プロヴァンスの海と土を少し 湘南人草間文彦

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団

 11月27日、よこはまみなとみらいホールでの公演に行ってきました。狙いは、ヤルヴィの指揮で、今やベルリンフィルのコンマスになった樫本大進のベートーヴェンヴァイオリンソナタを聴こうというもの。樫本さんのヴァイオリンは、実に艶があって美しい音です。特に高音のピアニシモは天国から聞こえてくるよう。ヤルヴィの指揮は、ヴァイオリンを引っ張るというよりは、寄り添うようにやさしく響きます。

 これに先だって、シューマンの歌劇「ゲノフェーファ」の序曲がありました。シューマンのオペラなんてあったの?という感じですが、この序曲は独立して良く演奏されているようです。8分ほどの曲ですが、今回のコンサートの序曲のようになって、軽快な印象でした。

 さて、そして久々に“ブラいち”! 軽快なテンポで展開されていきます。“速めで軽快”というのは今の指揮の流行か?でも”遅めで重厚“より好きですね。波のように、弦と管がオケから溢れて来ます。しだいにドラマティックになってきて、第4楽章は聴き応えありました。

 この日はオケの裏のC席で指揮者と対面するような場所で聴きましたが、一番目立つ中央の前列に空きが目立ったのが残念でした。

 さて、チケットを取ってある公演、今年はこれで終わってしまいました。12月はできれば当日券で、新国立の“セビリアの理髪師“に行こうかと思っています。多分4回目となる同じ演出での公演で、やや見飽きた感じがあるのですが、ロッシーニ歌いとして名をはせているマキシム・ミロノフがアルマヴィーヴァ伯爵の大アリアを、新国立のセビリアとしては初めて(多分)歌うんですよね。ならばZ席でもいいかと思います。

 あとは、ジョナサン・ノットのコジ・ファン・トゥッテも行ければ行きたいと思っています。

二期会”ナクソス島のアリアドネ“

 11月26日土曜日の公演に行ってきました。僕の大好きなこの演目を1ヶ月の間に、ウィーン国立歌劇場とライプツィヒ歌劇場との提携での二期会の、2つの公演を聴けてとても幸せです。

 まずは、指揮!ハンブルグ州立歌劇場の総監督を長く務める女性指揮者、シモーネ・ヤング。3年前にそのハンブルグでコンビチュニー演出のちょっとおもしろい“マイスタージンガー”を彼女の指揮で聴きましたが、素晴らしいものでした。この日のナクソス島、マレク・ヤノフスキとは全く違った音を聞かせてくれました。ヤノフスキの繊細で透明で、まるで弦楽四重奏のような音に対して、ヤングの音は優美で豊穣感に溢れ、小さなオケが大きく聞こえました。何か、ヤノフスキの管弦楽的な指揮に対して、マエストラは完全にオペラの指揮というような違い。ドタバタ劇に近い、ユーモアに溢れたこの演目には、ヤングの指揮のほうがあっているかと思いました。ただ、個人的には、ヤノフスキの音のほうが鮮烈なインパクトを受けたのが正直なところ。

 歌手陣も非常に充実していました。特にプロローグが終わり、オペラの舞台になってから、ここでビシッとしまりました。3人の妖精の三重唱が素晴らしい。そしてそれに続いてのアリアドネの林正子、今日の最大のBravaでした。透明感に溢れた声ですが、適度な重みがあり、上品で、役柄にぴったり。声量もたっぷりあり、声を張り上げている感じがまったくしません。バッカス(やや高音が苦しかった)との二重唱も素晴らしいものでした。ツェルビネッタの髙橋維も「偉大なる王女様」のアリアを、実に魅力的に歌い上げました。中音と高音の声質がほとんど変わらずに、高いところまでグィッと音を上げていくところが、素敵でした。いつもCDでデセイのツェルビネッタを聴いていますが、高橋さんのはプティボンみたいでした。

 そして、特筆しなければならないのは、演出。完全な現代への読み替えの舞台で、プロローグは後ろに駐車場がガラス越しに見える楽屋裏。これが、西銀座の地下駐車場を晴海通りの地下から見たところにそっくりでした。ハルレキンたち、ブッファの一団がハーレーダビッドソンみたいなバイクで到着したような設定がおもしろい。ただ、その後、狭い感じのこの地下空間に大人数がすし詰めになったところに、掃除のおばさんや、愛の架け橋をつなぐ役としてオペラのラストにも登場するキューピッドなども動き回り、やや詰め込み過ぎという感じがしました。しかし、オペラになって、階上の広い宴会の場(?)では、充分な空間がある感じがして、ほとんどミュージカルに近いような歌手たちの動きが楽しめました。特に、ツェルビネッタが高さ1メートルはあるバーカウンターの上から直立のまま倒れて道化たちの腕の中で受け止められるところは、思わず「アッ」と叫びそうになりました。

 今回の二期会のナクソス島、指揮とオケ、歌手、そして演出が見事にひとつの結晶になった、傑作だったと思います。

指揮:シモーネ・ヤング
演出:カロリーネ・グルーバー
東京交響楽団

執事長:多田羅迪夫
音楽教師:小森輝彦
作曲家:白𡈽理香
プリマドンナ/アリアドネ:林 正子
テノール歌手/バッカス:片寄純也
士官:渡邉公威
舞踏教師:升島唯博
かつら師:野村光洋
召使い:佐藤 望
ツェルビネッタ:髙橋 維
ハルレキン:加耒 徹
スカラムッチョ:安冨泰一郎
トゥルファルデン:倉本晋児
ブリゲッラ:伊藤達人
ナヤーデ:冨平安希子
ドゥリヤーデ:小泉詠子
エコー:上田純子


新刊「音楽で楽しむ名画」加藤浩子著

 昨年、12月に刊行された「オペラでわかるヨーロッパ史」から、ちょうど1年、加藤さんの新刊が発売になり、予約していたので一昨日の金曜日、初版日の翌日に届きました。「カラー版 音楽で楽しむ名画: フェルメールからシャガールまで (平凡社新書)」。早速、一気に読みました。
 
 音楽と絵画を結びつけた本って、今までなかったように思います。僕は絵も描けないし、歌も歌えませんが、毎年一回、家内とヨーロッパに旅行に出かけるときは、オペラと美術館をセットにして数カ国を巡ります。そういう人はいらっしゃると思いますから、この本を楽しみに待っていた音楽ファン、美術ファンも多いと思います。

 この本には40のエッセイが書かれており、そのひとつひとつが、音楽と絵画のつながりを、歴史的な資料と、緻密な研究、カラーの絵画、そして著者の思考力から編み出される指摘や推察で、実に魅力的で知的な宝石箱のような読み物に仕上げています。

 まず、心臓がドキドキするくらいに衝撃を受けたのは、ヴェルディの“リゴレット”と、スペインの画家ディエゴ・ヴェラスケスの名画“ラス・メニーナス”に見る異形の登場人物との関係について書かれた「宮廷道化に託された人間の姿(P75)」でした。ヴェラスケスは、僕の大好きな画家で、昔、短い期間でしたが、マドリッドに住んでいた時には、この絵の前に何度も何時間も立っていました。宮廷で浪費に明け暮れたフェリペ4世の姫と女官たちを、ヴェラスケスは冷めた目でこの絵を描いたと、スペイン人の教師に教わりましたが、加藤さんは、その異形の人々の悲しみを、マントヴァ公の庇護を受けながら美しい娘を救えなかったリゴレットに結びつけています。

 この文章は、第三章の「はみ出し者たちの饗宴」で語られていますが、この章には他にも「お針子たちの夢」というエッセイもあり、ラ・ボエームとルノワールの絵の関連性が書かれています。そして、ルノワールの「プージヴァルのダンス」のモデルは、モーリス・ユトリロの母のシュザンヌ・バラドンだと説明されています。バラドンも僕の大好きな画家で、昨年のBunkamuraでのエリック・サティ展で、彼女がサティの生涯ただ一人の愛人であったことを知り、とても興奮したのですが、加藤さんの本を読んで、またその興奮がよみがえってきました。

 この他にも、クリムトとマーラーの一人の女性を鍵につながる芸術性のこと、ドビュッシーやラヴェルとモネのフランス印象派の共通性、バイオリンの名手だったパウル・クレーと彼の絵画の中に隠された音楽への造詣などなど、あまり書くと「ネタバレ」になってしまいますので控えますが、この本は音楽と筆者のもつ絵画への愛情と知識が、この2つの分野を時空と領域を超えてコンタクトさせた名著だと思います。

 昨年、僕は家内とアムステルダムの歌劇場で、ドミナーノ・ミキエレットの演出による”ランスへの旅“を聴いてきましたが、この演出はとても素晴らしく、舞台は美術館、コルテーゼ夫人は学芸員、フォルヌヴィル伯爵夫人の荷物として運び込まれるのは、名画の数々、最後のシーンはそのまま紗幕が降りて、画家フランソワ・ジラールの「シャルル10世の戴冠式」になって終わったのですが、加藤さんの本を読んで、その時の興奮もよみがえりました。要は、僕はこの本を読んで興奮ばかりしていたということです。

 演出家でさえも、なかなか結びつけられない音楽と絵画のつながり、これを見事に、しかも、40もの例を出して本に編み上げたところに、この本のすごさがあると思います。何年かしたら続編を出してほしいと願わずにはいられません。Brava 加藤さん!

日生劇場「後宮からの逃走」--”赦す”ということ

 「NISSAY OPERA 2016 オペラ」と銘打ったオペラのシリーズ。6月の「セビリアの理髪師」、7月の「ドン・パスクワーレ」に続いての3作目がモーツァルトの「後宮からの逃走」です。11月12日土曜日のマチネに行ってきました。「後宮からの誘拐」というタイトルでも知られているオペラです。しかし、序曲は非常に有名ですが、全幕で上演されることは少ないですね。僕もすっかりどこかで見たつもりになっていましたが、実はこの日が生では初めての観劇でした。

 最近はウィーンやプラハの国立歌劇場の来日公演で文化会館やオーチャードホールのような大劇場にばかり行っていたので、小さな日生劇場に来ると、イタリアの小劇場に来たような安堵感があります。この日も寸前まで行けるかどうかわからず、当日券で天井桟敷の席を取りましたが、それでも文化会館の1階L/R席の最前列から舞台を見るのと大して変わりありません。小さいことは良いことだ!

 このオペラの上演回数が少ないのは何故でしょうね。モーツァルトの4大オペラというと、「フィガロの結婚」。「コジ・ファン・トゥッテ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」なので、そこから漏れてしまったせいでしょうか?それもあると思いますが、けっこう歌唱が難しい。一幕目のコンスタンツェの「どんな拷問が待っていようと」は大アリアと言うべきで、難しいコロラトゥーラを要求されますし、同じく一幕目のオスミンの「乙女の尻追う風来坊」は、超低音のDがあるというように、けっこう難物のようです。

 この日のコンスタンツェ役の佐藤優子さん、最初はちょっと緊張気味でしたが、天性の豪華なソプラノの声を持っていますし、技巧も素晴らしい。捕らわれの身でありながら自己を強く主張する.....その表現力に溢れていて、とても魅了されました。オスミンを歌ったバスの加藤宏隆さん、2013年にムーティのオーチャードホールの講演(“公演”ではありません。)で、声に合わない”プロヴァンスの海と土“を歌わせられて、しごかれていたのが印象的でしたが、この日も素晴らしい低音と、汗だくになりそうなコミカルな演技で拍手をもらっていました。この二人がオペラを引っ張ったと言えるでしょう。ブロンデ役の湯浅ももこさん、スブレットらしい可愛らしくも知的な歌唱と演技で、オスミンを手玉に取ります。スザンナやツェルリーナでも聴きたくなります。ベルモンテの金山さんも難しいアリアを歌いこなしていましたが、声質がややこもるために、高音が伸びていない印象がありました。そして、歌わなかったですが、太守セリム役の宍戸開さん、さすが俳優だけあって存在感抜群。まあ、ちょっとオペラの役としては目立ち過ぎという感じもありました。

 このオペラは、チェンバロやフォルテピアノで装飾される、レチタティーヴォがなくて、セリフで歌がつながるのですが、このセリフはすべて日本語になっていました。日本語訳は、実に軽妙でユーモアに溢れるもので、コンメディア・デラルッテのおもしろさが良く出ていました。ただ、以前の二期会のこうもりでやったように、むしろ歌自体も日本語にしてしまってもおもしろかったかなと思いました。セリフだけが日本語で相当量あって、その後の歌が突然ドイツ語というのが聴いている僕としては切り替えが追いつかない感じがあったのも実感です。

