子さん、テノールの樋口達哉さん、バリトンの北川辰彦さんでたっぷり2時間、クリスマスナンバーとオペラナンバーを聴かせてくれました。途中、ピアノの金井信さんのジャズメドレーもあって、楽しかったです。

本当は、12月、ジョナサン・ノットのドン・ジョヴァンニや藤原歌劇団のルチアに行こうかなと思っていたのですが、どうも師走でドタバタしていて、切符を取りませんでした。両方とも行かれた方の感想では「素晴らしかった」ということだったので、せめてルチアは行けば良かった。失敗でした。

今年は、40いくつかの公演に行きました。ちょっと少なめですが、海外に2回出られたのは良かったです。そろそろ個人的ベストテンを記そうと思いますが、ベスト公演は決まっているものの2位以下は良い公演が目白押しで迷っています。それとともに、来年の公演のチケットもどんどん取り始めています。


次回はそんなお話しをさせてください。

ポッペアの戴冠

 モンテヴェルディのバロックオペラ“ポッペアの戴冠”に、23日の祝日にオペラシティまで行ってきました。バロックオペラは、2015年にヴィヴァルディの“メッセニアの神託”を2回生で見たのと、DVDでデセイの“ジュリオ・チェーザレ”を見たくらい。

 いきなり結論ですが、“すごく”良かったです。とにかくおもしろかった。行く前に、けっこう予習をしていたのですが、あらすじが複雑で、正直良くわからなかったんです。しかし、実際公演で丁寧な字幕を目で追っていったら、話しの流れがしっかりとわかりました。現実のローマ皇帝ネロの話を土台にしているのですが、人間ドラマのドロドロとした様が、見事に美しい音楽でラップされています。とにかく、ストーリーが良く出来ています。ロマン主義のオペラの一般的なストーリーに比べても、けっこう複雑だと思うのですが、色々な要素がうまく絡み合って、不自然さがなく表わされています。

 野望を持って夫を替えて行く、ポッペア(実際の名前は、ポッパエア・サビナ)を演じるのは、森麻季。声量とアジリタにやや物足りないところはありましたが、蠱惑的な“魔性の女”を、実に品格のある声と演技で表現していました。リサイタルなどでしか聴いたことがなく、森麻季のオペラを聴くのは初めてでしたが、役になる切る力みたいなのがすごかったですね。Brava! しかし、何より素晴らしいと思ったのは、運命の神フォルトゥナと、武将オットーネに想いを寄せる侍女のドゥルジッラの二役を歌った、森谷真理。明るく輝く声に、装飾歌唱を美しく取り入れ、オットーネに対する思いの丈を歌い上げるところ、実に素敵で感動しました。ウィーンが活躍の場らしいですが、日本でももっと歌って欲しいです。皇帝ネッローネのレイチェル・ニコルズもなかなか良かったですが、もう少し強い感情表現が欲しかったと思います。バロック・オペラでは歌唱の技術を優先させて歌うと、感情表現が付いてこないことがあるのではと思います。その点、メッセニアの神託の、ユリア・レジネヴァは凄かったですね。

 哲学者セネカ(これも実在の人物)を歌った、バスのディングル・ヤンデルもシモンみたいで、魅力的な役柄を上手に演じていました。まだまだ、知らない良い歌手がたくさんいますね!皇后オッターヴィアの波多野睦美も彼女が登場すると舞台の色が変わるような華がありました。実際、彼女のドレスは白、ポッペアは赤、ドゥルジッラは黒と、衣装の色で性格表現をしています。また、演奏会形式とは言え、田尾下哲が舞台構成をしたので、通常のオペラと同等の演出の迫力がありました。

 バッハ・コレギウム・ジャパンを指揮した鈴木優人は、モンテヴェルディの優雅で微妙な音の美しさを見事に表現していました。台詞を字幕で読んでいると、その内容に連れて、メロディラインが変化していくのが実におもしろいんです。僕の席はC席で3階の横の席でしたので、ちょうど手すりが、字幕を横切ってしまい、首を傾けての観劇となりました。休憩40分を入れての4時間5分。首が痛くなりましたが、あっという間に終わりました。バロック・オペラ、もっと日本でやってほしいですね。

鈴木優人(指揮)
森麻季(ポッペア)
レイチェル・ニコルズ(ネローネ)
クリント・ファン・デア・リンデ(オットーネ)
波多野睦美(オッターヴィア)
森谷真理(フォルトゥナ/ドゥルジッラ)
澤江衣里(ヴィルトゥ)
小林沙羅(アモーレ)
藤木大地(アルナルタ/乳母)
櫻田亮(ルカーノ)
ディングル・ヤンデル(セネカ)
加耒徹(メルクーリオ)
松井亜希(ダミジェッラ)
清水梢(パッラーデ)
谷口洋介(兵士Ⅱ)

バッハ・コレギウム・ジャパン
田尾下哲(舞台構成)

 

ディミトリー・ホロストフスキー逝去

ロシアのスーパースターバリトンの、ディミトリー・ホロストフスキー氏が55歳の若さで、22日朝ロンドンの自宅で家族に看取られながら、亡くなりました。「えー、まさか!」という感じ。2年半、脳腫瘍と闘ってきました。僕はサンフランシスコで「シモン・ボッカネグラ」を聞いたのが最後か。。。あー、残念です。ただ、ご冥福をお祈りします。合掌。

https://www.facebook.com/Hvorostovsky/

“ノルマ”METライブビューイング

 いよいよ、METライブビューイングの2017-2018シーズンが日本にもやって来ました。僕は、この「オペラを映画館で見せる」というのには、どうも抵抗があって、今まで見に行った作品は2つか3つくらいです。大きな画面で、こちらが見るところを編集で指定されてしまうというのが、我が儘な性格に合わないようです。8Kとかになれば、映画館でも双眼鏡で見られるような感じになるのでしょうけど。。。不思議と小さな画面でDVDなどで見ていると、さほど気にならないのですが。

 とは言うものの、今シーズンは「ノルマ」と「ルイーザ・ミラー」は見逃せないなと思って、先日、東劇に行ってきました。「ノルマ」の生での鑑賞回数は、さすがに少なくて、過去には、2013年のザルツブルグの公演(バルトリ)、と今年の日生劇場でのデヴィーアの公演(2回)くらいです。あ、昨年のグルベローヴァの公演も行きましたが、これは悲しい結果になったので、回数に入りませんね。

 さて、今回のMETの公演はタイトルロールのソンドラ・ラドヴァノフスキーが、まずは注目。この人も生では聴いたことがありませんが、METでは2015-2016のシーズンで、ドニゼッティの「女王三部作」をすべて歌ったという強者。そして、昨今はフランスオペラにも進出している、メゾのスター、ジョイス・ディドナート。しかも指揮者は、僕の大好きなカルロ・リッツィなので、これを見逃す手はありませんでした。

 リッツィの指揮は、現代の「ノルマ」の音のデファクト・スタンダードとも言える、ピリオド楽器っぽい、切れの良い序曲で始まります。50年代のセラフィンの指揮(カラスがタイトルロール)のような、豊穣な音とは全く違います。しかし、リッツィはベッリーニの蠱惑的な音楽を、見事に響かせます。彼は音の中に自分の感情を込めるのがとても旨い。シモン・ボッカネグラなどでも、本当に独特の「泣かせる」音を出しますね。このMETの公演、ともすれば、歌手と舞台美術に話題が行きがちですが、リッツィの指揮あっての成功だと思います。

 ただ、一幕目は、ラドヴァノフスキーもポリオーネのジョセフ・カレーヤも喉が温まっていないのか、やや音がぶら下がります。(僕の耳が悪いのかもしれませんが。。。)Casta Divaも、今ひとつ迫力に欠けました。それでも、1幕目中盤あたり、アダルジーザが出てくるところからは、素晴らしい声を聴かせてくれました。二人の女声の重唱がこのオペラの魅力の大きな部分ですが、これは大満足です。しかし、おもしろいと思うのは、原曲ではソプラノとソプラノで歌われたこの2人が、METではソプラノのノルマとメゾのアダルジーザで歌われていて、一方のザルツブルグではノルマはメゾのバルトリで、アダルジーザはソプラノのレベッカ・オルヴェーラが歌ったという、逆の配置(?)になっていることです。過去のコンビで、素晴らしいと思っているジョーン・サザーランドとマリリン・ホーンはソプラノとメゾです。やはり、現在はこれが普通で、バルトリの場合は例外と言えるかもしれません。

