プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

東フィル定期公演、ラフマニノフ協奏曲2番、チャイコフスキー交響曲6番

 3月13日月曜日のオペラシティでの東京フィルハーモニー定期演奏会に行ってきました。指揮はバッティストーニ、メニューはラフマニノフとチャイコフスキーです。バッティはロシア音楽が大好きだとのこと。一昨年の大賀ホールでのチャイコフスキー交響曲第5番もとても良かったですが、今日は第6番『悲愴』。13年前に亡くなった僕の父が書斎で良く聴いていたので、馴染みのメロディーです。バッティストーニらしく、良く鳴らすこと!ちょっとロックのコンサートのようです。しかし、破綻はまったくなく、ステージの上から音の塊が、弦、金管、木管のそれぞれの位置から飛んでくるように聞こえます。僕の指定席が前方やや左側なので、そのせいもあると思うのですが、音の立体感が凄い!音が右から左へ手前から奥へ廻るようにうねります。第4楽章、特に好きですが、アダージョでの弦の音が美しい。前日に、ゲネプロを聴く機会があったので、マエストロがどのように音作りをしているのかをうかがい知ることが出来て良かったです。

 感想の順番が入れ違ってしまいましたが、この日の最初の曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。20歳の新鋭、松田華音は6歳の時にロシアへ留学、8歳でオーケストラの共演を果たしたという天才(!)ピアニストです。『かのん』という名前からして、音楽一家の育ちかと思ったらそうではないとのこと。このところ、東フィルは若手のソリストとオケの共演が続いていますが、この日のピアニストは、華麗さ、超絶技巧を前に出してアピールするという若手にありがちなスタイルとは違っていました。華奢な体躯とは裏腹に、線の太い音で、ひとつひとつの音を明確に、輪郭をはっきりと鳴らして来ます。感情的になりすぎないラフマニノフのピアノ、良かったですねー。バッティストーニもピアノを押し出すように、抑え気味の指揮、しかし、第三楽章になるとピアノとオケが一体になって滝のようにステージから音があふれ出して来ました。

 アンコールは無し。僕はテーマのはっきりした曲をじっくり聴いた後はアンコールが無いほうが好きなので、とても良かったです。

 東フィルも2016-2017シーズンは今日で最後、5月から新しいシーズンが始まります。バッティストーニの「春の祭典」、楽しみです。

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番*
チャイコフスキー/交響曲第6番『悲愴』

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ピアノ:松田華音*
東京フィルハーモニー交響楽団

オペラ座グラン・ガラ

 昨夜、3月9日のパリオペラ座来日公演、グラン・ガラの初日に行ってきました。凄かったです。感動!オペラ座のエトワール達は、毎年来日して公演をしていますが、やはり本公演は格が違いますね。今回は、ガラと言っても、パ・ド・ドゥをいくつも見せてくれるのではなく、「テーマとヴァリエーション」、「アザー・ダンス」、「ダフニスとクロエ」の三作の全編をたっぷりと見せてくれたので、満足感が強いです。

 「テーマとヴァリエーション」はバランシンの傑作です。ABTの十八番というイメージも強いですが。昨夜は先週の「ラ・シルフィード」の時のコンビ、ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマンで踊られました。この二人はもう完璧ですね。シルフィードとは違って短いチュチュで脚の美しさが際立つミリアム。静止の美しさは、頭から足までピアノ線が入っているようです。マチアスも複雑なジャンプを素晴らしい高さでこなしていました。片腕だけのリフトやキャッチも多いので、かなり体力を使うと思います。小柄な彼には負担が大きいと思うのですが、シルフィード同様に「練習しました」という感じを全く見せずに踊りきったのが凄い。この二人、これから注目していきたいです。

 「アザー・ダンス」は世界バレエなどでおなじみの演目です。2012年には、エトワールになったばかりのジョシュア・オファルトとオーレリ・デュポンで見ていますが、全編を通しで見るのは今回が初めて。ローラ・エッケが踊るはずだったんですよね、たしか。彼女の降板は残念ですが、代わりに踊ったエトワールのリュドミラ・パリエロが神々しいばかりに素晴らしかったです。造形美と言っていいのでしょうか?体全体で作られる形が本当に美しい。ショパンの音楽をそのままグラフィカルにバレエにした感じです。これはファンになりますね。相手役のジョシュア・オファルトも今や貫禄のあるエトワール。切れのある踊りを見せてくれました。この作品、男性ダンサーのソロがけっこう難しそうですが、ピルエットやフェッテも難なく決めてくれました。

 そして、この日のお目当て「ダフニスとクロエ」フレデリック・アシュトン版はYou Tubeで見たことがありますが、バンジャマン・ミルピエ版は初めてです。

 この作品の原作は、ロンゴスという古代ギリシアの作家が書いたものと言われています。エーゲ海のレスボス島を舞台とした若い二人の恋愛物語。2014年にオペラ座の芸術監督就任が決まっていたミルピエ振り付けの力作です。この初演の時の衣装は、写真を見るとカラフルなチュチュを主体にしたクラシックなものだったようですが、今回は布をまとったシンプルなものになっていました。ダニエル・ビュランが作った舞台は初演の時とだいたい同じで、黄色い太陽、地中海の青などの色が幾何学的にステンドグラスのように美しい光になっています。ダフニス役のオーレリ・デュポンは高貴で優雅、美の象徴のように舞台をコントロールします。いつも思いますが、彫刻的な彼女の存在感は凄いものがあります。彼女の恋人役のクロエは、エルヴェ・モローが踊るはずでしたが、怪我で降板。この人の怪我で降板率は5割くらいですね。現在、デュポンのパートナーとしてはこの人が最高なので、全く残念です。しかし、代わりに踊った天才的ダンサー、ジェルマン・ルーヴェも、若いクロエの愛情と焦燥、迷いを余すことなく表現していて満足でした。

 そして、ダフニスを奪おうとするドルコンを踊ったスジェのマルク・モロー、グロテスクな踊りながら、超絶技巧を駆使して主役を食う出来でした。クロエを誘惑するリュセイオン役のレオノール・ポラック、ちょっと可愛すぎるかなと思いましたが、髪をひっつめて妖艶な踊りを見せてくれました。1時間近い、結構長い演目でしたが、本当に引き込まれました。

 そして、この日特筆すべきなのは、音楽です。素晴らしいラヴェルを聴けました。シルフィードとは別の若い指揮者、マクシム・パスカルは東フィルを確かな緊張感を持って鳴らしていました。こんなに良いラヴェルは、ハーディングの「ラ・ヴァルス」を聴いて以来と言っても良いです。コンサートとしても一級でした。バレエの音楽でこれほどのレベルの指揮が際立つのは珍しいです。願わくば、このパスカルが先月のデュポンのボレロも生で指揮してくれれば良かったのになぁ、と思います。

 ともあれ、「バレエは総合芸術だ!」と思い知らされた夜でした。

2-3月のバレエ月間はこれで終わり。この週末と月曜日はバッティストーニ&東フィルのラフマニノフとチャイコフスキー。珍しくゲネプロと本番両方行きます。そしてその後はルチアです。

 それと、今日、7月の藤原歌劇団のデヴィーアの「ノルマ」と、9月の東フィル、バッティの「オテロ」のチケット取りました。「ノルマ」はこれを逃したらいつ聴けるかわからないので、デヴィーアの出る2日間両方取りました。どちらも一番高い席でも1万円台。お値打ちです。皆様も是非!

ノルマ  
 https://www.jof.or.jp/performance/nrml/1707_norma.html

オテロ  
http://tpo.or.jp/concert/20170908-01.php


グラン・ガラのキャスト
「テーマとヴァリエーション」
振付: ジョージ・バランシン
音楽: ピョートル・I.チャイコフスキー
照明: マーク・スタンリー
ミリアム・ウルド=ブラーム / マチアス・エイマン、オーレリア・ベレ、セヴリーヌ・ウェステルマン、ロール=アデライド・ブーコー、ソフィー・マイユー他

「アザー・ダンス」
振付: ジェローム・ロビンズ
音楽: フレデリック・ショパン
衣裳: サン・ロカスト
照明: ジェニファー・ティプトン
リュドミラ・パリエロ / ジョシュア・オファルト

「ダフニスとクロエ」
振付: バンジャマン・ミルピエ
音楽: モーリス・ラヴェル
装置画: ダニエル・ビュラン
ダフニス:ジェルマン・ルーヴェ / クロエ:オレリー・デュポン
ドルコン:マルク・モロー / リュセイオン:レオノール・ボラック
ブリュアクシス:フランソワ・アリュー
マリーヌ・ガニオ、エレノアール・ゲリノー、ローランス・ラフォン、エミリー・アスブン他

指揮:マクシム・パスカル
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

ユーゴ・マルシャンがエトワール昇格!