 そして、このオペラで圧倒的に良かったのが、舞台美術。まず、序曲のところでは舞台全面が細かい紗幕で覆われ、その中は明るい光の中で晩餐の準備をしています。これが、超大型のテレビスクリーンを見ているようで、実に新鮮です。数年前にLAのスタジオで8Kの大画面のスクリーンでワールドカップサッカーを見たことがありますが、その印象に近かったです。序曲の間に、言葉はないのですが、「昔々あるところでのお話です」という感じが出ています。18世紀末から19世紀前半に流行った”トルコ“や”異国“もののオペラのお伽話感が良く出ていて秀逸なスタートでした。しかし、オペラ本編がはじまってからは、大仕掛けは何もなく、城の壁やバルコニーになる舞台奥手の2mほどの高さの台と、4つのホイール付きのテーブル、そして多数の椅子。これらを合唱団が動かして、晩餐の場にしたり、道にしたり、船にしたりするのが、実に目を楽しませてくれます。舞台美術を担当している“幹子Sマックアダムス”という方は知らないのですが、イェール大学で美術学修士をとっているそうです。もちろん、演出の田尾下哲の意向が明確なので、日本語のセリフとあいまって、斬新な舞台を作っていると言えると思います。

 指揮の川瀬賢太郎、初めて聴きましたが、素直なモーツァルトをコンパクトに鳴らしてくれていました。ただ、あまりに教科書的な音で、軽快さ、愉快さ、ふくらみに欠ける感じがしました。序曲はちょっとピリオド楽器っぽくっておもしろい音だったのですが、後が普通でしたね。。

 さて、このオペラで一番、感動したことは、実は無料で配布された“プログラム誌”にあります。それが岡真理さんという現代アラブ文学者の書いた『「赦し」—奇跡の贈り物としての』です。彼女の文章は、「『後宮からの逃走』の舞台はオスマン帝国、イスラーム世界だ。イスラームというと、他者に対して不寛容な宗教という印象があるかもしれない。実際『イスラーム国』を名乗る集団が異教徒を奴隷にしたり、神(アッラー)の名によってロック・コンサート会場を襲撃したり、そんな出来事が頻々と起きて、私たちの印象を裏付けてしまう。」という新聞の政治論評のように始まっています。岡さんは続いて、イスラームの国、イランでは「死刑が決まった加害者に対して、被害者がその罪を赦すように判事が説得をし、被害者が考える時間が数年間与えられる。」という例や、ヨーロッパの歴史の中でのイスラーム教が異教徒に対して、比較的慣用であったことなどをあげて、このことを太守セリムの「赦し」につなげているのです。

 彼女はさらにこう言います。「ベルモンテが殺されれば、嘆き悲しむのは父親だけではない、ベルモンテの母親も、そして今、自分が愛しているコンスタンツェをも傷つけ、その魂を苛むことになる。かってロスタドス(ベルモンテの父親=セリムの仇敵)が彼の恋人にそうしたように。自分が敵と同じ存在になりはてることこそ、自らの愛を裏切り、恋人を深く悲しまさせることだ。コンスタンツェを力づくで自らのものにしなかったのも、仇敵と同じ地平には墜ちたくないという思いがセリムの中にあったからだろう。」と説きます。そして、最後に「だからこそ今、セリムの『赦し』——人間で有り続けることがもっとも困難な状況においてさえ、それでもなお赦しがたき敵を赦し、人間の側に踏みとどまり続け、そうすることで憎しみの連鎖を断ち、より良い世界を築こうとする者たちの意志———が、私たちの魂の糧として、何にも増して必要とされているのだと思う。【中略】「後宮からの逃走」を観る/聴くとは、モーツァルトの音楽だからこそなしうるこの至福に満ちた奇跡の瞬間を私たちひとりひとりが体験することにほかならない。「後宮」はモーツァルトから私たちへの奇跡の贈り物だ。その奇跡はまだ舞台の上だけのことだけど、いつかそれは現実のものとなるだろう。私たちに想像できるものは、きっと実現できるのだから。【2016年、15回目の9月11日に、おかまり/現代アラブ学、日生劇場「オペラ、後宮からの逃走」プログラムより抜粋引用。】)

 実に6頁にもわたる格調の高い文章は、普段知ることのないイスラームの考え方を垣間見るとともに、このオペラが現在の社会に対して「奇跡」を起こすことをあきらめてはいけないという強いメッセージを投げかけて来ているのです。この文章を幕間に読んでいたので、3幕目の最後、セリムが処刑台にはりつけられた4人に自由を与え、船でスペインに送り返すシーンにはジーンと目頭が熱くなりました。

 「オペラの解説を読んで、世界の平和を考える。」なんて、安易すぎるかもしれません。実際の平和を成し遂げるのは、そんな容易なことでできるとは思いませんし、僕がこれを読んだ後に実際にどのような行動を取ろうかということも、まだ考え始めたばかりです。しかし、思い出すのは昨年の11月13日にパリで起こった同時多発テロで妻を亡くしたフランス人のアントワーヌ・レイリスさんは、その3日後に自身のフェイスブックでこのようにメッセージを発信しました。「あなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。13日の夜、あなたたちは特別な人の命を奪いました ―― 私が生涯をかけて愛する人であり、私の息子の母親です。 しかしあなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。私はあなたたちが何者かを知らないし、知りたいとも思いません。あなたたちは魂を失った人間です。殺人をもいとわないほどにあなたたちが敬っている神が自分の姿に似せて人間を創造したのだとしたら、私の妻の体に打ち込まれた全ての銃弾は、神の心を傷つけたでしょう。私はあなたたちの願い通りに憎しみを抱いたりはしません。憎悪に怒りで応じれば、今のあなたたちのように無知の犠牲者になるだけです。あなたたちは私が恐れを抱き、同胞に不審な気持ちを持ち、安全に生きるために自由を失うことを望んでいる。あなたたちの負けです。(後略)」とレイリスさんは述べています。「赦す」とまでは言っていませんが、憎しみと報復をすることが、自身を「無知の犠牲者」になるというのは、太守セリムの判断のもとになっている考え方と同じです。

 オペラを初めとするエンタテイメント業界でのイベントや、僕のブログで、このような話題を持ち出すことに違和感を持たれる方もいると思います。僕も、今までそのような話題をこのブログに載せたことはないのですが、初めて「書きたい」と思いました。

 岡さんの文章には心を打たれましたが、また、オペラの解説にこのような文章を取り上げた主催者としての日生劇場の勇気にも敬意を表します。

 日生劇場の2016-2017オペラシリーズは、来週の”ナクソス島のアリアドネ”(ライプツィヒ歌劇場との提携公演でシモーネ・ヤングが振ります!)、来年は、”ラ・ボエーム”、”ルサルカ”、そしてなんと、"ノルマ”と上演されます。いや、すごい力入っていますね。日本で中規模の劇場の上質な上演が味わえる、そんなところは関東ではこの日生劇場とテアトロ・ジーリオ・ショウワぐらいです。チケットは1万円以下ということで、コストパフォーマンスも抜群。是非観劇(感激?!)お勧めします。

モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの逃走』全3幕
(ドイツ語歌唱・日本語台詞・日本語字幕付)
指揮:川瀬賢太郎
演出:田尾下 哲
管弦楽:読売日本交響楽団
太守セリム 宍戸 開
コンスタンツェ:佐藤優子
ブロンデ:湯浅ももこ
ベルモンテ:金山京介
ペドリッロ:村上公太
オスミン:加藤宏隆

美術 幹子・S・マックアダムス
照明 沢田祐二

合唱/C.ヴィレッジシンガーズ





 

ウィーン国立歌劇場 ”ワルキューレ”

 11月9日のマチネ公演に行ってきました。さて、何から書いたらいいのやら。まだ、昨日の興奮が醒めやらぬ状態です。

 僕のオペラ友達の間では、歌手の目玉のニーナ・シュテンメが本当に来日してくれるのかが心配されていました。今回の来日の寸前までMETでイゾルデを歌っていたのです。普通の歌手なら、あのような大役をこなした後はしばらく休養を取るものですが、すぐに日本にやってきて大丈夫だろうか、それよりも来れるのだろうか?というのが心配の理由でした。実際、シュテンメの来日を確認をしてからチケットを取った友人もいました。僕は、早くにとってしまって、ただただ心配をしていたのですが。

 そのシュテンメ、本当に極上のブリュンヒルデを歌ってくれました。「チョー素晴らしい!」と言いたい!声量がたっぷりあるのですが、それをストレートに感じさせないような、声の結晶がほとばしり出てくるような美しさがあります。そして、そして容姿もワルキューレとして美しい。インターネットの音声や映像で聴いていても凄い!と思っていましたが、生で聴いてみて、「ああ、これがワーグナーが求めていた、まさに“女性による救済”を体現した声なんだなぁ。」と思いました。高貴さ、強さ、優しさ、包容力を声の輝きの中に包み込んでいます。この声を聴いているだけで、夢の中にいるようでした。

 そして、ヴォータンのトマス・コニエチュニーも素晴らしかったです。彼の声は歴代のヴォータンの威厳があり、神々しいものとはちょっと違って、人間くささがプンプンとするようなものでしたが、強く激しい声の出し方とは裏腹に、耳にはむしろ優しく届く、独特の歌い方でした。1幕目のフリッカとのやりとり、3幕目のブリュンヒルデとのやりとりでは、怒りや憤りよりも、自身の悲しみをやるせなさを声に表現してくれました。「声で表現」と簡単に言いますが、この人ほど歌唱で、役の気持ちを表現できるのはなかなか聴いたことがありません。ひとつ気がついたのは、歌の最後の部分や、ため息をつくようなところで、イタリア歌劇のヴェルディのような、嘆き節っぽい唱法を感じたことです。これは、僕がヴェルディ好きだからかそう思ったのかもしれませんが、通常のワーグナーのバスバリトンとはちょっと違って、ヴェルディのバリトンのような感じがありました。2013年のヴェルディとワーグナーの生誕200年の時に、ヴェルディの生地サンタガータを訪れた時に、近くのパルマの町では、ヴェルディとワーグナーを比較したコンフェレンスや展示会が行われていて、このテーマが“Werdi e Vagner”でした。残念ながら、その時はオペラの公演に行くのに追われていて、そのような展示会に行けませんでしたが、ヴェルディとワーグナーに共通する部分というようなものを、コニエチュニーのヴォータンから聴き取ったような感じがしました。Vagnerですね。。。

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2013年パルマでのWerdi e Vagner フェスティバルの立て看板

 三幕目のヴォータンとブリュンヒルデのやりとりは、息を止められてしまうような緊迫感のある素晴らしいものでした。今までワルキューレ、何度も聴いていますが、これほどヴォータンとブリュンヒルデの心の襞と襞のふれあいが感じられたことはありませんでした。とにかく、先ほども書きましたが、この二人の声の表現力はぞくぞくするものがあります。そして、それに輪をかけて素晴らしいのは、アダム・フィッシャーの指揮によるオケの力もでした。

 フィッシャーの指揮は、まず、一幕目の嵐の序奏から、本当に突風が吹いてくるような緊張感でホール全体を支配しました。あっという間にオペラの舞台に引っ張りこまれるような感触。その後も金管、木管、弦、打楽器の音がそれぞれのパートの出番の時に、演奏者が立ち上がっているかと思わせるような立体感が出ていました。そして、また音が良い!ウィーンフィルハーモニーですから当然ですが、金管のホルンの音など、もうたまりません。僕のリングのベンチマークになっているしばらく前の巨匠の指揮(クナッパーブッシュ、フルトヴェングラー、ショルティと言ったところでしょうか)などとは全く違う、繊細さと切れの良さ、力で押すのではないけれど、しかし大胆に鳴らす時は鳴らす、、月並みな表現ですが、これが凄いのです。

 フィッシャーは、歌手の歌詞のひとつひとつを音楽で包むように鳴らします。それは声の結晶を下から蓮の葉で玉のように浮き上がらせる感じ。なんとも言えない恍惚とした音楽と歌唱の一体感です。3幕目は、「まどろみの動機」、「運命の動機」、「槍の動機」、「ローゲの動機」などが、まさに歌手の歌と演技にぴったりとはまって、浮き上がってきます。特に「ジークフリートの動機」を聴くと、この後の第2夜”ジークフリート“で、「さすらい人」になって、自身が一旦捨てたヴェルズング族に望みを託す、ヴォータンの行く末が予測されます。この日は、今までのワーグナーの音楽で一番「品格」を感じた演奏だったと思います。それが、新しいワーグナーの演奏かどうかはわかりませんが、今までに味わったことの無い料理を食べて、それがものすごく美味で感激してやみつきになる、、そんな体験でした。