 アダルジーザのディドナート、とても良かったですね。コロラトゥーラの多い演目ではないのですが、ところどころ装飾歌唱をするのが、グッと来ました。この人も生で聴いたことがないんですよね。ロッシーニ聴きたいなぁ。ヨーロッパは毎年1-2回行くのですが、METはせいぜい6-7年に一回。ですので、MET中心に活躍している歌手はなかなか聴けないんです。ニューヨークは遠いし、フライトも宿も高いし、なかなか行けませんね。

 歌手の中で、やや期待はずれだったのは、ポリオーネのジョセフ・カレーヤ。良い声なんですが、なんか歌いっぱなしという感じで、陰影がありません。本人も幕間のインタビューで言っていたように、「女たらし」な役柄を意識していたようなので、意識してそういう歌い方をしているのかと思いますが、ポリオーネには彼なりに真剣で悩みもあったはず。これは、ヴェルディ協会の理事のTさんが、フェイスブックでも言っていたことですが、痛く同意しました。その点では、ザルツブルグでのジョン・オズボーンのほうがずっと良かったですね。このことを、一緒に行った家内に話すと、「二人に同じ口説き文句使ってたし、ただの女垂らしよ。」と切り捨てられました。

 演出は、5つの舞台を上下左右から出現させて、すごいスペクタクル!歌手達も素晴らしい演技力を見せているのは、映画ならではのアップで良くわかりました。

 休憩入れて3時間半の公演、あっという間に終わった感じです。ただ、やはり、正直、生のバルトリ、生のデヴィーアの公演にはかなわなかたかなぁというのが、本音です。ところで、今回のライブ・ビューイングのプログラム、\1,440ですが、内容がすごく充実しています。大きさもヨーロッパの歌劇場のプログラムのサイズ。写真も美しく、内容も読み応えあります。是非、お求め下さい。


指揮:カルロ・リッツィ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
出演:ソンドラ・ラドヴァノフスキー、ジョイス・ディドナート、ジョセフ・カレーヤ、マシュー・ローズ

静かなラ・トラヴィアータ(椿姫)

 このプロダクションは新国立劇場で3回目になりますが、いつもながら上質な公演でした。指揮のリカルド・フリッツァは、同じ新国立のオテロで2009年に聴いた時はあまり良い印象ではありませんでした。とにかく音が大きかった。でも、この日のトラヴィアータは、総じて「静か」なんです。そしてこの静かさに、品がある。静かなんだけど、指揮棒の先からは色々なニュアンスが流れ出てきます。緩急をつけるのも、本当に僅かなところ。特に歌唱の大事な部分で、ほんのちょっと音を延ばすところなど、歌手と綿密な打ち合わせと稽古をしたと思いますが、実に優雅な感じを醸し出して素敵でした。30分の休憩を除いて2時間25分くらいの上演時間でしたので、カット部分が殆ど無いことを考えると、割と早いテンポで進んだと思います。そのせいか、一幕目はやや歌手を引っ張りすぎている感じがあり、ルングと合唱がついて来れないところがありました。しかし、2幕以降は、このテンポと歌唱がぴったりとあって見事。ただ、インテンポな指揮に歌が合っているのではなく、緩急あっての「合い」。それも指揮者が歌手に寄り添うのでなく、指揮者が引っ張る感じで、聴いていてとても楽しくなりました。

 そして、もうひとつの「静かさ」の効果は、音楽評論家のKさんによると、フリッツアへのインタビューで、フリッツァが「1950年代趣味から脱する。」と語っていたそうですが、まさしく、それが良くわかりました。2幕目の”morro!”のところも、机をひっぱたいたりしないし、”Amami Alfredo”のところも、オケの低音をドロドロと鳴らさないで、すーっと行く。スカラ座の天井桟敷にいる高齢のオペラファンだったらブーイングかもしれませんが、とても新しい感じがして良かったです。“プロヴァンスの海と陸”のあとも、ジェルモンはアルフレードをひっぱたかないんですね。あくまでも「静か」

 このオペラは、最初に、ヴィオレッタのモデルになった、アルフォンシーヌ・プレシのモンマルトル墓地の墓碑の言葉から始まります。最後まで、ヴィオレッタの亡くなった後、彼女自身が回想するような構成ですから、こういう冷静な感じの流れのほうが、心を打ちます。ブサールの演出の3幕目では、ヴィレッタだけが紗幕の前でくっきりと舞台上に見え、アルフレード、ジェルモン、アンニーナ、グランヴィル医師達は、皆、紗幕の後ろでかすみます。これは、もう、ヴィオレッタは亡くなってしまっているのだと強く思います。いわば“シックス・センス”の世界ですね。だからこそ、最後でヴィオレッタは倒れて死んでいくのではなく、そのまま胸をはって歩き去るのです。

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2015年に筆者が墓参りに訪れた、プレシの墓


 そして、これは私のオペラ友人、先輩の見方でもありますが、全幕を通じて舞台の真ん中にあり、最後にはその紗幕を分ける位置に置かれたグランドピアノは、ヴィオレッタが実際の人生で最後まで愛した、フランツ・リストを表しているのではないかと、、これも強く思います。

 今日は、歌手へのコメントが最後になってしまいましたが、一番良かったのは、アルフレードを歌った、アントニオ・ポーリだったと思います。「反1950年代」というコンセプトの中で、それをもっとも体現していたのでは? “O mio rimoroso”の最後も無用に上げないで静かに終わります。ですから、普通なら大拍手になるこのところも、拍手はパラパラ。ヴィオレッタを歌った、イリーナ・リング。僕は多分、彼女のこのロールデビューを2007年の7月にミラノのスカラ座で、ロリン・マゼール指揮で聴いていると思いますが、その頃は軽い細い声だったのが、ずいぶん熟成された声になりました。一幕目こそ、少し調子が出ませんでしたが、全般としては素晴らしい。演技も素晴らしい。これもやりすぎにならいレベルに押さえていましたね。

 帰りに、車でジュリーニ指揮のカラス、ディ・ステファノのCDを聴きましたが、これぞ、50年代! でも、序曲はおそらくどの指揮者よりも長く、遅いテンポです。これも、悪くはないなと思いました。

 今回でトラヴィアータ、23回目の鑑賞となりました。あと、何度生で聴けるかなぁ。とにかく、好きな演目です。


指 揮:リッカルド・フリッツァ
演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール
美 術:ヴァンサン・ルメール
照 明:グイド・レヴィ
ヴィオレッタ:イリーナ・ルング
アルフレード:アントニオ・ポーリ
ジェルモン:ジョヴァンニ・メオーニ
フローラ:小林由佳
ガストン子爵:小原啓楼
ドゥフォール男爵:須藤慎吾
ドビニー侯爵:北川辰彦
医師グランヴィル:鹿野由之
アンニーナ:森山京子
ジュゼッペ:大木太郎
使者:佐藤勝司
フローラの召使い:山下友輔
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

”真珠採り” 聴き比べ

先日、LAオペラで聴いた、“真珠採り”の感想をブログにアップしましたが、以来、CDやYouTubeで”真珠採り”を聴き込んでいます。

ここに、ナディールが歌う、一番有名なアリア「耳に残るは君の歌声(ナディールのロマンス)」の色々な歌手による動画をアップしておきます。お暇な時にお聞き下さい。

1.LAオペラでナディールを歌った、ハヴィエラ・カマレナのピアノ伴奏バージョン  https://www.youtube.com/watch?v=lii_e_VSing

2.僕が一番好きな50-70年代のフランス人のナディール歌い、アラン・ヴァンゾ https://www.youtube.com/watch?v=MGmxAHVbijI

3.60年代にポップスでヒットしたポール・モーリア楽団のバージョン https://www.youtube.com/watch?v=E6XXgbfMBdE

4.感激もののアルフレード・クラウス(劇中劇のようです?)  https://www.youtube.com/watch?v=Q1rTaw3O1wI

5.これも凄い!ニコライ・ゲッダ  https://www.youtube.com/watch?v=qCImfJUFSf0

6.現役ではなかなか良いアラーニャ  https://www.youtube.com/watch?v=TQaySQQONXs

7.2014年にパルマで聴いたコルチャックのスタジオ録音、これもいいですね。https://www.youtube.com/watch?v=IeMKYMqT018

8,ドミンゴも歌っていましたが、あまりフランスっぽくないです。https://www.youtube.com/watch?v=QCake31gbs4

以上、お楽しみ下さい。

ルサルカ@日生劇場

 ルサルカを見るのは本当に久しぶり。2011年の新国立での公演以来です。今回、一番良かったのは、指揮。ともすれば凡庸な交響楽になりがちな、ドヴォルザークのオペラを厚みがあり、情感のこもった、しかしそれが過剰になりすぎず、うまくコントロールされたものに仕立てていました。山田和樹の実力を感じました。そして、読売日本交響楽団の実力も感じました。先日の新国立の「神々の黄昏」も良かったですし、こういう重みのある交響曲的なオペラ音楽、読響はうまいですね。このルサルカは一幕目の森の精が3人出てくるところは、ワーグナーの「ラインの黄金」オープニングにそっくり、そして二幕目の森番が出てくるところの「ドードドソ、ドードドソ」という感じのフレーズは、同じくワーグナーのファーフナーとファーゾルトの巨人のモチーフとうり二つ。その後もワーグナーっぽいところが多くありました。