昨日、3月3日の”ラ・シルフィード”の公演でジェイムズを踊ったユーゴ・マルシャンが、公演後舞台に現れた芸術監督のオレリー・デュポンにエトワール昇格を告げられたとのことです。

http://www.nbs.or.jp/blog/news/contents/topmenu/33.html

去年のエトワール・ガラで、一番感動したのが、マルシャンとジルベールの"チャイコフスキー・パ・ド・ドウでした。マルシャン、優雅でしたねー。エトワール昇格おめでとうございます。それにしても、昨日も行けば良かったなぁ。エトワール昇格が海外で発表されるのは初めてではありませんが、日本での発表は今までになかったと思います。

東京文化会館終演後のエトワール昇格の瞬間(動画)

https://www.youtube.com/watch?v=GyPfim8Oq2Q

3月2日”ラ・シルフィード”のブログ

http://provenzailmar.blog18.fc2.com/blog-entry-618.html



オペラ座の”ラ・シルフィード“

 3月2日、昨年芸術監督に着任して一年たったオレリー・デュポン率いるパリオペラ座の来日公演の初日に、”ラ・シルフィード“を見に行ってきました。全幕ものとしては、ちょっと地味かなぁと思っていたのですが、凄かったです。感動しました。終幕のカーテンコールは10分間続きました。

 シルフィードを全幕で見るのは、昨年の新国立劇場でのブルノンヴィル版に続き、今回のラコット版で2回目。今回のほうが、パ・ド・ドゥの回数が多いように感じました。それでも、フェッテやピロエットのような派手な見せ場はなく、特にシルフィードを演じる女性ダンサーは、小技で見せる場面が多いので、全体にしっとりとした感じの舞台です。

 今回のオペラ座の来日では、目玉のエトワールのうち、マチュー・ガニオ、エルヴェ・モロー、ローラ・エッケという超目玉のキャストが怪我などで降板、来日しないことになり、随分と残念な思いをしている方は多いと思います。しかし、この日の3人の若き(でもないか..)エトワールは素晴らしかったです。特に魅了されたのは、シルフィードを踊ったミリアム・ウルド=ブラーム、小さな体で本当に宙に浮いているように踊り、“妖精感”たっぷり!「練習しました!」という感じが全く無いんですね。踊っている間の表情の変化、手の先の表現などが、余裕たっぷりです。シルフィードが魅力的でないと、浮気するジェイムズが悪者みたいに見えるのですが、これほどシルフィードが素晴らしいと、「そりゃ、こんな素敵な人が出てきたらしようがないよね。」と思うわけです。ポワントでの静止は時間が止まったようで、なんとも美しい!

 この人、2年前の世界バレエで怪我をして、直前に来日できなかったことを覚えています。だから多分、今回見るのが初めてだと思います。さきほど「若き(?)」と書いたのは、彼女、もう35歳でお子さんもいらっしゃるんですね。

 当初、ガニオとアルビッソンの公演とどちらに行こうか迷ったのですが、アルビッソンでは妖精としては大柄すぎると思い、ミリアム・ウルド=ブラームのほうを選びました。正解でした。でもアルビッソンも見に行きたいですけど......

 ジェイムズを踊ったマチアス・エイマン。去年の「オールスターガラ」で、ジリアン・マーフィーと素敵な “Who cares?”を踊ってくれましたが、クラシックを見るのは初めて。背が低いので、“王子感”にはちょっと欠けますが、キビキビしていながら優雅な動き、素晴らしいジャンプ力で、シルフィードを必死に追いかける様子が胸を打ちます。この人は今、30歳。19歳でコリフェになり、2007年にスジェ、2008年にプルミエ・ダンスール、2009年にエトワールと、凄いステップアップをしているんですね。エトワールを取った時の舞台がレンスキーだったそうですが、ちょっと見たいですね。

 そして、つい最近、昨年の12月にオレリー・デュポンによってエトワールに任命されたのが、レオノール・ポラック。27歳ですからアルビッソンよりも若い。エフィーを踊りました。役柄にぴったりという感じ。スコットランドの田舎の可愛い娘の感じが良く出ていました。そして、ジェイムズの友人、ガーンを踊ったイヴォン・ドゥモル、プログラムのダンサーの紹介にも載っていませんでしたが、素晴らしい踊りを披露してくれました。2014年にコリフェだったので、多分今はスジェ?

 今回はオーケストラで東フィルが入り、若いフランス人指揮者フェイサル・カルイが振りました。初日ということで、まだ堅い音でしたが、それでも後半はとても叙情的な盛り上がりのあるアンサンブルを聴かせてくれました。やはり生のオケが入るのは良いですね。

 シルフィードで、これほど心を動かされるとは思ってもいませんでした。しばらく席から動けませんでした。できれば、もう一回見に行きたいくらいです。

さて、あとは9日のグラン・ガラ。デュポン、楽しみなのはもちろん、デュポンとジェルマン・ルーヴェが踊る”ダフニスとクロエ“です。これも東フィルが入ります。それまで出演者に怪我の無いことを祈るばかりです。

フィリッポ・タリオーニ原案による2幕のバレエ
台本: アドルフ・ヌーリ
復元・振付: ピエール・ラコット(フィリッポ・タリオーニ原案による)
音楽: ジャン=マドレーヌ・シュナイツホーファー
装置: マリ=クレール・ミュッソン(ピエール・チチェリ版による)
衣裳: ミッシェル・フレスネ(ウージェーヌ・ラミ版による)

ラ・シルフィード:ミリアム・ウルド=ブラーム
ジェイムズ:マチアス・エイマン
エフィー:レオノール・ボラック
ガーン:イヴォン・ドゥモル
魔女マッジ:アレクシス・ルノー
エフィーの母:ニノン・ロー
パ・ド・ドゥ:エレオノール・ゲリノー / フランソワ・アリュー

火の鳥組曲他、プレトニョフ指揮東フィル

 オペラシティでの定期公演。もうすっかり自分の席も覚えて、なんだかアットホームな感じでゆったりと聴けるようになってきました。

 この日はストラヴィンスキーが2曲。1曲目の「ロシア風スケルツォ(シンフォニック版)」は初めて聴きましたが、創意に溢れた楽しい曲でした。「スケルツォ」とはイタリア語で「冗談」を意味するんだそうです。メヌエットに近いんでしょうか?テンポはあまり速いわけではありませんでした。5分ほどの演奏、「前菜」という感じですね。

 そして、舞台の構成を変えて、本日のゲスト、若干22歳の気鋭のチェリスト、アンドレイ・イオニーツァが登場。2015年のチャイコフスキー国際コンクールではチェロの部で優勝、いまやひっぱりだこの若きスターです。プロコフィエフの「チェロ協奏曲第2番ホ短調」は別名「交響的協奏曲」としてのほうが有名なようで、その名の通りどっしりとしたアンサンブルの中でチェロがオケと格闘する感じで弾き鳴らされます。いや、凄い迫力と技巧でした。でも音自体は繊細で、むしろ内省的な響きだと感じました。ソロアンコールで演奏された、バッハの無伴奏チェロソナタ3番のサラバンドを聴いたときにも、その印象を強く持ちました。いずれにしろ、これから活躍するでしょうから、楽しみな人です。

 ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」は、4年前の5月のザルツブルグの降臨祭のフェスティバルでゲルギエフ指揮マリインスキー管弦楽団で聴いて以来。その時はミハイル・フォーキンの振り付けで、それは素晴らしい舞台を見せてくれたのが、今でもまぶたに焼き付いています。「火の鳥」には三つの版が存在するとのこと。ザルツブルグで聴いたのがどれだったかは定かでありませんが、プレトニョフは、中でも比較的珍しい1945年版を愛好しているとのこと、この日もそれでした。バレエ音楽は当然のことながら、バレエがあるのとないのでは、指揮者の曲作りもだいぶ違いますね。この日のプレトニョフは軽いタッチで曲に入り、次第に重みを増し、終曲の賛歌では分厚いアンサンブルを聴かせてくれました。前日にボレロのバレエを見ていたので、「終曲の賛歌」の最後の繰り返しが、ボレロの終盤に良く似ていると感じました。

 さて、5月にはバッティストーニが「春の祭典」を振ってくれますね。最近、クルレンツィスの新作やら、昨年亡くなったピエール・ブーレーズの指揮をCDで良く聴いているので、バッティがどんな春を聴かせてくれるのか、大変楽しみです。

東京フィルハーモニー管弦楽団、オペラシティ定期シリーズ第107回
指揮:ミハイル・プレトニョフ
チェロ:アンドレイ・イオニーツァ

ストラヴィンスキー:ロシア風スケルツオ(シンフォニック版)
プロコフィエフ:交響的協奏曲(チェロ協奏曲第2番ホ短調作品125)

ストラヴィンスキー:バレエ「火の鳥」組曲(1945年版)

オレリー・デュポンのボレロ

 この1週間は、金沢行きも含めて4公演に行ったので、ブログへのアップが追いつきませんでした。印象が薄くならないうちに木金の2公演のことを続けて書こうと思います。

「東京バレエ団ウィンター・ガラ」と銘打って、オーチャードホールで、3つの異色の作品を上演するという意欲的な企画です。しかし、僕としては何と言っても、一昨年のパリオペラ座での引退公演の、マクミランの ”マノン“以来のオレリー・デュポンです。彼女をライブで見られるのがすごい魅力で、チケットを取りました。

“ボレロ“を踊る女性ダンサーとしては、もちろんシルヴィ・ギエムがまず頭に浮かびます。次にプリセツカヤでしょうか・・これに対してデュポンが”ボレロ”を初めて踊ったのは2012年なんですね。ベジャールの死後5年たってから、ニューヨークの公演で初めて踊ったそうです。たしかに、デュポンというとキリアンの”扉は必ず“とか、ノイマイヤーの「椿姫」など、「静」のイメージが強かったですね。ですので、43歳で一旦引退したデュポンが、オペラ座の芸術監督として単身日本に帰ってきて踊るのが、ベジャールというのはとても興味深かったのです。

 冒頭の手の動きの照明があたるところから、もうデュポンの世界でした。優雅ですべるような動き。全身がライトアップされて、「あっ!」と思いました。マノンの引退公演で体を絞って、多分数キロはやせたと思うのですが、それがそのまま引き継がれていました。2014年の8月に勅使河原三郎と共演した「睡眠」の時から比べると、本当に一回り小さくなったみたいです。凄いですよね、二人のお子さんを産んで育てているのですから。

 彼女のボレロは、様式感に溢れた美しいものです。バランスが正確に保たれて、「動」を「静」の中に閉じ込めたような動き。ギエムともロマンとも違う、彼女のボレロでした。昔、見たパトリック・デュポン(同じデュポンでも血のつながりは無いらしいです)に流れとしては似ているような…..クラシックの雰囲気もあります。「素晴らしい!」としか言いようがありません。だんだんと弦に管が入って来て盛り上がってくるにしたがい、体の動きがバネの入った幹のようになってくるところ、背筋に感動が走ります。あ−、これで音楽がライブだったらいいんだけどなぁ。シャルル・デュトワの指揮を望みます。彼の指揮でボレロを踊ったダンサーはいるんだろうか。