 歌手では、フリッカのミヒャエラ・シュースターも存在感のある歌唱が良かったです。人間っぽいヴォータンに逃げ道を与えずにたたみ込むような強い声で、普通は割と”ダラダラ“としてしまう、(それがまた魅力なのですが)1幕目の夫婦げんかのシーンに緊張感を与えています。そして、ジークリンデを歌ったペトラ・ラングも、弱く救いのない彼女の状況を良く表現していました。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスも張りと艶のある声。体全体で演技をして生きることに必死な様が心を打ちました。フンディングのアイン・アンガーは、その役名の通り「犬」のような野蛮で粗野なイメージを声量のある声で強く出していました。1幕目が断然締まりました。いやいや、もう誰を見ても素晴らしい歌手陣ですね。なにしろ、ナクソス島で作曲家を歌ったステファニー・ハウツィールがワルキューレの一人であるワルトラウテという端役をやっているくらいですから、ワルキューレの「ホヨトホー!」だけ聴いてもレベルが違います。

 今回のワルキューレ、僕は、ようやくワーグナーの「楽劇」というのが、どのような意図で作られたのかが、胸にストンと落ちてきた感じがしました。それほど、指揮と歌手と演出が一体になって、からみあって、最高のワーグナーを現実のものとしてくれていたと思います。

 演出については、舞台芸術的な部分というのはたいしたことはなかったです。コストをかけずに、最後にローゲの炎がプロジェクトマッピングで派手に出てきたというところですが、全幕に渡っての歌手の動き、表情、手が表す感情が素晴らしかったです。ただ、両手を広げて歌っているというところがありませんでした。

 会場に着く前から、期待を大きくもってこのオペラを聴きましたが、その期待をも大きく上回る体験ができました。3幕目の後半は涙が止まりませんでした。相当の出費をしましたが、それでもお釣りが来るような感動をもらいました。

 10月、11月はオペラや交響曲の公演が詰まっていおり、すでに今日までに10公演に行きましたが、今年の秋は本当に「当たり」です。まだ、シモーネ・ヤングの”ナクソス島“も残っています。楽しみですね。

指揮:アダム・フィッシャー
Dirigent:Adam Fischer
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
Regie:Sven-Eric Bechtolf
美術:ロルフ・グリッテンベルク
Bühne:Rolf Glittenberg
衣裳:マリアンネ・グリッテンベルク
Kostüme:Marianne Glittenberg

ジークムント:クリストファー・ヴェントリス
Siegmund:Christopher Ventris
フンディング:アイン・アンガー
Hunding:Ain Anger
ヴォータン:トマス・コニエチュニー
Wotan:Tomasz Konieczny
ジークリンデ:ペトラ・ラング
Sieglinde:Petra Lang
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュテンメ
Brünnhilde:Nina Stemme
フリッカ:ミヒャエラ・シュースター
Fricka:Michaela Schuster
ヘルムヴィーゲ:アレクサンドラ・ロビアンコ
Helmwige:Alexandra LoBianco
ゲルヒルデ:キャロライン・ウェンボーン
Gerhilde:Caroline Wenborne
オルトリンデ:ヒョナ・コ
Ortlinde:Hyuna Ko
ワルトラウテ:ステファニー・ハウツィール
Waltraute:Stephanie Houtzeel
ジークルーネ:ウルリケ・ヘルツェル
Siegrune:Ulrike Helzel
グリムゲルデ:スザンナ・サボー
Grimgerde:Zsuzsanna Szabó
シュヴェルトライテ:ボンギヴェ・ナカニ
Schwertleite:Bongiwe Nakani
ロスヴァイセ:モニカ・ボヒネク
Roßweiße:Monika Bohinec

ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン国立歌劇場舞台オーケストラ
Orchester der Wiener Staatsoper, Bühnenorchester der Wiener Staatsoper

プラハ国立歌劇場“ノルマ” グルベローヴァ

 プラハ国立歌劇場来日公演の最終日、”ノルマ“に行ってきました。この公演はタイトルロールにエディタ・グルベローヴァとディミトラ・テオドッシュウを起用していて、どちらに行こうか迷ったのですが、一旦引退を表明してまた歌い始めたグルベローヴァの声をもう一度聞きたいと思いチケットを取りました。ノルマを生で聴くのは2013年のザルツブルグでのアントニーニ指揮、バルトリ主演の公演以来3年半ぶりです。日本ではなかなか聴けないですね。

 一幕目、オロヴェーゾを歌うコロトコフがなかなか良く響くバスで聴衆をドラマに導きます。そして、ポリオーネのゾラン・トドロヴィッチ。新国立でカルメンのホセや、運命の力のアルヴァーロなどを聞いて、どちらかというとくぐもった声でイタリアっぽくないという印象を持っていたのですが、この日はなかなか良かったです。明るくスッと立ち上がる声という印象。

 そして一幕目、10分ほどたって合唱の後に、ついにグルベローヴァ登場。しかし、声が固い、というかなんとか声を出しているという感じです。すぐに、この演目の華とも言えるアリア“Casta Diva(清き女神よ)”に。しかし、全く音程が合わない。高音が上がらない。声が震えて安定しない。まるで、立ち稽古で不調の歌手が調子だけ合わせているような歌い方です。いや、びっくりしました。ここまで衰えてしまったのか。

 Casta Divaが終わると2列ほど前の観客がすごい勢いで立ち上がって帰って行きました。僕も家内と一緒でなければそうしたかもしれません。

 このあと2幕目の前半だけはまずまずのレベルに戻しましたが、最後のポリオーネとの二重唱なども、聞くのも哀れという状態でした。名古屋での公演でも一幕目はあまり良くなく、二幕目で持ち直したということでしたが、この日は本来なら一幕目で降板すべき出来でした。憤るよりは心から悲しい気持ちになりました。2008年のロベルト・デヴェリューで素晴らしい歌唱を聴かせてもらい、その後の引退表明を翻して欧州で歌っていたの聞いていましたが、おそらくは、今回日本での3週間近いツァーの疲れが年齢に堪えていたのでしょう。残っているリサイタルで調子を戻すことを願うばかりです。

 この公演を救ったのは、アダルジーザ役のスザナ・スヴェタ。低音から高音まで芯の通った、輝くような美しい声で、アダルジーザの役柄上の年齢(20歳くらいだと思います)を感じさせる若さもあります。グルベローヴァの愛弟子ということで、彼女と似たような響きがあります。二人で歌う場面ではスヴェタのほうが、圧倒的に良い出来だったのが皮肉でした。

 前述したようにオロヴェーゾのオレグ・コロトコフも良かったです。このオペラはオロヴェーゾの第一声から始まります。これが悪いと、オペラ自体が不出来になってしまうのは、シモン・ボッカネグラのパオロと同じような役回りです。で、コロトコフの第一声素晴らしかったですね。オペラが締まりました!そして、同じく前述したようにゾラン・トドロヴィッチも随分うまくなったものです。過去の公演で悪いイメージを持っていたので、ポリオーネの第一声にもびっくりしました!それと脇役ですが、クロティルデのシルヴァ・チムグロヴァーも美声でした。

 指揮とオケは特筆するべきことはあまりありませんが、逆に言うと素直に楽しめました。ヴァレントヴィッチの指揮は、モダン楽器をピリオド楽器のように聞こえさせるような感じで、音を伸ばさずに切っていきます。これ好きです。ただ、これは僕が、アントニーニやビオンディのピリオド楽器でのノルマが大好きだということがあるので、人によっては物足りないと感じたかもしれません。それと、指揮が歌手の邪魔をしないようにという感じが出過ぎていた感じがありましたね。もう少し自己主張をしてくれても良かったかも。。あと、合唱は正直相当な不出来でした。

 それにしてもソプラノ歌手の引き際は難しいですね。これが、僕にとっての最後のグルベローヴァとなるのでしょうか? ホロヴィッツも吉田秀和に「ひびの入った骨董品」と酷評された83年の演奏のあと、亡くなる3年前の86年に本人の強い希望で再来日し、素晴らしいスカルラッティやモーツァルトを弾き、吉田秀和は「こんどの彼は一人のピアノをひく人間として来た。」と褒めて新聞に評論を書いたそうです。グルベローヴァも近い将来、そんな時が来て欲しいと心から願っています。

指揮:ペーター・ヴァレントヴィッチ
演出:菅尾 友

ノルマ   :エディタ・グルベローヴァ
ポリオーネ :ゾラン・トドロヴィッチ
アダルジーザ:スザナ・スヴェダ
オロヴェーゾ: オレグ・コロトコフ
フラヴィオ :ヴァーツラフ・ツィカーネク
クロディルデ:シルヴァ・チムグロヴァー

プラハ国立歌劇場管弦楽団、合唱団

セミラーミデ 藤沢市民オペラ

 前々からとても楽しみにしていた、藤沢市民オペラの”セミラーミデ“を聴きに行っていきました。当日券を買ったのですが、1400席のうち20席ほどしか残っていませんでした。このマイナーな演目でびっくりです。

 僕は高校が藤沢だったので、その頃からこの会場があることは知っていたのですが、行くのは初めて。駅から近くサイズ的にもなかなか良いホールです。内装やシートも古さを感じさせず快適でした。

 さて、日頃ロッシーニのオペラ・セリアは日本ではなかなか聴く機会がありません。ペーザロなどではがんがんやっていますけどね。僕も、DVDでゼルミーラを聴いたくらいで、このセミラーミデは、コンサートなどでソプラノやメゾでアリアを聴くことは時々ありますが、全幕を生で聴くのは初めてです。実際、日本では初の上演だと、ナビゲーターの朝岡聡さんが言っていました。

 すべてに渡って素晴らしい公演だったと思いますが、まずはタイトルロールの安藤赴美子さんがBrava!!でした。彼女の声のイメージというと、ややスピントな強い声という感じですが、この日はその強さよりも「まろやかさ」がぐんと前に出て、強さと甘さのある素晴らしいコロラトゥーラを聴かせてくれました。超高級チョコレートを味わっているみたいでした! 演奏会形式の上演でしたが、彼女の役へののめり込みかたは凄いものがあり、1幕目でアルサーチェが王に指名されてうろたえるところでは、腕を組んで横目でアルサーチェを睨み付けるような様子。これが、かっこよかったですねー。2幕目でアルサーチェの剣を受ける最期も、両手を天に挙げて悲鳴を上げます。イタリア人歌手は、演奏会形式でも、だんだん乗ってくると舞台上を歩きまわったり、指揮台のバーに脚をかけて絶命したり(今年5月のマドリッドでのラナ・コスがそうでした)、狭い舞台を使いまくるのですが、おとなしい日本人歌手の中では、安藤さんは際だっていましたね。見ていると、こちらもオペラにどんどんと引き込まれます。しかし、彼女はロッシーニからプッチーニ(来年2月に新国立で蝶々夫人やりますね。行かなくちゃ!)、ブラームスまで、上手にこなします。声の作り方の才能が素晴らしいです。「作り方」というと語弊を生じそうですね。発声のバラエティというか、とにかく素晴らしいんです。このことはいつも感じていますが、この日のロッシーニは一番難しい役、それを120%の出来で歌ってくれたので本当に感動しました。“麗しい光よ”は、グルベローヴァの歌が有名で、彼女のリサイタルなどでも良く歌われますが、細く軽いソプラノです。それはそれで素晴らしい。しかし、マエストロゼッダは、「セミラーミデはもっと太い声で」と言ったことがあるとか…. 安藤さんの歌には、女王の威厳と悪事を働いたものの後悔が素晴らしく、超絶技巧で表現されていました。黒いドレスもまさにセミラーミデ・ヴァージョン!