 歌手も総じて良かったと思います。特に魔法使いのイェジババを歌った、清水華澄は際だっていました。王子の樋口達也は、ちょっと役柄には声が明るすぎる感じはありましたが、演技も含めて素晴らしかったです。

 ただ、このオペラについて、今日はあまり書く気にならないんです。それは、演出が、好みに合わなかったから。正直、退屈でした。舞台が変わらないのは、日生劇場という古い舞台であることや、コスト面を考えると仕方がないと思いますが、間奏曲の時のラジオ体操には参りました。2幕目でルサルカが30分も動かないまま立っているのも、見ていて疲れました。色々なブログではこの演出に好意的に書いているようですが、見る物が突っ込んでいって理解しようと努めると、色々と面白い解釈ができるとは思います。しかし、登場人物がほとんど真ん中の穴から上がって来るところとか、効果の目的がわからない照明など、僕には全くその「良さ」がわかりませんでした。途中からは目をつぶって、音楽と歌唱に集中しました。

 同じくらいの規模の劇場に、昭和大学付属のテアトロ・ジーリオ・ショウワがありますが、ここもコストの制限のある中で、安価ではあるけれど、素晴らしい演出をしています。演出はイタリア人のマルコ・ガンディーニと美術のイタロ・グラッシ。いくつも公演を見ていますが、実にアイデアが豊富。

 ということで、個人的にはちょっと満足感を得られない公演になりました。

指揮:山田和樹
演出:宮城 聰
ルサルカ 田崎 尚美
王子 樋口 達哉
ヴォドニク(水の精) 清水 那由太
イェジババ(魔法使い) 清水 華澄
外国の公女 腰越 満美
料理人の少年 小泉 詠子
森番 デニス・ビシュニャ
森の精1 盛田 麻央
森の精2 郷家 暁子
森の精3 金子 美香
狩人 新海 康仁
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:東京混声合唱団

ダムラウ@サントリーホール

 ディアナ・ダムラウと夫君のニコラ・デステの来日オペラ・アリア・コンサートにサントリーホールまで出かけました。ダムラウはライブ・ビューイングでMETのジョナサン・ミラーの“リゴレット”などでは聴いていますが、生は初めて。

 ダムラウの高音の表現力の豊かさが凄いですね。最初の、セヴィリアの理髪師の”Una voce poco fa”でも凄いと思いましたが、コンサート全体で見ると、あきらかに後半の方が良く、最後のトラヴィアータの “E strano”は絶品。これは、ミュンヘンでの、ドミンゴとの共演が素晴らしかったとさんざん友人から聞かされていたので、実に納得しました。これで、全幕聴けたら、それは本当に素晴らしいと思います。このアリア、高音を自在に美しいベルカントで聴かせておきながら、最後の一音を下げて終わったんですね。いや、洒落てますね。「洒落てる」なんて言い方は良くないのかもしれないですが、オペラ好きには受けたと思います。「清教徒」のエルヴィーラとジョルジョの二重唱も素晴らしかったです。あれだけ、高音で色彩豊かに七色の声を聴かせてくれながら、それがしっかりコントロールされていて、声を振り回している感じがこれっぽっちもしない、凄いです。

 この日は、フランスオペラで僕の大好きなアリア、グノーの「ロメオとジュリエット」から「私は夢に生きたい」とマイヤーベーアの「ディノーラ」から「影の歌」の2つのワルツが聴けました。特に「影の歌」は超絶技巧を必要とする難曲なので、めったに生で聴けません。まろやかで、しかし天国まで導いてくれそうなコロラトゥーラ。大満足でした。

 ただ、アンコールのガーシュインまで聴いてみて、思ったのは、この人はフランスオペラに向いているのかなぁという疑問でした。この5月にマイヤーベーアのオペラ・アリア集を出しているので、これを聴いてみようと思いますが、僕の好きなフランスオペラのソプラノは、もう少し中音で感情表現があって、高音はもう少し芯の通った感じがほしい。デセイ、プティポン、カラス、そして、先週聴いたマチャイゼのような感じです。このコンサートの中でヴェルディが素晴らしかったので、彼女にはイタリアオペラをもっと攻めて欲しい感じがしました。まあ、夫君がフランス人ですから、そうなるんでしょうね。

 この日、やや残念だったのは、指揮のパーヴェル・バレフ。全体に大味でフラット。なんだか開放弦を使っているかのようにしまりがないのです。ヴェルディもヴェルディらしくなかった。ワーグナーが良かったので、ドイツ系が得意なのでしょうか?

 色々と書きましたが、リサイタルとして見た場合は五つ星を差し上げたい素晴らしい公演でした。


■出演
ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
ニコラ・テステ(バス・バリトン)
パーヴェル・バレフ(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団

■プログラム
ロッシーニ:歌劇《セビリアの理髪師》より
序曲
「今の歌声は」
「陰口はそよ風のように」

グノー:歌劇《ロメオとジュリエット》より「あぁ、私は夢に生きたい」

ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロ》より
「ひとり寂しく眠ろう」
バレエ音楽

ベッリーニ:歌劇「カプレーティとモンテッキ」より「あぁ、幾たびか」

ベッリーニ:歌劇「清教徒」より「おお、愛する叔父さま、私の第二のお父様」


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ワーグナー:歌劇≪さまよえるオランダ人≫より 
序曲
「我が子よ、いらっしゃいをお言い」

マイヤーベーア:歌劇≪ディノーラ≫より 「軽やかな影(影の歌)

ポンキエッリ:歌劇≪ジョコンダ≫より 「彼女は死なねばならぬ」

ヴェルディ:歌劇≪椿姫≫より 「不思議だわ~あぁ、そはかの人か~花から花へ」★ *

アンコール
日本童謡:「春よ来い」
ガーシュイン:歌劇《ポーギーとベス》より「ベス、お前は俺のもの」
プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

ナブッコ@LAオペラ

「真珠採り」からちょうど1週間、今度はヴェルディの「ナブッコ」をロサンジェルスオペラで鑑賞しました。実に素晴らしかったです。今年の鑑賞した公演は37回になります。で、まだ年内5つ位を残していますが、2017年のベスト5に入る公演だったと思います。

 ドミンゴがバリトンに転向してから、かれこれ10年近く経っていると思います。僕が最後に彼をテノールで聴いたのは2006年のワーグナーの“ワルキューレ”でのジークムント(ワルキューレ)です。その後はバリトンで、METでのシモン・ボッカネグラ、LAオペラでのアタナエル(タイス)を生で、ジェルモン(ラ・トラヴィアータ)を動画で見ましたが、この日のナブッコは彼のバリトンとしては多分最高の出来ではないかなぁと思います。まあ、こちらも、バリトンのドミンゴに慣れてきたということもあるのかもしれませんが。。。もともとはやや暗い声が求められるタイトルロールですが、ドミンゴは彼の持つ独特の艶のあるきらびやかな声で歌います。しかし、これが実に神々しく、自身を「神だ」とまで言い切ってしまうナブッコの勢いを見事に表現します。声量というか声のパワーは、歳相応に衰えているのですが、それが、逆に声が響き過ぎてしまわなくて、役柄の「年老いた父」という雰囲気を出していて非常に良いのです。ロドリーゴなんかよりは、ナブッコは、今のドミンゴには適役でしょう。2014年のアタナエルの時を思い出して見ると、ドミンゴは、タイスを喰ってしまうような、堂々、浪々、パワフルなバリトンであり過ぎたという感じがありましたが、歳をとって、“ドミンゴならではのバリトン”として、オペラの中にうまくはまっているという感じがしました。4幕目に、始まりに少しだけ「行け我が想いよ」のモチーフが使われ、王冠を娘に奪われて幽閉された身の不幸を歌いながら改心していく「ユダの神よ」は、情感が溢れていて素晴らしかったです。拍手なりやまず。。。