 ただ、今回はオーチャードホールの1階の後方のはじで、音響の悪いところだったので、テープの音楽でも生みたいに聞こえました。思わぬ状況です。

 来月もデュポンは来てくれますね。楽しみです。残念ながら、エルヴェ・モローとマチュー・ガニオ、ローラ・エッケが来られないことになってしまいましたが、デュポンはジェルマン・ルーヴェと、またラヴェルを踊ってくれます。”ダフニスとクロエ“楽しみです。

セビリアの理髪師@金沢

 フランス人指揮者(名前はロシアっぽいのですがパリ生まれ)の、ミンコフスキが金沢でセビリアを振るというので、一泊で家内と小旅行をして来ました。ミンコフスキを聴くのは初めてですが、昨年の夏にスウェーデンの小劇場、「ドロットニングホルム宮廷劇場」でドン・ジョヴァンニを振ったのが素晴らしかったと聴いていました。この日も、本当に素晴らしいオペラを聴かせてくれました。

 まずは序曲が始まって、ちょっとびっくりしたのは、全然今風でないこと。軽やかで早い感じを予想していたのですが、ゆったりとして上品。そして、クレッシェンドがあまり積極的的に聞こえてこないのです。モーツァルトを信奉するという指揮者らしく、アンサンブルを重視した美しい仕上げの序曲。このトーンはオペラ全体を支配しました。実に優雅です。聴かせどころのロジーナの””Una Voce Poco Fa (今の歌声は?)”の場面では、相当練習したんだと思いますが、ベルカントの歌唱の後を一瞬遅れて、オケがそーっとなぞっていく感じ。実に素敵でしたね!

 ミンコフスキ、人間味溢れるという感じです。歌手の歌が終わって拍手がやまないと、一旦袖に下がった歌手を手招きで呼び戻してコールにこたえさせたり、歌手の手にキスをしたり、なごみます。

 歌手がまた素晴らしい。名前を聞いたことの無い人ばかりでしたが、メゾのセレーナ・マルフィはMETのドン・ジョヴァンニでツェルリーナを歌っていたそうです。さきほどの”Una Voce〜“、久々に良いのを聴きました。アジリタは高音ではそれほどではないのですが、中音、低音部でうまく廻すのが、かっこいい!というか色っぽいんですよね。(見栄えも良さそうなんで、オペラグラス持参しなくて失敗....) そして、伯爵役のテノールのデヴィッド・ポーティロ、まだ若い(24歳)んですが、素晴らしく甘いロッシーニテノールの声です。若い頃のホセ・ブロスを思わせます。最近は復活してきたとは言え、国内ではあまり良いのを聴けない2幕目最後の「大アリア」が極上でした。ペーザロに行ったみたい!実際、彼はペーザロでもデビュー済みだそうです。フィガロのアンジェイ・フィロンチクも若い!なんと22歳でこの役は初だそうですが、貫禄さえ感じるような余裕たっぷりの歌いでした。バルトロを演じたカルロ・レポーレも、ベルタの小泉詠子も、バジーリオの後藤春馬(新国立研修所時代から応援中!)も良かったですね。

 そして、この歌手たちが、演奏会形式とは言え、ほとんどセミオペラ形式と言うような感じで、舞台を動き廻るのです。なにしろ演出家の名前(イヴァン・アレクサンダー)が出ているくらいですから、鬼ごっこはするわ、バルトロのひげ剃りにクリームは塗るわ、で舞台上もとても楽しめました。去年、マドリッドで聴いた演奏会形式の”ルイーザ・ミラー“もそうでしたが、最近のヨーロッパの演奏会形式は、「演出付き」が多いのでしょうか?日本でもオペラシティやサントリーホールなど、舞台にスペースがある劇場を使って、そういう試みを増やしてほしいものです。

 まったく、金沢で一日だけではもったいないような公演でした。

 そして、この日は金沢市街にある、イタリア好きにはチョー有名な、イタリア料理店”トラットリア・クアクア“で東京や大阪から集まったオペラ仲間と食事。実に美味しかったです。これから金沢に行く機会が増えそうです。

指揮 マルク・ミンコフスキ
アルマヴィーヴァ伯爵 デヴィッド・ポーティロ
バルトロ カルロ・レポーレ
ロジーナ セレーナ・マルフィ
フィガロ アンジェイ・フィロンチク  ほか
合唱 金沢ロッシーニ特別合唱団
管弦楽 オーケストラ・アンサンブル金沢

バッティストーニ指揮レクイエム@新宿文化センター

 いや、すごいものを聴いてしまった、というのが本音です。

 正直なところ、今回はあまり期待していませんでした。バッティの指揮でも良い時もあるし、そうでない時もある。もちろん、ヴェルレクはバッティにはぴったりだとは思っていましたが、なにしろ、この日は、何と言っても合唱団が、この日一日のために一般公募をした合唱団ですからねー、第九じゃないんだからなぁ、と思っていました。東フィルの首席指揮者なのだから、東フィルで藤原や新国立の合唱団を使って講演すれば良いのになぁと思いつつ会場に向かいました。

 結論:たしかに合唱は素人ぽかったです。ですが、バッティストーニとのこの一日だけの出会いに、全員が覚醒していました。第一曲の”レクイエム“のピアニシモの入りから、美しい!去年の7月から練習を重ねて来ただけありました。4曲目の”サンクトゥス/聖なるかな“の4部2群による合唱も素晴らしかったです。バッティがゲネプロの時に、合唱が最終曲の”リベラ・メ/救い給え”を歌っている時の逸話を、音楽評論家でこのゲネプロをに行かれたK氏がフェイスブックにこう書いています。バッティは合唱団にこう言ったそうです。「みなさん、微笑みながら歌っていますが、みなさんが楽しんでいるのはいいことだし、よくわかるのですが、笑、ここは最後の審判の光景で、地獄の口が開くような音楽なのですから、それをイメージして歌って欲しいのです。僕は必ずしも天国や地獄を信じているわけではないのですが、この曲を演奏するときには地獄を信じてやっています」。
この言葉の後で変わりましたね、合唱。(原文のまま)

 こういう、オケや合唱団の巻き込み方が凄いですね。東フィルでも、短時間でオケがバッティの音になってしまうんだそうです。

 ですので、この日は、バッティが指揮で、オケと合唱をグィグィと引っ張って行きました。彼の指揮棒は切れるナイフのように、空間と音を切り裂きます。「怒りの日」のテーマの炸裂感は、前に聴いたルイゾッティやCDで良く聴いている、ライナーやムーティ、カラヤンよりも、もっと鋭く強く、緊張感がありました。

 歌手も素晴らしかったです。ソプラノの安藤赴美子さん、「怒りの日、それは世界が灰燼に帰す日です」という言葉を、地獄の縁に手がかかって叫んでいるようでした。リベラ・メのソロ凄かったです。ルイゾッティの時のソプラノ、アルテータがそうだったのですが、ここは体全体を使ってくれて空気をふるわせるような歌声が会場を支配しました。そして、メゾの山下牧子さん、声が暖まってくるに連れて、低音から高音まで良く響き、深みのある歌を聴かせてくれました。バスの妻屋秀和さんは、もう言うことなし。テノールの村上敏明さんは、小原啓楼さんがインフルエンザのために、当日の朝、代役を依頼されたとのこと!それでも、素晴らしかったです。オペラだとやや窮屈に感じる彼の声が、レクイエムでは、宗教音楽らしい神々しさに響いて感激しました。
  
 僕自身、ベルディの26作のオペラに、ひとつ番外でくっついている、このレクイエム、何度聞いても今ひとつ入り込めなかったのですが、この日、初めて「わかった」ような気がしました。バッティストーニは今年、日本で「オテロ」も振ります。それと「春の祭典」も、、楽しみですね。

指揮:アンドレア・バッティストーニ(東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者)
独唱:安藤赴美子(ソプラノ) 山下牧子(メゾソプラノ) 村上敏明(テノール) 妻屋秀和(バス)
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新宿文化センター合唱団(合唱指導:山神健志)

 
 

新国立劇場「蝶々夫人」

 プッチーニで涙したのは初めてです。そのくらい、今回2月8日の「蝶々夫人」には感激しました。ブログアップするのが遅くなったのは、11日の土曜日にもう一度行こうと考えていたからですが、残念ながらスケジュールが合わずに断念しました。2回聴きたかったなぁ。。

 何と言っても安藤赴美子の蝶々さんが、素晴らしかったと思います。去年のセミラーミデをベルカントで美しく歌い上げてくれましたが、この日は、強い芯のある声でいながら、少女の初々しい蝶々さんから、最後の場面の鬼気迫るところまでを見事に表現してくれました。安藤の蝶々さんは、特に2幕目の「ある晴れた日に」あたりから自刃するところに向かって、心の中を占めていく悲しさをすべての歌で表現していたと思います。声の切り替え、息継ぎ、ヴィヴラートの使い方、そういった技巧のすべてが、蝶々夫人の悲しみを観客に伝えて来るのです。2009年に同じプロダクションで聴いた、ババジャニアンの上品で美しい蝶々さんも良かったのですが、安藤は”悲しみそのもの“になって舞台に存在していました。演技も素晴らしく、指の先まで使って表現をしていました。なんか、新派を見ているような感覚になってしまいました。

 シャープレスを歌った甲斐栄次郎は初めて聴きましたが、情感溢れた立派なバリトンでした。安藤とのやりとりは実に聴き応えがあり、彼女に対する思いやりが、また悲しいんですよね。

 僕は、プッチーニは「三部作」以外は、どうもオペラに入り込めたことがなく、いつも客観的に聴いているので、ボエームでも蝶々夫人でも泣いたことが無いのですが、この日は駄目でした。