 メゾの中島郁子さんも素晴らしかったです。6月にロジーナを歌った時に装飾技巧が素晴らしかったですが、アルサーチェはもっと低い声域を使って、ドスの効いたアジリタを聴かせてくれました。この役の歌手が悪いと、このオペラどうにもならないと思いますが、神殿に入ってくる時の“ああ、この日のことを忘れない/ "Ah! quel giorno ognor rammento" で、「おっ、これは素晴らしい!」と思わず椅子から乗り出しそうになりました。中島さん、これから楽しみですね。

 そして、御大、妻屋秀和さんのアッスール、迫力ありました。2幕目でセミラーミデとのの知り合うところは凄かったです。金曜のナクソス島に続いて、オペラに”持って行かれ“ました。バス陣はオーロエの伊藤さんも素晴らしかったですし、ニーノ王の亡霊のデニス・ビシュニャも圧倒的な存在感で、モンテローネしていましたね!そしてテノールでインドの王子、イドノーレを歌った山本康寛さんも良かったですが、やや高音を持ち上げて出している感じがありました。ベルカントのテノールは難しいです。

 演奏会形式で音楽と歌に集中できるのは、初めてのオペラでは良いですね。今年はルイーザ・ミラーもそうでした。

 指揮の園田隆一郎さん、6月のセヴィリアに続いてのロッシーニでしたが、アマのオケの音を本当に良く引き出していました。ふくよかで、しかし膨張しないで締まっている、厚いところは厚く、速いところは速く、短調と長調が切り替わるロッシーニセリアの魅力をそのままストレートに出してくれました。僕は、特に長調のところにランスへの旅の雰囲気を感じました。2年違いの作曲ですから、それもありかも、、ですね。

 忘れてはならないのが、合唱、藤沢市のアマチュア合唱団9団体の合同でしたが、素晴らしい出来でした。この合唱も今回の素晴らしい公演のキイだったっと思います。

 朝岡さんのナビゲーション、しつこすぎず、簡潔でとても良かったです。こういうマイナーなオペラでは、鑑賞の助けになりますね。

 この公演、日曜の一回限りではあまりにももったいないです。藤原あたりで、東京でもやってほしいものです。

 さて、この週末は、ナクソス島とこのセミラーミデ、間に挟まった土曜日は映画の“インフェルノ”まで見に行って充実した観劇週末でした。今週は、いよいよグルベローヴァのノルマとウィーンのワルキューレ、大作が続きます。

指揮:園田隆一郎
安藤赴美子(セミラーミデ)
妻屋秀和(アッスール)
中島郁子(アルサーチェ)
山本康寛(イドレーノ)
伊藤貴之(オーロエ)
伊藤晴(アゼーマ)
岡坂弘毅(ミトラーネ)
デニス・ヴィシュニャ(ニーノ王の亡霊)

朝岡聡(ナビゲーター)
管弦楽:藤沢市民交響楽団
合唱:藤沢市合唱連盟

 

 

ナクソス島のアリアドネ(ウィーン国立歌劇場来日)

 いや、素晴らしかったです。久しぶりにオペラに、”持って行かれる“無我の境地を味わいました。昨日、10月28日のマチネ公演です。

 まずは、歌手が素晴らしい。カサロヴァとボータが抜けて若干心配をしていたが、作曲家のステファニー・ハウツィール、望外の出来!高めのメゾで表現力が見事。ストーリー上での富豪宅でのオペラ上演のやり方がどんどん変わることに対する苛々と怒りを体中で表す、理想を追求する若き作曲家が見事に表現され、上背もあって舞台での見栄えも実に良かったです。

 ツェルビネッタを演じたダニエラ・ファーリー、プロローグでは高音の抜けがやや足りないかなと思いましたが、1幕目のオペラ(ストーリーでの)が始まり、長大な難曲「偉大なる王女様」のコロラトゥーラは、本当に素晴らしかったです。声を中音に保ち、余裕たっぷりで高音を自在に操ります。色彩を感じる声でした。今までに聴いたデセイやグルベローヴァの歌い方とも違う、実に軽く洒落た歌い方。完全に魅了されました。

 急逝したヨハン・ボータの代わりに出演したステファン・グールド。つい先週まで、新国立でジークムントを歌っていて、これも素晴らしく、ヘルデンテノールとしての評判を確立した感じがありますが、昨日のバッカスも存在感抜群。輝きがあり、締まった高音が神々しかったです。まさに聞き惚れる美声。オペラの終盤で、バッカスを死に神と間違えているアリアドネとのやりとりは、トリスタンとイゾルデを思わせる圧巻な迫力がありました。

 アリアドネのグン=ブリット・バークミンは、重みと張りがあり声量を感じさせるソプラノで、ツェルビネッタと好対照のソプラノで、とても良かった。特にプリマドンナとアリアドネの切り替えが見事でした。

 さすがウィーン歌劇場だなぁと思ったのは、脇役の歌手も皆素晴らしかったこと。執事長のハンス・ペーター・カンメラーは、実にピリッと効いた役作りをしていて、プロローグ初めの音楽教師、マルクス・アイヒェとのやりとりには緊迫感も感じられて、冒頭からこのオペラの魅力がはじけ散って来ました。また、水の精、木の精、山びこの女声の三重唱、ハルレキン、スカラムッチョ、 トルファルディン、ブリゲッラの道化4人衆が「ハイッ、ハイッ」と歌ってアリアドネを元気付ける歌唱なども、本当に素晴らしかったです。合唱のないオペラなので、出演者全員の歌唱レベルが高くないと聴衆の陶酔感が途切れてしまうと思うのですが、そんなことが全くありませんでした。

 そして、マレク・ヤノフスキの指揮も極上でした。プロローグの序曲では、ややあっさりしすぎかなと感じましたが、オペラが進むに連れて、弦の音がまるで弦楽四重奏のように研ぎ澄まされて聞こえ、30数人の小オーケストラを指先で自在に操っているのがわかりました。特に1幕オペラの序曲の精緻で水晶の玉をのぞき込むような透明な音には感激しました。ベームやシノーポリのドラマ性の高い音作りとは違った、「新しい」ナクソス島の音という感じがしました。歌手の声の使い方、特にツェルビネッタ、、の歌唱とオケは素晴らしく合っていてして、リヒャルト・ストラウスの世界を作り上げていました。世紀末の退廃的で洒落た美しさ。クリムトの金箔を貼った絵の世界ですね。

 演出もとても良かったです。特に舞台に天井までガラス窓をしつらえ、その外にウィーン郊外の森が見え、その小道を通って楽団が入場してくる最初のシーン、そして最後までその森を少し見え隠れさせているのも素敵でした。舞台上に観客席をしつらえるのは、二期会の舞台でも見た覚えがありますが、このオペラの二重構成を観客に常に感じさせる効果的な設定でした。

 いつも、このオペラを聴いていて思うのですが、各所にワーグナーのパロディ的なところがありますね。前述した「死」をめぐるアリアドネとバッカスのやりとりや洞窟をモチーフにしたところなどは、トリスタンとイゾルデ、3人の木の精はラインの黄金のノルンを連想させ、プロローグでのティンパニの使い方はファーゾルとファーフナーの登場そのものに感じられます。

 このあと、来月には同じウィーンの来日公演でのワルキューレ、二期会のナクソス島に行きますので、10-11月はワーグナーとリヒャルト・ストラウスの2作を堪能できます。ただ、ワルキューレは体調を整えていかないと疲れますね。

 ともあれ、昨日のナクソス島、今年の国内の公演の中でも一番感激したと言っても良いと思います。ヤノフスキの指揮など、評価はちょっと分かれそうな気もしますが、僕は大満足でした。

 


指揮:マレク・ヤノフスキ
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ

執事長:ハンス・ペーター・カンメラー
音楽教師:マルクス・アイヒェ
作曲家:ステファニー・ハウツィール
テノール歌手/バッカス:ステファン・グールド
士官:オレグ・ザリツキー
舞踊教師:ノルベルト・エルンスト
かつら師:ウォルフラム・イゴール・デルントル
下僕:アレクサンドル・モイシュク
ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー
プリマドンナ/アリアドネ:グン=ブリット・バークミン
ハルレキン:ラファエル・フィンガーロス
スカラムッチョ:カルロス・オスナ
トルファルディン:ウォルフガング・バンクル
ブリゲッラ:ジョゼフ・デニス
水の精:マリア・ナザーロワ
木の精:ウルリケ・ヘルツェル
山びこ:ローレン・ミシェル

ウィーン国立歌劇場管弦楽団  

ピアノ: クリスティン・オカールンド

新国立劇場バレエ研修所発表公演

 10月23日、新国立劇場バレエ研修所、第12期生、第13期生の発表公演、”オータム・コンサート2016”に行ってきました。当日の午前中に、思い立ってチケットを取ったのですが、最後の3席のうちの1席が取れました。オペラ研修所の公演もそうですが、研修生の家族や先輩、後輩などが詰めかけるので、すぐに満席になってしまうのでしょう。

 中劇場で行われた公演は、休憩も入れて2時間でしたが、とても充実した内容でした。プログラムは次の通り。

『パキータ』より グラン・パ・クラシック
パキータ :関 優奈
リュシアン:芳賀 望(ゲスト)
ヴァリエーションⅠ:中島春菜
ヴァリエーションⅡ:丸山さくら
ヴァリエーションⅢ:赤井綾乃

キャラクター・ダンス レッスン (ピアノ演奏:吉田育英)
研修生

自作自演作品
『desire』 赤井綾乃 音楽:H.ジマー「Discombobulate」
『Resistance of ERASER』横山柊子 音楽:B.バルトーク「コントラスツ」第1楽章ヴェルグンコシュ
『葛藤』渡邊拓朗 音楽:A.コレッリ「ヴァイオリン・ソナタ第7番ニ短調」第4楽章

『白鳥の湖』第3幕より 王子のヴァリエーション  佐藤 鴻

『コッペリア』より パ・ド・ドゥ 杉山澄華
江本 拓(ゲスト 新国立劇場バレエ団登録ファースト・ソリスト)

『ラ・バヤデール』第2幕より パ・ダクション
ガムザッティ:横山柊子ソロル :渡邊拓朗


司 会 :小比類巻 諒介(演劇研修所第11期生)

 ソロで踊ったダンサーは、技術的には、既に充分なものを身につけていると思いました。フェッテなども素晴らしいものでした。あとは、表現力をどのように自分なりに付けていくのか、、まだ若いので、これから伸びしろがいくらでもあるように思います。パキータを踊った関さん、スター性がありますね。素敵でした。自作自演での渡邊さん、鋭い動きで空間を切り裂くような感じがありました。

 今月はオペラでは、昭和音大のコジ・ファン・トゥッテ、そしてこの新国立の研修所公演と、若手の練習を積んだ素晴らしい発表を見て、実に良い気分です。ちなみに、この公演は全席指定で\2,160-、すごいマネー・フォー・ヴァリューです!
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ベートーヴェン交響曲第五番他 by 東フィル

 10月19日のオペラシティでのコンサートに行ってきました。10月に突如発表された、アンドレア・バッティストーニの東フィルの首席指揮者就任。いつかそうなるだろうなとは思っていましたが、けっこう早かったですね。まあ、年に3回ほどは日本に来ていますし、東フィルも空席だったこのポジションをバッティに預けたのは賢明な判断だったと思います。

 この日の演奏は、ヴェルディの歌劇 “ルイーザ・ミラー“の序曲から。これは素晴らしかったです。音の立ち上がりが鋭く、全体に塊感があり、序々に盛り上げて行って、オペラの1幕にめがけて流れ込むような勢いのある音楽に仕上がっていました。前に聴いたレンゼッティの研ぎ澄ましたような指揮、コンロンの豊穣な音とも全く違ったものでしたが、演奏が終わった後に、全幕を聴きたくてしかたなくなりました。(オペラの序曲は、それだけを演奏しても、聴くものを全幕に誘い込むような魅力がなければいけないと思います。)(来年9月にはオテロを演奏会形式でやるそうです。これも楽しみですね。

 さて続く、歌劇 “マクベス“からの舞曲にも魅了されました。魔女たちが踊る蠱惑的で美しい情景が目にうかぶような指揮ぶり。前回聴いたのが、昨年のガッティの指揮ですが、いやずいぶん違うものです。ガッティの指揮は重厚で、舞台のおどろおどろしさを良く表現していましたが、バッティストーニの指揮では、テンポ感があり、なまめかしさ(あるいは色っぽさ?)がとても良く出ていました。バッティストーニが芸術監督を務めるジェノヴァのカルロ・フェリーチェのオケとのCDに納められた同曲に比べても、この”なまめかしさ“が曲を支配して魅力的です。おそらく、これは東フィルの音が、カルロ・フェリーチェのオケに比べて締まって、精妙な音を出しているからではないかと思うのです。今や東フィルは世界のベスト10に入るオーケストラ、バッティストーニの音を体現するには最強のオケだと思います。いずれにしろ、この2つの序曲を聴いてみて、やはりバッティストーニのヴェルディは凄い!と思わざるを得ませんでした。