 ナブッコが奴隷に生ませた娘のアビレガイッシは、ヴェルディのオペラのヒロインでも、非常に強い性格を持った役柄です。これを歌ったのは、リュドミラ・モナスティルスカ。何度聞いても名前を覚えられないんですが、これで3度聴いたことになります。前2回はマクベス夫人でした。これも素晴らしかったのですが、この日のアビレガイッシは1幕目から本当に凄かったです。メゾソプラノの声域で充分に歌える彼女は、良い意味で“はったりの効いた“声。リリコからスピントまでカバーする表情豊かな声は、天を切り裂くような迫力で、声量もたっぷり、デッドなドロシー・チャンドラー劇場にも響き渡ります。ナブッコを責めるところは、凄みを感じます。それが、さっき言った「年老いたドミンゴのバリトン」との相性がとても良いんです。それにしても、ヴェルディは良くまあ、こんなに声を上から下まで振り回すアリアを書いたものだと思います。ナブッコはヴェルディの出世作で、この頃に生涯のパートナーとなる、ストレッポーニと出会い、彼女をアビレガイッシに1842年にスカラ座で初演されたのですが、ストレッポーニの短かった歌手としての生命は、このアビレガイッシで喉をやられてしまったのでは、、と思うほどです。ですので、このナブッコのアビレガイッシ、マクベスのマクベス夫人も含めて歌える歌手がそうはいない。当然、人気がある割には上演回数は限られて来ます。現代で、この2つの役を楽にこなせるのはモナスティルスカくらいしかいないのではと思います。

 歌手陣は、フェネーナを歌ったナンシー・ファビオラ・ヘレーラ、ザッカーリアのモリス・ロビンソンとも実に良かったです。ただ、イズマエーレのマリオ・チャンが声がやや狭苦しく、声量も足りず、ちょっと残念でした。決して悪い声ではないのですが、他の歌手陣に比べると、見劣り、(聴き劣り?)しました。

 指揮は、御大ジェームズ・コンロン。立派でゴージャスなナブッコの音楽を作り上げていました。彼のヴェルディは昨年のルイーザ・ミラー以来ですが、実に劇的な音楽を作るのですよね。これは最初ちょっと取っつきにくいのですが、一旦入り込むとやみつきになります。コンロンも晩年になって、得意のフランスオペラに加えて、ヴェルディをだいぶやるようになってきました。これは、ドミンゴも同じ。彼の最後のロールは、ファルスタッフでしょうか?そして、ヌッチも、「もうヴェルディの父親役しか歌わない」と言っているそうです。ヴェルディファンとしては、嬉しい限りです。
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 最後に、演出ですが、2012年にワシントンオペラでドミンゴが主演した際のナブッコを演出した、グラント・ガーションのもの。実に洒落ていました。劇中劇になっているのですね。19世紀半ばのおそらくはスカラ座で、紀元前6世紀の舞台をやるという落差がおもしろいのです。序曲のところで、舞踏会や、舞台裏の様子などが入ります。そして、最後のカーテンコールでは舞台上の観客の貴婦人からバラの花が投げられると、それをフェミーナが投げ返し、”VIVA VERDY”、という垂れ幕が出ます。リソルジメントですね。実際に歴史的にはナブッコはその旗印になってはいないのですが、俗説をうまく利用しています。その後、カーテンコールの終わりで、「行け我が思いよ」をもう一度歌うのです。劇中ではbisはなかったのですが、最後にこんなおみやげが付いていました。字幕にイタリア語の歌詞が出てきて、観衆も歌うのです。LAオペラならではという感じですが、実に気持ちが良い。ローマ歌劇場にいるみたいでした。

 曲が終わらないうちに拍手は出るし、客席で携帯が鳴ったり、何かと生粋のオペラファンからは厳しいことを言われそうなLAオペラですが、開演前のコンロンの解説には大勢が駆けつけ、オペラを学ぼうという気持ちにあふれています。来年5月には、ついにヌッチがリゴレットを歌います。ヌッチがアメリカで歌うのは珍しいことです。ドミンゴもいつまで元気かわかりませんから、是非一度、LAオペラお試しください。チケットも2階の最前列という良い席で164ドルと、このキャストからするととても安いと思います。

 さて、帰国したらすぐに、ダムラウのリサイタルとルサルカです。

Conductor:James Conlon
Director / Set Designer:Thaddeus Strassberger

Nabucco: Plácido Domingo
Abigaille: Liudmyla Monastyrska
Zaccaria: Morris Robinson
Ismaele:Mario Chang
Fenena:Nancy Fabiola Herrera
High Priest of Baal:Gabriel Vamvulescu
Anna:Liv Redpath
Abdallo:Joshua Wheeker

久しぶりにLAオペラで「真珠採り」!!

1週間のLA&ロスカボス旅行から帰りました。オペラは2つ。でもって、「ああ、ニーノ・マチャイゼ、マチャイゼ!!」状態。。4年ぶりにマチャイゼ熱にすっかりやられてしまいました。重症です。。

 生のマチャイゼを聴くのは、今回で4度目ですが、「真珠採り」は2014年のパルマに続いて2度目。ますます声に磨きがかかって、中音は真鍮のよう!高音になると金属的な感じがなくなり、それは美しいです。METと同じペニー・ウールコックの演出は迫力満点。4回見た彼女の公演のうち、3つはフランスもの。最初は、今回と同じ、「真珠採り」を2014年の3月にパルマのレッジョ劇場で。これで、まず完全にノックアウトされました。それで、そのすぐあと、彼女の公演スケジュールをチェックして、2ヶ月後の5月には、ロサンジェルスまで追っかけて、レアなマスネの「タイス」を聴きました。アタナエルはドミンゴ(バリトンでの)でした。(で、4つ目はロッシーニの「ランスへの旅」のフォルビル伯爵夫人@オランダ国立歌劇場。)この2014年は新国立で大野和士の「ホフマン物語」もありましたし、夏にはバレエで、オーレリ・デュポンのバレエを2日続けて見に行ったり、個人的には“フレンチイヤー”でした。

 で、今回のヴェニューは又、LAオペラです。今年の梅雨頃に“マチャイゼの真珠採り”をネットで見つけて、まだチケットが発売前だったのに、即、フライト取りました。こういうモチベーションを僕にもたらしてくれる演目は、シモン・ボッカネグラと真珠採りくらいだと思います。

 ロサンジェルスはつい2週間前までは、日本でも話題になったように、ひどい山火事が起きたりするぐらい暑かったそうで、10月なのに摂氏38度もあったのですが、到着した日は29度。ホテルを取ったマンハッタンビーチは、夜になると20度以下と快適でした。

 日本から米国にオペラを見に行くと言えば、METがメジャーでしょう。あとは、最近ルイゾッティが頑張っているサンフランシスコオペラか。でも、ロサンジェルス・オペラもなかなか良いのですよ。僕はこれで3度目ですが、とにかく音楽監督がドミンゴなので、彼のお友達のとても良い歌手を呼んでくれます。今回も、レイラがマチャイゼ、ナディールはカマレラと今、旬の一流どころです。来週のナブッコは、ドミンゴとリュドミラ・モナスティルスカですし、今シーズンはフレミングのリサイタルもあります。で、LAでの「真珠採り」、ほとんどの公演では指揮はドミンゴが振っているのですが、僕が行った28日は、代役のグラント・ガーション。おそらくドミンゴのスケジュールの問題でしょう。でもドミンゴの指揮はちょっと退屈なので、カーションで問題ありません。彼の指揮は、基本的に、首席指揮者のジェームズ・コンロンのスタイル。ゴージャスに膨らませて行きます。実にグランドオペラという感じ。LAオペラは公演の数こそそんなに多くはありませんが、コンロンが十八番としているフランスオペラを良くやります。(コンロンはアメリカの指揮者としては唯一、レジョン・ド・ヌール勲章をもらっているんです!)