 指揮のフィリップ・オーギャン、数年前にウィーンで”シモン・ボッカネグラ“を聞いた時は、感心しませんでしたが、もともとヴェルディを振るタイプではないですね。この日は、歌手に合わせながらも、要所要所ではオペラをグイグイと引っ張って行く強さを見せてくれました。プッチーニの美しい旋律を見事な塊感でまとめていました。満足です。

 栗山民也の演出はもう5-6回目になると思うのですが、いまだに新鮮です。シンプルですが、空間を上手に使っていると思います。左手の天のような高さから階段を降りてくる、蝶々さんの美しいこと。ただ、着物の裾を踏まないかと心配でしたが。。最後の自刃の場面は、過去の演出とちょっと違っていたような気がしました。気のせいかもしれませんが。蝶々さんが真後ろへ倒れるところ、照明が一気に明るくなるところ、などがそうです。そして、子供が光りの道を歩いて蝶々さんの方に近づいてくるところ、まるで同じプッチーニの「修道女アンジェリカ」のラストシーンのようでした。これも新しかったのでは。

 このオペラを「国辱ものだ」と受け取る方も多いようですが、僕はあまりそうとは思いません。むしろ、ラクメを捨てたジェラルドと同じようなピンカートンが、英米人のステレオタイプ的な「いい加減男」に描かれすぎているのではないかと思うほうです。その面からすると、この日のピンカートン役のマッシは、それなりに後悔するところも真剣味があって味わい深かったです。

 新国立劇場では珍しい(初めて?)、日本人の主役でしたが、もっともっと日本人の素晴らしい才能が、この舞台で聴けることを祈っています。

指 揮:フィリップ・オーギャン
演 出:栗山民也美

蝶々夫人:安藤赴美子
ピンカートン:リッカルド・マッシ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:山下牧子
ゴロー:松浦 健
ボンゾ:島村武男
神 官:大森いちえい
ヤマドリ:吉川健一
ケート:佐藤路子
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団管弦楽東京交響楽団

ブラームス交響曲第一番、タンホイザー序曲他、東フィル定期公演

1月は、大学院の授業やゼミに加えて、卒論や課題のチェックや採点があって、なかなか観劇に行けないのです。新国立のカルメンも当日券で行こうと思いつつ、結局断念。その分、2月は5-6公演行くつもりです。

 さて、この日は、もう生活の一部になってきた、東京フィルハーモニーの定期公演でした。定期会員になって、ほんとに良かったと思います。毎回、同じシートで音楽を聴けるというのもとても贅沢。しかも一枚づつ買うチケットよりも3割ほど安いし。。。

この日は、東フィルひさびさ(だと思いますが?)に佐渡裕の指揮でした。この日の佐渡の指揮は実に充実していて、余裕があり、オケとの一体感が素晴らしかったと思います。タンホイザーの序曲も良かったのですが、僕の席(1階最前方右側)からだと、ホルンよりも弦の音が大きく聞こえてしまい、オペラの時にピットからの音を1階中央や2階から聞いた時の感じと随分違います。ちょっとロッシーニっぽいワーグナーに聞こえてしまうのです。ホルンは出だしが少し安定しませんでしたが、その後は素晴らしくろうろうと響いてくれました。ひさびさにタンホイザー序曲聴きましたが、いいですね。曲としては、マイスタージンガーに似ている部分が多いと思いますが、時代的に前に作られたタンホイザーのほうが成熟している感じがします。序曲だけだとものたりないですが、今年は5月にミュンヘンに赴き、ペトレンコの指揮、フォークトのタイトルロールで聴けるので、楽しみです。

 そして、次の曲はピアソラの小さな協奏曲。洒落た構成ですね。これが良かった!御喜美江の演奏は、オリジナルのバンドネオンではなくてアコーディオンでしたが、曲のタイトルのアンデス山脈の高峰”アコンカグア”に登る道を歩くように、冷たい風や霧を感じるような、不思議で素晴らしい音の体験をしました。ピアソラは昨今、世界でブームで、Jazzとクラシックのコラボレーションでも良く演奏されています。僕もbsの鈴木良雄のカルテットとクラシックのコントラバスの演奏や、ヨーヨーマの演奏を聴いたことがありますが、アコーディオンは初めてでした。ソロアンコールはスカルラッティのハ長調ソナタ。僕はスカルラッティ大好きでだいぶ聴いているんですが、この曲がスカルラッティとは知りませんでした。不勉強。。軽いタッチで古典的なバロックをちょっとモダンに仕立てていました。良かったなぁ。

 それで、メインはブラームスの交響曲第一番、昨年末に、パーヴォ・ヤルヴィ指揮のドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団で聴きましたが、ずいぶんと違うものです。ヤルヴィの指揮は、軽快で軽く、今風に始まって、第4楽章でだんだんと厚くなって来たのですが、佐渡の指揮は、最初からグィッ、グイッとひっぱて行かれます。それでも、僕の持っている佐渡のイメージからすると軽いかもしれません。2楽章、3楽章とテンポが上がって行きますが、過度に聴衆を刺激するような大げさなところがなく、音楽に身をゆだねていられる感じです。そして、なじみのある4楽章のアダージョ。テンポを早くしたり遅くしたり、自在にオケをあやつります。次第に大きなうねりになってきます。佐渡の指揮振りは、以前にくらべて動きも小さくなったようで、全体に引き締まった感じがします。

 いや、良い演奏会でした。2月の定期公演のプレトニョフの火の鳥も楽しみです。

ワーグナー/歌劇『タンホイザー』序曲(ドレスデン版)
ピアソラ/バンドネオン協奏曲「アコンカグア」
ブラームス/交響曲第1番ハ短調

指揮:佐渡裕

森のくまさん騒動

ここ数日、ニュースでさかんに報道されています。

<森のくまさん>替え歌CD販売中止を 歌詞翻訳者が要請

これは、やっぱり相当まずいでしょうね。著作者人格権のうちの同一性保持権を侵害しているのが明白です。それに、訳詞者の馬場祥弘氏が、改変(というか付け加え)部分も含めて、訳詞者になっているのも問題でしょう。

ユニバーサルミュージック側は、「適切な手段を経た」と言っていますので、訳詞者と本件について、何らかの著作権に係わる契約を結んでいると思われますが、いわゆる「著作人格権不行使条項」を入れていなかったのではないかと思われます。

ただ、そうであっても、発表前に訳詞者に、新たに製作した歌詞は見せて、承認をもらうことが契約書上に書かれていないわけはありませんから、契約自体していないのではないかという疑いもぬぐえません。ユニバーサルミュージックは謝罪しないで、強く出たわけですが、その根拠があれば簡単に示せるのに、示していない。今のところは、ユニバーサルミュージックの法的な貧弱さしか見えませんね。この後どうなるでしょうか?(本ブログは僕のもうひとつのブログ、「湘南人のライセンシング日記」の内容を移転しています。)

ニューイヤー・コンサート2017@サントリーホール

 もう新年恒例となった、ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラの来日公演によるニューイヤー・コンサートに今年も行ってきました。このオケは、毎年ウィーンでは、コンツェルトハウスでニューイヤーコンサートをやっている実力派で、聴き応えあります。1月7日から12日までの一週間で、西宮、横須賀で一回づつ、東京で二回のコンサートをしています。クラシックなウィーンスタイルのヴァイオリンによる指揮振りで、身振り手振りも華やかなヴィリー・ビュッヒラーがリーダーです。

 今年はシュトラウス兄弟の三男坊エドゥアルト・シュトラウスのポルカが3曲はいって、テンポも良かったです。会場には着物姿の人もちらほらいます。横須賀で聴くという手もあったのですが、やはりこの雰囲気はサントリーホールですよね。アンコール4曲入って、全17曲。途中の鍛冶屋のポルカや、速達郵便のポルカでは、芸達者な団員がユーモアたっぷりの「演出」を入れます。

 実は、毎年来ているこの公演、主催のジャパン・アーツの会員招待です。で、もう一枚を購入して夫婦で来ています。これだけでもジャパン・アーツの会員になる価値があるというもの。。

新年にはお勧めの公演です。

宝のワルツ Op.418:ヨハン・シュトラウスⅡ世
ポルカ・マズルカ『心と心を通わせて』 Op.27:エドゥアルト・シュトラウス
喜歌劇『チャルダーシュの女王』より"ハイア、山こそわが心の故郷":エメリッヒ・カールマン
ポルカ・フランセーズ「鍛冶屋」 Op.269:ヨーゼフ・シュトラウス
ワルツ「美しく青きドナウ」 Op.314:ヨハン・シュトラウスⅡ世
トリッチ・トリッチ・ポルカ Op.214:ヨハン・シュトラウスⅡ世

アンコール
ウィーンわが夢の街 :ズィーツィンスキー
ピチカート・ポルカ:ヨハン・シュトラウスⅡ世
ポルカ・シュネル「速達郵便で」:エドゥアルト・シュトラウス
ラデツキー行進曲:ヨハン・シュトラウスⅠ世



クレメンス・ハーゲン&河村尚子デュオ・リサイタル

 だいぶ遅くなってしまいましたが、本年もよろしくお願いを致します。お正月は、テレビでニューイヤーコンサートとNHKの新春オペラコンサートを楽しんでいました。ドゥダメルの指揮は大好きというわけではないのですが、(元気良すぎて….)人柄は素敵ですね。これから、何度もニューイヤーコンサートで振ることになるでしょうね。

 それで、僕の個人の「初芝居」は1月9日の神奈川県立音楽堂でのクレメンスハーゲンと河村尚子のリサイタルでした。ハーゲンクァルテットの大ファンである僕ですが、いつもクァルテットという形でしか聴いたことがなく、このようなコラボレーションは初めてです。