 続く、ロッシーニの “ウィリアム・テル”序曲も、最初の「夜明け」から最終章の「スイス軍の行進」にむけて、壮絶に盛り上がって行きました。数年前にムーティとジェルメッティの指揮を聴いたきりなので、ひさびさにワクワクした気分で聴きましたが、僕の脳内イメージ的には「ローン・レンジャー」感が強すぎて、前2曲ほどの感激はしませんでした。どうせなら「運命の力」か、「椿姫」の序曲(両方ともカルロ・フェリーチェでやっている)を持ってきて欲しかったなどと思いました。それだと、ヴェルディばかりになりますが。。。

 さて、休憩を挟んでのベートーヴェンの第五番「運命」。実にイタリアンなフルーティーな「運命」でした。開始部の「ジャジャジャジャーン」の速くて軽いこと!まずは聴衆にインパクトを与えようという意図さえも感じられました。ヴェルディの序曲の後で聴いても、違和感のないような指揮ぶり。個人的にはとてもおもしろかったし大満足でしたが、ベートーヴェン聴きの人々にとってはどうだったのでしょうか?感想を聞きたくなりました。ところで、この交響曲を「運命」と呼んでいるのは日本だけだそうです。プログラムに書いてありましたが、知りませんでした。

 盛大な拍手が続く中、アンコールに選んだのは、近々振る予定というラスマニノフのナンバーからヴォカリーズ。これも実にイタリアっぽく味付けられていました。バッティストーニの繊細さが出ていて素敵でした。実際、彼の「椿姫」の序曲などは、CD (ここから試聴できます。)で聴く限りは、ジュリーニの指揮のように繊細でゆったりしています。「鳴らす」バッティというのが聴衆のイメージでしょうが、繊細な指揮もこれからは聴いてみたいと思いました。

第105回東京オペラシティ定期シリーズ
2016年10月19日(水) 19:00 開演
東京オペラシティコンサートホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ヴェルディ/歌劇『ルイザ・ミラー』序曲
ヴェルディ/歌劇『マクベス』より舞曲
ロッシーニ/歌劇『ウィリアム・テル』序曲
ベートーヴェン/交響曲第5番『運命』

エフゲニー・オネーギン by マリインスキーオペラ

 10月15日最終日の公演に行ってきました。大満足の一言に尽きます。

 なんと言っても、ゲルギエフのチャイコフスキーが素晴らしかったです。ドン・カルロではなんとなく不鮮明な音、強弱が付きすぎて歌唱を邪魔する場面などが気になりましたが、オネーギンは素晴らしかった。チャイコフスキーの濃縮果汁を更に搾ったような音が聴けました。時には交響曲、時にはセレナーデ、時にはバレエ曲。切れ味良く、且つ緻密で、重厚感に溢れながら重すぎず……。特に第三幕のポロネーズは、良く知られた曲ですが、見事な様式感に溢れて立体的なオケの音に圧倒されました。やはり、ロシア人の巨匠がチャイコフスキーを振るとこうなるんですね。余談ですが、ゲルギエフはマリインスキーバレエの指揮も良く振っています。

 最終日のチケットを取ったのは、この数年聴くたびに良くなっているテノールのコルチャックを狙ったのですが、見事に期待に応えてくれました。新国立の“ウェルテル”やパルマの“真珠取り”でも一途な若者の嘆きをその甘い声で良く表現していましたが、この日も熱い血がたぎるレンスキーにぴったり。2幕目で、レンスキーがオネーギンとの決闘の前に歌うアリア「我が青春の輝ける日々よ」は、今回のプログラムにも「ロシア・オペラの中で最も美しいアリア」と書かれてありますが、イタリアのアリアには無い、チャイコフスキーならではの詩的な旋律、そして何より決闘を前にして既に死を予測しているレンスキーの悲しい歌いが涙を誘います。こういう歌の心理表現、コルチャックうまいですねぇ。

 オネーギンはこの日だけ歌った、ロマン・ブルデンコ。ロシアのバリトンとしては、やや高めでノーブルな声。オネーギンの高貴さと人を小馬鹿にしたような雰囲気を実に良く出していました。声にやや熟成しきっていない”青い”感じがありましたが、これが同様に”青い”オネーギンに良くあっていたと思います。この役は舞台に立っているだけで、そういう雰囲気を出す存在感が必要だと思いますが、彼は上背もあり、背骨がすくっと伸びて”まさにオネーギン”だったと思います。

 タチヤーナのエカテリーナ・ゴンチャロワは前半やや表情も歌も堅く、緊張している感じがしましたが、公爵の妻となって歌う三幕目は実に素敵でした。オネーギンの求愛に苦しみながらの二重唱は圧巻。この時のオケがまた素晴らしく歌手たちを盛り上げていました。

 演出はクラシックでシンプルなものでしたが、最初の収穫の場面で大量のリンゴが舞台上に転がっているのが印象的でした。METのカーセンの演出(これも指揮はゲルギエフ)では、リンゴではなく大量の枯れ葉がちりばめられていましたが、イメージ的には似ている感じです。ポロネーズで始まる第三幕のペテルブルグでの夜会のシーンは、チャイコフスキーが、このオペラの演じられる条件のひとつとした「時代考証のしっかりした演出と衣装(プログラムより)」をそのまま体現した、非常に美しい舞台美術が光りました。歌手たちはドン・カルロの時と同様に、あまり演技らしい動きはなく、正面を向いて歌うというクラシックなスタイルでしたが、良い歌手の良い声を聴けるという点では満足がいきました。

 このオペラを生で見るのは3回目なのですが、実はバレエではオペラの第三幕目をジョン・クランコの振り付けによって「寝室のパ・ド・ドウ」としたプロダクションを何度も見ています。一番印象に残っているのはパリオペラ座のマニュエル・ルグリとモニカ・ルディエールのコンビによるもの。その最後は今回のオペラの最後と同様にオネーギンがタチアーナから駆けて去って行くのですが、オペラの三幕目を聴きながら、バレエのシーンと目の前のオペラの舞台が重なって非常に感動しました。(あまりオペラ鑑賞のしかたとしては褒められないですね。)今回の舞台では最後にオネーギンが深い霧の中に消えていくという演出。とても良かったです。

 マリインスキーの演目を2つ見ましたが、”ドン・カルロ“はフルラネット一座という感じで、彼のバスボイスに圧倒されました。それ以外はあまり印象に残らなかったという感じです。いっぽうの”エフゲニー・オネーギン“はオペラとして素晴らしく良く仕上がっていて、全体としてはこちらのほうが良かったと思います。

この2週間で、ワーグナー、モーツァルト、ヴェルディ、チャイコフスキーと4つのオペラを聴く機会に恵まれましたが、比較をするとなかなかおもしろいものです。今週は水曜日にアンドレア・バッティストーニのヴェルディとロッシーニの序曲とベートーヴェンの5番。これも楽しみです。

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演出:アレクセイ・ステパニュク
舞台美術:アレクサンドル・オルロフ
衣装:イリーナ・チェレドニコワ
照明:アレクサンドル・シヴァエフ
オネーギン:ロマン・ブルデンコ
タチヤーナ:エカテリーナ・ゴンチャロワ
レンスキー:ディミトリー・コルチャック
オルガ:ユリア・マトーチュキナ
ラーリナ夫人:スヴェトラーナ・フォルコヴァ
フィリーピエヴナ:エレーナ・ヴィトマン
グレーミン公爵:エドワルド・ツァンガ

ドン・カルロ by マリインスキーオペラ

10月10日の初日に行ってきました。エフゲニー・オネーギンはチケットを取っていたのですが、ドン・カルロのほうは都合が付かずにあきらめていたのが、急に行けることになって、当日券のA席を奮発しましたが、良い席が取れました。

 この日の目当ては何と言ってもフィリポ2世を歌う、フェルッチョ・フルラネットです。今迄、ヴェルディばかり3作(シモンのフィエスコ、エルナーニのシルヴァ、レクイエム)で聴いていますが、その美しく軽く、しかし腹に響いて別世界をもたらしてくれる低音は、現在最高のバスだと思います。

 一幕目、カルロ、ロドリーゴ、エボリ、エリザベッタと登場してきて、「さすが、マリインスキー、レベルの高い歌手を揃えたな。」と思って聴いているところに、フィリポ登場。フランドルから帰ってきたロドリーゴとのやりとりになりますが、ここで、フルラネットの歌手としてのレベルが格段に上なのが、はっきりわかってしまいます。すなわち、他の歌手の影がやや薄くなってしまうのです。厚いベルベットの上を流れてくるような、あるいは素晴らしいオーボエが命を得て、その楽器自体が歌うような、そんな声です。過去に聴いたどの役よりも、フィリポを歌ったこの日のフルラネットは良かったです。Bravissimo!! フルラネットがこのオペラとフィリポのことをどれだけ研究しているかなどが、オーストラリアの音楽誌「ライムライト」にインタビューされています。

http://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=2264

 為政者として、夫として、父として、そして宗教裁判長と対峙するものとしての苦悩が、彼の声の中にすべて込められています。3幕目冒頭の「一人寂しく眠ろう」は圧巻ですが、それに続く宗教裁判長とのやりとりは息を継ぐ間もない緊張感に覆われます。ただ、この凄まじくも美しいバスとバスの二重唱でも、フルラネットが、宗教裁判長役のミハイル・ペトレンコを圧倒してしまっていました。ペトレンコも決して悪くはないのですが、フルラネットの相手をするにはやや力不足です。ここはコロンバラかペトゥルージあたりが出てきたら良かったなぁと思わざるえませんでした。

 歌手の中ではタイトルロールのヨンフン・リーがなかなか良かったです。「カウフマンの代役」とはもう言わせないという歌いっぷりでした。5年前のMET来日で、その代役でカルロを聴いた時とは比べものにならないくらいうまくなっていました。甘さと輝きのあるイタリアンテノールで、上背もあるしイケメン。女性ファンが多そうです。ただ、やや声を振り回し過ぎる感じがあります。もう少しコントロールして歌えるようになるともっと良くなるような気がしました。あとは、カーテンコールでのお辞儀があまりにも長過ぎだったのがちょっと気になりました。

 エボリ公女のユリア・マトーチュキナも表現力のある素晴らしい声でした。中低音部でエボリの暗い部分を出していたのが良かったと思います。エリザベッタのヴィクトリア・ヤストレボヴァは、カーテンコールで最も拍手が少なかったですが、個人的には充分良かったと思います。多分、この役にはリリコからスピントの声のほうが、聴衆には受けると思うのです。しかし、彼女はどちらかと言うとリリコ・レッジェーロ。か細く、声量が無いように聞こえたのだと思いますが、高音での表現力は素晴らしく、フリットリを思わせるようでした。5年前のMETの(どうしても比べてしまう、、そのくらいショックが大きかったです。)ポブラフスカヤよりもずっと良かったと思います。特にリーとの二重唱は、「若い恋人たち」という感じが出ていて素敵でした。

 ポーザ候ロドリーゴを歌ったアレクセイ・マルコフは、声にイタリアっぽい明るさが無く、ややモゴモゴした感じでした。でも彼はBravo多かったですね。音程もやや危なかった感じがしますが、後半は頑張っていました。

 いずれにしろ、最初に言ったように、フルラネットのレベルから他の歌手を見てしまうと、皆、「そこそこ...」ということになるので、このブログも書きにくいです。この日のフルラネットの体験は、僕にとって3大オペラ体験のひとつになったと思います。(あとの二つはザルツブルグでのアントニーニ、バルトリの“ノルマ”、チューリッヒでのリッツィ、ヌッチの”シモン・ボッカネグラ“です。)

 さて、ゲルギエフの指揮ですが、1幕、2幕目は押さえていたというか、いまひとつ音の輪郭がはっきりと出てこない感じがありました。しかし2回目の休憩後の3幕、4幕は巨匠ゲルギエフならではの、山の峰が立ち上がったような鋭い音で迷いが吹っ切れた感じでした。ただ、3幕目の王と裁判長のやりとりの場面などは、強弱が強すぎてしかも重すぎる感じがします。ドン・カルロは5-6回見ていますが、そのうち2回はファビオ・ルイージの指揮で、彼の指揮のほうが重く無いと思いますし、ヴェルディっぽいと感じます。しかし、これも好みでしょうね。ゲルギエフはこうでなくっちゃという感じもありますし。。。