 演出は、一昨年、METで大好評を博したペニー・ウールコックのものを基本に、元々オペラハウスではない、LAのドロシー・チャンドラーパビリオンの奥行きの無い舞台に合わせていました。それでも、なかなかの迫力です。この演出を見た友人や、今回同行した家内も、皆高く評価しているのですが、僕は、METのライブビューイングの時同様に、なんだかパイレーツ・オブ・カリビアンみたいで、ややゴチャゴチャしすぎな印象を受けました。でも、美しい序曲で紗幕の向こうでナディールとズルガが海の中を泳ぎ回るシーンは、とても素敵です。クプファーの「ラインの黄金」の冒頭で、ライン川の水中を乙女たちが泳ぎ回るシーンがありますが、あれを彷彿とさせます。それで、時代設定は、現代なんですね。セイロンの伝統的な民族衣装(?)を着ている登場人物が多いので、19世紀くらいの設定かなと思いましたが、ズルガの家に白黒っぽいテレビがあるのでわかりました。セイロンも行きたくなりますね。

 マチャイゼの最初のレイラは、パルマでデジレ・ランカトーレが、開幕2週間前に降板したので、急遽出演になったわけですけれど、これがとんでもなく素晴らしかったのです。その頃のマチャイゼと言えば、ヌッチと一緒にジルダ(リゴレット)を歌っている印象が強かったのですが、このフランスオペラでは真鍮のような筋の通った強い、切れ味のある声を聴かせてくれました。今回は、その後出産も経て、なんかたくましくなり、若い巫女からノルマみたいなトップの巫女になった感じです。中低音は、真鍮からプラチナになり、メゾソプラノではないかというくらいに、力強く、また感情表現も豊かに聴かせます。うっとりですねー。それでいて、高音はややリリックで、コロラトゥーラも使いながら、微妙なタッチで抜けるように歌い上げます。もう、目がハートになりました。中音だけ聴いていると、まさに「カラスの再来」というくらい、声の出し方が似ています。特にアリアの“Comme autrefois”(昔のような暗い夜に)”なんか雰囲気がそっくり。

 ただ、このオペラの中で、誰もが知っている有名なアリアといえば男声なんですね。「ナディールのロマンス」とも呼ばれる名曲「耳に残るは君の歌声」は1960年代のポップス界で、マランド楽団やアルフレッド・ハウゼ楽団、ポール・モーリア楽団などのアレンジで大ヒットしたので、むしろ原曲がオペラだということを知らない人のほうが多いのではないかと思います。オペラのほうでも、名録音が残っており、中でも50-70年代に活躍したフランス人テノールの“アラン・ヴァンゾ”が有名。僕もこの人の甘い歌声が一番好きです。他にもアルフレード・クラウス(この人の歌もYou Tubeで聴くだけで涙チョチョ切れます。)、ニコライ・ゲッダなど、是非聴いてみてほしいです。最近では、ロベルト・アラーニャ、ディミトリー・コルチャック、サルヴァトーレ・リチートラ(故)などが得意としています。ちょっとでも喉の調子が悪かったら歌えないという難しい代物らしく、藤原折江がこの歌を歌う前数日間は、細い骨が喉を痛めるのを嫌って、好物の鰻を食べなかったという話があります。息継ぎをするのも大変です。この日のナディールは、メキシコ人テノールのハビエル・カマレナ。ロール・デビューかと思います。一幕目はあまり調子が良くなくて、この曲の高音でも声が割れました。その後完全に安全運転になってしまって、ちょっと残念でしたが、息継ぎが全く聞こえないのはさすが!2014年のMETの「チェネレントラ」で、カウフマンの代役でラミーロを歌い、MET史上3人目のアンコール(bis)歌手になっただけのことはあります。この日も2幕目後の休憩後は、声量も増して、素晴らしい声になりました!。ただ、本質的にはやはりロッシーニテノールという感じがしました。ペーザロで聴きたい歌手です。望外に良かったのは、バリトンのアルフレード・ダザ、2014年(?)に新国立でジェルモンを歌っていますが、その時はあまり感心しませんでした。バスバリトンなので、ズルガのほうがぴったりなんです。ちょっと下品な感じの節回しもある漁師の親方の気分が出ていました。良かったです。レイラとナディールに対する、憎しみと愛の二面性を出す演技も素晴らしかったですね。

 このズルガとナディールの二重唱「聖堂の奥深く」は、男声二重唱としては、ヴェルディのドン・カルロスでの、カルロスとロドリーゴの二重唱と並んで美しい歌だと思います。両方とも男の友情以上のなんかを感じますね。しかし、この「真珠採り」、どこをどう切り取っても美しいメロディーばかり。ビゼーのオペラではもちろん、「カルメン」のほうが有名ですが、その10年前に書かれた「真珠採り」のほうが、現代のフレンチポップスにも通じる、わかりやすい美しさがあります。「パースの娘達」もそうですが、もっと日本でも上演されてもいいと思うのですよね。藤原歌劇団が来年2月にマスネの佳作、「ナヴァラの娘」を日本で初めて公演してくれますから、ビゼーのオペラも藤原に期待しましょう。もちろん、来年から新国立歌劇場の音楽監督になる、大野和士さんにも期待!

さて、これから4日間ほど、メキシコのビーチリゾート、“ロス・カボス”でリラックスして、またLAに舞い戻り、前述の「ナブッコ」を見ます。


CAST

Leila Nino Machaidze
Nadir Javier Camarena
Zurga Alfredo Daza
Nourabad Nicholas Brownlee

Conductor Grant Gershon
Director Penny Woolcock
 

 

プレトニョフ、マーラ−「亡き子をしのぶ歌」他

 久しぶりのオペラシティでの、東京フィルハーモニー交響楽団定期公演。今回は、ハイドン、マーラー、シューベルトと、時代的にも音楽的にも大きく違う作品を4つ堪能しました。

 ハイドンの交響曲第49番「受難」は初めて聴く曲です。オケは小さな編成で、コントラバスはありませんでした。ですので、どちらかというと分厚い弦楽四重奏を聴くような感覚。強弱、緩急が交互にやってくる、けっこう難しそうな曲でした。ダースベーダー系のキャラクターの映画のテーマになりそうだなぁ、などと余計なことを考えてしまいましたが、プレトニョフは無用に重くすることもなく、あっさりと仕上げていました。

 そして、マーラーの歌曲「亡き子をしのぶ歌」。これも初めてでしたが、少し予習をしていたので、その歌詞に震える思いでした。リュッケルトという18世紀のドイツの詩人が、1年の間に二人の子供を相次いで亡くしたという事実をもとに書いた詩編を、マーラーがその70年後の1904年に歌曲にしました。これを、メゾ・ソプラノの小野美咲が歌いました。特に第4曲の「よく思う、あの子たちは出かけているだけ」は、本当に美しく悲しい歌詞です。「よく思う。あの子達は出かけているだけ。じき家に戻ってくるのだろう!昼は美しい!おお、心配はない!ちょっと足を延ばして、あの丘まで散歩しているのだ。」歌詞だけで泣けてきますね。

 小野は新国立オペラパレスでもおなじみの歌手ですが、独唱を聴くのは初めて。アルトに近い声で、まるでノルンが地の底から哀れみをもって歌いあげるような感覚。美しい声です。マエストロと目を合わせながら歌う様子が、この曲をオケと素晴らしいものに仕上げようという意欲を感じさせました。

 さて、休憩後のシューベルトの交響曲もほんとに久しぶりです。5番は大好きで、特に第二楽章の主題を聴いていると、なんか「生きてて良かったぁ。」という感じになります。この日も聴きながら「C型肝炎直ってよかったぁ。」などと関係の無いことを考えていました。プレトニョフの指揮は、ノーブルの中に人間味溢れる素晴らしいものです。ハイドンもそうでしたが、緩急のつけかたが、流れるようにつながり、美しいです。

 曲としては、最後の「未完成」のほうが良かったのだと思いますが、僕にはやや重すぎて、特に第二楽章は圧倒されすぎてしまいました。まあ、あまりこの曲に思い入れが無いと言ったら素っ気ないでしょうか?

定期演奏会としては長めの2時間25分の演奏時間。堪能しました。

新国立劇場「神々の黄昏」

 新国立劇場の今シーズン、オープニングの「神々の黄昏」、6回ある公演のうちの4回目に行って来ました。行く前からわかってはいたのですが、長いですね。休憩2回入れて5時間55分。前回の「ジークフリート」の公演の時は、長い上演時間を耐えられるように、劇場で特製クッションの貸し出しサービスがあったのですが、今回はなかったです。残念。多分、クッションを使用している人の座高が高くなってしまうので、苦情でも出たのかと思います。

 今回が、飯守泰次郎マエストロの新国立の音楽監督として最後の公演になると思います。来シーズンからは大野和士さんになりますから。その最後の指揮から出てくる音楽、とても良かったです。今までのリング3作、何か音の分厚さが足りない、特に金管が響かない、ゆらぎがない、、と、飯守さんらしさに欠ける音だったという感想を持っているのですが、今回ははじめて読売日本交響楽団を率いて、素晴らしい音を出してくれました。雄大でスケール感がありました。金管も、時々音がずれることもあったりと、やや粗いながら、偉大なワーグナーの音楽を聴かせてくれました。昨年のウィーン歌劇場のアダム・フィッシャーや、つい最近のキリル・ペトレンコが新しい時代のワーグナーだとしたら、飯守マエストロはクラシックな、帝国ホテルのビーフシチューのようなワーグナー。正統派ですね。