 この日のクレメンス・ハーゲンのチェロの音はクァルテットの時よりも、柔らかく伸び伸びとして、ジワーっと心にしみ込んで来るような音でした。弦楽四重奏だと、弦の音が切り立って、清冽な音になります。9月に来日した時の「フーガの芸術」と銘打ったリサイタルの時などは、まさに切り立った崖から音が降りてくるような感じでした。河村尚子のピアノも真面目ですが、柔らかく、情感を抑えめに込めた感じで、クレメンスとの調和を大事にしていましたように感じました。

 最初のシューマンの「5つの民謡風の小品」はとても難しく、技巧を要求される曲でしたが、二人はこれを実に軽いタッチでこなして行きます。これみよがしにならないところが凄いと思いました。ベートーヴェンのソナタからラスマニノフに行くにしたがって、演奏は次第に熱気を帯びてきます。それでもラスマニノフとしては柔らかい印象です。会場の神奈川県立音楽堂は、珍しい木造のホールで、音響もしまった柔らかさがあり、古典的な音に聞こえます。

 アンコールはフランクとショスタコーヴィッチ!うって変わって現代的なナンバー。ショスタコーヴィッチの緊張感が素晴らしかったですね。

 この二人、実はもう三回目のデュオ・リサイタルだそうです。知りませんでした。新年を飾るのにふさわしい、お洒落で豊穣感のある公演でした。

 余談ですが、この会場で休憩時に販売されている珈琲やケーキは、川崎の福祉施設の皆さんが工場で手作りして持ち込まれているもので、とても美味しいのです。いつも楽しみです。この日はパウンドケーキをたくさん買って持ち帰りました。神奈川県立音楽堂は、今年色々な意欲的な公演を主催します。6月には今年生誕450年を迎えたモンテヴェルディの「歳暮マリアの夕べの祈り」。7月にはハーゲンをクァルテットで、11月には、バッハ・コレギウム・ジャパンが「ポッペアの戴冠」を。。。というように目白押しで興味深い公演があります。チケットもリーズナブルです。是非、お出かけ下さい。

クレメンス・ハーゲン(チェロ)
河村尚子(ピアノ)

シューマン:5つの民族風の小品集 作品102
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番ト短調 作品5-2
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 作品19

R.Schuman:5 Stucke im Volkston op.102
L.v.Beethoven:Sonate for Cello No.2 op.5-2
S.V.Rakhmaninov:Sonate for Cello op.19

2016年の観劇(感激)ベストテン

2016年の観劇(感激)ベストテン

1位:「ルイーザ・ミラー」 テアトロ・レアル(マドリッド)
2位:「ワルキューレ」 ウィーン国立歌劇場(来日)
3位:「ナクソス島のアリアドネ」ウィーン国立歌劇場(来日)
4位:「エフゲニー・オネーギン」マリインスキー歌劇場(来日)
5位:「ローエングリン」新国立劇場
6位:「エトワール・ガラ(バレエ)」パリ・オペラ座(来日)
7位:「イエヌーファ」   新国立劇場
8位:「イル・トロヴァトーレ」 二期会
9位:「シモン・ボッカネグラ」 グラン・テアトロ・リセウ(バルセロナ)
10位:「ペールギュント」 東京フィルハーモニー
11位:「セミラーミデ」 藤沢市民オペラ
番外:「ドン・カルロ」 マリインスキー歌劇場(来日)

 毎年末恒例で、ごく個人的な観劇ベスト10(今年はベストイレブン)をリストアップしてみました。

 1位は、ダントツ。コンロン指揮、レオ・ヌッチ、ラナ・コス、ディミトリー・ベロセルスキーと役者もそろった、ヴェルディの傑作“ルイーザ・ミラー”(イタリア読みでは、"ルイーザ・ミッレル”が本当でしょうか。)!今までに聴いたヴェルディのオペラの中でもベスト3に入るのではと思います。演奏会形式で、これほどのめり込めて幸せになったことはありません。とにかく指揮と歌手の力が素晴らしかったです。はるばるマドリッドまで行った甲斐がありました。この演目、日本では滅多に公演されませんが、ストーリーもおもしろいし、聴き所もたくさんあるし、やってほしいものです。

 2位、3位にはウィーン国立歌劇場来日公演を入れました。今年は、10-11月で、この2演目、それぞれ違うプロダクションで2回づつ聴くという幸福な経験をしました。ウィーン国立歌劇場の公演は、歌手も素晴らしかったですが、やはり指揮とオケが本当に良い。そして新しい響きがあるのです。来年5月には、ウィーンに赴いてオットー・シェンクの「ばらの騎士」を聴く予定です。

 あと、特筆したいのは、4月の東京フィルによるグリーグの劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲です。プレトニョフの優美できめ細かく、品格を感じさせる指揮と、ノルウェーのソプラノのベリト・ゾルセットのヴィブラートの全くない清冽な歌唱が印象的でした。

 今年は、ルイーザ・ミラー、セミラーミデ、そしてこのペール・ギュントと演奏会形式で聴いた公演が3つありましたが、どれも素晴らしかったです。オペラを「音楽としてのみ聴く」というのに、疑問を持つかたもいらっしゃると思いますが、音楽にじっくりと浸れるというのは幸せだなぁと感じた年でした。

 それで、来年の観劇で予定している公演は次のようなものです。後半はまだ増えると思います。また、劇場でお目にかかりましょう。それでは、皆様、良いお年をお迎えください。

1月 ウィーンシュトラウスフェスティバル
1月     ワーグナー/歌劇『タンホイザー』序曲  佐渡裕指揮東フィル
2月     蝶々夫人                               新国立劇場
2月      グリーグ:ホルベアの時代から他            千住真理子&スーク室内管弦楽団
2月      オテロ                               フィオーレオペラ(新国立中劇場)
2月     レクイエム(ヴェルディ)                  バッティストーニ指揮
2月      ボレロ(オーレリ・デュポン)            パリオペラ座(来日)
2月      ストラヴィンスキー/ロシア風スケルツォ    プレトニョフ指揮東フィル
3月      シルフィード                   オペラ座来日
3月      グラン・ガラ                   オペラ座来日
3月      ラスマニノフピアノ協奏曲                バッティストーニ公開リハ
3月      ラスマニノフピアノ協奏曲                バッティストーニ指揮東フィル
3月      ランメルモールのルチア            新国立劇場
3月      中村恵理リサイタル                オペラシティ
4月      セビリアの理髪師                藤原歌劇団
5月      春の祭典                          バッティストーニ指揮東フィル
5月      DER ROSENKAVALIER            ウィーン歌劇場
5月      Tannhäuser                    バイエルン歌劇場
5月      TRAVIATA                    フェニーチェ歌劇場
6月      ジークフリート                    新国立劇場
6月      リストブラームス                東フィル
6月      トラヴィアータ                    マッシモ劇場来日
6月      ノルマ                        日生劇場
7月      マーラー2番復活                       ミョンフン指揮東フィル
9月      オテロ                        二期会バッティストーニ指揮
9月       タンホイザー バイエルン歌劇場(来日)
9月       ベートーヴェン英雄                    ミョンフン指揮東フィル
10月      ハイドンシューベルト                    プレトニョフ東フィル
11月      ルサルカ                     日生劇場
12月      ランメルモールのルチア                  藤原歌劇団

クルレンツィスのドン・ジョヴァンニ

12月は、新国立の「セビリアの理髪師」で大アリアを聴いて、ジョナサン・ノットのコジ・ファン・トゥッテにも行こうと思っていたのですが、さすが歳末、なんかチョー忙しくなってしまい、どちらも諦めざるを得ませんでした。残念無念。特にジョナサン・ノットの演奏会形式のコジ、良かったみたいですねー。

というわけで、せめて何か家で聴こうと思って、ちょっと遅いんですけど、テオドール・クルレンツィスの「ドン・ジョヴァンニ」を買いました。クルレンツィスはここ1-2年の間にフィガロの結婚、コジ・ファン・トゥッテをCD化しており、すごい話題になっていましたので、これで、ダ・ポンテ三部作完成というわけです。
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まずは序曲から、びっくりです。とは言ってもフィガロの時に、もう、凄くびっくりさせられましたので、ある程度は予想範囲内。フィガロ同様に早いテンポで、切れの良い包丁で肉をザクッ、ザクッと切っていくような音作り。荒くなる寸前のところ、崖っぷちでとどまって、鮮烈な印象です。歌手は、いつものように肩の力を抜いたおしゃべりのような歌いで、あくまでも音楽が前に来ます。古楽器によるロックかラップを聴いているようです。

なんでも、ペルミのスタジオで一回全部を録音したのを聴いて、「駄目だ。やり直し」と再録したそうです。いや、コスト度外視ですね。スタジオ録音ということもあり、録音技術がすごいと思います。クルレンツィスの凄さを感じるのは、この録音によることも大きいですね。多分、マイクと歌手や楽器が、すごく近いのだと思います。

最近、クラシカでクルレンツィスのインタビューがあったそうですが、聞き逃しました。ここで聴けます。ドイツ語のナレーションがかぶりますが、英語です。もうひとつ、ここにも。。。

いや、かなりアクの強い人物というか、クールというか...バッティのようなフレンドリーな感じはしません。

しかし、このドン・ジョヴァンニ癖になります。車でも聴いています。

日本にも来て欲しいものですが、自分のオケである「ムジカ・エテルナ」を連れて来なければ駄目だということと、日本にあまり興味が無いんだそうです。そこで、クルレンツィスを聴きたい方は、来年夏のザルツブルグへ行きましょう!