 演出は、マリインスキーが本拠地でやっているものよりも簡素化されていましたが、秀逸だったと思います。特に2幕目の大聖堂の広場の噴水の近くという設定で緑の芝(?)が風になびくところが美しかったです。ここで使った斜めの舞台を3幕目でも生かしていて、コストはかけていないけどとても満足な演出でした。プロジェクションマッピングでの舞台美術もやり過ぎでなくて、洒落ていて、しかも演出の意図が明確にわかりました。この演出は、去年のシャンゼリゼ劇場での"マクベス”(ガッティ指揮)の時のマリオ・マルトーネの演出にそっくりでした。ロイヤルオペラのドン・ジョヴァンニにも使われていましたので、今、欧州では流行の演出なんでしょうね。日本の公演でももっと使ってもいいような気がします。

 この日の公演は、4幕のイタリア語版(ミラノ版)で演じられました。上野に行く電車の中で5幕版の1幕目のフォンテンブローの森のシーンだけiPadで見て、時間的経過を作為的に体内蓄積しておきました。やはりあのシーンがあったほうが、劇としては自然ですね。しかし、音楽的には4幕版が圧倒的に緊張感があって完成度が高いです。お尻も痛くならないですし。

 この日は、ほぼ満席。ヴェルディ作品の中でも人気のある”ドン・カルロ“ですが、多くの歌手を集めなくてはならず、日本での公演回数もそれほど多くないので、この公演を楽しみにしていた方も多かったのでしょう。色々と言いましたが、総合的にはとても良かったです。大満足!今や海外からオペラを呼べるプロモーターも少なくなりましたが、ジャパンアーツさん、頑張ってくださいね。

指揮 ワレリー・ゲルギエフ
マリインスキー歌劇場管弦楽団&合唱団
演出 ファビオ・チェルスティッチ

キャスト
フィリポ2世    フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ   ヨンフン・リー
ロドリーゴ    アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長    ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ   ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女    ユリア・マト―チュキナ
王室の布告者   エフゲニー・アフメドフ
天からの声    エカテリーナ・ゴンチャロフ
修道士      ユーリー・ヴォロビエフ

コジファントゥッテ@テアトロ・ジーリオ・ショウワ

 昭和音楽大学の今年度のオペラ公演はコジファントゥッテ。昨年のフィガロの結婚に続くダ・ポンテ作品です。そうすると来年は“ドン・ジョヴァンニ”かな?などと思ってしまいますね。

 今年も昨年同様に上海音楽学院との共同プロジェクトです。この日(10月9日、8日は別キャスト)の歌手には陳大帥さんがフェランドで、蘇栄娜さんがトラベッラで出演していました。まず、この陳大帥さんが素晴らしい。甘いテノールで高音まですくっと立ち上がる美声です。声量も充分。グリエルモの市川宥一郎も陳さんに負けず劣らずの美声で、表現力豊かです。そしてこの二人の演技の“乗り”がすごい!ブッファはこうでなくちゃ!と思わされました。陳さんはまだ大学院生、二人ともこれからどんどんうまくなるでしょう。名前覚えておきます。

 女声では、デスピーナの中畑有美子さんが出色でした。一幕目はやや緊張して堅い感じでしたが、二幕目では、まさにスブレット(利口な小間使い役の総称)冥利につきるという感じで、キュートな歌声を披露しました。

 フィオルディリージの中村芽吹さん、ドン・アルフォンソの田中大揮さん、ドラベッラの蘇栄娜さんも、レッジェロな良い声を持っています。蘇さんは技巧は素晴らしいですが、早くに固まってしまわないで、どんどん伸びていって欲しいと思いました。

 とにかく、この若い歌手たちは、舞台上で実に楽しそうに歌ってい、はずんで演技していました。合唱団も踊るような動き!まさしく出演者全員が、コジファントゥッテの役柄になりきっている感じで、本当に好感が持てました。

 そして指揮の大勝秀也マエストロは、ともすれば慎重になりがちな学生のオケを励ます感じで音を膨らませて行きます。昨年のフィガロの時のムーハイ・タンさんが、「俺についてこい!」という感じの指揮をしていたのとは、(見事に学生がついて行きました)好対照です。歌手に添い、応援する感じの演奏。一幕目終わりの6重唱は、歌も演奏も本当に素晴らしかった。大変な練習量をこなして、この舞台にのぞんでいるそうですが、それだけのことはあります。最後のカーテンコールの時にライトが当たったピット内のオケのみんなの若いこと!自分たちの出来がどうだったのか、とちょっと不安そうな顔をしていましたが、拍手喝采!!プロの批評家の方も「名演」とおっしゃっていましたよ!

 マルコ・ガンディーニの演出と、イタロ・グラッシの美術のコンビはこの劇場ではおなじみのもので、僕は3年前の「オベルト」から見ていますが、今回もイタリア的な「美術感」がたっぷり。舞台を3等分して一番左の部分はドン・アルフォンソの研究室、右側の2/3はテラコッタの壁を模した二重幕になっており、これが上がるとダヴィンチのような線描画が現れてきます。一幕目では大きな手が赤いバラを持ち、それを雉がしたから眺めるというおもしろいもの。まるでミラノのブレラ美術館かアンブロジアナ美術館の中に入ったような気分です。洒落ていますね。

 新国立のミキエレット演出の”キャンピング・コジ“も良いですが、今日の昭和音大のように、本来のブッファの良さをそのまま出して、シンプルだけどお洒落に演出し、若い人が歌い演奏するコジもとても良いです。

 昭和音大のオペラを聴いて帰る時はいつも格別に良い気分です。。僕たちの年代がこの世から消えた後も、オペラをしっかりと背負って、より素晴らしいものにしてくれる若者が着実に育っていることを、素晴らしい劇場で体験できるという幸せですね。できれば年に2回くらいやってほしいというのが本音。

 それにしても、この新百合ヶ丘近辺に住んでいらっしゃる方はラッキーですね。オペラ劇場のある小都市(中都市か?)なんて、イタリア以外ではなかなか無いですから。

 さあ、明日はマリインスキーのドン・カルロです。

指揮:大勝 秀也
演出:マルコ・ガンディーニ
管弦楽:昭和音楽大学管弦楽団
合唱:昭和音楽大学合唱団
フィオルディリージ/中村芽吹
ドラベッラ/蘇栄娜★
デスピーナ/中畑有美子
フェランド/陳大帥★
グリエルモ/市川宥一郎
ドン・アルフォンソ/田中大揮
★・・・上海音楽院より招聘

新国立”ワルキューレ”初日

 去年に続いて、リングでシーズンオープンをした新国立劇場に、初日の10月2日に行ってきました。昨年からそれまでのキース・ウォーナーの”トーキョー・リング“から、ゲッツ・フリードリッヒのフィンランド国立歌劇場版の演出に変わったのですが、正直、去年の”ラインの黄金”の”トンネル・リング“にはちょっとがっかりしました。トンネルや、二段舞台など装置にお金はかかっていたのですが、その意図が不明という印象だったのです。

 それに比べると、同じフリードリッヒの演出でも、このワルキューレはかなりまともだったと思います。1幕目の箱を斜めにした空間と3幕目のキャバレー(ラインの黄金でもそういうところありましたね)のようなワルハラ病棟は、諸手を挙げて歓迎するわけにいきませんが、2幕目の赤く奥深く続く道と、廻り舞台でジークリンデが疲れて休む茂み(?)と岩壁のあたりはとても良くできていて、ジークムントと二人で逃避行をしている感じが出ていました。それでも、やはり僕は個人的にはトーキョー・リングの先進性が好きです。あの無機質なワルハラの病院、パウル・クレーの矢印のようなマークが、色々な想像をかき立ててくれました。

 さて、この日は初日ということで、オケも歌手もやや堅さが感じられましたが、良い意味でびっくりしたのは、ジークムントのステファン・グールド、もう何度も聴いていますが、今迄で一番良かったと思います。もともとそんなに声量があるほうではありませんが、輝きが増した声質になった感じ。声を良くコントロールして大音量から弱音までを表現力豊かに聴かせます。今月末のウィーン歌劇場の“ナクソス島のアリアドネ”のバッカス役に、急逝したヨハン・ボータの代わりにピックアップされましたが、なんか乗っている感じですね。満足です。そして、フリッカ役の新国立ではおなじみのエレナ・ツィトコーワも素晴らしかったです。過去にフリッカを歌った時に比べても、余裕たっぷり。ヴォータンをいじめる表現がまあ憎たらしいこと!

 その他の歌手も概して良かったのですが、ヴォータンのグリア・グリムスレイは、やや声を作っているという感じが否めませんでした。ワーグナーの声に挑戦しているという感じで、ちょっとゆとりがないのです。また、低音も物足りなかったです。(ローゲを呼び出すところ、地底まで届かない感じ...) 去年までのユッカ・ライジネンのほうが良かったかなという印象です。僕のヴォータンのイメージが、ハンス・ホッターとジェームズ・モリスで作り上げられてしまっているせいもあるかもしれませんね。よりバリトンっぽいグリムスレイは今のヴォータンなのかもしれません。そして、ブリュンヒルデのイレーネ・テオリンは過去の“神々の黄昏”のブリュンヒルデでも圧倒的な存在感を見せていましたが、今回も歌がこちらの胸に突き刺さってくるような迫力がありました。2幕目、3幕目のヴォータンとのやりとりでは、完全に”勝って“いました。今後2作もブリュンヒルデは彼女でお願いしたいです。(と思いましたが、違うみたいですね。残念....)

 最もクエスチョンだったのが、指揮とオケです。昨年の「ラインの黄金」以上に不満感が残りました。まずは金管が薄い。ワルキューレで金管が響かなくてはどうしようもないと思います。ラインの黄金では、僕が行った公演ではこの金管がふにゃりましたが、今日は木管が第二幕で破綻しました。これはオケのせいですね。マエストロ飯守のワーグナーは、どれを聴いても歯切れが良いというか、ライトな感じで、それはそれで悪くないと思える時もあるのですが、この日のワルキューレは「重み」に欠けて、歌手に負けていました。ワルキューレでは演奏だけで「持って行かれる」魅力が期待されるのですが、それがなかったですね。これも、僕のワルキューレのベンチマークがフルトヴェングラーにあるからなのかもしれません。若い頃(でもないけれど)、強烈な印象で焼き付いた音楽の調べは、なかなかアップデートされないものなんです。

 この日、圧巻だったのは2幕目の前半でしょう。僕の大好きなところでもありますが、フリッカとヴォータンの長々と続く夫婦喧嘩。テオリンの迫力と表現力が素晴らしい。また、後半疲れが見えたヴォータンのグリムスレイもここはまずまず頑張っていました。演出も余計な仕掛けがなくて、歌に集中できました。

 この日、カーテンコールの時にマエストロにブーが出ていました。新国立で飯守さんにブーが飛ぶというのは珍しいのでは?そこまで悪いとは思いませんでしたが、2幕目の木管(多分オーボエ)の破綻は、冷や水を浴びせられたような感じがしましたから、そこへの不満もあったのでしょう。

 来月はウィーン国立歌劇場来日公演のワルキューレを聴きに行きます。ウィーンのワーグナーはショルティのCDしか聴いていないので相当に期待しています。(チケットも高いですし。。。)

指揮:飯守泰次郎
管弦楽:東京フルハーモニー交響楽団
演出:ゲッツ・フリードリヒ

ジークムント:ステファン・グールド
ヴォータン:グリア・グリムスレイ
ジークリンデ:ジョセフィーヌ・ウェーバー
ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン
フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
フンディング:アルベルト・ペーゼンドルファー

今年後半の観劇プラン

 早くもおせち料理の案内が届いたので(あまりに早い!)、今年もあと3ヶ月ということに気づきました。毎年10〜11月はオペラの公演ラッシュになるので、ここらへんで何を見に行くのか、一旦整理してみました。

 まず、何より残念だったのは、10月8日からパルマのフェスティバル・ヴェルディに行くつもりで、飛行機のチケットもホテルも取っていたのに、肝心の公演の切符が取れず、ドン・カルロ、群盗、ジョアンナ・ダルコの三作を1週間で見るという旅行を断念せざることになったことです。ヨーロッパのエージェントを通しても席が取れなかったのは初めてです。

 それで、気を取り直して秋冬の予定を立て直しました。

■2016/10/2 ワルキューレ                新国立劇場

■2016/10/8あたり コジ・ファン・トゥッテ                 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

■2016/10/16 エフゲニー・オネーギン(マリインスキー) 文化会館

■2016/10/19            ヴェルディ『ルイザ・ミラー』序曲
                      ヴェルディ『マクベス』より舞曲
                      ロッシーニ『ウィリアム・テル』序曲他
                      アンドレア・バッティストーニ指揮東フィル     オペラシティ

■2016/10/30            セミラーミデ                 藤沢市民会館

■2016/11/6                ノルマ                     オーチャードホール

■2016/11/9                ワルキューレ(ウィーン国立歌劇場)   文化会館

■2016/11/26            ナクソス島のアリアドネ(二期会)      日生劇場

■2016/11/27            シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」序曲 他
                      パーヴォ・ヤルヴィ指揮
                      ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団 横浜みなとみらいホール

というところです。ウィーン歌劇場の、フィガロの結婚、ナクソス島のアリアドネも行きたいのですが、チケット高いですねー。とりあえず、ニーナ・シュテンメ、ペトラ・ラングという大物が歌う"ワルキューレ”だけ押さえました。これがこの秋の目玉です。それで、ナクソス島は二期会で聴こうと思います。ノルマはグルベローヴァの方を取りました。パルマ行きがなくなり、ヴェルディの演目が、東フィルの序曲の公演しかなくなってしまったのは、とても寂しいですね。個人的にお勧めなのは、10月の連休のテアトロ・ジーリオ・ショウワの”コジ・ファン・トゥッテ”。昭和大学のオペラ公演ですが、毎年聴きに行って裏切られたことがありません。
http://www.tosei-showa-music.ac.jp/event/20161008-00000153.html
S席で¥4,800-とウィーン歌劇場の1/10です!