 ただ、音楽のボリュームに対して、1幕目は、歌手の声が良く聞こえない。これは、どうも歌手の調子が出ていなかったようです。ジークフリートのステファン・グールドも、彼の得意とする輝きのある声が出ていない。ブリュンヒルデのペトラ・ラングも声を口先で作っているような感じ。2幕目に入ると、ヴァルトラウテ役で出てきた、名歌手ヴァルトラウト・マイヤーが、素晴らしい歌を聴かせます。2007年のベルリン歌劇場、バレンボイムと共に来日して、イゾルデを歌った頃にくらべて、年齢も重ねて(現在61歳)声のシャープさは無くなりましたが、その分、熟成された奥行きのある、素晴らしい声。声量はそれほどではないのですが、オケの音の上を飛んできます。この人の歌唱と比べると、他の歌手の歌唱が今ひとつに思えてしまうのも仕方が無いか・・・・他の歌手も一流ですが、彼女は「超」が付きますからねー。ちなみに、2004年の舞台では、この役を藤村実穂子が歌い、素晴らしかったです。

 それでも第3幕になると、グールドもラングも見違えるように声の艶が増しました。で、最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は聴き応えありましたね。
 ただ、一旦白い布の下で絶命したかに見えるブリュンヒルデが最後にがばっと両手を挙げて起き上がる演出は、なんだか不思議でした。ブリュンヒルデの犠牲により、また世界が回り出すという、”to be continued”を現したものかもしれませんが、なんか、ゾンビ映画かエイリアン映画の最後のシーンみたいでした。3幕目は音楽と歌唱が見事に呼応しあって、聴き応えありました。葬送行進曲なんか、ゾクゾクしましたね。

 歌手では、マイヤーの次にハーゲンを歌った、アルベルト・ペーゼンドルファーが多く拍手をもらっていました。安定した声のバスで良かったのですが、全体に声のトーンが単調で、あまり「悪い人」という感じがしないんですね。彼につけられた演出に動きがなさすぎたせいかもしれません。古い話になりますが、トーキョーリングの初回の2004年での長谷川顯のハーゲンの「悪人ぶり」が強い印象を保っています。日本人歌手は、皆、大健闘でした。グートルーネの安藤赴美子は、芯の強い(ややリリックだったが)、しかし、確固とした自分を持っていない薄情な性格を良く出していました。演技も敢えて淡泊な動きにしていて違和感がありませんでした。これに対して、全く「淡泊」でなかった、アルベリヒの島村武雄は2010年にも聴きましたが、癖のある、しかし、舞台で重要な役柄を声と演技で見事に出していました。彼が最後に袖から出てきて動き廻る演出はなかなか洒落ていました。

 しかし、ゲッツ・フリードリッヒの演出は、4作全体通して、あまり良いとは思いませんでした。フィンランドでの公演にくらべると、トンネルも簡素化されていたようですし、何より動きが少なくて、せっかくの新国立の舞台の機能を生かし切っていない感じがします。今回の「神々の黄昏」も、おもしろかったのは、グンターに扮したジークフリートをレンズのような大きなガラスで見せるところぐらいで、あとは全体に「退屈」。特に読み替えもない演出ですから、もう少しアイデアが欲しいですね。3幕目で懐中電灯で客席側を照らしたりするのは、あまりにも陳腐で、目がチカチカしてちょっと苛つきました。僕自身としては、演出はブーイングしたい感じです。新国立のリングは、やはり、キース・ウォーナーのトーキョー・リング、それも初演の時が一番良かったと思います。新国立でこれからまた、リングをやるのなら、あの演出を研ぎ澄ましたものにしていくべきだと思います。あれは傑作演出です。

 9-10月は、なんだかワーグナーばかり聴いていました。ブログのタイトル変えなくてはならないですね。ちょうど今、イタリアではヴェルディ・フェスティバルが開催中。FBにはその様子がたくさん入って来ています。僕は11月初めにドミンゴのナブッコを見に行きますが、あとは、新国立のトラヴィアータ、と今年のヴェルディは、あと2つだけ。
そうこうしているうちに、もう年末ですね。早いものです。


指揮 飯守泰次郎
演出 ゲッツ・フリードリヒ
ジークフリート ステファン・グールド
ブリュンヒルデ ペトラ・ラング
アルベリヒ 島村武男
グンター アントン・ケレミチェフ
ハーゲン アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ 安藤赴美子
ヴァルトラウテ ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ 増田のり子
ヴェルグンデ 加納悦子
フロスヒルデ 田村由貴絵
第一のノルン 竹本節子
第二のノルン 池田香織
第三のノルン 橋爪ゆか
合唱指揮 三澤洋史
合唱 新国立劇場合唱団

 

ペトレンコ指揮ワルキューレ第1幕他

ブログアップが遅くなってしまいました。日曜日の公演だと、週明けが仕事で忙しくてなかなか書けないうちに印象が薄れてしまうのですが、この公演はいまだに印象が強烈に僕の体を支配しています。さて、 今回のペトレンコの初来日の公演は、都民劇場主催の「マーラー交響曲第5番」と「パガニーニの主題による狂詩曲」、そして、オペラ「タンホイザー」、最後がこのオペラ「ワルキューレ第1幕」と「マーラーこどもの不思議な角笛」と全部で3つありました。都民劇場主催の公演はチケットを取り損ねたのですが、ピアノのイゴール・レヴィットとの共演も良かったようですね。行きたかったです。

 それで、一昨日、10月1日、NHKホールで開催されたバイエルン国立管弦楽団の公演に行ってきました。これは本当に衝撃的で実に素晴らしかったです。「ワルキューレ第1幕」は今まで聴いたワルキューレでも最高の感動をもらいました。まずは序奏が凄かったです。弱音と強音を交互に持って来るのは楽譜通りだと思いますが、劇場の空気圧というか音波が伝わってくるような、強弱の繰り返し。弱音の時は一瞬音が消えて、真空になって、自分の耳が聴こえなくなったのではと思うようなインパクトがあります。森を逃走してくるジークムントの心臓の鼓動がそのまま音になったような緊迫感。ペトレンコの特徴(と僕は思っている)の、低弦をあまり響かせないで、腕力で音を劇場空間に押し出してくるような圧倒感に完全にやられました。オーケストラをコンパクトな1wayスピーカーのような塊感で鳴らし、繊細さとダイナミック感で今までに聴いたことのないワルキューレを聴かせてくれました。正直、タンホイザーの時よりも、良かったと思います。タンホイザーはやや内省的に過ぎて、テンポ感に欠ける感じがしました。(それはそれで凄く良かったのですが)ワルキューレは、音楽の塊感を歌手と一緒にテンポを緩めたり早めたり、実に緻密な指揮でした。凄いものを聴いてしまったという感じ。

 歌手の3人も素晴らしかったです。フォークトのジークムントは、昨年のウィーン歌劇場の時のクリストファー・ヴェントリスのように体全体で歌うのではなく、喉から開いた口の前に声を置いていくような美しさがあります。これが彼の魅力ですね。ルネ・コロとか、ジークフリート・イェルザレムなどの典型的ヘルデンテノールとは全く違うジークムントですね。METでバリトンに変わったばかりのドミンゴで聴いたことがありますが、それが近いかなという気がしました。ノートゥングを抜くあたり痺れました。そして、ジークリンデのエレーナ・パンクラトヴァ。タンホイザーでのヴェーヌスでも良かったですが、この日はさらに絶好調。母性を感じさせる深みのある歌いは「冬の嵐は過ぎ去り」のところで、舞台に本当に春の光が注ぐような感じがして、過去に見たその場面の舞台の演出が頭をよぎりました。そしてフォークトとの2重唱になっていくところで、こちらの感激も沸騰!このワルキューレ、今年の観劇で、ここまでで最高だったと思います。

 フンディングのゲオルグ・ペンフェルトも実に良かったです。タンホイザーでの領主ヘルマンでもびっくりさせられましたが、今回はフンディングの野蛮さ、いやらしさを良く出していました。バイエルン歌劇場を前回聴いたのは、同じくNHKホールでの2005年の来日公演でのマイスタージンガーでしたが、端役(?)の夜警の声が素晴らしかったのにびっくりしましたが、劇場付きの歌手で日本では知られていなくても、(知らないのは僕だけかもしれませんが)このペンフェルトみたいに凄い歌手がいるんですね。

 ペトレンコはタンホイザーの時もそうでしたが、歌手に歌い始めの時にキューを出すなど、オペラ指揮者として完璧な音作りに心を配っていることが良くわかりました。今回、第1幕だけだったのですが、そのうち近い将来に、ワルキューレ全幕をこのキャストで聴けるのでしょうか?そうしたら、またミュンヘンまで行ってしまいますね。

 話がワルキューレばかりになってしまいましたが、その前にマティアス・ゲルネが歌ったマーラーの「子供の不思議な角笛」も素晴らしいものでした。あまり書けないのは、この音楽を初めて聴いたからですが、ゲルネの情感がこもったピアニシモが実に美しかったです。こういう珍しい歌曲は、やはり字幕が欲しいところです。ゲルネはヴォータンを歌うには、やや声量が足りないかもしれませんが、せっかく来日したのだから、歌ってほしかったというのは、ないものねだりでしょうね。