モーツァルトのレクイエムと皇帝ティトが聴けます! ミサイル基地のあるペルミよりは近いと思います。


モーツァルト
歌劇 “ドン・ジョヴァンニ” K.527(全曲)

ディミトリス・ティリアコス(バリトン/ドン・ジョヴァンニ)
ヴィート・プリアンテ(バリトン/レポレッロ)
ミカ・カレス(バス/騎士長)
ミルト・パパタナシュ(ソプラノ/ドンナ・アンナ)
ケネス・ターヴァー(テノール/ドン・オッターヴィオ)
カリーナ・ガウヴィン(ソプラノ/ドンナ・エルヴィーラ)
グイード・ロコンソロ(バリトン/マゼット)
クリスティーナ・ガンシュ(ソプラノ/ツェルリーナ)

テオドール・クルレンツィス(指揮)
ムジカ・エテルナ

2015年11月23日-12月7日、ロシア、ペルミ、セッション録音

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団

 11月27日、よこはまみなとみらいホールでの公演に行ってきました。狙いは、ヤルヴィの指揮で、今やベルリンフィルのコンマスになった樫本大進のベートーヴェンヴァイオリンソナタを聴こうというもの。樫本さんのヴァイオリンは、実に艶があって美しい音です。特に高音のピアニシモは天国から聞こえてくるよう。ヤルヴィの指揮は、ヴァイオリンを引っ張るというよりは、寄り添うようにやさしく響きます。

 これに先だって、シューマンの歌劇「ゲノフェーファ」の序曲がありました。シューマンのオペラなんてあったの?という感じですが、この序曲は独立して良く演奏されているようです。8分ほどの曲ですが、今回のコンサートの序曲のようになって、軽快な印象でした。

 さて、そして久々に“ブラいち”! 軽快なテンポで展開されていきます。“速めで軽快”というのは今の指揮の流行か?でも”遅めで重厚“より好きですね。波のように、弦と管がオケから溢れて来ます。しだいにドラマティックになってきて、第4楽章は聴き応えありました。

 この日はオケの裏のC席で指揮者と対面するような場所で聴きましたが、一番目立つ中央の前列に空きが目立ったのが残念でした。

 さて、チケットを取ってある公演、今年はこれで終わってしまいました。12月はできれば当日券で、新国立の“セビリアの理髪師“に行こうかと思っています。多分4回目となる同じ演出での公演で、やや見飽きた感じがあるのですが、ロッシーニ歌いとして名をはせているマキシム・ミロノフがアルマヴィーヴァ伯爵の大アリアを、新国立のセビリアとしては初めて(多分)歌うんですよね。ならばZ席でもいいかと思います。

 あとは、ジョナサン・ノットのコジ・ファン・トゥッテも行ければ行きたいと思っています。

二期会”ナクソス島のアリアドネ“

 11月26日土曜日の公演に行ってきました。僕の大好きなこの演目を1ヶ月の間に、ウィーン国立歌劇場とライプツィヒ歌劇場との提携での二期会の、2つの公演を聴けてとても幸せです。

 まずは、指揮!ハンブルグ州立歌劇場の総監督を長く務める女性指揮者、シモーネ・ヤング。3年前にそのハンブルグでコンビチュニー演出のちょっとおもしろい“マイスタージンガー”を彼女の指揮で聴きましたが、素晴らしいものでした。この日のナクソス島、マレク・ヤノフスキとは全く違った音を聞かせてくれました。ヤノフスキの繊細で透明で、まるで弦楽四重奏のような音に対して、ヤングの音は優美で豊穣感に溢れ、小さなオケが大きく聞こえました。何か、ヤノフスキの管弦楽的な指揮に対して、マエストラは完全にオペラの指揮というような違い。ドタバタ劇に近い、ユーモアに溢れたこの演目には、ヤングの指揮のほうがあっているかと思いました。ただ、個人的には、ヤノフスキの音のほうが鮮烈なインパクトを受けたのが正直なところ。

 歌手陣も非常に充実していました。特にプロローグが終わり、オペラの舞台になってから、ここでビシッとしまりました。3人の妖精の三重唱が素晴らしい。そしてそれに続いてのアリアドネの林正子、今日の最大のBravaでした。透明感に溢れた声ですが、適度な重みがあり、上品で、役柄にぴったり。声量もたっぷりあり、声を張り上げている感じがまったくしません。バッカス(やや高音が苦しかった)との二重唱も素晴らしいものでした。ツェルビネッタの髙橋維も「偉大なる王女様」のアリアを、実に魅力的に歌い上げました。中音と高音の声質がほとんど変わらずに、高いところまでグィッと音を上げていくところが、素敵でした。いつもCDでデセイのツェルビネッタを聴いていますが、高橋さんのはプティボンみたいでした。

 そして、特筆しなければならないのは、演出。完全な現代への読み替えの舞台で、プロローグは後ろに駐車場がガラス越しに見える楽屋裏。これが、西銀座の地下駐車場を晴海通りの地下から見たところにそっくりでした。ハルレキンたち、ブッファの一団がハーレーダビッドソンみたいなバイクで到着したような設定がおもしろい。ただ、その後、狭い感じのこの地下空間に大人数がすし詰めになったところに、掃除のおばさんや、愛の架け橋をつなぐ役としてオペラのラストにも登場するキューピッドなども動き回り、やや詰め込み過ぎという感じがしました。しかし、オペラになって、階上の広い宴会の場(?)では、充分な空間がある感じがして、ほとんどミュージカルに近いような歌手たちの動きが楽しめました。特に、ツェルビネッタが高さ1メートルはあるバーカウンターの上から直立のまま倒れて道化たちの腕の中で受け止められるところは、思わず「アッ」と叫びそうになりました。

 今回の二期会のナクソス島、指揮とオケ、歌手、そして演出が見事にひとつの結晶になった、傑作だったと思います。

指揮:シモーネ・ヤング
演出:カロリーネ・グルーバー
東京交響楽団

執事長:多田羅迪夫
音楽教師:小森輝彦
作曲家:白𡈽理香
プリマドンナ/アリアドネ:林 正子
テノール歌手/バッカス:片寄純也
士官:渡邉公威
舞踏教師:升島唯博
かつら師:野村光洋
召使い:佐藤 望
ツェルビネッタ:髙橋 維
ハルレキン:加耒 徹
スカラムッチョ:安冨泰一郎
トゥルファルデン:倉本晋児
ブリゲッラ:伊藤達人
ナヤーデ:冨平安希子
ドゥリヤーデ:小泉詠子
エコー:上田純子


新刊「音楽で楽しむ名画」加藤浩子著

 昨年、12月に刊行された「オペラでわかるヨーロッパ史」から、ちょうど1年、加藤さんの新刊が発売になり、予約していたので一昨日の金曜日、初版日の翌日に届きました。「カラー版 音楽で楽しむ名画: フェルメールからシャガールまで (平凡社新書)」。早速、一気に読みました。
 
 音楽と絵画を結びつけた本って、今までなかったように思います。僕は絵も描けないし、歌も歌えませんが、毎年一回、家内とヨーロッパに旅行に出かけるときは、オペラと美術館をセットにして数カ国を巡ります。そういう人はいらっしゃると思いますから、この本を楽しみに待っていた音楽ファン、美術ファンも多いと思います。

 この本には40のエッセイが書かれており、そのひとつひとつが、音楽と絵画のつながりを、歴史的な資料と、緻密な研究、カラーの絵画、そして著者の思考力から編み出される指摘や推察で、実に魅力的で知的な宝石箱のような読み物に仕上げています。

 まず、心臓がドキドキするくらいに衝撃を受けたのは、ヴェルディの“リゴレット”と、スペインの画家ディエゴ・ヴェラスケスの名画“ラス・メニーナス”に見る異形の登場人物との関係について書かれた「宮廷道化に託された人間の姿(P75)」でした。ヴェラスケスは、僕の大好きな画家で、昔、短い期間でしたが、マドリッドに住んでいた時には、この絵の前に何度も何時間も立っていました。宮廷で浪費に明け暮れたフェリペ4世の姫と女官たちを、ヴェラスケスは冷めた目でこの絵を描いたと、スペイン人の教師に教わりましたが、加藤さんは、その異形の人々の悲しみを、マントヴァ公の庇護を受けながら美しい娘を救えなかったリゴレットに結びつけています。

 この文章は、第三章の「はみ出し者たちの饗宴」で語られていますが、この章には他にも「お針子たちの夢」というエッセイもあり、ラ・ボエームとルノワールの絵の関連性が書かれています。そして、ルノワールの「プージヴァルのダンス」のモデルは、モーリス・ユトリロの母のシュザンヌ・バラドンだと説明されています。バラドンも僕の大好きな画家で、昨年のBunkamuraでのエリック・サティ展で、彼女がサティの生涯ただ一人の愛人であったことを知り、とても興奮したのですが、加藤さんの本を読んで、またその興奮がよみがえってきました。

 この他にも、クリムトとマーラーの一人の女性を鍵につながる芸術性のこと、ドビュッシーやラヴェルとモネのフランス印象派の共通性、バイオリンの名手だったパウル・クレーと彼の絵画の中に隠された音楽への造詣などなど、あまり書くと「ネタバレ」になってしまいますので控えますが、この本は音楽と筆者のもつ絵画への愛情と知識が、この2つの分野を時空と領域を超えてコンタクトさせた名著だと思います。

 昨年、僕は家内とアムステルダムの歌劇場で、ドミナーノ・ミキエレットの演出による”ランスへの旅“を聴いてきましたが、この演出はとても素晴らしく、舞台は美術館、コルテーゼ夫人は学芸員、フォルヌヴィル伯爵夫人の荷物として運び込まれるのは、名画の数々、最後のシーンはそのまま紗幕が降りて、画家フランソワ・ジラールの「シャルル10世の戴冠式」になって終わったのですが、加藤さんの本を読んで、その時の興奮もよみがえりました。要は、僕はこの本を読んで興奮ばかりしていたということです。

 演出家でさえも、なかなか結びつけられない音楽と絵画のつながり、これを見事に、しかも、40もの例を出して本に編み上げたところに、この本のすごさがあると思います。何年かしたら続編を出してほしいと願わずにはいられません。Brava 加藤さん!