バレエは、時間が取れたら新国立の”ロメオとジュリエット”を考えています。



ベートーヴェン「皇帝」、「田園」、チョン・ミョンフン指揮

 9月21日、東京フィルハーモニーの定期公演でオペラシティに行きました。今シーズンから定期会員になったので、いつも前から3列目の右手という悪く無い席で、しかもリーズナブルな価格で良質な音楽が聴けるのがとても良いです。

 ピアノ協奏曲「皇帝」はベートーヴェン最後の協奏曲で、既に聴力が衰えていたころの作品ということですが、そのメローディーの力強さと曲の構成力で、彼は天才だったと再認識させられます。

 ピアノのチョ・ソンジンは弱冠22歳、昨年のショパン国際ピアノ・コンクールで優勝し現在売り出し中ですが、僕はこの日初めて聴きました。透明感があり、華やかさもある中で(やや華やか過ぎるか?….)、説得力のある自己主張をします。これは、ピアノのアンコール、ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」第2楽章でよりはっきりとわかりました。「皇帝」の弾きっぷりも見事としか言いようのないもので、グイグイとオケを引っ張る感じです。怖いものなしの若者という雰囲気が素敵ですね。決して繊細という感じはしませんでしたが、ショパンも聴いてみたいと思います。

 チョン・ミョンフンのコンサートは最近、「完売御礼」が続いてます。人気ですね。東フィルは、バッティストーニもそうですが、良い指揮者を捉えています。

 田園の音は、各楽器のパートが立ち上がるように響いてきて、田園の色彩が印象派の絵のように(決して細密画ではない)聴くものの体の中で再生されるようでした。身をゆだねて目をつぶって聴いていると、セザンヌの絵の中をさまようような感じ。オケはそのキャンバスのように広がりを感じさせます。

 アンコールは、交響曲第7番第4楽章。もともとスピーディな曲ですが、ミョンフンの指揮はスーパースピード!こちらは引き締まった音の塊がオケから飛んでくるようなイメージ。クライバーもそうですが、ライブで聴くには最も楽しいベートーヴェンかもしれません。

 この日(21日)はNHKホールで、映画「男と女」30周年のコンサートがあり、どちらに行こうか迷いましたが、オペラシティに来て満足でした。

■指揮:チョン・ミョンフン
■ピアノ:チョ・ソンジン*

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番『皇帝』*
ベートーヴェン/交響曲第6番『田園』

ソリストアンコール:ベートーヴェンピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章

オーケストラアンコール:ベートーヴェン交響曲第7番第4楽章

ハーゲンクァルテット@オペラシティ

 初めてハーゲン弦楽四重奏団の演奏を聴いたのは、2005年でした。清冽な弦の音に魅了され、以来、来日の時は公演に行くようにしています。今年のテーマは「フーガの芸術」、バッハ、ショスタコーヴィッチ、ベートーヴェンそれぞれの弦楽四重奏でフーガを聴かせます。

 最初のバッハの「フーガの技法」は、この日のアペリチフ、腕慣らしという感じです。そして、バッハが終わってすぐに拍手の入る間も与えずに、ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏第8番に入ります。これは、おもしろい演奏方法だと思いました。バッハとショスタコーヴィッチ、意外にうまくつながります。プログラムにも書いてありましたが、「バッハから200年飛びながら同様のテンポと似た動きで始まります」。もちろん、ショスタコーヴィッチのほうは大地を切り裂くような力強さがあり、目をつぶって聴いていると音楽の襞の間をさまよい歩いているような感じがしました。僕の親しくしている指揮者が、ハーゲンの演奏するショスタコーヴィッチの素晴らしさを「フレーズ感がはっきりしている」と評しましたが、まさにその通り、音の山脈のようです。ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏を聴くのは初めてでした。それに今迄ショスタコーヴィッチでこれだけの強い印象を受けたこともありません。素晴らしい演奏でした。

 休憩を挟んで後半はベートーヴェンの弦楽四重奏第13番、これは難曲だと思いますが、ハーゲンは意外にさらっとこの曲を弾いていきます。そうなんです。大迫力なのに、重さを感じさせない。。ショスタコーヴィッチにしても、重い曲なのですが、その重さを感じさせない。これは、特にチェロのクレメンス・ハーゲンとヴィオラのヴェロニカ・ハーゲンの二人の音が、軽やかと言うか、押さえたトーンに徹しているのに由来しているのではと思いました。この日前から3列目の中央という席で聴いたので、いつもより中低音がはっきりと聞こえたのです。

 ハーゲンの魅力は、楽器の魅力でもあります。この4人の素晴らしいテクニックは、日本音楽財団から貸与されているストラディヴァリウスの「パガニーニ・クァルテット」という17-18世紀の名器で思う存分発揮されています。これだけの楽器で弦楽四重奏を聴くのも実に贅沢です。

 ハーゲンの4人、白髪も増えてだいぶ歳を取ったなぁと思います。彼らの音も、年を経るに従って、単に「清冽」というのではなく、「熟成」した音になってきた感じがあります。この日はアンコールはありませんでしたが、(大フーガの後にアンコール演奏は酷でしょう)いつも弾いてくれる、ラヴェルの弦楽四重奏の第一楽章を今のハーゲンで聴いてみたいものです。

ハーゲン・クァルテット Hagen Quartett
ルーカス・ハーゲン Lukas Hagen (ヴァイオリン, Violin)
ライナー・シュミット Rainer Schmidt (ヴァイオリン, Violin)
ヴェロニカ・ハーゲンVeronika Hagen (ヴィオラ, Viola)
クレメンス・ハーゲン Clemens Hagen (チェロ, Cello)

J. S. バッハ:フーガの技法~ コントラプンクトゥス1~4
J. S. Bach: Die Kunst der Fuge BWV1080 ~ Contrapunctus 1-4

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 作品110
Shostakovich: String Quartet No. 8 in C minor Op. 110

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 作品130
Beethoven: String Quartet No.13 in B flat major Op.130

ベートーヴェン:大フーガ 作品133
Beethoven: Grosse Fuge Op. 133

カプレーティ家とモンテッキ家、藤原歌劇

 今年から来年にかけての藤原歌劇団は、とても意欲的です。“トスカ”や“愛の妙薬”は定番ですが、7月の“ドン・パスクワーレ”、そしてこの“カプレーティ家とモンテッキ家”、来年1月のマスネの佳作“ナヴァラの娘”など、なかなか日本では見られなかった公演にチャレンジしています。興行的には多分、厳しいものがあるかと思います。今回の公演もオペラパレスで空席が目立ちましたが、イタリアオペラをしょって立つという意気込みを感じます。

 今回の“カプレーティ家とモンテッキ家”、ちょっと間違えると“モンチッチ家”と言ってしまいそうですね。ロミオとジュリエットの話です。ロミオとジュリエットはどちらかというとバレエでは何度も見ているのですが、オペラでこの演目を生で聴くのは初めてでした。ベッリーニの作品で、今上演される作品では、何と言っても“夢遊病の女”が一番でしょう。そして、“ノルマ”、“清教徒”と続くと思います。“カプレーティ家とモンテッキ家”はこれらの代表的3作品の数年前に書かれたもので、それだけにそこそこに後の作品につながる旋律が聞こえて来ます。悲劇とは言え、2幕目の最後を除いての9割方は長調で構成され、魅惑的なベッリーニならではの息の長いメロディーが魅力です。

 序曲は“ノルマ”のそれと双璧をなすような、ベッリーニ渾身の大序曲でした。今回、藤原初登場という指揮者の山下一史は、インテンポなリズム感で、イタリアらしく、とても満足な音作りです。人によっては、もっと山のある、抑揚感のある指揮を期待する向きもあるかもしれませんが、ベッリーニの美しい旋律は、この山下のように冷静にそして上品に奏でるのが良いと僕は思います。

 あらすじは、とにかく“ロミオとジュリエット(オペラでは「ロメオとジュリエッタ」になる)”ですから、あまり字幕を追う必要もなく、舞台に集中できました。この日の聴きどころは、やはりジュリエッタを歌ったソプラノの高橋薫子、この人は藤原で“夢遊病の娘(藤原では「女」ではなく、「娘」になります。)”のタイトルロールを見事に歌ったのが印象に残っていますが(2012年)、この日も美しいコロラットゥーラで、鈴を転がすような声。素晴らしいベルカントを聴かせてくれました。失礼ながら、そろそろ50歳に近いと思うのですが、声が全く重くならず、レッジェロなまま熟成していくのは、日本のグルヴェローバかと思ってしまいます。この声をキープするには、相当の節制と練習が必要だと思います。一幕2場「ああ、いくたびか」は、山下の奏でるオーケストラの上を高橋の美しいアリアが流れるように響きます。圧巻でした。

 ロメオ役の向野由美子も、ナイーブな役柄を上手に表現し、情感が見事に現れる歌唱でした。ただ、高橋のクリアな声に比べると、ややアピールが弱いかなとも感じました。カーテンコールでブラボーの多かったテバルトの笛田博昭、持ち前の声量を生かした破綻の無い歌唱はとても良かったです。ただ、個人的には、彼の声は、ヴェルディの後期以降に合うような感じがします。このオペラには大声量過ぎるような......。今回のように、ベルカントの主人公とはやや釣り合わないか? ただ、ベッリーニも後半の作品は、リリコの歌手が歌った公演も多数あるので、これは好みの問題でしょう。バルトリとカラスのノルマを比べてどちらが好きかというような感じです。

 やや残念だったのは、カッペリオの安藤玄人。2幕目以降で音量が上がったところでは、大変良い歌唱を聴かせてくれたのですが、1幕目のピアノ、ピアニシモのところでは、音程が明確に聞こえて来ないんです。ベッリーニのバス、バリトンは難しいですね。

 今回のプログラムで「ベッリーニのオペラに見る特異性」について書かれている南條年章さんのオペラ研究室では、今年ベッリーニを取り上げ、「清教徒」や「ザイーラ」をピアノ伴奏で上演していますが、それでも日本では聴く機会の少ないベッリーニ。新国立劇場でベッリーニが上演されたのは上記の3演目ですが、主催者はいずれの公演も新国立劇場ではなく藤原歌劇団と江副記念財団だというのも悲しい話です。ミラノのスカラ座の入り口ロビーにある音楽家の彫像の4人は、ロッシーニ、ヴェルディ、ドニゼッティ、ベッリーニなのですから、もう少し目をかけてほしいものです。

 最後になりますが、藤原の公演でいつも思うのは、プログラムが充実していること。今回も1,000円の価値をはるかに超える内容があります。そして、公演終了後、すぐに歌手がホワイエに廻ってきて、帰途につく聴衆に挨拶をする。素敵ですね。その横には総監督の折江さんの姿も。劇団が総出で公演を支えている感じがして、とても好感が持てました。

 ここ1ヶ月、ブログを更新しなかった間に、ダニエラ・デッシーとヨハン・ボータが亡くなりました。二人ともまだ50代、これからが楽しみだったのに。ご冥福をお祈りしたいと思います。

指揮:山下一史
演出:松本 重孝
ロメオ:河野由美子
ジュリエッタ:高橋薫子
カッペリオ:安藤玄人
デバルト:笛田博昭
ロレンツォ:東原貞彦
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