 このシーズン、立ち上がりワーグナーが続きます。次の公演は新国立の「神々の黄昏」です。リング完結。これも楽しみです。

キリル・ペトレンコ指揮
マーラー:こどもの不思議な角笛 から
 バリトン:マティアス・ゲルネ

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」 第一幕
 ジークムント:クラウス・フロリアン・フォークト
 ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ
 フンディング:ゲオルク・ツェッペンフェルト

バイエルン国立管弦楽団

バイエルン国立歌劇場“タンホイザー”

 9月25日のNHKホールでの公演を聴きに行きました。6月に初演劇場のバイエルン国立歌劇場で聴きましたので、2回目になります。今回、僕にとって良かったのは、何かと話題になっている“演出”が既にどういうものかわかっていたので、それに気を取られないで音楽と歌唱に集中できたことです。6月の観劇では、この挑戦的な(?!)演出を理解しようと気になってどうも集中できませんでした。ロメオ・カステルッチの演出、意欲的と褒めてあげたいところですが、褒めません。僕は現代演出けっこう好きです。先日のバッティストーニのオテロでも、友人達には大不評だったライゾマティックスのプロジェクションマッピング、けっこう楽しみました。しかし、このタンホイザーの演出はいけません。何がいけないかって、演出と歌手の演技が全く絡まないのです。第3幕の「ローマ語り」のあたりで、死体を何度も何度も入れ替えるのにどのような意図があるのでしょうか?おそらく「輪廻転生」のようなことを表しているのかとは思います。最終的に死体が砂に帰して、それをタンホイザーとエリーザベトが骨壺(?)に入れるところだけ、演出に演技が加わりますが、それ以外は全くと言ってよいほど、演出は音楽と歌手とも全く関係なくグロテスクに進行します。見ていて煩わしいだけです。視覚的に驚かせようと言うことの他に何も感じられないのです。逆に言うと、いわゆる“読み替え演出”ではないので、気にしないようにすると無視できますし、音楽の邪魔をしないとも言えます。ですので、2回目のNHKホールの観劇では、そのスタンスを取らせてもらいました。

 ペトレンコの指揮は、まず序曲のところから独特です。あまり重くなく、しかし、弦のアンサンブルは幾何学的に段差をはっきりと出して響かせて来ます。オペラの全容を予想させる序曲というよりは、交響楽のような振りです。全体的には、内省的な音作りで、2幕目の行進曲も抑え気味でコントロールされていますが、シンプルな音から盛り上がって来るところに、単に音が大きくなるだけでなく、腕力でオケを持ち上げてくる、、決して無理やりでなく、、、筋肉質な盛り上がりを生んでいます。前にも書きましたが、低い弦を強く鳴らすという趣向があまり無く、中音でひとつひとつの楽器が浮き出すように聞こえさせる、これが素晴らしいと思いました。3幕目の序奏のシンプルな始まりから塊感を持った盛り上がりに移ってくるところ、良かったですね。

 歌手ですが、まずはフローリアン・フォークト。もうかれこれ5-6回は聴いています。ローエングリン、ヴァルター(マイスタージンガー)、そして今回のタンホイザー。何より、「持ち上げる」という感じの全く無い澄んだ高音が魅力です。ウィーン少年合唱団が、そのまま声変わりしないで大人になったみたいです。おそらく、役柄としてはローエングリンが一番合っているのではないかと思いますが、タンホイザーではそれまであまり気づかなかった中低音の素晴らしさも感じさせてくれました。が、この日、一幕目、珍しく中音部で音程が安定せず、一度だけ声も割れました。こんなことは初めてです。しかし、数年前に文化会館で「美しき水車小屋の娘」を歌った時に、途中で破綻を来たして、歌い直したこともあるようで、時々安定性を欠く嫌いはあると、友人からも聞きました。ちなみに、彼の水車小屋、僕も聞きましたが素晴らしいです。いわゆる、ヘルデンテノールとしては典型的な声ではありませんが、将来はリングも歌ってほしいですね。彼とカウフマン、あまりにも違うワーグナー歌いですが、この2人を聴ける(カウフマンはキャンセルが多すぎるが)時代に居合わせるのは幸せだと思います。

 歌手陣は、他も素晴らしかったです。エリーザベトを歌ったアンネッテ・ダッシュ、清冽で強く奥行きのある声、余計なヴィブラーとや装飾歌唱がない、、、ミュンヘンではアニヤ・ハルテロスがトスカみたいに歌ったのですが、ダッシュのほうがずっと良かったです。そして、ヴォルフラムの夕星の歌は、涙ものでした。低音から高音まで(テノールのように聞こえます)本当に美しい。この役もミュンヘンのゲルハーヘルのやや古くさい歌い方よりずっと良かったです。指揮も新しいワーグナーを作っているので、今回の歌手陣はそれに合った歌唱をしてくれたと思います。それと忘れてはならないのが、合唱団。迫力ありましたね。引っ越し公演の醍醐味だと思います。

 ペトレンコ、素晴らしい指揮者だと思いますが、その素晴らしさをちゃんと解るには、僕はまだまだ聴き込みも足りないし、勉強も足りないと思います。ただ、今回の3幕目の感激だけは本当に感じられました。良かった!

 今回の3公演、すべて平日の3時からです。これは、勤めている方には厳しいスケジュールです。なんとかならなかったのかなぁ。

 さて、10月1日には同じキャストでワルキューレの一幕目をやってくれます。こちらのチケットも運良く取れたので、楽しみです。


指揮:キリル・ペトレンコ
演出:ロメオ・カステルッチ
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ
バイエルン国立歌劇場管弦楽団、同合唱団(合唱指揮:ゼーレン・エックホフ)

ミョンフンのベートーヴェン第3番

 東フィルの定期公演、いつもオペラシティで聴くのだが、今月は所用があって、オーチャードに取り替えてもらいました。これが電話一本で出来て、しかも、元々の席と同等の席に替えてくれるのが、とても便利です。

 タイトルに「ベートーヴェンの第3番」と書きましたが、この日は「ピアノ協奏曲第3番」と「交響曲第3番」の2本立て。ピアノは、韓国人の若手、なんと16歳の女性ピアニスト、イム・ジュヒ。9歳でデビュー。10歳で、ゲルギエフと共演。ミョンフンとは過去なんども一緒に演奏しているようで、マエストロが指揮中に一度もピアニストのほうに首を振らなかったのは、信頼の証でしょう。第一楽章の劇的なピアノの登場から、明るく伸びやかな音、正確なタッチ、若いのに余裕さえ見える弾きっぷり。楽しそうに弾いていましたね。同じ、もうちょっと陰影があっても良いかなとは思いましたが、この曲を素直に味わうにはぴったりな素晴らしい演奏でした。ソロアンコールのヨハン・シュトラウスⅡ世作曲、ジョルジュ・シラフ編曲の「トリッチトラッチポルカ」の超絶技巧にもびっくり。こういう曲のほうが、若さと情熱でこなせるので合っているのかもしれませんね。韓国からは東フィルにゲストとして、同じ若手のチョ・ソンジン(華やかなピアノでした)も来ましたが、いつも新しい音を聴かせてくれるコンサートには大満足です。

 後半の「交響曲第3番変ホ長調作品55英雄」は元々はナポレオンをイメージして作曲されたもの。ミョンフンらしい、壮大で情熱的、しかし知的な指揮が素晴らしいですね。一楽章からだんだんに盛り上がり、第2楽章のフーガを抜けると、3,4楽章で頂点に達する。その中で、第3楽章のオーボエの主題と第4楽章のフルートの独奏はとても美しかったです。同じ、「情熱的」でも、バッティストーニの第5番のように、新しい解釈の抑揚や強弱を付けたりせずに、あくまで王道の中でオケを操っていました。

 さて、来週はいよいよ、ペトレンコのタンホイザー。ミュンヘンで6月に聴いた時よりは余裕を持って聴けると思います。楽しみです。

 

オテロ@オーチャードホール

 いやいや、本当に久しぶりのブログになってしまいました。オペラは7月の“ノルマ”以来2ヶ月ぶり、コンサートも東フィルのミョンフンのマーラーから1ヶ月以上夏休みを取っていました。いつもなら、夏はバレエがあるのですが、今年はいまひとつ食指が動くものがありませんでした。その間、今年はオペラ仲間が多数ザルツブルグに行っていたので、クルレンツィスの”皇帝ティートの慈悲”やら、マリオッティ指揮の“二人のフォスカリ”(ドミンゴです。)そして、チケットの時価が定価の10倍まで上がったというムーティ、ネトレプコのアイーダを見たという生々しいフェイスブックが送られてくるのを、よだれを垂らしながら過ごしていました。どれも素晴らしいと思うのですが、やはりマリオッティのフォスカリ、聴きたかったです。夏休みはオペラには行かなかったのですが、そういう悪い(?)刺激があったため、11月と来年2月にまた海外での公演に行く予定を立ててしまいました。