日生劇場「後宮からの逃走」--”赦す”ということ

 「NISSAY OPERA 2016 オペラ」と銘打ったオペラのシリーズ。6月の「セビリアの理髪師」、7月の「ドン・パスクワーレ」に続いての3作目がモーツァルトの「後宮からの逃走」です。11月12日土曜日のマチネに行ってきました。「後宮からの誘拐」というタイトルでも知られているオペラです。しかし、序曲は非常に有名ですが、全幕で上演されることは少ないですね。僕もすっかりどこかで見たつもりになっていましたが、実はこの日が生では初めての観劇でした。

 最近はウィーンやプラハの国立歌劇場の来日公演で文化会館やオーチャードホールのような大劇場にばかり行っていたので、小さな日生劇場に来ると、イタリアの小劇場に来たような安堵感があります。この日も寸前まで行けるかどうかわからず、当日券で天井桟敷の席を取りましたが、それでも文化会館の1階L/R席の最前列から舞台を見るのと大して変わりありません。小さいことは良いことだ!

 このオペラの上演回数が少ないのは何故でしょうね。モーツァルトの4大オペラというと、「フィガロの結婚」。「コジ・ファン・トゥッテ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」なので、そこから漏れてしまったせいでしょうか?それもあると思いますが、けっこう歌唱が難しい。一幕目のコンスタンツェの「どんな拷問が待っていようと」は大アリアと言うべきで、難しいコロラトゥーラを要求されますし、同じく一幕目のオスミンの「乙女の尻追う風来坊」は、超低音のDがあるというように、けっこう難物のようです。

 この日のコンスタンツェ役の佐藤優子さん、最初はちょっと緊張気味でしたが、天性の豪華なソプラノの声を持っていますし、技巧も素晴らしい。捕らわれの身でありながら自己を強く主張する.....その表現力に溢れていて、とても魅了されました。オスミンを歌ったバスの加藤宏隆さん、2013年にムーティのオーチャードホールの講演(“公演”ではありません。)で、声に合わない”プロヴァンスの海と土“を歌わせられて、しごかれていたのが印象的でしたが、この日も素晴らしい低音と、汗だくになりそうなコミカルな演技で拍手をもらっていました。この二人がオペラを引っ張ったと言えるでしょう。ブロンデ役の湯浅ももこさん、スブレットらしい可愛らしくも知的な歌唱と演技で、オスミンを手玉に取ります。スザンナやツェルリーナでも聴きたくなります。ベルモンテの金山さんも難しいアリアを歌いこなしていましたが、声質がややこもるために、高音が伸びていない印象がありました。そして、歌わなかったですが、太守セリム役の宍戸開さん、さすが俳優だけあって存在感抜群。まあ、ちょっとオペラの役としては目立ち過ぎという感じもありました。

 このオペラは、チェンバロやフォルテピアノで装飾される、レチタティーヴォがなくて、セリフで歌がつながるのですが、このセリフはすべて日本語になっていました。日本語訳は、実に軽妙でユーモアに溢れるもので、コンメディア・デラルッテのおもしろさが良く出ていました。ただ、以前の二期会のこうもりでやったように、むしろ歌自体も日本語にしてしまってもおもしろかったかなと思いました。セリフだけが日本語で相当量あって、その後の歌が突然ドイツ語というのが聴いている僕としては切り替えが追いつかない感じがあったのも実感です。

 そして、このオペラで圧倒的に良かったのが、舞台美術。まず、序曲のところでは舞台全面が細かい紗幕で覆われ、その中は明るい光の中で晩餐の準備をしています。これが、超大型のテレビスクリーンを見ているようで、実に新鮮です。数年前にLAのスタジオで8Kの大画面のスクリーンでワールドカップサッカーを見たことがありますが、その印象に近かったです。序曲の間に、言葉はないのですが、「昔々あるところでのお話です」という感じが出ています。18世紀末から19世紀前半に流行った”トルコ“や”異国“もののオペラのお伽話感が良く出ていて秀逸なスタートでした。しかし、オペラ本編がはじまってからは、大仕掛けは何もなく、城の壁やバルコニーになる舞台奥手の2mほどの高さの台と、4つのホイール付きのテーブル、そして多数の椅子。これらを合唱団が動かして、晩餐の場にしたり、道にしたり、船にしたりするのが、実に目を楽しませてくれます。舞台美術を担当している“幹子Sマックアダムス”という方は知らないのですが、イェール大学で美術学修士をとっているそうです。もちろん、演出の田尾下哲の意向が明確なので、日本語のセリフとあいまって、斬新な舞台を作っていると言えると思います。

 指揮の川瀬賢太郎、初めて聴きましたが、素直なモーツァルトをコンパクトに鳴らしてくれていました。ただ、あまりに教科書的な音で、軽快さ、愉快さ、ふくらみに欠ける感じがしました。序曲はちょっとピリオド楽器っぽくっておもしろい音だったのですが、後が普通でしたね。。

 さて、このオペラで一番、感動したことは、実は無料で配布された“プログラム誌”にあります。それが岡真理さんという現代アラブ文学者の書いた『「赦し」—奇跡の贈り物としての』です。彼女の文章は、「『後宮からの逃走』の舞台はオスマン帝国、イスラーム世界だ。イスラームというと、他者に対して不寛容な宗教という印象があるかもしれない。実際『イスラーム国』を名乗る集団が異教徒を奴隷にしたり、神(アッラー)の名によってロック・コンサート会場を襲撃したり、そんな出来事が頻々と起きて、私たちの印象を裏付けてしまう。」という新聞の政治論評のように始まっています。岡さんは続いて、イスラームの国、イランでは「死刑が決まった加害者に対して、被害者がその罪を赦すように判事が説得をし、被害者が考える時間が数年間与えられる。」という例や、ヨーロッパの歴史の中でのイスラーム教が異教徒に対して、比較的慣用であったことなどをあげて、このことを太守セリムの「赦し」につなげているのです。

 彼女はさらにこう言います。「ベルモンテが殺されれば、嘆き悲しむのは父親だけではない、ベルモンテの母親も、そして今、自分が愛しているコンスタンツェをも傷つけ、その魂を苛むことになる。かってロスタドス(ベルモンテの父親=セリムの仇敵)が彼の恋人にそうしたように。自分が敵と同じ存在になりはてることこそ、自らの愛を裏切り、恋人を深く悲しまさせることだ。コンスタンツェを力づくで自らのものにしなかったのも、仇敵と同じ地平には墜ちたくないという思いがセリムの中にあったからだろう。」と説きます。そして、最後に「だからこそ今、セリムの『赦し』——人間で有り続けることがもっとも困難な状況においてさえ、それでもなお赦しがたき敵を赦し、人間の側に踏みとどまり続け、そうすることで憎しみの連鎖を断ち、より良い世界を築こうとする者たちの意志———が、私たちの魂の糧として、何にも増して必要とされているのだと思う。【中略】「後宮からの逃走」を観る/聴くとは、モーツァルトの音楽だからこそなしうるこの至福に満ちた奇跡の瞬間を私たちひとりひとりが体験することにほかならない。「後宮」はモーツァルトから私たちへの奇跡の贈り物だ。その奇跡はまだ舞台の上だけのことだけど、いつかそれは現実のものとなるだろう。私たちに想像できるものは、きっと実現できるのだから。【2016年、15回目の9月11日に、おかまり/現代アラブ学、日生劇場「オペラ、後宮からの逃走」プログラムより抜粋引用。】)

 実に6頁にもわたる格調の高い文章は、普段知ることのないイスラームの考え方を垣間見るとともに、このオペラが現在の社会に対して「奇跡」を起こすことをあきらめてはいけないという強いメッセージを投げかけて来ているのです。この文章を幕間に読んでいたので、3幕目の最後、セリムが処刑台にはりつけられた4人に自由を与え、船でスペインに送り返すシーンにはジーンと目頭が熱くなりました。

 「オペラの解説を読んで、世界の平和を考える。」なんて、安易すぎるかもしれません。実際の平和を成し遂げるのは、そんな容易なことでできるとは思いませんし、僕がこれを読んだ後に実際にどのような行動を取ろうかということも、まだ考え始めたばかりです。しかし、思い出すのは昨年の11月13日にパリで起こった同時多発テロで妻を亡くしたフランス人のアントワーヌ・レイリスさんは、その3日後に自身のフェイスブックでこのようにメッセージを発信しました。「あなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。13日の夜、あなたたちは特別な人の命を奪いました ―― 私が生涯をかけて愛する人であり、私の息子の母親です。 しかしあなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。私はあなたたちが何者かを知らないし、知りたいとも思いません。あなたたちは魂を失った人間です。殺人をもいとわないほどにあなたたちが敬っている神が自分の姿に似せて人間を創造したのだとしたら、私の妻の体に打ち込まれた全ての銃弾は、神の心を傷つけたでしょう。私はあなたたちの願い通りに憎しみを抱いたりはしません。憎悪に怒りで応じれば、今のあなたたちのように無知の犠牲者になるだけです。あなたたちは私が恐れを抱き、同胞に不審な気持ちを持ち、安全に生きるために自由を失うことを望んでいる。あなたたちの負けです。(後略)」とレイリスさんは述べています。「赦す」とまでは言っていませんが、憎しみと報復をすることが、自身を「無知の犠牲者」になるというのは、太守セリムの判断のもとになっている考え方と同じです。

 オペラを初めとするエンタテイメント業界でのイベントや、僕のブログで、このような話題を持ち出すことに違和感を持たれる方もいると思います。僕も、今までそのような話題をこのブログに載せたことはないのですが、初めて「書きたい」と思いました。