エトワール・ガラ2016

 さて、楽しみにしていたオペラ座エトワールの来日です。5日間で5公演、Aプロを8月7日(日)とBプロを8月5日(金)と両方見て来ました。チケットを取った時には、エルヴェ・モローが来ることになっていたのですが、怪我のために降板。モローは怪我が多いダンサーですね。昨年のオーレリ・デュポンのアデュー公演のマノンも怪我で降板しました。今のところ、モローを見られた率は5割ほど。

 モローの代わりに、バンジャマン・ペッシュが目玉になりました。ペッシュ、今年の2月にオペラ座を引退したとのこと、プログラムに書いてありましたが、42歳で定年だったんですね。

 今回、個人的に注目していたのは、2014年にエトワールになったアマンディーヌ・アルビッソン。女性エトワールとしてはかなり大柄です。Bプロのローラン・プティの“ランデブー”、はとても良かったです。ペッシュと切れのある動きで、しかも洒落ている。長い手足を生かしてダイナミックでした。Aプロの“アザーダンス”もマチュー・ガニオとのコンビがとても良く、クラシックの技術も光っていました。しかし、一人で踊った「それでも地球は回る」は、大きな体を持てあましている感じがありました。ちょっと肉感的すぎるんですよね。エトワールとしての「凄み」が出てくるのはこれからでしょう。それにしても、あと3−4kg体を絞っても良いのではと感じました。

 その点、その「凄み」が出てきたのはドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオだと思いました。ドロテはもともとやせていますが、筋肉もついてきて、手足の動きが速い!関節がはずれるんじゃないかというくらい動きます。それでいながら、ルシア・ラッカラみたいなサイボーグにはならず、あくまで優雅で“可愛い!”。デュポンや、ルテステュとは全然違うんですが、「輝くエトワール」という貫禄が出てきました。Aプロの“チャイコフスキー パ・ド・ドウ“は全演目の中で最も良かったです。余裕を持って超絶テクニックを使っているのが凄いですね。

一方のマチュー・ガニオもようやく30代になって、落ち着きが出てきていい感じになってきました。前は、なんか浮いている感じがあったのです。パートナーへの気遣いなどの動作が実にノーブルです。アルビッソンなどは、ガニオに生かされている感じです。

 今回はスジェのジェルマン・ルーヴェや、プルミエールのユーゴ・マルシャン、レオノール・ボラックなどの若手も参加していました。この中では、マルシャンの優雅さが光っていました。パートナー(チャイコフスキー パ・ド・ドウではジルベール、シルヴィアではローラ・エケ)への手の使い方が実に美しい。

 バンジャマン・ペッシュ、エトワールとしてはあまり陽の当たる環境にはいなかったような気がします。けっこう「濃い」顔と動きをしている割には、それがぴったりな踊りを見たことが無いような気がします。ジル・ロマンなんかより、ベジャールを踊ったら良いような感じがしますね。この日のル・パルクの“解放のパ・ド・ドゥ”も悪くはないのですが、全盛期のルグリや、マラーホフに比べるとなにか「格調」に欠ける、、、と言ってはファンの方にはちょっと怒られそうですが、、、そんな感じがしました。

 来年は、デュポンが2度来日してくれるようです。それで2月にはボレロを踊ってくれる! 大ニュースです!絶対見に行きます。

【Aプログラム】
『瀕死の白鳥』
振付:ミハイル・フォーキン
音楽:カミーユ・サン=サーンス
出演:ドロテ・ジルベール

『グラン・パ・クラシック』
振付:ヴィクトル・グゾフスキー
音楽:フランソワ・オーベール
出演:ローラ・エケ&ジェルマン・ルーヴェ

『シンデレラ・ストーリー』
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
出演:シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ

『クローサー』 *日本初演 
振付:バンジャマン・ミルピエ
音楽:フィリップ・グラス
出演:エレオノラ・アバニャート&オードリック・ベザール
ピアノ:久山亮子

『三人姉妹』 
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
出演:アマンディーヌ・アルビッソン&オードリック・ベザール
ピアノ:久山亮子

『カラヴァッジョ』
振付:マウロ・ビゴンゼッティ 
音楽:ブルーノ・モレッティ(クラウディオ・モンテヴェルディの原曲に基づく)
出演:レオノール・ボラック&マチュー・ガニオ

『くるみ割り人形』より
振付:ルドルフ・ヌレエフ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
出演:レオノール・ボラック&ジェルマン・ルーヴェ

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
出演:ドロテ・ジルベール&ユーゴ・マルシャン

『感覚の解剖学』
振付:ウェイン・マクレガー
音楽:マーク=アンソニー・タネジ
出演:ローラ・エケ&ユーゴ・マルシャン

『スターバト・マーテル』
振付:バンジャマン・ペッシュ
音楽:アントニオ・ヴィヴァルディ
出演:エレオノラ・アバニャート&バンジャマン・ペッシュ

『ル・パルク』より“解放のパ・ド・ドゥ”
振付:アンジュラン・プレルジョカージュ
音楽:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
出演:エレオノラ・アバニャート&バンジャマン・ペッシュ

『Sanzaru』 *日本初演
振付:ティアゴ・ボァディン
音楽:フィリップ・グラス
出演:シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ

『アザーダンス』 
振付:ジェローム・ロビンズ
音楽:フレデリック・ショパン
出演:アマンディーヌ・アルビッソン&マチュー・ガニオ
ピアノ:久山亮子


【Bプログラム】
『それでも地球は回る』 *女性版世界初演
振付:ジョルジオ・マンチーニ
音楽:アントニオ・ヴィヴァルディ
出演:アマンディーヌ・アルビッソン

『病める薔薇』
振付:ローラン・プティ
音楽:グスタフ・マーラー
出演:エレオノラ・アバニャート&オードリック・ベザール

『With a Chance of Rain』 *日本初演
振付:リアム・スカーレット
音楽:セルゲイ・ラフマニノフ
出演:ローラ・エケ&オードリック・ベザール、ドロテ・ジルベール&マチュー・ガニオ
ピアノ:久山亮子

『ラ・シルフィード』より
振付:オーギュスト・ブルノンヴィル
音楽:ヘルマン・レーヴェンショルド
出演:レオノール・ボラック&ジェルマン・ルーヴェ

『See』 *日本初演
振付:大石裕香
音楽:アルヴォ・ペルト
出演:シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ

『人魚姫』
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:レーラ・アウエルバッハ
出演:シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ

『ランデヴー』
振付:ローラン・プティ
音楽:ジョゼフ・コスマ
出演:アマンディーヌ・アルビッソン&バンジャマン・ペッシュ

『ロミオとジュリエット』第1幕より“マドリガル” “バルコニーのパ・ド・ドゥ”
            第3幕より“寝室のパ・ド・ドゥ”
振付:ルドルフ・ヌレエフ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
出演:レオノール・ボラック&ジェルマン・ルーヴェ(マドリガル)、
   ドロテ・ジルベール&ユーゴ・マルシャン(バルコニーのパ・ド・ドゥ)
   アマンディーヌ・アルビッソン&マチュー・ガニオ(寝室のパ・ド・ドゥ)

『シルヴィア パ・ド・ドゥ』
振付:ジョージ・バランシン
音楽:レオ・ドリーブ
出演:ローラ・エケ&ユーゴ・マルシャン

『ル・パルク』より“解放のパ・ド・ドゥ”
振付:アンジュラン・プレルジョカージュ
音楽:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
出演:エレオノラ・アバニャート&バンジャマン・ペッシュ

≪パリ・オペラ座バレエ エトワール≫
エレオノラ・アバニャート
アマンディーヌ・アルビッソン
ドロテ・ジルベール
ローラ・エケ
バンジャマン・ペッシュ 
マチュー・ガニオ
≪パリ・オペラ座バレエ プルミエ・ダンスール≫ 
レオノール・ボラック
オードリック・ベザール
ユーゴ・マルシャン
≪パリ・オペラ座バレエ スジェ≫
ジェルマン・ルーヴェ
≪ハンブルク・バレエ プリンシパル≫ 
シルヴィア・アッツォーニ
アレクサンドル・リアブコ

久山亮子(パリ・オペラ座バレエ 専属ピアニスト)


  

オールスター・バレエ・ガラ

 これも少し前の公演になってしまいましたが、7月27日に東京文化会館で行われた”バレエの祭典“に行ってきました。毎年、7-8月はバレエ観劇が多いですね。

 今回、ガツンと来たのは、何と言ってもザハロワ。筋力が違う、パワーが違うという感じで、跳躍も開脚も静止もビタッと決まっていました。この人見るたびに筋肉質になってきている感じがします。それでいながら、優美な情感を振りまいています。

 それと、ジリアン・マーフィー良かったですね。「リーズの結婚」は大好きな演目ですが、柔らかい踊りで魅了されました。手の先まで本当に感情のこもった動き。この人素晴らしいですね。今迄あまり気がつかなかった。(迂闊!)

 そして、個人的にはいつも「瀕死の白鳥」しか見ていないイメージのあるウリヤーナ・ロパートキナのコンテンポラリー、表現力が素晴らしいです。以前、世界バレエでタマラ・ロホのコンテンポラリー(モダンでしょうか?)を見た時は、はあまり良いと思いませんでしたが、ロパートキナは素晴らしい。そして、あまりメイクをしていないと若い!

男性ダンサーでは、マルセロ・ゴメスに注目していましたが、やや力を抜いた感じがしました。特に最後の「眠りの森の美女」のパ・ド・ドゥはどうも感心しませんでした。"王子感”ではホセ・カレーニョを継いでいると思いますが。。。

しかし、やっぱりAプロも行くべきでした。特にアレクサンドラ・フェッリの踊りを安藤赴美子さんのフォーレのレクイエムで見られるというのは、はずせなかったなぁ。残念。。それにしても、これだけのダンサーを集めたジャパンアーツさんに拍手!!


今週は、オペラ座エトワールの来日です。これはAプロ、Bプロともチケット取りました

この日のプログラムB
「ラプソディ」(振付:F.アシュトン) アレッサンドラ・フェリ、エルマン・コルネホ [ピアノ:中野翔太]
「白鳥の湖」より第2幕アダージォ(振付:M.プティパ) ニーナ・アナニアシヴィリ、マルセロ・ゴメス
「Fragments of one's Biography」より(振付:V.ワシーリエフ) ウリヤーナ・ロパートキナ、アンドレイ・エルマコフ
「ジゼル」(振付:M.プティパ) スヴェトラーナ・ザハーロワ、ミハイル・ロブーヒン
「リーズの結婚」(振付:F.アシュトン) ジリアン・マーフィー、マチアス・エイマン
[休憩]
「プレリュード」(振付:N.カサトキナ) ウリヤーナ・ロパートキナ、アンドレイ・エルマコフ
「フー・ケアーズ?」より(振付:G.バランシン) ジリアン・マーフィー、マチアス・エイマン
「ディスタント・クライズ」(振付: E.リャン) スヴェトラーナ・ザハーロワ、ミハイル・ロブーヒン
「レクリ」(振付:V.チャブキアーニ~ジョージアの民族舞踊に基づく) ニーナ・アナニアシヴィリ
「ル・パルク」(振付:A.プレルジョカージュ) アレッサンドラ・フェリ、エルマン・コルネホ [ピアノ:中野翔太]
「眠りの森の美女」(振付:M.プティパ/A.ラトマンスキー) カッサンドラ・トレナリー、マルセロ・ゴメス


出演者プロフィール
ニーナ・アナニアシヴィリ Nina Ananiashvili(ジョージア国立バレエ)
アレッサンドラ・フェリ Alessandra Ferri(元アメリカン・バレエ・シアター他)
ウリヤーナ・ロパートキナ Ulyana Lopatkina(マリインスキー・バレエ)
ジリアン・マーフィー Gillian Murphy(アメリカン・バレエ・シアター)
カッサンドラ・トレナリー Cassandra Trenary(アメリカン・バレエ・シアター)
スヴェトラーナ・ザハーロワ Svetlana Zakharova(ボリショイ・バレエ)
エルマン・コルネホ Herman Cornejo(アメリカン・バレエ・シアター)
マルセロ・ゴメス Marcelo Gomes(アメリカン・バレエ・シアター)
マチアス・エイマン Mathias Heymann(パリ・オペラ座バレエ)
ミハイル・ロブーヒン Mikhail Lobukhin(ボリショイ・バレエ)
アンドレイ・エルマコフ Andrei Yermakov(マリインスキー・バレエ)

指揮:アレクセイ・バクラン 管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

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