 さて、9月10日のバッティストーニの“オテロ”。個人的なオペラシーズンがヴェルディで始まるのは素晴らしいことです。しかもバッティストーニ!“ナブッコ”、“リゴレット”、“イリス”と来て、次は欧州では良く振っている“ラ・トラヴィアータ”かな、と思っていましたが、オテロに来ましたね。彼は、ヴェルディの初期物はあまり好きでないようですから、この選択になったのでしょう。

 僕が初めて生で聴いたオテロは2003年のムーティ率いるスカラ座でした。指揮台に立つとほぼ同時に雷鳴の序奏が斬りかかってくるのに、圧倒されました。以来、指揮台に立ってオケの顔を見てからおもむろに棒を振るオテロの指揮者は嫌いです。バッティは、まさに指揮台に立つか立たないか、まだ拍手が鳴っている時に棒を振りました。かっこいいなぁ。舞台に出てくる時からオテロが始まっているんですね。一幕目、あっという間に引き込まれました。プログラムで加藤浩子さんが、「一瞬のうちに襟首を掴まれてドラマの中に投げ込まれる快感」とありますが、まさにそうでした。一幕目は大音量のオケと合唱で嵐の中、帰還するオテロがいきなりヒーローとして登場する派手な場面なのですが、この日のバッティは、その中で、テンポ感をくずさずに、くっきりオケの音を出していました。ともすれば合唱にかき消されてしまうような音もきちんと聴かせて心臓の鼓動のようにテンポを保つ。これが、素晴らしかったです。その後、ロデリーゴを説き伏せる場面で、有名な“Se un fragil voto di femmina (その女の誓いが解きほぐせるのであれば) のところ(だと思うんですよね。イタリア語に堪能な訳では無いので、間違っていたらすみません。)で、バロックの舞曲のようになるテンポ感のところまで、最初の雷鳴からつながっているんです。この一幕目、本当に素晴らしい指揮だったと思います。

 2幕目以降、3幕、4幕と行くに従って、指揮もだんだん歌手に合わせるような場面が多くなりましたが、そこがまた、実に緻密で強弱、緩急をつけるところが、素晴らしい“オテロ”の音楽を作り出していました。本当に聴き応えがありました。オテロの音楽は指揮者によって、本当に表情が変わります。2013年のミョンフンのオテロも素晴らしかったです。スピーディで軽みがあって、躍動感がありました。バッティは、テンポ感とコントロールされた重厚さでしょうか?

 歌手陣では、エレーナ・モシュクのデズデモーナが素晴らしかったです。柳の歌に拍手が集中していて、これももちろん素晴らしかったのですが、僕としては、豊かな中低音部、特に弱音からボリュームを上げていくところが、ぞくっとするほど美しいと感じました。モシュクというと、何かジルダの印象が強いですが、デズデモーナ、良かったですね。ちなみに、柳の歌のところの、クラリネットが素晴らしかったです。これは、最近東フィルに加入して、今年の東京音楽コンクール木管部門で優勝したアレッサンドロ・ベヴェラリですね。まだ若い奏者ですが、東フィルも充実しています。

 さてモシュク以外の歌い手では、オテロとイアーゴは、“悪くはない”、英語でいうと”not too bad”という感じでしょうか?ま、英国人がこういうと、結構良いというニュアンスになるんですが。。イアーゴのインヴェラルディは、声は良いのですが、毒が無い。4月の新国立で同役を歌ったウラディミール・ストヤノフほど、「細い」感じはないのですが、動作や体型も含めて、どうもイアーゴというよりは人の良いファルスタッフという感じでした。このイアーゴは、設定では28歳ですから、ヌッチをベストと考えてはいけないとは思うのですが、奸計をめぐらし裏表のある役、今回の公演のポスターの白と黒が表すような役ですから、もう少しオテロというオペラを掴みきってほしいです。アンダーの上江さんで聴いてみたいと思いました。そして、オテロのフランチェスコ・アニーレ、各所で高音まできれいにあがる良いテノールだということはわかりましたが、情感の表し方にムラがありすぎて、ト書きを歌っているような感じを覚えました。8日に聴いた方は「良かった」と言っていたので、この日は調子が悪かったのかもしれません。4月のカルロ・ヴェントレの2幕目以降が素晴らしかったので、ちょっと比較してしまいました。

 エミーリアは新国立と同じ、清水華澄さん。うーん、素晴らしい!幕が締まりましたね。

 演出は、僕の友人たちには不評のようでした。プロジェクトマッピングを多用したものでしたが、ヨーロッパとアフリカの地図を写し出し、キプロスにフォーカスしていくところなど、僕自身は、なかなか新鮮で良かったと思います。4幕目のキャンドルの影などは音楽とマッチして美しかったです。

 今回の公演の立役者、やはりバッティストーニですね。歌手の多少の粗を充分に補っていました。

ヴェルディ「オテロ」演奏会形式

指揮・演出:アンドレア・バッティストーニ
映像演出:ライゾマティクスリサーチ

オテロ:フランチェスコ・アニーレ
デズデモーナ:エレーナ・モシュク
イアーゴ:イヴァン・インヴェラルディ
ロドヴィーコ:ジョン・ハオ
カッシオ:高橋達也
エミーリア:清水華澄
ロデリーゴ:与儀 巧
モンターノ:斉木健詞
伝令:タン・ジュンポ
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団



チョン・ミョンフンのマーラー「復活」

 オペラシティでの、東フィルの定期演奏会に行ってきました。ここの会員も2年目に入り、ずっと同じ席(前から6列目やや右)で聴けるので、なんだかアットホームな感じがあります。また、平日の夜の公演ですが、オペラと違って、最長でも2時間程度で終わるので、車で1時間のドライブで10時頃には帰宅できるのも気が楽です。

 この日の演目はマーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」でした。マーラー自身がこの曲に関して「こん棒で床に叩きつけられたかと思うと、次の瞬間には天使の翼の高さにまで引き上げられる。」と言っているだけあり、聴く方にも体力を要求されるものです。ミョンフンは2001年に東フィルで「復活」を指揮しており、その時の評判がとても良かったようで、この日はその再現、とプログラムに書かれていました。

 第1楽章のソナタは、「葬送行進曲」になっており、不安を恐怖をあおるように始まり、その後金管や打楽器で激しく高まります。ミョンフンらしく、激しくなっても雑にならない、聴く者の心をわしづかみにするような指揮です。

 第2楽章は特にワルツでアンダンテ、美しい調べです。舞曲のようなメロディとテンポは「英雄の幸福だった時の回想」を表しているのだそうです。この楽章は激しいところはなく、ピアニシモの弱音の美しさが際立ちます。なお、「第1楽章と第2楽章の間に、少なくとも5分の休みを置く。」というマーラーがスコアに書き込んだノートは、守られずに1分ほどの感覚で第2楽章に移りました。

 第3楽章から第5楽章にかけては、途切れることなく50分の演奏がラストまで続きました。ここで、ようやく第4楽章「原光」でアルトの独唱が、第5楽章で合唱が入ります。アルトの山下牧子、何度もオペラでは聴いていますが、この日は最高の歌唱を聴かせてくれました。まろやかで、伸びのある、まさに「永遠の祝福」という感じの声。そして、新国立合唱団の合唱、素晴らしかったです。これほど素晴らしい合唱はめったに聴けない。演奏が終わってからの拍手は10分以上続きました。
 今月はジョナサン・ノットと東京交響楽団もマーラーの「復活」をやっています。両方聴かれた方は比較ができてうらやましいですね。こちらはアルトは藤村実穂子です。

 ミョンフンの指揮を聴くたびに思いますが、大胆で緻密、そして知的な音。これはいつでも彼の指揮の根底に流れています。また、観客の拍手に対して、いつも控えめに対応し、歌手や伴奏者を讃え、自分は指揮台にも上らないという姿勢は、とても好感が持てます。

 とは言え、久しく彼のオペラは聴いていない。来年2月にスカラ座で、“シモン・ボッカネグラ”を振ります。タイトルロールはレオ・ヌッチ。聴きに行きたくなりました。
2017年7月21日
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン
ソプラノ:安井陽子
メゾ・ソプラノ:山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団


 

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