 岡さんの文章には心を打たれましたが、また、オペラの解説にこのような文章を取り上げた主催者としての日生劇場の勇気にも敬意を表します。

 日生劇場の2016-2017オペラシリーズは、来週の”ナクソス島のアリアドネ”(ライプツィヒ歌劇場との提携公演でシモーネ・ヤングが振ります!)、来年は、”ラ・ボエーム”、”ルサルカ”、そしてなんと、"ノルマ”と上演されます。いや、すごい力入っていますね。日本で中規模の劇場の上質な上演が味わえる、そんなところは関東ではこの日生劇場とテアトロ・ジーリオ・ショウワぐらいです。チケットは1万円以下ということで、コストパフォーマンスも抜群。是非観劇(感激?!)お勧めします。

モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの逃走』全3幕
(ドイツ語歌唱・日本語台詞・日本語字幕付)
指揮:川瀬賢太郎
演出:田尾下 哲
管弦楽:読売日本交響楽団
太守セリム 宍戸 開
コンスタンツェ:佐藤優子
ブロンデ:湯浅ももこ
ベルモンテ:金山京介
ペドリッロ:村上公太
オスミン:加藤宏隆

美術 幹子・S・マックアダムス
照明 沢田祐二

合唱/C.ヴィレッジシンガーズ





 

ウィーン国立歌劇場 ”ワルキューレ”

 11月9日のマチネ公演に行ってきました。さて、何から書いたらいいのやら。まだ、昨日の興奮が醒めやらぬ状態です。

 僕のオペラ友達の間では、歌手の目玉のニーナ・シュテンメが本当に来日してくれるのかが心配されていました。今回の来日の寸前までMETでイゾルデを歌っていたのです。普通の歌手なら、あのような大役をこなした後はしばらく休養を取るものですが、すぐに日本にやってきて大丈夫だろうか、それよりも来れるのだろうか?というのが心配の理由でした。実際、シュテンメの来日を確認をしてからチケットを取った友人もいました。僕は、早くにとってしまって、ただただ心配をしていたのですが。

 そのシュテンメ、本当に極上のブリュンヒルデを歌ってくれました。「チョー素晴らしい!」と言いたい!声量がたっぷりあるのですが、それをストレートに感じさせないような、声の結晶がほとばしり出てくるような美しさがあります。そして、そして容姿もワルキューレとして美しい。インターネットの音声や映像で聴いていても凄い!と思っていましたが、生で聴いてみて、「ああ、これがワーグナーが求めていた、まさに“女性による救済”を体現した声なんだなぁ。」と思いました。高貴さ、強さ、優しさ、包容力を声の輝きの中に包み込んでいます。この声を聴いているだけで、夢の中にいるようでした。

 そして、ヴォータンのトマス・コニエチュニーも素晴らしかったです。彼の声は歴代のヴォータンの威厳があり、神々しいものとはちょっと違って、人間くささがプンプンとするようなものでしたが、強く激しい声の出し方とは裏腹に、耳にはむしろ優しく届く、独特の歌い方でした。1幕目のフリッカとのやりとり、3幕目のブリュンヒルデとのやりとりでは、怒りや憤りよりも、自身の悲しみをやるせなさを声に表現してくれました。「声で表現」と簡単に言いますが、この人ほど歌唱で、役の気持ちを表現できるのはなかなか聴いたことがありません。ひとつ気がついたのは、歌の最後の部分や、ため息をつくようなところで、イタリア歌劇のヴェルディのような、嘆き節っぽい唱法を感じたことです。これは、僕がヴェルディ好きだからかそう思ったのかもしれませんが、通常のワーグナーのバスバリトンとはちょっと違って、ヴェルディのバリトンのような感じがありました。2013年のヴェルディとワーグナーの生誕200年の時に、ヴェルディの生地サンタガータを訪れた時に、近くのパルマの町では、ヴェルディとワーグナーを比較したコンフェレンスや展示会が行われていて、このテーマが“Werdi e Vagner”でした。残念ながら、その時はオペラの公演に行くのに追われていて、そのような展示会に行けませんでしたが、ヴェルディとワーグナーに共通する部分というようなものを、コニエチュニーのヴォータンから聴き取ったような感じがしました。Vagnerですね。。。

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2013年パルマでのWerdi e Vagner フェスティバルの立て看板

 三幕目のヴォータンとブリュンヒルデのやりとりは、息を止められてしまうような緊迫感のある素晴らしいものでした。今までワルキューレ、何度も聴いていますが、これほどヴォータンとブリュンヒルデの心の襞と襞のふれあいが感じられたことはありませんでした。とにかく、先ほども書きましたが、この二人の声の表現力はぞくぞくするものがあります。そして、それに輪をかけて素晴らしいのは、アダム・フィッシャーの指揮によるオケの力もでした。

 フィッシャーの指揮は、まず、一幕目の嵐の序奏から、本当に突風が吹いてくるような緊張感でホール全体を支配しました。あっという間にオペラの舞台に引っ張りこまれるような感触。その後も金管、木管、弦、打楽器の音がそれぞれのパートの出番の時に、演奏者が立ち上がっているかと思わせるような立体感が出ていました。そして、また音が良い!ウィーンフィルハーモニーですから当然ですが、金管のホルンの音など、もうたまりません。僕のリングのベンチマークになっているしばらく前の巨匠の指揮(クナッパーブッシュ、フルトヴェングラー、ショルティと言ったところでしょうか)などとは全く違う、繊細さと切れの良さ、力で押すのではないけれど、しかし大胆に鳴らす時は鳴らす、、月並みな表現ですが、これが凄いのです。

 フィッシャーは、歌手の歌詞のひとつひとつを音楽で包むように鳴らします。それは声の結晶を下から蓮の葉で玉のように浮き上がらせる感じ。なんとも言えない恍惚とした音楽と歌唱の一体感です。3幕目は、「まどろみの動機」、「運命の動機」、「槍の動機」、「ローゲの動機」などが、まさに歌手の歌と演技にぴったりとはまって、浮き上がってきます。特に「ジークフリートの動機」を聴くと、この後の第2夜”ジークフリート“で、「さすらい人」になって、自身が一旦捨てたヴェルズング族に望みを託す、ヴォータンの行く末が予測されます。この日は、今までのワーグナーの音楽で一番「品格」を感じた演奏だったと思います。それが、新しいワーグナーの演奏かどうかはわかりませんが、今までに味わったことの無い料理を食べて、それがものすごく美味で感激してやみつきになる、、そんな体験でした。

 歌手では、フリッカのミヒャエラ・シュースターも存在感のある歌唱が良かったです。人間っぽいヴォータンに逃げ道を与えずにたたみ込むような強い声で、普通は割と”ダラダラ“としてしまう、(それがまた魅力なのですが)1幕目の夫婦げんかのシーンに緊張感を与えています。そして、ジークリンデを歌ったペトラ・ラングも、弱く救いのない彼女の状況を良く表現していました。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスも張りと艶のある声。体全体で演技をして生きることに必死な様が心を打ちました。フンディングのアイン・アンガーは、その役名の通り「犬」のような野蛮で粗野なイメージを声量のある声で強く出していました。1幕目が断然締まりました。いやいや、もう誰を見ても素晴らしい歌手陣ですね。なにしろ、ナクソス島で作曲家を歌ったステファニー・ハウツィールがワルキューレの一人であるワルトラウテという端役をやっているくらいですから、ワルキューレの「ホヨトホー!」だけ聴いてもレベルが違います。

 今回のワルキューレ、僕は、ようやくワーグナーの「楽劇」というのが、どのような意図で作られたのかが、胸にストンと落ちてきた感じがしました。それほど、指揮と歌手と演出が一体になって、からみあって、最高のワーグナーを現実のものとしてくれていたと思います。

 演出については、舞台芸術的な部分というのはたいしたことはなかったです。コストをかけずに、最後にローゲの炎がプロジェクトマッピングで派手に出てきたというところですが、全幕に渡っての歌手の動き、表情、手が表す感情が素晴らしかったです。ただ、両手を広げて歌っているというところがありませんでした。

 会場に着く前から、期待を大きくもってこのオペラを聴きましたが、その期待をも大きく上回る体験ができました。3幕目の後半は涙が止まりませんでした。相当の出費をしましたが、それでもお釣りが来るような感動をもらいました。

 10月、11月はオペラや交響曲の公演が詰まっていおり、すでに今日までに10公演に行きましたが、今年の秋は本当に「当たり」です。まだ、シモーネ・ヤングの”ナクソス島“も残っています。楽しみですね。

指揮:アダム・フィッシャー
Dirigent:Adam Fischer
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
Regie:Sven-Eric Bechtolf
美術:ロルフ・グリッテンベルク
Bühne:Rolf Glittenberg
衣裳:マリアンネ・グリッテンベルク
Kostüme:Marianne Glittenberg

ジークムント:クリストファー・ヴェントリス
Siegmund:Christopher Ventris
フンディング:アイン・アンガー
Hunding:Ain Anger
ヴォータン:トマス・コニエチュニー
Wotan:Tomasz Konieczny
ジークリンデ:ペトラ・ラング
Sieglinde:Petra Lang
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュテンメ
Brünnhilde:Nina Stemme
フリッカ:ミヒャエラ・シュースター
Fricka:Michaela Schuster
ヘルムヴィーゲ:アレクサンドラ・ロビアンコ
Helmwige:Alexandra LoBianco
ゲルヒルデ:キャロライン・ウェンボーン
Gerhilde:Caroline Wenborne
オルトリンデ:ヒョナ・コ
Ortlinde:Hyuna Ko
ワルトラウテ:ステファニー・ハウツィール
Waltraute:Stephanie Houtzeel
ジークルーネ:ウルリケ・ヘルツェル
Siegrune:Ulrike Helzel
グリムゲルデ:スザンナ・サボー
Grimgerde:Zsuzsanna Szabó
シュヴェルトライテ:ボンギヴェ・ナカニ
Schwertleite:Bongiwe Nakani
ロスヴァイセ:モニカ・ボヒネク
Roßweiße:Monika Bohinec

ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン国立歌劇場舞台オーケストラ
Orchester der Wiener Staatsoper, Bühnenorchester der Wiener Staatsoper

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